がばい佐賀 二代目看板娘はっちゃん
2010年08月27日
気持ちを形にする難しさと面白さ
小さな喜びの積み重ねが仕事の力に
地元が大好き!という人は多いが、その“気持ち”を形にするのは難しい。“がばい”・“さが”というインパクトのある言葉を掲げ、地元愛をPRし続けている『がばい佐賀』。方言そのものを“特産品”と位置付け、お米、丸ぼうろ、白玉饅頭など佐賀の特産品とセットにして佐賀のよさをアピールするという、佐賀県内初の新しい試みだ。 “佐賀ファン”会社が集ったプロジェクト『がばい佐賀』。『さがファン』にショップをオープンしてから1年。どんな変化があったのか、看板娘さんに話を聞いた。
Q・二代目看板娘さん、ということで『がばい佐賀』のPRをされているそうですが、具体的にはどんなお仕事をされているんですか?
A・普段は事務局内で事務仕事を行っています。また各地の商品在庫管理、イベントの設営と販売、そして『さがファン』の店長仕事をしています。ネットではまだお客様が少ないのでメルマガの送付も隔週ですが、最近、ブログの反響や可能性を知ったところなので、できるだけ更新して『がばい佐賀』をPRしようと頑張っているところです。
Q・今夏は福岡でも『がばい佐賀』のCMが始まりました!前回訪問より1年、どんな変化がありましたか?
A・劇的にではないですが、ちょこちょこと全国から注文が入るようになりました。「まるぼうろ」については九州のセブンイレブンにバラ売りで置いてもらっていますし、『がばい佐賀』ブランドは少しづつ浸透していってるのかな、と思っています。傾向としては、県内だとまるぼうろを作っている本村製菓さんに直接買いに行かれたり…というケースが多いようです。ですので、まだネットを通じてはイマイチ反響がわからないんですよ。
Q・なるほど。ネットショップを通じてではなく、直接買いにいかれる方が多いんですね。
A・コンビニ、長崎自動車道・金立SAなどのサービスエリアで販売しているんですが、『がばい佐賀』の商品は製作のメーカーが直接、販売店に卸しているので、どの商品がどれぐらい、どこで売れているのか、ということは正確に事務局の方では把握できないんです。金立SAでは、Tシャツなどが良く売れていると聞いています。
Q・じゃあ、全商品が一堂に会する場所は『さがファン』などネットショップも含めて限られてくるんですね。今はどれぐらいの製作元メーカーが『がばい佐賀』に参加を?
A・食品メーカーが9社、そしてオリジナルグッズをつくる会社1社で全10社です。各メーカーさんは最初に『がばい佐賀』のロゴ使用料を払った上、月会費をつのってブランドを継続してもらっています。現在、隔月に1ぺん程のペースで大型ショッピングモールやスーパーに出向き、商品の展示販売を行っているんですが、手ごたえはまだまだですね。
Q・今後改善・展開していきたい部分はどこでしょうか?
A・商品の展示販売イベントで感じていることは、事前予告などやはりPR面が弱いかなということです。先日、福岡市内にできた、大きなスーパーの初日にイベントを行いましたが、人が多い割には売り上げがとれず…という感じで残念でした。もっとイベントを行う場所等もじっくり考慮すべきだなとも思っています。いろいろな面でリサーチをかけないと…と現在は手探り状態ですね。
Q・PRって効果が目に見えないから難しい仕事ですよね。商品が売れた数、金額っていうのも一つの目安だとは思いますが。
A・気持ちだけ空回りしてしまうことはよくあります。目でわかる反応があればいいのでしょうが…ここが一番難しいところで、また面白いところでもあります。今は可能性という可能性を全部試したい、と思っている真っ最中。イベントの予告にしてもやりようがあるはず。まだツイッターなどのツールの利用法がよくわかっていないので、『さがファン』の担当さんに相談しながら、目を外に、外に向けていきたいですね。
Q・PRの仕方―これが一番のテーマのようですね。この仕事をやっていてやりがいを感じるのはどんな時ですか?
A・小さなことですが…『がばい佐賀』を知っている人に直接会う時ですね。イベントやネットショップで商品が売れない時は悲しいですが、『がばい佐賀』Tシャツを着ている人の話を聞いたりすると、この小さな喜びの積み重ねこそ力になるんだなあと感じています。
Q・つまり、“佐賀ファン”が増えたことがわかった時、とも言えますね。
A・その通りです。野球ファンなら好きな球団のグッズを持っていたりしますよね。佐賀が好きな人が“がばい佐賀”とプリントされた商品を手にとり、目で見て喜んでいただく…これが『がばい佐賀』プロジェクト立ち上げの目的の一つでもありますし、結果ファンになっていただくことになるわけですから。全国のお客様でも、商品を買われる理由に「自分は佐賀のことを知らないけど、友達が佐賀出身なので」という方が多いんです。
Q・そうやって佐賀つながりで友達の輪が広がっていくんでしょうね。やっぱり“がばい佐賀”という文字と響きの影響は大きいと思いますよ。
A・そう思うと私たちが掲げてる目的って大きく、やりがいもあるし、同時に1年ぐらいじゃ結果は見えないものなのかな、とは思っています。“佐賀ファン”って県内にも県外にもたくさんいらっしゃると思うんですよ。でも気質柄か、その気持ちを表に出す人は少ないからこそ、PRに悩んでいるんですが…私たちがそちらのお手伝いができればいいなと思っています。商品に関してはコラボ商品をどんどん作っていきたいですね。『さがファン』においては、お歳暮でギフト商品販売に初チャレンジしようと思っています!!


丁度取材をしている最中、全国ネット『ミヤネ屋』が佐賀駅に来ていると聞き、「さっそくPRしてこい」と社長から命令を受けたはっちゃん…しっかり営業。


偶然にもリポーターさんが『がばい佐賀』Tシャツを着用。全国生放送で良いPRのきっかけに。『さがファン』も一緒に応援!

一番の売れ筋のお米。「夢しずく」「ひのひかり」といった佐賀ブランド米が「がばい佐賀」パッケージに

おみやげに喜ばれそうなヒット商品・丸ぼうろ。黒糖入りはピンク色でかわいらしい

七山の清流水を使った美味しいマンゴや、小城ようかんなどバリエーション豊か

気軽にお酒のおつまみ等で楽しめる「がばい鶏」。安価なのも魅力。
こちらは企業が「がばい佐賀」プロジェクトのためにつくったオリジナル商品

すべてはココから始まった「がばい佐賀」~佐賀弁CD。
この文字ロゴが現在の「がばい佐賀」のロゴとして統一されている
投稿者 さがファン : 10:03 | コメント (0) | トラックバック
佐賀玉屋 立川有紀さん
2010年07月31日
玉屋は地域の人々の社交場
ドラマが生まれ、想い出が残る場に
時代によって人の流れは変わり、その変化に対応していくのは難しい。しかし、それ以上に難しいのは変わらない価値を保ち続けていくことではないだろうか?不景気と叫ばれる昨今、商品価格競争は激化し、量販店、ネット通販…人々がモノを買う場所と方法の選択肢はどこまでも広がる。佐賀で唯一の百貨店『佐賀玉屋』は玉屋グループの総本山であり、老舗中の老舗店。激しい流通戦争の中で、人々が『佐賀玉屋』を選択する理由は何なのか?若手の新担当に話を伺った
Q・ホームページを一新し、『さがファン』の業務に携われて1年、どんな変化がありましたか?
A・現在はお中元シーズンですので、ネット通販(さがファン)では400種類の品数を取り扱っていますが、正直、ネットでの売り上げは微々たるものなんです…。変わったといえば自分の考え方ですね。入社してずっと接客業務を行っていて、現在は店内のポスターやお知らせなどディスプレイの管理仕事をしながら、ネット通販にも関わっています。ネットではお客様の顔が見えないので、対面販売が基本で当たり前だった私にとってコミュニケーションの取り方で戸惑うばかり。今も模索中なんです。
Q・1年前、担当の方にお話をお聞きした時は、ネットに対応するのが遅かったのでこれから力を入れていきたいとおっしゃっていました。その後任として思うことは…?
A・今は、どのお店もホームページを持っていますが、百貨店においては各社の姿勢に差があると思います。実際、携わってみて、実店舗とネットでの店舗はまったく別物だと思いました。実店舗だと、お客様の求めているものを聞き出し、提案を差し上げる、という接客法なのですが、ネットだとお客様はもう買うものが決まっていらっしゃるんですね。目的直行型なんです。戸惑ったのはそこだったのですが、「モノを売る」という面においては、「こういうやり方もあるんだなあ」と新しい発見ができましたね。
Q・玉屋さんのホームページ、ネット店舗は今後、徐々にゆっくり展開していくってことでしょうか?
A・劇的にっていうことはないと思います。実際、1年前にリニューアルしましたが、売り上げはなかなか…。「こうしていきたい!」という思いよりも「こうしていかなければいけない!」という課題がてんこ盛りです。今後は全館の情報を把握して、それを収集して整理していかなければなりません。売り場とのコミュニケーション、お客様とのコミュニケーションも同時に行っていかなければならないし…百貨店の全体像を見るという壮大な仕事になるんですよ。
Q・それを現在、立川さんお一人でやるのは大変じゃないですか?
A・現状の姿勢として、まだネットに関する専門部署を置いていません。また、私もメインの仕事の合間にネットの仕事をする、という感じなので、もどかしくもあるんですよ。でも、玉屋の基本の姿勢は“対面販売”です。お客様に実際足を運んでいただいて、買っていただくことを目的にしています。そういった意味では、ホームページやネット通販はお客様に来店していただくためのツールの一つ、サブ的要素だと現在はとらえています。できれば、今後はブログやメルマガなども書いて、新しい形のコミュニケーションも発展させていきたいと思っています。
Q・『佐賀玉屋』さんは佐賀で唯一の百貨店ですよね。ホームページやネット通販の展開も含めて、ほかの百貨店との違いを教えてください。
A・もちろん、一つしかないのでメリットも大きいですが、デメリットもあります。それは比較対象がいない、というところなんですよ。つまり、どことも比べられないので、玉屋自身が100%備えないと許されないんです。「あそこには置いてあったのに何で?」ではなく、「なぜ、玉屋には置いていないのか?」ということになるので、一つのものに特化できないんですよ。私自身もネット通販業務だけに特化することができないんですが、さまざまな角度から、玉屋という百貨店を見ることができ、とても勉強になっています。
Q・なるほど。地域のお客様のどんなニーズにも応えないといけないわけですね。全国を対象にしたホームページやネット通販はその後、というわけですね。
A・そうですね。『佐賀玉屋』は“地域密着”をモットーにしています。今、不景気で全体的にバランスが変わりつつありますが、時代の変化に振り回されることなく、昔のいいところを残した接客販売を行っていきたいと思っています。量販店は時代への対応が早く、若い人を引き込みますが、同じことをやっていては地域の百貨店の価値がありません。唯一の百貨店ですので、周りと比べ動きが鈍いと思われるかもしれませんが、それが佐賀の百貨店、『佐賀玉屋』の役割だと思っています。
Q・お中元商品は地元の食をアピールする定番で、また大きなチャンスですね。
A・まだ少ないですが、全国のお客様がネット通販を通じて、佐賀の食を買ってくださるのがうれしいですね。きっと佐賀にゆかりがある方なんだろうと想像していますが、そういった全国の顧客様たちとは実店舗と同じように、ネットを通じ、コミュニケーションできるようになれたらな、と思っています。
『佐賀玉屋』の約400種類のお中元商品は、全体の30%が地場産品です。実店舗では玉屋オリジナル『肥前小箱』をはじめ、『唐津くん煙工房 トンネル熟成プレミアムセット』、『呼子の木屋 干物詰め合わせ』、『佐賀のり』、『伊万里梨』が売れ筋です。ネット通販では『肥前小箱』に続き、『呼子萬坊のいかしゅうまい』、『山﨑ハム手造りハム・ソーセージ』、『天山酒造』のお酒ギフトが人気ですよ。
Q・立川さんが『佐賀玉屋』に入社した理由は何だったんですか?
A・地元愛と玉屋愛ですかね…(笑)。玉屋には子どもの頃の思い出がたくさんあります。入社前も普通のお客さんでしたし、『佐賀玉屋』って佐賀に住んでいる人にとって日常の光景だと思うんです。お客様同士の社交場で、店員とお客様、お客様同士が情報交換をしていく場で、そこには出会いがあったり…っていうドラマがあるんですよね。こういう光景は量販店では見れないと思うんですよ。私自身も元々、知らない人と話をするのは苦手なタイプだったのですが、入社前に偶然、玉屋でアルバイトをした時、その楽しさに目覚めたんです。玉屋が人と接することの素晴らしさを教えてくれたんだと思っています。
Q・では、立川さんのような若い社員の立場から、『佐賀玉屋』をどう盛り上げていこうと思われますか?
A・『佐賀玉屋』でモノを買うだけではなく、来ていただくことの付加価値とは何か?と探ったり、自分の意識をどこに向けるか、が私自身の課題です。現在は接客業務を行っていないので、お客様が見やすく、わかりやすい、魅力的なポスターを作ったり、ディスプレイをしたり、そしてもちろん、ホームページやネット通販でもっと新しいお客様とコミュニケーションをとっていったり…、広い立場から人とコミュニケーションをとっていきたいと思っています。いろいろな仕事に携わっているので、奥行きが見える分、良くも悪くもプレッシャーですが、そこは“玉屋愛”で乗り越えていきます!



佐賀市の中心地に建ち、本館と南館から成る『佐賀玉屋』。秋には地下1F、食の宝庫「たまちか」が改装予定だ。

南館1Fの北玄関ではインフォメーションの女性が優しく出迎えてくれる。お客様とのコミュニケーションにおいても欠かせない存在。




お中元で「ばらの大ギフトセンター」は8月10日(火)まで開催。地酒のギフトそばには試飲コーナーもあって嬉しい。


佐賀の名産品をふろしきに包んだ玉屋オリジナル『肥前小箱』は残念ながら7月末で予約終了!左党の方には『肥前ほろよい小箱』が今年も好評。
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肥前屋 秀島 研一さん
2010年06月30日
正しい情報を伝えること
それが老舗・蔵元の時代への対応
水あるところに美酒あり。佐賀の地酒は、鎌倉時代に「肥前酒」として幕府に献上されていたほどの高品質なもので、その豊潤でまろやかな口あたりに、コアなファンも多い。北の脊振山系に南の浜川と、名水に米・麦どころが加わって、明治初期には酒蔵の数が700を超えたという。現在残る31の蔵のうち、7軒と一番多いのが鹿島地区。なかでも白壁土蔵の昔ながらの面影を残す、肥前浜宿・酒蔵通りがここ数年で観光客に注目を浴びている。今回は、ついに『さがファン』2番目の蔵元直送が実現!7月なかばオープン予定の『肥前屋』さんに、ひと足早く話を聞いてきた。
Q・楽天市場、本店に続き、『さがファン』は3店舗のネットショップですね。なぜ、今のタイミングで出店しようと思われたんですか?
A・最初、全国的に知名度をあげたいと楽天のショップを選んだのが3年ほど前です。ここ数年の焼酎ブームもあり、おかげさまで今年も楽天の「父の日企画」のお酒ジャンルでは売り上げが1位になりました。本店は1年前にオープン。看板商品である『魔界への誘い』などが、関東地方を中心にだいぶ名前が浸透したので、あらためて地域密着、県内に目を向けてみよう、と『さがファン』に出店を決めたんです。
Q・目を県外から地元に向けられたわけですね。3年前というとその間、観光酒造がオープンしてずいぶん地元の環境も変わりましたよね。
A・4年前の平成18年に、多くの酒蔵が残る通りの地区<浜中町八本木宿>が国の重要伝統的建造物保存地区に選ばれたんですよ。それから地域を活性化しようという動きが盛んになって、観光酒造『肥前屋』をオープンしました。それまでも白壁土蔵造りの酒蔵が並ぶ町並み<酒蔵通り>を見ようと観光客が訪れていましたが、ここ3年はずいぶん観光客が増えましたね。以前はバスツアーなどの団体さんが多かったんですが、このごろは週末に家族で来られたり、個人のお客さんも増えてきてうれしい限りですね。
Q・そもそも創業元禄元年の「光武酒造」と創業大正5年の「峰松酒造」がコラボした理由は何だったのでしょうか?
A・この酒蔵通りでは全盛期に10数軒の造り酒屋があったと言われていますが、現在では3軒残るのみです。そのうち2軒がコラボレーションしたのは、やはり地域の活性化のためですね。通りの仲間同士が手を組んで、盛り上げていこうという思いから観光酒造のオープンとネット通販をほぼ同時期に始めました。造り酒屋のメインは卸や小売り店の販売なのですが、『肥前屋』では蔵元直送、直販ができるようになり、より地元発・観光向けに発信できるようになったんです。
Q・毎年、いいお酒をつくるのも大変ですが、それを時代の変化に合わせて外にアピールしていくのも今後の課題点でもあるんですね。
A・『肥前屋』では酒づくりも行うし、企画も販売も、何役もこなしている人もいますからね。私は昨年入社したんですが、観光酒蔵をお客さんに案内する仕事もしています。入社して思ったのは前向きなオーナーの考え。また、商品戦略がとても上手ということ。元々、地元の印刷会社で看板を作る仕事をしていて、畑違いといったら畑違いの業界なのですが、いいものを外にアピールするという点は今までの経験が生かせると思っています。
Q・どの点が今後『さがファン』での展開で大事になってくると思われますか?
A・正直にお客さんに情報を伝えていくことだと思っています。『魔界への誘い』でも急にブレイクしたわけではなく、10年ほど前からじわじわと人気が出てきた商品なんですよ。大人気商品は売れるしかない、と思っています。だから、売れるように、もうかるようにPRするのではなく、正しい情報を堅実に伝え続けていくこと。何百年と続いた造り酒屋の信頼を壊さず、お客さんの期待を裏切らない。急な変化は必要ないんです。むしろ、変わらないものを保つ方が大切で、それが変化していく時代への対応と思っています。最終的な目的は、リピーターのお客さんを増やしていくことですね。
Q・これから本格的な夏に入りますが、お客さんに提案していきたい商品は何ですか?
A・お酒は旬で楽しむものなのですが、夏場はどうしても日本酒の需要が落ちます。冷酒や生貯蔵酒をキリッと飲むのもオススメですね。今後は夏に向けた日本酒を造っていこうという予定もあります。焼酎の方は季節にあまり関係しないのですが、看板商品『魔界への誘い』では四季シリーズを出してお客さんに提案しています。今は透明なボトルが涼しげな“夏魔界”。鹿児島産、黄金千貫の芋だけを使って仕込んだ全量芋焼酎なので、ほんのり甘くまろやか。芋本来の香り、味わいがより楽しめます。『魔界への誘い』は鹿児島など、南九州地方のクセのある焼酎と違って、飲みやすさが特徴なのですが、こちらの限定酒は焼酎初心者にも人気の一品ですよ。また、夏季限定の『限定31度 芋濁三分濾過』はアルコール度数が31度と高めなので、重厚な味が楽しめます。ロックで上品に飲んでいただきたいですね。
Q・『さがファン』ではお酒のショップが少なかったので、7月半ばのオープンが楽しみです。今後、『さがファン』を通じて期待すること、展開予定を教えてください。
A・地元発信型の『肥前屋』ファミリーをどんどん作っていきたいと思っています。お酒を通じて、肥前浜宿という町をお客さんに知っていただきたいですね。県内でもまだ、肥前浜宿に行ったことがないというお客さんに、実際町へ足を運んでいただくきっかけになれば嬉しいです。『肥前屋』では小売り店ですぐになくなってしまう限定酒がたくさん置いてますので、ぜひ、実際に店舗に来ていただき、その商品ラインナップを見てほしいですね。『肥前屋』のリピーターが、肥前浜宿という町のファンになっていくお手伝いができれば、と願っています!
企画担当の光武和彦さん(左)はDM作りや本店サイトの担当。お酒づくりも行う。

白壁土蔵づくりの酒蔵が並ぶ通称「酒蔵通り」の入口に『肥前屋』がある。肥前浜宿は江戸時代、長崎街道・多良海道の宿場町として栄えた港町で、今もその面影を残す。

観光酒造『肥前屋』内、ディスプレイされた季節の商品をバックに写真を撮るお客さんも多いそう。蔵元ならでは、酒屋では見れない光景だ。

看板商品である本格芋焼酎『魔界への誘い』に、純米吟醸酒『肥前浜宿』。どちらも2009年度モンドセレクションで最高金賞、金賞を受賞。


『肥前屋』の人気スポットである「昭和の部屋」。酒蔵の奥に作られたノスタルジックな空間では思わず時を忘れる。酒蔵2階には、地元作家によるギャラリーもある。
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さが風土館 季楽 原 佳久さん
2010年05月31日

佐賀県農業協同組合
季楽事業部 直販店舗課
原 佳久さん
日々、変化する季節の味
信頼と美味しさを同時にお届け。
“地産地消”という言葉がすっかり根付いた昨今。直売所開設や地域ブランドのブーム、インターネットや通販で“地域の食”がグンと身近になったことも大きな理由だろう。佐賀県の食糧自給率は全国でも上位に入り、九州ではもちろんトップクラス。今月の半ばには九州初の「食育推進全国大会」が佐賀で開催される。全国、いや世界に誇れる佐賀のめぐみたち。こちらを統括しているのはご存知、JAさんだ。「さがファン」創設当時から、安定した人気を保つ「さが風土館 季楽」。4年ぶりにアンテナショップを訪ねた。
Q・「さがファン」でネット通販を始めて丁度丸5年になりますね。
A・当時は30ほどの商品でしたが、現在では倍の60ほどの商品を置いています。実際の店舗には常時100ほどの種類の商品を置いているんですが、ネットに掲載する商品は店舗売り上げ商品の主力です。佐賀牛、佐賀米、みその三本柱はずっと変わらないですね。
Q・ここ1~2年は全体的に不況と言われていましたが、売り上げはどうですか?
A・売り上げが著しく落ちる、ということはなかったですね。急に上がるということでもなく、前年と同じ売り上げを継続できています。ただ、ネットでは一人ひとりの単価が落ちている傾向にありますが、そのかわりリピート率が上がっているんですよ。
Q・「季楽」さんの商品はJAさがの選りすぐりだからですね。信頼も大きいのでは?
A・美味しさと信頼が一緒ではないと意味がないですからね。ですので、実際の店舗の商品は随時変えているんです。メーカーさんから直接売り込みに来たり、お客さまから意見をいただくことも日常茶飯事。日々、商品の売り上げをチェックしてお客さまのニーズに合った商品を置くようにしています。時間があれば、レジに立つようにしているんですよ。
Q・実際の店舗の人気商品がネットの「さがファン」へ登録されるんですね。
A・そうです。でも客層が実際の店舗ではほぼ県内、ネットではほぼ県外とまったく違うんですよ。それでも売れるものが一緒なのは商品イメージが定着し、リピーターさんが定着したということだと思っています。「季楽」のコンセプトは、地元・佐賀のアンテナショップであること。「季楽」に来れば、佐賀の特産品のほとんどが手に入るという姿勢はずっと変えていません。しかし、まだネットの方では家庭用の佐賀のりの取り扱いができていないんですよ。実際の店舗では商品の半分が肉、米、果物、味噌、お茶などの自社商品であとの半分が他社メーカーによる加工品になります。こちらの部分も増やしていきたいですね。
Q・ここ数年、産直ブームや地域ブランドの人気もあって、直売ショップもずいぶん増えましたね。「季楽」さんプロデュースの特産品との違いはどこだと思われますか?
A・地元の食が盛り上がるのはうれしいことですが、大事にしないといけないのは信頼ですね。直売所では商品に生産者である農家さんの名前や顔写真が入っていますが、「季楽」では直売と違うので、若干値段も高めです。しかし、JAさがのとりまとめということが信頼の土台となっています。あと、商品の安定した供給ができることですね。
Q・現在、丁度「口締疫」が問題になっています。商品の安定供給へどう影響しますか?
A・今春の冷え込みで野菜が不作だった時も、なんとか2~3週間で通常の状態と料金設定に戻せたのですが、ウイルスの場合が一番難しいですね。段々価格が上がるのは必須で、流通に影響してくるのは約半年後…お歳暮の時期になってくると思います。お中元での人気商品は果物ですが、お歳暮は約6割がお肉。「さがファン」でのネット通販ではすぐに金額を書き換えられ、最新の情報を載せられますが、カタログ通販では早くて半年前~遅くて2~3ヶ月前の制作になるんですよ。なので、料金設定が一番困るところです。食は普段当たり前のようにあるものですが、一度問題が出ると各方面へ影響するので、私たちもいつも気が抜けません。この問題は今後拡大しないといいですが…。
Q・これからお中元シーズンですね。もっと忙しくなるのでは?
A・かきいれ時ですからね、一番多忙な季節です。「さがファン」では6月中旬にお中元の商品をアップする予定です。メインはハウスみかんや梨などの期間限定の果物。7月到着分から7月15日当日の代金決済まで送料無料です。7月15日から8月末日までは送料半額。発送業務だけで大忙しですね。ネットでは関東地方のお客様が多いので、早い設定にしているんですよ。「さがファン」のページもカテゴリ別に商品を検索しやすいように6月中にリニューアルするつもりです。
Q・今後の「季楽」さんの「さがファン」での展開予定を教えてください。
A・「季楽」というネーミングの意味は、季節ごとの楽しさと話題があること。そしていつもキラキラと輝いていること。日々、季節の味は変化していきます。その代表的な旬の味―果物を毎月、とぎれることなく提案していきたいですね。5月末日まで鹿島のマンゴーを取り扱っていたのですが、それと同じように、呼子の甘夏とか諸富メロンとか…。毎月1アイテム、「今月の果物」として期間限定で旬の果物を提供することができたら、というのが願いです。予約販売なども行ってみたいですね。そちらでお客様がもっと佐賀を知ってファンになっていただければ…そんな夢をぜひ近いうちに実現したいです!

日本産食材の使用量が50%を超えるお店を応援するという「緑提灯」。安心・安全な食を提供するお店のシンボルとして全国的に話題に。★は申告制。もちろん「季楽」さんは90%以上仕様の満点・五つ星。

旬の食材がそろう「さが風土館 季楽」は佐賀市内・大財にある。

ショーケースに美しいサシの入った佐賀牛がズラリ。普通のお肉屋さんでは見られない光景が。

本店横の農産物直売所「街かど畑」は安くて新鮮な野菜や果物がいっぱい!飲食店経営者なども多く通っているとか。

休日は行列ができるレストラン。ランチは1050円~カジュアルに。ゴージャスな鉄板焼は予約必須!銀座店、博多店、鳥栖店もあり、不況に関わらず大人気店だ。
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御菓子司 鶴屋 堤 加奈子さん
2010年04月21日

御菓子司 鶴屋
堤 加奈子さん
お菓子ひとつに広がるドラマ―
職人たちのあこがれと挑戦を形に。
お菓子の歴史は古い。果物から始まり、平安時代の唐菓子、お茶と共に開花した点心~京菓子、そして砂糖の輸入で日本の菓子世界に大変革をもたらした“南蛮菓子”。菓子どころ・佐賀の歴史もこの時代にはじまった。現在残り、親しまれている南蛮菓子はマルボウロ、カステラなどわずか。スイーツがブームとなり、あらゆる創作菓子の広がりを見せている現在、幻の南蛮菓子を復活させて熱い視線を浴びている菓子屋がある。創業370年「御菓子司 鶴屋」。佐賀で一番古い歴史を持つ老舗の、新しい挑戦とは…?
Q・3年前に訪問したときは新商品「肥前ケシアド」の話はまだ出ていませんでしたね。どんな変化がありましたか?
A・「肥前ケシアド」作りを始めたのはちょうど2年半前ぐらいです。それからが早かったですね。いろいろな変化と発見がありました。昨年、鶴屋も創業370周年を迎え、そちらを記念して9月15日に「肥前ケシアド」を発売したのですが、すべてが偶然というか、良いタイミングが重なった上での結果なんです。
Q・何をきっかけに「肥前ケシアド」が生まれたんでしょうか?
A・もともと、鶴屋代々に伝わる古文書「鶴屋文書(つるやもんじょ)」がありまして、そちらの改訳を佐賀県立図書館の大園隆二郎先生にお願いしていたんです。その中の「菓子仕方控覚(かしかたひかえおぼえ)」(1755年頃)にいろいろなお菓子のレシピが残っていることがわかりました。そこで、佐賀市在住の食コラムニスト・筒井ガンコ堂さんのご紹介で、食文化研究家の江後迪子先生が改訳に手を貸してくださることになったんです。それが4年前に発行した「『鶴屋文書』にみる 江戸時代の佐賀の和菓子」という本です。そこに幻の南蛮菓子「ケシヤアド」のレシピが記載されてあったんですよ。
Q・レシピ本には「けし跡」「けし香」などさまざまな名前で載っていますよね。
A・佐賀藩藩主鍋島家にも献上されたことがわかっているお菓子で、1720年の「長崎夜話草(ながさきやわそう)」にも当時の長崎土産として紹介されています。しかし、「ケシヤアド」は製法が複雑で難しいので、現在ではどこも作っていません。ですのでレシピを見ても、味が想像できませんでした。しかし、江後先生からこれはチーズを使ったポルトガルの焼き菓子「ケイジャーダ」のことではないか?というご指摘があったんです。「ケシヤアド」はカボチャのあんを小麦粉やゴマ油で作った皮で包んで焼いたものなんですが、江戸時代当時、チーズが手に入らなかったので代わりにカボチャを使ったのでは?と推測されたんですね。
Q・「ケイジャーダ」は現在でもポルトガルにはあるお菓子なんですか?
A・ポルトガルのシントラ地方の伝統菓子と聞いています。それこそかしこまったものではなく、町の人が気軽に買ってその場で食べるようなお菓子だそうですよ。こちらも偶然なのですが、「けし跡」「けし香」などで表記されている幻の南蛮菓子「ケシヤアド」が、ポルトガルの「ケイジャーダ」と一致するちょっと前に、鶴屋のなじみのお客様がポルトガル旅行に行った際に、美味しいお菓子があったよ、と「ケイジャーダ」のことを教えてくれたんです。後から思うとずいぶん「ケイジャーダ」づいてた年でしたね。
Q・もう現代版を再現するしか道がない、といったタイミングですね。
A・伝説の菓子を復刻することは大きなチャレンジだったと思います。丸ぼうろみたいに製法がシンプルではありませんし、当時のレシピが出てきたのは「鶴屋文書」が初めてなので、どのお菓子屋さんも作ったことがありません。最初は本家「ケイジャーダ」と同じく、タルト風の生地をしいて、上にチーズを乗せた感じのものを作っていましたが、手間がかかってなかなかうまくいきませんでした。何度も何度も試行錯誤を繰り返してできたのが、今のシンプルなまんじゅうのような形なんです。
Q・新しい形のお菓子なのに、実は伝説の南蛮菓子の再現、というところが大きな話題となったんですね。
A・ですので、名前も「肥前ケシアド」とオリジナルにいたしました。きわめて当時の味と近いものになっていると思いますよ。先日、主人が東京のポルトガル大使館に訪問して「肥前ケシアド」を持っていったのですが、そちらでは「ケイジャーダ」にも似ているとお声をいただきました。このお菓子ができたのがちょうど創業370年を迎えた年だったので、記念菓子として販売することができ、良い幸先を切れたなと実感しています。
Q・味も形もシンプルなところはマルボウロに通じるものもありますね。地元の人々に愛される新しい銘菓になるでしょうか?
A・今回の一件で思ったのは、地元パワーのすごさです。伝説の南蛮菓子を復刻する、と発表してから、佐賀市、佐賀県関係をはじめ、メディアのみなさん、地元の人たちがいろいろな形で応援してくれました。9月の発売前には市内の歴史民俗館で試食会を行ったりもしたんです。ポルトガルに行ったお客様もとても喜んでいただいて、「肥前ケシアド」のポストカードを作ってくださったり…。長年のれんを守っていますが、今回ほど地元・佐賀の力を強いと思ったことはありません。これから鶴屋では「肥前ケシアド」をマルボウロの次の看板商品にしていきたいですね。
Q・それほど老舗・鶴屋さんのファンがいらっしゃるということですよね。ただの和菓子屋さんではないことが伺えますね。
A・お客様にいつでも、いつまでも喜んでいただきたいですね。プレッシャーというか、次の代に継ぐことが私たちの大きな役目だと思っています。鶴屋では3人体制でずっと行っていますが、菓子職人としては菓子づくりを安定させることが目標です。お菓子作りは季節や温度管理に気を配るので、平均して1割半はロスが出ます。変わらない味をお客様に届けるのが職人の使命ですが、そんな中、大きな商品開発、それも伝統菓子を復刻することができてラッキーだなと思います。そうそうできないことですから…。この感謝の想いをこれから、お客様や応援してくださる方に伝えてきたいですね。
Q・「鶴屋文書」には他に何十種類という菓子のレシピがありますね。また何かを復刻しようという計画はありますか?
A・できたら菓子職人に実現してほしいですね。職人としては昔のレシピを実現させるのはチャレンジだし、あこがれだとも思います。お菓子ひとつにもさまざまなドラマがあって、その面白さを今回は実感しましたね。また面白いことに、今年は日本・ポルトガル修好150周年らしいんです。それで、「肥前ケシアド」がテレビ番組や雑誌等、いろんなところでこれから取り上げられるみたいです。ビックリしますが本当に偶然ですよ(笑)。偶然って重なるものなんですね。この際、ポルトガルにも行ってみようと思っています!

