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佐賀玉屋 梶原喜臣さん

 2009年06月30日

佐賀玉屋 梶原喜臣さん
(株)佐賀玉屋
販売促進室・室長
梶原 喜臣さん

本当に価値のあるモノは、
人と人のつながりから生まれる"満足感"。

 "百貨"とは、「百種類の商品を扱う」という意が語源だ。そして"百貨店"とは、大きな面積の店舗を持ち、多種類の商品を取り扱う店のことである。1852年、フランスで生まれた通称"デパート"。
 昨今では、大型ディスカウントストア、チェーン形態のスーパー、ショッピングモールなどの出現により、その定義が一般的には曖昧になっているのは否めない。しかし、百貨店が百貨店であり続けられるのはなぜか―?
 「佐賀玉屋」は佐賀県唯一の百貨店であり、佐賀市の中央部に位置し、その歴史は昭和5年(1930年)まで遡る。佐賀に住まう人ならば、誰しもが思い出のひとつは持っているであろう存在だ。「さがファン」が開店して5年。初めて、玉屋さんのドアが大きく開く。

Q・「さがファン」開店当初からショップを出されていますが、お話をお聞きするのは初めてです。この5年、ネットショッピングの反響はいかがでしたか?
A・実のところ、あまり力を入れてなかったんですよ。反響はぼちぼち、といったところで、ネットショップに本格的に力を入れる専門部署がなかったので、この5年間、いろいろトライはしましたが、中途半端で頓挫していたのが事実でした。しかし時流も変化し、何よりも、新社長が就任して社の方針が変わったのが、この7月から改めてネットショッピングに取り組む大きな理由です。

Q・「佐賀玉屋」さんは自社のホームページで、ネットショッピングをされずに「さがファン」に一任されていらっしゃいますよね。とても光栄なことですが、それは何故ですか?
A・この7月から自社HPを一新し、そしてネットショッピングも大きく変わります。インターネットの力の大きさと影響力に気付いたゆえのことなのですが、効率の面も考え、ネットショップは自社で行わず、「さがファン」で一括することにしました。自社HPからさがファンに入ることができますし、さがファンから自社HPに入ることもできる…その相互効率性の可能性と利点から、取扱い商品も17件から370件に増やすことにしたんです。

Q・お中元のページで佐賀特産の品が370件!と。
今までの17件の厳選商品は誰がどのようにピックアップしていたのですか?

A・百貨店ですから、実際のお店にはかなりの商品が並んでいます。もちろん、今までのページに載せていた17件の商品は「百貨店・玉屋が選んだ厳選の味」となるわけですが、先ほども述べました通り、ネットショップに力を注げない環境にあったので、年間を通して安定して供給できる、売れ筋の商品を載せていました。中でも「中山牧場の本生ハンバーグ」はヒット商品です。しかし、ネットショップに本格的に力を注げる環境となり、百貨店の強みである商品力、数を増やす、ということをお中元の時期にチャレンジしてみよう!となった次第なんです。

Q・数多くの商品はもちろん、「佐賀玉屋」というブランド名は県内外問わず、かなり強いと思うのですが、そちらを念頭にネット改革をする、というわけですね。
A・新時代到来、と言ってもいいぐらいですね!やはり私自身も、パソコンをあまり触る機会がありませんでしたし、ネットの力を感じてはいませんでした。
しかし、創業約90年「佐賀玉屋」の基盤である、"地域の人と人のつながり"…を改めて考えてみると、地元から離れた、全国の佐賀出身の人とのつながり、というものも大切にしていかなければ、と思ったんです。全国のさがファンさんたちが、「佐賀玉屋」と聞いて、「ああ、懐かしいな」と「あんな思い出があるな」と再び、玉屋と、佐賀とつながってくれたら、と…。

Q・お中元のページは、すべて佐賀県産の商品を取り扱われるとのことですが…お米、お酒、お漬け物…いろいろありますね!
A・"ふるさとの味"がいっぱいですよ。元々、地元の人たちの生活のお役に立つために存在する「佐賀玉屋」ですから、その一環としてお中元という"ギフト"はとても重要だと考えています。佐賀から離れていても、ふるさとの味を楽しんでいただき、佐賀の良さを全国のみなさまにぜひ、感じていただきたいですね。

Q・このご時世、よく言われることですが…ここ近年、大型ショッピングモールが激増しました。
佐賀唯一の百貨店として、その"違い"というものは何だと思われますか?

A・やはり…"人と人のつながり"と思いますね。私どもは、「親切・丁寧・正直」、この3つをずっと心がけています。
人として、接客販売をする上で、お客様が望まれるものを正しい情報を、丁寧なアドバイスとお客様の立場に立った親切な対応でご提供させていただいています。社員も専門分野において、資格を持った者もいるプロのアドバイザーです。モノを売るだけではないんですよ。ショッピングモールは快適な広さ、手ごろな価格に商品量の多さ、という特長はありますが、それに対し、百貨店である「佐賀玉屋」の特長は"人情"とでもいえましょうか。富に、人間関係が希薄になっている現在、人と人をつなぐ"ギフト=贈り物"は、とても価値のあるものだと思っていますし、そちらをお手伝いできることは、私どもの使命でもあると思いますよ。

Q・このご時世、すべてにおいて本質や、価値性が問われていますよね。
百貨店の価値とは、いろいろある中で、"人と人のつながり"はとても大きなものだと…?

A・人それぞれ、"価値"という考えは違いますが、よく"お得感"という言葉が使われますよね。その得、というものが、安さであったり、ポイントが多くつく、というものであったりすると思います。しかしながら、百貨店では細部にまでこだわった、どんな方にでも合う厳選した生活用品を揃えているので、"お得感"は"使ってからわかるもの"と考えています。目先の利得に惑わされない、お客様個人に見合ったモノを、安定した接客で対応させていただき、安心して購入していただく―。こういった人と人のつながりがあってからこそ、90年ものれんを掲げることができていると思っています。

Q・その間から"信頼"という人同士しか築けないものが生まれる、というわけですね。
A・もう、絶対にお客様は裏切れないですよ!というより、お客様に裏切られないようにしないと(笑)。お客様の様々な期待感に対し、満足感をお返しできないと、ですね。ネットショッピングにおいても、その姿勢は変わりません。ですので、すぐに結果や答えが出るものとは思っていません。新しい試みですから、今までお付き合いのあるお客様はもちろん、業者さん、メーカーさんも、「佐賀玉屋」を通して、お互い成長していきたいと願ってるんですよ。

Q・素晴らしいですね!今後の展開、希望を教えてください。
A・変化への対応ですね。この時代でのキーワードはやはり、スピードです。
流行をキャッチする力、売れ筋の把握、クレーム対応の素早さ。そして、商品の充実のためのバイヤーの強化、商品を掘り下げて本当の良さを伝える広告の展開。佐賀玉屋ブランドオリジナルの商品のご提案…今夏のお中元では、佐賀のお酒の小瓶3本と、佐賀県産のおつまみが選べるふろしき包みの「肥前ほろよい小箱」は個人的にもお薦めですね。ふろしきは社員が手作業で一つひとつ包んでいるんですよ。佐賀県唯一の百貨店としてこれらに誠実に対応していきたいと意気込んでいます。

Q・お話をお伺いしていると、ワクワクしてきました!
最後にメッセージをお願いします。

A・ぜひ、ネット上でゆっくりお買い物を楽しんでいただけたら、と思っています。お中元だけではなく、今後も「佐賀玉屋のネットショップ」=「さがファン」で、年間を通して好評の商品を増やしていくつもりです。
全国のどこにいても、ふるさと・佐賀とつながっていける本格的なネットショップづくりを目指していきますので、お好きなときにページをご覧になってくださいね!


>> 玉屋の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:09 | コメント (0) | トラックバック

有明の風 東島吉孝さん

 2009年05月26日

のんのこの郷 池田健太郎さん
有明の風
代表
東島 吉孝さん

海苔はおにぎりの包装紙じゃない!
職人が営業に挑戦して、
本当に伝えられること。


 "本物の味"、"こだわりの味"、"究極の味"――。

さまざまなポスターやチラシに並ぶ、"味"の表現。しかし、本物とは何を規準にそう言うのか?究極とは、どこまでが極めたこだわりのことを、表すのか…?

 佐賀・有明海産の海苔の生産高は文句なしに、全国トップである。その品質もしかり。しかし、その"味"は私たちの食卓に届いているのだろうか…?そんな素朴な疑問を打ち破りつつあるのが、6月から新たに「さがファン」にショップオープンする「有明の風」さんだ。佐賀の美味しさをギュッと詰め込んだ「さがファン」店舗の中で唯一の、海苔取り扱い店がようやく登場する。漁協を通さず、直販に近年挑戦している同店。その"味"が、私たち消費者にダイレクトに届くのも、もう目前である。

Q・「さがファン」初の海苔ショップです。
佐賀は海苔で有名なのに、目新しい感がありますね。参加しようと思われたきっかけは?

A・みなさん、佐賀の有明海産の海苔が有名なことはご存知のようですが、では「食べたことがありますか?」と問いかけた時に、県外の方ほとんどが「ない」とおっしゃるんですね。その理由はたった一つ、「佐賀海苔」を手に入れる手段がないからなんです。私たち生産者は、海苔を作ったら卸業者に預けます。正直に言うと、預けてからは私たちが作った海苔がどの市場で、どういう名前で売られているかわからないんですよ。


Q・そういえばそうですね…。だから直販活動の一環として、「さがファン」に出店されるわけですね!「有明の風」さんの歴史を教えてください。
A・佐賀の有明海で、海苔の養殖が始まったのが昭和27年です。私は4代目にあたりますが、その翌年から漁業と併行して、海苔養殖を始めました。海苔は種を貝殻に培養して網に付けていくのですが、当時は天然の種が熊本の有明海にしかなく、熊本まで種付けに行っていましたね。それから約10年、失敗の連続の後、海苔養殖の黄金時代が到来しました。技術が発達して、人工で種を作れるようになったんですよ。それから、海苔生産1本となりました。私も小学校が終わったら夜中まで手伝っていましたね。技術の発達と共に二期作もできるようになって、安定供給ができるようになったんです。


Q・佐賀海苔は生産高だけではなく、もちろん高品質として有名ですが、それが一般消費者にはなかなか伝わっていない現状をどう思いますか?
A・これも時代の流れですが、昔はお中元やお歳暮等、ギフトのトップ3といえば"高級海苔"でした。持ち運びも軽いし、贈答品にはピッタリだったんですね。それが、宅急便業界等の発達により、缶ビールなどに抜かれてしまったんです。また、食生活の変化も挙げられますね。洋食スタイルの定着や、外食チェーンの台頭により、海苔業界全体の値段付けが下がってきたんです。海苔は漁協でセリにかけられますが、1枚あたりの単価がどの生産者が作っても、供給先が少なくなったから入札価格が全体的に下がり、値段もほぼ同額で取り引きされるようになりました。また、大量生産ができるようになったので、入札価格が下がったんです。そのような時代的な影響力が理由にあげられると思います。

Q・そういえば、美しい缶に入った海苔を思い出しました!今ではあまり見られない光景ですね…。しかし、海苔は主役ではないですが、日本人の食卓に欠かせないものですよね。
A・必ずといっていいほど、あるものですけどね。要はその品質、味ですよね。コンビニに行けば、パリパリの海苔を使ったおにぎり、しっとり海苔を巻いたおにぎり…と目にしますし。ほとんどの方が海苔をごはんについてるもの、という意識しかないんじゃないでしょうか。海苔って本当に美味しいものなんですよ。いつも若手生産者に言うことですが、「海苔はおにぎりの包装紙でいいとや!?」って(笑)。子どもは正直で、うちの海苔をおやつがわりに食べたら、他の海苔はもう食べられん、って言うそうです。それは、ずっと有明海で育ったおじいさん、おばあさん世代の影響があるんですね。人間の味覚は小学校6年生までで決まる、と良く言いますが、今になってその意味がよくわかりますよ(笑)。


Q・そういう環境で育つっていうのはうらやましい限りですね。
6月の今現在、海苔生産はどのようなことをされているのですか?

A・「海苔づくりは海の農業」と言われるように、天気相手にとても繊細な心配りが必要な仕事です。現在はオフシーズンで、10月から種付けが始まります。11月末から3月いっぱいが収穫時期です。二期作ですので、二回にわけ、約5日間かけて収穫を行いますが、取れたての海苔を"一番摘み"といいます。この5日の間でも1日1日、味が変わっていくんですよ!


Q・そもそも海苔に賞味期限ってあるんですか?味はやっぱり落ちるんですか?
A・冷凍保管だと2年は大丈夫とは言われていますが、これも、海苔の作り方次第なんですよ。もちろん、保管において湿気は大禁物ですし、焼きすぎも美味しくないですからね。冷蔵熟成が美味しいと言われる方もいらっしゃいますから、好き好きです。でも、なるべく早めにいただくことをお薦めします。

 よく農業や漁業は"感覚"と言いますうよね。もちろんそれも大事ですが、基礎ができた上でのことです。海苔生産は子育てと似ていて、栄養分をたっぷりとらせて寝かせた後は、外に出して鍛える…いいところは延ばしながら、同時に厳しさを味合わせる…"成長と抑制"の繰り返しです。これが海苔生産の基本なんですよ。栄養分ばかり取り入れて、寝てばっかりじゃ、ひ弱なもやしっ子みたいな海苔ができてしまうんです。感覚というより、海苔の状態を観察しつつ、いかに繊細に心配りができるか、が大切ですね。

Q・海苔の世界って深いんですね~。現在、幻の海苔といわれている「アサクサノリ」の復活を手がけているとお聞きしましたが…?
A・現在、生産しているのは「スサビノリ」という品種です。「アサクサノリ」は食べないとその美味しさはわからないですね!昔はアサクサノリがほとんどだったので、その味が忘れられなくて、今10名ほどで復活させようと頑張っているところです。もし、復活させることができたら、漁協でのセリも別枠扱いになるぐらいの高級海苔になりますよ。アサクサノリは柔らかいので、病気になりやすく、今の時代では作りにくいんです。日本全国の海苔産地の中で、有明海産の海苔は"柔らかさ"が一番の特徴ですからね。

Q・今まで「海苔だけ食べる」という経験がなかったから、海苔本来の味がわからなかったのかもしれません。でも、流行の韓国海苔はお酒のアテやおやつに人気ですよね?
A・昔から海苔を食べる文化は、日本と韓国にしかありません。欧米でも日本食ブームで寿司が流行っていますが、元々欧米の食文化=黒い食べ物はダメ、という図式があるんです。韓国での一人当たりの海苔消費量は日本の倍なんですよ。輸出では中国に負けますが、韓国の海苔生産者が私どもの工場に見学に来ることも多いんです。

Q・2年ほど前から、漁協を通さずに直販を始められたのこと。反響はいかがですか?
A・ここ近年の「生産者直売所」のにぎわいが、すべてを物語っていますよね。生産者の顔が見える、安心した美味しい食材の供給…。今までは、生産者は弱い立場だったのに、今、とても強くなっています。直販も、卸も、生産者がどの方向を向いているか、なんですよ。問屋さんか?漁協か…?私は海苔を食べる消費者の方向を向いてないといけないと強く思ってきました。これを外したら、楽な方向に流れて本末転倒になってしまう…。直販をやって思ったのは、消費者の声が今まで間接的だったのに、ダイレクトに伝わってくる、ということ。実にシンプルですよ。伝えるのもダイレクトですし、また中間業者が入らないので、単価は下がってお客さんは嬉しい。もちろん利益を出すのは絶対ですが…。

Q・しかし、今までの概念をぶち破ってるわけですよね。職人が営業をするなんて大変なことでしょうし…しかし、一番強い、と。
A・固定概念にとらわれていては、何も始められないし、何よりも食べ物は美味しくないといけないわけです。だから、もちろんしがらみ等いろいろありますが、反抗しているわけじゃないですよ(笑)。漁協ともお付き合いをしながら、直販もやる。ただ、海苔の美味しさをより多くの人に届けたいが、ためです!

Q・では、海苔の"本物の味"とは、どんな味のことを言うのでしょうか?
A・海苔生産者が普通に作った、普通の海苔のことですよ(笑)。決して、頑固職人が作ったこだわりの味、でもなく、ストイックに作った究極の味でもなんでもない。海苔生産者が、海苔生産に忠実に向き合って作った、普通の海苔。これが本物なんです。技術は人間が使うものだから、+にも-にもなるわけですよ。そして、技術は自然の力に比べたら本当にちっぽけなもの。毎日、おてんとう様と付き合って、自然と共に生きながら海苔作りを行っています。すべてをそぎおとし、向き合った時に、本当の力が生まれ、本物の味が生まれるんだと思いますよ。その味を、ぜひ、一度お試しください!


海苔一式
「塩のり」は沖縄・石垣島産の塩を使った、「有明の風」の一番ヒット商品


こどもたち
海をきれいにする活動も地域の子どもたちを巻き込んで行っている。
「最初も海、最後も海」-環境活動を通した体験型観光「ブルーツーリズム」をいつか本格的に行うのが夢だそう


>> 有明の風の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 13:34 | コメント (0) | トラックバック

のんのこの郷 池田健太郎さん

 2009年04月28日

のんのこの郷 池田健太郎さん
宗政酒造株式会社
営業部
池田 健太郎さん

作り手から見た、本当の“麦焼酎”の素晴らしさ。
可能性と期待を抱いて、ネットに挑戦。


 佐賀はあらゆる分野でトップクラスである。しかし、その具体性を知る人は多くはない。海苔の生産高は全国一、大豆の収穫量は北海道に次ぎ全国第2位。その他タマネギ、ハウスみかん、陶磁器製和飲食出荷額…全国トップを誇る一次産品がズラリ。歴史が生んだお菓子の消費量も九州で一位。そして忘れてはならない“一位”が、“二条大麦”だ。“焼酎―麦焼酎”の原料である。
多くの酒造メーカーが輸入麦に頼る中、国産~佐賀産の二条大麦にこだわり、焼酎づくりを行っている「宗政酒造」。代表作「のんのこ・黒」が「全国酒類鑑評会本格焼酎の部」にて5年連続で優等賞。そして、清酒「宗政大吟醸」が平成20年度「全国新酒鑑評会」で金賞を受賞したばかりの“のんのこの郷”に再々来訪した。


Q・焼酎ブームも大分落ち着き、固定ファンもできてきましたが、最近「自社通販サイト~リカーショップ のんのこ」を新しく作られたらしいですね。
A・全国のお酒がネットで気軽に手に入るって素晴らしいことだと思うんですね。私どもはこの数年「さがファン」を通してネット通販をしていましたが、自社通販サイトを作ろうという動きはずっと水面下であったんです。そして、昨秋からやっと稼動し始めたのが「リカーショップのんのこ」なんです。メルマガも先日、初めて書いたばかりなんですよ。


Q・「さがファン」でも宗政さんのお酒は人気ですよね。
あえて自社で通販サイトを作ろうと思った理由を教えてください。

A・やはり、可能性があるのならばそれをもっと広げたい!という会社の想いからですね。「さがファン」でも「リカーショップのんのこ」でも同額で出品していますが、いろんな場所から“宗政酒造のお酒”にたどりついてほしくて、自社サイトを作りました。実際、「さがファン」では顧客様がついていまして、「佐賀」や「のんのこ」等の単語で検索すると「さがファン」のサイトにたどり着くことが多いんです。しかし、「宗政酒造」や「麦焼酎」等の単語で検索すると、我が社のホームページにたどり着くことが多いんですよ。そこで、自社のホームページに通販サイトのページを作ろういうことになったんです。


Q・なるほど。入口はいっぱいあった方がいいですからね!
実際、約半年、自社サイトを運営されて、反響はいかがですか?

A・まだまだ、ぼちぼちですね。まずは1年見てみないとわからないですね。「さがファン」の方はコンスタントにお客様が商品を購入していただいていますが、自社サイトはメルマガも始めたばかりですし、まだ広く認知されていません。ただ、面白いことに「さがファン」のお客様は九州の方が多く、自社サイト「リカーショップのんのこ」では、西日本以東のお客様が多いんですよ。こういった動向も、これからじっくり研究していきたいです。


Q・ネット通販に関しては、池田さんお1人で担当されているとか。
昔からパソコンなどに詳しかったんですか?