かぼちゃの甘みとチーズのコク、シナモンの香りがマッチ。どこか懐かしい感じがする「肥前ケシアド」。

江戸中期の「鶴屋文書(もんじょ)」。「けし香」という文字が見える。それを忠実に訳したレシピから現代版・伝説の南蛮菓子が生まれた。

シンプルでシャレたパッケ―ジは佐賀在住の元デザイナーさんが制作。ハイカラな感じがイメージぴったり。

店内には「『鶴屋文書』にみる 江戸時代の佐賀の和菓子」をじっくり読めるスペースも。

城下町を思い起こさせるような、門構えが印象的な外観

カステラの切り売りもしている。これからの季節はくずまんじゅうやわらび餅など、水菓子が人気

佐賀藩の「御用屋」だったことがわかる、木桶ぶたがさりげなく飾られている

歴史を感じさせるタンスなど、店内には時代物がオブジェとしてセンスよく並べられている
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有田屋 田﨑 毅さん
2010年04月06日

NPO法人有田町どっとこむ
CSO担当理事・事務局長
田﨑 毅さん
有田の“普遍の価値”を伝えたい―
原点回帰から始めるふるさとまちづくり。
400年の歴史を持つ焼き物の町・有田。文化発祥の町でもあり、そして佐賀屈指の観光地でもある。歴史あるところには数々のドラマがあり、各々の誇りがある。そしてその精神を将来につないでいこうという人々の意欲と希望がある。明治44年の不況時、打開策のひとつとして有田焼の直販組織が作られた。その名も「有田屋」。百年に一度の不景気と言われ続けている現在、先人の知恵を見習おうと動き出した団体が注目を浴びている。「NPO法人有田町どっとこむ」―数ある有田町のまちづくり団体のひとつだ。なぜ「平成版有田屋」を作ったのか、代表して事務局長の田﨑さんに話を伺った。
Q・「有田屋」ができるまでの流れを教えてください。
A・「NPO法人有田町どっとこむ」は、ふるさと有田を盛り上げていこうというまちづくり団体で2005年に結成されました。地域活動を主体に観光のPRや伝統芸能の紹介、棚田の保全活動などを行い、今は20名の常駐スタッフとその他多くのボランティアさんと日々、活動を行っています。そして現在、「どっとこむ」が農林水産省の「農山漁村(ふるさと)地域力発掘支援モデル事業」を採択していまして、その事業の一環としてこの「有田屋」というブランドを作ったんです。
Q・現在「有田屋」では「さがファン」での手作りパンの販売を行っていますが、展開を予定していることは何ですか?
A・もともと「有田屋」というのは明治44年の不況時、打開策のひとつとして直販組織が作られまして、その時の屋号なんです。「有田屋」の出現でずいぶん、有田の町が活気を帯びたらしいんですが、この先人たちの精神を見習いたい、原点回帰したいと「平成版有田屋」を作ったんですよ。有田はご存知の通り、世界的に器が有名な町ですが、私たちの生活には必ず器が必要であり、それが美しく使い勝手が良かったら言うことはありません。それが用途を兼ねそろえた美しさ、つまり日本独特の文化である“用の美”なんですが、この先人たちが受け継いできた、“用の美”を伝えていこう、この精神で食空間をプロデュースしていこう!というのが「平成版有田屋」のコンセプトです。
Q・では、今後は食に関する品々が並んでいくということですね?
A・現在は「白磁ごどうふぱん」や「登り窯シュトレン」といったパンの販売だけをしていますが、それはただの手始めです。器はもちろん、照明やイス、テーブルなどの制作・販売に広げていきたいと思っています。パンについては、おかげさまで好評をいただいているので、「さがファン」でファンをつかんでいったら、実際に有田の町に実店舗をオープンしたいですね。「明治有田屋」は複雑な流通ルートを単純化し、作り手と使い手の距離を短くしたと聞いています。手仕事の素晴らしさを実際に生活で使う人に伝える―このシンプルな精神、コンセプト…これをぜひ現代でも実現したいんです。
Q・辻公也先生に「有田屋」の名誉顧問をお願いしたのは、どういったいきさつからなのですか?
A・「平成版有田屋」は辻先生がいらっしゃらなかったら実現しませんでしたね!「どっとこむ」が実現したかったのは、“原点回帰”です。この精神を持ち、重要性を理解してくださる方といえば、辻先生しか思いあたりませんでした。今までさまざまな活動を行ってきていらっしゃり、重く深い歴史をいろんな場所で伝え続けていらっしゃる素晴らしい方です。相談役のお仕事もこころよくお引き受けくださって、現在にいたっています。辻先生といろいろお話をする中で、どんどん形が見えてきて、そして同時に人の縁も広がっていきました。パッケージデザイン担当の川村哲司さんやパンの商品開発を行った大室雄司さんは辻先生のご紹介です。どちらも国内外で活躍され、賞の受賞もされている素晴らしい方たちなんですが、本物を作りたい、という思いがつながった結果だと思っています。
Q・まちづくりやPRもコンセプトが違うと活動の仕方も変わってくるでしょうし…。
A・“有田愛”のアプローチ方法、ですよね。こちらはやはり価値観の話になってくると思いますが、ここだけはブレたくなかったんです。なので、辻先生と毎日のように話し合って、今後の方向性を決めていっています。有田焼だと一般の観光客の皆さんにしてみたら敷居の高いイメージと陶器市のような安売りのイメージ、大きくわけて2つあると思うんです。お金は規準の一つですが、この高いか安いかの二極化に近い現状をフラットにできたらいいなあと思うんです。それこそが“原点回帰”かなと。たたき売りで下に下に行くのではなく、逆に上に上に行くのではなく、いいものをそれ相応の価値で提供することが「平成版有田屋」でもできたら、と願っています。しかし、理想論だけではどうにもなりませんから、日々、実現のためにいろんなことに向き合いながら、少しづつ形にしていこうと活動中です。
Q・「どっとこむ」さんの活動にはボランティアの方も多いと聞きました。こちらも物語っていますね。
A・活動に共感してくださる、というより、やはり有田愛が根っこにあるからだとは思います。愛ってお金じゃないし、すべてをそろばんで考えてたら物事なんて成し遂げられないですよね。そして愛って時としてアホになることもありますよね(笑)。活動においては情熱がないとやっていけません。辻先生も有田は商人の町じゃない、文化の町だと言い続けていらっしゃいます。人と人との縁は驚くべきもので、現在パンを焼いてくれている主婦グループ「マザーズハート」さんも、素材提供してくださっている、高島豆腐店の高島さんも、JA伊万里キンカン部会の皆さんも全員ご紹介つながりなんですよ。気持ちやモチベーションが同じの方々と一緒だと、活動へのテンションは落ちませんね。今後も「有田屋」はもちろんのこと、ふるさと・有田をどんどん盛り上げていきたいと思っています。


有田駅前、べんじゃら広場内にある「NPO法人有田町どっとこむ」。20名のスタッフが中心となり地元を盛り上げていく。
こちらが国内外で数々の賞を受賞しているデザイナー・川村哲司さんによるパッケージ。フランスで活躍中のパン職人・大室雄司さんがパンの商品開発を行った。現在、地元の主婦8名による「マザーズハート」が焼いたパンは手作り感あふれ、口コミで話題が広がっている。今後近いうちに味噌を開発する予定だそう。
有田町・メインストリート、内山地区にある赤絵町。町並みは重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
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福岡精肉デリカ 福岡 勤さん
2010年02月26日
福岡精肉デリカ
代表取締役
福岡勤さん
現実に真摯に向き合うことで見える
本当の「安心安全・地産地消」
町の顔といえば商店街。生活に必要なものが全部揃い、所狭しと店が軒を並べ、町ゆく人々がお互いに声をかけ合う…いわばコミュニケーションの通りと言っても良かった。佐賀市内、呉服町名店街のアーケードが姿を消したのは昨年。かつて人々であふれた通りには寂しい風景が広がる。そこに今、全国的に話題になっている店が1軒。「和牛石けん」を作ったばかりの「福岡精肉デリカ」さんだ。町の発信地・商店街の隆盛と衰退を目の当たりにしてきた店長の福岡さんは過去を熱っぽく振り返り、将来を冷静に語った。
Q・佐賀産和牛を使った牛脂石けんを商品開発したことで話題になっていますね。お店の歴史を教えてください。
A・昭和30年に創業して私が2代目です。肉屋の前にはここ呉服元町で父がアイスキャンデーの製造を行っていました。ちょうど食の欧米化が進んでいたころで、肉屋に商売替えをしたんですね。また、アイスに使っていた冷凍機もそのまま利用できましたし、今では肉屋の営業にはさまざまな許可証が要りますが、私の子ども時代、肉はもっと身近でした。小学校の時には鶏、中学生の時は豚を、高校生の時は牛を一頭さばいていたんですよ。
Q・商店街も衰退し、"町のお肉屋さん"が少なくなりましたが「福岡精肉デリカ」さんは元気ですね。その理由は?
A・商品開発も地域での食育活動も全部時代の流れによるものです。元々肉屋を継ぐ予定ではなかったのですが、急遽2代目になった時、すべての肉をさばけても精肉や商品流通システムの知識は0でした。他店に修行に行くわけにもいかないし、食肉学校は全寮制。包丁の研ぎ方、肉の重ね方など全部、業界誌や本で独学したんですよ。1人前になるまでに10年かかりました。師匠がいなかったので独学の中、流通についても考えていました。その時から、お客さんを観察していると時代の流れが少し読めるようになったんです。
Q・時代の流れが、どのように今日の活動につながったんですか?
A・転機は大型スーパーが進出した20数年前です。にぎわっていた商店街が衰退し、お客さんもとられてしまい、今まで通りの営業ではいけないな、と思いました。そこで、また大型スーパーの流通についてさんざん独学で勉強して、同じ肉を扱う立場でもシステムが全然違うことがわかったんですね。そこで、同じ土俵では絶対太刀打ちできない、とわかり、別の視点から動かないとムリだと気づきました。地場専門店ならではの動きをしなければ、と。そこで行き着いた信念が「地産地消・安心安全」だったんです。
Q・マーケットが広がるほど消費者の選択肢は増えましたが、同時に肉に関する問題も多く出ていますよね。
A・その問題に肉の専門店としてはしっかり向き合っていきたかったんです。15年前、イギリスで狂牛病が問題になり、子どもたちに影響が及んだという話を聞いた時、食べ物を売るということがどんなに大変で、責任があることなのかを改めて知りました。現在、私が「食育むすびの会」で代表を務め、活動しているのもその理由からです。口に入れるものは体に大きな影響を与えるので、それは牛や豚も同じ。生産者の顔がわかるラベルを貼っているのもこの時代に「安心・安全」をお客さんにわかっていただきたいからです。
Q・「安心・安全」が当たり前ではない、と消費者も認識しないといけないですね。こちらを追究していったら「地産地消」に当たったんですか?
A・どこの専門店もそうだと思いますよ。「さがファン」で出している「佐賀牛カレー」もうちの手作りですし、「100%佐賀牛カレーパン」は鳥栖にある知人の製パン業者とのコラボです。最近の和牛石けん「さらり」も自分の経験から作ったもので、まさかここまで話題になると思わなかったんですよ。
Q・でも上手い具合にブームに乗っていますよね。「佐賀牛朝カレー」とか。石けん美顔法も大人気ですし。これは偶然ですか?
A・偶然ですよ。そんなに商売に色気があったら多分別のことをしていますね(笑)。カレーやカレーパン、石けんも商品化に数年かかっていますし、決してブームに乗ったわけではありません。商品化の後、お客さんの流れを見て、いろいろ変化をつけていったという感じです。以前、コンサルティング業者が店に入った時、信念は別として「普通の肉屋ではいけない」とは客観的に感じたんですね。それから商品開発を始めました。ですから今回の「さらり」もこれからお客さんをじっくり観察して、売り方に変化を加えていかないと、という感じです。話題になるなど予測もしなかったので少々戸惑っているくらいです。
Q・そもそも「さらり」はどのように生まれたんですか?
A・手荒れで困っている知人と話して、そういえば私はずっと水仕事をしているのに肌が荒れないな、と不思議に思ったんです。理由は毎日肉を触っているからかな?と。それで調べてみたら、牛脂は美容に大変いいということがわかったんですね。今では、さっき話題に出た肉に関する問題もあり、植物性の化粧品が主流ですが、昔は動物性脂を使って石けんを作っていたんです。それでは、石けんの発祥をあまった牛脂で再現してみよう!と。最初は手作りで石けんを作り、3年間自分の体で人体実験したんですよ。そして、徐々に知人に試してもらって。そして好評だったので、業者に持ち込んだんですけど難色を示されて…やっと良い業者にめぐり合えて、商品化が実現したんです。
Q・肉屋さんが石けんを作るなど、前例がなかったですからね。これで地元が盛り上がってくれればいいのですが…。
A・商店街を以前のように元気にするのは難しいですね。しかし、自己満足だけではなく、別の場所で何かを作り、発信していくことは地場の専門店として必要だと思います。まずは自分の展開から。その気持ちと行動が、周りと一緒になればいいなと思いますね。そうしたら、違う新しいものができますから。結果、佐賀への恩返しになれば、と思います。
Q・それが「福岡精肉デリカ」さんの"仕事"というわけですね。「さがファン」を含め、今後の展開を教えてください。
A・新聞を見て、「さらり」の問い合わせをしてきた方々はほとんど電話なんですね。また年齢の高い方も多かったんです。購入できるのは通販と店舗のみですから、今こそ「さがファン」の力を借りないといけないですね。ブログも稼動していないので、お客さんのためにもネットを有効に活用していくことは、今後の大きな課題です。また、食に対する勉強や活動はずっと携わっていくつもりです。現在、お店で料理教室も開催しているので、興味がある方はぜひ、お気軽に尋ねてくださいね!

舗装工事が行われている「呉服町名店街」。
佐賀城下ひなまつり期間中は通りがいつもより華やかに。
656広場では食堂がオープンし、福岡精肉デリカさんも出店している。

大人気のカレーはレジの人に一声かけて。
カレーにも生産者や牛が育てられた場所がわかる個体識別番号がついている。

保存料無添加というシールがついているが、店頭に並ぶベーコンの色を見れば一目瞭然だ。

656広場の目の前にお店を構える。
日差しで肉が傷まないように防止したよしずが目印。
店頭でも「さらり」を購入できる。
投稿者 さがファン : 10:19 | コメント (0) | トラックバック
佐嘉の絲 吉本郁雄さん
2010年01月26日
ヨシモト (有)佐嘉の絲
代表取締役
吉本郁雄さん
目的達成のための手段はたくさん。
何を選び、どう生かしたかが結果に。
発想は誰でもできる、と言われるがはたしてそうだろうか?目新しい企画や発想をする人は、必ずどうやって実現するかまで視野に入れているように思われる。「さがファン」出店者はそんな面白い経営者が多い。「佐嘉の絲」さんはその代表格だ。不景気なんのその、前年比150%、新店舗開店、海外販売と実直に波に乗っている。商品化されず、ロスとなるはずの有明産海苔を使った高品質の「海苔麺」。健康面でも評価を受け、地元小・中学生の給食メニューも定番となった。しかし、あくまでも表に出てこない。自分のスタイルで、スピードで目的達成のために手段を選ぶ「佐嘉の絲」さん。その経営理念とは…?
Q・前回のインタビューはショップオープンしたばかりでした。あれから1年強、どんな変化がありましたか?
A・急激にではなく、じわじわ浸透していっているみたいですね。基本的に、予算等もそうですが、自分たちがやれる範囲でやっているので、商売的には「海苔麺」はローリスクローリターン精神でやってます。それでも、空港店をオープンさせたり、上海、シンガポールの百貨店で販売したり、と目標にしていたことは達成できていますね。
Q・昨年秋から冬にかけては、経済産業省が主催する物産市「socococo」(横浜髙島屋)に出展したり、年末テレビ出演されたりと新しい試みもあったそうですね。
A・いい実験になりました。特にテレビ出演ではメディア効果を知ることができました。普通、テレビに出ると一気に売り上げが上がって、ストーンと落ちるといったことを聞いていたのですが、うちの場合、下りはなだらかでしたね。同時期に新聞に出していたのもありますが、メディア効果が完全に薄れる間にリピーターの方を得ることができました。
Q・「海苔麺」において、地元と他県の反応の違いってありますか?
A・地元でも少し定着してきたところです。小・中学校の学校給食に出していますが、海苔の美味しさを知っている年輩の方、健康や栄養を考えている職種の方のリピーターが多いですね。もともと、佐賀の良さを多くの人に知って欲しいという考えからスタートした「海苔麺」ですが、ブームではなくリピーターを作ってからこそが本当の目的達成で、また始まりだと思っています。このへんはゆっくり行きたいですね。ただ、ご年輩の方はパソコンを扱わないので、「さがファン」という手段をどう生かしていくのかも課題です。今はWebよりも電話受注が実際多いので、ここのバランスをどうとっていくかを考えていかないと、と思っています。
Q・しかし、全国を通り越して上海、シンガポール…海外販売と!アジアにしぼった理由を教えてください。
A・アジアは今から土壌を作っていける場所。数十年後には、世界経済の中心地になっていると思います。今から種まきをしておけば、必要な時に成長できるはず。欧米でもヘルシーフードとして「海苔麺」はウケるかもしれません。しかし、すでに土壌は成熟していますし、展開するにはお金がかかりすぎます。芽が出る楽しみがアジアにはあり、現在、上海、広州、シンガポールの高級デパートに置いてもらっています。値段を高めに設定してあるので大丈夫かな、と思っていたのですが、グルメな人…いわゆる富裕層がよく買っていかれるようですね。元々、日本でもうどんやそうめんは毎日食べても、海苔入りのうどんやそうめんは毎日食べるわけでもないですから(笑)、練り込んでる海苔も高品質なものだし、アジアで高級食材として売られてても不思議はないのかな、と思っています。
Q・海苔麺の販売自体は今のまま、継続展開…と。ほかにも佐賀のよさをアピールするプロジェクトをいろいろ計画されているんでしょうか?
A・もちろんです。海苔麺は私の活動の一部。商品化しない海苔のロスに目をつけたように、佐賀にはそういった高品質な食材がたくさんあるんですよ。各分野の人とこれからどんどん結びついて、佐賀のいい食材を有効活用していきたいと思ってます。今は、無添加の完熟梅で作ったギフト用の海苔パスタドレッシング、業務用ですが、揚げたパリパリの海苔麺の試作、販売の展開を予定しています。これらはすべて、私の会社だけでできるものではなく、地元の農家、業者、いろんな人の協力があって実現できるものなんです。
Q・吉本社長が会長を務める、異業種経営者が集ったプロジェクト「文殊会(もんじゅかい)」の活動に結びつくんですね?
A・おかげさまで「文殊会」も今年の3月、NPO法人となります。全員で15人いますが、全員が佐賀を愛し、そして、佐賀を盛り上げていく智恵と力がある人たちばかり。こちらではものづくりを主にやっていきたいですね。商品開発ももちろんですが、休耕地を利用した梅林オーナー計画…など夢はどこまでも広がります。目的は、佐賀を盛り上げることですから、お金が先、ではありません。だからといって利益が出ないと夢も実現できませんから、ここは「三人集まれば文殊の智恵」と言うように、仲間たちと智恵を出し合って目的達成のためにやっていきたいですね。
Q・社長がおっしゃると説得力があるのはなんででしょうか(笑)?そんな社長クラスの人たちが集まっているのだから、時間がかかっても必ず目的は達成しそうな気がしますが。
A・さすがにいろいろ経験して私も60過ぎていますから、普通でいわばリタイアの年を過ぎています。だから、楽しくない仕事をやったって意味がないんですよ。気持ちや損得勘定ばかり先走ると、バランスが崩れ、楽しいものも楽しくなくなってしまう。仕事、というよりビジネス色が強くなるわけです。「さがファン」のブログだってそうです。お客さんとのよりよいコミュニケーションツールと知っていますが、「書かなきゃ」「書くべき」という気持ちになると、それ自身が目的になるからつまらなくなると思います。いつも、目的を定め、そのための手段は何かを考えていますね。規準は「楽しいか、楽しくないか」。自分が楽しく生きれるか、は人の理解が必要です。こういうスタンスで継続しているから、結果もそれなりに出るんじゃないかな、と思っています。その楽しみや喜びを、作り手、お客さん…いろんな人と共有できれば、幸せですよ。

きれいにカットされた商品用の約20cm四方の海苔1枚。この端を使って海苔粉末にする

吹けばフワッと飛ぶ程の、細かい海苔粉末。美しい海苔は太陽に透かすと深いグリーン色で粉末にすると抹茶色に。梅昆布茶同様、お湯に溶かして海苔茶としても楽しめるそうだ

事務所の一角では、海苔の端を機械にかけ粉末にする作業が地道に行われている

給食などでデビュー予定の、揚げたパリパリ麺。今後レトルトのタレをつけた自宅用商品化を期待。海苔の味がしみこんでいて、おやつとしてもいける
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創ギャラリーおおた「有田焼カレー」廉隅浩介さん
2009年12月23日
(株)プレアデス
専務取締役
廉隅浩介さん
根底にある想いはひとつ―“有田愛”。
新しいものを生み出し、地元に還元したい。
10分で100個、1週間で1万個…。この数字が何を意味しているか。数字はあくまでも一つのものさしに過ぎないが、これは「有田焼カレー」が昨年、東京の京王百貨店で行われた「全国駅弁大会」で売れた数字である。歴代催事において新記録を達成、数々のメディアに話題を提供し、東京に姉妹店をオープン。さらには、JR武雄駅のリニューアルにおいて「武雄黒カレー」の開発、とこの1年半で、破竹の勢いといった有田発「創ギャラリーおおた」の名物駅弁だが、仕掛け人はいたって冷静。「有田を活性化させたいという想いが根本にあるから」。その一言に、熱に浮かされない静かな信念と、情報に振り回されない熱い軸が伺えた。そして、何よりも地元・有田への強い気持ちも。2度目の訪問。
Q・1年半ぶりの訪問です。当時は「有田焼カレー」がテレビに取り上げられて、大ブームになった直後でした。ブームでは、終わりませんでしたね。
A・ただのブームで終わらせないためには、いろいろと企画が必要でした。先日、新たに株式会社を立ち上げ、私は企画、営業、経理などを担当しているんですが、「有田焼カレー」が名物駅弁として定着できたのはテレビでとりあげられた後です。九州の各百貨店さんから人気催事である「全国駅弁大会」に出ないかとオファーがあったんですね。それから広いお付き合いが始まり、九州外の大会にもエントリーすることになったんです。昨年は東京の京王百貨店で最高売り上げを記録、阪神百貨店や駅弁大会の老舗、熊本鶴屋で大好評をいただきました。予想もしていなかったことで、毎日焼カレーを作っては100個単位で有田から全国へ輸送し、の繰り返しでしたね。
Q・その現象に驚いてまたメディアが取り上げ、再び話題に、と休むひまがありませんね。
簾隅(かどすみ)さんは、この現状をどう受け止めていますか?
A・「地元・有田を盛り上げよう!」と3年弱前に始まった「有田ハートプロジェクト」の一環がこの駅弁作りでした。大人気となった「佐世保バーガー」の生みの親である、JR有田駅長の西田辰美さんの提案で、「創ギャラリーおおた」の名物メニューであるカレーを駅弁にすることにしたんです。1年半前に、太田店長が語っていますが、最初の1年は泣かず飛ばずだったんですよ。1日一個も売れない日もあったし、駅弁を実現するにあたって、お店の厨房を何千万もかけて拡張工事したり、保健所の許可をとったり…とその苦労は想像をはるかに超えていました。20人で始めた「有田ハートプロジェクト」でしたが、次第に盛り上がりも消え、メンバーがずいぶん少なくなっていきました。その経験があるからこそ、今の結果は冷静に受け止めていますね。これから、どう継続しようかと。
Q・名実共に有田名物になったんですね。
ブームで終わらせずに話題と売り上げをキープしている理由は何だと思われますか?
A・元々、陶磁器メーカーに勤めていた私も、西田駅長も「創ギャラリーおおた」の一ファンだったんですよ。だから、最初に駅弁企画がうまくいかなかった時は、本当に「倒産するのでは?」と思った時が2~3度はありました。そうなると、「おおた」に全負担をかけることになる、と思い、残ったメンバーで首の皮1枚でいろいろと頑張ってきました。企画や発想が思い浮かんでも、実現しなければ意味がありません。このシンプルでありながら難しいことを支えていたのは「おおたの再建」という想い、そして「有田を活性化させたい」という根本の信念でした。
Q・そして、実現したものを継続するという段階に入った、と。
外から観たら話題豊富だし、売り上げもすごいし…そんなギリギリの苦労があったとは!
A・東京に姉妹店もオープンできたのですが、姉妹店の出資者との出会いに、縁の素晴らしさを感じます。駅弁企画がうまくいかず、現状をどうにかしなくては、とネット販売をしようと思った時、たまたま押しかけ状態で講演会に行ったんですね。店長の太田はパソコンについてちんぷんかんぷんで、本当にワラにもすがる思いでした。その講演会の講師をしてた方なんです。講演会後の電話相談も予約人数が何十倍という倍率の中、奇跡的に受かって。それからメールのやりとりで少しづつ手ほどきを受けて…あの時の「たまたま」がなければ、ここまで来られなかったかもしれないです。当たり前のようなことですが、熱意というものも、非常に大事だなと思いました。
Q・「観光客としては、大いに魅力的な「有田焼カレー」ですが、地元の反応は…?
A・最初は批判も多かったですよ。有田は長い歴史と伝統を持つ町ですから、新しいことを行うのは難しかったのは現実です。まず、器と食を一緒にして売る、ということという発想自体が受け入れられなかったですね。でも、「有田焼カレー」が話題になり始めてから、実際に地元の方が購入してくださり、友人知人に送っていただけるようになったんです。それは嬉しかったですね。
Q・行動が結果を出していますね。根本に地元愛があるのも理由の一つだと思いますが。
A・わかりやすいのが一番、と思いました。有田にはわかりやすい名物がないのでは?と始まった駅弁企画ですが、カレー、器、両方から入口を作れたと思っています。また「焼カレー」においては、これも有田という町への入口の一つ。「焼カレー」を目当てに来ていただいた観光客の方々が、有田のそこかしこに興味を持っていただけるようになる…すべて、生まれ育った有田のお役に立ちたいという想いがつながれば、と思っています。
Q・大きな需要にも慌てることなく、しっかり供給し、味も質も落ちないですよね。信頼性と共に、責任力も感じます。
A・現在、いろんな場所で町をあげての新商品企画が多く行われています。有田でも、陶芸家が集って発表した「究極のラーメン鉢」から始まり、焼酎盃やカレー皿など、卸団地の「匠の蔵」シリーズは好評を得ています。一人ひとりが智恵を持って集まり、成功へ導くのは地元愛ならではと思います。長い時間はかかりますが、不況と言えばただの不況になってしまうんですよね。一人じゃできないことは、同じ想いを持ったみんなでやれば必ず成功すると信じています。成功を分かち合うのも大勢だと喜びは何倍にもなりますよ。
Q・今後「有田焼カレー」を中心に、どのような展開を予定していますか?
A・現在の状況を謙虚に受け止めて、会社を徐々に大きくしていきたいですね。売り上げが上がらないと、何もできないわけですから。「焼カレー」業務がもっと大きくなれば、工場が必要になってきますし、そうなると地元雇用も生まれるわけです。やっと年末に新商品「有田焼とろりん」を世に出すことができました。新しいものを生み出していく、そしてそこから、有田という町に何かを還元したい、その2つが基軸で、そして目標ですね。

モダンな構えのギャラリー&カフェ「創ギャラリーおおた」。
町のみなさんの集いの場所になっている
アートの香り漂う、広々とした落ち着いた店内。ゆっくり、有田焼の器でコーヒーやカレーを楽しめる
14年前のオープン当初からある自家製パン。夕方には売り切れてしまう人気さ
お客様に出すコーヒーやカレー等はみな有田焼。
食と器のコラボレーションがここでは思う存分味わえる
会期ごとに作品が変わるギャラリー。絵もあれば、陶器もあり、写真もあり…。
佐賀県内在住の作家の素晴らしい作品を鑑賞できる
「有田焼カレー」は「創ギャラリーおおた」の名物カレーを駅弁用に焼カレーに。
「幸せのチーズケーキ」も昔からのファンが多い名物メニュー
現在では、焼カレーの器は3種類から選べるように。
ぶどう柄は2000円、と500円高いが大人気
ふんわりとした食感の後に来るしっとり感…まさに“幸せ”と一瞬感じる「幸せのチーズケーキ」
年末から待望の新商品登場!「有田焼とろりん」はプリン感覚のチーズケーキ。
2個セットなのがうれしい
「有田焼とろりん」にも限定・ぶどう柄が。
ペアでそろえ、使用後はそばちょこにしたり、と使い勝手もいい小ぶりの器だ
>> 創おおたギャラリーの商品はこちらからご購入いただけます。
投稿者 さがファン : 15:32 | コメント (0) | トラックバック
マルボーロ本舗「北島」弟子丸宏美さん
2009年11月28日
マルボーロ本舗「北島」
北島本店 弟子丸宏美さん
お菓子は目的であり、手段。
お客様に合った"ひとつ"を提供していきたい。
ご当地の家庭料理や生活習慣を語る機会はそうない。佐賀に生まれ、佐賀で育った人にとっては「丸ぼうろ」もそのひとつに入るのではないか。形はごくシンプルで、全く同じに見えても、その背景にはさまざまな思い出がある。それを語り出したら際限なく広がっていくだろう。季節の和洋生菓子をそろえつつ、「丸ぼうろ」一筋の姿勢を崩さない「北島」さんの創業は、元禄9年(1696年)。佐賀では老舗菓子屋の代表を務め、長年にわたり、人の数だけ思い出を提供してきた「北島」さん。「さがファン」では、昨年のお歳暮売上でトップを誇り、時世に関係なく人々の心をつかんで離さないことを証明してくれた。今回は現状が示すように、少ない語りの中でも歴史が培った経験と変わらない信念が伺えた。
Q・「北島」さんは老舗中の老舗ですが、決してイメージを壊さず、お客様の期待を裏切りませんね。
A・菓子職人の力ももちろんですが、私たち接客担当も日々、お客様にとって心地良い空間であってほしいと店頭に立っています。接客は直接、お客様と会える唯一の存在ですので、お客様にとってはいわば「北島の顔」でもあるわけです。「さがファン」も創設当時から参加させていただいていますが、最初は顔が見えないコミュニケ-ションに戸惑いました。今ではネット上やお電話でのやりとりも、だいぶ慣れてきましたね。
Q・弟子丸さんは、接客をされてどれぐらいになるんですか?普段、お客様と接する上で大切にしていることを教えてください。
A・今年で10年目になります。ずっと本店の店頭販売担当でしたが、ここ数年では通販の担当もしています。店頭でも通販でも、接客をする上で大切にしているのは、ありきたりのようですが「笑顔」。ネットや電話のやりとりだと笑顔の雰囲気は伝わりにくいので、喋り方、メールの書き方なども勉強しました。手段は変わっても、気の遣い方を少し変えるだけで、北島ならではの接客の心は伝わるんだな、と感じています。
Q・接客って一時が万事、ですからね。特に「北島」さんのような老舗になると気の遣いどころはたくさんあると思います。何か印象に残るエピソードはありますか?
A・ネット販売で、「想像力」って大事だなと痛感したことがあります。あるお客様がネットでお父様のバースデープレゼントに「丸ぼうろ」を頼んでいらっしゃったのですが、包装等の件で、直接ご自宅にお電話したんですね。そしたら、同居されているお父様本人が電話口に出られまして。何も考えずに話していたら、どうも娘さんはお父様にサプライズするつもりでネットに申し込んだようなんです。つまり、その娘さんの企画を何気ない電話の一本で壊してしまったんですね。お客様の「あえてネットで注文したのに…」という気遣いに気づかず、その時はかなり反省しました。お詫びも上層部まで出てくるぐらい、大事になったんです。しかしその後、そのお客様からはお祝い事のたびに、ネットで注文をいただくようになり、メールのやりとりも行ったりして、大きな経験になりました。
Q・問題が起きた時の対処の仕方、対応の良さがお客様に伝わったのでしょうね。お客様一人ひとりを大切にする姿勢が伺えますね。
A・ほかのお菓子屋さんがどんな接客の対応をされているかはわかりませんが、「北島」では、やはり「安心感」に重きを置いています。制服ひとつにしても、各店舗のスタッフで話し合って決めています。お客様が心地よくお菓子を選んでいただけるように、アットホームでありながら、特別な空間を作れるように気をつけています。お客様の目的に合わせたお菓子を提供することが私たちの使命ですから、迷っているお客様の背景や想いを上手に引き出せるように努力しています。お菓子という手段ひとつで、いろいろな世界が広がると思うと、形は地味で目立たなくても、特に「丸ぼうろ」なんかはとても大きな存在ですよね。この存在をずっと守り続けていかなければ、と思いますよ。
Q・「さがファン」でもずっと売上は上位ですし、去年のお歳暮ではトップでした。人々に支持される理由は何だと思いますか?
A・おかげさまで、ネット販売に携わることで佐賀だけではなく、「丸ぼうろ」の存在が全国の人々に知られることになりました。見た目が地味なので受け入れられるかどうか、と思っていたのですが、味を知ってくださったお客様が口コミで広がり、関東地方のリピーターが増えています。正直、特別なことは何もしていないんですよ。創業当時から味は変わっていないですし、大きくアピールしたわけでも、何もしないわけでもない。ただ、昔から美味しいと言われてきたものを、変わらず継続して提供することができている、というところでしょうか。もし、自分が食べるんだったら…と思うと、接客の仕方も変わってきます。想像力と真心、この2つはこれからもずっと大事にしていきたいですね。

最近発売、本家・ポルトガルのマルボーロを再現した「オブリガード」。カチカチの表面にバターとしょうがパウダーを塗ったスパイシーな味!(※オブリガードは本店と佐賀市内の支店でのみ販売中)

マルボーロの生まれた地、ヨーロッパをイメージした、ブルー&イエローが北島カラー。
白山町本店には工場が隣接されている

開放的で高級感あふれる店内。取材をしている間も、平日だというのにお客さんの足が絶えることはなかった

丁寧な接客が印象に残るスタッフの皆さんの素顔は気さく。「店頭でもお待ちしております!」

店内では一連の製造工程を描いた映像をモニターで観ることができる

カップにミルクを注ぎ、レンジで温めるだけでできる「マルボーロプティング」は北島独自の提案。プティング用のカップ&ソーサー(有田の深川製磁のもの!)も販売

色鮮やかで美しい和菓子は、1個から販売している。他の焼き菓子もバラ売りで売ってくれるのもうれしい

本店の前、白山名店街の入口は江戸時代初期に創始された佐賀独特の染色品・鍋島更紗の発祥の地の碑が建っている

本店の真横を通る白山商店街は、かつての長崎街道~シュガーロード。ここを通って異国の情報や砂糖を含む物資が運ばれていき、全国に広がっていった。商店街を抜けると歴史民俗館のある街道に出、そしてずっと小倉まで続く

「食べられない丸ぼうろ」として登場したキャラクター、マルロー君。小さいお子様に人気で、親近感あふれる店内づくりに一役買っている
>> 北島のマルボーロの商品はこちらからご購入いただけます。
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ワインと地酒の専門店 森本 芳典さん(株式会社 森本商店 常務)
2009年10月31日
ワインと地酒の専門店
株式会社 森本商店 常務 森本 芳典さん
人の数だけ、それぞれのお酒がある―。
背景を引き出す"相談役"でありたい。
「お酒とは何か―?」。一言で答えるのはとても難しい。親しい人とおしゃべりしながら飲む酒、ひとりでしっとりと飲む酒、仕事上の接待で飲む酒…。お酒があるところにはいろいろな背景が広がる。お酒はお菓子と同じく嗜好品のひとつだが、どんなに時代が変わってもなくなるものではない。しかし、スーパーやコンビニなどで手軽にお酒を手に入れることができる今日、人々の意識が少しづつ変化していっているのは否めないだろう。昭和6年創業、佐賀のお酒事情をずっと見守り続けてきた老舗酒屋「森本商店」さん。「お酒とは何か―?」という原点に今こそ、帰ろうとしている。1年半ぶりの訪問だ。
Q・この1年半、不況、デフレなど社会が大きく様変わりしました。お酒業界ではどんな変化がありましたか?
A・良きも悪きも、大きなくくりで言うお酒が人々の生活に身近になってきた、とは言えますね。第3のビールなど低価格商品の登場、そして新商品の回転の速さ…全部、この1~2年で起こったことです。同時に飲酒運転や、お酒が体に及ぼす影響などもテレビで大きくクローズアップしてきました。
Q・お酒に厳しい社会になってきたのに、低価格なお酒が人々の心をキャッチしている…時代の変化ですね。
A・それは肌で感じますね。数年前までは、外食産業におけるお酒の注文は全体の約2割を占めていたそうですが、現在では約7%に落ちている、と聞いています。不況の影響もあって、外でお酒を楽しむ人が少なくなってきた現在、夜更かしをする人が少なくなってきているようです。家飲みが多くなってきているので、早い時間帯にお客さんがいらっしゃるようになりました。夜遅くに飲みたい、と思ったら、コンビニで手軽に低価格のお酒が手に入りますからね。
Q・「森本商店」さんでは、現在主流となっている発泡酒や第3のビール、箱酒やペットボトル系のお酒は置いていませんよね?
A・いろいろと悩んだところですが、回転の速い消費社会の中でも「役割」があると私は思っています。創業以来、ずっと信念にしていることですが、うちでは「いい酒を残したい」、この一心に過ぎません。だけど、「いい酒」が「うまい酒」とは限らないんですよ。でも、私の長年の経験から、ほかのものと同じく「いいものは残っていく」と思っています。どんな条件にしてもいいものは美味しいんですよ。シーズンものはもちろん良さが際立ちますが、トレンドものは追いかけたらキリがないですからね。
Q・高いけれど気に入ったお酒を飲む、低価格で気軽にお酒を飲む。現在、この二極化にあるように思われますが。
A・その中間層が家計から嗜好品を切っていく状況にあるんでしょうね。逆パターンもあるんですよ。発泡酒にばかり慣れていると、本物のビールが苦く感じてしまう、という人も知っています。その人にとっては発泡酒が「うまい酒」なんですよ。私としては、「いい酒」は「値段に釣り合うお酒」だと思っています。そういったお酒を選んで置いています。
Q・では、森本さんにとって「いい酒」とはどんなお酒だと思われますか?
A・ズバリ、「余韻」と「キレ」があるお酒ですね。むろん、個人差はありますが、ビール、日本酒、ワイン、焼酎、ウイスキー…すべてにおいて、飲んだ時にイヤミが口に残らず、スーッと切れていくお酒です。例えるならお寺やお仏壇の鐘ですね!打った時にカ~ンと高らかに響きますが、少しの間余韻を残しながら響き続き、いつの間に消えている…。わかるでしょうか(笑)。この「余韻」「キレ」があるお酒を皆さんに提供したいですね。
Q・「お酒スタイルは人それぞれですが、ネットも含め手軽にお酒が手に入る状態です。酒屋さんといえば「お酒の相談役」としての仕事も最重要ですよね?
A・お酒のスタイル、好みは人の数だけありますから、贈り物の時など何を選んでいいのかわからない、という時に活躍するのが、酒屋だと思います。お客さんの顔を見て、会話をして、その家庭の味まで聞き出し、その料理に合うお酒を引き出す―これができるのは地域の酒屋ならではの仕事です。お酒は酔うのが目的だけではないですからね。お客さんの求めるものに対応し、需要には完璧に供給することを心掛ける。この原点に立ち続けていたいです。
Q・11月はボジョレー・ヌーボーの解禁日がやってきますね。今年のお薦めは…?
A・ボジョレー・ヌーボーの魅力は、新酒特有のフレッシュさ、さわやかでライトな口あたりです。香りもフルーティーで、渋みが少なくどなたでも楽しくいただけるワインですね。今年は、自家栽培ブドウを中心とする小~中規模な蔵元である「ドメーヌ」ものがお薦め。平均樹齢50年の樹から収穫したブドウを使用したものなど、コクと味わいに深みがあるクラシックなボジョレーが、当店ではイチオシです。残念ながら、ネット販売はできないのですが、1995円~3990円まで約6種用意しています。
Q・ワインセラーが5つもある「森本商店」さんですが、森本さんご自身はワインが大好きでいらっしゃるんですよね。
A・お酒は何でも好きですよ。仕事で味見をする以外にプライベートでは、夕食の料理に合わせてお酒を選ぶのが楽しいですね!お酒には料理、料理にはお酒、と2つは切っても切れない仲ですから。飲む時のシチュエーションなど背景が重要ですよね。グラスを変えるだけでも味は変わりますしね。かといって、そこまで敷居が高いものでもないんですよ。美味しいか美味しくないか感じるのは、自分次第ですから。11月末に「秋のワイン会」を行う予定です。ボジョレー・ヌーボーを始め、数種のワインと料理を楽しむ会なのですが、詳細が決まり次第、ブログで情報をアップしていくので、興味がある方はぜひチェックしてください。
Q・これからお歳暮シーズンに入ってきますね。ネットでも手に入るお薦めのお酒を教えてください。
A・通常では手に入りにくい、ちょっとグレードの高いお酒を用意する予定です。お正月ぐらいはいいお酒を飲みたい!という方にピッタリ、定番以外のものですね。青森の大吟醸純米酒「王松」は、全国で500本ぐらいしか出ないのですが、そのうち30本が11月下旬にうちに入ってきます。こちらはお店でしか販売できないのであしからず。また人気の鹿児島地焼酎「赤兎馬」の季節限定品「極味の雫」、年に2回入荷で、現在売り切れ中の鹿児島芋焼酎「農林二号」も入ってきます。11月下旬~12月上旬にかけて、「さがファン」のページをのぞいてください!新商品は随時アップ中です。これからも地酒やローカル性を大事にして、お酒と向き合っていきたいと思っているので、自慢の逸品をぜひサイト上で、お店で選んでくださいね。

店内には、約3000種のお酒がズラリ。「さがファン」で人気の商品は、鹿児島地焼酎「赤兎馬」、佐賀地酒「東一」、佐賀地焼酎「菱娘」などだそう。

お酒は、日本酒、ワイン、洋酒…とコーナーが分かれていて、見やすくディスプレイされている。

店内には、まるでバーのようなプライベートルームが!一般の方は入ることができないが、ここでまったりと新酒やオールドヴィンテージもののお酒をお店のスタッフで利き酒するそうです。

店内に5つあるセラー。中に入るとひんやり。常に"良い酒"の"飲み時"を考えられて、お酒たちが寝かせられている。

「森本商店」さんがワインを仕入れた時期、1979年に作った記念のワインセラー。歴史の温かみを感じさせられる。
>> ワインと地酒の専門店の商品はこちらからご購入いただけます。
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菓子処村岡屋 靏田昌子さん
2009年09月29日
視点を変えるだけで深く広がる日常
そこに"お菓子"があるから―。
お菓子は人と人とのコミュニケーション、お菓子は人の心を豊かにしてくれるもの…文章にせずとも、私たちはお菓子の大切さを日常で無意識に、そして意識的に感じていることだろう。お菓子大国・佐賀において、その存在を知らない人はいない「菓子処村岡屋」さん。看板商品「さが錦」がこの2年、国際食品コンクール「モンドセレクション」最高金賞に返り咲いた。手軽、気軽、簡易包装が叫ばれるこのご時世、日常の楽しみはもちろん、お菓子の持つ大きな付加価値を重要視し、日々情報を発信しているのが村岡屋さんだ。4年前の工場、2年前の本店の取材を経て、今回は企画推進室におじゃましてきた。
Q・前回の取材から2年、その間にホームページやブログなどが充実してきましたね。企画推進室ではどのような業務をされているんですか?
A・企画推進室では4人が常駐し、外部広報や社内報づくり、商品のパッケ―ジデザインやキャンペーンの企画などさまざまなことを日々行っています。私は主に通販業務に携わっているのですが、ホームページの制作、ブログ、メルマガの発信のほかに、顧客様へのDM送信、商品の受注、問い合わせの受け付けと、いろいろとさせていただいています。
Q・少数精鋭ですね。靏田さんは通販のお仕事をされて何年になるんですか?
A・大学を卒業し弊社の社長秘書を経て、企画推進室に入り今年で4年目になります。通販担当ですが、ホームページの制作やブログ、メルマガの制作に集中できる、というわけではなく、お客様からのクレーム処理や、各店舗の顧客管理もしなければなりません。だからまだまだ手探り状態ですね。でも毎日が発見ばかりです。先日もHPを見てお客様からお問合わせの電話をいただいたんですよ。「さが錦のカロリーはどれくらいですか?」と。
Q・それは面白い裏話ですね。企画推進室はなんでもやらないといけないんですね。
A・ある意味、なんでもやです(笑)。いろいろと企画をあげ、形にしていきたい想いはありますが、会社のこと、商品のこと、すべてを知っておかないとアイデアも浮かばないからですね。まさか、お客様からそういうお電話をいただくなんて秘書時は考えもしなかったし、本当に勉強になります。この3年で考え方が大きく変わったなとは思いますが、考えを仕事として実現化していくには、課題が盛りだくさんです。
Q・それだけ将来に可能性があるってことですよね。「さがファン」などネットサイトを含め、今まで未開拓な分野ですから。
A・そうなんです。大変ですが、面白いんですよ!企画推進室は、お客様をはじめ各店舗、工場、お取引先業者…と接する人たちが多岐に渡るため、今まで気付かなかったことが日常でポンポン入ってくるんですね。その意見と、私が得た影響と考えを今後どういう形にして外に出していくか、日々悩みながら奮闘中ですよ。
Q・10月は新栗登場など、和菓子が美味しい季節になってきましたね。秋の限定商品などお薦めのお菓子を教えてください。
A・現在、ネット限定販売商品「秋の味覚詰め合わせ」が好評でした。ネット通販では限定商品企画は、割と自由にできるので今後も季節感を出した商品詰め合わせ箱を作っていきたいですね!特に和菓子は季節を告げるものですから、美味しいだけじゃないところが、企画をする側としては面白いです。10月から、「さが錦」をより高級にした「相傳さが錦」をネットでも限定販売するようになりました!素材に大納言あずきと新栗を使い、桐箱に入れられたお土産にピッタリな商品ですよ。
Q・桐箱入りとは!進物に強い村岡屋さんならではの商品ですね。今は、お歳暮企画の真っ只中とのことですが、どんな展開をされる予定ですか?
A・現在では簡易包装が主ですので、どこも包装や箱のコストを下げています。でも、大事な気持ちをお菓子に込めて包む箱ってとても大事だと思うんですよね。お菓子は食べてなくなっても、箱は残るので思い出にもなります。でも同時に、日常で気軽に楽しめるお菓子、という意味ではその逆のことを考えなくてはなりません。そこで現在は、「さが錦」や「昔風味の小城羊羹」も個別包装にしてバラ売りをしているんです。進物でも日常でもお客様の用途に合わせた商品を提供し続けていきたいと思っています。お歳暮では同じく桐箱に詰めた「極上相傳氷糖本煉小城羊羹」も展開していく予定です。
Q・たしかに、ちょっと高級なお菓子「さが錦」を手軽に食べられるのはうれしいですね。でもお歳暮など贈り物には、同じ商品でも+αをつけることで印象が違いますものね。
A・この仕事に就く前はお菓子はただのお菓子、だと思っていました。だけど、視点をちょっと変えるだけで、お菓子の世界ってもっと深く広がっていくことに気付きました。すると、毎日の感じ方も変わってきたんです。特に季節には敏感になりましたね。季節の中に行事があり、人が集まり、そこには必ずお菓子がある。何気ない日常生活でもそこにあるお菓子がいろんな力を見せてくれるんですよ。これからも多感に過ごしていきたいです。
Q・これからやることがたくさんありそうですね!今後の抱負を聞かせてください。
A・店舗に立ち、実際接客をするわけではありませんが、日々メールでの発信や、お客様との電話でやりとりなど、コミュニケーションの大切さと難しさを感じています。メルマガやブログの定期発信は重要だとはわかっていても、文章を書く難しさに悩んだり、アイデアだけが先走りしたり…新しいことを始めるのも大変ですが、何よりも継続というものが難しく、そして一番大事だと思っています。村岡屋は地元・佐賀の会社ですから、佐賀情報をメインにいろんな情報や楽しい裏話をこれからお客様に定期的に発信していきたいですね。そして、店舗同様、サイト上の村岡屋に親しみやすさを出したいです!そのためには、お客様のどんな質問にも答えられるような、村岡屋博士になりたいですね!

個包装の看板商品は手軽にいただける。10月から全店舗あげて「笑顔のキャンペーン」を実施。楽しいイベントが待っている

鍋島にある工場。1Fが羊羹など和菓子の製造、2Fが焼き菓子、洋菓子や「さが錦」の製造。工場見学にも団体が多く訪れる





「さが錦」ができあがるまでは、流れ作業だがほとんどが手作業によるもの。すごいスピードで出来上がっていき、その職人技、早業に驚く。1日平均5000個の製造だが、お歳暮などのシーズンになると1日1万個ほど製造となり、忙しくなるそう

佐賀市内のメインストリート、中央本通りにドーンと構える本店。店内は、まるでお菓子の宝探しができそうなぐらい!

佐賀のお菓子処で初めて作ったという、無料飲み物コーナー。くつろぎながらお菓子を選べるうれしいサービス

本店にはギャラリーが併設。目でアートを楽しみ、口でお菓子を楽しむ素敵な空間だ

佐賀弁で"ほとめく=もてなす"、という意から「ほとめきマーク」を商工会議所が制作。もてなし処の「村岡屋」さんにピッタリと旗を贈呈
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がばい佐賀 藤原一宏さん
2009年08月26日
がばい佐賀
がばい軍曹/事務局長
(有)ディーズ
藤原 一宏さん
「佐賀弁」は立派な"特産品"!
コトバが生み出すパワーを信じて。
「がばい」、「佐賀」…佐賀に住んでいる人なら、日常で聞くコトバだろう。しかし、このコトバを"見る"ようになったのは、最近のことではないか。特産品、と聞くと思い浮かぶのが、ご当地の食材であり、加工食品や工芸品であり、そしてお土産になるものである。しかし「佐賀弁」という方言そのものを"特産品"だと熱く語り、その前例なき、画期的な視点から、ふるさと佐賀をPRしているのが、「がばい佐賀」さんだ。
8月に「さがファン」にショップオープン。お米、丸ぼうろ、小城ようかん…Tシャツ、手ぬぐい、ボールペン…ズラリと並ぶ商品に"?"。一体「がばい佐賀」とは何者なのか!?
率直に聞きます。「がばい佐賀」って何ですか?
A・「がばい佐賀」は1つの会社ではないんですよ。ふるさと佐賀を愛する企業や個人経営者など、異業種の方たちが集って構成している、1つのプロジェクト(企画)です。そして、このプロジェクトの発案者であり、取りまとめ役が私なんですよ。
Q・もともと藤原さんが「がばい佐賀」というプロジェクトを立ち上げようと思ったきっかけは何だったんですか?
A・私は、「ディーズ」という佐賀の企画制作会社に勤めているんですが、2005年で佐賀PRの企画の一環として、「がばい佐賀弁」というCDを制作したんです。地元タレントのヒーマンさんが歌い手で。当時限定1000枚で作りました。しかし、3~4年前は島田洋七さんの「がばいばあちゃん」が大ブームになり、夏の高校野球で佐賀北高校が優勝するなど、佐賀が全国的に有名になった頃なんですよ。そのタイミングで佐賀弁CDについて、全国から問い合わせが殺到しまして…結局、曲数を増やし東京の大手レーベルから「がばい佐賀」というタイトル名でメジャーデビューとなったんです。
Q・思い返すと全国的な佐賀弁ブームはすごかったですね!「がばい」が全国メディアで踊ってましたものね。でもやっぱりブームって一時的なものになるのが定説ですよね。
A・そうなんです。当時は「がばい」の使い方を間違ってる全国のメディアもあったりして(笑)。だけど、あらためて佐賀弁の威力ってすごいなと思いまして、ブームで終わらすものか、方言を使って各方面に佐賀をPRできないものか、と考えて思い浮かんだのがこの「がばい佐賀」というプロジェクトなんです。
Q・まず、プロジェクトを実体化するために何から始めたんですか?
A・一番最初に作ったCDタイトルのロゴ「がばい佐賀」を使った商品化をはかりました。しかし、私の会社は企画会社なので、お米も丸ぼうろもようかんも作れません。そこで、県内の製菓会社、米穀卸会社、食鶏加工会社などに、プロジェクトの参加、協力をあおいだんです。
Q・しかし、各企業は元々自社名で既に商品を販売しているわけですよね。
そこに「がばい佐賀」というロゴを上から貼り付けて売り出す、となると説得が大変だったのでは?
A・もちろん苦戦しましたよ。反発もありました。商品のパッケージにど~んと「がばい佐賀」というロゴが載って、自社名がそのかわり小さくなるわけですからね。だけど、「がばい佐賀」のロゴが統一イメージとして、世間に浸透していけば、商品は絶対に売れる、と信じていました。目指すところは、「がばい佐賀」というブランドを確立させるところにあったわけです。
Q・そして前年度(2008年度)、「がばい佐賀」ブランドの商品の売上は2億5000万円と!
A・もちろん、商品の中身が以前と変わったわけではありません。パッケージを変えたら売上が激増したんです。もちろん、すべての商品が売れているわけではないし、県外認知度もまだ低いですが、プロジェクト発足当初から参加されている、お米と丸ぼうろの分野の売上増加と安定には驚きました。
しかし、各商品が一堂に会して販売している場所はないんです。駅構内、高速のサービスエリアやスーパーなど、さまざまな場所で各商品を販売しているんですが、インパクトのあるロゴ、佐賀弁がズラズラ書かれたパッケージが好評をいただいたようですね。
Q・たしかに!お土産を買う時には、ご当地の特徴がわかりやすいものや、面白いものがウケますものね。しかも美味しかったら言うことないですよね。
A・そう、観光名所のお土産って特徴的なものが売れてるでしょう。北海道だったら、北海道の地図が載っているものが良く売れる、っていうように。今まで佐賀にはそういったものがなかったというところに、企画会社として目をつけたってだけなんですけどね。愛するふるさと・佐賀をもっと全国のみなさんに知ってほしい!それなら、わかりやすいものは何だ!?と。佐賀弁だ!「がばい」だ!と。
Q・しかし、うまいことひっつけましたねえ。インパクトありますよ。思わず手にとりますもん。しかし、何故「がばい」「佐賀」がここまでウケたと思われます?
A・「がばい」と「佐賀」というコトバの間には魔物が住んでいると思います(笑)。
コトバからイメージされるものって人によって様々とは思いますが、それに食品がからんできた場合、「佐賀」というコトバからイメージされる食品は「安心・安全」「美味しい」。そして「がばい」は「佐賀人の根底」のイメージ。このコトバから引き出されるイメージと食品が上手くマッチングしたんだと思っています。
Q・なるほど。そのイメージをビジュアル化…つまりカタチにしたのが「ロゴ」というわけですよね。
そしてこの「ロゴ」は食品だけではなく、Tシャツや文房具等にも広がっていっていますよね。
A・私が「佐賀弁」は「特産品」だ、と言い続けている理由は、佐賀人ならば老若男女、誰でも日常で使い、誰でも共感できるものだから…なんです。一般的に特産品は、その産物作りに携わった人しかわかり得ないもの。だけど、佐賀弁は誰でも話して、聞いて、そして見ることができる。佐賀から離れて東京で働いている人が、ふるさとの味を懐かしむのと一緒で、佐賀弁を聞く、見ることができれば、きっとホッとされるはず!とてもわかりやすくて、そして全員が共感できて、変わることがなく、自慢できるものが方言だと私は思っています。「がばい佐賀」と書いたTシャツを着ている人をもし、東京で観たら、声かけちゃいますよ、私だったら(笑)。コミュニケーションが広がるきっかけにもなります。
Q・しかし、日々は自社で働いている企業、個人の異業種の方々をとりまとめ、かつ、対外PRをしていくって、かなり大変でしょう?
A・ここは、プロジェクトの事務局長であり、「がばい軍曹」を名乗っている私の腕の見せ所であります(笑)。経営、ではなく、運営になるわけですからね。
月に一度、現在参加している9業者と、事務局のスタッフが集まって例会を開くんですが、さまざまな意見が飛び交います。新規参入希望の企業さんに対しては、例会で食品ならば味見をし、企業の歴史等なども全員で検討します。パッケージデザイン、CM制作、対外PR部隊もみんな、普段は別企業、または個人で活躍している専門分野のクリエイターたちが集っています。なので、プロジェクト継続にあたり統一化のための組織ルールというものはとても重要です。そういった側面でも、今後の課題は盛りだくさんです。
Q・一つの会社ではなく、その道のプロたちが集った精鋭集団なんですね。
A・そのとおりです。「餅は餅屋」でフル稼働といったところですね。全員が佐賀在住で、根底にある「佐賀が大好き」という気持ちは一緒です。今までのように、東京など中央のやり方を真似するのではなく、佐賀でしかできないこと、"佐賀県スタイル"で展開していけるのが強みだと確信しています。
Q・「さがファン」でのショップオープンは、今後大きな役割を占めていくのでは…?
A・ネットを通じ、佐賀を全国にPRしたい、という気持ちの前に、地元から「がばい佐賀」ブランドをかわいがってほしいという想いが強いです。一番嬉しかったのは、どの地域でもそうでしょうが、今まで方言というものを隠しがちだった地元の人たちが、堂々と佐賀弁をアピールする土台を作れたということ。商品の売れ行きよりも、その変化が嬉しいんです。点と点が結ばれ、線となっていく接点が、佐賀弁だというところが。
Q・「今後の可能性は果てしなく広がりますね。食だけでなく、イベントはもちろん、テレビ番組、映画、と多分野への活躍を期待してもいいでしょうか?
A・もちろんです。食においては、30メーカーぐらいに増やして展開していきたいですね。
来年のNHK大河ドラマでは、佐賀もスポットがあてられますので、それに応じた企画商品も現在考案中ですし、タイミングを重視していきたいと思っています。いずれは行政とも連携していけたら…と願っています。佐賀には、全国に誇れる品がたくさんあります。視点を変えて、佐賀弁をくっつけて売り込めば、PRはもちろん、佐賀県がもっと元気になれると信じています。誰でも使っていい、誰でも話せる、聞ける、書ける、見ることができる「がばい佐賀」というコトバが生み出すパワーを信じて、頑張ります!!

一番の売れ筋のお米。「夢しずく」「ひのひかり」といった佐賀ブランド米が「がばい佐賀」パッケージに

おみやげに喜ばれそうなヒット商品・丸ぼうろ。黒糖入りはピンク色でかわいらしい

七山の清流水を使った美味しいマンゴや、小城ようかんなどバリエーション豊か

気軽にお酒のおつまみ等で楽しめる「がばい鶏」。安価なのも魅力。
こちらは企業が「がばい佐賀」プロジェクトのためにつくったオリジナル商品

すべてはココから始まった「がばい佐賀」~佐賀弁CD。
この文字ロゴが現在の「がばい佐賀」のロゴとして統一されている
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シェ・ヤマモト 山本揚一郎さん
2009年07月30日
菓心 シェ・ヤマモト
シェヤマモト有限会社
パティシエ
山本 揚一郎さん
素材を見極め、生かす経験と技術、
それがスイーツづくりの極意。
"パティシエ"、"スイーツ"いう言葉を良く聞くようになったのはここ数年のことではないだろうか。
おなじみながら佐賀県は全国有数のお菓子処、その消費量も九州一。丸ぼうろを始め、数々の和菓子・洋菓子が人々に至福の時を与えてきた。それを創り出すのが、菓子職人=パティシエである。
既に全国誌で取り上げられ、熱い視線を浴びているスイーツが佐賀市南部・川副町にあるという。その陰にはスイーツ創りに情熱を注ぐ、パティシエの姿があった。
8月に「さがファン」に新オープンする「シェ・ヤマモト」さんである。
Q・あらためて「シェ・ヤマモト」さんの歴史を教えて下さい。
A・昭和42年(1967)、父が川副町の南部で「山本製菓店」を創業し、そちらを私が継ぎました。そして平成4年(1992)、リ・スタート店として現在地に移し、「シェ・ヤマモト」をオープンしたんです。高校を卒業して福岡1軒、東京2軒と合計3軒、9年間修行した後の話で、現在は社長が父、店長業務を私が行っています。
Q・既に「抹茶ロールケーキ」が大人気ですが、なぜ郊外の店(川副町)にしたんですか?
A・父の実家は製菓店を創業する前は、家のすぐ近くが有明海だったので海苔養殖業をやっていたんですよ。しかし、それだけでは家計が厳しく、父が早いうちから佐賀市内中心部に出て、住み込みでお菓子屋さんに弟子入りしていたんです。昔で言うでっち奉公みたいなものですね。私が生まれてすぐに、製菓店をオープンしたので、小さな頃から店を継ぐのは当たり前だと思っていました。が、お菓子作りの大変さも知っていました。継ぐと決心し、修行を終えた後、私は最初、市内中心部にお店を構えたかったのですが、苦労して築いてきた父の反対もあり、同じ川副町内に新しいお店をオープンしたんですよ。
Q・実際に、さきほどからお客様の車が絶えませんね。
わざわざ郊外に美味しいスイーツを買いに行くのが、最近流行とも聞きますが…?
A・店前の大通りができたのは、オープンして1年半後だったんですよ。おかげさまで車の通りが多く、地元から、遠くから多くのお客様がほぼ車で来てくださいます。
今ではインターネットもありますし、決して中心部や都会にこだわらなくてもいいな、と実感するようになりましたね。流行に左右されなくて、スイーツの味が変わらず、お店の名前がブランドになれば、どこでやっていても変わらないかな、と思えるようになりました。
Q・「BRUTUS」7月号、スイーツ好きで有名な芝田山親方の「スイーツ巡業2」(9月発売予定)にも「シェ・ヤマモト」さんのスイーツが載ったそうで!
A・どこで調べたんですかね(笑)、ビックリしました。
「BRUTUS」ではお茶特集で、抹茶ロールケーキの取材依頼がきたんですが、そのお茶を使った全国スイーツ商品の審査員をしていたのが芝田山親方(元・横綱大乃国)さんでした。でも親方は別の経路で以前につながっていたんですよ。なんと佐賀では有名な、川副町のラーメン屋さん「いちげん」さんつながりで……以前、芝田山親方に「どらいも」を贈ったことがあるんです。和菓子やあんこがお好きと聞いて。それが、後々またつながって、本に載せていただくことになろうとは、まったく思いもしませんでした!
Q・ネットワークってすごいですね。
オリジナルの「佐賀Premiumギフト」も実は「さがファンブログ」つながりとか?
A・「肉のニシムラさん」、「田舎の便り」さんとは、さがファンブログで仲良くなり、何かできないかな、という想いから、オリジナルギフトを販売することを思い付きました。佐賀の美味しいものを詰め合わせたギフトはもらっても、贈っても嬉しいと思うんですよね。佐賀のいいとこどりギフト、とでもいいましょうか。こちらは、ブログで仲良くなった方たちと、またいろいろ展開していきたいと思っています。
Q・他店とのコラボ商品は、「さがファン」では初めてですよ。
良く実現しましたね。
A・企画した当初は楽しいノリだったんですけど、そう簡単だったわけじゃないんですよ。ハンバーグとジャムとスイーツの詰め合わせですから、それを販売するとなると免許が必要になってくることがわかったんです。
それで、私が食肉販売業許可の免許をとらせていただきまして、実現に至りました。他店ですと、製菓衛生士という国家資格を長い時間をかけてとらなくてはならないので、このプレミアムギフトは「シェ・ヤマモト」オリジナルになるんです。「さがファン」で出会った人たちの、ふるさとを愛する気持ちや信頼関係を大切にしていきたいですね。
Q・現在は、ロールケーキを一番名物商品でアピールされていますが、それは何故ですか?
A・ロールケーキ、シュークリーム、プリン…などは、お店の個性が一番出しやすい商品なんです。修行時代にも言われたことですが、同じ素材を同じ量を使って、同じレシピでお菓子を創っても、同じ味のお菓子は絶対創れないということなんですね。私は、お菓子教室も開いていますが、習いに来られる生徒さんにも必ず同じことを言っています。だから、ロールケーキといった定番モノは、創る人の個性が一番見え、その店のポリシーが見えてくるスイーツなんですよ。
Q・しかし、ここまで人気が出て、反響が出るとはすごいですね。
A・正直、やはり驚いています。
特にロールケーキは訪問先にちょっと持っていって、小分けしていただくのに手ごろみたいで。定番が売れないと、他の商品に広がっていかないんですよ。メニュー名がフランス語で、見た目もオシャレなスイーツを前面に押してもあまり反応がないんです。特に佐賀では、オシャレなものが美味しいという意識はあまりないので、実際にわかりやすく、美味しいものがウケるようです。結婚式の引き菓子や、法事などでロールケーキを注文していただき、そこから口コミで広がっていったようですね。
Q・「抹茶ロールケーキ」はクロレラ入りというのも好評なようですが、製作・商品化までのエピソードを教えてください。
A・通常の抹茶ロールケーキは、ショーケースのライトで色があせるんです。そこで、美しいグリーンの色を出したくて、クロレラの配合を試みました。クロレラは各種ビタミンや食物繊維など栄養素もたっぷりで、見た目にもあざやかで健康にも心を配ったロールケーキということで、好評をいただいています。抹茶とクロレラの配合で色が変わっていくので、何回か調整して試作しました。お菓子は楽しんで食べていただきたいものですので、その意味でもこのケーキの出来には満足しています。
Q・スイーツ好きはいろんなところからチェックしてきますからね。
でも、そうでない人にも皆さんに喜ばれるロールケーキ、ということですね。
A・本当のスイーツ、とは素材を見極める経験と、その素材を生かして作る技術を持つパティシエが創るものだ、と思っています。ただ甘い、だけじゃスイーツ=お菓子にならないと思うんですよ。パティシエ1人ひとりによって、同じスイーツでも見た目、味、と個性が違うものに仕上がります。それを楽しい、至福の、くつろぎの時間と空間に役立っていただければ、1人のパティシエとしてそれ以上に嬉しいことは…ないですね!



グリーンが目印、三角屋根のかわいらしい建物が目をひく

「佐賀Premiumギフト」も店内で販売中だ



店内もキュートなオブジェでちりばめられ、落ち着く素敵な空間
>> シェ・ヤマモトさんの商品はこちらからご購入いただけます。
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佐賀玉屋 梶原喜臣さん
2009年06月30日
(株)佐賀玉屋
販売促進室・室長
梶原 喜臣さん
本当に価値のあるモノは、
人と人のつながりから生まれる"満足感"。
"百貨"とは、「百種類の商品を扱う」という意が語源だ。そして"百貨店"とは、大きな面積の店舗を持ち、多種類の商品を取り扱う店のことである。1852年、フランスで生まれた通称"デパート"。
昨今では、大型ディスカウントストア、チェーン形態のスーパー、ショッピングモールなどの出現により、その定義が一般的には曖昧になっているのは否めない。しかし、百貨店が百貨店であり続けられるのはなぜか―?
「佐賀玉屋」は佐賀県唯一の百貨店であり、佐賀市の中央部に位置し、その歴史は昭和5年(1930年)まで遡る。佐賀に住まう人ならば、誰しもが思い出のひとつは持っているであろう存在だ。「さがファン」が開店して5年。初めて、玉屋さんのドアが大きく開く。
Q・「さがファン」開店当初からショップを出されていますが、お話をお聞きするのは初めてです。この5年、ネットショッピングの反響はいかがでしたか?
A・実のところ、あまり力を入れてなかったんですよ。反響はぼちぼち、といったところで、ネットショップに本格的に力を入れる専門部署がなかったので、この5年間、いろいろトライはしましたが、中途半端で頓挫していたのが事実でした。しかし時流も変化し、何よりも、新社長が就任して社の方針が変わったのが、この7月から改めてネットショッピングに取り組む大きな理由です。
Q・「佐賀玉屋」さんは自社のホームページで、ネットショッピングをされずに「さがファン」に一任されていらっしゃいますよね。とても光栄なことですが、それは何故ですか?
A・この7月から自社HPを一新し、そしてネットショッピングも大きく変わります。インターネットの力の大きさと影響力に気付いたゆえのことなのですが、効率の面も考え、ネットショップは自社で行わず、「さがファン」で一括することにしました。自社HPからさがファンに入ることができますし、さがファンから自社HPに入ることもできる…その相互効率性の可能性と利点から、取扱い商品も17件から370件に増やすことにしたんです。
Q・お中元のページで佐賀特産の品が370件!と。
今までの17件の厳選商品は誰がどのようにピックアップしていたのですか?
A・百貨店ですから、実際のお店にはかなりの商品が並んでいます。もちろん、今までのページに載せていた17件の商品は「百貨店・玉屋が選んだ厳選の味」となるわけですが、先ほども述べました通り、ネットショップに力を注げない環境にあったので、年間を通して安定して供給できる、売れ筋の商品を載せていました。中でも「中山牧場の本生ハンバーグ」はヒット商品です。しかし、ネットショップに本格的に力を注げる環境となり、百貨店の強みである商品力、数を増やす、ということをお中元の時期にチャレンジしてみよう!となった次第なんです。
Q・数多くの商品はもちろん、「佐賀玉屋」というブランド名は県内外問わず、かなり強いと思うのですが、そちらを念頭にネット改革をする、というわけですね。
A・新時代到来、と言ってもいいぐらいですね!やはり私自身も、パソコンをあまり触る機会がありませんでしたし、ネットの力を感じてはいませんでした。
しかし、創業約90年「佐賀玉屋」の基盤である、"地域の人と人のつながり"…を改めて考えてみると、地元から離れた、全国の佐賀出身の人とのつながり、というものも大切にしていかなければ、と思ったんです。全国のさがファンさんたちが、「佐賀玉屋」と聞いて、「ああ、懐かしいな」と「あんな思い出があるな」と再び、玉屋と、佐賀とつながってくれたら、と…。
Q・お中元のページは、すべて佐賀県産の商品を取り扱われるとのことですが…お米、お酒、お漬け物…いろいろありますね!
A・"ふるさとの味"がいっぱいですよ。元々、地元の人たちの生活のお役に立つために存在する「佐賀玉屋」ですから、その一環としてお中元という"ギフト"はとても重要だと考えています。佐賀から離れていても、ふるさとの味を楽しんでいただき、佐賀の良さを全国のみなさまにぜひ、感じていただきたいですね。
Q・このご時世、よく言われることですが…ここ近年、大型ショッピングモールが激増しました。
佐賀唯一の百貨店として、その"違い"というものは何だと思われますか?
A・やはり…"人と人のつながり"と思いますね。私どもは、「親切・丁寧・正直」、この3つをずっと心がけています。
人として、接客販売をする上で、お客様が望まれるものを正しい情報を、丁寧なアドバイスとお客様の立場に立った親切な対応でご提供させていただいています。社員も専門分野において、資格を持った者もいるプロのアドバイザーです。モノを売るだけではないんですよ。ショッピングモールは快適な広さ、手ごろな価格に商品量の多さ、という特長はありますが、それに対し、百貨店である「佐賀玉屋」の特長は"人情"とでもいえましょうか。富に、人間関係が希薄になっている現在、人と人をつなぐ"ギフト=贈り物"は、とても価値のあるものだと思っていますし、そちらをお手伝いできることは、私どもの使命でもあると思いますよ。
Q・このご時世、すべてにおいて本質や、価値性が問われていますよね。
百貨店の価値とは、いろいろある中で、"人と人のつながり"はとても大きなものだと…?
A・人それぞれ、"価値"という考えは違いますが、よく"お得感"という言葉が使われますよね。その得、というものが、安さであったり、ポイントが多くつく、というものであったりすると思います。しかしながら、百貨店では細部にまでこだわった、どんな方にでも合う厳選した生活用品を揃えているので、"お得感"は"使ってからわかるもの"と考えています。目先の利得に惑わされない、お客様個人に見合ったモノを、安定した接客で対応させていただき、安心して購入していただく―。こういった人と人のつながりがあってからこそ、90年ものれんを掲げることができていると思っています。
Q・その間から"信頼"という人同士しか築けないものが生まれる、というわけですね。
A・もう、絶対にお客様は裏切れないですよ!というより、お客様に裏切られないようにしないと(笑)。お客様の様々な期待感に対し、満足感をお返しできないと、ですね。ネットショッピングにおいても、その姿勢は変わりません。ですので、すぐに結果や答えが出るものとは思っていません。新しい試みですから、今までお付き合いのあるお客様はもちろん、業者さん、メーカーさんも、「佐賀玉屋」を通して、お互い成長していきたいと願ってるんですよ。
Q・素晴らしいですね!今後の展開、希望を教えてください。
A・変化への対応ですね。この時代でのキーワードはやはり、スピードです。
流行をキャッチする力、売れ筋の把握、クレーム対応の素早さ。そして、商品の充実のためのバイヤーの強化、商品を掘り下げて本当の良さを伝える広告の展開。佐賀玉屋ブランドオリジナルの商品のご提案…今夏のお中元では、佐賀のお酒の小瓶3本と、佐賀県産のおつまみが選べるふろしき包みの「肥前ほろよい小箱」は個人的にもお薦めですね。ふろしきは社員が手作業で一つひとつ包んでいるんですよ。佐賀県唯一の百貨店としてこれらに誠実に対応していきたいと意気込んでいます。
Q・お話をお伺いしていると、ワクワクしてきました!
最後にメッセージをお願いします。
A・ぜひ、ネット上でゆっくりお買い物を楽しんでいただけたら、と思っています。お中元だけではなく、今後も「佐賀玉屋のネットショップ」=「さがファン」で、年間を通して好評の商品を増やしていくつもりです。
全国のどこにいても、ふるさと・佐賀とつながっていける本格的なネットショップづくりを目指していきますので、お好きなときにページをご覧になってくださいね!
投稿者 さがファン : 14:09 | コメント (0) | トラックバック
有明の風 東島吉孝さん
2009年05月26日
有明の風
代表
東島 吉孝さん
海苔はおにぎりの包装紙じゃない!
職人が営業に挑戦して、
本当に伝えられること。
"本物の味"、"こだわりの味"、"究極の味"――。
さまざまなポスターやチラシに並ぶ、"味"の表現。しかし、本物とは何を規準にそう言うのか?究極とは、どこまでが極めたこだわりのことを、表すのか…?
佐賀・有明海産の海苔の生産高は文句なしに、全国トップである。その品質もしかり。しかし、その"味"は私たちの食卓に届いているのだろうか…?そんな素朴な疑問を打ち破りつつあるのが、6月から新たに「さがファン」にショップオープンする「有明の風」さんだ。佐賀の美味しさをギュッと詰め込んだ「さがファン」店舗の中で唯一の、海苔取り扱い店がようやく登場する。漁協を通さず、直販に近年挑戦している同店。その"味"が、私たち消費者にダイレクトに届くのも、もう目前である。
Q・「さがファン」初の海苔ショップです。
佐賀は海苔で有名なのに、目新しい感がありますね。参加しようと思われたきっかけは?
A・みなさん、佐賀の有明海産の海苔が有名なことはご存知のようですが、では「食べたことがありますか?」と問いかけた時に、県外の方ほとんどが「ない」とおっしゃるんですね。その理由はたった一つ、「佐賀海苔」を手に入れる手段がないからなんです。私たち生産者は、海苔を作ったら卸業者に預けます。正直に言うと、預けてからは私たちが作った海苔がどの市場で、どういう名前で売られているかわからないんですよ。
Q・そういえばそうですね…。だから直販活動の一環として、「さがファン」に出店されるわけですね!「有明の風」さんの歴史を教えてください。
A・佐賀の有明海で、海苔の養殖が始まったのが昭和27年です。私は4代目にあたりますが、その翌年から漁業と併行して、海苔養殖を始めました。海苔は種を貝殻に培養して網に付けていくのですが、当時は天然の種が熊本の有明海にしかなく、熊本まで種付けに行っていましたね。それから約10年、失敗の連続の後、海苔養殖の黄金時代が到来しました。技術が発達して、人工で種を作れるようになったんですよ。それから、海苔生産1本となりました。私も小学校が終わったら夜中まで手伝っていましたね。技術の発達と共に二期作もできるようになって、安定供給ができるようになったんです。
Q・佐賀海苔は生産高だけではなく、もちろん高品質として有名ですが、それが一般消費者にはなかなか伝わっていない現状をどう思いますか?
A・これも時代の流れですが、昔はお中元やお歳暮等、ギフトのトップ3といえば"高級海苔"でした。持ち運びも軽いし、贈答品にはピッタリだったんですね。それが、宅急便業界等の発達により、缶ビールなどに抜かれてしまったんです。また、食生活の変化も挙げられますね。洋食スタイルの定着や、外食チェーンの台頭により、海苔業界全体の値段付けが下がってきたんです。海苔は漁協でセリにかけられますが、1枚あたりの単価がどの生産者が作っても、供給先が少なくなったから入札価格が全体的に下がり、値段もほぼ同額で取り引きされるようになりました。また、大量生産ができるようになったので、入札価格が下がったんです。そのような時代的な影響力が理由にあげられると思います。
Q・そういえば、美しい缶に入った海苔を思い出しました!今ではあまり見られない光景ですね…。しかし、海苔は主役ではないですが、日本人の食卓に欠かせないものですよね。
A・必ずといっていいほど、あるものですけどね。要はその品質、味ですよね。コンビニに行けば、パリパリの海苔を使ったおにぎり、しっとり海苔を巻いたおにぎり…と目にしますし。ほとんどの方が海苔をごはんについてるもの、という意識しかないんじゃないでしょうか。海苔って本当に美味しいものなんですよ。いつも若手生産者に言うことですが、「海苔はおにぎりの包装紙でいいとや!?」って(笑)。子どもは正直で、うちの海苔をおやつがわりに食べたら、他の海苔はもう食べられん、って言うそうです。それは、ずっと有明海で育ったおじいさん、おばあさん世代の影響があるんですね。人間の味覚は小学校6年生までで決まる、と良く言いますが、今になってその意味がよくわかりますよ(笑)。
Q・そういう環境で育つっていうのはうらやましい限りですね。
6月の今現在、海苔生産はどのようなことをされているのですか?
A・「海苔づくりは海の農業」と言われるように、天気相手にとても繊細な心配りが必要な仕事です。現在はオフシーズンで、10月から種付けが始まります。11月末から3月いっぱいが収穫時期です。二期作ですので、二回にわけ、約5日間かけて収穫を行いますが、取れたての海苔を"一番摘み"といいます。この5日の間でも1日1日、味が変わっていくんですよ!
Q・そもそも海苔に賞味期限ってあるんですか?味はやっぱり落ちるんですか?
A・冷凍保管だと2年は大丈夫とは言われていますが、これも、海苔の作り方次第なんですよ。もちろん、保管において湿気は大禁物ですし、焼きすぎも美味しくないですからね。冷蔵熟成が美味しいと言われる方もいらっしゃいますから、好き好きです。でも、なるべく早めにいただくことをお薦めします。
よく農業や漁業は"感覚"と言いますうよね。もちろんそれも大事ですが、基礎ができた上でのことです。海苔生産は子育てと似ていて、栄養分をたっぷりとらせて寝かせた後は、外に出して鍛える…いいところは延ばしながら、同時に厳しさを味合わせる…"成長と抑制"の繰り返しです。これが海苔生産の基本なんですよ。栄養分ばかり取り入れて、寝てばっかりじゃ、ひ弱なもやしっ子みたいな海苔ができてしまうんです。感覚というより、海苔の状態を観察しつつ、いかに繊細に心配りができるか、が大切ですね。
Q・海苔の世界って深いんですね~。現在、幻の海苔といわれている「アサクサノリ」の復活を手がけているとお聞きしましたが…?
A・現在、生産しているのは「スサビノリ」という品種です。「アサクサノリ」は食べないとその美味しさはわからないですね!昔はアサクサノリがほとんどだったので、その味が忘れられなくて、今10名ほどで復活させようと頑張っているところです。もし、復活させることができたら、漁協でのセリも別枠扱いになるぐらいの高級海苔になりますよ。アサクサノリは柔らかいので、病気になりやすく、今の時代では作りにくいんです。日本全国の海苔産地の中で、有明海産の海苔は"柔らかさ"が一番の特徴ですからね。
Q・今まで「海苔だけ食べる」という経験がなかったから、海苔本来の味がわからなかったのかもしれません。でも、流行の韓国海苔はお酒のアテやおやつに人気ですよね?
A・昔から海苔を食べる文化は、日本と韓国にしかありません。欧米でも日本食ブームで寿司が流行っていますが、元々欧米の食文化=黒い食べ物はダメ、という図式があるんです。韓国での一人当たりの海苔消費量は日本の倍なんですよ。輸出では中国に負けますが、韓国の海苔生産者が私どもの工場に見学に来ることも多いんです。
Q・2年ほど前から、漁協を通さずに直販を始められたのこと。反響はいかがですか?
A・ここ近年の「生産者直売所」のにぎわいが、すべてを物語っていますよね。生産者の顔が見える、安心した美味しい食材の供給…。今までは、生産者は弱い立場だったのに、今、とても強くなっています。直販も、卸も、生産者がどの方向を向いているか、なんですよ。問屋さんか?漁協か…?私は海苔を食べる消費者の方向を向いてないといけないと強く思ってきました。これを外したら、楽な方向に流れて本末転倒になってしまう…。直販をやって思ったのは、消費者の声が今まで間接的だったのに、ダイレクトに伝わってくる、ということ。実にシンプルですよ。伝えるのもダイレクトですし、また中間業者が入らないので、単価は下がってお客さんは嬉しい。もちろん利益を出すのは絶対ですが…。
Q・しかし、今までの概念をぶち破ってるわけですよね。職人が営業をするなんて大変なことでしょうし…しかし、一番強い、と。
A・固定概念にとらわれていては、何も始められないし、何よりも食べ物は美味しくないといけないわけです。だから、もちろんしがらみ等いろいろありますが、反抗しているわけじゃないですよ(笑)。漁協ともお付き合いをしながら、直販もやる。ただ、海苔の美味しさをより多くの人に届けたいが、ためです!
Q・では、海苔の"本物の味"とは、どんな味のことを言うのでしょうか?
A・海苔生産者が普通に作った、普通の海苔のことですよ(笑)。決して、頑固職人が作ったこだわりの味、でもなく、ストイックに作った究極の味でもなんでもない。海苔生産者が、海苔生産に忠実に向き合って作った、普通の海苔。これが本物なんです。技術は人間が使うものだから、+にも-にもなるわけですよ。そして、技術は自然の力に比べたら本当にちっぽけなもの。毎日、おてんとう様と付き合って、自然と共に生きながら海苔作りを行っています。すべてをそぎおとし、向き合った時に、本当の力が生まれ、本物の味が生まれるんだと思いますよ。その味を、ぜひ、一度お試しください!