A・それが全く逆なんですよ。私は農業高校を卒業した後、弊社に入社し製造部にいたんです。3年間焼酎・日本酒を作っていまして、現場の人間だったんです。事情で営業部に異動し、スタートである作り手から、お客様に一番近いラストの段階である発信側に廻り、いわば、180度の転身ですよ!今は一日中パソコンの画面とにらめっこしながら、日々勉強ですね。ネットショップのお知らせを更新したり、新商品をアップしたり、注文の処理をしたり、そして、「さがファン」の担当の方とやりとりしたり、お酒のラベルやポップ作りもします。同じ会社にいるのに、まるで別世界(笑)。でも日々発見ばかりで面白いです。


Q・作り手から見た麦焼酎の素晴らしさを“人に伝える”っていう仕事は、また他の広報一筋で来た人間とは、感覚が違うと思いますが…いかがですか?
A・難しいですね!!今まで、自分の感覚と舌だけであらゆるお酒の良さや悪さを判断してきましたから、それを言葉にして“伝える”っていうのはもちろん初めてのことですので、今、本当に試行錯誤の段階です。ただ、弊社の製造部も営業部も若手が多く、チャレンジの場を与えてもらえるので、あれこれ悩まずに新しいことに挑戦できるんです。自社通販サイトを立ち上げる前には、ウェブの学校に半年通わせてもらいましたし、今後の可能性と期待にどう、自分が挑戦していくのか楽しみでもあります。


Q・作り手側から見た“宗政酒造のお酒の素晴らしさ”とは何だと思われますか?
A・一言で言えば「原料」です。佐賀県産の二条大麦にこだわって、お酒づくりを貫いているところですね。九州といえば芋焼酎がブームですが、麦焼酎はスッキリとして癖がなく、焼酎ビギナーにもお薦めです。女性に人気で、さわやかな喉ごしがお客様には好評をいただいています。輸入麦だとコストが比べて安価になるところを、「佐賀の酒は佐賀の原料でつくる」という信念を曲げずにお酒づくりに携わっている姿勢が、みなさまの評価をいただく理由と思っています。
昔からJAさんと契約しているので、二条大麦の安定供給がはかれ、お客様にも「安心・安全の味」をお届けすることができるんですよ。


Q・佐賀が焼酎の原料となる二条大麦の生産高が全国一位という事実は、あまり知られてないですよね。国産の麦で焼酎を作るのは難しいんでしょうか?
A・製造部にいた時は、1年中休みなしでした。焼酎は1年中作れますからね。そして割高の二条大麦を使い、手間もひまもとてもかかっています。だから、その結果が“本当に美味しいもの”になると信じて作ってきました。現在、お酒の製造では麦焼酎が約90%、残りが日本酒、梅酒等づくりなのですが、今後も麦焼酎をどんどん押していきたいですね。
「二条大麦が原料」ということと、審査の厳しい「原産地呼称制度の認定酒」であること、この2つの素晴らしいポイントを、全国のみなさんに広く伝えていきたいと思っています。


Q・もうすぐ有田の陶器市が開催されますが、歴史と伝統のある「有田」という町の一酒造会社として、展開していきたいことはありますか?
A・有田は400年の歴史と伝統のある、素晴らしい町です。私は出身が隣町の伊万里市なので、幼いころから有田の町が全国に、世界に誇れる町だと知っていました。今、情報を発信する立場にいて思うことは、全国に「佐賀の焼酎」の名前が通ったとしても、「有田」という町は絶対に外せないキーワードということです。有田の陶磁器が地元のお酒を支えているのも確かです。
しかし、若い世代には、まだ有田の世界観が敷居高く、有田=陶磁器、有田=焼酎、とすぐに心に響かないのが現実ですね。もちろん、伝統は引き継いでいかなければなりません。でも今の時代は、新しいことにチャレンジする方も大切だと強く思っています。
ネット通販もそのチャレンジ活動の一環です。伝統がんじがらめではなく、今後はいろんな企画を作っていきたいですね。若手陶芸作家とお酒とのコラボレーションなどのイベントとか…私たち若手がどんどん前に出て行かなくては、と思っています。


Q・頼もしい言葉ですね!
今後、「自社サイト~のんのこリカーショップ」と「さがファン」-ネット通販においての展開予定を教えてください。

A・6月の始めに日本酒がしぼりたての状態であがってくるので、ぜひお試しいただきたいですね。昨年、金賞をとった大吟醸にもひけをとらない味に仕上がっています。
また、ネットショップ限定の「陶都 有田」は、在庫限りになっていますので、ここ「有田ポーセリンパーク」の販売分が連休中になくなる可能性もありますので、お早めにご注文いただきたいです。焼酎としてはギリギリの度数である43℃(限度度数は45℃)なので、冷蔵庫に冷やし、ロックで飲んだらガツンときますよ!焼酎と同時に、夏までは新酒(日本酒)を楽しんでいただき、秋はひと夏寝かしたひやおろしの日本酒も出てきます。焼酎も寝かせれば寝かすほど美味しいので、ぜひ、限定モノはお早めにご購入していただきたいですね。
今後は、ネットショップ限定モノをたくさん出していきたいと思っています。


Q・なんだか、お話を聞いてて楽しみになってきました。
最後にメッセージを。

A・お酒って美味しいのはもちろん、友達や家族、仲間、人と一緒に飲むからこそ、楽しくなれる存在なんですよね。だから、お酒って不景気に左右されないんです。「美味しい!」と言うお客さんの笑顔、「楽しい!」というお客さんの笑顔、その笑顔が出る場をつくっていきたいですね。
本当に美味しい佐賀のお酒を、ぜひ楽しく飲んでください!


最終検閲
瓶詰めされる前に、混入物が入っていないか1本1本チェックする。


瓶詰め1
最終検閲が終わったお酒の便は、ラベル貼り、蓋閉めされていく。


瓶詰め2
流れ作業で箱に詰められていくお酒の瓶たち。工場は1日約8時間の稼動だ。


商品箱群
市場に出るのを待つ商品の箱たち。常時一ヶ月分ぐらいストックがある。


焼酎もろみ
焼酎工場内には16基のタンクがズラリ。一升瓶にして約60万本が随時造られている過程にある。大きな発酵タンクの中でフツフツと呼吸するもろみ。


二条大麦
原料の二条大麦の袋がいっぱい。一袋400kg。一升瓶にすると、約380本ほどの原料。


焼酎蒸留機


焼酎の蒸留機。あたり一面、焼酎の豊かな香りが広がる。「のんのこ・黒」は蒸留後は一切水を加えない手法をとっている。


貯蔵庫
外に面した貯蔵庫。


日本酒温度調節
日本酒(清酒)工場は、焼酎に比べ規模が小さい。これはもろみを温度調節しているところ。この作業を10日、商品完成に約40日。


有田ポーセリンパーク
隣接するテーマパーク「有田ポーセリンパーク~のんのこの郷」。ゴージャスなツヴィンガー宮殿内では、古伊万里や柿右衛門、鍋島藩窯様式など、400年の歴史に及ぶ有田焼の歴史ある作品を鑑賞することができる。(入場大人500円)


ポーセリンパーク正面
宮殿奥には美しいバロック庭園が。晴れた日には散策の後、記念撮影と気どってみたい。


試飲コーナー
ポーセリンパーク内には、おみやげやさんがいっぱい。中でも「宗政酒造」の試飲コーナーは大人気だ。ほかに手作り陶器体験施設や、有田焼アウトレットショップ、有田地ビールが飲めるレストランなど見どころいっぱい。


有田陶器酒
有田焼が安く手に入るのもうれしい。さがファンでも好評の、有田焼に詰めた焼酎も販売。

>> 有田観光酒造のんのこの郷の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:54 | コメント (0) | トラックバック

白玉饅頭 元祖吉野屋 吉村正則さん

 2009年03月31日

白玉饅頭 元祖吉野屋 吉村正則さん
白玉饅頭
元祖吉野屋
吉村 正則さん

伝統と歴史を最新の技術で外へ-
九州の嵐山・川上峡の浪漫を改革。


 「佐賀のお土産といえば、白玉饅頭でしょう」と言う県外ファンも多いのではないだろうか。真っ白でツヤツヤ、まん丸でコロンとしたかわいらしい形、口に放ればもっちもちの皮の中から甘~いあんこの食感が口中にふんわり。

 「白玉饅頭」は生の和菓子だ。ゆえに賞味期限が1日しかもたないため、佐賀に足を運ばないと買えない。そう、ご当地でしか手に入らない稀少なお菓子。伝統と歴史は約120年前に遡り、その存在は400年にも及ぶ。しかし、その白玉饅頭が最新の冷凍技術によって、全国発信が可能になったという。来月から「さがファン」参入予定の、創業明治15年「元祖 吉野屋」へ行ってきた。


Q・お菓子どころ・佐賀ですが、白玉饅頭は日持ちがないため、なかなか外に出ていかなかったですよね。
A・白玉饅頭は佐賀「川上峡」の名物です。大昔は献上菓子であり、約400年前からは町のお祭りやお祝い事用にふるまわれた伝統と歴史ある饅頭なんですよ。形はシンプルで素材もうるち米と小豆と砂糖、そしてほんの少しの塩だけ。でもシンプルがゆえ、手間ひまがかかって作り続けるのがとても難しいんです。私ども吉野屋は創業127年ですが、現在川上峡では、白玉饅頭を作っている店舗は3軒ほどしかありません。現状維持だけで精一杯なところはありましたね。


Q・ホームページやパンフレットなどのPRが素晴らしいですね。
それに伴い、冷凍発信とは!ほぼ改革に近いのでは?

A・ホームページは1年半前に、パンフレットは昨年つくり、そして最新の冷凍技術を使ったインターネット販売・発送は昨年秋から始めました。やはり時代の流れに乗る時が来たのかな、と。でも全国に白玉饅頭の存在を大きくアピールしたい!という気持ちはそこまでなかったんですね。あくまでもここ、川上峡に来てほしいという想いはずっと変わりませんから。冷凍を発案したのは、佐賀を出て全国に住んでいる方の要望からなんです。「ふるさとの味が恋しい」という方々の期待に応えたい、そんな想いから冷凍開発に取り組んだんです。


Q・冷凍饅頭を解凍すれば、買ったその日の味が楽しめるとのこと。
開発までのエピソードを教えてください。

A・とにかく失敗の繰り返しでしたね。最新の冷凍マシンをレンタルし、毎日作っては捨て、作っては捨て。実験に次ぐ実験で、最終的に先代の5代目が食べてOKを出すまで2年かかりました。冷凍饅頭は途中まで普通の饅頭と作り方は一緒です。普通の饅頭は出来たら箱に入れ冷ましますが、冷凍用は熱々の時、急速に冷凍します。個数の分配には気を遣いますよ。


Q・白玉饅頭は生和菓子だから、毎日作る個数の分配が大変でしょう?
A・日々、お客様の来店数が違いますからね。祝日やお祭りがある時期などは、ある程度予測はできるんですが。日常では平均の個数を作り、後は外を眺めながら、お客さんの通りなどを見て作り増しします。1時間で1000個作ることができるんですが、もちろん毎日全部がハケることはないんです。生和菓子ですから、余った分は泣く泣く捨てるはめになるんです。添加物が一切入っていませんからね。
でも、私が六代目になって14年、当初よりも大分個数の分配が読めるようになってきましたね。廃棄数が減ってきました。また白玉饅頭は素材が単純なだけに、仕上がりにごまかしがききません。先々代・四代目はせっかくこねた生地も、気に入らなければ全部捨てていたそうです。


Q・創業明治15年。初代の味と製法をまったく変えずに代々受け継いで127年。
この継続には並々ならぬ努力があったのでは…?

A・マニュアルは一切ないんですよ。とにかく見て覚え、食べて覚え。自分の体で覚えるしかありません。今はベテランのパートさん3人と、私と妻、計5人で切り盛りしています。家族と皆で一つになり、つまみながら作っています。いずれは私の息子が七代目になりますから、まだ6歳ですが息子にも今から教えていきたいと思っています。


Q・ここ「元祖吉野屋」の店舗内にはオシャレなカフェも併設されていて、近くの「イタリアンレストラン吉野屋」にも饅頭が売っていますね。
A・「イタリアンレストラン吉野屋」は1976年に先代・五代目の兄弟がオープンしました。吉野屋は家族経営なので今後は、レストランの方と上手く連携していく予定です。うちのカフェの2Fは座敷になっているので、何かの会合に使ってもらう際に、イタリアン弁当を出したり…。カフェからは美しい川上峡の景色が見えるでしょう?やはりお土産としてだけではなく、「この場所で白玉饅頭を食べてほしい」という想いで作りました。


Q・伝統と歴史を守りつつ、時代の流れに乗っていく…大変だと思うことはありますか?
A・伝統を守るということは大変なことです。お客さんの意見も厳しいですからね。私は六代目ですが、本州の出身で娘婿なんです。なので20年ほど前までは、佐賀、川上峡、そして白玉饅頭の存在すら知らなかったんですよ。だから私が六代目になった当初は相当なプレッシャーでした。
でも、ゼロからのスタート、余計な知識がない分、意見や要望はスーッと入ってきましたし、チャレンジ精神も旺盛でした。歴史と伝統を守りながら、時代の流れに乗っていくという挑戦もできますし。なので、今はとっても楽しいですよ。


Q・立派な自社ホームページで既に冷凍発送を行なっていらっしゃいますが、「さがファン」に参加しようと思われた理由は何ですか?
A・最初は「さがファンブログ」がきっかけでした。好奇心から始めたブログでしたが、意外と反響があったのでそのつながりで「さがファン」本体に参入しようと決めたんです。今まではパソコンなんて…なアナログ人間でしたが、自分から簡単に情報を発信できるブログの可能性にビックリしましたね。
だから、佐賀つながりでまとめて発信できる場「さがファン」には大きな期待をかけています。なんといってもアクセス数が自社ホームページよりもすごいですから。県外の友人に言っても「すごい!」の連発ですよ。新たな可能性や楽しみ、チャレンジがあふれている「さがファン」に、来月お店をオープンする予定ですが、今から楽しみでいっぱいです!


Q・大きな変革をとげようとしている真っ只中ですね!今後の展開予定を。
A・「展開=目標」になるわけですが、土台の信念は「川上峡に来てほしい」この一心です。ホームページ、ブログ、そしてネット販売で、全国に白玉饅頭の存在を知ってもらうことももちろんですが、それを経て「この白玉饅頭のふるさと、川上峡に行ってみよう」とお客様に思ってもらえたら…それが一番の目標ですね。
また、白玉饅頭をベースにした新しい商品も企画中です。何よりも「白玉饅頭=佐賀・川上峡」-この図式をアピールし続けていきたいです!!

外観
創業明治15年。九州の嵐山と呼ばれる川上峡は風光明媚な場であり、初代が商売を始めたころにも、四季折々に多くの人手があった


白玉饅頭
見た目プルプル、食べてモチモチ…秘密は水。
店のそばの井戸水が決め手。時間を置くと表面がカサカサになるので早めに食べよう


きなこ・ごま2点
そのままが一番美味しいが、お好みに合わせきなこやごまも


カフェ外観
3月末になると、大量の鯉のぼりが空を泳ぐ川上峡。佐賀の風物詩のひとつ


カフェ入口
カフェは7年前にオープン。白玉饅頭の他、生和菓子や喫茶を楽しめる


カフェ内観
カフェからは、川上峡の美しい景色を一望できる。
器にも凝っていて、小さな日本庭園もあり浪漫たっぷり。思わず時を忘れそうだ


イタリアン・イタリアンランチ
店から車で5分の「イタリアンレストラン吉野屋」。
ここでも白玉饅頭は購入でき、カジュアルにイタリアンが味わえる

投稿者 さがファン : 16:41 | コメント (0) | トラックバック

伊之助めん 吉岡洋一さん(伊之助製麺株式会社)

 2009年02月28日

伊之助製麺株式会社 第二営業課 課長 吉岡 洋一さん
伊之助製麺株式会社
第二営業課
吉岡 洋一さん

継続とチャレンジは力なり―。
職人と営業の"熱さ"が伊之助を支える。


 そうめんのふるさととして、もはや全国区となった神埼。美しい清流に沿って数々の製麺工場が並ぶ中、ひときわ目立つ「伊之助めん」。さがファンオープン当初の約4年前弱から"美味しい神崎そうめん"の店として不動の地位を築いてきた。今回は約10ヶ月ぶり、そして4度目という最多の訪問。もはや"そうめん"の域を超えて日々変化を遂げ、訪れるたびに発見があるという"前に歩み続ける老舗"―。そのモチベーションを支えている原動力は何か…?菜の花が咲き乱れる小さな春のある日、シーズン前ののれんを再びくぐった。


10ヶ月ぶりの訪問です。2年前の4月に訪ねた時は、今の社長である当時、工場長の川原正広さんにお話をお伺いしました。この間変化したことは…?
A・私は、約2年前に営業として入社しました。前回のインタビュー相手である、営業課長・内山健治に誘われたのがきっかけです。以前は、別の製麺会社にいましたので、同業の内山の事はもちろん、伊之助の存在も良く知っていました。信頼感と期待感から入社して2年…大きな変化を体感しましたね。


Q・具体的にどんな変化があったんですか?
A・私はスーパーで並んでいる日常で一番身近な「ゆで麺」に思い入れがあるのですが、伊之助のゆで麺は品質がとてもいいのに、見た目がバラバラだな、って思っていました。それを入社時から社長に提言していたのですが、老舗という独自の伝統…言い換えれば当たり前のこと、と相手にされなかったんですよ。ただの並べ方、されど並べ方…。社長はご存知、元工場長で制作サイド出身ですので、麺をキレイに並べることが技術的に簡単なことはわかっていらっしゃいますが、どうしても、会社全体が伊之助という伝統にがんじがらめになっているところがあり、中々実現されませんでした。
でも、「伊之助という名前に見合う美しい麺の並べ方をして欲しい」と今年のお正月改めて、社長に進言しましたら、その次の日には麺の並べ方がピシッときれいに変わっていました。たった1日で変わったんですよ。これは「意識改革」ですよね。何もしなければ変わらないことを、私が熱く言い続けたことが叶ったと思いましたね。


Q・吉岡さんが、外から来た方だったから気付いたことなんですね。伊之助さんでは、この4年の間そうめんの域を超えて、麺類全般に及びましたよね?
A・確かに、神埼はそうめんの名産地です。しかし、我々の工場では麺作りで出来ないことはないんですよね。社長は現場の人間だったので、頭が柔らかく、チャレンジ精神が旺盛な人ですから、常に新しい麺作りを模索できるんです。


Q・去年の秋には、佐賀産小麦を使った「五穀豊穣生うどん」が発売され、メディアでも大きくとりあげられましたね。反響はいかがですか?
A・この御時世ですから、日常で食べるゆで麺などはやはり消費者にとって、安価な方がいいんですよね。でも、食への本物志向も同じくして高まっている。これも、営業の私たちが消費者の皆さんや、スーパー等のバイヤーの皆さんの意見を聞いて、市場を把握した上で企画し、商品化にこぎつけました。北九州・福岡のスーパーをはじめ、佐賀市内でも徐々に定着して来ており、贈り物として、セットに加えて、というような注文が増えています。


Q・ただでさえ、輸入小麦も不足していた時期に、国産…しかも地元・佐賀産の小麦を使った生うどんの登場というのは、かなり珍しい試みでは…?
A・業界的に、輸入小麦の不足は大打撃でした。他同業では商品を数回値上げしているところもほとんどでしたが、私たちは絶対に値段、質を曲げたくなかったんです。でも1度だけ上げた時に、そこまで影響はありませんでした。少し値段を上げても御客様がついてきてくれたんですね。生活に、伊之助麺が密着していたんです。そういう方は「五穀豊穣生うどんは高価だ」と購入していただけませんが、たまにセールで2~30円安くすると、バーッと売れるんですよ。顧客様も、「美味しいものを食べてみたい」という興味があるようですね。


Q・伊之助さんはいろいろ商品開発をされていきますよね。老舗なのに守りに入らないところがスゴいですよね。一体どこまで行くんですか?
A・どんなに美味しい麺でも、消費者は世代交代もしていきますし、また人間は飽きも来ます。中身は同じでもパッケージを変えていく食品は多いですよね。常に、お客様に飽きられないよう、いつも変化に対応できるという姿勢と新鮮さをアピールしていくつもりです。そのためには、日々アンテナを張り、同業他社の商品を視察、勉強したり…毎日、動いていますね。


Q・その麺作りの原動力っていうのはなんなんでしょうか?
A・「自分が食べたい、美味しい麺を作りたい」。それだけですね。それは職人も営業も一緒で、その原動力が熱さとなり、社長を筆頭に今の進み続ける伊之助を支えているんです。個人的には、いつか麺だけではなくオリジナルスープを作って売りたいですね。伊之助麺に合う、伊之助だけが作れるスープを。


Q・以前のインタビューでは、ネット販売が課題だとお聞きしましたが…。
A・正直、この問題はまだ続いています。まったくもって力不足ですね。ネット販売を4年もやっているのに、その位置づけができていません。営業をやりながら、ホームページの管理等をやっていると、中途半端になってしまい、ネットの場が生かしきれていませんね。この分野はどんどん伸びていきますから、これから本当にネットの重要性を考えて、「さがファン」担当の方と話し合いながらやっていきたいと思っています。今までは、放りっぱなしで担当の方にぶら下がってた状態で、その存在の大切さを知ろうともしませんでした。これからは、自ら考えて、一緒に相談しながら、力を入れていきたいと思います。


Q・また、ずっと言われていることですが、伊之助めんの麺を直接食べられるお店を作られる計画はどうなっていらっしゃいますか?
A・これも、まだ会社としての考えがまとまっていないんですよ。でも、店を出す考えはずっと消えていません。今、いろいろと調査中です。やるからには中途半端にやりたくないので、完璧に指針がまとまったら、お店を出す時が来るでしょうね。ネットもそうですが、伊之助の看板を背負う以上、何事も中途半端ではいけない…と痛感している現状です。


Q・課題をクリアしながら、どんどん前に進んでいく熱い気持ちは変わらないんですね。今後の展開予定を教えてください。
A・まず、「五穀豊穣生うどん」を他県に発信していきたいですね。佐賀産小麦の素晴らしさを知ってもらうには、まず他県から、と思いますので、佐賀産素材を使った、別の商品と組み合わせ、「佐賀産麺セット」を作ろうと思っています。日常で食べる麺から、贈り物の麺までいい麺を作るという想いをうるさいほど皆、持っていますので、絶対に妥協はせず、伊之助にしかできない商品開発を続けていきたいですね。継続は力であり、チャレンジ精神は絶対必要です!

かわら版
これが好評の手書きの「かわら版」。お客様からの意見も載り、それに対して手書きでハガキを出すなど、暖かい心配りを忘れない


商品:そうめん・そば・うどん・らーめん
そうめんをはじめ、うどん、そば、ラーメンとあらゆる麺を製造している。生麺も好評だ


伊之助石碑
工場前に建つ、神埼町麺祖"伊之助"祭る石碑。感謝を込めて会社が私費を投じて建立。時々、子孫の方が拝みにいらっしゃるという


外観
2階建ての大きな工場。ここで、1日平均そうめんで言えば、約10トンの麺が造られている



まずは、粉をこねることから始まる。工場には約10数人のスタッフの方が常勤している


工場の2階でこねた粉は1階に下り、麺用に薄く伸ばされる



麺用にカットされた生地は、また2階に上がってゆく



1階から上がってきた麺は、5段階に分けて乾燥させられる



まるで“麺のカーテン”が5部屋続く。部屋ごとに温度、湿度が違う。1時間に1度、乾燥状態の抜き打ち検査があるほど厳しい



乾ききった麺は1階に戻ってきて商品用にカットされ、一定量の束にされる



最後は袋詰め。そうめんだとここまでの作業が約10時間ほどだが、うどんなど太い麺の作業は24時間に及び、徹夜作業になるそう



袋詰めされた商品に、不備がないかチェックして終了。その先には、数々の商品名が書かれたダンボールがいっぱい。市場に出るのをまっている麺たちが居た。

>> 伊之助めんの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:23 | コメント (0) | トラックバック

銘菓創園 中島屋 中島勝信さん

 2009年01月30日

銘菓創園 中島屋 中島勝信さん
銘菓創園 中島屋
代表取締役 中島勝信さん

3月にページをリニューアルオープン。
和菓子のおいしさと美しさを満喫展開!