「塩のり」は沖縄・石垣島産の塩を使った、「有明の風」の一番ヒット商品

海をきれいにする活動も地域の子どもたちを巻き込んで行っている。
「最初も海、最後も海」-環境活動を通した体験型観光「ブルーツーリズム」をいつか本格的に行うのが夢だそう
投稿者 さがファン : 13:34 | コメント (1) | トラックバック
のんのこの郷 池田健太郎さん
2009年04月28日
宗政酒造株式会社
営業部
池田 健太郎さん
作り手から見た、本当の“麦焼酎”の素晴らしさ。
可能性と期待を抱いて、ネットに挑戦。
佐賀はあらゆる分野でトップクラスである。しかし、その具体性を知る人は多くはない。海苔の生産高は全国一、大豆の収穫量は北海道に次ぎ全国第2位。その他タマネギ、ハウスみかん、陶磁器製和飲食出荷額…全国トップを誇る一次産品がズラリ。歴史が生んだお菓子の消費量も九州で一位。そして忘れてはならない“一位”が、“二条大麦”だ。“焼酎―麦焼酎”の原料である。
多くの酒造メーカーが輸入麦に頼る中、国産~佐賀産の二条大麦にこだわり、焼酎づくりを行っている「宗政酒造」。代表作「のんのこ・黒」が「全国酒類鑑評会本格焼酎の部」にて5年連続で優等賞。そして、清酒「宗政大吟醸」が平成20年度「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞したばかりの“のんのこの郷”に再々来訪した。
Q・焼酎ブームも大分落ち着き、固定ファンもできてきましたが、最近「自社通販サイト~リカーショップ のんのこ」を新しく作られたらしいですね。
A・全国のお酒がネットで気軽に手に入るって素晴らしいことだと思うんですね。私どもはこの数年「さがファン」を通してネット通販をしていましたが、自社通販サイトを作ろうという動きはずっと水面下であったんです。そして、昨秋からやっと稼動し始めたのが「リカーショップのんのこ」なんです。メルマガも先日、初めて書いたばかりなんですよ。
Q・「さがファン」でも宗政さんのお酒は人気ですよね。
あえて自社で通販サイトを作ろうと思った理由を教えてください。
A・やはり、可能性があるのならばそれをもっと広げたい!という会社の想いからですね。「さがファン」でも「リカーショップのんのこ」でも同額で出品していますが、いろんな場所から“宗政酒造のお酒”にたどりついてほしくて、自社サイトを作りました。実際、「さがファン」では顧客様がついていまして、「佐賀」や「のんのこ」等の単語で検索すると「さがファン」のサイトにたどり着くことが多いんです。しかし、「宗政酒造」や「麦焼酎」等の単語で検索すると、我が社のホームページにたどり着くことが多いんですよ。そこで、自社のホームページに通販サイトのページを作ろういうことになったんです。
Q・なるほど。入口はいっぱいあった方がいいですからね!
実際、約半年、自社サイトを運営されて、反響はいかがですか?
A・まだまだ、ぼちぼちですね。まずは1年見てみないとわからないですね。「さがファン」の方はコンスタントにお客様が商品を購入していただいていますが、自社サイトはメルマガも始めたばかりですし、まだ広く認知されていません。ただ、面白いことに「さがファン」のお客様は九州の方が多く、自社サイト「リカーショップのんのこ」では、西日本以東のお客様が多いんですよ。こういった動向も、これからじっくり研究していきたいです。
Q・ネット通販に関しては、池田さんお1人で担当されているとか。
昔からパソコンなどに詳しかったんですか?
A・それが全く逆なんですよ。私は農業高校を卒業した後、弊社に入社し製造部にいたんです。3年間焼酎・日本酒を作っていまして、現場の人間だったんです。事情で営業部に異動し、スタートである作り手から、お客様に一番近いラストの段階である発信側に廻り、いわば、180度の転身ですよ!今は一日中パソコンの画面とにらめっこしながら、日々勉強ですね。ネットショップのお知らせを更新したり、新商品をアップしたり、注文の処理をしたり、そして、「さがファン」の担当の方とやりとりしたり、お酒のラベルやポップ作りもします。同じ会社にいるのに、まるで別世界(笑)。でも日々発見ばかりで面白いです。
Q・作り手から見た麦焼酎の素晴らしさを“人に伝える”っていう仕事は、また他の広報一筋で来た人間とは、感覚が違うと思いますが…いかがですか?
A・難しいですね!!今まで、自分の感覚と舌だけであらゆるお酒の良さや悪さを判断してきましたから、それを言葉にして“伝える”っていうのはもちろん初めてのことですので、今、本当に試行錯誤の段階です。ただ、弊社の製造部も営業部も若手が多く、チャレンジの場を与えてもらえるので、あれこれ悩まずに新しいことに挑戦できるんです。自社通販サイトを立ち上げる前には、ウェブの学校に半年通わせてもらいましたし、今後の可能性と期待にどう、自分が挑戦していくのか楽しみでもあります。
Q・作り手側から見た“宗政酒造のお酒の素晴らしさ”とは何だと思われますか?
A・一言で言えば「原料」です。佐賀県産の二条大麦にこだわって、お酒づくりを貫いているところですね。九州といえば芋焼酎がブームですが、麦焼酎はスッキリとして癖がなく、焼酎ビギナーにもお薦めです。女性に人気で、さわやかな喉ごしがお客様には好評をいただいています。輸入麦だとコストが比べて安価になるところを、「佐賀の酒は佐賀の原料でつくる」という信念を曲げずにお酒づくりに携わっている姿勢が、みなさまの評価をいただく理由と思っています。
昔からJAさんと契約しているので、二条大麦の安定供給がはかれ、お客様にも「安心・安全の味」をお届けすることができるんですよ。
Q・佐賀が焼酎の原料となる二条大麦の生産高が全国一位という事実は、あまり知られてないですよね。国産の麦で焼酎を作るのは難しいんでしょうか?
A・製造部にいた時は、1年中休みなしでした。焼酎は1年中作れますからね。そして割高の二条大麦を使い、手間もひまもとてもかかっています。だから、その結果が“本当に美味しいもの”になると信じて作ってきました。現在、お酒の製造では麦焼酎が約90%、残りが日本酒、梅酒等づくりなのですが、今後も麦焼酎をどんどん押していきたいですね。
「二条大麦が原料」ということと、審査の厳しい「原産地呼称制度の認定酒」であること、この2つの素晴らしいポイントを、全国のみなさんに広く伝えていきたいと思っています。
Q・もうすぐ有田の陶器市が開催されますが、歴史と伝統のある「有田」という町の一酒造会社として、展開していきたいことはありますか?
A・有田は400年の歴史と伝統のある、素晴らしい町です。私は出身が隣町の伊万里市なので、幼いころから有田の町が全国に、世界に誇れる町だと知っていました。今、情報を発信する立場にいて思うことは、全国に「佐賀の焼酎」の名前が通ったとしても、「有田」という町は絶対に外せないキーワードということです。有田の陶磁器が地元のお酒を支えているのも確かです。
しかし、若い世代には、まだ有田の世界観が敷居高く、有田=陶磁器、有田=焼酎、とすぐに心に響かないのが現実ですね。もちろん、伝統は引き継いでいかなければなりません。でも今の時代は、新しいことにチャレンジする方も大切だと強く思っています。
ネット通販もそのチャレンジ活動の一環です。伝統がんじがらめではなく、今後はいろんな企画を作っていきたいですね。若手陶芸作家とお酒とのコラボレーションなどのイベントとか…私たち若手がどんどん前に出て行かなくては、と思っています。
Q・頼もしい言葉ですね!
今後、「自社サイト~のんのこリカーショップ」と「さがファン」-ネット通販においての展開予定を教えてください。
A・6月の始めに日本酒がしぼりたての状態であがってくるので、ぜひお試しいただきたいですね。昨年、金賞をとった大吟醸にもひけをとらない味に仕上がっています。
また、ネットショップ限定の「陶都 有田」は、在庫限りになっていますので、ここ「有田ポーセリンパーク」の販売分が連休中になくなる可能性もありますので、お早めにご注文いただきたいです。焼酎としてはギリギリの度数である43℃(限度度数は45℃)なので、冷蔵庫に冷やし、ロックで飲んだらガツンときますよ!焼酎と同時に、夏までは新酒(日本酒)を楽しんでいただき、秋はひと夏寝かしたひやおろしの日本酒も出てきます。焼酎も寝かせれば寝かすほど美味しいので、ぜひ、限定モノはお早めにご購入していただきたいですね。
今後は、ネットショップ限定モノをたくさん出していきたいと思っています。
Q・なんだか、お話を聞いてて楽しみになってきました。
最後にメッセージを。
A・お酒って美味しいのはもちろん、友達や家族、仲間、人と一緒に飲むからこそ、楽しくなれる存在なんですよね。だから、お酒って不景気に左右されないんです。「美味しい!」と言うお客さんの笑顔、「楽しい!」というお客さんの笑顔、その笑顔が出る場をつくっていきたいですね。
本当に美味しい佐賀のお酒を、ぜひ楽しく飲んでください!

瓶詰めされる前に、混入物が入っていないか1本1本チェックする。

最終検閲が終わったお酒の便は、ラベル貼り、蓋閉めされていく。

流れ作業で箱に詰められていくお酒の瓶たち。工場は1日約8時間の稼動だ。

市場に出るのを待つ商品の箱たち。常時一ヶ月分ぐらいストックがある。

焼酎工場内には16基のタンクがズラリ。一升瓶にして約60万本が随時造られている過程にある。大きな発酵タンクの中でフツフツと呼吸するもろみ。

原料の二条大麦の袋がいっぱい。一袋400kg。一升瓶にすると、約380本ほどの原料。

焼酎の蒸留機。あたり一面、焼酎の豊かな香りが広がる。「のんのこ・黒」は蒸留後は一切水を加えない手法をとっている。

外に面した貯蔵庫。

日本酒(清酒)工場は、焼酎に比べ規模が小さい。これはもろみを温度調節しているところ。この作業を10日、商品完成に約40日。

隣接するテーマパーク「有田ポーセリンパーク~のんのこの郷」。ゴージャスなツヴィンガー宮殿内では、古伊万里や柿右衛門、鍋島藩窯様式など、400年の歴史に及ぶ有田焼の歴史ある作品を鑑賞することができる。(入場大人500円)

宮殿奥には美しいバロック庭園が。晴れた日には散策の後、記念撮影と気どってみたい。

ポーセリンパーク内には、おみやげやさんがいっぱい。中でも「宗政酒造」の試飲コーナーは大人気だ。ほかに手作り陶器体験施設や、有田焼アウトレットショップ、有田地ビールが飲めるレストランなど見どころいっぱい。

有田焼が安く手に入るのもうれしい。さがファンでも好評の、有田焼に詰めた焼酎も販売。
>> 有田観光酒造のんのこの郷の商品はこちらからご購入いただけます。
投稿者 さがファン : 14:54 | コメント (0) | トラックバック
白玉饅頭 元祖吉野屋 吉村正則さん
2009年03月31日
白玉饅頭
元祖吉野屋
吉村 正則さん
伝統と歴史を最新の技術で外へ-
九州の嵐山・川上峡の浪漫を改革。
「佐賀のお土産といえば、白玉饅頭でしょう」と言う県外ファンも多いのではないだろうか。真っ白でツヤツヤ、まん丸でコロンとしたかわいらしい形、口に放ればもっちもちの皮の中から甘~いあんこの食感が口中にふんわり。
「白玉饅頭」は生の和菓子だ。ゆえに賞味期限が1日しかもたないため、佐賀に足を運ばないと買えない。そう、ご当地でしか手に入らない稀少なお菓子。伝統と歴史は約120年前に遡り、その存在は400年にも及ぶ。しかし、その白玉饅頭が最新の冷凍技術によって、全国発信が可能になったという。来月から「さがファン」参入予定の、創業明治15年「元祖 吉野屋」へ行ってきた。
Q・お菓子どころ・佐賀ですが、白玉饅頭は日持ちがないため、なかなか外に出ていかなかったですよね。
A・白玉饅頭は佐賀「川上峡」の名物です。大昔は献上菓子であり、約400年前からは町のお祭りやお祝い事用にふるまわれた伝統と歴史ある饅頭なんですよ。形はシンプルで素材もうるち米と小豆と砂糖、そしてほんの少しの塩だけ。でもシンプルがゆえ、手間ひまがかかって作り続けるのがとても難しいんです。私ども吉野屋は創業127年ですが、現在川上峡では、白玉饅頭を作っている店舗は3軒ほどしかありません。現状維持だけで精一杯なところはありましたね。
Q・ホームページやパンフレットなどのPRが素晴らしいですね。
それに伴い、冷凍発信とは!ほぼ改革に近いのでは?
A・ホームページは1年半前に、パンフレットは昨年つくり、そして最新の冷凍技術を使ったインターネット販売・発送は昨年秋から始めました。やはり時代の流れに乗る時が来たのかな、と。でも全国に白玉饅頭の存在を大きくアピールしたい!という気持ちはそこまでなかったんですね。あくまでもここ、川上峡に来てほしいという想いはずっと変わりませんから。冷凍を発案したのは、佐賀を出て全国に住んでいる方の要望からなんです。「ふるさとの味が恋しい」という方々の期待に応えたい、そんな想いから冷凍開発に取り組んだんです。
Q・冷凍饅頭を解凍すれば、買ったその日の味が楽しめるとのこと。
開発までのエピソードを教えてください。
A・とにかく失敗の繰り返しでしたね。最新の冷凍マシンをレンタルし、毎日作っては捨て、作っては捨て。実験に次ぐ実験で、最終的に先代の5代目が食べてOKを出すまで2年かかりました。冷凍饅頭は途中まで普通の饅頭と作り方は一緒です。普通の饅頭は出来たら箱に入れ冷ましますが、冷凍用は熱々の時、急速に冷凍します。個数の分配には気を遣いますよ。
Q・白玉饅頭は生和菓子だから、毎日作る個数の分配が大変でしょう?
A・日々、お客様の来店数が違いますからね。祝日やお祭りがある時期などは、ある程度予測はできるんですが。日常では平均の個数を作り、後は外を眺めながら、お客さんの通りなどを見て作り増しします。1時間で1000個作ることができるんですが、もちろん毎日全部がハケることはないんです。生和菓子ですから、余った分は泣く泣く捨てるはめになるんです。添加物が一切入っていませんからね。
でも、私が六代目になって14年、当初よりも大分個数の分配が読めるようになってきましたね。廃棄数が減ってきました。また白玉饅頭は素材が単純なだけに、仕上がりにごまかしがききません。先々代・四代目はせっかくこねた生地も、気に入らなければ全部捨てていたそうです。
Q・創業明治15年。初代の味と製法をまったく変えずに代々受け継いで127年。
この継続には並々ならぬ努力があったのでは…?
A・マニュアルは一切ないんですよ。とにかく見て覚え、食べて覚え。自分の体で覚えるしかありません。今はベテランのパートさん3人と、私と妻、計5人で切り盛りしています。家族と皆で一つになり、つまみながら作っています。いずれは私の息子が七代目になりますから、まだ6歳ですが息子にも今から教えていきたいと思っています。
Q・ここ「元祖吉野屋」の店舗内にはオシャレなカフェも併設されていて、近くの「イタリアンレストラン吉野屋」にも饅頭が売っていますね。
A・「イタリアンレストラン吉野屋」は1976年に先代・五代目の兄弟がオープンしました。吉野屋は家族経営なので今後は、レストランの方と上手く連携していく予定です。うちのカフェの2Fは座敷になっているので、何かの会合に使ってもらう際に、イタリアン弁当を出したり…。カフェからは美しい川上峡の景色が見えるでしょう?やはりお土産としてだけではなく、「この場所で白玉饅頭を食べてほしい」という想いで作りました。
Q・伝統と歴史を守りつつ、時代の流れに乗っていく…大変だと思うことはありますか?
A・伝統を守るということは大変なことです。お客さんの意見も厳しいですからね。私は六代目ですが、本州の出身で娘婿なんです。なので20年ほど前までは、佐賀、川上峡、そして白玉饅頭の存在すら知らなかったんですよ。だから私が六代目になった当初は相当なプレッシャーでした。
でも、ゼロからのスタート、余計な知識がない分、意見や要望はスーッと入ってきましたし、チャレンジ精神も旺盛でした。歴史と伝統を守りながら、時代の流れに乗っていくという挑戦もできますし。なので、今はとっても楽しいですよ。
Q・立派な自社ホームページで既に冷凍発送を行なっていらっしゃいますが、「さがファン」に参加しようと思われた理由は何ですか?
A・最初は「さがファンブログ」がきっかけでした。好奇心から始めたブログでしたが、意外と反響があったのでそのつながりで「さがファン」本体に参入しようと決めたんです。今まではパソコンなんて…なアナログ人間でしたが、自分から簡単に情報を発信できるブログの可能性にビックリしましたね。
だから、佐賀つながりでまとめて発信できる場「さがファン」には大きな期待をかけています。なんといってもアクセス数が自社ホームページよりもすごいですから。県外の友人に言っても「すごい!」の連発ですよ。新たな可能性や楽しみ、チャレンジがあふれている「さがファン」に、来月お店をオープンする予定ですが、今から楽しみでいっぱいです!
Q・大きな変革をとげようとしている真っ只中ですね!今後の展開予定を。
A・「展開=目標」になるわけですが、土台の信念は「川上峡に来てほしい」この一心です。ホームページ、ブログ、そしてネット販売で、全国に白玉饅頭の存在を知ってもらうことももちろんですが、それを経て「この白玉饅頭のふるさと、川上峡に行ってみよう」とお客様に思ってもらえたら…それが一番の目標ですね。
また、白玉饅頭をベースにした新しい商品も企画中です。何よりも「白玉饅頭=佐賀・川上峡」-この図式をアピールし続けていきたいです!!

創業明治15年。九州の嵐山と呼ばれる川上峡は風光明媚な場であり、初代が商売を始めたころにも、四季折々に多くの人手があった

見た目プルプル、食べてモチモチ…秘密は水。
店のそばの井戸水が決め手。時間を置くと表面がカサカサになるので早めに食べよう

そのままが一番美味しいが、お好みに合わせきなこやごまも

3月末になると、大量の鯉のぼりが空を泳ぐ川上峡。佐賀の風物詩のひとつ

カフェは7年前にオープン。白玉饅頭の他、生和菓子や喫茶を楽しめる

カフェからは、川上峡の美しい景色を一望できる。
器にも凝っていて、小さな日本庭園もあり浪漫たっぷり。思わず時を忘れそうだ

店から車で5分の「イタリアンレストラン吉野屋」。
ここでも白玉饅頭は購入でき、カジュアルにイタリアンが味わえる
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伊之助めん 吉岡洋一さん(伊之助製麺株式会社)
2009年02月28日
伊之助製麺株式会社
第二営業課
吉岡 洋一さん
継続とチャレンジは力なり―。
職人と営業の"熱さ"が伊之助を支える。
そうめんのふるさととして、もはや全国区となった神埼。美しい清流に沿って数々の製麺工場が並ぶ中、ひときわ目立つ「伊之助めん」。さがファンオープン当初の約4年前弱から"美味しい神崎そうめん"の店として不動の地位を築いてきた。今回は約10ヶ月ぶり、そして4度目という最多の訪問。もはや"そうめん"の域を超えて日々変化を遂げ、訪れるたびに発見があるという"前に歩み続ける老舗"―。そのモチベーションを支えている原動力は何か…?菜の花が咲き乱れる小さな春のある日、シーズン前ののれんを再びくぐった。
10ヶ月ぶりの訪問です。2年前の4月に訪ねた時は、今の社長である当時、工場長の川原正広さんにお話をお伺いしました。この間変化したことは…?
A・私は、約2年前に営業として入社しました。前回のインタビュー相手である、営業課長・内山健治に誘われたのがきっかけです。以前は、別の製麺会社にいましたので、同業の内山の事はもちろん、伊之助の存在も良く知っていました。信頼感と期待感から入社して2年…大きな変化を体感しましたね。
Q・具体的にどんな変化があったんですか?
A・私はスーパーで並んでいる日常で一番身近な「ゆで麺」に思い入れがあるのですが、伊之助のゆで麺は品質がとてもいいのに、見た目がバラバラだな、って思っていました。それを入社時から社長に提言していたのですが、老舗という独自の伝統…言い換えれば当たり前のこと、と相手にされなかったんですよ。ただの並べ方、されど並べ方…。社長はご存知、元工場長で制作サイド出身ですので、麺をキレイに並べることが技術的に簡単なことはわかっていらっしゃいますが、どうしても、会社全体が伊之助という伝統にがんじがらめになっているところがあり、中々実現されませんでした。
でも、「伊之助という名前に見合う美しい麺の並べ方をして欲しい」と今年のお正月改めて、社長に進言しましたら、その次の日には麺の並べ方がピシッときれいに変わっていました。たった1日で変わったんですよ。これは「意識改革」ですよね。何もしなければ変わらないことを、私が熱く言い続けたことが叶ったと思いましたね。
Q・吉岡さんが、外から来た方だったから気付いたことなんですね。伊之助さんでは、この4年の間そうめんの域を超えて、麺類全般に及びましたよね?
A・確かに、神埼はそうめんの名産地です。しかし、我々の工場では麺作りで出来ないことはないんですよね。社長は現場の人間だったので、頭が柔らかく、チャレンジ精神が旺盛な人ですから、常に新しい麺作りを模索できるんです。
Q・去年の秋には、佐賀産小麦を使った「五穀豊穣生うどん」が発売され、メディアでも大きくとりあげられましたね。反響はいかがですか?
A・この御時世ですから、日常で食べるゆで麺などはやはり消費者にとって、安価な方がいいんですよね。でも、食への本物志向も同じくして高まっている。これも、営業の私たちが消費者の皆さんや、スーパー等のバイヤーの皆さんの意見を聞いて、市場を把握した上で企画し、商品化にこぎつけました。北九州・福岡のスーパーをはじめ、佐賀市内でも徐々に定着して来ており、贈り物として、セットに加えて、というような注文が増えています。
Q・ただでさえ、輸入小麦も不足していた時期に、国産…しかも地元・佐賀産の小麦を使った生うどんの登場というのは、かなり珍しい試みでは…?
A・業界的に、輸入小麦の不足は大打撃でした。他同業では商品を数回値上げしているところもほとんどでしたが、私たちは絶対に値段、質を曲げたくなかったんです。でも1度だけ上げた時に、そこまで影響はありませんでした。少し値段を上げても御客様がついてきてくれたんですね。生活に、伊之助麺が密着していたんです。そういう方は「五穀豊穣生うどんは高価だ」と購入していただけませんが、たまにセールで2~30円安くすると、バーッと売れるんですよ。顧客様も、「美味しいものを食べてみたい」という興味があるようですね。
Q・伊之助さんはいろいろ商品開発をされていきますよね。老舗なのに守りに入らないところがスゴいですよね。一体どこまで行くんですか?
A・どんなに美味しい麺でも、消費者は世代交代もしていきますし、また人間は飽きも来ます。中身は同じでもパッケージを変えていく食品は多いですよね。常に、お客様に飽きられないよう、いつも変化に対応できるという姿勢と新鮮さをアピールしていくつもりです。そのためには、日々アンテナを張り、同業他社の商品を視察、勉強したり…毎日、動いていますね。
Q・その麺作りの原動力っていうのはなんなんでしょうか?
A・「自分が食べたい、美味しい麺を作りたい」。それだけですね。それは職人も営業も一緒で、その原動力が熱さとなり、社長を筆頭に今の進み続ける伊之助を支えているんです。個人的には、いつか麺だけではなくオリジナルスープを作って売りたいですね。伊之助麺に合う、伊之助だけが作れるスープを。
Q・以前のインタビューでは、ネット販売が課題だとお聞きしましたが…。
A・正直、この問題はまだ続いています。まったくもって力不足ですね。ネット販売を4年もやっているのに、その位置づけができていません。営業をやりながら、ホームページの管理等をやっていると、中途半端になってしまい、ネットの場が生かしきれていませんね。この分野はどんどん伸びていきますから、これから本当にネットの重要性を考えて、「さがファン」担当の方と話し合いながらやっていきたいと思っています。今までは、放りっぱなしで担当の方にぶら下がってた状態で、その存在の大切さを知ろうともしませんでした。これからは、自ら考えて、一緒に相談しながら、力を入れていきたいと思います。
Q・また、ずっと言われていることですが、伊之助めんの麺を直接食べられるお店を作られる計画はどうなっていらっしゃいますか?
A・これも、まだ会社としての考えがまとまっていないんですよ。でも、店を出す考えはずっと消えていません。今、いろいろと調査中です。やるからには中途半端にやりたくないので、完璧に指針がまとまったら、お店を出す時が来るでしょうね。ネットもそうですが、伊之助の看板を背負う以上、何事も中途半端ではいけない…と痛感している現状です。
Q・課題をクリアしながら、どんどん前に進んでいく熱い気持ちは変わらないんですね。今後の展開予定を教えてください。
A・まず、「五穀豊穣生うどん」を他県に発信していきたいですね。佐賀産小麦の素晴らしさを知ってもらうには、まず他県から、と思いますので、佐賀産素材を使った、別の商品と組み合わせ、「佐賀産麺セット」を作ろうと思っています。日常で食べる麺から、贈り物の麺までいい麺を作るという想いをうるさいほど皆、持っていますので、絶対に妥協はせず、伊之助にしかできない商品開発を続けていきたいですね。継続は力であり、チャレンジ精神は絶対必要です!

これが好評の手書きの「かわら版」。お客様からの意見も載り、それに対して手書きでハガキを出すなど、暖かい心配りを忘れない

そうめんをはじめ、うどん、そば、ラーメンとあらゆる麺を製造している。生麺も好評だ

工場前に建つ、神埼町麺祖"伊之助"祭る石碑。感謝を込めて会社が私費を投じて建立。時々、子孫の方が拝みにいらっしゃるという

2階建ての大きな工場。ここで、1日平均そうめんで言えば、約10トンの麺が造られている


まずは、粉をこねることから始まる。工場には約10数人のスタッフの方が常勤している

工場の2階でこねた粉は1階に下り、麺用に薄く伸ばされる

麺用にカットされた生地は、また2階に上がってゆく

1階から上がってきた麺は、5段階に分けて乾燥させられる

まるで“麺のカーテン”が5部屋続く。部屋ごとに温度、湿度が違う。1時間に1度、乾燥状態の抜き打ち検査があるほど厳しい

乾ききった麺は1階に戻ってきて商品用にカットされ、一定量の束にされる

最後は袋詰め。そうめんだとここまでの作業が約10時間ほどだが、うどんなど太い麺の作業は24時間に及び、徹夜作業になるそう

袋詰めされた商品に、不備がないかチェックして終了。その先には、数々の商品名が書かれたダンボールがいっぱい。市場に出るのをまっている麺たちが居た。
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銘菓創園 中島屋 中島勝信さん
2009年01月30日

銘菓創園 中島屋
代表取締役 中島勝信さん
3月にページをリニューアルオープン。
和菓子のおいしさと美しさを満喫展開!
お菓子どころ・佐賀。2月後半からは「佐賀城下ひなまつり」が佐賀市内を中心に開催され、街に春が訪れる。あちこちに茶席が設けられ、おいしく美しい春のひな菓子が並ぶのを楽しみにしている方も多いのではないだろうか?
「中島屋」さんは、老舗菓子屋さんが多い佐賀の中でも、一代で築きあげた和菓子&洋菓子店。店名に「銘菓創園」とあるように、社長の中島さんが一から企画し、少人数の職人で新菓子を創り上げるという、クリエイティブなお菓子屋さんだ。中でも人気は「麩餅(ふもち)」。年に9日間しか公開されない、神埼市の紅葉の名所「九年庵」の期間中、1日で約1万個が売れるという名物。現在「さがファン」では麩餅のみの販売だが…どうも大いなる展開予定があるらしい。そこで、準備真っ只中の社長に会いに再訪してきた。
Q・前回のインタビューからちょうど2年ですね。この間、どんな変化がありましたか?
A・やはり、世の中の不景気等がお菓子業界に打撃を与えたのは確かです。小さなことから、お客様の行動が皆さん似てきていますね。月に5回来店していただいた方が3回に減っていったり…と。それでも、昨年末は長崎自動車道の金立サービスエリアに、名物「麩餅(ふもち)」を置き始めたりしているんですよ。少しパッケージを高級めにして、佐賀銘菓のコーナーに置いてあるのですが、売上の出だしは良かったです。でも、こういう試みはまず1年見ないとわからないですからね。そういった意味で、不景気による影響も一概に何とも言えません。先のことは見えませんからね、いい意味でも悪い意味でも。
Q・しかし、昨秋の「九年庵」の「麩餅」は大好評だったらしいですね。
A・おかげさまで、観光バスのバスガイドさんがアナウンスしてくれたり、とほぼ名物菓子になっています。昨年は紅葉のシーズンに合わせ、週末から「九年庵」がオープンしましたから、特に観光客の入りが良かったですね。出だし大好調!って感じで。前年対比でいくとトータルで1割増ぐらいの売上でしたね。天気の影響も大きいのですが、入りの週末が晴れ、平日は曇り、最終の週末は晴れ、と恵まれまして約8万個が売れました。
Q・1週間で8万個!ってスゴいですね。8万人が「麩餅」を食べたってことですよね?
A・5個入りで茶席に置いてもらっているのですが、大体、観光客の人数に比例しますね。1万人来客の日は1万個、5千人の時は5千個…と。売上うんぬんよりも、「麩餅」の存在のPR力の強さにあらためて驚きました。
Q・「さがファン」では、「麩餅」と「生どら焼き」を販売していたのですが、最近「麩餅」1本にしたのはなぜですか?
A・和菓子、洋菓子含めてうちには約50近くの商品があります。定番商品に季節商品、とさまざまです。その全売上から見れば、名物「麩餅」の売上割合はほんの数%に過ぎないんですよ。だけどブランド力が強く、手堅い商品なのでもっと「麩餅」を売りたい、という理由でネット販売は、今1本にしぼっているんです。しかし、全国のお客様に「麩餅」しか売っていない店、と思われるのもどうかな…?と思い、今、実はネット販売について変化の方向性をたどっている真っ最中なんですよ。
Q・…と申しますと、具体的にどう展開される予定なんですか?
A・確かに、「麩餅」以外の商品も「さがファン」で売りたいんですけどね。商品数が多いので、PR面とかも中途半端なページになりそうでどうかな…?と思い始めたんです。「さがファン」は商品を売るためのサイトではありますが、実際に商品をきっちり紹介して、そこで納得した上で、お菓子を買っていただきたい…そういう想いが強くなりまして、まず、お店と商品すべての紹介をしっかり本格的に載せるホームページを作ろうと決心しました。ネット上で売り買いをするだけではなく、お客様が美しくおいしそうなお菓子の写真を見られて、想像力をふくらましたり、季節のお菓子情報を随時流して、楽しんでいただいたり…。「麩餅」を売っているだけのお店ではなく、素晴らしい和菓子と洋菓子がある「中島屋」という存在をPRしたいんです。そこで、お客様の信頼を得てはじめて、ネット販売につなげられるのではないか?と思っています。
Q・本格的なホームページとのリンクですね。可能性がどんどん広がりますね!
A・管理は今まで以上に大変になってくるとは思いますけど、季節の新商品お菓子などをすぐにお知らせできますし、近くに住んでいる方はお店に足を運んでいただくことも期待できます。でも、お菓子はおいしいだけでもいけないし、美しいだけでもいけない。そのへんをどう写真に撮ってホームページでPRするか…このごろ、いろんな他業者さんのページを観て研究しているんですよ。お金や手間はかかると思いますが、今、がお店のシステムの変えどきだと思っています。ちょうど、春のお菓子が出るころですし…。でも、自分だけでホームページは作れませんし、素人っぽいホームページだと信頼性も落ちますから、今、「さがファン」担当のプロの方にお願いしているところなんですよ。
Q・季節の新商品がお店に行かなくても、ホームページで観てぜひチェックしたいですよ。
A・ホームページオープン、「さがファン」サイトリニューアルは3月を予定しています。今から、春の新商品が出てきますからね。季節の新商品は、企画と試作まで私がみずから行います。それにパッケ-ジ作り、ネーミング作りも私が行いまして、店頭に並ぶまで約二ヶ月。季節のお菓子はほとんどがリニューアルですが、隣接の工場にいる数人の職人と日々、お菓子づくりをしています。
Q・ほとんど、社長が創られるんですね!多才ですね~。
A・いえいえ、今回のホームページ制作の件もですが、常に「うちの和菓子・洋菓子の素晴らしさをどう伝えるか」を模索しています。ネットのことはまだ勉強不足ですが、だからといって“餅は餅屋”と制作担当の方に丸投げすることはできません。どう見せたらより良いか、制作担当さんとガッツリ話し合っていかないと気がすまないんですよ。常に現場にいたいですね。お菓子はおいしいだけじゃダメ…じゃあ、何が足りない?と。ずっと答えを探しながらやっています。その答え探しの一つがホームページ制作ですね。
Q・でも、最近「さがファンブログ」を始められましたよね?とてもキレイなページで、新商品のアピールもされていて……でも、1ヶ月に一度しか更新されないんですけど(笑)。
A・えっ、そうなんですか(笑)!ブログは部下にまかせっきりなので…。新商品のPRの場ですし、口コミの影響ってスゴいんですってね。これは私の管理不足でした…。さっそく、部下に注意をしなくちゃ。折角の機会がもったいないですね!ホームページやブログを始めると、やっぱり管理が忙しくなってくると思いますが、ネットの可能性を駆使しないと意味がないですよね。ブログも見直して、今後に生かしていきます!
Q・それでは期待していますよ。来月からの新「中島屋」さんプロジェクトを。
A・無事、ホームページがアップしたら、今度は夏ごろ取材に来て下さい!お菓子の世界
は春夏秋冬、季節によって楽しむ世界です。1年後、どうなってるか、これも楽しみでワ
クワクしています!ぜひ、長い目で見守っていてください。

麩餅の食感は「軽い」!冷たくもっちりとしながら、口の中で溶けていく感覚。
甘さが控えめで、和菓子の苦手な人にもパクパクいける。

神埼の本店。洋菓子も置いてある。隣接の工場で日々お菓子が作られている。

創業時からのヒット商品。「さが平」「佐賀慕情」「くり」。ばら売りがあるのもうれしい。
>> 銘菓創園 中島屋の商品はこちらからご購入いただけます。
<店舗情報>
銘菓創園 中島屋
- 尼寺本店
- 佐賀市大和町尼寺802-2 TEL:0952-62-5016
- 城南店
- 佐賀市本庄町袋280-2 TEL:0952-23-0585
- 神埼店
- 神埼市神埼町大字姉川1347-2 TEL:0952-53-2752
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永渕畜産 永渕義信さん
2008年12月24日

(有)永渕畜産 代表取締役 社長
永渕 義信さん
“さがファン”ショップデビューも間近!
美味しい佐賀産豚をみなさんに。
佐賀県最南端・太良町。見渡す限りの青い有明海に、深い緑の山々のコントラストが美しい。海沿いの国道は通称・ミルクロードと呼ばれ、冬場はカキ焼きの屋台がズラリと並び県内外から観光客が訪れる。まさに今からが太良町が活気づくシーズンだ。今回訪れたのは山の奥深くにある、豚肉畜産農家を営む「永渕畜産」さん。さがファンには未だ店は構えていないが、デビュー間近の可能性あふれるショップと言っていいだろう。オリジナルブランド「金星佐賀豚」は、数々の賞を総なめにした逸品の豚。隠れざる、佐賀産豚の魅力がみなさんの食卓に上る時を期待して、永渕さんにお会いしてきた。
Q・「さがファンブログ」では周知の「永渕畜産」さんですが、その歴史を教えてください。
A・太良町は戦後の開拓地だったんですよ。食うや食わずの時代、多くの人々が裸一貫で太良町にやってきて、山々を開墾したんです。その一人が先代、私の父でした。今では、みかんの産地として有名ですが、戦後当時はほとんどがサツマイモ畑でしたね。開墾地の真ん中に小屋を一軒建て、そこに10人ほどが一緒に住み、農地を平等に区割りし、その農地の真ん中に自身の家を建て、協力し合いながら作物を作っていったんです。
Q・最初はさつまいもを栽培してたんですね。それから豚肉畜産に切り替えたのはなぜですか?
A・戦後の貧しさが落ち着き、さつまいも栽培が軌道に乗り始めた昭和30年代始め頃、太良町の親戚が豚を数匹飼っていたんです。そこに父が目をつけたのが始まりです。さつまいもを収穫すると、葉が大量に余ってしまい、それを捨てなくてはいけなかったんですね。その葉を豚のエサに使用しました。その頃、みかん栽培も活発に行われ始め、みかん栽培も同時に行っていたんですよ。当時は豚10匹程度を飼育していて、月に3頭出荷するのも多いね、といわれていた時代でした。先代が太良町の開拓理事をやっていたこともありまして、豚畜産をやらないか?と仲間に誘いをかけたのが大きなきっかけで、昭和60年代の太良町の山々は豚肉畜産農家ばっかりだったんですよ!
Q・そんな歴史があったんですね~。しかし、今は豚肉畜産農家は少なくなりましたね。
A・時代が平成になると、世代交代が一気に始まりまして、後継者がいない農家はどんどん手を引いていったんです。今では5~6軒ぐらいになってしまいましたね。私共も豚畜産をやりながら、みかん栽培も続けていました。でも、どちらも中途半端になりがちになってきたので、時代の流れと共に、みかんで行くのか、豚畜産で行くのか決断しなくてはいけない時期でもあったんです。そこで、豚畜産が後継者不足で衰退していく中、うちは豚一本でやろう!と決めました。それからが、本当のスタートでした。
Q・佐賀といえば、佐賀牛、佐賀産和牛…など牛肉が一般的に知られていますよね。豚肉畜産農家は少ないんでしょうか?また豚の飼育は太良町の土壌に合っているんですか?
A・今では豚肉畜産農家はグッと減りましたけど、佐賀県内では太良町は多い方だと思います。現に、私共の永渕畜産は、佐賀県の豚肉出荷の1割を占めているんですよ。豚飼育に土は関係ありませんが、大自然…空気の美しさ、水の豊富さ、冬でも有明海が持つ熱で、温暖な気候にあることから、太良町は豚飼育にはとても適している場ですね。
Q・現在は大きな農場で、従業員さん20名が働いているそうですね。毎日の仕事、豚飼育から、市場に出るまでの流れを教えてください。
A・農場には、豚の種付けをする「交配舎」、子どもを産ませ、1ヶ月間ほど世話をする「分娩舎」、子豚が離乳してから青年になるまで飼育する「子豚育成舎」、出荷まで見守る「肉豚舎」と4つの舎があり、それぞれ数人で毎日全900匹の豚のお世話をしています。子どもが生まれ、出荷するまでが約半年。それを毎日繰り返すので、豚畜産には季節は問いません。出荷は平均月に1600頭ほど。多い時には2000頭出荷することもありますよ。出荷した豚は、各食肉大手メーカーや、福岡市場の豚肉バイヤーと提携しているので、そちら経由で市場に並びます。直接卸しはしてないんですよ。
Q・オリジナルブランド豚「金星佐賀豚」は食肉業界で様々な賞をとっていらっしゃいますよね。「金星佐賀豚」はいつ生まれたんですか?
A・もともと、サシの入った美しい豚肉を作りたい、と考えていたんです。15年ほど前ですね。そのためには、エサに麦を入れなくてはいけなかったんですが、麦を入れると経費がグッとアップするんです。でも一度作ってみたら、とても肉質がよかったんですね。そこで、提携している大手ハムメーカーが興味を持ってくださり、協力していただいて、そのメーカーから「味わい麦豚」として関西地方の市場で出回り始めました。その後、今から10年前、お世話になっている福岡食肉市場から「おたくの豚、ブランド名つけたら?」と提案があったんです。今まで、「佐賀の豚」として売ってましたからね。当時、ブランド名が流行していたこともあり、わかりやすい方がいいだろう、と考えあぐねてつけた名前が「金星佐賀豚」です。つまり、金星佐賀豚は15年前からうちの定番豚だったんですが、名前をつけることで、知名度があがったのは今から5年前、商標登録してからですね。
Q・名前にインパクトがありますね。このブランド名の由来は…?
A・この農場が「黒金地区」っていうんですよ。夜は美しい星が輝き、昔は山林を利用した木炭生産が盛んで、黒い炭がお金を産むことから「黒金」と呼ばれるようになったんです。その一文字をいただきました。この名前のおかげで、同じ金や銀、という言葉を使った店名の福岡の焼肉屋さんが、金星佐賀豚を使ってくれたりしたんですよ。また、昨年の大相撲九州場所では、懸賞幕も出させていただいたんです。目立ってましたね(笑)!
Q・直売はしていないということでしたが、「金星佐賀豚」はどこで手に入るの?という質問が多くないですか…?
A・そこが、今からの一番課題です。間にメーカーを入れ、市場(スーパー等)に並ぶため、必ずしも「金星佐賀豚」の名前でスーパーに並んでいるわけじゃないんですよ。メーカーや、スーパーが諸事情により、名前を変えて売っていることも多いし、実は佐賀県内、福岡近郊だけではなく、香港でも売っていたりするんです。別の会社がネット販売をしているという話も聞いています。私共、生産者は、出荷したら手が離れますので、消費現場の把握が正直できていないんですよね。でも、もし商品を購入された方に何か問題が起きた場合、必ず生産者に責任追及が及びます。肉は一緒なのに、名前が違う…でも生産者も一緒。確かに、消費者にとってはややこしいですよね…。
Q・せっかくオリジナルのブランド名があるのに、違う名前で市場に出ているなんてもったいないですね。消費者の方には伝わってきませんし…。同名統一で、市場に出せないんですか?
A・できればそうしたいのは山々ですが、いろいろ今までのシステムがありますので、今後、熟考していかなければなりません。私共のホームページをご覧になったり、さがファンブログを見られた方から、「どこで買えるの?」「直売はないの?」という質問を多く受けたりしていますので、「金星佐賀豚」の名前を前面に出して売れるシステム、場所を現在模索中です。
Q・それこそ「さがファン」ならピッタリじゃないですか!
A・もちろん、さがファンショップデビューのやる気はありますよ!今、どういう風にして売るかイメージを考えたりしているんです。ネット販売は自分も利用しますからね。周りに相談しながら、ネット通販への道をこれから実現していきたいと思っています。
Q・これから「さがファン」ショップオープンの可能性がある大金星…といったところでしょうか。今後の展開予定を聞かせてください。
A・現状では、生産だけでは行きづまっているところがあります。新たにすることがないんですね。規模は今のままで充分ですし。ですので、別方向にシフトしていかなくては、と思っています。“食べる方”に持っていきたいですね。ネット販売や飲食業など、「商売」になっていく可能性が高いと思っています。いつになるかまだハッキリしていませんが、ドリップが出にくく、脂身がギュッと締まった高品質の「金星佐賀豚」がみなさんのお口に届くことを楽しみにして、これからも頑張っていきたいと思っています!

さがファンでの販売を意識した、化粧箱入りの贈答用豚肉イメージ

事務所内には、キラキラ目もくらむばかりのトロフィーがズラリ

賞状の多さから、肉の高品質が伺える。手前は昨年の大相撲九州場所での懸賞幕が並んだ写真

多良岳山系の中腹、黒金地区。広がる畑を有明海が見守るように囲んでいる
投稿者 さがファン : 17:37 | コメント (0) | トラックバック
佐嘉の絲 吉本郁雄さん
2008年11月28日

(株)ヨシモト (有)佐嘉の絲 代表取締役
吉本郁雄さん
チャレンジの継続から、原点回帰へ-。
新しい試みが、可能性の扉を開く。
風景で季節を感じられる佐賀。現在、佐賀南部の有明海ではノリヒビといわれる海苔養殖の竿が整然と並び、初冬の訪れを教えてくれる。佐賀平野にたなびく黄金色の麦のじゅうたんは、初夏の来訪の証だ。自然に囲まれた美しい農産国・佐賀県。全国でも有数の高級海苔の産地、小麦の生産高は北海道に次いで全国2位。海苔・小麦…この2つの名産を1つにミックスした"新しい佐賀の名産"ショップが、11月12日に「さがファン」にニューオープン。来年春から佐賀市近郊の小学校で給食の献立にものぼる予定の、"100%佐賀産海苔麺"。地産地消をコンセプトに新たな追求を始めたばかりの「佐嘉の絲」さんは、緑の山々に囲まれた大和町に事務所を構えている。話を伺いにさっそく足を運んだ。
Q・海苔と小麦どちらも佐賀の名産ですよね。そしてそうめんといえば神埼。それらを全て1つの商品に仕上げたいきさつを教えてください。
A・遡ると私の小学校時代が原点なんですよ。私は長崎の雲仙生まれで、祖父、父が漁業を営んでいたので、海苔は身近なものでした。養殖海苔収穫の手伝いの中で、九州産海苔の品質の素晴らしさを肌で感じていたものです。当時、約50年前は海苔一枚10円だったんです。しかし、子ども心でも関心を示したのは、佐賀の有明産海苔は一枚50円。海苔生産者は1年で蔵が4つ建てられる、なんて話を聞いたものです。高級海苔との出会いが、今にいたるきっかけでしたね。
Q・そして月日が流れ…「佐嘉の絲」さんの創立は平成16年、4年前と聞きました。それまで何をなさっていたのですか?
A・「佐嘉の絲」の母体は(株)ヨシモトという会社です。私は実家の稼業を継ぐつもりでしたが、いろいろ学びたいという想いから、長崎の農林省(現・農林水産省)に入庁しました。食料事務所の検査官として、米の等級検査の仕事をしていたのですが、やはりもっともっと現場でいろいろ学びたい、という意志が強く安定した仕事を2年ほどで辞めてしまったんです。それからは旅をしながらフリーター、かたわらで通信制大学の勉強もしていました。そんな若い時、広島で冠婚葬祭に関わる仕事に携わっていまして、その本社が佐賀へ進出を決めたんですね。その流れで佐賀にやってきまして…本当、振り返れば紆余曲折でした。この時点で海苔や小麦は全然出てきませんから…。約30年前の話です。
会社が佐賀にて(株)ヨシモトと名を改めた後は、冠婚葬祭以外にもいろいろな仕事をしました。冠婚葬祭施設内の喫茶店の経営や、ドライブインの経営など…その中で出会ったのが、佐賀では有名の(株)サン海苔さんだったんです。
Q・やっと海苔にたどりつきますね。それはいつ頃の話だったんですか?
A・もう…いや、まだ、ですかね。7~8年前だったと思いますよ。そこで、佐賀駅構内にある、佐賀県漁連の直売店(=アンテナショップ)が経営危機にあるという話をお聞きしまして。そこでは有明産の高級海苔を取り扱っていたんです。ここで、私の原点である「海苔への想い」がよみがえってきて、「どうせ、店を閉めるなら私たちの会社に経営権を預けてみてはくれませんか?」とお願いしてみたんです。
Q・それから、直売店をたてなおしていかれたわけですね?どのような方法で経営危機から救ったんですか?
A・まず、手がけて強く思ったことは…これは良く言われることですが、「地元の人間には、品質の良さが客観的にわからない」ということです。外から見たら、とても品質のいいものなのに、それが当たり前だと思っているんですね。つまり、自己評価が低いんです。私は小学校の頃から、佐賀産の海苔に憧れていましたから、その素晴らしさを漁連の幹部の方にえんえんとアピールしました。これには、漁連の方も驚かれたようで、あらためて、「本当に高品質な海苔とは?」という認識と誇りを地元の方も持たれたようです。そう、生産高は全国一というのは周知でしたが、品質も全国一だ!ということを、ですね。
Q・そこから海苔を利用した事業が始まったわけですね。つまり「佐嘉の絲」の創立と。
A・市場に出す有明産の海苔は、きれいにカットしますので、パンの耳のように端っこが余るんです。そこに目をつけまして。端っこといえど、品質は一緒です。今まで捨てていたものを利用できないか、と考えて、考えて…ある日、ハッとひらめいて!ええ、トイレの中でしたね(笑)。元々、栄養価値の高い海苔に、何か穀物を混ぜたら素晴らしい健康的な食品ができあがるんじゃないか、と思っていまして。じゃあ、その穀物とは…佐賀は小麦の生産高は全国2位、神埼そうめんも有名、そして麺は腹もちもいい、うどん、そば…そして洋食ブームでパスタが人気…万人が好む麺を海苔にミックスさせたらどうか!?と。そして、本格的に海苔+麺づくりのために新規事業部として、新しい会社を4年前に設立することにしたんです。
Q・実際、商品化にあたって苦労したことなどはありますか?
A・まずは海苔粉末と小麦粉の配合具合ですね。現在は小麦粉100:海苔粉末4で配合しています。4とは、海苔2枚分を粉末にしたもの。0.5単位で海苔粉末を混ぜながら、味や色、風味を試していったわけですが、今のところこの配合がベストですね。それは、供給の問題もあります。理想は海苔粉末5の割合なんですが、そうなるとコストが割り高になりますから。将来的にはこの配合割合に持っていきたいんですけどね。
実際、漁連の方が、市場に出す海苔ではなく、出来損ないの安い海苔を使って麺作りにチャレンジしたそうですが、結果はまったく風味もなく、美味しいものではなかったそうです。アイデアは同じですが、素材が「高級海苔」というところに意味があるんだ、と実にわかりやすい例を見させていただきました。
Q・小麦も県産、海苔も県産、安定した供給が必要になってきますね。
A・そうですね、ある程度天井を決めておかないと、商品の質が落ちますし、またコストが高くなります。海苔も小麦も供給どころを決めていて、大変お世話になっているんですが、製麺の方は神埼にある工場でお願いしています。なので、どうしても商品生産に限界は出てくるんですよ。
Q・でもこんな珍しくて美味しい商品なら、発注希望や販売促進アイデアが周りから湧いてくるでしょう?
A・もちろん、それはあります。「冷凍麺にしてみたら?」とか、「もっと販売地域を増やしたら?」とか。…そう、事業拡大ですね。そうできたらいいなあ、と思うこともありますが、基本的に私の考えは、「美味しくて、体にいいものを皆さんにお届けしたい」。それだけなので、商品には真剣ですが、商売の方には執着しない性格なんですよ(笑)。もちろん、販売促進を練れば、利益は上がるでしょうが、利益重視になると多分自分が辛くなるかなぁ、って…。「お金は分相応、楽しく仕事ができるのが一番」と思って、自分自身、ちょっとビジネスの側面から距離を置いてるんです。私や、周りの皆さんが作った愛する素晴らしい海苔麺を別の側面から追求することで、嫌いになりたくないって想いは強いですね。まるで恋愛みたいですよね、相手のことをあまり追求しない方がいい、ほどよい距離を持てばうまくいく…って(笑)。「人生、何事も"丁度よし"」でやっていきたいんですよ。
Q・海苔麺は来年の春から、佐賀市近郊の小学校の給食献立にのぼるんですって?
A・ずっと、健康食のPRとして老人ホームに営業していたんですが、その施設の栄養士さんが、「子どもたちにどうだろう?」という話を持ちかけてくださって、10数校で実現することになったんですよ。一体、どんなレシピになるのかこちらも不明で、楽しみにしているところです。そうやって、地産地消、地域の食育分野に一役買ってくれる、そういうところに喜びを感じます。利益はとんとん、でいいんです。自分や従業員が毎日ごはんを食べられるだけでいいんじゃないかって。お金ではなく、別の場で海苔麺が力を発揮してくれれば、素晴らしいなと思います。12月も初旬から、上海の商談会に行くんですが、ビジネスだ!と意気込んではいませんよ。いろいろ、中国の食事情を学びたい、食べて、遊んで…何かを得てきたいですね。商売は商売ですが、力を入れすぎず、現状を把握しながらやっていく、それが私なりの「丁度よし」だと思っています。
Q・では、今後の展開希望も、そう壮大なものではない、と?
A・そうですね。「さがファン」に店をオープンしたのは「こんな素晴らしいものがあるよ」とPRしたかったという理由からですが、今、できること、すべきことをやっていきたいです。今後どうなるかはまだあまり見えてきていません。その時はその時考えよう、って感じですね(笑)。人生には、余裕が必要だっていつも思っていますから。車のアクセルには遊びの部分が必要、というように。おかげさまで、娘が「のりのりマン」の名前で書いているさがファンブログも好評で、以前に比べ、大分コミュニケーションが広がったと思います。「さがファン」にお店を出して、何かが変わろうとしている…のは確かですね。
Q・うどん、そうめん、パスタ…それ以外に商品化の予定はありますか?
A・今のところはありませんが、商品認知の活動はしていこうと思っています。今夏、佐賀の様々な業種の経営者を集めて「文殊会(もんじゅかい)」という団体を作ったんですよ。「佐賀の食はこんなに素晴らしいんだよ」と一丸となってPRしていく会です。一人でやるより、団体で行動することにより、心強いし、何よりも楽しい。今週末も佐賀駅構内でミニ市場を開くんですよ。「文殊会」は"NOと言わない"のがルール。みんなで意見を出し合うことで、新しい発見や、別の物の見方ができるからですね。会オリジナルの新商品製作案は出ているんですよ。私は会長を務めさせていただいていますが、この会の又の名を「水の上を歩こう会」とも言っています。つまりは、出した足はもう引っ込められない。ただただ、前へ進んでいこう、という意味を込めています。自分ができること、やるべきことをやっていく、そしてやりたいことをやっていく-。このスタンスは生涯現役です。
Q・お話を聞いてるだけで、商品がどうこうというより今後の可能性が楽しみになってきました。最後に、「さがファン」をご覧になっている方々へメッセージをお願いします。
A・佐賀の特産品は本当に素晴らしいものばかり。私は、自分の孫に体にいいものを食べさせたい、という想いから、この商品を作りました。口に美味しく、心と体にも美味しい、ふるさとが産んだ海苔麺。ぜひ、一度お試しになってください。来年には、レシピコンテストなんかもやりたいなって思っているんですよ。佐賀の食で溢れたイベント…考えるだけでワクワクします。海苔麺はどんな素材にもマッチしますので、いろいろ調理法を試してみてくださいね。海苔の風味と味、香りを楽しんでください!

きれいにカットされた商品用の約20cm四方の海苔1枚。この端を使って海苔粉末にする

吹けばフワッと飛ぶ程の、細かい海苔粉末。美しい海苔は太陽に透かすと深いグリーン色で粉末にすると抹茶色に。梅昆布茶同様、お湯に溶かして海苔茶としても楽しめるそうだ

事務所の一角では、海苔の端を機械にかけ粉末にする作業が地道に行われている
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早津みかん園 早津 昌俊さん
2008年10月31日

早津柑橘園
早津 昌俊さん
"自分の創ったもの"がお客様と共有できれば-。
みかんを通じて、世の中の一員になりたい。
肌寒くなると、食卓に必ず登場し始めるみかん。農産県・佐賀、中でもみかんは全国有数の生産高を誇る。今回、おもむいたのは「早津みかん園」さん。10月後半、「さがファン」にオープンしたばかりの、できたてホヤホヤのショップの源は、佐賀県最南端・太良町の山の中腹にある。あたり一面緑の山々に点在する様々なみかん園の木々、眼前に広がる美しい有明海。頭上の高い空からは、さんさんとお日様の光が降り注ぐ。季節の風物詩・みかんは秋冬収穫のみ…まさに今からが旬で一番美味しい時期だ。ショップオープンしてわずか5日後という早業ではあるが、既に注文が入っているという期待のさがファン初・果物系農園の主、早津さんに会いに車を長々と走らせた。
Q・このあたりは、本当にみかん農園が多いですね!「早津みかん園」さんの歴史を教えてください。
A・もともとは昭和35年に、父である先代がまだ16歳のころにこのあたりの雑木山を開拓し、みかんの樹を植えたのが始まりです。その頃は、まだ果物を植える農家っていうのは珍しかったんですね。それから時を経て平成元年、先代が亡くなり、私が2代目として受け継ぎました。私は元々福岡でサラリーマンをやっていたのですが、会社を辞め、故郷に戻り、全国を農業指導する師匠の指示のもと、初めてみかん農園の経営を始めたのですが、それは最初、大変でしたね。今のスタイルが落ち着いたのはここ2~3年なんですよ。
Q・みかん園を継ごうと思われたきっかけは何だったんですか?
A・私には兄がいるのですが、なぜか、小さな頃から父は私にみかんのことばかり教えてくれていたような気がします。生まれた時からみかんに囲まれ、遊び場は倉庫のみかん箱でした。父はきっと、兄よりも私の方がみかん好きってわかっていたんでしょうね(笑)。
小学生の時は、彼岸花が咲く時期が嫌いでしてね…みかんは季節モノだから、秋からすごく忙しくなるんです。学校から帰っては夜中まで手伝いしましたね。でも、子ども心ながらに、みかんの収穫は真剣でした。そんな思い出と故郷への想いが忘れられなかったんでしょうね。すぐに継ぐことを決意してUターンしてきたんです。
Q・さぞお父様もホッとされたでしょうね。ところでホームページでも通販をされていますが、「さがファン」に出店しようと思われたのはなぜですか?
A・ホームページは私の趣味から始めたもので、ついでに通販をやってみよう、という軽い気持ちから、だったんです。そんな時、「さがファン」担当者からお話を熱心にいただいて、ネット通販の奥深さを初めて知りました。時勢も時勢ですし、この太良町という小さな町から全国の皆さんに私の作ったみかんが届くなら…と夢がふくらみ、ここは"餅は餅屋"、ということで、担当者さんにお任せすることにしたんです。そのかわり、みかん生産に、より、もっと情熱を注げられる、と思って先日、オープンさせていただきました。
Q・普段はどのような業務をされていらっしゃるんですか?
A・みかんは秋冬の時期モノですので、1年のうち秋冬の収穫以外は、ずっと土や樹の管理です。県内のスーパーや、市場に卸したりしていますが、県内はみかん農園が多いので、市場はもっぱら福岡、東京ですね。日々は、妻ともう1人のスタッフ、3人で農園を営んでいますが、収穫時期になると10数人のパートさんに来ていただいています。また、雑草の刈り取りなども、業者さんに来て手伝ってもらっています。
Q・そもそも、1本のみかんの樹からどれくらい実が収穫できるのですか?
A・約2.3ヘクタール(2万3000m2)の農園に、3年~50年選手の約60本の樹を植えています。平均では、25年選手の樹が活躍するのですが、だいたい収穫量は、樹の年数×4キロで計算しています。ですので、平均でいえば、25年×4キロ=100キロのみかんが1本の樹からとれる計算になりますね。その中で市場に出せる、お客様に出せるみかんは約70%という計算から、木々を管理しています。
Q・土づくり、樹づくりが評価され、佐賀県が認めた「エコファーマー認定」(持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律)を取得されましたよね。
A・肩書き、はあまり気にしていません。むしろ取り組みが大事ですね。土作りにはとても気を配っています。みかん畑には普通、ミミズがいないんですよ。でも、うちにはいっぱい。それは、除草剤を使ってないからなんです。堆肥も化学肥料ではなく、有機質を中心にした肥料、天然ミネラル資材を使っています。農薬もできるだけ減らしてますね。とにかく大変なのは、雑草の刈り取りです。普通は除草剤をまけば一発なのですが、うちでは全部刈り取って、土に戻すんです。戻すと土の中が湿り、水分保持が良くなった状態で、微生物が土の菌を殺さず、雑草を分解してくれるんですね。そして、ふかふかの土壌ができあがるんです。一見、いらない雑草でも新しい土作りに一役買ってくれるんですよ。
Q・しかし、雑草の刈り取りは大変なのでは…?
A・もう正直うんざりですよ(笑)。だって、草に追われる夢をよく見るんですから。確かに除草剤は便利です。雑草は刈り取っても刈り取っても生えてくる。一人じゃ手に負えなので、業者さんに頼むとやはり経費もかかります。春夏秋冬、年間約80人の方に手伝ってもらって、雑草を刈り取るんですよ。
でも農産物づくり、すべてに言えることは、「どこまでできるか」ではなく、「どこまでやりたいか」だと思うんですよね。例えば、みかんの収穫量を増やしたければ、そういう土台づくりをしなきゃならないし、甘いみかんを多くつくりたければ、収穫量は減るけど、土や樹の管理の段階から変えなきゃいけない。秋冬に収穫を終えたら、樹の剪定をし、施肥(さまざまな肥料を与え、土台作りすること)を行い、芽と花を摘みます。この間、雑草を刈り取るわけです。そして、実ができ、摘果をして、市場に出す…。収穫よりも土や樹の管理に時間を多く費やしていますね。
Q・スーパーに行けば、1年中みかんは売っていますが、早津さんはあくまでも旬モノしか出さない…その理由を教えてください。
A・もちろんビニールハウスを使えば、年中みかんは生産できます。私は、みかんづくりを始めて思ったのは、「みかんは生き物を飼うのと一緒」ということ。やはり、旬のモノが一番美味しく、そして栄養価が高いんですよ。施設栽培が性格に合わないっていうのもありますが、旬モノは旬の時期に食べるから美味しく、体にいいんです。それは、農作物をつくって初めてわかりました。私の師匠が言ってくれた言葉「農業者は作物を通じて、人を健康にする義務がある」のとおり、四季と共に生きている私たちにとって、旬のモノを食べるという大切さ、ということを、もっと皆さんに伝えていけたらな、と思っています。
Q・もっと、私たち一消費者も知識をつけないといけませんね…。ところで太良町のみかんが美味しいといわれるのは何故ですか?
A・ひとえに海、ですね。みかんは潮風があたるところは美味しいといわれています。日本の代表的みかん・温州みかんは、暖かいところで生まれ、寒さに弱いみかんです。有明海は冬でも熱を持っているので(海水温度約20℃)、そこからの海風で冷えないんですよ。冬の海は寒い、と思うのは、風によってそう体感するだけであって、実際暖かいんです。それに、海特有のミネラルが潮風と共にのってくるので、太良町は実にみかん栽培に即した場所ですね。反対に温度差が激しい盆地のような場所は、栽培に向いてないんですよ。
Q・なるほど~。みかん生産において、一番大変なことってなんですか?
A・去年と同じものをつくること、ですね。何せ、自然が相手ですから、日照時間、雨量、温度、湿度…違う環境の中、品質を保っていくのは大変です。
Q・では、一番の喜び、嬉しいことって、なんですか?
A・自分の思うとおりのみかんができた時ですね。見た瞬間、味まで想像できますよ。もう、今までの苦労も吹き飛んで「やった~!!」って思いますね。以前…10年ぐらい前までは、父がつくったみかんより、美味しいものをつくりたい、その一心でやってきましたが、最近では、"自分のみかん"をつくりたい、と思うようになってきました。ただ、甘いだけじゃなく、ほどよい酸味を持ったバランスの良い味のみかん。重量感があり、日持ちして、栄養価の高いみかん…。確かに、安くて美味しいみかんをつくれ、といわれたらつくれます。でも、美味しい、と感じるのは人それぞれ。私の基本は、自分が美味しいと思うみかん。それが、自分の思うとおりのみかんです。それを、お客様が買っていただき、美味しい!と共感してくれ、喜びを共有できるのが一番の喜びであり、そして希望ですね。
Q・"自分のみかん"をつくる…大変そうですが、とても楽しそうに感じます。「さがファン」では、今後どう展開していこうと思われますか?
A・まだまだ、ネット通販は入口に立ったばかり。私もちょうど、みかんづくりにおいて、考えの軸が固まってきたところなので、時期的には再・スタート、ピッタリだと思います。もっといいみかんをつくって、もっといろんな人に食べていただきたい。そのためにはもっと研究して、精出して、みかんづくりに取り組んでいこうと思っています。師匠の言葉「人は健康、樹は健全」をモットーに美味しいみかんを太良から全国へ発信していきますので、ぜひ、うちのみかんを食べてみてください!