 お菓子どころ・佐賀。2月後半からは「佐賀城下ひなまつり」が佐賀市内を中心に開催され、街に春が訪れる。あちこちに茶席が設けられ、おいしく美しい春のひな菓子が並ぶのを楽しみにしている方も多いのではないだろうか?
 「中島屋」さんは、老舗菓子屋さんが多い佐賀の中でも、一代で築きあげた和菓子&洋菓子店。店名に「銘菓創園」とあるように、社長の中島さんが一から企画し、少人数の職人で新菓子を創り上げるという、クリエイティブなお菓子屋さんだ。中でも人気は「麩餅(ふもち)」。年に9日間しか公開されない、神埼市の紅葉の名所「九年庵」の期間中、1日で約1万個が売れるという名物。現在「さがファン」では麩餅のみの販売だが…どうも大いなる展開予定があるらしい。そこで、準備真っ只中の社長に会いに再訪してきた。



Q・前回のインタビューからちょうど2年ですね。この間、どんな変化がありましたか?
A・やはり、世の中の不景気等がお菓子業界に打撃を与えたのは確かです。小さなことから、お客様の行動が皆さん似てきていますね。月に5回来店していただいた方が3回に減っていったり…と。それでも、昨年末は長崎自動車道の金立サービスエリアに、名物「麩餅(ふもち)」を置き始めたりしているんですよ。少しパッケージを高級めにして、佐賀銘菓のコーナーに置いてあるのですが、売上の出だしは良かったです。でも、こういう試みはまず1年見ないとわからないですからね。そういった意味で、不景気による影響も一概に何とも言えません。先のことは見えませんからね、いい意味でも悪い意味でも。

Q・しかし、昨秋の「九年庵」の「麩餅」は大好評だったらしいですね。
A・おかげさまで、観光バスのバスガイドさんがアナウンスしてくれたり、とほぼ名物菓子になっています。昨年は紅葉のシーズンに合わせ、週末から「九年庵」がオープンしましたから、特に観光客の入りが良かったですね。出だし大好調!って感じで。前年対比でいくとトータルで1割増ぐらいの売上でしたね。天気の影響も大きいのですが、入りの週末が晴れ、平日は曇り、最終の週末は晴れ、と恵まれまして約8万個が売れました。 

Q・1週間で8万個!ってスゴいですね。8万人が「麩餅」を食べたってことですよね?
A・5個入りで茶席に置いてもらっているのですが、大体、観光客の人数に比例しますね。1万人来客の日は1万個、5千人の時は5千個…と。売上うんぬんよりも、「麩餅」の存在のPR力の強さにあらためて驚きました。

Q・「さがファン」では、「麩餅」と「生どら焼き」を販売していたのですが、最近「麩餅」1本にしたのはなぜですか?
A・和菓子、洋菓子含めてうちには約50近くの商品があります。定番商品に季節商品、とさまざまです。その全売上から見れば、名物「麩餅」の売上割合はほんの数%に過ぎないんですよ。だけどブランド力が強く、手堅い商品なのでもっと「麩餅」を売りたい、という理由でネット販売は、今1本にしぼっているんです。しかし、全国のお客様に「麩餅」しか売っていない店、と思われるのもどうかな…?と思い、今、実はネット販売について変化の方向性をたどっている真っ最中なんですよ。

Q・…と申しますと、具体的にどう展開される予定なんですか?
A・確かに、「麩餅」以外の商品も「さがファン」で売りたいんですけどね。商品数が多いので、PR面とかも中途半端なページになりそうでどうかな…?と思い始めたんです。「さがファン」は商品を売るためのサイトではありますが、実際に商品をきっちり紹介して、そこで納得した上で、お菓子を買っていただきたい…そういう想いが強くなりまして、まず、お店と商品すべての紹介をしっかり本格的に載せるホームページを作ろうと決心しました。ネット上で売り買いをするだけではなく、お客様が美しくおいしそうなお菓子の写真を見られて、想像力をふくらましたり、季節のお菓子情報を随時流して、楽しんでいただいたり…。「麩餅」を売っているだけのお店ではなく、素晴らしい和菓子と洋菓子がある「中島屋」という存在をPRしたいんです。そこで、お客様の信頼を得てはじめて、ネット販売につなげられるのではないか?と思っています。


Q・本格的なホームページとのリンクですね。可能性がどんどん広がりますね!
A・管理は今まで以上に大変になってくるとは思いますけど、季節の新商品お菓子などをすぐにお知らせできますし、近くに住んでいる方はお店に足を運んでいただくことも期待できます。でも、お菓子はおいしいだけでもいけないし、美しいだけでもいけない。そのへんをどう写真に撮ってホームページでPRするか…このごろ、いろんな他業者さんのページを観て研究しているんですよ。お金や手間はかかると思いますが、今、がお店のシステムの変えどきだと思っています。ちょうど、春のお菓子が出るころですし…。でも、自分だけでホームページは作れませんし、素人っぽいホームページだと信頼性も落ちますから、今、「さがファン」担当のプロの方にお願いしているところなんですよ。

Q・季節の新商品がお店に行かなくても、ホームページで観てぜひチェックしたいですよ。
A・ホームページオープン、「さがファン」サイトリニューアルは3月を予定しています。今から、春の新商品が出てきますからね。季節の新商品は、企画と試作まで私がみずから行います。それにパッケ-ジ作り、ネーミング作りも私が行いまして、店頭に並ぶまで約二ヶ月。季節のお菓子はほとんどがリニューアルですが、隣接の工場にいる数人の職人と日々、お菓子づくりをしています。

Q・ほとんど、社長が創られるんですね!多才ですね~。
A・いえいえ、今回のホームページ制作の件もですが、常に「うちの和菓子・洋菓子の素晴らしさをどう伝えるか」を模索しています。ネットのことはまだ勉強不足ですが、だからといって“餅は餅屋”と制作担当の方に丸投げすることはできません。どう見せたらより良いか、制作担当さんとガッツリ話し合っていかないと気がすまないんですよ。常に現場にいたいですね。お菓子はおいしいだけじゃダメ…じゃあ、何が足りない?と。ずっと答えを探しながらやっています。その答え探しの一つがホームページ制作ですね。

Q・でも、最近「さがファンブログ」を始められましたよね?とてもキレイなページで、新商品のアピールもされていて……でも、1ヶ月に一度しか更新されないんですけど(笑)。
A・えっ、そうなんですか(笑)!ブログは部下にまかせっきりなので…。新商品のPRの場ですし、口コミの影響ってスゴいんですってね。これは私の管理不足でした…。さっそく、部下に注意をしなくちゃ。折角の機会がもったいないですね!ホームページやブログを始めると、やっぱり管理が忙しくなってくると思いますが、ネットの可能性を駆使しないと意味がないですよね。ブログも見直して、今後に生かしていきます!

Q・それでは期待していますよ。来月からの新「中島屋」さんプロジェクトを。
A・無事、ホームページがアップしたら、今度は夏ごろ取材に来て下さい!お菓子の世界
は春夏秋冬、季節によって楽しむ世界です。1年後、どうなってるか、これも楽しみでワ
クワクしています!ぜひ、長い目で見守っていてください。


麩餅
麩餅の食感は「軽い」!冷たくもっちりとしながら、口の中で溶けていく感覚。
甘さが控えめで、和菓子の苦手な人にもパクパクいける。

店外観
神埼の本店。洋菓子も置いてある。隣接の工場で日々お菓子が作られている。

お菓子
創業時からのヒット商品。「さが平」「佐賀慕情」「くり」。ばら売りがあるのもうれしい。

>> 銘菓創園 中島屋の商品はこちらからご購入いただけます。

<店舗情報>
銘菓創園 中島屋

尼寺本店
佐賀市大和町尼寺802-2 TEL:0952-62-5016

城南店
佐賀市本庄町袋280-2 TEL:0952-23-0585

神埼店
神埼市神埼町大字姉川1347-2 TEL:0952-53-2752

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永渕畜産 永渕義信さん

 2008年12月24日

200901 永渕義信さん
(有)永渕畜産 代表取締役 社長
永渕 義信さん

“さがファン”ショップデビューも間近!
美味しい佐賀産豚をみなさんに。

 佐賀県最南端・太良町。見渡す限りの青い有明海に、深い緑の山々のコントラストが美しい。海沿いの国道は通称・ミルクロードと呼ばれ、冬場はカキ焼きの屋台がズラリと並び県内外から観光客が訪れる。まさに今からが太良町が活気づくシーズンだ。今回訪れたのは山の奥深くにある、豚肉畜産農家を営む「永渕畜産」さん。さがファンには未だ店は構えていないが、デビュー間近の可能性あふれるショップと言っていいだろう。オリジナルブランド「金星佐賀豚」は、数々の賞を総なめにした逸品の豚。隠れざる、佐賀産豚の魅力がみなさんの食卓に上る時を期待して、永渕さんにお会いしてきた。



Q・「さがファンブログ」では周知の「永渕畜産」さんですが、その歴史を教えてください。
A・太良町は戦後の開拓地だったんですよ。食うや食わずの時代、多くの人々が裸一貫で太良町にやってきて、山々を開墾したんです。その一人が先代、私の父でした。今では、みかんの産地として有名ですが、戦後当時はほとんどがサツマイモ畑でしたね。開墾地の真ん中に小屋を一軒建て、そこに10人ほどが一緒に住み、農地を平等に区割りし、その農地の真ん中に自身の家を建て、協力し合いながら作物を作っていったんです。

Q・最初はさつまいもを栽培してたんですね。それから豚肉畜産に切り替えたのはなぜですか?
A・戦後の貧しさが落ち着き、さつまいも栽培が軌道に乗り始めた昭和30年代始め頃、太良町の親戚が豚を数匹飼っていたんです。そこに父が目をつけたのが始まりです。さつまいもを収穫すると、葉が大量に余ってしまい、それを捨てなくてはいけなかったんですね。その葉を豚のエサに使用しました。その頃、みかん栽培も活発に行われ始め、みかん栽培も同時に行っていたんですよ。当時は豚10匹程度を飼育していて、月に3頭出荷するのも多いね、といわれていた時代でした。先代が太良町の開拓理事をやっていたこともありまして、豚畜産をやらないか?と仲間に誘いをかけたのが大きなきっかけで、昭和60年代の太良町の山々は豚肉畜産農家ばっかりだったんですよ! 

Q・そんな歴史があったんですね~。しかし、今は豚肉畜産農家は少なくなりましたね。
A・時代が平成になると、世代交代が一気に始まりまして、後継者がいない農家はどんどん手を引いていったんです。今では5~6軒ぐらいになってしまいましたね。私共も豚畜産をやりながら、みかん栽培も続けていました。でも、どちらも中途半端になりがちになってきたので、時代の流れと共に、みかんで行くのか、豚畜産で行くのか決断しなくてはいけない時期でもあったんです。そこで、豚畜産が後継者不足で衰退していく中、うちは豚一本でやろう!と決めました。それからが、本当のスタートでした。

Q・佐賀といえば、佐賀牛、佐賀産和牛…など牛肉が一般的に知られていますよね。豚肉畜産農家は少ないんでしょうか?また豚の飼育は太良町の土壌に合っているんですか?
A・今では豚肉畜産農家はグッと減りましたけど、佐賀県内では太良町は多い方だと思います。現に、私共の永渕畜産は、佐賀県の豚肉出荷の1割を占めているんですよ。豚飼育に土は関係ありませんが、大自然…空気の美しさ、水の豊富さ、冬でも有明海が持つ熱で、温暖な気候にあることから、太良町は豚飼育にはとても適している場ですね。

Q・現在は大きな農場で、従業員さん20名が働いているそうですね。毎日の仕事、豚飼育から、市場に出るまでの流れを教えてください。
A・農場には、豚の種付けをする「交配舎」、子どもを産ませ、1ヶ月間ほど世話をする「分娩舎」、子豚が離乳してから青年になるまで飼育する「子豚育成舎」、出荷まで見守る「肉豚舎」と4つの舎があり、それぞれ数人で毎日全900匹の豚のお世話をしています。子どもが生まれ、出荷するまでが約半年。それを毎日繰り返すので、豚畜産には季節は問いません。出荷は平均月に1600頭ほど。多い時には2000頭出荷することもありますよ。出荷した豚は、各食肉大手メーカーや、福岡市場の豚肉バイヤーと提携しているので、そちら経由で市場に並びます。直接卸しはしてないんですよ。

Q・オリジナルブランド豚「金星佐賀豚」は食肉業界で様々な賞をとっていらっしゃいますよね。「金星佐賀豚」はいつ生まれたんですか?
A・もともと、サシの入った美しい豚肉を作りたい、と考えていたんです。15年ほど前ですね。そのためには、エサに麦を入れなくてはいけなかったんですが、麦を入れると経費がグッとアップするんです。でも一度作ってみたら、とても肉質がよかったんですね。そこで、提携している大手ハムメーカーが興味を持ってくださり、協力していただいて、そのメーカーから「味わい麦豚」として関西地方の市場で出回り始めました。その後、今から10年前、お世話になっている福岡食肉市場から「おたくの豚、ブランド名つけたら?」と提案があったんです。今まで、「佐賀の豚」として売ってましたからね。当時、ブランド名が流行していたこともあり、わかりやすい方がいいだろう、と考えあぐねてつけた名前が「金星佐賀豚」です。つまり、金星佐賀豚は15年前からうちの定番豚だったんですが、名前をつけることで、知名度があがったのは今から5年前、商標登録してからですね。

Q・名前にインパクトがありますね。このブランド名の由来は…?
A・この農場が「黒金地区」っていうんですよ。夜は美しい星が輝き、昔は山林を利用した木炭生産が盛んで、黒い炭がお金を産むことから「黒金」と呼ばれるようになったんです。その一文字をいただきました。この名前のおかげで、同じ金や銀、という言葉を使った店名の福岡の焼肉屋さんが、金星佐賀豚を使ってくれたりしたんですよ。また、昨年の大相撲九州場所では、懸賞幕も出させていただいたんです。目立ってましたね(笑)!

Q・直売はしていないということでしたが、「金星佐賀豚」はどこで手に入るの?という質問が多くないですか…?
A・そこが、今からの一番課題です。間にメーカーを入れ、市場(スーパー等)に並ぶため、必ずしも「金星佐賀豚」の名前でスーパーに並んでいるわけじゃないんですよ。メーカーや、スーパーが諸事情により、名前を変えて売っていることも多いし、実は佐賀県内、福岡近郊だけではなく、香港でも売っていたりするんです。別の会社がネット販売をしているという話も聞いています。私共、生産者は、出荷したら手が離れますので、消費現場の把握が正直できていないんですよね。でも、もし商品を購入された方に何か問題が起きた場合、必ず生産者に責任追及が及びます。肉は一緒なのに、名前が違う…でも生産者も一緒。確かに、消費者にとってはややこしいですよね…。

Q・せっかくオリジナルのブランド名があるのに、違う名前で市場に出ているなんてもったいないですね。消費者の方には伝わってきませんし…。同名統一で、市場に出せないんですか?
A・できればそうしたいのは山々ですが、いろいろ今までのシステムがありますので、今後、熟考していかなければなりません。私共のホームページをご覧になったり、さがファンブログを見られた方から、「どこで買えるの?」「直売はないの?」という質問を多く受けたりしていますので、「金星佐賀豚」の名前を前面に出して売れるシステム、場所を現在模索中です。

Q・それこそ「さがファン」ならピッタリじゃないですか!
A・もちろん、さがファンショップデビューのやる気はありますよ!今、どういう風にして売るかイメージを考えたりしているんです。ネット販売は自分も利用しますからね。周りに相談しながら、ネット通販への道をこれから実現していきたいと思っています。

Q・これから「さがファン」ショップオープンの可能性がある大金星…といったところでしょうか。今後の展開予定を聞かせてください。
A・現状では、生産だけでは行きづまっているところがあります。新たにすることがないんですね。規模は今のままで充分ですし。ですので、別方向にシフトしていかなくては、と思っています。“食べる方”に持っていきたいですね。ネット販売や飲食業など、「商売」になっていく可能性が高いと思っています。いつになるかまだハッキリしていませんが、ドリップが出にくく、脂身がギュッと締まった高品質の「金星佐賀豚」がみなさんのお口に届くことを楽しみにして、これからも頑張っていきたいと思っています!


肉
さがファンでの販売を意識した、化粧箱入りの贈答用豚肉イメージ

トロフィー
事務所内には、キラキラ目もくらむばかりのトロフィーがズラリ

賞状
賞状の多さから、肉の高品質が伺える。手前は昨年の大相撲九州場所での懸賞幕が並んだ写真

自然
多良岳山系の中腹、黒金地区。広がる畑を有明海が見守るように囲んでいる


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佐嘉の絲 吉本郁雄さん

 2008年11月28日

200812 吉本郁雄さん
(株)ヨシモト (有)佐嘉の絲 代表取締役
吉本郁雄さん

チャレンジの継続から、原点回帰へ-。
新しい試みが、可能性の扉を開く。

 風景で季節を感じられる佐賀。現在、佐賀南部の有明海ではノリヒビといわれる海苔養殖の竿が整然と並び、初冬の訪れを教えてくれる。佐賀平野にたなびく黄金色の麦のじゅうたんは、初夏の来訪の証だ。自然に囲まれた美しい農産国・佐賀県。全国でも有数の高級海苔の産地、小麦の生産高は北海道に次いで全国2位。海苔・小麦…この2つの名産を1つにミックスした"新しい佐賀の名産"ショップが、11月12日に「さがファン」にニューオープン。来年春から佐賀市近郊の小学校で給食の献立にものぼる予定の、"100%佐賀産海苔麺"。地産地消をコンセプトに新たな追求を始めたばかりの「佐嘉の絲」さんは、緑の山々に囲まれた大和町に事務所を構えている。話を伺いにさっそく足を運んだ。



Q・海苔と小麦どちらも佐賀の名産ですよね。そしてそうめんといえば神埼。それらを全て1つの商品に仕上げたいきさつを教えてください。
A・遡ると私の小学校時代が原点なんですよ。私は長崎の雲仙生まれで、祖父、父が漁業を営んでいたので、海苔は身近なものでした。養殖海苔収穫の手伝いの中で、九州産海苔の品質の素晴らしさを肌で感じていたものです。当時、約50年前は海苔一枚10円だったんです。しかし、子ども心でも関心を示したのは、佐賀の有明産海苔は一枚50円。海苔生産者は1年で蔵が4つ建てられる、なんて話を聞いたものです。高級海苔との出会いが、今にいたるきっかけでしたね。

Q・そして月日が流れ…「佐嘉の絲」さんの創立は平成16年、4年前と聞きました。それまで何をなさっていたのですか?
A・「佐嘉の絲」の母体は(株)ヨシモトという会社です。私は実家の稼業を継ぐつもりでしたが、いろいろ学びたいという想いから、長崎の農林省(現・農林水産省)に入庁しました。食料事務所の検査官として、米の等級検査の仕事をしていたのですが、やはりもっともっと現場でいろいろ学びたい、という意志が強く安定した仕事を2年ほどで辞めてしまったんです。それからは旅をしながらフリーター、かたわらで通信制大学の勉強もしていました。そんな若い時、広島で冠婚葬祭に関わる仕事に携わっていまして、その本社が佐賀へ進出を決めたんですね。その流れで佐賀にやってきまして…本当、振り返れば紆余曲折でした。この時点で海苔や小麦は全然出てきませんから…。約30年前の話です。
 会社が佐賀にて(株)ヨシモトと名を改めた後は、冠婚葬祭以外にもいろいろな仕事をしました。冠婚葬祭施設内の喫茶店の経営や、ドライブインの経営など…その中で出会ったのが、佐賀では有名の(株)サン海苔さんだったんです。 

Q・やっと海苔にたどりつきますね。それはいつ頃の話だったんですか?
A・もう…いや、まだ、ですかね。7~8年前だったと思いますよ。そこで、佐賀駅構内にある、佐賀県漁連の直売店(=アンテナショップ)が経営危機にあるという話をお聞きしまして。そこでは有明産の高級海苔を取り扱っていたんです。ここで、私の原点である「海苔への想い」がよみがえってきて、「どうせ、店を閉めるなら私たちの会社に経営権を預けてみてはくれませんか?」とお願いしてみたんです。

Q・それから、直売店をたてなおしていかれたわけですね?どのような方法で経営危機から救ったんですか?
A・まず、手がけて強く思ったことは…これは良く言われることですが、「地元の人間には、品質の良さが客観的にわからない」ということです。外から見たら、とても品質のいいものなのに、それが当たり前だと思っているんですね。つまり、自己評価が低いんです。私は小学校の頃から、佐賀産の海苔に憧れていましたから、その素晴らしさを漁連の幹部の方にえんえんとアピールしました。これには、漁連の方も驚かれたようで、あらためて、「本当に高品質な海苔とは?」という認識と誇りを地元の方も持たれたようです。そう、生産高は全国一というのは周知でしたが、品質も全国一だ!ということを、ですね。

Q・そこから海苔を利用した事業が始まったわけですね。つまり「佐嘉の絲」の創立と。
A・市場に出す有明産の海苔は、きれいにカットしますので、パンの耳のように端っこが余るんです。そこに目をつけまして。端っこといえど、品質は一緒です。今まで捨てていたものを利用できないか、と考えて、考えて…ある日、ハッとひらめいて!ええ、トイレの中でしたね(笑)。元々、栄養価値の高い海苔に、何か穀物を混ぜたら素晴らしい健康的な食品ができあがるんじゃないか、と思っていまして。じゃあ、その穀物とは…佐賀は小麦の生産高は全国2位、神埼そうめんも有名、そして麺は腹もちもいい、うどん、そば…そして洋食ブームでパスタが人気…万人が好む麺を海苔にミックスさせたらどうか!?と。そして、本格的に海苔+麺づくりのために新規事業部として、新しい会社を4年前に設立することにしたんです。

Q・実際、商品化にあたって苦労したことなどはありますか?
A・まずは海苔粉末と小麦粉の配合具合ですね。現在は小麦粉100:海苔粉末4で配合しています。4とは、海苔2枚分を粉末にしたもの。0.5単位で海苔粉末を混ぜながら、味や色、風味を試していったわけですが、今のところこの配合がベストですね。それは、供給の問題もあります。理想は海苔粉末5の割合なんですが、そうなるとコストが割り高になりますから。将来的にはこの配合割合に持っていきたいんですけどね。
 実際、漁連の方が、市場に出す海苔ではなく、出来損ないの安い海苔を使って麺作りにチャレンジしたそうですが、結果はまったく風味もなく、美味しいものではなかったそうです。アイデアは同じですが、素材が「高級海苔」というところに意味があるんだ、と実にわかりやすい例を見させていただきました。

Q・小麦も県産、海苔も県産、安定した供給が必要になってきますね。
A・そうですね、ある程度天井を決めておかないと、商品の質が落ちますし、またコストが高くなります。海苔も小麦も供給どころを決めていて、大変お世話になっているんですが、製麺の方は神埼にある工場でお願いしています。なので、どうしても商品生産に限界は出てくるんですよ。

Q・でもこんな珍しくて美味しい商品なら、発注希望や販売促進アイデアが周りから湧いてくるでしょう?
A・もちろん、それはあります。「冷凍麺にしてみたら?」とか、「もっと販売地域を増やしたら?」とか。…そう、事業拡大ですね。そうできたらいいなあ、と思うこともありますが、基本的に私の考えは、「美味しくて、体にいいものを皆さんにお届けしたい」。それだけなので、商品には真剣ですが、商売の方には執着しない性格なんですよ(笑)。もちろん、販売促進を練れば、利益は上がるでしょうが、利益重視になると多分自分が辛くなるかなぁ、って…。「お金は分相応、楽しく仕事ができるのが一番」と思って、自分自身、ちょっとビジネスの側面から距離を置いてるんです。私や、周りの皆さんが作った愛する素晴らしい海苔麺を別の側面から追求することで、嫌いになりたくないって想いは強いですね。まるで恋愛みたいですよね、相手のことをあまり追求しない方がいい、ほどよい距離を持てばうまくいく…って(笑)。「人生、何事も"丁度よし"」でやっていきたいんですよ。

Q・海苔麺は来年の春から、佐賀市近郊の小学校の給食献立にのぼるんですって?
A・ずっと、健康食のPRとして老人ホームに営業していたんですが、その施設の栄養士さんが、「子どもたちにどうだろう?」という話を持ちかけてくださって、10数校で実現することになったんですよ。一体、どんなレシピになるのかこちらも不明で、楽しみにしているところです。そうやって、地産地消、地域の食育分野に一役買ってくれる、そういうところに喜びを感じます。利益はとんとん、でいいんです。自分や従業員が毎日ごはんを食べられるだけでいいんじゃないかって。お金ではなく、別の場で海苔麺が力を発揮してくれれば、素晴らしいなと思います。12月も初旬から、上海の商談会に行くんですが、ビジネスだ!と意気込んではいませんよ。いろいろ、中国の食事情を学びたい、食べて、遊んで…何かを得てきたいですね。商売は商売ですが、力を入れすぎず、現状を把握しながらやっていく、それが私なりの「丁度よし」だと思っています。

Q・では、今後の展開希望も、そう壮大なものではない、と?
A・そうですね。「さがファン」に店をオープンしたのは「こんな素晴らしいものがあるよ」とPRしたかったという理由からですが、今、できること、すべきことをやっていきたいです。今後どうなるかはまだあまり見えてきていません。その時はその時考えよう、って感じですね(笑)。人生には、余裕が必要だっていつも思っていますから。車のアクセルには遊びの部分が必要、というように。おかげさまで、娘が「のりのりマン」の名前で書いているさがファンブログも好評で、以前に比べ、大分コミュニケーションが広がったと思います。「さがファン」にお店を出して、何かが変わろうとしている…のは確かですね。

Q・うどん、そうめん、パスタ…それ以外に商品化の予定はありますか?
A・今のところはありませんが、商品認知の活動はしていこうと思っています。今夏、佐賀の様々な業種の経営者を集めて「文殊会(もんじゅかい)」という団体を作ったんですよ。「佐賀の食はこんなに素晴らしいんだよ」と一丸となってPRしていく会です。一人でやるより、団体で行動することにより、心強いし、何よりも楽しい。今週末も佐賀駅構内でミニ市場を開くんですよ。「文殊会」は"NOと言わない"のがルール。みんなで意見を出し合うことで、新しい発見や、別の物の見方ができるからですね。会オリジナルの新商品製作案は出ているんですよ。私は会長を務めさせていただいていますが、この会の又の名を「水の上を歩こう会」とも言っています。つまりは、出した足はもう引っ込められない。ただただ、前へ進んでいこう、という意味を込めています。自分ができること、やるべきことをやっていく、そしてやりたいことをやっていく-。このスタンスは生涯現役です。

Q・お話を聞いてるだけで、商品がどうこうというより今後の可能性が楽しみになってきました。最後に、「さがファン」をご覧になっている方々へメッセージをお願いします。
A・佐賀の特産品は本当に素晴らしいものばかり。私は、自分の孫に体にいいものを食べさせたい、という想いから、この商品を作りました。口に美味しく、心と体にも美味しい、ふるさとが産んだ海苔麺。ぜひ、一度お試しになってください。来年には、レシピコンテストなんかもやりたいなって思っているんですよ。佐賀の食で溢れたイベント…考えるだけでワクワクします。海苔麺はどんな素材にもマッチしますので、いろいろ調理法を試してみてくださいね。海苔の風味と味、香りを楽しんでください!

のり
きれいにカットされた商品用の約20cm四方の海苔1枚。この端を使って海苔粉末にする

のり粉末
吹けばフワッと飛ぶ程の、細かい海苔粉末。美しい海苔は太陽に透かすと深いグリーン色で粉末にすると抹茶色に。梅昆布茶同様、お湯に溶かして海苔茶としても楽しめるそうだ

のり作業
事務所の一角では、海苔の端を機械にかけ粉末にする作業が地道に行われている


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投稿者 さがファン : 15:29 | コメント (1) | トラックバック

早津みかん園 早津 昌俊さん

 2008年10月31日

早津みかん園 早津 昌俊さん
早津柑橘園
早津 昌俊さん

"自分の創ったもの"がお客様と共有できれば-。
みかんを通じて、世の中の一員になりたい。

 肌寒くなると、食卓に必ず登場し始めるみかん。農産県・佐賀、中でもみかんは全国有数の生産高を誇る。今回、おもむいたのは「早津みかん園」さん。10月後半、「さがファン」にオープンしたばかりの、できたてホヤホヤのショップの源は、佐賀県最南端・太良町の山の中腹にある。あたり一面緑の山々に点在する様々なみかん園の木々、眼前に広がる美しい有明海。頭上の高い空からは、さんさんとお日様の光が降り注ぐ。季節の風物詩・みかんは秋冬収穫のみ…まさに今からが旬で一番美味しい時期だ。ショップオープンしてわずか5日後という早業ではあるが、既に注文が入っているという期待のさがファン初・果物系農園の主、早津さんに会いに車を長々と走らせた。


Q・このあたりは、本当にみかん農園が多いですね!「早津みかん園」さんの歴史を教えてください。
A・もともとは昭和35年に、父である先代がまだ16歳のころにこのあたりの雑木山を開拓し、みかんの樹を植えたのが始まりです。その頃は、まだ果物を植える農家っていうのは珍しかったんですね。それから時を経て平成元年、先代が亡くなり、私が2代目として受け継ぎました。私は元々福岡でサラリーマンをやっていたのですが、会社を辞め、故郷に戻り、全国を農業指導する師匠の指示のもと、初めてみかん農園の経営を始めたのですが、それは最初、大変でしたね。今のスタイルが落ち着いたのはここ2~3年なんですよ。

Q・みかん園を継ごうと思われたきっかけは何だったんですか?
A・私には兄がいるのですが、なぜか、小さな頃から父は私にみかんのことばかり教えてくれていたような気がします。生まれた時からみかんに囲まれ、遊び場は倉庫のみかん箱でした。父はきっと、兄よりも私の方がみかん好きってわかっていたんでしょうね(笑)。
小学生の時は、彼岸花が咲く時期が嫌いでしてね…みかんは季節モノだから、秋からすごく忙しくなるんです。学校から帰っては夜中まで手伝いしましたね。でも、子ども心ながらに、みかんの収穫は真剣でした。そんな思い出と故郷への想いが忘れられなかったんでしょうね。すぐに継ぐことを決意してUターンしてきたんです。

Q・さぞお父様もホッとされたでしょうね。ところでホームページでも通販をされていますが、「さがファン」に出店しようと思われたのはなぜですか?
A・ホームページは私の趣味から始めたもので、ついでに通販をやってみよう、という軽い気持ちから、だったんです。そんな時、「さがファン」担当者からお話を熱心にいただいて、ネット通販の奥深さを初めて知りました。時勢も時勢ですし、この太良町という小さな町から全国の皆さんに私の作ったみかんが届くなら…と夢がふくらみ、ここは"餅は餅屋"、ということで、担当者さんにお任せすることにしたんです。そのかわり、みかん生産に、より、もっと情熱を注げられる、と思って先日、オープンさせていただきました。

Q・普段はどのような業務をされていらっしゃるんですか?
A・みかんは秋冬の時期モノですので、1年のうち秋冬の収穫以外は、ずっと土や樹の管理です。県内のスーパーや、市場に卸したりしていますが、県内はみかん農園が多いので、市場はもっぱら福岡、東京ですね。日々は、妻ともう1人のスタッフ、3人で農園を営んでいますが、収穫時期になると10数人のパートさんに来ていただいています。また、雑草の刈り取りなども、業者さんに来て手伝ってもらっています。

Q・そもそも、1本のみかんの樹からどれくらい実が収穫できるのですか?
A・約2.3ヘクタール(2万3000m2)の農園に、3年~50年選手の約60本の樹を植えています。平均では、25年選手の樹が活躍するのですが、だいたい収穫量は、樹の年数×4キロで計算しています。ですので、平均でいえば、25年×4キロ=100キロのみかんが1本の樹からとれる計算になりますね。その中で市場に出せる、お客様に出せるみかんは約70%という計算から、木々を管理しています。

Q・土づくり、樹づくりが評価され、佐賀県が認めた「エコファーマー認定」(持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律)を取得されましたよね。
A・肩書き、はあまり気にしていません。むしろ取り組みが大事ですね。土作りにはとても気を配っています。みかん畑には普通、ミミズがいないんですよ。でも、うちにはいっぱい。それは、除草剤を使ってないからなんです。堆肥も化学肥料ではなく、有機質を中心にした肥料、天然ミネラル資材を使っています。農薬もできるだけ減らしてますね。とにかく大変なのは、雑草の刈り取りです。普通は除草剤をまけば一発なのですが、うちでは全部刈り取って、土に戻すんです。戻すと土の中が湿り、水分保持が良くなった状態で、微生物が土の菌を殺さず、雑草を分解してくれるんですね。そして、ふかふかの土壌ができあがるんです。一見、いらない雑草でも新しい土作りに一役買ってくれるんですよ。

Q・しかし、雑草の刈り取りは大変なのでは…?
A・もう正直うんざりですよ(笑)。だって、草に追われる夢をよく見るんですから。確かに除草剤は便利です。雑草は刈り取っても刈り取っても生えてくる。一人じゃ手に負えなので、業者さんに頼むとやはり経費もかかります。春夏秋冬、年間約80人の方に手伝ってもらって、雑草を刈り取るんですよ。
でも農産物づくり、すべてに言えることは、「どこまでできるか」ではなく、「どこまでやりたいか」だと思うんですよね。例えば、みかんの収穫量を増やしたければ、そういう土台づくりをしなきゃならないし、甘いみかんを多くつくりたければ、収穫量は減るけど、土や樹の管理の段階から変えなきゃいけない。秋冬に収穫を終えたら、樹の剪定をし、施肥(さまざまな肥料を与え、土台作りすること)を行い、芽と花を摘みます。この間、雑草を刈り取るわけです。そして、実ができ、摘果をして、市場に出す…。収穫よりも土や樹の管理に時間を多く費やしていますね。

Q・スーパーに行けば、1年中みかんは売っていますが、早津さんはあくまでも旬モノしか出さない…その理由を教えてください。
A・もちろんビニールハウスを使えば、年中みかんは生産できます。私は、みかんづくりを始めて思ったのは、「みかんは生き物を飼うのと一緒」ということ。やはり、旬のモノが一番美味しく、そして栄養価が高いんですよ。施設栽培が性格に合わないっていうのもありますが、旬モノは旬の時期に食べるから美味しく、体にいいんです。それは、農作物をつくって初めてわかりました。私の師匠が言ってくれた言葉「農業者は作物を通じて、人を健康にする義務がある」のとおり、四季と共に生きている私たちにとって、旬のモノを食べるという大切さ、ということを、もっと皆さんに伝えていけたらな、と思っています。

Q・もっと、私たち一消費者も知識をつけないといけませんね…。ところで太良町のみかんが美味しいといわれるのは何故ですか?
A・ひとえに海、ですね。みかんは潮風があたるところは美味しいといわれています。日本の代表的みかん・温州みかんは、暖かいところで生まれ、寒さに弱いみかんです。有明海は冬でも熱を持っているので(海水温度約20℃)、そこからの海風で冷えないんですよ。冬の海は寒い、と思うのは、風によってそう体感するだけであって、実際暖かいんです。それに、海特有のミネラルが潮風と共にのってくるので、太良町は実にみかん栽培に即した場所ですね。反対に温度差が激しい盆地のような場所は、栽培に向いてないんですよ。

Q・なるほど~。みかん生産において、一番大変なことってなんですか?
A・去年と同じものをつくること、ですね。何せ、自然が相手ですから、日照時間、雨量、温度、湿度…違う環境の中、品質を保っていくのは大変です。

Q・では、一番の喜び、嬉しいことって、なんですか?
A・自分の思うとおりのみかんができた時ですね。見た瞬間、味まで想像できますよ。もう、今までの苦労も吹き飛んで「やった~!!」って思いますね。以前…10年ぐらい前までは、父がつくったみかんより、美味しいものをつくりたい、その一心でやってきましたが、最近では、"自分のみかん"をつくりたい、と思うようになってきました。ただ、甘いだけじゃなく、ほどよい酸味を持ったバランスの良い味のみかん。重量感があり、日持ちして、栄養価の高いみかん…。確かに、安くて美味しいみかんをつくれ、といわれたらつくれます。でも、美味しい、と感じるのは人それぞれ。私の基本は、自分が美味しいと思うみかん。それが、自分の思うとおりのみかんです。それを、お客様が買っていただき、美味しい!と共感してくれ、喜びを共有できるのが一番の喜びであり、そして希望ですね。

Q・"自分のみかん"をつくる…大変そうですが、とても楽しそうに感じます。「さがファン」では、今後どう展開していこうと思われますか?
A・まだまだ、ネット通販は入口に立ったばかり。私もちょうど、みかんづくりにおいて、考えの軸が固まってきたところなので、時期的には再・スタート、ピッタリだと思います。もっといいみかんをつくって、もっといろんな人に食べていただきたい。そのためにはもっと研究して、精出して、みかんづくりに取り組んでいこうと思っています。師匠の言葉「人は健康、樹は健全」をモットーに美味しいみかんを太良から全国へ発信していきますので、ぜひ、うちのみかんを食べてみてください!

全景
太良町の山の中腹からは、一面の有明海という絶景。この海風が美味しいみかんをつくる手助けをしてくれる

畑1 畑2
空から降り注ぐ太陽もみかんづくりに欠かせない。代表商品「おひさまおれんじ」のネーミングにピッタリの環境だ

みかん
10月下旬から11月にかけて、完熟していくみかん。まさに今が旬だ

収穫みかん
注文を受けて収穫し、全国に発送するからもぎたて、新鮮なみかんが味わえる

収穫みかん2
もぎたて、何日、何週間かおいたみかん…冬を通じ、甘さや味の変化もみかんの美味しさを楽しむ醍醐味

ログハウス
みかん園には建設中のログハウスが。早津さんが、地域のみなさんが集える場所にしたいと趣味でつくり始めたそう


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投稿者 さがファン : 21:34 | コメント (0) | トラックバック

熊本・大津金時 うまいもちゃん 本田修一さん

 2008年09月29日

代表 本田 修一さん
本田フレッシュ
産直センター
代表
本田 修一さん

お芋は“生きている”必須の穀物。
阿蘇から世界へ―可能性は無限大!

 どの時代にも欠かせない“芋”。戦時中は主食でもあり、お酒の源料にも必要不可欠、家庭のキッチンには必ずといっていいほど常備され、多種な料理法に、焼き芋などのシンプルなおやつ…そう、欠かせないというより、どんな人にも愛されるのが芋ではなかろうか。  今回は「さがファン」初、野菜類・穀物を扱うショップの源へ、足を伸ばした。熊本県・阿蘇のふもと、大津町。初の県外ショップ、初のインタビューである。芋というシンプルで、かつ“食の基本”となる穀物を、新しいカタチで勢いを持って日本国中に発信しているという、「本田フレッシュ産直センター」。私たちにとって身近なお芋に、どれだけの魅力と今後の可能性や期待が望めるのか、はるばる電車と車を乗り継いで店主の本田さんにお会いしてきた。


Q・「さがファン」だけど熊本…しかも、初の野菜類・穀物を扱うショップの登場です。「さがファン」でネット販売をしようと思ったきっかけは?
A・ネット販売はずっとしたいと思ってたんですね。市場に卸したり、各地で直売が主でした。地元・大津町の商工会でホームページは作っていたんですが、販売までいたらず、反響もなく…そんな時に古くからの付き合いである、「さがファン」の担当者さんが話を持ち込んでくれたんです。「これならやれる!」とワクワクしましたね。だから、佐賀と全く無関係ってわけでもないんですよ。佐賀の旧友のおかげで目標が実現したんですから!

Q・「本田フレッシュ産直センター」さんの歴史を教えてください。
A・私は8年前まで普通のサラリーマンだったんですよ。祖父の代から約50年。当時はアルコール用の源料となる、白い芋の栽培が主でした。それが、今市場に出回っている紅色の食用芋の栽培に切り替えたのが約25年前ぐらいですね。現在、東京ドーム2個分の敷地(約1万2000坪)に食用芋の栽培を行っていますが、業務は市場卸、産地直送の直売オンリーでした。「もっと、うちの芋をいろんな人に届けられないか?」の思いのもと、3代目になることを決意して、本格的に他方面へのアプローチに取り組み始めたんです。

Q・東京ドーム2個分!阿蘇のすそ野、大津町は芋の栽培に適している土地なんですか?
A・芋は土と密接な関係があります。大津の土は阿蘇山の黒い火山灰土で、水はけが良く、やせている土。田んぼは水を貯められる土壌じゃないと稲が育ちませんが、畑は水を貯める能力はありません。火山灰土は水が少なくとも、日照りに強く最も芋栽培に適した土壌ですね。昔から、この大津町は芋によって、人々の食が支えられてきたんですよ。

Q・お芋の商品名は「うまいもちゃん」ですが、ネットやカタログの説明表記に"からいも"とあるのはなぜですか?
A・昔から、大津町では「甘藷」のことを「からいも」と呼んでいました。「さつまいも」が一般的な俗称ですが、その流れですね。たまに、お客さんから「からいもって辛いいものことじゃないの?」なんて質問を受けますが…(笑)。品種は「大津金時」というものです。金時は全国どこにもある品種で元の苗は一緒ですが、大津で作られているので「大津金時」。「うまいもちゃん」と名前を付けたのは、他全国の甘藷と差別化をはかるためです。4年前に商標登録をしました。命名はうちの娘なんですよ。「大津金時」として売り出すよりも「うまいもちゃん」の方が親しみがあり、インパクトがあっていいでしょう?今、地元では「本田さんのところの芋=うまいもちゃん」で通るようになりました。名前を変えてから認知度がグンと上がりましたね!

Q・本田さんが3代目になり、「うまいもちゃん」の広がりはどのように変わりましたか?
A・私が携わってきて、思ったことは一農家もやはり時流に乗らなければならない、ということでした。芋農家もたくさんあり、言い換えればライバルもいっぱい。そのためにはどんどん、うちの芋が市場に出回れる土台を作っていかなければ、と。まず、着手したのは全国各地の郵便局にある、各産地の名産を並べた贈答用のカタログですね。どんなに品質が良くても、芋だけパックに詰めても人々の食指は動かない…そこで、地元大津町の名産、すいかやメロンをパックにしたギフトセットや、記念日用にカードや花をセットにしたもの…いろいろ企画を練り、郵便局に売り込みました。おかげさまで巧を奏し、贈答シーズンには全国から注文が、ひっきりなしに来るようになったんですよ。でも、毎回同じセットではあきられるので、日々、企画が頭の中を廻ってるんです(笑)。

Q・「さがファン」もその一環ですね。反響はいかがですか?
A・じわじわときていますね。今のところ、「うまいもちゃん」家庭用贈答用業務用の商品を出していますが、芋は保存環境もあって1年中供給できるのですが、他の青果は旬モノですので、ネットで販売できる時期が限られてくるんです。なので、ギフトセットがパソコンの画面上に登場するのは、時期限定になってしまうんですが、そこをどうにかしたい、もっと、芋を身近に感じてもらい、楽しく食べていただける方法はないか、とやっぱり日々、企画が頭の中をぐるぐる(笑)。今は、電子レンジでチンするだけで、焼き立ての芋がいただける、「真空パックうまいもちゃん」をテストしているんですよ。それを、来年のバレンタインデーのギフトに使えないかな、と日々考えあぐねています。

Q・「うまいもちゃんギフト」は、洗練されている、というより温かみを感じますよ。本田さんも、よく顔を出していらっしゃるし、親しみも感じます。
A・これが狙い、ってわけじゃないんですけどね(笑)。やはり、生産者の顔が見えた方が買っていただく方も安心だと思いますし、あと、ギフト用のカードや、シールなどは業者に頼まないで、全部自宅で手作りしているんですよ!この手作り感も好評のようで嬉しい限りです。それもこれも、パソコンおんちの私に親身になって指導してくれた、「さがファン」担当の旧友のおかげです。いつも新しい世界を教えてくれて、本当にありがたいです。

Q・そもそも、お芋はなぜ1年中供給できるんですか?お芋に旬ってあるんですか?
A・お米と一緒、と思ってもらえればわかりやすいですね。お芋は厳密的に「野菜」ではなく「穀物」なんです。他の葉モノの野菜は、何回も植え、収穫できますが、芋の場合は一回勝負なんですよ。苗を4月半ば~6月半ばに植え付け、収穫は7月末~11月いっぱいで終わらせます。もし、そこで台風など自然条件が悪かったら、本当にやり返しのきかない世界なので、一発アウトですよ。次は来年まで待たなければならない…。お米もそうでしょう?だから、普通の野菜みたいに"旬"というものはなくて、あえて美味しい季節といえば、堀り上げてから約1ヶ月ぐらい寝かした12月~ごろでしょうか。甘みが増し、冬に焼き芋なんて最高ですね。堀り上げた後は、防空壕のようになっている自然の貯蔵庫に保管し、土の中の温度と同じ13℃ぐらいの環境を保っています。だから、質も1年通して変わりませんし、いつでも調整出荷ができるんです。しかし、収穫は一年に一度だけですから、出来高が違うと次年度まで引っ張ってしまうのが怖いところ。失敗は決して許されないんです。だから毎回植え付けの時期になると、1年生のような気持ちになりますね!