太良町の山の中腹からは、一面の有明海という絶景。この海風が美味しいみかんをつくる手助けをしてくれる

空から降り注ぐ太陽もみかんづくりに欠かせない。代表商品「おひさまおれんじ」のネーミングにピッタリの環境だ

10月下旬から11月にかけて、完熟していくみかん。まさに今が旬だ

注文を受けて収穫し、全国に発送するからもぎたて、新鮮なみかんが味わえる

もぎたて、何日、何週間かおいたみかん…冬を通じ、甘さや味の変化もみかんの美味しさを楽しむ醍醐味

みかん園には建設中のログハウスが。早津さんが、地域のみなさんが集える場所にしたいと趣味でつくり始めたそう
投稿者 さがファン : 21:34 | コメント (0) | トラックバック
熊本・大津金時 うまいもちゃん 本田修一さん
2008年09月29日

本田フレッシュ
産直センター
代表
本田 修一さん
お芋は“生きている”必須の穀物。
阿蘇から世界へ―可能性は無限大!
どの時代にも欠かせない“芋”。戦時中は主食でもあり、お酒の源料にも必要不可欠、家庭のキッチンには必ずといっていいほど常備され、多種な料理法に、焼き芋などのシンプルなおやつ…そう、欠かせないというより、どんな人にも愛されるのが芋ではなかろうか。 今回は「さがファン」初、野菜類・穀物を扱うショップの源へ、足を伸ばした。熊本県・阿蘇のふもと、大津町。初の県外ショップ、初のインタビューである。芋というシンプルで、かつ“食の基本”となる穀物を、新しいカタチで勢いを持って日本国中に発信しているという、「本田フレッシュ産直センター」。私たちにとって身近なお芋に、どれだけの魅力と今後の可能性や期待が望めるのか、はるばる電車と車を乗り継いで店主の本田さんにお会いしてきた。
Q・「さがファン」だけど熊本…しかも、初の野菜類・穀物を扱うショップの登場です。「さがファン」でネット販売をしようと思ったきっかけは?
A・ネット販売はずっとしたいと思ってたんですね。市場に卸したり、各地で直売が主でした。地元・大津町の商工会でホームページは作っていたんですが、販売までいたらず、反響もなく…そんな時に古くからの付き合いである、「さがファン」の担当者さんが話を持ち込んでくれたんです。「これならやれる!」とワクワクしましたね。だから、佐賀と全く無関係ってわけでもないんですよ。佐賀の旧友のおかげで目標が実現したんですから!
Q・「本田フレッシュ産直センター」さんの歴史を教えてください。
A・私は8年前まで普通のサラリーマンだったんですよ。祖父の代から約50年。当時はアルコール用の源料となる、白い芋の栽培が主でした。それが、今市場に出回っている紅色の食用芋の栽培に切り替えたのが約25年前ぐらいですね。現在、東京ドーム2個分の敷地(約1万2000坪)に食用芋の栽培を行っていますが、業務は市場卸、産地直送の直売オンリーでした。「もっと、うちの芋をいろんな人に届けられないか?」の思いのもと、3代目になることを決意して、本格的に他方面へのアプローチに取り組み始めたんです。
Q・東京ドーム2個分!阿蘇のすそ野、大津町は芋の栽培に適している土地なんですか?
A・芋は土と密接な関係があります。大津の土は阿蘇山の黒い火山灰土で、水はけが良く、やせている土。田んぼは水を貯められる土壌じゃないと稲が育ちませんが、畑は水を貯める能力はありません。火山灰土は水が少なくとも、日照りに強く最も芋栽培に適した土壌ですね。昔から、この大津町は芋によって、人々の食が支えられてきたんですよ。
Q・お芋の商品名は「うまいもちゃん」ですが、ネットやカタログの説明表記に"からいも"とあるのはなぜですか?
A・昔から、大津町では「甘藷」のことを「からいも」と呼んでいました。「さつまいも」が一般的な俗称ですが、その流れですね。たまに、お客さんから「からいもって辛いいものことじゃないの?」なんて質問を受けますが…(笑)。品種は「大津金時」というものです。金時は全国どこにもある品種で元の苗は一緒ですが、大津で作られているので「大津金時」。「うまいもちゃん」と名前を付けたのは、他全国の甘藷と差別化をはかるためです。4年前に商標登録をしました。命名はうちの娘なんですよ。「大津金時」として売り出すよりも「うまいもちゃん」の方が親しみがあり、インパクトがあっていいでしょう?今、地元では「本田さんのところの芋=うまいもちゃん」で通るようになりました。名前を変えてから認知度がグンと上がりましたね!
Q・本田さんが3代目になり、「うまいもちゃん」の広がりはどのように変わりましたか?
A・私が携わってきて、思ったことは一農家もやはり時流に乗らなければならない、ということでした。芋農家もたくさんあり、言い換えればライバルもいっぱい。そのためにはどんどん、うちの芋が市場に出回れる土台を作っていかなければ、と。まず、着手したのは全国各地の郵便局にある、各産地の名産を並べた贈答用のカタログですね。どんなに品質が良くても、芋だけパックに詰めても人々の食指は動かない…そこで、地元大津町の名産、すいかやメロンをパックにしたギフトセットや、記念日用にカードや花をセットにしたもの…いろいろ企画を練り、郵便局に売り込みました。おかげさまで巧を奏し、贈答シーズンには全国から注文が、ひっきりなしに来るようになったんですよ。でも、毎回同じセットではあきられるので、日々、企画が頭の中を廻ってるんです(笑)。
Q・「さがファン」もその一環ですね。反響はいかがですか?
A・じわじわときていますね。今のところ、「うまいもちゃん」家庭用、贈答用、業務用の商品を出していますが、芋は保存環境もあって1年中供給できるのですが、他の青果は旬モノですので、ネットで販売できる時期が限られてくるんです。なので、ギフトセットがパソコンの画面上に登場するのは、時期限定になってしまうんですが、そこをどうにかしたい、もっと、芋を身近に感じてもらい、楽しく食べていただける方法はないか、とやっぱり日々、企画が頭の中をぐるぐる(笑)。今は、電子レンジでチンするだけで、焼き立ての芋がいただける、「真空パックうまいもちゃん」をテストしているんですよ。それを、来年のバレンタインデーのギフトに使えないかな、と日々考えあぐねています。
Q・「うまいもちゃんギフト」は、洗練されている、というより温かみを感じますよ。本田さんも、よく顔を出していらっしゃるし、親しみも感じます。
A・これが狙い、ってわけじゃないんですけどね(笑)。やはり、生産者の顔が見えた方が買っていただく方も安心だと思いますし、あと、ギフト用のカードや、シールなどは業者に頼まないで、全部自宅で手作りしているんですよ!この手作り感も好評のようで嬉しい限りです。それもこれも、パソコンおんちの私に親身になって指導してくれた、「さがファン」担当の旧友のおかげです。いつも新しい世界を教えてくれて、本当にありがたいです。
Q・そもそも、お芋はなぜ1年中供給できるんですか?お芋に旬ってあるんですか?
A・お米と一緒、と思ってもらえればわかりやすいですね。お芋は厳密的に「野菜」ではなく「穀物」なんです。他の葉モノの野菜は、何回も植え、収穫できますが、芋の場合は一回勝負なんですよ。苗を4月半ば~6月半ばに植え付け、収穫は7月末~11月いっぱいで終わらせます。もし、そこで台風など自然条件が悪かったら、本当にやり返しのきかない世界なので、一発アウトですよ。次は来年まで待たなければならない…。お米もそうでしょう?だから、普通の野菜みたいに"旬"というものはなくて、あえて美味しい季節といえば、堀り上げてから約1ヶ月ぐらい寝かした12月~ごろでしょうか。甘みが増し、冬に焼き芋なんて最高ですね。堀り上げた後は、防空壕のようになっている自然の貯蔵庫に保管し、土の中の温度と同じ13℃ぐらいの環境を保っています。だから、質も1年通して変わりませんし、いつでも調整出荷ができるんです。しかし、収穫は一年に一度だけですから、出来高が違うと次年度まで引っ張ってしまうのが怖いところ。失敗は決して許されないんです。だから毎回植え付けの時期になると、1年生のような気持ちになりますね!
Q・だから1年中美味しくいただけ、かつ、値段も変動しないんですね!先日、テレビに出られた後はすごい反響だったとか…。
A・1日中、電話が鳴りっぱなしでしたね!もう追いつかないぐらい。テレビの威力はすごいですね。放映後、1週間は電話の対応に大わらわでした。同時にいろんなホームページで取り上げられるようになり、本当に大反響でした。素直に、「楽しい、潤っているな~!」と実感しましたよ。でも、目下の課題はやっぱり、先ほども述べましたが芋栽培は一発勝負なので、需要があっても供給が追いつかない場合も生じることです。そのためには、もっと畑の面積を増やしたい、という思いもありますが、今でも朝から晩までフル活動なので、労力や人手の問題もあるので、どう解決していこうか、と考えています。
Q・今年の春、苗も販売されていますよね。新しい試みだと思いますが、反響のほどは?
A・何千本もお申込みが来ましたよ!ちょっとの土地があれば、芋は家庭菜園もできますし、いずれはプランターなどでも、芋栽培ができればいいな、と思っています。苗にプランターに土、肥料等をセットにした、「生育セット」なんかも作れないかな、と。作り方はホームページや、メール、電話で対応できますし…夢は広がりますね。
Q・可能性がたくさんありますね!今後の夢、展開予定を教えてください。
A・「うまいもちゃんオーナー」を来年ぜひ、実現したいですね。これはずっと前からの夢なんですが。お米の「棚田オーナー」と同じです。うちの畑で苗つけをしてもらい、管理はこちらで行って、その都度オーナーさんにネットを使って、生育状況を通信して…。芋って土に埋まっているから、何が土の中で起きているかわからないんですよ。堀り上げるまでが楽しみで、それが面白い。自然環境が影響するので、必ずしも記録通りに理想の芋ができるとも限らない。芋堀り体験もできるし、都会の方のレジャーやオアシスにもなる…ぜひやりたいですね!また、芋は戦時中や食料危機の時に、一番役に立つ穀物です。いっぱい「うまいもちゃん」を作って、食糧難の世界の国々へ送りたい…そんな大きな大きな夢も持っています。
Q・今後が楽しみですね!最後に「うまいもちゃん」の魅力のPRをお願いします。
A・「うまいもちゃん」は美しい紅色の皮の中身は鮮やかな黄色の肉質がたっぷり。焼き芋にすると、フワッと焼き上がりますよ。甘みが強いのが特徴です。芋って、生きているんですよ。家に置いておくといつのまにか芽が出て、葉が伸びてしまったっていう経験がありませんか?ビニール袋に入れっぱなしだと、湯気が立ち込めます。生命力がすごく強いんですね。生きたものをいただくのだから、それは美味しいに決まってます。だから、家での保存には気をつけてくださいね。低温に弱いので、冷蔵庫はダメです。日当たりが強いところもダメです。室内の暗い場所に保管をしてください。もし、室内が5℃を下回ったら、毛布をかけてあげてくださいね。夏場は暑くて、すぐに芽が出てしまうので早めにいただいてください。焼き芋、いも天、じゃがいもの代わりに自然な甘みがついたポテトサラダ、お味噌汁、カレー、シチュー、ポテトチップ…と調味料いらずで、美味しい料理がたくさん作れる、甘藷=金時=からいも"うまいもちゃん"をぜひ、お試しください!

東京ドーム2個分、約1万2000坪という広大な敷地に「うまいもちゃん」がどっさり。ここから、全国に美味しさが発信されていく

事務所では、芋の出来具合によって、「家庭用」「贈答用」「業務用」と仕分け作業が毎日コツコツと行われている

美しい紅色の「うまいもちゃん」。産直なので、価格が市場よりもかなり安いのに驚く。夏には中身も紫色の「パープルスイートロード・うまいもちゃん」も販売開始。お菓子作りに最適だ
>> 本田フレッシュ産直センターの商品はこちらからご購入いただけます。
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東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長 木村 英喜さん
2008年08月29日

東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ
理事事務局長
木村 英喜さん
モノのやりとりだけじゃない。
“顔が見える”ネット世界の可能性を信じて-。
インタビューも「さがファン」最多4回目。約3年強前の開店当初から、ずっと右肩上がりの「肉の味好」さん。お話を聞くたびに、“お客様との信頼関係の大切さ”、“継続こそが力なり”という徹底した信念が伺える“事務長”こと木村さん。佐賀・吉野ヶ里町の台所、「ショッピングセンター マルシェ」から佐賀県全域、そして全国へ-お肉を通じて様々な情報を日々発信。その地道な発信…コールが、大きな返信…レスポンスとなってきている。常々、お客様の要望に応え、厚い信頼を得るための誠実な姿勢に頭が下がる“さがファンの重鎮”。今回はどんなお話が聞けるのだろうか?期待を胸に事務長と再会した。
Q・4回目ですね!今は夏本番、お肉の売れ行きはいかがですか?
A・時節柄でしょうか…今までは夏はお肉が一番売れるシーズンだったんですけど、今年は厳しいですよ。消費者の皆さんが、いろいろなニュースにより、これまで以上に“食”に対し敏感になっていて、ナマモノであるお肉を用心している傾向にあります。その代わり、バーベキューなど大量買いするお客様の姿を今夏はよく見ましたね。
Q・前回お話をお伺いした際は「牛肉ブランド偽装問題」が問題になった時でした。“お客様との信頼関係”を何よりも大切にされている中、“信頼感”を実感する時は…?
A・リピーターの方が定着して、シーズンごとに「前回と同じものを同じ場所に送って」と頼まれる時ですかね。まるでお肉の質について疑問を持たれないんです。安心されて何回も頼まれていらっしゃるんだろうな、と信頼感を感じます。また、対個人だけではなく、居酒屋さんなどお店に卸すこともしていたのですが、今年に入ってネットで検索されたかなにかで、福岡のある企業さんから大型のご注文をいただきまして。お肉を送る際は、生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記されている「牛肉証明書」を同封するんですが、そちらも安心の元となったのか、その後同企業さんから再びご注文をいただき、別の企業さんにもご紹介していただいたんですよ。
Q・「さがファン」開店当初から1日も休まず!続けられている「黒毛和牛怪人のブログ」
が、大きな反響を呼んでいます。まさに信念とされる“継続は力なり”ですね。
A・成果は一朝一夕にして成りません。地方である佐賀のネットショッピングモールがどのように全国に展開していくか…と考えた時、まずは「肉の味好」よりも「さがファン」自体を引き上げることが先だと思いました。「さがファン」のトップページに毎日更新のブログを載せることによって、その積み重ねの姿勢がお客様に届くかなと思い、ここまでやってきました。また、ブログという特性を活かすため、「さがファン」事務局の方と相談し、費用がかからず検索に引っかかる方法、言葉選びなどを学び、どの言葉でお客様がお店のサイトに入ってくるかも研究しました。おかげさまで、以前は「佐賀 牛」などの言葉で入ってくる方が多かったのが、今では「肉の味好」と固有名詞で入ってこられるようになったんです。お客様の注目度、認知度がじわじわ上がってきてることを感じますね。
Q・ブログ以外にもメルマガ配信や、お客様との個人的なメールのやりとりをされているそうですが、ネットを活用することでいろいろ模索はあったのでしょうか?
A・ネットビジネスはいろいろありますが、洋服等は売上がすごいですよね。目的に合ったものをボタン1つで買えるから、販売員を通す手間が要らないわけです。だけど、私共が求めるのは、「安心・信頼」です。なので、あえて顔が見える商売をしたい、とお客様とのコミュニケーションを何よりも大事にしていきたいと、そこに手間をかけているんです。
お客様へのメール一斉配信だけじゃなく、一人ひとりコミュニケーションをとることで、遠くにいる方ともお店で直接やりとりしているというような感覚を大切にしています。
Q・「さがファン」だけにとらわれず、その姿勢はコミュニティサイト「さがファンブログ」にも随分反映されていますよね。どのようにご自身、周りが変化しましたか?
A・地域に限定したコミュニティサイト「さがファンブログ」にも参加させていただくことで、今までネット上での付き合いだった人と、実際にお会いして付き合えるようになりました。オフ会などにも積極的に参加することによって、実際、同じく商売を頑張っている方、自分自身の趣味である焼き物、お酒に携わっている方にお会いし、人脈が一気に広がりましたね。おかげさまで、商売の方にも反映して、今まで県外注文がほとんどだったのに、県内注文が増加の傾向にあります。実際、来店される方も増えているんですよ。
Q・ブログではご趣味の焼き物、お酒、郷土への愛情も溢れた文章を拝読しています。それが一方通行ではなく、輪が広がっていっているということでしょうか?
A・面白いことに、どこからか情報が入ってくるんですよね。情報を発信すれば、情報が返って来る。それが「さがファンブログ」の面白さというか可能性だと思います。つながりがつながりを呼び、輪になっていく、ネットの力のすごさを感じています。
Q・ネットはまさに使いよう…ですが、あらためてネットビジネスを3年強続けてみられて、どう感じていらっしゃいますか?
A・全国的に「肉の店」だと、ライバルがものすごく多いんですが、「佐賀産和牛の店」になると、随分限られてくるんです。その中でも、お客様が「肉の味好」を“自分だけのお気に入りのお店”にしていただきたい、と日々奮闘していますね。「さがファン」事務局が開催する講習会に参加すると、いろんなショップの方がいらっしゃいます。個々スピードや思い入れは違いますが、私共はネットという環境を存分に活用しようと、焦らずに一歩一歩、歩んでいます。今までになかった世界を切り開け、実際に売上も上がっていますし、この世界に携われてよかった、と今では心から思っています。
Q・「さがファン」というショッピングモール、「さがファンブログ」というコミュニティサイト…両方携わり、違いや可能性などはどう思われますか?
A・「さがファン」では、着地点が「商品に対する情報発信」「お肉に対する安心・信頼」=“お肉を売る”ですが、肉だけの内容だとつまらないので、日々模索しながら書いています。「さがファンブログ」は、県内のコミュニティですので、割と自由に商売っ気のないコメントも書けるんですね。でも“県内”というくくりから外れれば、全国のお客さんも引っかかるのかな?とも考えています。つまり、お肉のブログ?コミュニケーションのブログ?というところに最終的にぶつかるんですが、ブログに関しては思いもしないところに伸びていくので、その可能性をどう活用するか、が今後の課題です。「さがファン」では構造上、実際にお肉を買った方のコメントが届きませんが、「さがファンブログ」ではダイレクトに届き、口コミで広がっていくんです。もはや、ネットはモノのやりとりの場所ではないですよ。だから、これからは“一さがファンの店”としての兼ね合いも考えますね。
Q・ブログを拝読していると、お肉はもちろん、佐賀、郷土愛が伝わってきます。その中でネットというツールは重要なポジションを占めていると思いますが、今後どのような佐賀の良さをPRされていきたいと思われますか?
A・佐賀は農産物、海産物、伝統工芸品、歴史、温泉、人情、そしてお肉、とお宝ザックザクの土地です。特に私はライフワーク的に古唐津を趣味としているんですが、焼き物なんて日本、いや世界の宝ですよね。佐賀の宝は日本の宝。それを大事にしながら、じわじわとコツコツとPRしていきたいと思っています。宮崎のようにPRをガンガンすれば、佐賀も全国的に認知されるでしょう。でも、佐賀は“変わらないものを保ちながら、少しづつ変わっていく”という土地性です。急激な変化は望まれませんし、私も望んでいません。その“佐賀流”を守りながら、自分なりにいろんな人に佐賀の素晴らしさを伝えていきたいです。残念なのは、佐賀は良いところだらけなのに悪いところがひとつ。佐賀人自体が佐賀を日本の宝だと気付いてないところ(笑)。私は佐賀を誇りに思いますよ~!
Q・最後に“つながっているみなさん”、“これから出会うみなさん”にメッセージを。
A・お付き合いの最初は“顔を合わせる”ことだと思っています。ネットは便利で、やりとりも楽ですが、本当の人付き合い、コミュニケーションとは、顔を合わせ話をすることだと思っています。だから、私はずっと顔を出し続け、私をわかっていただき、みなさまのお店、お肉に対する安心と信頼をいただくために、ネットででき得る最大限の可能性を追求していくつもりです。ネット上の付き合いが、リアルな付き合いにつながれば、こんなに嬉しいことはないですね。今後もどうぞ、よろしくお願いいたします!
ズラリとならぶお肉。朝10:00開店から、夜9:00閉店まで、お客様のことを考え商品が途切れないようにしている。
売り場は指定農家の写真が並び、肉の顔が見えるように。さがファンの「肉の味好」ネット上でも、指定農家の名前を出している。
実際、お肉をいただいたが口の中ですぐに、トロッととろける柔らかさに感動!!しかも、値段が安価なので、ファンが多いのも納得だ。
売り場から見えるように、加工場が裏手にある。

加工場では肉のカット、パック詰めと大忙し。

鮮やかな手つきで、肉をカットしていく姿に釘づけに。

東脊振の顔、ショッピングセンター『マルシェ』。ここから、美味しい佐賀和牛が全国発信されていくのだ。

これがお肉と一緒に送る「牛肉証明書」。生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記され、信頼の元となっている。

以前から開発に挑んでいたハンバーグも、こんな安価でズラリ。肉質は柔らかめで合挽きでもトロリ。煮込みハンバーグに最適!
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サガントスオンラインショップ 中川理恵さん
2008年07月29日

株式会社サガンドリームス
オフィシャルショップ 担当
中川 理恵さん
チームグッズ=ブランド。
グッズはサポーターとクラブの“架け橋”
「夢結蹴」のスローガンをもとに、20代の若手選手28人が結集した2008年度のサガントス。現在はJ2リーグで5位(7月24日時点)の成績だが、今期のリーグは大混戦のため、1試合ごとに順位が上がったり、下がったり…とサガントスもJ1昇格を狙える位置に喰らいついている状況だ。Jリーグの中でも、一番若手がそろい、明るく元気いっぱいというチーム。よく走り、パワーとスタミナ溢れ、チームワークは抜群だ。そんなサガントスを応援するのに欠かせないのがグッズ。全国から手軽にオフィシャルグッズが手に入る…さがファンでも大好評の、サガントスオンラインショップを手がける、(株)サガンドリームス――鳥栖のスタジアムのショップに再び足を運んだ。
Q・3回目の訪問です!まず、ウイントス君のぬいぐるみの出来具合いは…?
A・作ってる段階です…と言ってもう2年がたってますね(笑)。実は、もう出来ているんですよ。ただ、諸事情によりまだ市場に出てこれないんです。ごめんなさい!できれば今年中にはみなさんにお披露目したいと思ってます!何度も試作したんですが、ぬいぐるみは「かわいい」と思ってもらうのが命。ウイントス自体はかわいいんですが、立体にするのが大変難しく、すごく時間がかかりました。でも先日、ホームゲームで対戦チームのサポーターが大きなぬいぐるみを抱えて観戦にやって来たのを見て、早く市場に出したい思いでいっぱいになりました。お客様からの要望も強いですしね。
Q・New商品が続々と出ていますね。キッズものも登場し始めましたが…。
A・今、全部で100あるかないかぐらいですが、キッズものが弱いのが今後の課題です。ファミリーで応援にいらっしゃる方も多いので、こちらも充実させていきたいところです。面白いもので、こちらが「売れるだろう」と踏んで商品化したものがサッパリ…だったり、「これはどうかな…」と思ったものがバカ売れしたり、定番のユニフォーム、Tシャツ、タオルマフラー、メガホン等以外は何が売れるか、市場に出ないとわからないんですよ!それを見極めて在庫管理したり、発注にストップをかけたり…と、結構大変だったりします(笑)。
お客様からのニーズは直接聞いていますが、本当、読めないんですよ。
Q・グッズ企画、作成にあたってお手本にしているところはありますか?
A・そもそもグッズは、海外リーグのスタイルから生まれたもの。ヨーロッパリーグは歴史そのものが違いますので、グッズは数え切れないほどありますし、観戦以外、日常でも身にまとっているサポーターが多いんです。日常でも着られるTシャツや、使える小物などの商品化は、海外をお手本にしていきたいですね。でも、Jリーグの中でもグッズが充実しているチームはたくさん。グッズはJリーグの許可をもらわないと商品化できないんです。他のチームのものと酷似したものは却下されたりするんですよ。なので、グッズ企画、作成にあたってはやはり、日本、Jリーグのチームのものをお手本にしています。
Q・グッズ販売に関しては、選手が一役買っているとか…?
A・今年から積極的に選手にグッズ売りに関わってもらっています。新デザインのタオルマフラーが発売されたら、持ってもらい写真を撮り、ポップやネットに載せたり。オフシーズンにはイベントを開き、サイン会を開いて、グッズにサインを書いたり。先日夏祭りを開いたら、女子高生がいっぱい来ましたね!
若手の選手が多いので、今までサッカーに興味がなかった若い女性世代もこれをきっかけにファンになっていただいているようです。そうなると、若い女性向けのグッズの企画、作成もしなくては…!なんて考えているんですよ。
Q・お客さんのニーズをつかむグッズづくり…面白そうで、大変でもありますね。オフィシャルショップ担当として、やりがいや苦労はありますか?
A・試合日はショップにいるので、お客さんと直接話せるのが楽しいですね。
グッズを買わなくても寄ってくれるおなじみの方もいらっしゃいます。この仕事を始めて、グッズを見る目が買う側から作る側に変わりました。あと、女性の視点はとても大事ですね。お財布を握っているのはお母さんですから(笑)。
あと、センスがいいものしか女性は身に付けませんからね。まだ、日常生活で身にまとえる商品はないのですが、いつかそれらを作るのが夢です。難しいのは、新商品を出すタイミングや様々な業者とのからみ。でも一番難しくて、一番面白いのは、お客さんがどんな商品を求めているか…を考えることです。
Q・ズバリ、グッズが生み出すサッカー観戦の効果って何でしょうか?
私は、グッズをサポーター(観戦者)とクラブチームの架け橋と思っています。もちろん、観戦においては自由な服装で来ていただいても全然かまわないわけですが、これだけグッズが売れ、同じ色でスタジアムが染まる、というのは…結局、結果論なんですね。中には、クラブに貢献したい、役に立ちたい、という思いからグッズをたくさん買ってくださる方もいます。でも、ほとんどの方は、自分がチームを好きだから、選手に近づきたいからという理由で好きなグッズを買っていかれます。自分の好きなチームのロゴが入ったTシャツを着れば、テンションも上がりますよね。これはサッカー観戦に関わらず、女性が新しいブランドの洋服を買う時にも似ていますよね。そんなサポーターのみなさんが、スタジアムに集まったら、全員一緒の恰好になる、それだけです。
そして、そこから生み出されるものは、出会いであったり、仲間意識であったり、喜びや悔しさの共有であったり…、そして、知らない方に対して「自分はファンですよ」というマーキングのような証であったり…同じ目的を持った方が同じ物を身につけるのは必然であって、同時にすごいことだと思います。年齢、職業…全然知らない方たち同志が、ひとつになり、一体感を味わう瞬間をお手伝いできるのが、このグッズ=ブランドたちだと信じています。
Q・ひとことにグッズ…といっても奥が深い世界なんですね。そして夢のある世界ですね。今後の展開予定を教えてください。
A・あきられないグッズづくり、ですね。定番タオルマフラーもステキなデザインのものをどんどん作っていきたいし、女性向けの洗練されたグッズも作りたい。日常でも着られるセンスのいいTシャツを作るのも夢ですね。チームをグッズによって街に、日常に浸透させていきたいです。そして、選手と一緒になって頑張っていきたいですね!


電車の中からも見える「ベストアメニティスタジアム」。駅から徒歩3分という、全国有数のアクセスの良さ。

チームカラーである、サガンブルーとサガンピンクが鮮やかな、スタジアムのショップ。

ショップには心温まる手作りのボードが。サイン付きの選手の顔写真に親近感を覚える

問い合わせが多いウイントス君のリュック(非売品)。ぬいぐるみの原型だとか

7年ぶりに登場したメッシュキャップ(1580円)。ブルーが人気

小物から入るのもオススメ!左から、キラキラ光るラインストーンが女性に人気のキーホルダー(1050円)、白い革が大人っぽく、シンプルなレザー携帯ストラップ(950円)、表がホームカラーのブルー、裏がアウェイカラーの白になっているアクリルストラップ(950円)は男女問わず人気の一品

新・タオルマフラーは、赤い星がちりばめられたかわいらしいデザイン。女性に人気だそう(1580円)
投稿者 さがファン : 18:47 | コメント (0) | トラックバック
理研農産化工株式会社
岡部憲治さん
2008年06月23日

理研農産化工株式会社
福岡工場
製造部・取締役・製造部長
岡部 憲治さん
オンリーワンの食用油にこだわり続け27年。
油が変われば、料理の味も変わる。
昨今、原料不足で世界的に打撃を受けている製油・製粉業界。製粉業務を主とする佐賀本社、製油業務に携わる福岡工場。2つの"生きていく上で欠かせない"商品を、逆風に押されることなくコツコツと作り続け、世に送り出している「理研農産化工株式会社」。 製油・製粉ともに、約10年前より原料を九州のものにこだわり続け、大手会社では決してできない、そして小さな会社でも到達できない・・・地場の中小企業だからこそ、なし得る商品づくりを行っている、まさに「発展しつづける老舗」-エコブームの中、"本物のエコオイル"を研究、開発して7年。看板商品「とうふの大豆で作った油」の産みの親に開発秘話を伺った。
Q・製油を主に製造する福岡工場ができたのは1981年(昭和56年)。
国産大豆を使った家庭用オイルを作るプロジェクトは最初からあったんですか?
A・現在こちらでは業務用油7割、家庭用油3割を製造していますが、当初、製油工場は外国産大豆を使った卸用の業務用オイルを製造するのがほとんどでした。当時、製造担当として福岡工場に勤務することになった私に、先代社長が工場ができる前に言ったんです。「うちにしかない油を作らんか?」と。それがすべての始まりでした。
Q・それが国産大豆を使った油の開発に発展していったと・・・。
A・最初は悩みました。「何を言ってるんだろう?だって油はみんな一緒じゃないか」と正直思いましたね。
アメリカやブラジルから大豆を輸入して、業務用の油を作る-。それが当たり前と思っていましたから。一体何から始めていいものか唸りましたよ。でも私も一開発者。研究が大好きで、一から何かを始めることに不安と同時に士気も上がりました。
Q・家庭用オイル販売が始まったのが約10年前と以前お聞きしています。それ以前の17年間に、研究・開発の長い期間があったというわけですね?
A・ちょうど先代社長が亡くなった年に、国産大豆が大量に余った所がある、という情報を聞いたんです。もちろん、余ったものを処分するとそこは大打撃に遭うわけです。
ずっと新オイルづくりには悩んでいたのですが、ここで心を固めました。「その国産大豆を買おう!国産大豆でうちにしかない、新しいオイルを作ってみようじゃないか!」と。
Q・そもそも国産大豆で作った油と、輸入大豆で作った油の違いって何ですか?
A・"目的"です。輸入大豆は製油用(業務用)。国産大豆は豆腐や味噌など食品に使われます。油に使用することはまだ常識的な考えではありませんでした。つまり、国産大豆を原料にすれば、より食品に近い、料理に使いやすいオイルが作れると確信したんですね。
しかし、当時は製油業界でも初めてに近い試みで、イチかバチかの賭けみたいなものでした。万が一失敗したら、会社の命とりになるかも・・・というリスクもありました。そこで、現社長や幹部に相談し、「輸入大豆と同金額で、その国産大豆を買い取ること」という条件つきで、国産大豆を使ったオイルづくりが始まったんです。もちろん、国産大豆は輸入大豆に比べて料金が割高ですから、まずは失敗しても挽回できるように、先に手を打ったんですよね。相手先はただ処分を待つだけですから・・・スタートはまずまずでした。
Q・家庭用オイルづくりのスタートですね。開発話を教えてください。
A・仕入れたからには、徹底しましたね。妥協、という文字は一切なかったです。中でも苦労したのは、「分別生産技術」でした。外国産の大豆と絶対一緒にしない、純国産100%にこだわり、遺伝子組換え技術も現場に徹底させました。大豆一粒一粒、皮をむいて中の実から油をとるんです。その実に大豆たん白質が詰まっているんですね。
さらに皮をむくことで脱脂大豆のたん白質が50%になります。そして食品大豆で作っていますから、当然できあがりは油特有のベタベタ感はなく、サラッとしたものになるはず・・・そう信じ、日々研究、開発、テストを繰り返し、試作品を仕上げました。
Q・そして、2001年(平成13年)とうとう、看板商品「とうふの大豆で作った油」ができあがった・・・その時の気持ちはいかがでしたか?
A・まず、スプーン一杯油をすくって、ゴクンとのみこんでみました・・・。「これは・・・全然油っぽくない!サラサラしている・・・ひょっとして、これは大化けするかも!」と興奮しましたね。研究・開発段階においては、勝算はある程度あったんですが、それが想像以上の出来でした。そして、そこから世に出るわけですが、そこからも・・・大変でしたね(笑)。
Q・出来上がったのはいいけれど、それを消費者に届けなければいけない・・・開発者なのに、営業にも携わったのですか?
A・もちろんです!この商品は私の子供のようなもの。ネーミングもパッケージも全部私が決めたんですよ。商品ができてから3年間は営業ひとすじでしたね。やはり、一油メーカーとしては問屋に卸すか、量販店に置いてもらうか、が妥当な線なのですが、普通の家庭用オイルと比べ、料金が若干高いんです。原料の国産大豆自体の供給問題もあり、コストをギリギリまで下げても、他社の家庭用オイルと比べて割高でした。
そこで、ターゲットを絞ろう、ということになり、高級志向を狙ってデパートに置いてもらうことにしたんです。デパ地下で社員OGを2人、そして私の妻を引っ張り出し(笑)、小さなサラダをたくさん作って、オイルをまぶしお客さんに試食販売をしました。また、機会があれば、いろんな場所で焼き立てのフランスパンにオイルをつけ、試食販売・・・そのたびにお客様にアンケートをとったところ、「油って味がするんですね」「こんなサラッとした油初めて」「油って美味しいんですね」という良いご意見を多くいただきました。
Q・開発から営業まで・・・軌道に乗せるまでが大変だったのでは?
A・体がいくつあっても足りなかったですね(笑)。とにかく、口に運んでくれないと商品の良さがわからないから、味を見てほしい!とレストランなどにも直接行きましたよ。反応は良かったり、悪かったり・・・さまざま。でもいろいろな意見が聞け、より今後の開発においてのヒントになりました。そこで、少し落ち着いたころ、製造部長として現場に戻らねば・・・と思ったんです。どうやって、一般消費者が口に運んでいただくかという大きなPRも必要ですが、そのPRにおいての裏付けも必要だと思いました。つまり、このオイルを食すことによってどのような体内的効果があるのか等、しっかりした化学的解明も行わないと!と。これは、今後新しい商品を開発していく際でも、大きなテーマではありますね。
Q・今現在、製油・製粉業界は原料不足で大変な社会的現象になっていますが、その点で苦労される点はありますか?
A・原料の安定供給、それが一番です。もっと日本で国産大豆を作ってほしいのですが、いろいろと規制があり、ままならないところです。コストを抑えるために、しぼった大豆のいらない部分~脱脂大豆を醤油メーカーに卸したり、と工夫をしていますが、商品の値上げは否めません。
ですが、品質を落とすことは絶対にできません。原料はすべてがいいものではありませんが、その良悪含めての原料を使い、同じ品質の油に仕上げるのが私たちの使命です。この油は食べ物です。油自体に味があるので、この油を使うことで料理の味も変わってくるんです。油だけのことを考えず、料理とコラボレーションした時に、初めてこの油の良さがわかるんです。だから、本当にこの油の良さを分かっていただける方には値上げをしても、買っていただけると確信しています。「さがファン」などでのネット販売も大賛成ですね。メールで感想も送っていただけますし、今後の課題にもなります。
Q・昨今は空前の「エコブーム」ですね。他社もエコを売りにした油をどんどん出しています。随分前から、体にいい油づくりに取り組まれてきた身としてどう思われますか?
A・コマーシャルの威力ってすごいですね。大手製油メーカーはそれができるから、うらやましくもあります。でも、大手は原料の供給が間に合わないでしょう。比べて小さい企業は研究が追いつかないでしょう。私たちは、九州地場の中小企業として、分相応な売り方をしていこうと思っています。地道に足で稼いでいく・・・臨機応変に柔軟性を持って動き、軌道修正をしていけるのは、中小企業ならではの強みと思っています。今後は、なたねを原料とした新オイルづくりをしたいですね。日本、九州でやれることをしたい。そんな研究開発のことを考え出したら、またワクワクしてきました(笑)。
Q・油の研究って奥が深いんですね~。最後に理研さんの油コンセプト、読者にメッセージをください。
A・油の大切さはバランスです。日本食の一汁三菜と一緒ですね。お肉が美味しいのは油を使っているから。油は体内に食物と一緒に吸収されます。油は人間が生きていく上で欠かせない必須脂肪酸。バランスよく体内に取り入れないと、ビタミン導入など効果を発揮しません。現在、日本人の1日油摂取量は25%、欧米では30%と言われていますが、20%ぐらいに抑えた方がいいと思いますね。油と食事のバランスをぜひ、考えていただきたいなと思っています。そして、応援してくださる九州の皆さんに恩返しをし続けたいですね。
原料の大豆はほぼ佐賀産、福岡産の「ふくゆたか」「むらゆたか」。普段は豆腐や味噌などに使われる大豆だ
「食と油が同じ位置にあるものとアピールしたかった」と岡部さん自らが作られたちらし。
パッケージ、パンフレット・・・すべて岡部さんによるもの
工場の入口には、国産大豆、外国産大豆、なたね・・・など原料のディスプレイが。国産大豆は外国産に比べ大きく、美しい丸型をしている
家庭用オイルさまざま。お得なパックセットが「さがファン」でも人気だ

上の赤い看板は佐賀、福岡の街ですっかりおなじみ。佐賀本社の方ではうどんやパン、さまざまな粉の開発が進んでいる
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有田焼カレー 太田浩美さん
2008年05月30日