Q・だから1年中美味しくいただけ、かつ、値段も変動しないんですね!先日、テレビに出られた後はすごい反響だったとか…。
A・1日中、電話が鳴りっぱなしでしたね!もう追いつかないぐらい。テレビの威力はすごいですね。放映後、1週間は電話の対応に大わらわでした。同時にいろんなホームページで取り上げられるようになり、本当に大反響でした。素直に、「楽しい、潤っているな~!」と実感しましたよ。でも、目下の課題はやっぱり、先ほども述べましたが芋栽培は一発勝負なので、需要があっても供給が追いつかない場合も生じることです。そのためには、もっと畑の面積を増やしたい、という思いもありますが、今でも朝から晩までフル活動なので、労力や人手の問題もあるので、どう解決していこうか、と考えています。

Q・今年の春、苗も販売されていますよね。新しい試みだと思いますが、反響のほどは?
A・何千本もお申込みが来ましたよ!ちょっとの土地があれば、芋は家庭菜園もできますし、いずれはプランターなどでも、芋栽培ができればいいな、と思っています。苗にプランターに土、肥料等をセットにした、「生育セット」なんかも作れないかな、と。作り方はホームページや、メール、電話で対応できますし…夢は広がりますね。

Q・可能性がたくさんありますね!今後の夢、展開予定を教えてください。
A・「うまいもちゃんオーナー」を来年ぜひ、実現したいですね。これはずっと前からの夢なんですが。お米の「棚田オーナー」と同じです。うちの畑で苗つけをしてもらい、管理はこちらで行って、その都度オーナーさんにネットを使って、生育状況を通信して…。芋って土に埋まっているから、何が土の中で起きているかわからないんですよ。堀り上げるまでが楽しみで、それが面白い。自然環境が影響するので、必ずしも記録通りに理想の芋ができるとも限らない。芋堀り体験もできるし、都会の方のレジャーやオアシスにもなる…ぜひやりたいですね!また、芋は戦時中や食料危機の時に、一番役に立つ穀物です。いっぱい「うまいもちゃん」を作って、食糧難の世界の国々へ送りたい…そんな大きな大きな夢も持っています。

Q・今後が楽しみですね!最後に「うまいもちゃん」の魅力のPRをお願いします。
A・「うまいもちゃん」は美しい紅色の皮の中身は鮮やかな黄色の肉質がたっぷり。焼き芋にすると、フワッと焼き上がりますよ。甘みが強いのが特徴です。芋って、生きているんですよ。家に置いておくといつのまにか芽が出て、葉が伸びてしまったっていう経験がありませんか?ビニール袋に入れっぱなしだと、湯気が立ち込めます。生命力がすごく強いんですね。生きたものをいただくのだから、それは美味しいに決まってます。だから、家での保存には気をつけてくださいね。低温に弱いので、冷蔵庫はダメです。日当たりが強いところもダメです。室内の暗い場所に保管をしてください。もし、室内が5℃を下回ったら、毛布をかけてあげてくださいね。夏場は暑くて、すぐに芽が出てしまうので早めにいただいてください。焼き芋、いも天、じゃがいもの代わりに自然な甘みがついたポテトサラダ、お味噌汁、カレー、シチュー、ポテトチップ…と調味料いらずで、美味しい料理がたくさん作れる、甘藷=金時=からいも"うまいもちゃん"をぜひ、お試しください!


畑
東京ドーム2個分、約1万2000坪という広大な敷地に「うまいもちゃん」がどっさり。ここから、全国に美味しさが発信されていく

仕分け作業
事務所では、芋の出来具合によって、「家庭用」「贈答用」「業務用」と仕分け作業が毎日コツコツと行われている

いも
美しい紅色の「うまいもちゃん」。産直なので、価格が市場よりもかなり安いのに驚く。夏には中身も紫色の「パープルスイートロード・うまいもちゃん」も販売開始。お菓子作りに最適だ

>> 本田フレッシュ産直センターの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 16:15 | コメント (2) | トラックバック

東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長 木村 英喜さん

 2008年08月29日

店主木村 英喜さん
東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ
理事事務局長
木村 英喜さん

モノのやりとりだけじゃない。
“顔が見える”ネット世界の可能性を信じて-。

 インタビューも「さがファン」最多4回目。約3年強前の開店当初から、ずっと右肩上がりの「肉の味好」さん。お話を聞くたびに、“お客様との信頼関係の大切さ”、“継続こそが力なり”という徹底した信念が伺える“事務長”こと木村さん。佐賀・吉野ヶ里町の台所、「ショッピングセンター マルシェ」から佐賀県全域、そして全国へ-お肉を通じて様々な情報を日々発信。その地道な発信…コールが、大きな返信…レスポンスとなってきている。常々、お客様の要望に応え、厚い信頼を得るための誠実な姿勢に頭が下がる“さがファンの重鎮”。今回はどんなお話が聞けるのだろうか?期待を胸に事務長と再会した。


Q・4回目ですね!今は夏本番、お肉の売れ行きはいかがですか?
A・時節柄でしょうか…今までは夏はお肉が一番売れるシーズンだったんですけど、今年は厳しいですよ。消費者の皆さんが、いろいろなニュースにより、これまで以上に“食”に対し敏感になっていて、ナマモノであるお肉を用心している傾向にあります。その代わり、バーベキューなど大量買いするお客様の姿を今夏はよく見ましたね。


Q・前回お話をお伺いした際は「牛肉ブランド偽装問題」が問題になった時でした。“お客様との信頼関係”を何よりも大切にされている中、“信頼感”を実感する時は…?
A・リピーターの方が定着して、シーズンごとに「前回と同じものを同じ場所に送って」と頼まれる時ですかね。まるでお肉の質について疑問を持たれないんです。安心されて何回も頼まれていらっしゃるんだろうな、と信頼感を感じます。また、対個人だけではなく、居酒屋さんなどお店に卸すこともしていたのですが、今年に入ってネットで検索されたかなにかで、福岡のある企業さんから大型のご注文をいただきまして。お肉を送る際は、生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記されている「牛肉証明書」を同封するんですが、そちらも安心の元となったのか、その後同企業さんから再びご注文をいただき、別の企業さんにもご紹介していただいたんですよ。


Q・「さがファン」開店当初から1日も休まず!続けられている「黒毛和牛怪人のブログ
が、大きな反響を呼んでいます。まさに信念とされる“継続は力なり”ですね。

A・成果は一朝一夕にして成りません。地方である佐賀のネットショッピングモールがどのように全国に展開していくか…と考えた時、まずは「肉の味好」よりも「さがファン」自体を引き上げることが先だと思いました。「さがファン」のトップページに毎日更新のブログを載せることによって、その積み重ねの姿勢がお客様に届くかなと思い、ここまでやってきました。また、ブログという特性を活かすため、「さがファン」事務局の方と相談し、費用がかからず検索に引っかかる方法、言葉選びなどを学び、どの言葉でお客様がお店のサイトに入ってくるかも研究しました。おかげさまで、以前は「佐賀 牛」などの言葉で入ってくる方が多かったのが、今では「肉の味好」と固有名詞で入ってこられるようになったんです。お客様の注目度、認知度がじわじわ上がってきてることを感じますね。


Q・ブログ以外にもメルマガ配信や、お客様との個人的なメールのやりとりをされているそうですが、ネットを活用することでいろいろ模索はあったのでしょうか?
A・ネットビジネスはいろいろありますが、洋服等は売上がすごいですよね。目的に合ったものをボタン1つで買えるから、販売員を通す手間が要らないわけです。だけど、私共が求めるのは、「安心・信頼」です。なので、あえて顔が見える商売をしたい、とお客様とのコミュニケーションを何よりも大事にしていきたいと、そこに手間をかけているんです。
お客様へのメール一斉配信だけじゃなく、一人ひとりコミュニケーションをとることで、遠くにいる方ともお店で直接やりとりしているというような感覚を大切にしています。


Q・「さがファン」だけにとらわれず、その姿勢はコミュニティサイト「さがファンブログ」にも随分反映されていますよね。どのようにご自身、周りが変化しましたか?
A・地域に限定したコミュニティサイト「さがファンブログ」にも参加させていただくことで、今までネット上での付き合いだった人と、実際にお会いして付き合えるようになりました。オフ会などにも積極的に参加することによって、実際、同じく商売を頑張っている方、自分自身の趣味である焼き物、お酒に携わっている方にお会いし、人脈が一気に広がりましたね。おかげさまで、商売の方にも反映して、今まで県外注文がほとんどだったのに、県内注文が増加の傾向にあります。実際、来店される方も増えているんですよ。


Q・ブログではご趣味の焼き物、お酒、郷土への愛情も溢れた文章を拝読しています。それが一方通行ではなく、輪が広がっていっているということでしょうか?
A・面白いことに、どこからか情報が入ってくるんですよね。情報を発信すれば、情報が返って来る。それが「さがファンブログ」の面白さというか可能性だと思います。つながりがつながりを呼び、輪になっていく、ネットの力のすごさを感じています。


Q・ネットはまさに使いよう…ですが、あらためてネットビジネスを3年強続けてみられて、どう感じていらっしゃいますか?
A・全国的に「肉の店」だと、ライバルがものすごく多いんですが、「佐賀産和牛の店」になると、随分限られてくるんです。その中でも、お客様が「肉の味好」を“自分だけのお気に入りのお店”にしていただきたい、と日々奮闘していますね。「さがファン」事務局が開催する講習会に参加すると、いろんなショップの方がいらっしゃいます。個々スピードや思い入れは違いますが、私共はネットという環境を存分に活用しようと、焦らずに一歩一歩、歩んでいます。今までになかった世界を切り開け、実際に売上も上がっていますし、この世界に携われてよかった、と今では心から思っています。


Q・「さがファン」というショッピングモール、「さがファンブログ」というコミュニティサイト…両方携わり、違いや可能性などはどう思われますか?
A・「さがファン」では、着地点が「商品に対する情報発信」「お肉に対する安心・信頼」=“お肉を売る”ですが、肉だけの内容だとつまらないので、日々模索しながら書いています。「さがファンブログ」は、県内のコミュニティですので、割と自由に商売っ気のないコメントも書けるんですね。でも“県内”というくくりから外れれば、全国のお客さんも引っかかるのかな?とも考えています。つまり、お肉のブログ?コミュニケーションのブログ?というところに最終的にぶつかるんですが、ブログに関しては思いもしないところに伸びていくので、その可能性をどう活用するか、が今後の課題です。「さがファン」では構造上、実際にお肉を買った方のコメントが届きませんが、「さがファンブログ」ではダイレクトに届き、口コミで広がっていくんです。もはや、ネットはモノのやりとりの場所ではないですよ。だから、これからは“一さがファンの店”としての兼ね合いも考えますね。


Q・ブログを拝読していると、お肉はもちろん、佐賀、郷土愛が伝わってきます。その中でネットというツールは重要なポジションを占めていると思いますが、今後どのような佐賀の良さをPRされていきたいと思われますか?
A・佐賀は農産物、海産物、伝統工芸品、歴史、温泉、人情、そしてお肉、とお宝ザックザクの土地です。特に私はライフワーク的に古唐津を趣味としているんですが、焼き物なんて日本、いや世界の宝ですよね。佐賀の宝は日本の宝。それを大事にしながら、じわじわとコツコツとPRしていきたいと思っています。宮崎のようにPRをガンガンすれば、佐賀も全国的に認知されるでしょう。でも、佐賀は“変わらないものを保ちながら、少しづつ変わっていく”という土地性です。急激な変化は望まれませんし、私も望んでいません。その“佐賀流”を守りながら、自分なりにいろんな人に佐賀の素晴らしさを伝えていきたいです。残念なのは、佐賀は良いところだらけなのに悪いところがひとつ。佐賀人自体が佐賀を日本の宝だと気付いてないところ(笑)。私は佐賀を誇りに思いますよ~!


Q・最後に“つながっているみなさん”、“これから出会うみなさん”にメッセージを。
A・お付き合いの最初は“顔を合わせる”ことだと思っています。ネットは便利で、やりとりも楽ですが、本当の人付き合い、コミュニケーションとは、顔を合わせ話をすることだと思っています。だから、私はずっと顔を出し続け、私をわかっていただき、みなさまのお店、お肉に対する安心と信頼をいただくために、ネットででき得る最大限の可能性を追求していくつもりです。ネット上の付き合いが、リアルな付き合いにつながれば、こんなに嬉しいことはないですね。今後もどうぞ、よろしくお願いいたします!


マルシェ売り場
ズラリとならぶお肉。朝10:00開店から、夜9:00閉店まで、お客様のことを考え商品が途切れないようにしている。


マルシェ売り場2
売り場は指定農家の写真が並び、肉の顔が見えるように。さがファンの「肉の味好」ネット上でも、指定農家の名前を出している。


マルシェ牛肉アップ
実際、お肉をいただいたが口の中ですぐに、トロッととろける柔らかさに感動!!しかも、値段が安価なので、ファンが多いのも納得だ。


マルシェ加工場
売り場から見えるように、加工場が裏手にある。


マルシェ肉パック詰め
加工場では肉のカット、パック詰めと大忙し。


マルシェ肉カット
鮮やかな手つきで、肉をカットしていく姿に釘づけに。


マルシェ外観
東脊振の顔、ショッピングセンター『マルシェ』。ここから、美味しい佐賀和牛が全国発信されていくのだ。


牛肉証明書
これがお肉と一緒に送る「牛肉証明書」。生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記され、信頼の元となっている。


ハンバーグ
以前から開発に挑んでいたハンバーグも、こんな安価でズラリ。肉質は柔らかめで合挽きでもトロリ。煮込みハンバーグに最適!


>> 肉の味好の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 10:23 | コメント (0) | トラックバック

サガントスオンラインショップ 中川理恵さん

 2008年07月29日

店主中川理恵さん
株式会社サガンドリームス
オフィシャルショップ 担当
中川 理恵さん

チームグッズ=ブランド。
グッズはサポーターとクラブの“架け橋”

 「夢結蹴」のスローガンをもとに、20代の若手選手28人が結集した2008年度のサガントス。現在はJ2リーグで5位(7月24日時点)の成績だが、今期のリーグは大混戦のため、1試合ごとに順位が上がったり、下がったり…とサガントスもJ1昇格を狙える位置に喰らいついている状況だ。Jリーグの中でも、一番若手がそろい、明るく元気いっぱいというチーム。よく走り、パワーとスタミナ溢れ、チームワークは抜群だ。そんなサガントスを応援するのに欠かせないのがグッズ。全国から手軽にオフィシャルグッズが手に入る…さがファンでも大好評の、サガントスオンラインショップを手がける、(株)サガンドリームス――鳥栖のスタジアムのショップに再び足を運んだ。


Q・3回目の訪問です!まず、ウイントス君のぬいぐるみの出来具合いは…?
A・作ってる段階です…と言ってもう2年がたってますね(笑)。実は、もう出来ているんですよ。ただ、諸事情によりまだ市場に出てこれないんです。ごめんなさい!できれば今年中にはみなさんにお披露目したいと思ってます!何度も試作したんですが、ぬいぐるみは「かわいい」と思ってもらうのが命。ウイントス自体はかわいいんですが、立体にするのが大変難しく、すごく時間がかかりました。でも先日、ホームゲームで対戦チームのサポーターが大きなぬいぐるみを抱えて観戦にやって来たのを見て、早く市場に出したい思いでいっぱいになりました。お客様からの要望も強いですしね。


Q・New商品が続々と出ていますね。キッズものも登場し始めましたが…。
A・今、全部で100あるかないかぐらいですが、キッズものが弱いのが今後の課題です。ファミリーで応援にいらっしゃる方も多いので、こちらも充実させていきたいところです。面白いもので、こちらが「売れるだろう」と踏んで商品化したものがサッパリ…だったり、「これはどうかな…」と思ったものがバカ売れしたり、定番のユニフォームTシャツタオルマフラーメガホン等以外は何が売れるか、市場に出ないとわからないんですよ!それを見極めて在庫管理したり、発注にストップをかけたり…と、結構大変だったりします(笑)。
お客様からのニーズは直接聞いていますが、本当、読めないんですよ。


Q・グッズ企画、作成にあたってお手本にしているところはありますか?
A・そもそもグッズは、海外リーグのスタイルから生まれたもの。ヨーロッパリーグは歴史そのものが違いますので、グッズは数え切れないほどありますし、観戦以外、日常でも身にまとっているサポーターが多いんです。日常でも着られるTシャツや、使える小物などの商品化は、海外をお手本にしていきたいですね。でも、Jリーグの中でもグッズが充実しているチームはたくさん。グッズはJリーグの許可をもらわないと商品化できないんです。他のチームのものと酷似したものは却下されたりするんですよ。なので、グッズ企画、作成にあたってはやはり、日本、Jリーグのチームのものをお手本にしています。


Q・グッズ販売に関しては、選手が一役買っているとか…?
A・今年から積極的に選手にグッズ売りに関わってもらっています。新デザインのタオルマフラーが発売されたら、持ってもらい写真を撮り、ポップやネットに載せたり。オフシーズンにはイベントを開き、サイン会を開いて、グッズにサインを書いたり。先日夏祭りを開いたら、女子高生がいっぱい来ましたね!
若手の選手が多いので、今までサッカーに興味がなかった若い女性世代もこれをきっかけにファンになっていただいているようです。そうなると、若い女性向けのグッズの企画、作成もしなくては…!なんて考えているんですよ。


Q・お客さんのニーズをつかむグッズづくり…面白そうで、大変でもありますね。オフィシャルショップ担当として、やりがいや苦労はありますか?
A・試合日はショップにいるので、お客さんと直接話せるのが楽しいですね。
グッズを買わなくても寄ってくれるおなじみの方もいらっしゃいます。この仕事を始めて、グッズを見る目が買う側から作る側に変わりました。あと、女性の視点はとても大事ですね。お財布を握っているのはお母さんですから(笑)。
あと、センスがいいものしか女性は身に付けませんからね。まだ、日常生活で身にまとえる商品はないのですが、いつかそれらを作るのが夢です。難しいのは、新商品を出すタイミングや様々な業者とのからみ。でも一番難しくて、一番面白いのは、お客さんがどんな商品を求めているか…を考えることです。


Q・ズバリ、グッズが生み出すサッカー観戦の効果って何でしょうか?
私は、グッズをサポーター(観戦者)とクラブチームの架け橋と思っています。もちろん、観戦においては自由な服装で来ていただいても全然かまわないわけですが、これだけグッズが売れ、同じ色でスタジアムが染まる、というのは…結局、結果論なんですね。中には、クラブに貢献したい、役に立ちたい、という思いからグッズをたくさん買ってくださる方もいます。でも、ほとんどの方は、自分がチームを好きだから、選手に近づきたいからという理由で好きなグッズを買っていかれます。自分の好きなチームのロゴが入ったTシャツを着れば、テンションも上がりますよね。これはサッカー観戦に関わらず、女性が新しいブランドの洋服を買う時にも似ていますよね。そんなサポーターのみなさんが、スタジアムに集まったら、全員一緒の恰好になる、それだけです。
そして、そこから生み出されるものは、出会いであったり、仲間意識であったり、喜びや悔しさの共有であったり…、そして、知らない方に対して「自分はファンですよ」というマーキングのような証であったり…同じ目的を持った方が同じ物を身につけるのは必然であって、同時にすごいことだと思います。年齢、職業…全然知らない方たち同志が、ひとつになり、一体感を味わう瞬間をお手伝いできるのが、このグッズ=ブランドたちだと信じています。


Q・ひとことにグッズ…といっても奥が深い世界なんですね。そして夢のある世界ですね。今後の展開予定を教えてください。
A・あきられないグッズづくり、ですね。定番タオルマフラーもステキなデザインのものをどんどん作っていきたいし、女性向けの洗練されたグッズも作りたい。日常でも着られるセンスのいいTシャツを作るのも夢ですね。チームをグッズによって街に、日常に浸透させていきたいです。そして、選手と一緒になって頑張っていきたいですね!


ベストアメニティスタジアムベストアメニティスタジアム
電車の中からも見える「ベストアメニティスタジアム」。駅から徒歩3分という、全国有数のアクセスの良さ。


スタジアムのショップ
チームカラーである、サガンブルーとサガンピンクが鮮やかな、スタジアムのショップ。


手作りボード
ショップには心温まる手作りのボードが。サイン付きの選手の顔写真に親近感を覚える


リュック
問い合わせが多いウイントス君のリュック(非売品)。ぬいぐるみの原型だとか


キャップ
7年ぶりに登場したメッシュキャップ(1580円)。ブルーが人気


小物
小物から入るのもオススメ!左から、キラキラ光るラインストーンが女性に人気のキーホルダー(1050円)、白い革が大人っぽく、シンプルなレザー携帯ストラップ(950円)、表がホームカラーのブルー、裏がアウェイカラーの白になっているアクリルストラップ(950円)は男女問わず人気の一品


新・タオルマフラー
新・タオルマフラーは、赤い星がちりばめられたかわいらしいデザイン。女性に人気だそう(1580円)




>> サガントスの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 18:47 | コメント (0) | トラックバック

理研農産化工株式会社
岡部憲治さん

 2008年06月23日

店主岡部憲治さん
理研農産化工株式会社
福岡工場
製造部・取締役・製造部長
岡部 憲治さん

オンリーワンの食用油にこだわり続け27年。
油が変われば、料理の味も変わる。

 昨今、原料不足で世界的に打撃を受けている製油・製粉業界。製粉業務を主とする佐賀本社、製油業務に携わる福岡工場。2つの"生きていく上で欠かせない"商品を、逆風に押されることなくコツコツと作り続け、世に送り出している「理研農産化工株式会社」。 製油・製粉ともに、約10年前より原料を九州のものにこだわり続け、大手会社では決してできない、そして小さな会社でも到達できない・・・地場の中小企業だからこそ、なし得る商品づくりを行っている、まさに「発展しつづける老舗」-エコブームの中、"本物のエコオイル"を研究、開発して7年。看板商品「とうふの大豆で作った油」の産みの親に開発秘話を伺った。


Q・製油を主に製造する福岡工場ができたのは1981年(昭和56年)。
国産大豆を使った家庭用オイルを作るプロジェクトは最初からあったんですか?

A・現在こちらでは業務用油7割、家庭用油3割を製造していますが、当初、製油工場は外国産大豆を使った卸用の業務用オイルを製造するのがほとんどでした。当時、製造担当として福岡工場に勤務することになった私に、先代社長が工場ができる前に言ったんです。「うちにしかない油を作らんか?」と。それがすべての始まりでした。



Q・それが国産大豆を使った油の開発に発展していったと・・・。

A・最初は悩みました。「何を言ってるんだろう?だって油はみんな一緒じゃないか」と正直思いましたね。
アメリカやブラジルから大豆を輸入して、業務用の油を作る-。それが当たり前と思っていましたから。一体何から始めていいものか唸りましたよ。でも私も一開発者。研究が大好きで、一から何かを始めることに不安と同時に士気も上がりました。



Q・家庭用オイル販売が始まったのが約10年前と以前お聞きしています。それ以前の17年間に、研究・開発の長い期間があったというわけですね?

A・ちょうど先代社長が亡くなった年に、国産大豆が大量に余った所がある、という情報を聞いたんです。もちろん、余ったものを処分するとそこは大打撃に遭うわけです。
ずっと新オイルづくりには悩んでいたのですが、ここで心を固めました。「その国産大豆を買おう!国産大豆でうちにしかない、新しいオイルを作ってみようじゃないか!」と。



Q・そもそも国産大豆で作った油と、輸入大豆で作った油の違いって何ですか?

A・"目的"です。輸入大豆は製油用(業務用)。国産大豆は豆腐や味噌など食品に使われます。油に使用することはまだ常識的な考えではありませんでした。つまり、国産大豆を原料にすれば、より食品に近い、料理に使いやすいオイルが作れると確信したんですね。
しかし、当時は製油業界でも初めてに近い試みで、イチかバチかの賭けみたいなものでした。万が一失敗したら、会社の命とりになるかも・・・というリスクもありました。そこで、現社長や幹部に相談し、「輸入大豆と同金額で、その国産大豆を買い取ること」という条件つきで、国産大豆を使ったオイルづくりが始まったんです。もちろん、国産大豆は輸入大豆に比べて料金が割高ですから、まずは失敗しても挽回できるように、先に手を打ったんですよね。相手先はただ処分を待つだけですから・・・スタートはまずまずでした。



Q・家庭用オイルづくりのスタートですね。開発話を教えてください。

A・仕入れたからには、徹底しましたね。妥協、という文字は一切なかったです。中でも苦労したのは、「分別生産技術」でした。外国産の大豆と絶対一緒にしない、純国産100%にこだわり、遺伝子組換え技術も現場に徹底させました。大豆一粒一粒、皮をむいて中の実から油をとるんです。その実に大豆たん白質が詰まっているんですね。
さらに皮をむくことで脱脂大豆のたん白質が50%になります。そして食品大豆で作っていますから、当然できあがりは油特有のベタベタ感はなく、サラッとしたものになるはず・・・そう信じ、日々研究、開発、テストを繰り返し、試作品を仕上げました。



Q・そして、2001年(平成13年)とうとう、看板商品「とうふの大豆で作った油」ができあがった・・・その時の気持ちはいかがでしたか?

A・まず、スプーン一杯油をすくって、ゴクンとのみこんでみました・・・。「これは・・・全然油っぽくない!サラサラしている・・・ひょっとして、これは大化けするかも!」と興奮しましたね。研究・開発段階においては、勝算はある程度あったんですが、それが想像以上の出来でした。そして、そこから世に出るわけですが、そこからも・・・大変でしたね(笑)。


Q・出来上がったのはいいけれど、それを消費者に届けなければいけない・・・開発者なのに、営業にも携わったのですか?
A・もちろんです!この商品は私の子供のようなもの。ネーミングもパッケージも全部私が決めたんですよ。商品ができてから3年間は営業ひとすじでしたね。やはり、一油メーカーとしては問屋に卸すか、量販店に置いてもらうか、が妥当な線なのですが、普通の家庭用オイルと比べ、料金が若干高いんです。原料の国産大豆自体の供給問題もあり、コストをギリギリまで下げても、他社の家庭用オイルと比べて割高でした。
そこで、ターゲットを絞ろう、ということになり、高級志向を狙ってデパートに置いてもらうことにしたんです。デパ地下で社員OGを2人、そして私の妻を引っ張り出し(笑)、小さなサラダをたくさん作って、オイルをまぶしお客さんに試食販売をしました。また、機会があれば、いろんな場所で焼き立てのフランスパンにオイルをつけ、試食販売・・・そのたびにお客様にアンケートをとったところ、「油って味がするんですね」「こんなサラッとした油初めて」「油って美味しいんですね」という良いご意見を多くいただきました。



Q・開発から営業まで・・・軌道に乗せるまでが大変だったのでは?

A・体がいくつあっても足りなかったですね(笑)。とにかく、口に運んでくれないと商品の良さがわからないから、味を見てほしい!とレストランなどにも直接行きましたよ。反応は良かったり、悪かったり・・・さまざま。でもいろいろな意見が聞け、より今後の開発においてのヒントになりました。そこで、少し落ち着いたころ、製造部長として現場に戻らねば・・・と思ったんです。どうやって、一般消費者が口に運んでいただくかという大きなPRも必要ですが、そのPRにおいての裏付けも必要だと思いました。つまり、このオイルを食すことによってどのような体内的効果があるのか等、しっかりした化学的解明も行わないと!と。これは、今後新しい商品を開発していく際でも、大きなテーマではありますね。



Q・今現在、製油・製粉業界は原料不足で大変な社会的現象になっていますが、その点で苦労される点はありますか?

A・原料の安定供給、それが一番です。もっと日本で国産大豆を作ってほしいのですが、いろいろと規制があり、ままならないところです。コストを抑えるために、しぼった大豆のいらない部分~脱脂大豆を醤油メーカーに卸したり、と工夫をしていますが、商品の値上げは否めません。
ですが、品質を落とすことは絶対にできません。原料はすべてがいいものではありませんが、その良悪含めての原料を使い、同じ品質の油に仕上げるのが私たちの使命です。この油は食べ物です。油自体に味があるので、この油を使うことで料理の味も変わってくるんです。油だけのことを考えず、料理とコラボレーションした時に、初めてこの油の良さがわかるんです。だから、本当にこの油の良さを分かっていただける方には値上げをしても、買っていただけると確信しています。「さがファン」などでのネット販売も大賛成ですね。メールで感想も送っていただけますし、今後の課題にもなります。



Q・昨今は空前の「エコブーム」ですね。他社もエコを売りにした油をどんどん出しています。随分前から、体にいい油づくりに取り組まれてきた身としてどう思われますか?

A・コマーシャルの威力ってすごいですね。大手製油メーカーはそれができるから、うらやましくもあります。でも、大手は原料の供給が間に合わないでしょう。比べて小さい企業は研究が追いつかないでしょう。私たちは、九州地場の中小企業として、分相応な売り方をしていこうと思っています。地道に足で稼いでいく・・・臨機応変に柔軟性を持って動き、軌道修正をしていけるのは、中小企業ならではの強みと思っています。今後は、なたねを原料とした新オイルづくりをしたいですね。日本、九州でやれることをしたい。そんな研究開発のことを考え出したら、またワクワクしてきました(笑)。



Q・油の研究って奥が深いんですね~。最後に理研さんの油コンセプト、読者にメッセージをください。

A・油の大切さはバランスです。日本食の一汁三菜と一緒ですね。お肉が美味しいのは油を使っているから。油は体内に食物と一緒に吸収されます。油は人間が生きていく上で欠かせない必須脂肪酸。バランスよく体内に取り入れないと、ビタミン導入など効果を発揮しません。現在、日本人の1日油摂取量は25%、欧米では30%と言われていますが、20%ぐらいに抑えた方がいいと思いますね。油と食事のバランスをぜひ、考えていただきたいなと思っています。そして、応援してくださる九州の皆さんに恩返しをし続けたいですね。


大豆
原料の大豆はほぼ佐賀産、福岡産の「ふくゆたか」「むらゆたか」。普段は豆腐や味噌などに使われる大豆だ


ちらし
「食と油が同じ位置にあるものとアピールしたかった」と岡部さん自らが作られたちらし。 パッケージ、パンフレット・・・すべて岡部さんによるもの


大豆ディスプレイ
工場の入口には、国産大豆、外国産大豆、なたね・・・など原料のディスプレイが。国産大豆は外国産に比べ大きく、美しい丸型をしている


ヘルシーオイル
家庭用オイルさまざま。お得なパックセットが「さがファン」でも人気だ


ディスプレイ全般
上の赤い看板は佐賀、福岡の街ですっかりおなじみ。佐賀本社の方ではうどんやパン、さまざまな粉の開発が進んでいる




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投稿者 さがファン : 09:26 | コメント (1) | トラックバック

有田焼カレー 太田浩美さん

 2008年05月30日

店主太田さん
創ギャラリーおおた
太田 浩美さん

"食と器のコラボ"を初めて実現。
有田焼400年の歴史-主役は町への愛情。

 世界的な陶都・有田町。約400年の歴史を持つこの町では、幼いころから焼き物の歴史、世界との関わりなどを学び、そこに住まう人々は町を誇りに思わない者はいないと聞く。そんな世界のARITAが今、大きなムーブメントを起こしている。ご存知、「有田焼カレー」だ。テレビ番組の放映によって、一夜にして全国に知られ、予約殺到、ネット注文もパンク状態…。「有田町をもっと活性化しよう」と1年前に始めた"駅弁"が、現在全国で爆発的ブームになっている。その状況を発案者である、「創ギャラリーおおた」の太田さんはどうとらえているのだろうか?お話をじっくり伺ってきた。


Q・「有田焼カレー」すごい人気ですね!一夜にして全てが変わりました…?
A・一夜にして別世界…まるでシンデレラみたいです(笑)。今年の陶器市の直前に、テレビ放映があったのですが、おかげさまで陶器市では1日平均1000個も売れました。マスメディアの影響ってすごいですね。でも一番嬉しかったのは多く売れたのではなく、有田の地元の方々が喜んでくださったことですね。
どんなに売れても、「有田焼カレー」を作った時の基本の想いは変わりません。


Q・もともとはギャラリー&カフェのカレーが始まりだったんですよね?
A・私は、ギャラリー&カフェをここ有田町で開いて12年になりますが、店の看板メニューが多種のスパイスを使った薬膳カレーだったんです。元々は埼玉出身の主婦で、主人の実家がある有田町に越してきて22年。有田は世界が誇る町ですから、一生懸命有田町のことを勉強しましたね。そこで、私自身がこの町で何かやれることはないか、と考えた結果がギャラリーを兼ねたカフェだったんです。器をはじめ、有田そして佐賀には美しいものやアートの宝庫なのに関わらず、美術館やギャラリーがとても少ない…。そこで近くの窯業大学の学生さんの作品を将来に向けてのステップのために、店に置いたのが始まりで、現在は会期を決めて、佐賀県内の様々な作家さんのアート作品を飾っています。


Q・そのお店の人気メニューが駅弁に…?そのプロジェクトを教えてください。
A・ちょうど1年前になりますね。あの、佐世保バーガーを全国的ヒットに導いた元JR佐世保駅駅長の西田辰美さんが、JR有田駅駅長に就任されまして。
「ここ有田駅でも何かできないか?」と、うちのカレーを食べにいらっしゃるたびにおっしゃっていたんですね。そこで、心から有田町を愛し、活性化を試みようと意気込む中心メンバー5人と、サポーター20人ほどの「有田ハートプロジェクト」を発足したんです。そこから、有田より何が発信できるか、を考え始めたんですよ。最初は駅弁なんて、考えてもいませんでした。


Q・そして出来上がったのが、有田焼の器もセットになった駅弁なんですね。
A・最初に考えるのはやっぱり""ですよね、有田ですから。今まで究極のラーメン鉢や、焼酎盃など話題になってきましたが、器のみあっても、それに盛る"飲食"がなかった。そこに目をつけたのですが、なかなか具体案が浮かばず…苦労しました。駅弁の発案者はなんとうちの息子(笑)。何となく話を聞いていた高校生の息子が、「駅弁はどうね?有田駅にはないやろう」。そのたった一言が、"器と食のコラボレーション"を一気に実現まで結びつけたんですよ。


Q・有田焼ファン、カレーファン、そして駅弁マニアまでうならせるこの発案!
A・でも、あくまでもメインは"器"です。いくらカレーが美味しくても、陶都・有田、地元の人に受け入れてもらえないと外に出て行きません。予算をギリギリまで切り詰めて、有田の梶貞製陶所で開発、製造してもらいました。もちろん、再利用可で使いやすく、商品として1500円という妥当な金額に収めることができました。カレーやお米の原料はもちろん、もパッケージもみんな有田町の人間が作ったものなんですよ。


Q・それが1年前…最初は泣かず飛ばずだったと聞きますが…。
A・駅弁マニアの方はすぐに飛びついてきてくれました。わざわざ東北からいらっしゃる方も…。実は、有田焼カレー駅弁は、今は殿堂入りしている群馬の「峠の釜めし」をヒントにしたんですよ。今は長野新幹線が通っていて、駅弁ではなくなりましたが、今な無き、長野信越線の横川駅で、駅員さんが木の箱を首からぶら下げて「駅弁いかがですか~」と売り歩いてたのが、「峠の釜めし」なんです。釜飯の美味しさもさることながら、人気はその陶器の釜。持ち帰らないお客様はいらっしゃらなかったですね。何も見どころのない町が、「釜めしの横川駅」として大ブレイク、人気が衰えることはありませんでした。もちろん、峠の釜めしのすばらしさを、九州の方が味わうのは無理に近いのですが、プロジェクトではとにかく、第2の峠の釜めしになりたい、と訴えました。
最初はPR不足で赤字続き、駅でもレンジを用意したりと工夫したのですが、1個も売れない日も…。正直、失敗かな、と落ち込んだこともありました。


Q・それがジワジワと口コミで評判を呼び…そして大ブレイク!と。
A・昨年の陶器市でだいぶ認知度が上がりまして、そこから口コミで広がっていき、地元の新聞、タウン誌で取り上げられるようになり、そこから派生して全国誌に載るようになっていったんです。また、テレビなどの取材も受けるようになり、先日の番組で全国駅弁No.1に選ばれたというわけです。


Q・成功の要因は何だったと思われますか?
A・駅弁が全国的に認知された、という点での成功という意味では、決してあきらめなかったこと、そしてなんといっても"有田愛"ですね。有田町は商売の町ですから、いわば皆同職。いってしまえばライバルになることも。きれいごとだけじゃ済まされないことも知っています。赤字で不安になった時もたくさんありました。でも、有田という大きな枠での視点から見れば、有田町は1つです。有田に住んで、有田を愛する人たちが1つになって取り組んだこのプロジェクトの成功は、奇跡的でもあり、必然的な愛の結晶だと思うんです。


Q・すばらしいですね!さて、これからの課題にどう取り組むか…ですね。
A・はい。今度、古川佐賀県知事がわざわざお見えになるということで、この現象に浮かれずに厳かに受け止めています。有田の良さをアピールしたい、という想いから始まったプロジェクトは、佐賀県全体のアピールにも繋がるわけですので…。単なるブームだけでは終わらせたくありません。利益を上げることが、町の活性化の成功ではないと思っています。でも、利益が上がらないことには駅弁は継続していきません。うちのギャラリー&カフェもリピーターのお客様がほとんど。売れればいいというものではなく、本当に美味しいもの、いいものを長く提供し続けていくこと、それが課題であり、成功だと思います。


Q・太田さんの信念と愛情、そして行動力に心から感心いたしました。ぜひ全国の「さがファン」をご覧のみなさんにメッセ-ジをお願いします。
A・"佐賀"からの発信である、「有田焼カレー」を受け入れていただいて、本当に感謝、嬉しく思っています。佐賀県・有田町代表として、そして"陶都・有田の焼き物"と共により多くの方に、美味しく素晴らしい"食と器のコラボレーション"を届けていきたいと思っています。


外観
モダンな構えのギャラリー&カフェ「創ギャラリーおおた」。町のみなさんの集いの場所になっている

店内
アートの香り漂う、広々とした落ち着いた店内。ゆっくり、有田焼の器でコーヒーやカレーを楽しめる

自家製パン
12年前のオープン当初からある自家製パン。夕方には売り切れてしまう人気さ

うつわ
お客様に出すコーヒーやカレー等はみな有田焼。食と器のコラボレーションがここでは思う存分味わえる

ギャラリー
会期ごとに作品が変わるギャラリー。絵もあれば、陶器もあり、写真もあり…。
佐賀県内在住の作家の素晴らしい作品を鑑賞できる

商品
店内中央、JR有田駅駅長西田さんのコメント付きの「有田焼カレー」「有田鶏弁当」のパッケ-ジが目をひく

カレー器
これが実際駅弁で使われているカレーの器。中の模様は随時変えていく予定だ。
器ファンも納得の逸品

チーズケーキ
名物「幸せのチーズケーキ」も近々、「有田鶏弁当」と共に「さがファン」でネット販売予定。ふんわりとした食感の後に来るしっとり感…まさに"幸せ"と一瞬感じるケーキ


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伊之助めん 内山健治さん(伊之助製麺株式会社)

 2008年04月28日

伊之助製麺株式会社 第二営業課 課長 内山 健治さん
伊之助製麺株式会社 第二営業課
第二営業課
課長 内山 健治さん

本当に良い物を広める手法を原点回帰、
"伝え手"がいるから、"受け手"がいる。

 いつ訪れても、美しい緑とさわやかな清流が出迎えてくれる神埼。そうめんのふるさととして全国的に知られる神埼の町だが、いよいよシーズンが始まった。川沿いに並ぶ数々の製麺工場も活気を帯びてきた初夏のある日、「伊之助めん」さんの工場におじゃました。「さがファン」では初となる3回目の訪問。前回は2年前の同時期。この2年で、変わらないものである"そうめん"を通じて、どう変わるものがあったのか…麺を作る側ではなく、麺の良さを外にPRする側の視点からのお話をじっくり伺ってきた。

 
Q・この2年間で大きく変化したこと、発展したことはありますか?
A・まず、そうめんも含む乾麺業界がずいぶん変化しましたね。市場的に乾麺の売上が下がって、その代わり生麺の売上がアップしています。その理由はさまざまですが、やはり大きなものに「食べ物のスピード化」。世間ではスローフードだ、ロハスだ…と流行していますが、実際の生活ではファストフード化は避けられるどころか、進行しています。特に若い20~30代の世代はわざわざ鍋でお湯をゆでて、そうめんを食べるなんて面倒なことはしないでしょう。スーパーに行かれればおわかりだと思います。乾麺のコーナーがどんどん狭くなり、代わりにカップ麺のコーナーが拡充しているのが変化の事実ですね。


Q・しかし、生麺の売上はアップしているんですよね?
A・コンビニが明らかな例ですが、夏になると既にゆで上がった状態の冷やし麺やそうめんそばなどが良く売れますよね。あれは添付のつゆをかけるだけ。
乾麺はゆで方によって味が左右されますし、本当に好きな方ならこだわりをお持ちです。しかし、一般市場的にはそうめんの味がわかる方は少なく、楽な方向に流れてゆく…。現在では、「デイリー商品コーナー」での生麺のウエイトが高くなりましたね。毎日食べるであろう、豆腐、納豆、味噌などと同等の扱いになりますから。代わりに乾麺コーナーは、調味料など認知度の低い場所に並べられているので、特別感があるのも手伝って売上が生麺と違って伸びない。
トータルで考えたら、生麺アップ、乾麺ダウンでトントンなんですけどね。


Q・この2年で対外アピールを強化するためにコンサルティング会社を入れたとお聞きしましたが…。
A・どんなに美味しい麺を作っても、それを上手に外に伝えていかなければ、消費者には届きません。麺自体のグレードの高さにあぐらをかいていても、伝わるのは本当に麺がお好きな方々だけですよね。もっと広く一般の消費者に美味しさを伝えるのはどうしたらいいか…そのPRのしかけや手法を一緒に考えさせていただいたところ、一方的ではダメだということに気付いたんです。伝える人間がいるから、受けてくれる人間がいる。原点回帰ですよね。
それでまず、年に4回全国発送するDMに手書きの「かわら版」を入れました。そこには、私自らが取材した四季折々の神埼の情報だったり、工場の作り手の生の声だったり…。そうしたら、お客様からハガキやメールで返事が返ってくるようになったんですね。てっとり早く売りたければ、大きなマスメディアの力を利用すればいいのですが、それでは顧客はつかず、単なる一時的なブームで終わってしまう。そのような一方通行型のPRはやめて、お客様とのキャッチボールを、時間をかけてもいい…コツコツとやっていくことに、伊之助の麺の美味しさを伝える可能性があると確信しました。
伊之助は歴史のある会社です。時間をかけてゆっくりお客様一人ひとりと真摯に向き合うことで、揺ぎない顧客様を作る…DMを変えただけで売上は2割アップしました。


Q・一度信頼を得たら、顧客様は逃げないということですね。その他にも佐賀、福岡でのスーパーでの試食販売なども積極的に行っていらっしゃいますね。
A・試食販売はお客様と直接、お顔を見てキャッチボールができる恰好の場ですからどんどん行っていくつもりです。中央、東京での「佐賀フェア-」などにも顔を出し、全国のさまざまな買い付け業者(バイヤー)さんと、現場の雑談の中でより良いPR手法を学んでいっています。地元の各スーパーの麺置き場、売上情報チェックも欠かせませんし、とにかくやる事がいっぱいで体がひとつじゃ足りませんよ(笑)。でもおかげさまで、中央から仕入れの注文がきたり、同業者に認めていただいたり…伊之助の位置性は確立しつつあります。


Q・新商品の開発の方も着々と進んでいらっしゃいますか?
A・新商品はとにかく研究を重ねて重ねて、最短でも市場に出回るのは半年、平均で8~9ヶ月はかかるんですよ。麺の研究と同時進行で商品の顔となるパッケージデザインにも4~5ヶ月はかけます。とにかく時間をかけますが、それが伊之助の自信と自慢ですね。まず歴史があること-商品は若干高いですが、美味しいから自信を持って薦められる。味に自信があるから、一度食べた方が次も買ってくれると確信持って次も薦められる。こう言うと、強気の商売をしていると思われるかもしれませんが、それだけ時間をかけて作り、その良さを一番良いPR方法でお客様に伝えていっている、というだけなんです。


Q・以前、工場長のインタビューで神埼の工場内に、商品を食べられるお店をいつかは作りたい…という話をいただきましたが…。
A・もちろん、その夢の実現への道は続いていますよ!もし作るなら、ただ商品を食べられる店、だけではなく、地元・神埼の観光アンテナショップのようになるでしょうね。お店を作るというのは、相当な宣伝効果が期待できるわけですから、結構大きめな規模のものになると思いますよ。そうですね…、ぜひ期待していてください。もしかして、年内には実現するかも…!?