創ギャラリーおおた
太田 浩美さん
"食と器のコラボ"を初めて実現。
有田焼400年の歴史-主役は町への愛情。
世界的な陶都・有田町。約400年の歴史を持つこの町では、幼いころから焼き物の歴史、世界との関わりなどを学び、そこに住まう人々は町を誇りに思わない者はいないと聞く。そんな世界のARITAが今、大きなムーブメントを起こしている。ご存知、「有田焼カレー」だ。テレビ番組の放映によって、一夜にして全国に知られ、予約殺到、ネット注文もパンク状態…。「有田町をもっと活性化しよう」と1年前に始めた"駅弁"が、現在全国で爆発的ブームになっている。その状況を発案者である、「創ギャラリーおおた」の太田さんはどうとらえているのだろうか?お話をじっくり伺ってきた。
Q・「有田焼カレー」すごい人気ですね!一夜にして全てが変わりました…?
A・一夜にして別世界…まるでシンデレラみたいです(笑)。今年の陶器市の直前に、テレビ放映があったのですが、おかげさまで陶器市では1日平均1000個も売れました。マスメディアの影響ってすごいですね。でも一番嬉しかったのは多く売れたのではなく、有田の地元の方々が喜んでくださったことですね。
どんなに売れても、「有田焼カレー」を作った時の基本の想いは変わりません。
Q・もともとはギャラリー&カフェのカレーが始まりだったんですよね?
A・私は、ギャラリー&カフェをここ有田町で開いて12年になりますが、店の看板メニューが多種のスパイスを使った薬膳カレーだったんです。元々は埼玉出身の主婦で、主人の実家がある有田町に越してきて22年。有田は世界が誇る町ですから、一生懸命有田町のことを勉強しましたね。そこで、私自身がこの町で何かやれることはないか、と考えた結果がギャラリーを兼ねたカフェだったんです。器をはじめ、有田そして佐賀には美しいものやアートの宝庫なのに関わらず、美術館やギャラリーがとても少ない…。そこで近くの窯業大学の学生さんの作品を将来に向けてのステップのために、店に置いたのが始まりで、現在は会期を決めて、佐賀県内の様々な作家さんのアート作品を飾っています。
Q・そのお店の人気メニューが駅弁に…?そのプロジェクトを教えてください。
A・ちょうど1年前になりますね。あの、佐世保バーガーを全国的ヒットに導いた元JR佐世保駅駅長の西田辰美さんが、JR有田駅駅長に就任されまして。
「ここ有田駅でも何かできないか?」と、うちのカレーを食べにいらっしゃるたびにおっしゃっていたんですね。そこで、心から有田町を愛し、活性化を試みようと意気込む中心メンバー5人と、サポーター20人ほどの「有田ハートプロジェクト」を発足したんです。そこから、有田より何が発信できるか、を考え始めたんですよ。最初は駅弁なんて、考えてもいませんでした。
Q・そして出来上がったのが、有田焼の器もセットになった駅弁なんですね。
A・最初に考えるのはやっぱり"器"ですよね、有田ですから。今まで究極のラーメン鉢や、焼酎盃など話題になってきましたが、器のみあっても、それに盛る"飲食"がなかった。そこに目をつけたのですが、なかなか具体案が浮かばず…苦労しました。駅弁の発案者はなんとうちの息子(笑)。何となく話を聞いていた高校生の息子が、「駅弁はどうね?有田駅にはないやろう」。そのたった一言が、"器と食のコラボレーション"を一気に実現まで結びつけたんですよ。
Q・有田焼ファン、カレーファン、そして駅弁マニアまでうならせるこの発案!
A・でも、あくまでもメインは"器"です。いくらカレーが美味しくても、陶都・有田、地元の人に受け入れてもらえないと外に出て行きません。予算をギリギリまで切り詰めて、有田の梶貞製陶所で開発、製造してもらいました。もちろん、再利用可で使いやすく、商品として1500円という妥当な金額に収めることができました。カレーやお米の原料はもちろん、器もパッケージもみんな有田町の人間が作ったものなんですよ。
Q・それが1年前…最初は泣かず飛ばずだったと聞きますが…。
A・駅弁マニアの方はすぐに飛びついてきてくれました。わざわざ東北からいらっしゃる方も…。実は、有田焼カレー駅弁は、今は殿堂入りしている群馬の「峠の釜めし」をヒントにしたんですよ。今は長野新幹線が通っていて、駅弁ではなくなりましたが、今な無き、長野信越線の横川駅で、駅員さんが木の箱を首からぶら下げて「駅弁いかがですか~」と売り歩いてたのが、「峠の釜めし」なんです。釜飯の美味しさもさることながら、人気はその陶器の釜。持ち帰らないお客様はいらっしゃらなかったですね。何も見どころのない町が、「釜めしの横川駅」として大ブレイク、人気が衰えることはありませんでした。もちろん、峠の釜めしのすばらしさを、九州の方が味わうのは無理に近いのですが、プロジェクトではとにかく、第2の峠の釜めしになりたい、と訴えました。
最初はPR不足で赤字続き、駅でもレンジを用意したりと工夫したのですが、1個も売れない日も…。正直、失敗かな、と落ち込んだこともありました。
Q・それがジワジワと口コミで評判を呼び…そして大ブレイク!と。
A・昨年の陶器市でだいぶ認知度が上がりまして、そこから口コミで広がっていき、地元の新聞、タウン誌で取り上げられるようになり、そこから派生して全国誌に載るようになっていったんです。また、テレビなどの取材も受けるようになり、先日の番組で全国駅弁No.1に選ばれたというわけです。
Q・成功の要因は何だったと思われますか?
A・駅弁が全国的に認知された、という点での成功という意味では、決してあきらめなかったこと、そしてなんといっても"有田愛"ですね。有田町は商売の町ですから、いわば皆同職。いってしまえばライバルになることも。きれいごとだけじゃ済まされないことも知っています。赤字で不安になった時もたくさんありました。でも、有田という大きな枠での視点から見れば、有田町は1つです。有田に住んで、有田を愛する人たちが1つになって取り組んだこのプロジェクトの成功は、奇跡的でもあり、必然的な愛の結晶だと思うんです。
Q・すばらしいですね!さて、これからの課題にどう取り組むか…ですね。
A・はい。今度、古川佐賀県知事がわざわざお見えになるということで、この現象に浮かれずに厳かに受け止めています。有田の良さをアピールしたい、という想いから始まったプロジェクトは、佐賀県全体のアピールにも繋がるわけですので…。単なるブームだけでは終わらせたくありません。利益を上げることが、町の活性化の成功ではないと思っています。でも、利益が上がらないことには駅弁は継続していきません。うちのギャラリー&カフェもリピーターのお客様がほとんど。売れればいいというものではなく、本当に美味しいもの、いいものを長く提供し続けていくこと、それが課題であり、成功だと思います。
Q・太田さんの信念と愛情、そして行動力に心から感心いたしました。ぜひ全国の「さがファン」をご覧のみなさんにメッセ-ジをお願いします。
A・"佐賀"からの発信である、「有田焼カレー」を受け入れていただいて、本当に感謝、嬉しく思っています。佐賀県・有田町代表として、そして"陶都・有田の焼き物"と共により多くの方に、美味しく素晴らしい"食と器のコラボレーション"を届けていきたいと思っています。
モダンな構えのギャラリー&カフェ「創ギャラリーおおた」。町のみなさんの集いの場所になっている
アートの香り漂う、広々とした落ち着いた店内。ゆっくり、有田焼の器でコーヒーやカレーを楽しめる
12年前のオープン当初からある自家製パン。夕方には売り切れてしまう人気さ
お客様に出すコーヒーやカレー等はみな有田焼。食と器のコラボレーションがここでは思う存分味わえる
会期ごとに作品が変わるギャラリー。絵もあれば、陶器もあり、写真もあり…。
佐賀県内在住の作家の素晴らしい作品を鑑賞できる
店内中央、JR有田駅駅長西田さんのコメント付きの「有田焼カレー」「有田鶏弁当」のパッケ-ジが目をひく
これが実際駅弁で使われているカレーの器。中の模様は随時変えていく予定だ。
器ファンも納得の逸品
名物「幸せのチーズケーキ」も近々、「有田鶏弁当」と共に「さがファン」でネット販売予定。ふんわりとした食感の後に来るしっとり感…まさに"幸せ"と一瞬感じるケーキ
>> 創おおたギャラリーの商品はこちらからご購入いただけます。
投稿者 さがファン : 10:23 | コメント (0) | トラックバック
伊之助めん 内山健治さん(伊之助製麺株式会社)
2008年04月28日
伊之助製麺株式会社 第二営業課
第二営業課
課長 内山 健治さん
本当に良い物を広める手法を原点回帰、
"伝え手"がいるから、"受け手"がいる。
いつ訪れても、美しい緑とさわやかな清流が出迎えてくれる神埼。そうめんのふるさととして全国的に知られる神埼の町だが、いよいよシーズンが始まった。川沿いに並ぶ数々の製麺工場も活気を帯びてきた初夏のある日、「伊之助めん」さんの工場におじゃました。「さがファン」では初となる3回目の訪問。前回は2年前の同時期。この2年で、変わらないものである"そうめん"を通じて、どう変わるものがあったのか…麺を作る側ではなく、麺の良さを外にPRする側の視点からのお話をじっくり伺ってきた。
Q・この2年間で大きく変化したこと、発展したことはありますか?
A・まず、そうめんも含む乾麺業界がずいぶん変化しましたね。市場的に乾麺の売上が下がって、その代わり生麺の売上がアップしています。その理由はさまざまですが、やはり大きなものに「食べ物のスピード化」。世間ではスローフードだ、ロハスだ…と流行していますが、実際の生活ではファストフード化は避けられるどころか、進行しています。特に若い20~30代の世代はわざわざ鍋でお湯をゆでて、そうめんを食べるなんて面倒なことはしないでしょう。スーパーに行かれればおわかりだと思います。乾麺のコーナーがどんどん狭くなり、代わりにカップ麺のコーナーが拡充しているのが変化の事実ですね。
Q・しかし、生麺の売上はアップしているんですよね?
A・コンビニが明らかな例ですが、夏になると既にゆで上がった状態の冷やし麺やそうめん、そばなどが良く売れますよね。あれは添付のつゆをかけるだけ。
乾麺はゆで方によって味が左右されますし、本当に好きな方ならこだわりをお持ちです。しかし、一般市場的にはそうめんの味がわかる方は少なく、楽な方向に流れてゆく…。現在では、「デイリー商品コーナー」での生麺のウエイトが高くなりましたね。毎日食べるであろう、豆腐、納豆、味噌などと同等の扱いになりますから。代わりに乾麺コーナーは、調味料など認知度の低い場所に並べられているので、特別感があるのも手伝って売上が生麺と違って伸びない。
トータルで考えたら、生麺アップ、乾麺ダウンでトントンなんですけどね。
Q・この2年で対外アピールを強化するためにコンサルティング会社を入れたとお聞きしましたが…。
A・どんなに美味しい麺を作っても、それを上手に外に伝えていかなければ、消費者には届きません。麺自体のグレードの高さにあぐらをかいていても、伝わるのは本当に麺がお好きな方々だけですよね。もっと広く一般の消費者に美味しさを伝えるのはどうしたらいいか…そのPRのしかけや手法を一緒に考えさせていただいたところ、一方的ではダメだということに気付いたんです。伝える人間がいるから、受けてくれる人間がいる。原点回帰ですよね。
それでまず、年に4回全国発送するDMに手書きの「かわら版」を入れました。そこには、私自らが取材した四季折々の神埼の情報だったり、工場の作り手の生の声だったり…。そうしたら、お客様からハガキやメールで返事が返ってくるようになったんですね。てっとり早く売りたければ、大きなマスメディアの力を利用すればいいのですが、それでは顧客はつかず、単なる一時的なブームで終わってしまう。そのような一方通行型のPRはやめて、お客様とのキャッチボールを、時間をかけてもいい…コツコツとやっていくことに、伊之助の麺の美味しさを伝える可能性があると確信しました。
伊之助は歴史のある会社です。時間をかけてゆっくりお客様一人ひとりと真摯に向き合うことで、揺ぎない顧客様を作る…DMを変えただけで売上は2割アップしました。
Q・一度信頼を得たら、顧客様は逃げないということですね。その他にも佐賀、福岡でのスーパーでの試食販売なども積極的に行っていらっしゃいますね。
A・試食販売はお客様と直接、お顔を見てキャッチボールができる恰好の場ですからどんどん行っていくつもりです。中央、東京での「佐賀フェア-」などにも顔を出し、全国のさまざまな買い付け業者(バイヤー)さんと、現場の雑談の中でより良いPR手法を学んでいっています。地元の各スーパーの麺置き場、売上情報チェックも欠かせませんし、とにかくやる事がいっぱいで体がひとつじゃ足りませんよ(笑)。でもおかげさまで、中央から仕入れの注文がきたり、同業者に認めていただいたり…伊之助の位置性は確立しつつあります。
Q・新商品の開発の方も着々と進んでいらっしゃいますか?
A・新商品はとにかく研究を重ねて重ねて、最短でも市場に出回るのは半年、平均で8~9ヶ月はかかるんですよ。麺の研究と同時進行で商品の顔となるパッケージデザインにも4~5ヶ月はかけます。とにかく時間をかけますが、それが伊之助の自信と自慢ですね。まず歴史があること-商品は若干高いですが、美味しいから自信を持って薦められる。味に自信があるから、一度食べた方が次も買ってくれると確信持って次も薦められる。こう言うと、強気の商売をしていると思われるかもしれませんが、それだけ時間をかけて作り、その良さを一番良いPR方法でお客様に伝えていっている、というだけなんです。
Q・以前、工場長のインタビューで神埼の工場内に、商品を食べられるお店をいつかは作りたい…という話をいただきましたが…。
A・もちろん、その夢の実現への道は続いていますよ!もし作るなら、ただ商品を食べられる店、だけではなく、地元・神埼の観光アンテナショップのようになるでしょうね。お店を作るというのは、相当な宣伝効果が期待できるわけですから、結構大きめな規模のものになると思いますよ。そうですね…、ぜひ期待していてください。もしかして、年内には実現するかも…!?
Q・伊之助さんの未来が光って見えますね!今後の展開予定などあれば教えてください。
A・まずはホームページ、ネット販売の強化ですね。やはりこういう情報社会ですから、それに上手く乗ってDMとは別の方向性で、充実をはからなければ、利用しなければ、と思っています。そして、一般の方々に伝えたいことは、「機械で作ったそうめんは美味しい!」ということ。いわゆるブランドそうめん…
"手延べそうめん"が一番美味しくて、高級品と一般的に認知されていますが、それはあくまでもイメージですよね。そのイメージをひっくり返したいな、とは思っています。伊之助はご存知、独自の機械製法で自慢の麺を作り続けています。そうめんは食べ時を選ぶことができる(寝かせる等)、深くて美味しい食べ物です。手延べであろうが、機械であろうが、美味しいものは美味しい。手延べというブランドにお金を払うよりも、同じ美味しさでリーズナブルにいただいた方がきっと、もっとそうめんを身近で楽しい食べ方ができるはずです。
ぜひ、一度うちのそうめんをお試しください。試食販売などの告知のコーナーもサイトで作っていくつもりですので、この美味しさを確かめてください!

これが好評の手書きの「かわら版」。お客様からの意見も載り、それに対して手書きでハガキを出すなど、暖かい心配りを忘れない

そうめんをはじめ、うどん、そば、ラーメンとあらゆる麺を製造している。生麺も好評だ

工場前に建つ、神埼町麺祖"伊之助"祭る石碑。感謝を込めて会社が私費を投じて建立。時々、子孫の方が拝みにいらっしゃるという

2階建ての大きな工場。ここで、1日平均そうめんで言えば、約10トンの麺が造られている


まずは、粉をこねることから始まる。工場には約10数人のスタッフの方が常勤している

工場の2階でこねた粉は1階に下り、麺用に薄く伸ばされる

麺用にカットされた生地は、また2階に上がってゆく

1階から上がってきた麺は、5段階に分けて乾燥させられる

まるで“麺のカーテン”が5部屋続く。部屋ごとに温度、湿度が違う。1時間に1度、乾燥状態の抜き打ち検査があるほど厳しい

乾ききった麺は1階に戻ってきて商品用にカットされ、一定量の束にされる

最後は袋詰め。そうめんだとここまでの作業が約10時間ほどだが、うどんなど太い麺の作業は24時間に及び、徹夜作業になるそう

袋詰めされた商品に、不備がないかチェックして終了。その先には、数々の商品名が書かれたダンボールがいっぱい。市場に出るのをまっている麺たちが居た。
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ワインと地酒の専門店 森本 芳典さん(株式会社 森本商店 常務)
2008年03月27日
ワインと地酒の専門店
株式会社 森本商店 常務 森本 芳典さん
"良いお酒は選べる、うまい酒は選べない"。 そのアドバイスをするのが酒屋の仕事。
酒どころ-九州。中でも佐賀は恵まれた大地の素材…米による日本酒、麦による焼酎…と多くの銘酒があることで知られている。幕末時には名君、佐賀藩10代藩主・鍋島直茂による財政改革により、酒蔵が多い時で300近くもあったといわれている。現在では焼酎ブームに押され気味だが、ほとんどが輸入の麦に頼る中、佐賀産二条大麦を使った焼酎など、本物の銘酒を求めて全国のお酒ファンの目は九州に注がれている、と言っても過言ではないだろう。
そんな酒どころ・佐賀で昭和6年創業、老舗の域に入る「森本商店」さんは"良い酒"をずっとお客さんに提案してきた。今年始め「さがファン」に出店、老舗にて新顔の森本商店さん。のれんをくぐり、素顔を覗かせてもらった。
Q・お店には約3000種のお酒が並ぶ「森本商店」さんですが、昭和6年創業当時はどんな感じだったんですか?
A・私は3代目にあたるんですが、先々代が知人の酒屋を引き継いだのが始まりです。当時、「酒屋」では日本酒を90%、あとは焼酎を売っていました。ビールなどもあったのですが、ビールを置いている店は「酒屋」とは異なり、「乾物屋」さんで売っていましたね。うちの店では、樽にてとっくりに入れたり、お客さんが持ち込んだ瓶に入れたり…と、お酒を量り売りしていました。戦前、瓶は高価なもので、売り方はほとんど量り売りだったんですよ。その中でも、うちはお客さんによりおいしいお酒を楽しんでいただきたい、と普通の酒屋よりも3~5倍は高価なお酒を出したりもしていました。
Q・さがファンでは売っていませんが、「森本商店」さんはワインでも有名ですよね。ワインを入れた時期、入れようと思ったのは何故ですか?
A・昭和40年代ごろですね。「酒屋」は蔵元との直営店が多いので、どうしても仕入れが限られてきます。我々は小売業なので、直営店に対抗するためには、何か変化をもたらしたかった、というのはありました。ちょうど、サントリーの「赤玉ポートワイン」が流行した時期でしたが、元々赤玉ポートワインは滋養強壮のための薬飲料で、それを甘く味付けしたものなんですね。そのころ、佐賀でもステーキ専門店など洋食屋さんが出来始め、「洋食に合うお酒を提供してもらいたい」という要望を受けて、ワインの仕入れを始めたんです。赤玉の甘いワインに慣れている方たちは、本物の輸入ワインの酸味に「腐っている」と声をあげ、当時の売上はいまいちでしたが、洋食ブームに乗り、段々と佐賀のみなさんにもなじまれていきました。そして、全国的にワインブームがきて、うちも1979年にワインセラーを作ったんです。
※ 森本さんは(社)日本ソムリエ協会 認定のワインアドバイザー
Q・これだけ多くの酒類を取り扱うには、蔵元、酒造メーカーさんとのやりとりが大変だと思いますが、どのように仕入れていらっしゃるのですか?
A・創業からしばらくたった当初は、佐賀ではなく、福岡・大川の酒造メーカーとやりとりを多くしていましたね。大川も酒どころですから、大川の方は福岡・久留米に行くよりも佐賀の方が近いので、今でもよくやりとりさせていただいています。もちろん、唐津もありますし、全国にも及びます。ただ、量が多いので、九州を中心とした特殊な問屋さんを通して、仕入れを行っています。
Q・全国の地酒も取り扱っていらっしゃいますが、そのネットワークはどこで見つけるんですか?そして、仕入れるお酒を決める規準は…?
A・全国規模でよく行われる、酒の会などに出席し、必ず試飲をしますね。そこで気に入ったら、出席されている蔵元さん、酒造メーカーさんと名刺交換をして、後で電話やメールなどで取引を開始します。仕入れたいお酒は必ず自分の舌で確認、試飲しますよ。
Q・「森本商店」さんにはセラーが5つもあるんですよね!
A・お酒には"遊び"が必要なんですよ。いわゆる"飲み時"ですね。でも人それぞれ、"飲み時"は違うんです。お酒を仕入れる時、試飲してこれは長期に耐えられるかどうかで判断し、セラーで"飲み時"を管理します。時間がたてばお酒の味も変わっていきます。どれぐらい時間をかけたら、どんな味になるか…そんな"遊び"の想像を、お客さんに楽しんでいただきたいですね。うちの売り場は蛍光灯ではなく、白熱灯なんですよ。蛍光灯だとワインやお酒の色が変わってしまうんです。色もお酒の大事な楽しみのひとつ。セラーではずっと白熱灯で管理しています。10年は色が変わりませんよ。
Q・「森本商店」さんおすすめの、おいしいお酒ってありますか?
A・それは、答えられないですね(笑)。お酒って、好き好きじゃないですか。確かに人気の商品もあります。人気の商品は万人に受ける"良いお酒"。それを選ぶのは簡単です。でも"うまい酒"は選べません。その人のシチュエーションによって、全然"うまい酒"は変わってくるからです。それは、食べ合わせだったり、酒の肴の種類だったり、飲む時のシチュエーションだったり…。そのお客様の要望をお聞きして、アドバイスするのが我々酒屋の仕事なんです。
Q・では"良い酒"とは一般的にどのようなものなのでしょうか?
A・簡単に言うと"地酒"でしょうね。地酒っていうのは、地元の食べ物に合うからできたものであって、佐賀の日本酒はほぼ甘口ですよね。それは味つけの濃い、甘い料理に合うから。鹿児島に焼酎が多いのは、揚げ物など脂っこい料理が多いから、それを焼酎で流すため、とも言われています。そんな理由を持つ地酒が全国にいっぱいあります。地酒人気はそこにあるんでしょうね。
Q・今後の「さがファン」での展開予定を教えていただけますか?
A・今、特徴のあるお酒をわずか60種類ほどしか展開していませんが、100種類ぐらいまで増やしたいですね。なるべく地のものをご提供したいと思っています。もちろん、いつかはワインをネット販売したいという思いもありますが、ワインは全国的なものですので、現在、ちょっと供給の安定が難しいんですよ。ですので、どういうルートで仕入れて売ることができるかを模索中です。
Q・全国の九州・佐賀酒ファンにメッセージをお願いします。
A・やっぱり、実際お客様とお話して、お酒を買っていただくのが一番の願いですね。ネットだけですと、表面だけですから。ですので、メールでのやりとりも行っています。佐賀近辺の方は、ぜひ一度お店に遊びに来てください。いろいろアドバイスいたします。その後、ネットで利用していただければ…と思います。ネットでも"顔の見える酒屋"を目指しています!

店内には、約3000種のお酒がズラリ。「さがファン」で人気の商品は、鹿児島地焼酎「赤兎馬」、佐賀地酒「東一」、佐賀地焼酎「菱娘」などだそう。

お酒は、日本酒、ワイン、洋酒…とコーナーが分かれていて、見やすくディスプレイされている。

店内には、まるでバーのようなプライベートルームが!一般の方は入ることができないが、ここでまったりと新酒やオールドヴィンテージもののお酒をお店のスタッフで利き酒するそうです。

店内に5つあるセラー。中に入るとひんやり。常に"良い酒"の"飲み時"を考えられて、お酒たちが寝かせられている。

「森本商店」さんがワインを仕入れた時期、1979年に作った記念のワインセラー。歴史の温かみを感じさせられる。
>> ワインと地酒の専門店の商品はこちらからご購入いただけます。
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まるぼうろの北島 古河 義継さん(工場長)
2008年02月27日
株式会社 北島
工場長 古河 義継さん
お菓子作りは"今"を見るのではない。
100年後を見据えるのが老舗の役割。
佐賀の銘菓として知られる「マルボーロ」。砂糖、卵、小麦粉だけを使った素材も、見た目もシンプルなこのお菓子が生まれたのは、約450年以上前。以来、お菓子が贅沢品だと言われていた戦時中も乗り越え、変わらない味を保ち続けてきたのが、お菓子処・佐賀を代表する老舗「北島」さんだ。地元の皆さんから時代を経て愛され続け、他県にファンも増加の一途をたどる「北島」さんのマルボーロへの想いを語ってもらった。
Q・前回のインタビューから2年半が経ちましたが、その間何か変化は…?
A・以前も申し上げましたが、"300年の歴史を持つ老舗"を守るために、"攻める"姿勢は変わっていませんね。商品開発や、外へのアプローチ、行事への参加…。ただ時勢の流れで、食の偽装問題などがクローズアップされ、お客様の目がより厳しくなったな、とは感じています。そこで、老舗という重みをずっしり感じます。攻めと守りのバランスがとても難しくなってきていますね。
Q・最近、食品業界での大変化に、原材料の高騰があります。
北島さんもマルボーロを2月から10円値上げされましたね。やはり深刻なんでしょうか?
A・原材料の高騰は、食品業界だけじゃなくてもう社会問題ですよね。私共も昨夏からずっと頭を痛めていました。他の食品がどんどん値上げしていく中、悩んだのですが、15年ほど価格を変えてしていなかったので、思い切ってメインの商品を10円値上げしたんです。一度上げたらもう下げられませんからね。大きな決断でもありました。だけど、お客様にはご理解いただいているようで、影響もさほどありません。ありがたいことです。値上げしたからにはより一層品質に気をつかっていきたいと思います。
Q・原材料は地元産にこだわっているとお聞きしましたが…、原材料価格の社会的な高騰に伴い、仕入れ先を変えようと思ったことはないのですか?
A・考えたこともないです。うちのマルボーロはあの大きさで、あの丸さで、あの味で、ずっと愛されてきたのですから、あのまんまではなくては意味がないんです。同じ仕入れ先でも量を減らし、同じ価格にて小さなマルボーロを売っても意味はありません。原材料は吟味に吟味を重ね、結果、「北島」のマルボーロが出来上がる。そして、ギリギリの配合で作っているので、形を少しでも変えると配合が変わり、味も変わってしまいます。老舗のプライドをかけても、今現在のベストの仕入先からの原材料で、ギリギリの配合で「北島のマルボーロ」の味を守るのが私どもの使命だと思っています。
Q・佐賀の銘菓「マルボーロ」ですが、さがファンでも北島さんのマルボーロはいつも売上トップに入っています。それは何故だと思われますか?
A・「当たり前なことを当たり前にしている」ってことじゃないでしょうか。つまり、職人である私たちが"美味しい"と思うものを作る、ということ。マルボーロの生地は季節どころか、日々、天気や湿度によって焼き上がりが変わってきます。朝起きて出勤するまで、今日はどんな生地の配合にするか…と考えてしまいますね。どの生地づくりが「今日のマルボーロの味にベストか」。職人ならば、必ず考えることですよ。そして、工場で話し合って配合を決めます。
Q・ズバリ、マルボーロってなんなんだと思われますか?
A・生活の一部ですね。もちろん私にとって仕事ではありますが…。日常でも冠婚葬祭でも愛されるマルボーロはシンプルで簡単そうに作れると思いきや…毎日が格闘ですよ(笑)。シンプルだからこそ、柔らかさ、固さ、微妙な食感がお客さんに伝わります。むろん、毎日失敗作も出ます。機械で出来ない味が、うちのマルボーロ。もうこれは職人の長年の勘と経験ですね。毎日の材料調合は一定ではありません、だからいつも美味しさは変わらないのですよ。
Q・北島さんはマルボーロ一直線、その他のお菓子もマルボーロを基本としたものが多いですよね。お土産屋に並ぶような、派手なお菓子がないのは…?
A・うちは地味ですよ(笑)。でも、時間をかけて「美味しいものを作る」とたまたま原材料に近い色になるんですよ。確かに新しい、見た目も鮮やかなお土産にピッタリなお菓子を作ることもできますが、それは只のブームで終わると思い10年持てばよい方でしょうね。私どもは「お客さんに"ウケる"お菓子を作るのではなく、"自分たち職人がほんとうに美味しいと思うもの"を作る」のがモットーです。動機は単純ですよ。お店に並んでいるお菓子たちも全部、自分たちが工場で作ったもので、他店から仕入れたものは一つもありません。
他店と競争するつもりはありません。ただ、ずっと愛され続けてきて、お客さんから「美味しかったよ」と言われる、お菓子づくりを続けていくつもりです。
Q・北島さんにとっての「マルボーロ」の位置付けを教えてください。
A・「北島のマルボーロ」というより、「マルボーロの北島」でしょうか。マルボーロは佐賀銘菓なので、うちが独占するわけにも行きませんし、それぞれの店舗の特徴も好き好きもあるでしょう。だけど、数的には多いですね。マルボーロから派生した花ぼうろ、ごまぼうろなど"ボーロ"系が多いのが特徴です。
Q・老舗の看板を守りつつ、そして攻めていく…以前もそうおっしゃっていましたが、具体的にどうお考えですか?
A・やはり、人づくりですね。今全員で菓子職人が20名ほどいますが、正直、人がなかなか育たないのが現状です。職人は10年修行が当たり前。厳しいようですが、10年たつと不思議といろんなことが見え始め、いろんなことがやれるようになるんですよ。でも数年で辞めてしまうのは、とても残念ですね。この歴史の中、10年なんて短いじゃないですか。今だけを見ていたって、それはブームで一瞬のうちに終わります。10年培ったものが、歴史を背負うんです。私たち、老舗の職人はお菓子作りにおいて、歴史を引き継ぎ、未来につないでいかなければならない。だから、日々の作業もとても大事ですが、目は常に100年先を見ておかねばならないと思っています。
Q・今後の北島さんの展開を教えてください。
A・やはり、職人を立派に育て上げ、一人でも多くお菓子づくりの面白さを伝えていきたいですね。40年の歴史を持つ「花ぼうろ」も大変人気なお菓子ですが、職人が足りないため、大きくアピールすることができません。もっといっぱい作ることができたら、「北島ブランド」として、関東をはじめ、全国に出していきたいと計画しています。お菓子って、「食べたら美味しい。幸せ」っていう単純なものなんですよ。冠婚葬祭、人と会う時…お菓子は人の和を結ぶ大切な媒体。決してなくなるものではないと思います。"その時"に食べたお菓子の味を、五感で覚えていてほしいですね。「ああ、あの時のお菓子は美味しかったな。また買いにいこう」と思い出してくれたら、嬉しい…ラッキーですね!

最近発売、本家・ポルトガルのマルボーロを再現した「オブリガード」。カチカチの表面にバターとしょうがパウダーを塗ったスパイシーな味!(※オブリガードは本店と佐賀市内の支店でのみ販売中)

マルボーロの生まれた地、ヨーロッパをイメージした、ブルー&イエローが北島カラー。
白山町本店には工場が隣接されている

開放的で高級感あふれる店内。取材をしている間も、平日だというのにお客さんの足が絶えることはなかった

丁寧な接客が印象に残るスタッフの皆さんの素顔は気さく。「店頭でもお待ちしております!」

店内では一連の製造工程を描いた映像をモニターで観ることができる

カップにミルクを注ぎ、レンジで温めるだけでできる「マルボーロプティング」は北島独自の提案。プティング用のカップ&ソーサー(有田の深川製磁のもの!)も販売

色鮮やかで美しい和菓子は、1個から販売している。他の焼き菓子もバラ売りで売ってくれるのもうれしい

本店の前、白山名店街の入口は江戸時代初期に創始された佐賀独特の染色品・鍋島更紗の発祥の地の碑が建っている

本店の真横を通る白山商店街は、かつての長崎街道~シュガーロード。ここを通って異国の情報や砂糖を含む物資が運ばれていき、全国に広がっていった。商店街を抜けると歴史民俗館のある街道に出、そしてずっと小倉まで続く
>> 北島のマルボーロの商品はこちらからご購入いただけます。
投稿者 さがファン : 15:40 | コメント (0) | トラックバック
さがファンBOOKS 古川英文さん
2008年01月30日
福博印刷株式会社
新事業推進本部
文化事業推進室
出門堂 編集長
古川 英文さん
"地の利"を生かした活動を-。
入口大変、出口無限。本の世界へようこそ。
「さがファン」のトップページの右横に緑の枠に囲まれた小さなコーナーがあるのをご存知だろうか-?「さがファンBOOKS」。
美味しい食に囲まれた佐賀、伝統と文化が産んだ美しい工芸品を持つ佐賀、大自然に包まれた観光の地、佐賀。今、そのように息づいている佐賀がどのような歴史をたどって現在に至っているか、知る人は残念ながら少ない。何よりも、日本近代の礎を築いた幕末維新時に、佐賀出身の偉人たちがどれだけ活躍し、今の日本につなげていったのかという軌跡は、まだまだ埋もれている。
その埋もれた軌跡を掘り起こし、一冊の"本"という媒体で、佐賀、そして全国に伝えていこうとしている人がいる。古川英文さん。「さがファン」を管理している福博印刷株式会社内出版部門「出門堂」に籍を置く古川さんの本の可能性への想い、故郷・佐賀への熱い想いを語ってもらった。
Q・「さがファン」店主訪問記、初の"食"じゃない店主ですね。まずはその素顔を教えてください!
A・ 現在、福博印刷の出版部門で2人の同僚とともに、日々本作りの企画から販売まで行っています。ここで本作りに関わって3年半。それ以前は東京の出版社で15年ほど編集をやっていました。
東京で仕事をしていく中で、"佐賀"に関わるものごとがなんとなく心にひっかかってきたんですね。佐賀から出た副島種臣(※)に関わる仕事を手がけたりもしました。その間、副島種臣やその背景などについてチラチラ見たりしているうちに、どんどんのめりこんでいきまして・・・・・・。
Q・実際、久しぶりに故郷に戻られ、同じ出版業を始められていかがでしたか?
A・ 佐賀は古代から日本の中で重要な位置を占めた土地で、全国的な観点からも着目すべきことが少なくない。でも、その事実が全国レヴェルでもう少し知られてもいいのでは、あるいは知られるべきなのでは、と思いました。
アニメや物語にはヒーローが出てきますが、卑近なことで言えば、私自身が幕末維新や明治の偉人たちをながめていると、佐賀には本当に生きていたヒーローがいるんですね。私にとっては副島種臣が正義のヒーローだったりする。実際生きたヒーローについて知ることによって、自分自身の人生の教訓、支えになったりすることがある。佐賀にかぎらず全国にたくさんいると思いますが、まだあまり知られていないような人たちの中にも、私たちが生きている上で、なんらか考えさせるような生き方をした人物、あるいは手本となるような人物がたくさんいる。そうした人々について考えることによって、さまざまな問題が提起される。大変地味ですが、そういう人々を掘り出して話題にすることがおもしろくなってきたんですね。
Q・一冊の本ができあがるまでの工程を教えてください。
A・ 本によってさまざまですが、例えば、「八賢伝」は構想約半年、初めての幕末維新案内書として、従来とは異なる視点で、年齢を問わず読めるものを構想しました。
そこで、著者として佐賀を代表する郷土史研究家である福岡博先生に依頼をしたのですが、実は、これ、書いてもらってないんです。福岡先生の前に小学校高学年の女の子を2人座らせて、語ってもらったものをもとに本をつくったんです。
企画の段階で本の出来上がりがおおよそ見えているのが理想です――もちろんいい意味で裏切られたいとは思っていますが――。想定した本にするためにいくつかの手を打つわけですが、この場合は、福岡先生のお力添えを得て、「わかりやすくおもしろい」という感想が多く寄せられ、ホッとしていますね。
Q・構成の面でもいろいろな工夫をされているのですね。
A・ 「あの人はこれをした」だけなら、単なる事実の羅列ですよね。事実というようなことに私はあまり興味がわかない。歴史の中に、事実や史実といわれるようなことが果たしてどの程度あるんでしょうか?
私は昨日の自分の行動すら、例えば「なんのためになにをした」などと「事実」として説明できることが見あたりません。けれども、幕末維新の佐賀の人たちが生きた時代の"立体感"みたいなものを持たせることは意識しました。偉人たちの功績といわれているようなことを、大きな歴史のスケールの中で位置づけてみようと試みました。視点をもつという意味で、歴史を語るというのは過去を知ることではなく、現在を考える、といってもいいんじゃないかと思っています。
Q・本の著者を選ぶ時の基準ってあるんでしょうか?
A・ 本の企画、テーマの輪郭が見えてきたら、知りうる著述をもとに書き手を探し、最終的に1人にしぼります。佐賀を題材にしたことを書いていただくわけですが、"最初に佐賀ありき"、ではなく、"結果として佐賀"、なんですよ。だから著者は全国から探します。
佐賀でいい本、ではなく、全国でいい本を目指しているので。外国人の方も著者候補にいますよ。
Q・編集者としての役割は何だと思われますか?
A・ ぶっちゃけ雑用係、裏方、黒子です。有能なことよりも熱心であることのほうが成果につながるような気がします。でも編集者として、形として"遺る"本を作ることによって、50年後~100年後の読者に対してもそうですが、時代に対して小さなひっかき傷をつけたい、というふうには密かに思っていますよ。
Q・一冊の本で佐賀をアピールすることの可能性と不都合は…?
A・ ずばり"地の利"ですね。地方の優位性。地方だからこそできることがあるような気がしています。今の政治と似たようなところがあるかもしれません。
中央は硬直し、地方の裁量が大きくなっている。中央の商業ベースでは出版できないような、地味な本が地方では出版できる。そしてその出版の意味を読者が想像以上に評価してくれたりするのは驚きです。しかし、デメリットとしてはやはり流通や販売そして告知の面ですね。その本を欲しいと思ってくれる読者まで出版の情報を伝えるのはかなり難しい。ここが今からの課題でしょうね。
Q・まず本を手にとってもらわないと何も始まらない、ってことですね。
A・ 本は、読まないでも買って棚に入れておくだけで意味があると思っています。自分がある時気にかかったという意味での痕跡である本が、棚からじっとにらんでいるようなところがあります。読めば、著者の考える世界に触れるわけですが、そこに読者の世界も発生するのではないでしょうか。そして、棚に戻って10年後に、また再び棚から取り出され、10年前とは違った新しい世界を作り出したりするのです。またあるいは、頁をめくる指の感覚がはたらいたり、カビ臭いにおいがしたり、偶然開いた頁からついつい夢中になって読みふけったり、読書は肉体や感覚のようなものを含めた全身運動のような側面を持っているように思います。
本を読者に届けるのは大変なことですけれども、今後は「さがファンBOOKS」などを利用して、告知や情報を随時更新していこうと思っています。ほったらかしにせず、ネットの有効性も勉強して、ブログも更新して…結構大変ですね(笑)。でも、本は売りたい。いろんな人に知ってもらいたい。頑張ります!
Q・最後に「さがファンBOOKS」に興味を持ち始めたユーザーの皆さんにメッセージを。
A・ 「さがファン」を御覧の方たちは、食や観光に関心をお持ちでしょう。
私たちの視覚や味覚も生まれ育った背景と無縁ではないと思います。本を読むことを通して、視覚や味覚、五感をいろいろな意味でふくらませていただけたらと願います。
※副島種臣(そえじま・たねおみ)1828~1905
佐賀藩士。明治政府の元勲で初代外務卿。「蒼海」「一々学人」と号し、書家としても名高い。佐賀を代表する勤皇家・枝吉神陽の弟で、その言行から「正義の人」「神秘の人」と呼ばれた。
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宗政酒造株式会社 観光事業部 常務取締役 和田 真司さん
2007年12月22日