Q・伊之助さんの未来が光って見えますね!今後の展開予定などあれば教えてください。
A・まずはホームページ、ネット販売の強化ですね。やはりこういう情報社会ですから、それに上手く乗ってDMとは別の方向性で、充実をはからなければ、利用しなければ、と思っています。そして、一般の方々に伝えたいことは、「機械で作ったそうめんは美味しい!」ということ。いわゆるブランドそうめん…
"手延べそうめん"が一番美味しくて、高級品と一般的に認知されていますが、それはあくまでもイメージですよね。そのイメージをひっくり返したいな、とは思っています。伊之助はご存知、独自の機械製法で自慢の麺を作り続けています。そうめんは食べ時を選ぶことができる(寝かせる等)、深くて美味しい食べ物です。手延べであろうが、機械であろうが、美味しいものは美味しい。手延べというブランドにお金を払うよりも、同じ美味しさでリーズナブルにいただいた方がきっと、もっとそうめんを身近で楽しい食べ方ができるはずです。
ぜひ、一度うちのそうめんをお試しください。試食販売などの告知のコーナーもサイトで作っていくつもりですので、この美味しさを確かめてください!


かわら版
これが好評の手書きの「かわら版」。お客様からの意見も載り、それに対して手書きでハガキを出すなど、暖かい心配りを忘れない


商品:そうめん・そば・うどん・らーめん
そうめんをはじめ、うどん、そば、ラーメンとあらゆる麺を製造している。生麺も好評だ


伊之助石碑
工場前に建つ、神埼町麺祖"伊之助"祭る石碑。感謝を込めて会社が私費を投じて建立。時々、子孫の方が拝みにいらっしゃるという


外観
2階建ての大きな工場。ここで、1日平均そうめんで言えば、約10トンの麺が造られている



まずは、粉をこねることから始まる。工場には約10数人のスタッフの方が常勤している


工場の2階でこねた粉は1階に下り、麺用に薄く伸ばされる



麺用にカットされた生地は、また2階に上がってゆく



1階から上がってきた麺は、5段階に分けて乾燥させられる



まるで“麺のカーテン”が5部屋続く。部屋ごとに温度、湿度が違う。1時間に1度、乾燥状態の抜き打ち検査があるほど厳しい



乾ききった麺は1階に戻ってきて商品用にカットされ、一定量の束にされる



最後は袋詰め。そうめんだとここまでの作業が約10時間ほどだが、うどんなど太い麺の作業は24時間に及び、徹夜作業になるそう



袋詰めされた商品に、不備がないかチェックして終了。その先には、数々の商品名が書かれたダンボールがいっぱい。市場に出るのをまっている麺たちが居た。

>> 伊之助めんの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 19:38 | コメント (0) | トラックバック

ワインと地酒の専門店 森本 芳典さん(株式会社 森本商店 常務)

 2008年03月27日

ワインと地酒の専門店 森本 芳典さん
ワインと地酒の専門店
株式会社 森本商店 常務 森本 芳典さん

"良いお酒は選べる、うまい酒は選べない"。 そのアドバイスをするのが酒屋の仕事。

 酒どころ-九州。中でも佐賀は恵まれた大地の素材…米による日本酒、麦による焼酎…と多くの銘酒があることで知られている。幕末時には名君、佐賀藩10代藩主・鍋島直茂による財政改革により、酒蔵が多い時で300近くもあったといわれている。現在では焼酎ブームに押され気味だが、ほとんどが輸入の麦に頼る中、佐賀産二条大麦を使った焼酎など、本物の銘酒を求めて全国のお酒ファンの目は九州に注がれている、と言っても過言ではないだろう。
 そんな酒どころ・佐賀で昭和6年創業、老舗の域に入る「森本商店」さんは"良い酒"をずっとお客さんに提案してきた。今年始め「さがファン」に出店、老舗にて新顔の森本商店さん。のれんをくぐり、素顔を覗かせてもらった。


Q・お店には約3000種のお酒が並ぶ「森本商店」さんですが、昭和6年創業当時はどんな感じだったんですか?
A・私は3代目にあたるんですが、先々代が知人の酒屋を引き継いだのが始まりです。当時、「酒屋」では日本酒を90%、あとは焼酎を売っていました。ビールなどもあったのですが、ビールを置いている店は「酒屋」とは異なり、「乾物屋」さんで売っていましたね。うちの店では、樽にてとっくりに入れたり、お客さんが持ち込んだ瓶に入れたり…と、お酒を量り売りしていました。戦前、瓶は高価なもので、売り方はほとんど量り売りだったんですよ。その中でも、うちはお客さんによりおいしいお酒を楽しんでいただきたい、と普通の酒屋よりも3~5倍は高価なお酒を出したりもしていました。


Q・さがファンでは売っていませんが、「森本商店」さんはワインでも有名ですよね。ワインを入れた時期、入れようと思ったのは何故ですか?
A・昭和40年代ごろですね。「酒屋」は蔵元との直営店が多いので、どうしても仕入れが限られてきます。我々は小売業なので、直営店に対抗するためには、何か変化をもたらしたかった、というのはありました。ちょうど、サントリーの「赤玉ポートワイン」が流行した時期でしたが、元々赤玉ポートワインは滋養強壮のための薬飲料で、それを甘く味付けしたものなんですね。そのころ、佐賀でもステーキ専門店など洋食屋さんが出来始め、「洋食に合うお酒を提供してもらいたい」という要望を受けて、ワインの仕入れを始めたんです。赤玉の甘いワインに慣れている方たちは、本物の輸入ワインの酸味に「腐っている」と声をあげ、当時の売上はいまいちでしたが、洋食ブームに乗り、段々と佐賀のみなさんにもなじまれていきました。そして、全国的にワインブームがきて、うちも1979年にワインセラーを作ったんです。
※ 森本さんは(社)日本ソムリエ協会 認定のワインアドバイザー


Q・これだけ多くの酒類を取り扱うには、蔵元、酒造メーカーさんとのやりとりが大変だと思いますが、どのように仕入れていらっしゃるのですか?
A・創業からしばらくたった当初は、佐賀ではなく、福岡・大川の酒造メーカーとやりとりを多くしていましたね。大川も酒どころですから、大川の方は福岡・久留米に行くよりも佐賀の方が近いので、今でもよくやりとりさせていただいています。もちろん、唐津もありますし、全国にも及びます。ただ、量が多いので、九州を中心とした特殊な問屋さんを通して、仕入れを行っています。

Q・全国の地酒も取り扱っていらっしゃいますが、そのネットワークはどこで見つけるんですか?そして、仕入れるお酒を決める規準は…?
A・全国規模でよく行われる、酒の会などに出席し、必ず試飲をしますね。そこで気に入ったら、出席されている蔵元さん、酒造メーカーさんと名刺交換をして、後で電話やメールなどで取引を開始します。仕入れたいお酒は必ず自分の舌で確認、試飲しますよ。


Q・「森本商店」さんにはセラーが5つもあるんですよね!
A・お酒には"遊び"が必要なんですよ。いわゆる"飲み時"ですね。でも人それぞれ、"飲み時"は違うんです。お酒を仕入れる時、試飲してこれは長期に耐えられるかどうかで判断し、セラーで"飲み時"を管理します。時間がたてばお酒の味も変わっていきます。どれぐらい時間をかけたら、どんな味になるか…そんな"遊び"の想像を、お客さんに楽しんでいただきたいですね。うちの売り場は蛍光灯ではなく、白熱灯なんですよ。蛍光灯だとワインやお酒の色が変わってしまうんです。色もお酒の大事な楽しみのひとつ。セラーではずっと白熱灯で管理しています。10年は色が変わりませんよ。


Q・「森本商店」さんおすすめの、おいしいお酒ってありますか?
A・それは、答えられないですね(笑)。お酒って、好き好きじゃないですか。確かに人気の商品もあります。人気の商品は万人に受ける"良いお酒"。それを選ぶのは簡単です。でも"うまい酒"は選べません。その人のシチュエーションによって、全然"うまい酒"は変わってくるからです。それは、食べ合わせだったり、酒の肴の種類だったり、飲む時のシチュエーションだったり…。そのお客様の要望をお聞きして、アドバイスするのが我々酒屋の仕事なんです。


Q・では"良い酒"とは一般的にどのようなものなのでしょうか?
A・簡単に言うと"地酒"でしょうね。地酒っていうのは、地元の食べ物に合うからできたものであって、佐賀の日本酒はほぼ甘口ですよね。それは味つけの濃い、甘い料理に合うから。鹿児島に焼酎が多いのは、揚げ物など脂っこい料理が多いから、それを焼酎で流すため、とも言われています。そんな理由を持つ地酒が全国にいっぱいあります。地酒人気はそこにあるんでしょうね。


Q・今後の「さがファン」での展開予定を教えていただけますか?
A・今、特徴のあるお酒をわずか60種類ほどしか展開していませんが、100種類ぐらいまで増やしたいですね。なるべく地のものをご提供したいと思っています。もちろん、いつかはワインをネット販売したいという思いもありますが、ワインは全国的なものですので、現在、ちょっと供給の安定が難しいんですよ。ですので、どういうルートで仕入れて売ることができるかを模索中です。


Q・全国の九州・佐賀酒ファンにメッセージをお願いします。
A・やっぱり、実際お客様とお話して、お酒を買っていただくのが一番の願いですね。ネットだけですと、表面だけですから。ですので、メールでのやりとりも行っています。佐賀近辺の方は、ぜひ一度お店に遊びに来てください。いろいろアドバイスいたします。その後、ネットで利用していただければ…と思います。ネットでも"顔の見える酒屋"を目指しています!

内観
店内には、約3000種のお酒がズラリ。「さがファン」で人気の商品は、鹿児島地焼酎「赤兎馬」佐賀地酒「東一」佐賀地焼酎「菱娘」などだそう。

内観2
お酒は、日本酒、ワイン、洋酒…とコーナーが分かれていて、見やすくディスプレイされている。

プライベートルーム
店内には、まるでバーのようなプライベートルームが!一般の方は入ることができないが、ここでまったりと新酒やオールドヴィンテージもののお酒をお店のスタッフで利き酒するそうです。

ワインセラー
店内に5つあるセラー。中に入るとひんやり。常に"良い酒"の"飲み時"を考えられて、お酒たちが寝かせられている。

ワインセラー入口
「森本商店」さんがワインを仕入れた時期、1979年に作った記念のワインセラー。歴史の温かみを感じさせられる。

>> ワインと地酒の専門店の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:53 | コメント (0) | トラックバック

まるぼうろの北島 古河 義継さん(工場長)

 2008年02月27日

まるぼうろの北島 工場長 古河 義継さん
株式会社 北島
工場長 古河 義継さん

お菓子作りは"今"を見るのではない。
100年後を見据えるのが老舗の役割。

 佐賀の銘菓として知られる「マルボーロ」。砂糖、卵、小麦粉だけを使った素材も、見た目もシンプルなこのお菓子が生まれたのは、約450年以上前。以来、お菓子が贅沢品だと言われていた戦時中も乗り越え、変わらない味を保ち続けてきたのが、お菓子処・佐賀を代表する老舗「北島」さんだ。地元の皆さんから時代を経て愛され続け、他県にファンも増加の一途をたどる「北島」さんのマルボーロへの想いを語ってもらった。


Q・前回のインタビューから2年半が経ちましたが、その間何か変化は…?
A・以前も申し上げましたが、"300年の歴史を持つ老舗"を守るために、"攻める"姿勢は変わっていませんね。商品開発や、外へのアプローチ、行事への参加…。ただ時勢の流れで、食の偽装問題などがクローズアップされ、お客様の目がより厳しくなったな、とは感じています。そこで、老舗という重みをずっしり感じます。攻めと守りのバランスがとても難しくなってきていますね。


Q・最近、食品業界での大変化に、原材料の高騰があります。
北島さんもマルボーロを2月から10円値上げされましたね。やはり深刻なんでしょうか?

A・原材料の高騰は、食品業界だけじゃなくてもう社会問題ですよね。私共も昨夏からずっと頭を痛めていました。他の食品がどんどん値上げしていく中、悩んだのですが、15年ほど価格を変えてしていなかったので、思い切ってメインの商品を10円値上げしたんです。一度上げたらもう下げられませんからね。大きな決断でもありました。だけど、お客様にはご理解いただいているようで、影響もさほどありません。ありがたいことです。値上げしたからにはより一層品質に気をつかっていきたいと思います。


Q・原材料は地元産にこだわっているとお聞きしましたが…、原材料価格の社会的な高騰に伴い、仕入れ先を変えようと思ったことはないのですか?
A・考えたこともないです。うちのマルボーロはあの大きさで、あの丸さで、あの味で、ずっと愛されてきたのですから、あのまんまではなくては意味がないんです。同じ仕入れ先でも量を減らし、同じ価格にて小さなマルボーロを売っても意味はありません。原材料は吟味に吟味を重ね、結果、「北島」のマルボーロが出来上がる。そして、ギリギリの配合で作っているので、形を少しでも変えると配合が変わり、味も変わってしまいます。老舗のプライドをかけても、今現在のベストの仕入先からの原材料で、ギリギリの配合で「北島のマルボーロ」の味を守るのが私どもの使命だと思っています。


Q・佐賀の銘菓「マルボーロ」ですが、さがファンでも北島さんのマルボーロはいつも売上トップに入っています。それは何故だと思われますか?
A・「当たり前なことを当たり前にしている」ってことじゃないでしょうか。つまり、職人である私たちが"美味しい"と思うものを作る、ということ。マルボーロの生地は季節どころか、日々、天気や湿度によって焼き上がりが変わってきます。朝起きて出勤するまで、今日はどんな生地の配合にするか…と考えてしまいますね。どの生地づくりが「今日のマルボーロの味にベストか」。職人ならば、必ず考えることですよ。そして、工場で話し合って配合を決めます。


Q・ズバリ、マルボーロってなんなんだと思われますか?
A・生活の一部ですね。もちろん私にとって仕事ではありますが…。日常でも冠婚葬祭でも愛されるマルボーロはシンプルで簡単そうに作れると思いきや…毎日が格闘ですよ(笑)。シンプルだからこそ、柔らかさ、固さ、微妙な食感がお客さんに伝わります。むろん、毎日失敗作も出ます。機械で出来ない味が、うちのマルボーロ。もうこれは職人の長年の勘と経験ですね。毎日の材料調合は一定ではありません、だからいつも美味しさは変わらないのですよ。


Q・北島さんはマルボーロ一直線、その他のお菓子もマルボーロを基本としたものが多いですよね。お土産屋に並ぶような、派手なお菓子がないのは…?
A・うちは地味ですよ(笑)。でも、時間をかけて「美味しいものを作る」とたまたま原材料に近い色になるんですよ。確かに新しい、見た目も鮮やかなお土産にピッタリなお菓子を作ることもできますが、それは只のブームで終わると思い10年持てばよい方でしょうね。私どもは「お客さんに"ウケる"お菓子を作るのではなく、"自分たち職人がほんとうに美味しいと思うもの"を作る」のがモットーです。動機は単純ですよ。お店に並んでいるお菓子たちも全部、自分たちが工場で作ったもので、他店から仕入れたものは一つもありません。
他店と競争するつもりはありません。ただ、ずっと愛され続けてきて、お客さんから「美味しかったよ」と言われる、お菓子づくりを続けていくつもりです。


Q・北島さんにとっての「マルボーロ」の位置付けを教えてください。
A・「北島のマルボーロ」というより、「マルボーロの北島」でしょうか。マルボーロは佐賀銘菓なので、うちが独占するわけにも行きませんし、それぞれの店舗の特徴も好き好きもあるでしょう。だけど、数的には多いですね。マルボーロから派生した花ぼうろ、ごまぼうろなど"ボーロ"系が多いのが特徴です。


Q・老舗の看板を守りつつ、そして攻めていく…以前もそうおっしゃっていましたが、具体的にどうお考えですか?
A・やはり、人づくりですね。今全員で菓子職人が20名ほどいますが、正直、人がなかなか育たないのが現状です。職人は10年修行が当たり前。厳しいようですが、10年たつと不思議といろんなことが見え始め、いろんなことがやれるようになるんですよ。でも数年で辞めてしまうのは、とても残念ですね。この歴史の中、10年なんて短いじゃないですか。今だけを見ていたって、それはブームで一瞬のうちに終わります。10年培ったものが、歴史を背負うんです。私たち、老舗の職人はお菓子作りにおいて、歴史を引き継ぎ、未来につないでいかなければならない。だから、日々の作業もとても大事ですが、目は常に100年先を見ておかねばならないと思っています。


Q・今後の北島さんの展開を教えてください。
A・やはり、職人を立派に育て上げ、一人でも多くお菓子づくりの面白さを伝えていきたいですね。40年の歴史を持つ「花ぼうろ」も大変人気なお菓子ですが、職人が足りないため、大きくアピールすることができません。もっといっぱい作ることができたら、「北島ブランド」として、関東をはじめ、全国に出していきたいと計画しています。お菓子って、「食べたら美味しい。幸せ」っていう単純なものなんですよ。冠婚葬祭、人と会う時…お菓子は人の和を結ぶ大切な媒体。決してなくなるものではないと思います。"その時"に食べたお菓子の味を、五感で覚えていてほしいですね。「ああ、あの時のお菓子は美味しかったな。また買いにいこう」と思い出してくれたら、嬉しい…ラッキーですね!


オブリガード
最近発売、本家・ポルトガルのマルボーロを再現した「オブリガード」。カチカチの表面にバターとしょうがパウダーを塗ったスパイシーな味!(※オブリガードは本店と佐賀市内の支店でのみ販売中)


北島外観
マルボーロの生まれた地、ヨーロッパをイメージした、ブルー&イエローが北島カラー。
白山町本店には工場が隣接されている


北島内観
開放的で高級感あふれる店内。取材をしている間も、平日だというのにお客さんの足が絶えることはなかった


スタッフのみなさん
丁寧な接客が印象に残るスタッフの皆さんの素顔は気さく。「店頭でもお待ちしております!」


テレビ画面
店内では一連の製造工程を描いた映像をモニターで観ることができる


まるぼうろプティング
カップにミルクを注ぎ、レンジで温めるだけでできる「マルボーロプティング」は北島独自の提案。プティング用のカップ&ソーサー(有田の深川製磁のもの!)も販売


和菓子
色鮮やかで美しい和菓子は、1個から販売している。他の焼き菓子もバラ売りで売ってくれるのもうれしい


北島入口
本店の前、白山名店街の入口は江戸時代初期に創始された佐賀独特の染色品・鍋島更紗の発祥の地の碑が建っている


白山名店街
本店の真横を通る白山商店街は、かつての長崎街道~シュガーロード。ここを通って異国の情報や砂糖を含む物資が運ばれていき、全国に広がっていった。商店街を抜けると歴史民俗館のある街道に出、そしてずっと小倉まで続く


>> 北島のマルボーロの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 15:40 | コメント (0) | トラックバック

さがファンBOOKS 古川英文さん

 2008年01月30日


福博印刷株式会社
新事業推進本部
文化事業推進室
出門堂 編集長
古川 英文さん

"地の利"を生かした活動を-。
入口大変、出口無限。本の世界へようこそ。

 「さがファン」のトップページの右横に緑の枠に囲まれた小さなコーナーがあるのをご存知だろうか-?「さがファンBOOKS」。
 美味しい食に囲まれた佐賀、伝統と文化が産んだ美しい工芸品を持つ佐賀、大自然に包まれた観光の地、佐賀。今、そのように息づいている佐賀がどのような歴史をたどって現在に至っているか、知る人は残念ながら少ない。何よりも、日本近代の礎を築いた幕末維新時に、佐賀出身の偉人たちがどれだけ活躍し、今の日本につなげていったのかという軌跡は、まだまだ埋もれている。
 その埋もれた軌跡を掘り起こし、一冊の"本"という媒体で、佐賀、そして全国に伝えていこうとしている人がいる。古川英文さん。「さがファン」を管理している福博印刷株式会社内出版部門「出門堂」に籍を置く古川さんの本の可能性への想い、故郷・佐賀への熱い想いを語ってもらった。


Q・「さがファン」店主訪問記、初の"食"じゃない店主ですね。まずはその素顔を教えてください!
A・ 現在、福博印刷の出版部門で2人の同僚とともに、日々本作りの企画から販売まで行っています。ここで本作りに関わって3年半。それ以前は東京の出版社で15年ほど編集をやっていました。
 東京で仕事をしていく中で、"佐賀"に関わるものごとがなんとなく心にひっかかってきたんですね。佐賀から出た副島種臣(※)に関わる仕事を手がけたりもしました。その間、副島種臣やその背景などについてチラチラ見たりしているうちに、どんどんのめりこんでいきまして・・・・・・。


Q・実際、久しぶりに故郷に戻られ、同じ出版業を始められていかがでしたか?
A・ 佐賀は古代から日本の中で重要な位置を占めた土地で、全国的な観点からも着目すべきことが少なくない。でも、その事実が全国レヴェルでもう少し知られてもいいのでは、あるいは知られるべきなのでは、と思いました。
 アニメや物語にはヒーローが出てきますが、卑近なことで言えば、私自身が幕末維新や明治の偉人たちをながめていると、佐賀には本当に生きていたヒーローがいるんですね。私にとっては副島種臣が正義のヒーローだったりする。実際生きたヒーローについて知ることによって、自分自身の人生の教訓、支えになったりすることがある。佐賀にかぎらず全国にたくさんいると思いますが、まだあまり知られていないような人たちの中にも、私たちが生きている上で、なんらか考えさせるような生き方をした人物、あるいは手本となるような人物がたくさんいる。そうした人々について考えることによって、さまざまな問題が提起される。大変地味ですが、そういう人々を掘り出して話題にすることがおもしろくなってきたんですね。


Q・一冊の本ができあがるまでの工程を教えてください。
A・ 本によってさまざまですが、例えば、「八賢伝」は構想約半年、初めての幕末維新案内書として、従来とは異なる視点で、年齢を問わず読めるものを構想しました。
 そこで、著者として佐賀を代表する郷土史研究家である福岡博先生に依頼をしたのですが、実は、これ、書いてもらってないんです。福岡先生の前に小学校高学年の女の子を2人座らせて、語ってもらったものをもとに本をつくったんです。
 企画の段階で本の出来上がりがおおよそ見えているのが理想です――もちろんいい意味で裏切られたいとは思っていますが――。想定した本にするためにいくつかの手を打つわけですが、この場合は、福岡先生のお力添えを得て、「わかりやすくおもしろい」という感想が多く寄せられ、ホッとしていますね。


Q・構成の面でもいろいろな工夫をされているのですね。
A・ 「あの人はこれをした」だけなら、単なる事実の羅列ですよね。事実というようなことに私はあまり興味がわかない。歴史の中に、事実や史実といわれるようなことが果たしてどの程度あるんでしょうか?
 私は昨日の自分の行動すら、例えば「なんのためになにをした」などと「事実」として説明できることが見あたりません。けれども、幕末維新の佐賀の人たちが生きた時代の"立体感"みたいなものを持たせることは意識しました。偉人たちの功績といわれているようなことを、大きな歴史のスケールの中で位置づけてみようと試みました。視点をもつという意味で、歴史を語るというのは過去を知ることではなく、現在を考える、といってもいいんじゃないかと思っています。


Q・本の著者を選ぶ時の基準ってあるんでしょうか?
A・ 本の企画、テーマの輪郭が見えてきたら、知りうる著述をもとに書き手を探し、最終的に1人にしぼります。佐賀を題材にしたことを書いていただくわけですが、"最初に佐賀ありき"、ではなく、"結果として佐賀"、なんですよ。だから著者は全国から探します。
 佐賀でいい本、ではなく、全国でいい本を目指しているので。外国人の方も著者候補にいますよ。


Q・編集者としての役割は何だと思われますか?
A・ ぶっちゃけ雑用係、裏方、黒子です。有能なことよりも熱心であることのほうが成果につながるような気がします。でも編集者として、形として"遺る"本を作ることによって、50年後~100年後の読者に対してもそうですが、時代に対して小さなひっかき傷をつけたい、というふうには密かに思っていますよ。


Q・一冊の本で佐賀をアピールすることの可能性と不都合は…?
A・ ずばり"地の利"ですね。地方の優位性。地方だからこそできることがあるような気がしています。今の政治と似たようなところがあるかもしれません。
 中央は硬直し、地方の裁量が大きくなっている。中央の商業ベースでは出版できないような、地味な本が地方では出版できる。そしてその出版の意味を読者が想像以上に評価してくれたりするのは驚きです。しかし、デメリットとしてはやはり流通や販売そして告知の面ですね。その本を欲しいと思ってくれる読者まで出版の情報を伝えるのはかなり難しい。ここが今からの課題でしょうね。


Q・まず本を手にとってもらわないと何も始まらない、ってことですね。
A・ 本は、読まないでも買って棚に入れておくだけで意味があると思っています。自分がある時気にかかったという意味での痕跡である本が、棚からじっとにらんでいるようなところがあります。読めば、著者の考える世界に触れるわけですが、そこに読者の世界も発生するのではないでしょうか。そして、棚に戻って10年後に、また再び棚から取り出され、10年前とは違った新しい世界を作り出したりするのです。またあるいは、頁をめくる指の感覚がはたらいたり、カビ臭いにおいがしたり、偶然開いた頁からついつい夢中になって読みふけったり、読書は肉体や感覚のようなものを含めた全身運動のような側面を持っているように思います。
 本を読者に届けるのは大変なことですけれども、今後は「さがファンBOOKS」などを利用して、告知や情報を随時更新していこうと思っています。ほったらかしにせず、ネットの有効性も勉強して、ブログも更新して…結構大変ですね(笑)。でも、本は売りたい。いろんな人に知ってもらいたい。頑張ります!