宗政酒造株式会社
観光事業部
常務取締役
和田 真司さん
"佐賀あっての有田"としてアピールする時期。
他町を巻き込んで、有田―そして佐賀を活性化すべき。
多くの観光資源に溢れている佐賀県。その中で代表的なものを挙げるとすれば、一に「有田焼」といっても否めないだろう。その歴史は約400年―。
伝統と歴史が息づく町、有田に居を構えるのは、佐賀の原料だけを使ったこだわりの焼酎が定評のある「のんのこ」を作り続けている「宗政酒造」さんだ。
空前の焼酎ブームの中、焼酎を楽しむだけに作られた有田焼の器が大ヒットしている等、お酒と器は切っても離せない関係になってきた昨今。そのど真ん中で世の変貌ぶりを見てきた、宗政酒造さんが位置する「のんのこの郷~有田ポーセリンパーク」に約2年ぶりに訪れ、過去、現在、そして未来に向けての展望を伺ってきた。
Q・前回のインタビューから丸2年がたちましたが、大きな変貌はありましたか?
A・おかげさまで、代表作「のんのこ・黒」が福岡国税局で開催された「酒類鑑評会本格焼酎の部」にて5年連続で優等賞を受賞いたしました。佐賀の焼酎ブランドとして、認知度も徐々に上がってきていますね。これからもコツコツと信頼を積み上げていきたいです。
Q・「のんのこ」は佐賀産二条大麦のみを使ったこだわりの逸品ですよね。「原産地呼称制度」にも登録され、他とは一線を画していると思います。
A・この2年で大きく変貌したのが、その"麦"についてなんですよ。以前のインタビューでは、二条大麦の生産は佐賀が日本一であることをこれからアピールしたい、認知度を高めたいと言っていましたが、アピールどころか今、焼酎メーカーが奪い合いの状態なんです!ほとんどの麦焼酎は約90%がオーストラリアなどからの輸入によるものなのですが、この2年の世の流れにて、油価格の沸騰と一緒で麦も不作。海外の麦価格も沸騰し、必然と目は国内に向けられることになったんです。ずっと輸入に頼っていた業者は世の流れで国内産麦に初めて目を向けざるを得なくなった状態で、「えっ、佐賀って二条大麦の生産日本一だったの?」と(笑)。私共にとっては当たり前で、コツコツと地元産にこだわって麦焼酎づくりを続けてきましたが、他メーカーは今原料確保に必死のようですよ。
Q・それはビックリですね!自ら変えようとしなくても、世が必然的に変えてしまった…?
A・かといって、二条大麦の生産地は限られているんです。だから"原料の安定供給"という面で奪い合いになってしまうんですね。ありがたいことに、以前から二条大麦にこだわって、地産地消を推進してきた私共はその奪い合いの輪の中に入ってはいません。さらに、農協さんの協力もあり、新しい品種、原料を作ろうという話も上がっていますので、原料の安定供給の元、安心してお酒を作り続けることもできますし、地域への貢献も目指せる環境が整っています。これもずっと地元にこだわり続けた信頼の証と思っています。
Q・それは、一人勝ち状態ですね!しかも、空前の焼酎ブームで地元・有田焼の"究極の焼酎器"なども大ヒットしています。宗政さんは地域貢献には力強い存在ですね。
A・いえいえ、一人勝ちではいけないんですよ。観光という大きな視点で見ると有田という土地はすたれていく一方なんです。もう有田焼だけでは人は呼べない状態になっているんです。ここ、有田ポーセリンパークも観光客は減少気味にあり、現在立て直しをはかっている状況です。九州に来る観光客は、現在南に流れる傾向にあります。宮崎しかり、アピールの仕方が上手ですからね。ですので有田に人を呼ぶには、やはり近隣の町との協力体制が必要です。有田焼の有田、といっても、そこが佐賀県だという認識は薄い。佐賀は観光資源がたくさんある県です。でも、町だけで完結しているきらいがありますよね。ですので、その町が一緒になって力を合わせ、コラボレーションすれば、有田への観光客も、他町への観光客も増えるのではないかと考えています。いくら歴史と伝統があっても"有田あっての佐賀"はもう通じない時代です。"佐賀あっての有田"にしていかないと。
Q・ここ「有田ポーセリンパーク」では具体的にどのようなことをされているんですか?
A・陶磁器作り、絵付け体験、手びねりやろくろ回しなど、体験型施設が売りですね。
修学旅行生も多く来ます。また、工場でのできたてホヤホヤの焼酎、お酒の試飲は大人の方に好評ですね。有田焼のアウトレットショップも人気です。まだまだ改善の余地がたくさんあるんですが、昨年から有田焼を中心としたイベントや展示会を開催するようになりました。月単位で作家展など、有田町でしかできないことを行っています。
昨秋の有田陶器市に合わせて近隣町の武雄では、佐賀出身の戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の作品展が好評を得ていました。そういった観光コラボレーションをどんどんしていきたいですね。
Q・お酒と焼き物は切っても離せない関係になってきましたね。やはり、地酒、地焼酎は有田焼でいただくのが一番美味しいんですか?
A・磁器の器が地酒、地焼酎には一番合って、一番美味しいと思います。しかし、有田焼は先に器が作られたので、食のために、お酒のために、作られたものではないんですよ。よく"食あるところに器あり"と言いますが、実は有田にはそれがない!焼酎大国・鹿児島では、磁器ではなく土ものの器で焼酎をいただきますよね。鹿児島は最初に焼酎があったから、その焼酎の味に合わせて器ができたんです。順序が逆というわけです。有田近辺にも美味しい食はたくさんあります。伊万里牛やありた鶏…今後は窯元の作家さんと相談して、食に合う器作りができていけたら、と願っています。
Q・2007年度を表現する漢字一文字は"偽"。その通り、佐賀産和牛を但馬牛として売ったり…食のブランド問題が話題になりました。有田焼も偽有田焼が出回っている、厳しい現状を聞きます。
「有田」というブランドについて、どう思われますか?
A・非常に難しい質問ですね。もう有田焼は有田町だけに限定されなくなってきています。どこまでが有田焼と呼んでいいのか、窯元組合等とか、原料はどこのものか?
などつきつめていくと、有田焼そのものがなくなってしまう可能性があります。焼き物は伝統工芸ですが、同時にビジネスでもあります。そこをどう考え、この400年の歴史と伝統と技術を継承していくのか、現在の、そして今後の作り手さんにかかっていると思いますよ。
Q・今後の商品展開はどのような予定がありますか?
A・商品開発販売は随時行っているんですが、今年のバレンタインデーにはお酒入りのチョコレートケーキの販売を予定しています。陶器と一緒にセット販売などして、ここにしか売ってないものを作りたいですね。
個人的には、日本酒分野を拡大していきたいです!
Q・これからは一番寒い季節ですが、美味しい焼酎の飲み方を教えていただけませんか?
A・一般的にはお湯割りですが、オススメは最初、15℃ほどの水で割って、それを1日置いてなじませるんです。そしてお燗につけて飲んだら美味しいですよ~。
Q・では最後に、今後の展開と希望を教えてください。
A・今までも申し上げました通り、外へのアピール、ですね。焼酎だけ、有田焼だけ、
~だけ、ではなく佐賀のいいところを結集して、一緒に外へ有田を含めた佐賀のいいところを広げていきたい。その力を佐賀は持っているんです。そしてアピールしたいと思っているんです。でも持っている、思っているだけじゃ何も事は動かない。ここ2年でがばいばあちゃんや佐賀北高の優勝で、佐賀も全国で知名度が大きく上がりました。
そのノリに個々で乗っかるのではなく、皆で乗っかっていきたいですね。そして、"佐賀あっての有田"として全国の皆さんに認知され、足を運んでいただきたいと強く願っています。

瓶詰めされる前に、混入物が入っていないか1本1本チェックする。

最終検閲が終わったお酒の便は、ラベル貼り、蓋閉めされていく。

流れ作業で箱に詰められていくお酒の瓶たち。工場は1日約8時間の稼動だ。

市場に出るのを待つ商品の箱たち。常時一ヶ月分ぐらいストックがある。

焼酎工場内には16基のタンクがズラリ。一升瓶にして約60万本が随時造られている過程にある。大きな発酵タンクの中でフツフツと呼吸するもろみ。

原料の二条大麦の袋がいっぱい。一袋400kg。一升瓶にすると、約380本ほどの原料。

焼酎の蒸留機。あたり一面、焼酎の豊かな香りが広がる。「のんのこ・黒」は蒸留後は一切水を加えない手法をとっている。

外に面した貯蔵庫。

日本酒(清酒)工場は、焼酎に比べ規模が小さい。これはもろみを温度調節しているところ。この作業を10日、商品完成に約40日。

隣接するテーマパーク「有田ポーセリンパーク~のんのこの郷」。ゴージャスなツヴィンガー宮殿内では、古伊万里や柿右衛門、鍋島藩窯様式など、400年の歴史に及ぶ有田焼の歴史ある作品を鑑賞することができる。(入場大人500円)

宮殿奥には美しいバロック庭園が。晴れた日には散策の後、記念撮影と気どってみたい。

ポーセリンパーク内には、おみやげやさんがいっぱい。中でも「宗政酒造」の試飲コーナーは大人気だ。ほかに手作り陶器体験施設や、有田焼アウトレットショップ、有田地ビールが飲めるレストランなど見どころいっぱい。

有田焼が安く手に入るのもうれしい。さがファンでも好評の、有田焼に詰めた焼酎も販売。
>> 有田観光酒造のんのこの郷の商品はこちらからご購入いただけます。
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東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長 木村 英喜さん
2007年11月26日

東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ
理事事務局長
木村 英喜さん
地道な継続の力が"信頼"として花開く―。
お客様一人ひとりを大事にする信念は変わりません。
「さがファン」オープンから約2年半。開店当初から好調な売れ行きを維持し続け、お客様からの信頼も厚い「肉の味好」さん。お客様のことだけを考えた、徹底した誠実な姿勢、1日も休まない「黒毛和牛怪人のブログ」など、まさに"さがファンの顔"として地位を確立している同店におもむくのは4回目。
近々では、牛肉ブランド偽装問題などが勃発、牛肉業界には大打撃が与えられている中、影響はいかがなものだろうか…?スタッフ内から"事務長"と呼ばれ親しまれている、木村さんに再び会いに神埼郡に足を運んだ。
Q・3回目のインタビューですね。最近のお店、ネットでの傾向はいかがですか?
A・おかげさまで、特定のファンが固定しましたね。お中元、お歳暮はほとんどリピーターで、それ以外は初めてのお客様が多いのですが、1度ご注文いただくとリピーターになっていただけるのは大変嬉しいことです。リピーターの方とはメールのやりとりもすることもあって、「いつもと同じものを同じ場所に送って」と一言だけのツーカーな関係にあるお客様もいらっしゃるんですよ。また、前回から変わっていっているのは、大型取引が多い傾向にあることです。パーティーを良く開かれる千葉のお客様、ゴルフコンペの賞品に使われる茨城のお客様…。着々と信頼度を築いている最中といったところですね。
Q・最近、佐賀産和牛を但馬牛ブランドに偽装した「船場吉兆」の事件が大きく取り上げられましたが…。
A・商売人として目先の欲に走ったなあ、と思いますね。こんなことされたら、消費者は対抗する術がないですよね。業界全体でも信用度はグッと落ちましたし、私は一同業者としても、一消費者としても、この件は恥ずべきことだと思っています。
Q・「肉の味好」さんは、あえてブランドにこだわらず、美味しい佐賀産和牛を安価でお客様に提供したい、というのが信念ですよね。味好さんの目は常に消費者に向けられていますが、それを対特別層である「ブランド」という売り方にどう思われますか?
A・ブランドというものは、信頼が元に成り立っているものです。それが、あの事件で崩れてしまったのは、その信頼を失墜させることになるということですよね。私共はブランドを売るという気持ちは一切ありません。
その信念を貫いているので、この事件によってあまり大きな影響は受けてないですね。
Q・味好さんにとって、お肉に「ブランド」をつけることはどう思われますか?
A・生産者としては、売り方が楽だというメリットはあるでしょうね。でもたどり着くところがブランドではなく、ブランドはきっかけに過ぎないと思っています。肉は日常でいただくもの。ブランドは知名度を上げる等の付加価値なので、それがすべてではないと思いますよ。私共としては、牛をセリで買い付けし、中間マージンを省き、消費者の方に安く美味しいものを届け続けてきました。日ごろ、食べているものを付加価値をとっぱらって安価で売るのが、私共の使命です。"ブランド売り"とは別の道をずっと歩いていると思っていますし、もちろん着地点である目的も違ってきます。"一般の消費者が本当に求めているものは何か?"―その信念は揺るぎません。
Q・今の時世、ネットショッピングをする方は多いと思いますが、こういう事件や他の事件が頻発する中、ネットで食べ物を買うなんて…という不安な方も出てくると思いますが、それに対し何か対策はありますか?
A・"安心して食べていただく"のが一番の目的なので、今まで通り培った信頼を維持し続けることですね。
確かに、今回の事件は牛肉業界にとって大打撃でした。しかし、それをあえて警告、転機ととらえ、私共の地道なやり方を見直してもらうチャンスとも思っています。具体的には牛の識別番号がついた証明書を共に発送したり、という以前からやっていること以外に何かしようとは考えていません。こつこつと信頼を積み上げる、のみです。
Q・お肉についての信頼はどこで取り戻すべきでしょうか?この事件で肉離れは少なからずあると思うのですが…?
A・まず、肉は食べてもらわなくてはわからないですよね。でも、この事件でその最初のアプローチである"食べる"というハードルが高くなったといっても過言ではないことをやはり実感しています。いかに、お客様に食べてもらえるか―これが、本当の肉業界への信頼回復にかかってくると思いますね。建て直しは非常に難しいと思います。1度失った信頼を取り戻すのはとても難しいですからね。私共にはさほど影響はないのですが、業界全体を見ると、美味しい肉を食べてもらうきっかけをどう作るのかが鍵になってくるでしょうね。
宣伝の仕方にひと工夫入れなくては、と思います。例えば、宮崎の東国原知事のように、自ら地鶏を街頭でアピールする等、和牛もそれぐらいの宣伝が必要だと思います。
Q・信頼…難しいですね。しかし、信頼をガッツリつかんでいる味好さんの魅力のひとつに毎日更新の「黒毛和牛怪人のブログ」があると思いますよ。
A・もう750回は超えてますかね~。確かにこれも信頼を築くツールの一つとは思っています。半ば、強迫観念でやってます(笑)。顔が見えない分、私を信頼してもらいたい、店を信頼してもらいたいという思いで、何でもいいので毎日発信しようと。"継続は力なり"ですからね。ブログについては、さがファンの他店の方にもお薦めしたいですよ。大変ですが、毎日続けることで効果は必ずありますから!
Q・さすがですね!それでは、その信念を元に今後の展開を教えてください。
A・今後は、業者間の取引にも重きを置いていきたいですね。料理屋さんや居酒屋さんなど。実際に「さがファン」で肥前さくらポークをお買い上げいただいた方は居酒屋を経営なさっていて、それからずっとお付き合いさせていただいています。また、携帯から手軽にショッピングができるような方向を考えています。
Q・ますます、味好さんの真摯な姿勢に脱帽です。味好さんファン、お肉ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
A・私共はお客様一人ひとりを大事にしていく想いのもと、日々頑張っています。人間の日常生活は変わりないものですからね。今後は少しづつ、形態を変えながら、信念は変わらず、目の前を見るのではなく、少し先を見ながらやっていくつもりです。まだ、私共のお肉を召し上がっていない方は、ぜひ1度試してください。
そして、肉の美味しさの規準をご自身で持っていただきたいです。そこから全てが始まっていくと思っています。

ズラリとならぶお肉。朝10:00開店から、夜9:00閉店まで、お客様のことを考え商品が途切れないようにしている。

売り場は指定農家の写真が並び、肉の顔が見えるように。さがファンの「肉の味好」ネット上でも、指定農家の名前を出している。

実際、お肉をいただいたが口の中ですぐに、トロッととろける柔らかさに感動!!しかも、値段が安価なので、ファンが多いのも納得だ。

売り場から見えるように、加工場が裏手にある。

加工場では肉のカット、パック詰めと大忙し。

鮮やかな手つきで、肉をカットしていく姿に釘づけに。

東脊振の顔、ショッピングセンター『マルシェ』。ここから、美味しい佐賀和牛が全国発信されていくのだ。

これがお肉と一緒に送る「牛肉証明書」。生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記され、信頼の元となっている。

以前から開発に挑んでいたハンバーグも、こんな安価でズラリ。肉質は柔らかめで合挽きでもトロリ。煮込みハンバーグに最適!
投稿者 さがファン : 09:04 | コメント (0) | トラックバック
株式会社 竹八 代表取締役 竹下八十さん
2007年10月31日

株式会社 竹八
代表取締役・竹下八十さん
珍味であり、漬け物―粕漬けといえば「竹八漬」!
佐賀の"おみやげ"として定着させていきたい。
北の玄界灘、南の有明海―。性格のまったく異なる2つの海にいだかれた佐賀。日本最大の干拓地、有明海はいつも穏やかな波をたたえ、秋にはノリ漁業のためのノリヒビとよばれる竹の棒がズラリと並ぶ。その風景は年を越して春まで見られる風物詩となっている。
豊穣の海と呼ばれる有明海の干満の差は最大約6m。稀少な泥のじゅうたんの中には、ムツゴロウを代表にさまざまな変わった生き物が生息し、昔は普通の家庭の食卓に有明海の幸が並んできた。現在こそ水揚げ量は減少したが、その味はしっかり守られ今でも生きている。創業75年、一人の男が作り上げた「竹八漬」。川副町の本社でお話を伺った。
Q・珍味の王様、たいらぎの貝柱を銘酒粕漬けにした「竹八漬」。歴史を教えてください。
A・私の祖父である、竹下八郎が17歳の時に作り上げた有明海珍味の漬物です。彼は昭和7年当時、個人商店を営む兄を手伝っていて、14.5歳のころからこの地・川副町で天秤棒を肩にかけて、朝、海産物を仕入れ、夕方、町に売りに出かけるという行商人をやっていたんですね。その頃は現在と違って海産物の水揚げ量も多量で、そしてもう一つ、今では焼酎が主流ですが、元々佐賀は米どころですので、日本酒が多かったんです。そこから出る酒粕も多量。あまったものは捨てざるを得ないという状況でした。そこで、彼は「どうせ余った海産物と酒粕を捨てるなら…」と海産物を粕漬けにすることを思いついたんです。
Q・海産物の漬け物、って珍しいですよね。漬け物といえば野菜等が多いのですが…。
A・漬け物っていろいろ種類がありますが、大体が塩漬けですよね。だけど当時は塩漬けだと保存できなかったんです。酒粕は発酵食品だったので保存食にもなりました。また酒粕は熟成すると旨みがジワジワと出てきて、元々塩っけがある海産物にマッチするんですよ。現在でも、海産物を漬け物にしているのはここと福岡・柳川ぐらいじゃないでしょうかね。"漬け物でもあり、珍味でもある"というところが大きな特徴です。
Q・創業75年、最初のころと味の違いはありますか?どのように作っているんですか?
A・製法は基本的に当時と変わっていません。「竹八漬」として売り出したのは昭和40年のころで、それ以前は「貝柱漬」として売っていました。戦争時は、祖母がコツコツ作り続けていたようです。現在は職人一人と助手、身内で作っています。一番重要なのは、酒粕の配合具合。これは見て覚える、という感覚しか頼るものはありませんね。だから、今は職人一人が伝統の味を守っていますが、ちょっとした配合の違いで味が変わったりします。また、酒粕は発酵して日々、生きていますから1日1日味は変わっていくんですよ。
Q・漬け物ができあがるまでどれくらい時間をかけるんですか?
A・季節によっても違います。まず酒粕を熟成させるんですが、冬場は約3ヶ月、夏場は温度の都合で約1ヶ月。それから冷蔵庫に保存し約2~3ヶ月おきます。冬場と夏場のものを同じ味にするためには、酒粕の配合やブレンドの仕方を変えたりしています。保存後は、貝柱と酒粕を機械で約30分ほど混ぜ、それから約1~2週間漬け込みます。そしてやっと出荷となるんです。
Q・漬け物の食べごろってあるんですか…?
A・これは好みによりますが…、漬けた最初のころって、あまり塩っけがにじみ出てこないんですよ。粕漬けは1日1日味も変わり、色も変わるんです。賞味期限は常温で90日間ですが、私がお薦めするのは、常温で1ヶ月ぐらいが食べごろのピークですね!
Q・有明海では現在水揚げ量が激減していますが、影響はどの程度ありますか?
A・ここが一番問題ですが…。作る分は簡単なんですが、買い付けが難しいんです。有明海では、現在ではほとんどノリ漁業が主になってしまいました。ノリ漁業の後にウミタケなどの仕入れを行うのですが、仕入れの状態が塩漬けされていたり、されていなかったりとバラバラ。ここ10年で、ノリ漁業もウミタケ漁も後継者が育たなくなってしまい、以前のようにきっちり同じ状態で、安定して仕入れることができなくなってしまったんです。
また、日本酒の酒粕も同じで現在、佐賀はすっかり焼酎派になってしまいました。酒蔵も激減し、酒粕が集まらない…そこで安定供給のために、銘酒を広島や京都から仕入れ、たいらぎにおいては輸入に頼らざるを得ない状況です。
Q・珍味であり、漬け物の「竹八漬」のおいしさはどこにあるんでしょうか?
A・ズバリ、酒粕ですね。もちろん素材も高品質ですが。祖父は何よりも酒粕にこだわったそうです。粕になる酒は吟醸に近い純米銘酒で何種類かブレンドし味を作っていきます。
酒粕は発酵食品だから、日々生きている。だからこそおいしいし、味が変わっていくのも面白いですよね。でもお客様の中にはずっと変わらない味を求める方も多いので、基本は味を変えないように作っています。でも、必ず変わっていきます。酒粕にはクセがなく、味がない食べ物が合います。貝柱はちょっと甘みがあって、適度な塩っけもあって、粕漬けにはピッタリですね。
Q・お客さんの反応はいかがですか…?
A・リピーターで年輩の方が多いです。やはり、食卓には必ず漬け物が置いてあった世代ですからね。また、全国各地で物産展に出品したり、こうやって「さがファン」で通信販売していますが、皆さん最初は「何これ?」から入るようです。珍味なの?漬け物なの?何物なの?って(笑)。でも、一回購入して試していただけるとハマっていただけるようでうれしいですね。私としては、若い方にこそ食べていただきたいです。ほかほかの白ごはんにかけるのもおいしいですが、お酒のつまみには本当にピッタリですから!
Q・漬け物の食べ方、漬け物の日常的な役割って何でしょう?
A・昔は食卓に各家庭で漬けた、漬け物があるのが当たり前でした。今はあまり見られない光景ですね。でもほかほかの白ごはんや、お酒のおつまみに、ひとつ加えるだけで、ごはんやお酒がより美味しくなる。佐賀で今ポピュラーな漬け物といえば、青高菜ですかね。
粕漬けになると、うちと、玄海灘の方で松浦漬、玄海漬というものがあります。有明海の珍味の代表的な漬け物は、うちでも売れ筋No.1の「真がに漬」。唐辛子をブレンドしたピリ辛でごはんにちょっとつけるだけ、お箸でちょっとなめるだけで、ごはんもお酒もいけます。でも人気なのに、クレームも一番多いんですよ。「食べ方がわからない!」って。普通の漬け物感覚でガバッと食べると、口から火吹きますからね(笑)。そこで最近、食べ方の説明書もつけました(笑)。
Q・今後「さがファン」で展開していきたいことってありますか?
A・やはり、まだ知名度が低いので、より多くの皆様に知っていただくようにアプローチしたいですね。物産展のときに、「さがファン」のアドレスを書いたちらしを配ったり…とかですね。また、うちではこれも珍味「わらすぼ」も売ってるんですよ。昔はこの辺りの各家庭の軒下でぶらさがっていたものでしたが、ずいぶん水揚げ量も減ってしまいました。
こちらもビールなどのおつまみにピッタリ。おいしい珍味がたくさんあって、おいしい食べ方がたくさんあるっていうことを、ネットを通じて伝えていきたいと思っています。
Q・これからの「竹八」さんの目標を教えてください。
A・時代は変わっていっていますが、私たちは75年伝統の味を守り続けてきました。昔は「粕漬け=竹八」と呼ばれたものです。先代の祖父が言っていたのは「商いはまごころ」。決して「有名だから買う」のではなく、「おいしいから買ったよ」と言われることを喜んでいました。昔、うちの漬け物を食べた人が「この味だ、変わっていない」と思い出してくれたらうれしいですね。そして、再び、「粕漬けといえば竹八漬」と言われるようになりたいです。そして、全国の人が佐賀に来た時に「佐賀にはこんな味があるんだ!」と発見してもらい、佐賀の特産品として認めていただけるようになれれば…。佐賀に来たから「竹八漬」を買って帰ろう…というように、佐賀のおみやげとして定着させていきたいなと思っています!

ロビーには立派な「竹八漬」の看板が。歴史を感じさせる重厚なシンボル。

佐賀市川副町にある「竹八」。町内には数社漬け物屋さんがある中で一番の老舗。

コツコツと職人の手で作り上げた伝統の味の数々。漬け物のある生活が始めたくなった取材だった。
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嬉野温泉 旅館 大村屋 北川弘文さん
2007年09月26日

嬉野温泉 旅館 大村屋
専務・北川弘文さん
歴史と伝統が息づく嬉野温泉。長い時間をかけて、親しみのある街へ。
多くの温泉地があふれる佐賀県の中で、全国区の温泉といえば「嬉野温泉」。つるつる、 トロトロの泉質が"日本三大美肌の湯"として某メーカーの研究所に選ばれ、各地からファンが日々訪れる。そのお湯のなめらか具合は入ってみないとわからない、全国でも二つとない感触だ。女優や芸能人がひいきにしているという噂も絶えない佐賀が誇るべき温泉地―嬉野温泉。その温泉街で創業天保元年(1830年)、一番の老舗である「大村屋」に赴いた。老舗でありながら、独自の「大村屋特製 抹茶プリン」を新開発。口コミで人気を呼び、ついに昨年には全国のテレビ放送で放映。爆発的人気商品を生み出した顔も持つ、親しみ深い旅館である。昨秋からちょうど1年ぶり、のれんをくぐると変わらない笑顔で専務の北川弘文さんが私たちを出迎えてくれた。
Q・大人気の「大村屋特製 抹茶プリン」ですが、昨冬テレビ放映された後の反響はいかがでしたか?
A・テレビ放映後の1週間ぐらいは注文がひっきりなしでしたね。電話で、ネットで、日ごろ受けない北海道や東北地方の方からのご注文や、その後に別で関西地方のみでテレビ放映された時は、関西圏内からの注文ばかりで、テレビの反響のすごさを感じました。おかげさまで、佐賀、九州だけではなく、全国のご注文リピーターも増えたんですよ。
Q・その後、全国さまざまな場所で抹茶プリンが登場していたらしいですね!
A・おかげさまで、今年3月には東京都内の東急デパート8店舗の「お菓子まつり」に出店させていただきまして、数千個も売れたんですよ。デパ地下の威力ってすごいんですね。そのほかにも、「うちの店に置きませんか」等、オファーが良く来るようになりました。高速道路のサービス・エリアとかもありましたね。でも、このプリンは大量生産ができず、日持ちも1週間という厳しい条件あっての美味しさですから、なかなか需要に対応することができないのが残念ですね。
Q・大村屋さんとしては、この状態をどう受け止めているんですか?
A・嬉しいことだとは思いますが、私どもは本来は旅館業を営んでいるもので…(笑)、プリンが一人歩きしているかな、と感じてもいます。だから、できるだけ多くの人にプリンを食べていただきたい、というより、本当にこのプリンを「美味しい!」と思っていただける方にずっと食べ続けていただきたいと思っています。ですので、ブレイク前から製造方法も量も料金も、もちろん味も変えていませんよ。
Q・特製温泉湯豆腐は、今からの季節にぴったりですね。
A・温泉湯豆腐といったら、嬉野名物ですからね!嬉野では「嬉野温泉湯豆腐協議会」という団体があって、湯豆腐のPRの仕方を日々練っています。さまざまな旅館が湯豆腐をネット販売していますが、難しいのが日持ち。短すぎてなかなか全国まで回らないのが現状です。ただ、本来名物料理は、その土地に来て、そこの空気に触れていただくのが一番美味しいもの。ネット販売の湯豆腐をきっかけにして、ぜひ嬉野に訪れてほしいですね。
Q・今、さがファンで出しているのはプリンと湯豆腐2点ですが、1年前のインタビューの時は、いろいろ商品開発をされていると聞いていましたが…。
A・いろいろ考えてたんですけど、出てないですよね(笑)。…というより、プリンのブレイクでも思ったんですが、新しいものをどんどん打ち出していくよりも、長く親しまれ、愛される商品だけを出したいな、と考え始めたんです。だから、今でもこのプリンと湯豆腐の2つなんですね。でも、プリンは旅館においては季節モノを出す予定です。10月からご宿泊や、お食事のお客様には、抹茶プリンだけではなく、秋の素材、栗を使ったマロンプリンをいただけるようにしています。
Q・旅館の方では10月から新プランが登場とか。詳しく教えてください。
A・10月からコラーゲンたっぷりの「美肌会席」が登場します。お食事のみ、ご宿泊のお客様どちらにも予約していただけます。佐賀産の鶏を白濁するまで2時間ほど煮出したコラーゲン100%の水炊き料理です。こちらに温泉をセットすれば、本当に翌朝はお肌がプリプリになりますよ。いろんなプランがあるので、お気軽にお電話でお尋ねくださいね。また、今年4月から木、タイル、石…と趣の異なる源泉かけ流しの貸切風呂(1人50分・1500円)がオープンして、好評をいただいております。ご予約してどうぞ。
Q・これは女性が飛びつきそうですね。嬉野は"美肌の湯"として有名ですが、他温泉と比べてどこが違う、というのは大村屋さん的に感じるところはありますか?
A・佐賀県内では一番有名な温泉ではありますが、九州新幹線の完成は脅威ですね。それに向けて対策を練っていかなきゃ、というところはあります。嬉野は車で来る分は高速インター近くで便利ですが、公共交通手段がないですからね。また、温泉街の規模としては大分の湯布院と、黒川と同じぐらい。でもあちら側が同規模の宿が多いならば、嬉野は大規模の宿から、小さな宿までバラエティに富んでいますね。宿選びをする分は楽しいんではないでしょうか。また、温泉湯豆腐がいただけるのも嬉野だけですし…ただですね…。
Q・街自体に活力がない、ということではないですか?
A・そう、そうなんです。嬉野は「温泉」が有名ですが、その周辺の観光地、街に魅力があまりないのが懸念点のひとつ。まず、嬉野は"美肌の湯"として、女性に人気の温泉ですが、街が昔の男性中心の歓楽街の名残のまま。湯布院、黒川なんかは上手いですよね。
女性が好きそうなレストラン、カフェ、お土産やさん…。もう街自体ができあがっています。嬉野もお茶をはじめ、陶器…と女性がお湯以外に好む要素がたくさんあるのですから、小ぎれいなお店がこれから増えていかないかなあ、と考えています。その起爆剤のひとつが2年後にできあがる「古湯(ふるゆ)」なんですよ。
Q・「古湯」ってなんですか?あの古湯温泉と関係ないですよね。
A・いえいえ、もともと嬉野には「新湯」「元湯」「古湯」と3種類ありまして。なんといっても歴史のある温泉地ですから。長崎街道の中継地点ですので、江戸時代の参勤交代などのとき、大名さんやさまざまな旅人が疲れを癒すため、無料で入れる公衆浴場があったんです。それこそ、シーボルトや坂本竜馬も入ったでしょうね。いわゆる、今でいう「温泉センター」みたいなものですね。しかし、市が買い上げた「古湯」がおととし春の福岡沖地震で壊れてしまったんです。そちらを復活させる作業が今、進んでおりまして、2年後には、ずっと昔からあったような、洋館風のモダンな建物ができあがる予定なんです。
Q・それは楽しみですね!今後の目標をぜひ教えてください。
A・改めて思いましたが、嬉野温泉って歴史と伝統のある、すばらしい温泉街なんですよね。長い時間をかけてつくりあげてきたものを、すぐに新しいものばかり投入して変えることはできないな、と思いました。私どもの旅館もあと10年余で200年祭。長い時間をかけて、親しみのある街へ、リニューアルしていきたいですね。そのためには、若い世代たちとのバトンタッチが必要。大村屋という旅館そのものもそうですが、嬉野の町全体の活性化のために、若い人たちが嬉野の地に目を向けてくれればと願っています。今は、残念ながら、外に出て行ってしまう若い人が多くて、だからこそ、2年後の古湯完成が起爆剤になれば、と期待を抱いています。また、今夏「高校総体」がありましたが、全国の高校生アスリートたちを泊めて全館貸し切ったり、その応援団が宿泊してくださったり、年に1度は外務省の行事で、欧米各国の要人がご宿泊することもあります。中国の方、韓国の方も宿泊が多く、いずれはパンフレットやネットも、英語、中国語、韓国語を入れなければな、と思っていますよ。嬉野温泉の老舗旅館、結構グローバルに活動してるんです(笑)。
Q・ではネット…「さがファン」での新展開予定を教えてください。
A・これからゆっくり考えていきますよ(笑)。今のところは、プリンと湯豆腐2本だてで。
でもお約束できるのは、プリンは抹茶以外のものを考えているということですね。一応、ですが、期待しててください。

プルンプルンの「大村屋特製 抹茶プリン」。上の抹茶ソースはたっぷり。抹茶自体にほとんど何も入れていないので、シブ~いソースの味が甘~いプリンと絡んで、絶妙の味!

パクッとひとくちで食べてしまわないと、抹茶ソースが口からこぼれ落ちてしまうほど。
さがファンで売っているソースは別袋入りなので、量を調節して食べてもいいかも。

今年春、オープンした貸切風呂。木、タイル、石の4種類。「プリンで儲けたお金で作りました。なんちゃって(笑)」と北川専務。本当でしょうか…!?

激動の歴史を江戸時代から見つめてきた、大村屋旅館。名前の由来は、長崎の「大村藩」からとったもの。当時、長崎と佐賀の関係は深く、参勤交代の時は、宿先の瑞光寺を本陣として、大村屋さんを脇本陣としていた。
投稿者 さがファン : 19:43 | コメント (0) | トラックバック
菓子処村岡屋 江頭絹代さん
2007年08月30日
人とのコミュニケーションや芸術性…人を豊かにする "お菓子の世界" は無限大です!
お菓子の国・佐賀。数々の老舗店舗がのれんを守る中、昭和初期に産声をあげ、一躍佐賀の顔となるお菓子を作りあげた店がある。「さが錦」-国際食品コンクール「モンドセレクション」で3年連続金賞を受賞。洋、和、生菓子すべての技術を取り入れ、佐賀の伝統織物・佐賀錦をイメージした斬新な作品は、お菓子に芸術性が宿ることを世界に知らしめた。前回、工場に取材した時は、徹底した品質管理のもと、お菓子作りに励む皆さんの情熱と技術の素晴らしさを見たが、そのお菓子に対する情熱とこだわりは、お店にも溢れていた―。「村岡屋」さんである。
Q・今、村岡屋さんは県外含めて33店舗あるんですよね!それにしても、この本店の大きさ…すごいですね。
A・お客様の中には「お菓子のデパート」とか「お菓子のお土産処」思っていらっしゃった方も多くて、よそ様の商品をリクエストされることも多いんですよ(笑)。その時は、よそ様のお店の案内や、観光に来られた方には観光どころの案内もさせていただいています。
Q・ライバル店を紹介したりもするんですね!ここ10年で佐賀でもお菓子処がずいぶん減ったと聞きますが…。
A・本当にお菓子処は減りましたね。この間新しいものが求められ、種類が増えていきました。でも、ベースは和菓子のあずきですから、お客様のニーズに応えた商品菓子を作るのはたやすいことではありません。そこで、ライバル店とも情報交換として、お話合いをすることも多いんですよ。佐賀のお菓子の世界を守るという意味でですね。
Q・元々、羊羹1本だった「村岡屋」さんですが、次々に商品開発をされていきますよね。その1発目がもなかの「鍋島さま」。なぜ、丸ぼうろじゃなかったのですか?
A・故・先代社長が本当の商売人、ビジネスマンだったんですね。人脈もあって、お菓子界の兄貴分のような人でした。発想も豊かで、「商売やるなら、他と同じことやったらつまらん」と一番最初から創作和菓子を始め、ネーミングも佐賀の歴史にちなんだものに徹底したんです。また、技術だけにこだわらず、私たち店舗に立つ者には「口紅は絶対つけて、笑顔で!」と細やかな指導をしてくださいました。先代社長の"大きなスケールで、細やかな気遣い"は、今でも受け継がれています。
Q・昭和30年代から今まで、すごい勢いで店舗数が増えていくのですが、まず県内ではなく、福岡へ飛ぶんですが…それは何故?
A・まず、九州の玄関口を抑えれば、県内でも必ず成功する、という先代社長のお考えですね。見事に当たって、その後好景気に乗って、佐賀県内にも店舗を一気に増やしました。
Q・他の老舗店舗と「村岡屋」さんが違うところは、店舗数にあるのですね。
A・そうです。より多くのお客さんが家の近くでお菓子を買えるように、と店舗を広げました。工場直送で新鮮ですし。お菓子を怒って食べる人っていないでしょう。お菓子を食べればホッと落ち着く。より幸せな気分になれる。そんな時間を身近に提供できたら…皆さんの近くのお店にぜひ行ってみてください。
Q・また、店内での無料ドリンクサービスやギャラリーも好評ですね。
A・お菓子に付随する人とのコミュニケーションや芸術性、お菓子を選ぶというゆったりとした空間…そこに現社長が着目して、無料でコーヒーやお茶を味わいながら、ギャラリーで美しいものを目で楽しんでいただく。お菓子だけじゃなく、お菓子の世界が作り上げる文化の世界を楽しんでいただきたいんです。
Q・お菓子はただの美味しいお菓子、じゃないんですね…。接客で気をつけていることはありますか?
A・まず"笑顔"ですね。私どもスタッフは"一期一会"を思って日々仕事に携わっています。声かけを率先して行い、お客様がどんな商品を探しているのかを引き出します。商品説明だけではダメ、販売員である自分たちの意見も会話に織り交ぜると親近感が湧き、気持ちよく購入していただけるんですよ。
Q・「村岡屋」さん本店のお菓子は進物が多いと思いますが、スタッフは風習などの知識を得るのも大変でしょう?
A・知識というより、本来は常識なんですよ。現代では希薄になっていますが、お中元やお歳暮に使われるお菓子は=気持ち。その気持ちを伝えるために、のし一つでも印象が変わるんです。ただの「お中元」や「御礼」よりも、私たちが時々お薦めするのは「松の葉」とのしに書くんですね。松は一年中色が変わらない、そういったところから"いつまでも変わらないお付き合いを…"という意味を込めているんです。日本の風習っていいですよ。