Q・最後に「さがファンBOOKS」に興味を持ち始めたユーザーの皆さんにメッセージを。
A・ 「さがファン」を御覧の方たちは、食や観光に関心をお持ちでしょう。
私たちの視覚や味覚も生まれ育った背景と無縁ではないと思います。本を読むことを通して、視覚や味覚、五感をいろいろな意味でふくらませていただけたらと願います。

※副島種臣(そえじま・たねおみ)1828~1905
佐賀藩士。明治政府の元勲で初代外務卿。「蒼海」「一々学人」と号し、書家としても名高い。佐賀を代表する勤皇家・枝吉神陽の弟で、その言行から「正義の人」「神秘の人」と呼ばれた。


>> さがファンBooksの商品はこちらからご購入いただけます。

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宗政酒造株式会社 観光事業部 常務取締役 和田 真司さん

 2007年12月22日

宗政酒造株式会社 観光事業部 常務取締役 和田 真司さん
宗政酒造株式会社
観光事業部
常務取締役
和田 真司さん

"佐賀あっての有田"としてアピールする時期。
他町を巻き込んで、有田―そして佐賀を活性化すべき。

 多くの観光資源に溢れている佐賀県。その中で代表的なものを挙げるとすれば、一に「有田焼」といっても否めないだろう。その歴史は約400年―。
伝統と歴史が息づく町、有田に居を構えるのは、佐賀の原料だけを使ったこだわりの焼酎が定評のある「のんのこ」を作り続けている「宗政酒造」さんだ。
空前の焼酎ブームの中、焼酎を楽しむだけに作られた有田焼の器が大ヒットしている等、お酒と器は切っても離せない関係になってきた昨今。そのど真ん中で世の変貌ぶりを見てきた、宗政酒造さんが位置する「のんのこの郷~有田ポーセリンパーク」に約2年ぶりに訪れ、過去、現在、そして未来に向けての展望を伺ってきた。


Q・前回のインタビューから丸2年がたちましたが、大きな変貌はありましたか?
A・おかげさまで、代表作「のんのこ・黒」が福岡国税局で開催された「酒類鑑評会本格焼酎の部」にて5年連続で優等賞を受賞いたしました。佐賀の焼酎ブランドとして、認知度も徐々に上がってきていますね。これからもコツコツと信頼を積み上げていきたいです。


Q・「のんのこ」は佐賀産二条大麦のみを使ったこだわりの逸品ですよね。「原産地呼称制度」にも登録され、他とは一線を画していると思います。
A・この2年で大きく変貌したのが、その"麦"についてなんですよ。以前のインタビューでは、二条大麦の生産は佐賀が日本一であることをこれからアピールしたい、認知度を高めたいと言っていましたが、アピールどころか今、焼酎メーカーが奪い合いの状態なんです!ほとんどの麦焼酎は約90%がオーストラリアなどからの輸入によるものなのですが、この2年の世の流れにて、油価格の沸騰と一緒で麦も不作。海外の麦価格も沸騰し、必然と目は国内に向けられることになったんです。ずっと輸入に頼っていた業者は世の流れで国内産麦に初めて目を向けざるを得なくなった状態で、「えっ、佐賀って二条大麦の生産日本一だったの?」と(笑)。私共にとっては当たり前で、コツコツと地元産にこだわって麦焼酎づくりを続けてきましたが、他メーカーは今原料確保に必死のようですよ。


Q・それはビックリですね!自ら変えようとしなくても、世が必然的に変えてしまった…?
A・かといって、二条大麦の生産地は限られているんです。だから"原料の安定供給"という面で奪い合いになってしまうんですね。ありがたいことに、以前から二条大麦にこだわって、地産地消を推進してきた私共はその奪い合いの輪の中に入ってはいません。さらに、農協さんの協力もあり、新しい品種、原料を作ろうという話も上がっていますので、原料の安定供給の元、安心してお酒を作り続けることもできますし、地域への貢献も目指せる環境が整っています。これもずっと地元にこだわり続けた信頼の証と思っています。


Q・それは、一人勝ち状態ですね!しかも、空前の焼酎ブームで地元・有田焼の"究極の焼酎器"なども大ヒットしています。宗政さんは地域貢献には力強い存在ですね。
A・いえいえ、一人勝ちではいけないんですよ。観光という大きな視点で見ると有田という土地はすたれていく一方なんです。もう有田焼だけでは人は呼べない状態になっているんです。ここ、有田ポーセリンパークも観光客は減少気味にあり、現在立て直しをはかっている状況です。九州に来る観光客は、現在南に流れる傾向にあります。宮崎しかり、アピールの仕方が上手ですからね。ですので有田に人を呼ぶには、やはり近隣の町との協力体制が必要です。有田焼の有田、といっても、そこが佐賀県だという認識は薄い。佐賀は観光資源がたくさんある県です。でも、町だけで完結しているきらいがありますよね。ですので、その町が一緒になって力を合わせ、コラボレーションすれば、有田への観光客も、他町への観光客も増えるのではないかと考えています。いくら歴史と伝統があっても"有田あっての佐賀"はもう通じない時代です。"佐賀あっての有田"にしていかないと。


Q・ここ「有田ポーセリンパーク」では具体的にどのようなことをされているんですか?
A・陶磁器作り、絵付け体験、手びねりやろくろ回しなど、体験型施設が売りですね。
修学旅行生も多く来ます。また、工場でのできたてホヤホヤの焼酎、お酒の試飲は大人の方に好評ですね。有田焼のアウトレットショップも人気です。まだまだ改善の余地がたくさんあるんですが、昨年から有田焼を中心としたイベントや展示会を開催するようになりました。月単位で作家展など、有田町でしかできないことを行っています。
昨秋の有田陶器市に合わせて近隣町の武雄では、佐賀出身の戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の作品展が好評を得ていました。そういった観光コラボレーションをどんどんしていきたいですね。


Q・お酒と焼き物は切っても離せない関係になってきましたね。やはり、地酒、地焼酎は有田焼でいただくのが一番美味しいんですか?
A・磁器の器が地酒、地焼酎には一番合って、一番美味しいと思います。しかし、有田焼は先に器が作られたので、食のために、お酒のために、作られたものではないんですよ。よく"食あるところに器あり"と言いますが、実は有田にはそれがない!焼酎大国・鹿児島では、磁器ではなく土ものの器で焼酎をいただきますよね。鹿児島は最初に焼酎があったから、その焼酎の味に合わせて器ができたんです。順序が逆というわけです。有田近辺にも美味しい食はたくさんあります。伊万里牛ありた鶏…今後は窯元の作家さんと相談して、食に合う器作りができていけたら、と願っています。


Q・2007年度を表現する漢字一文字は"偽"。その通り、佐賀産和牛を但馬牛として売ったり…食のブランド問題が話題になりました。有田焼も偽有田焼が出回っている、厳しい現状を聞きます。
「有田」というブランドについて、どう思われますか?

A・非常に難しい質問ですね。もう有田焼は有田町だけに限定されなくなってきています。どこまでが有田焼と呼んでいいのか、窯元組合等とか、原料はどこのものか?
などつきつめていくと、有田焼そのものがなくなってしまう可能性があります。焼き物は伝統工芸ですが、同時にビジネスでもあります。そこをどう考え、この400年の歴史と伝統と技術を継承していくのか、現在の、そして今後の作り手さんにかかっていると思いますよ。


Q・今後の商品展開はどのような予定がありますか?
A・商品開発販売は随時行っているんですが、今年のバレンタインデーにはお酒入りのチョコレートケーキの販売を予定しています。陶器と一緒にセット販売などして、ここにしか売ってないものを作りたいですね。
個人的には、日本酒分野を拡大していきたいです!


Q・これからは一番寒い季節ですが、美味しい焼酎の飲み方を教えていただけませんか?
A・一般的にはお湯割りですが、オススメは最初、15℃ほどの水で割って、それを1日置いてなじませるんです。そしてお燗につけて飲んだら美味しいですよ~。


Q・では最後に、今後の展開と希望を教えてください。
A・今までも申し上げました通り、外へのアピール、ですね。焼酎だけ、有田焼だけ、
~だけ、ではなく佐賀のいいところを結集して、一緒に外へ有田を含めた佐賀のいいところを広げていきたい。その力を佐賀は持っているんです。そしてアピールしたいと思っているんです。でも持っている、思っているだけじゃ何も事は動かない。ここ2年でがばいばあちゃんや佐賀北高の優勝で、佐賀も全国で知名度が大きく上がりました。
そのノリに個々で乗っかるのではなく、皆で乗っかっていきたいですね。そして、"佐賀あっての有田"として全国の皆さんに認知され、足を運んでいただきたいと強く願っています。


最終検閲
瓶詰めされる前に、混入物が入っていないか1本1本チェックする。


瓶詰め1
最終検閲が終わったお酒の便は、ラベル貼り、蓋閉めされていく。


瓶詰め2
流れ作業で箱に詰められていくお酒の瓶たち。工場は1日約8時間の稼動だ。


商品箱群
市場に出るのを待つ商品の箱たち。常時一ヶ月分ぐらいストックがある。


焼酎もろみ
焼酎工場内には16基のタンクがズラリ。一升瓶にして約60万本が随時造られている過程にある。大きな発酵タンクの中でフツフツと呼吸するもろみ。


二条大麦
原料の二条大麦の袋がいっぱい。一袋400kg。一升瓶にすると、約380本ほどの原料。


焼酎蒸留機


焼酎の蒸留機。あたり一面、焼酎の豊かな香りが広がる。「のんのこ・黒」は蒸留後は一切水を加えない手法をとっている。


貯蔵庫
外に面した貯蔵庫。


日本酒温度調節
日本酒(清酒)工場は、焼酎に比べ規模が小さい。これはもろみを温度調節しているところ。この作業を10日、商品完成に約40日。


有田ポーセリンパーク
隣接するテーマパーク「有田ポーセリンパーク~のんのこの郷」。ゴージャスなツヴィンガー宮殿内では、古伊万里や柿右衛門、鍋島藩窯様式など、400年の歴史に及ぶ有田焼の歴史ある作品を鑑賞することができる。(入場大人500円)


ポーセリンパーク正面
宮殿奥には美しいバロック庭園が。晴れた日には散策の後、記念撮影と気どってみたい。


試飲コーナー
ポーセリンパーク内には、おみやげやさんがいっぱい。中でも「宗政酒造」の試飲コーナーは大人気だ。ほかに手作り陶器体験施設や、有田焼アウトレットショップ、有田地ビールが飲めるレストランなど見どころいっぱい。


有田陶器酒
有田焼が安く手に入るのもうれしい。さがファンでも好評の、有田焼に詰めた焼酎も販売。

>> 有田観光酒造のんのこの郷の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:37 | コメント (0) | トラックバック

東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長 木村 英喜さん

 2007年11月26日

東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長 木村 英喜さん
東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ
理事事務局長
木村 英喜さん

地道な継続の力が"信頼"として花開く―。
お客様一人ひとりを大事にする信念は変わりません。

 「さがファン」オープンから約2年半。開店当初から好調な売れ行きを維持し続け、お客様からの信頼も厚い「肉の味好」さん。お客様のことだけを考えた、徹底した誠実な姿勢、1日も休まない「黒毛和牛怪人のブログ」など、まさに"さがファンの顔"として地位を確立している同店におもむくのは4回目。
近々では、牛肉ブランド偽装問題などが勃発、牛肉業界には大打撃が与えられている中、影響はいかがなものだろうか…?スタッフ内から"事務長"と呼ばれ親しまれている、木村さんに再び会いに神埼郡に足を運んだ。


Q・3回目のインタビューですね。最近のお店、ネットでの傾向はいかがですか?
A・おかげさまで、特定のファンが固定しましたね。お中元、お歳暮はほとんどリピーターで、それ以外は初めてのお客様が多いのですが、1度ご注文いただくとリピーターになっていただけるのは大変嬉しいことです。リピーターの方とはメールのやりとりもすることもあって、「いつもと同じものを同じ場所に送って」と一言だけのツーカーな関係にあるお客様もいらっしゃるんですよ。また、前回から変わっていっているのは、大型取引が多い傾向にあることです。パーティーを良く開かれる千葉のお客様、ゴルフコンペの賞品に使われる茨城のお客様…。着々と信頼度を築いている最中といったところですね。


Q・最近、佐賀産和牛を但馬牛ブランドに偽装した「船場吉兆」の事件が大きく取り上げられましたが…。
A・商売人として目先の欲に走ったなあ、と思いますね。こんなことされたら、消費者は対抗する術がないですよね。業界全体でも信用度はグッと落ちましたし、私は一同業者としても、一消費者としても、この件は恥ずべきことだと思っています。


Q・「肉の味好」さんは、あえてブランドにこだわらず、美味しい佐賀産和牛を安価でお客様に提供したい、というのが信念ですよね。味好さんの目は常に消費者に向けられていますが、それを対特別層である「ブランド」という売り方にどう思われますか?
A・ブランドというものは、信頼が元に成り立っているものです。それが、あの事件で崩れてしまったのは、その信頼を失墜させることになるということですよね。私共はブランドを売るという気持ちは一切ありません。
その信念を貫いているので、この事件によってあまり大きな影響は受けてないですね。


Q・味好さんにとって、お肉に「ブランド」をつけることはどう思われますか?
A・生産者としては、売り方が楽だというメリットはあるでしょうね。でもたどり着くところがブランドではなく、ブランドはきっかけに過ぎないと思っています。肉は日常でいただくもの。ブランドは知名度を上げる等の付加価値なので、それがすべてではないと思いますよ。私共としては、牛をセリで買い付けし、中間マージンを省き、消費者の方に安く美味しいものを届け続けてきました。日ごろ、食べているものを付加価値をとっぱらって安価で売るのが、私共の使命です。"ブランド売り"とは別の道をずっと歩いていると思っていますし、もちろん着地点である目的も違ってきます。"一般の消費者が本当に求めているものは何か?"―その信念は揺るぎません。


Q・今の時世、ネットショッピングをする方は多いと思いますが、こういう事件や他の事件が頻発する中、ネットで食べ物を買うなんて…という不安な方も出てくると思いますが、それに対し何か対策はありますか?
A・"安心して食べていただく"のが一番の目的なので、今まで通り培った信頼を維持し続けることですね。
確かに、今回の事件は牛肉業界にとって大打撃でした。しかし、それをあえて警告、転機ととらえ、私共の地道なやり方を見直してもらうチャンスとも思っています。具体的には牛の識別番号がついた証明書を共に発送したり、という以前からやっていること以外に何かしようとは考えていません。こつこつと信頼を積み上げる、のみです。


Q・お肉についての信頼はどこで取り戻すべきでしょうか?この事件で肉離れは少なからずあると思うのですが…?
A・まず、肉は食べてもらわなくてはわからないですよね。でも、この事件でその最初のアプローチである"食べる"というハードルが高くなったといっても過言ではないことをやはり実感しています。いかに、お客様に食べてもらえるか―これが、本当の肉業界への信頼回復にかかってくると思いますね。建て直しは非常に難しいと思います。1度失った信頼を取り戻すのはとても難しいですからね。私共にはさほど影響はないのですが、業界全体を見ると、美味しい肉を食べてもらうきっかけをどう作るのかが鍵になってくるでしょうね。
宣伝の仕方にひと工夫入れなくては、と思います。例えば、宮崎の東国原知事のように、自ら地鶏を街頭でアピールする等、和牛もそれぐらいの宣伝が必要だと思います。


Q・信頼…難しいですね。しかし、信頼をガッツリつかんでいる味好さんの魅力のひとつに毎日更新の「黒毛和牛怪人のブログ」があると思いますよ。
A・もう750回は超えてますかね~。確かにこれも信頼を築くツールの一つとは思っています。半ば、強迫観念でやってます(笑)。顔が見えない分、私を信頼してもらいたい、店を信頼してもらいたいという思いで、何でもいいので毎日発信しようと。"継続は力なり"ですからね。ブログについては、さがファンの他店の方にもお薦めしたいですよ。大変ですが、毎日続けることで効果は必ずありますから!


Q・さすがですね!それでは、その信念を元に今後の展開を教えてください。
A・今後は、業者間の取引にも重きを置いていきたいですね。料理屋さんや居酒屋さんなど。実際に「さがファン」で肥前さくらポークをお買い上げいただいた方は居酒屋を経営なさっていて、それからずっとお付き合いさせていただいています。また、携帯から手軽にショッピングができるような方向を考えています。


Q・ますます、味好さんの真摯な姿勢に脱帽です。味好さんファン、お肉ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
A・私共はお客様一人ひとりを大事にしていく想いのもと、日々頑張っています。人間の日常生活は変わりないものですからね。今後は少しづつ、形態を変えながら、信念は変わらず、目の前を見るのではなく、少し先を見ながらやっていくつもりです。まだ、私共のお肉を召し上がっていない方は、ぜひ1度試してください。
そして、肉の美味しさの規準をご自身で持っていただきたいです。そこから全てが始まっていくと思っています。


マルシェ売り場
ズラリとならぶお肉。朝10:00開店から、夜9:00閉店まで、お客様のことを考え商品が途切れないようにしている。


マルシェ売り場2
売り場は指定農家の写真が並び、肉の顔が見えるように。さがファンの「肉の味好」ネット上でも、指定農家の名前を出している。


マルシェ牛肉アップ
実際、お肉をいただいたが口の中ですぐに、トロッととろける柔らかさに感動!!しかも、値段が安価なので、ファンが多いのも納得だ。


マルシェ加工場
売り場から見えるように、加工場が裏手にある。


マルシェ肉パックづめ
加工場では肉のカット、パック詰めと大忙し。


マルシェ肉カット
鮮やかな手つきで、肉をカットしていく姿に釘づけに。


マルシェ外観
東脊振の顔、ショッピングセンター『マルシェ』。ここから、美味しい佐賀和牛が全国発信されていくのだ。


牛肉証明書
これがお肉と一緒に送る「牛肉証明書」。生産者の名前や写真、牛の出生データなどが記され、信頼の元となっている。


ハンバーグ
以前から開発に挑んでいたハンバーグも、こんな安価でズラリ。肉質は柔らかめで合挽きでもトロリ。煮込みハンバーグに最適!

>> 肉の味好の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 09:04 | コメント (0) | トラックバック

株式会社 竹八 代表取締役 竹下八十さん

 2007年10月31日

株式会社 竹八 代表取締役 竹下八十さん
株式会社 竹八
代表取締役・竹下八十さん

珍味であり、漬け物―粕漬けといえば「竹八漬」!
佐賀の"おみやげ"として定着させていきたい。

 北の玄界灘、南の有明海―。性格のまったく異なる2つの海にいだかれた佐賀。日本最大の干拓地、有明海はいつも穏やかな波をたたえ、秋にはノリ漁業のためのノリヒビとよばれる竹の棒がズラリと並ぶ。その風景は年を越して春まで見られる風物詩となっている。
豊穣の海と呼ばれる有明海の干満の差は最大約6m。稀少な泥のじゅうたんの中には、ムツゴロウを代表にさまざまな変わった生き物が生息し、昔は普通の家庭の食卓に有明海の幸が並んできた。現在こそ水揚げ量は減少したが、その味はしっかり守られ今でも生きている。創業75年、一人の男が作り上げた「竹八漬」。川副町の本社でお話を伺った。


Q・珍味の王様、たいらぎの貝柱を銘酒粕漬けにした「竹八漬」。歴史を教えてください。
A・私の祖父である、竹下八郎が17歳の時に作り上げた有明海珍味の漬物です。彼は昭和7年当時、個人商店を営む兄を手伝っていて、14.5歳のころからこの地・川副町で天秤棒を肩にかけて、朝、海産物を仕入れ、夕方、町に売りに出かけるという行商人をやっていたんですね。その頃は現在と違って海産物の水揚げ量も多量で、そしてもう一つ、今では焼酎が主流ですが、元々佐賀は米どころですので、日本酒が多かったんです。そこから出る酒粕も多量。あまったものは捨てざるを得ないという状況でした。そこで、彼は「どうせ余った海産物と酒粕を捨てるなら…」と海産物を粕漬けにすることを思いついたんです。


Q・海産物の漬け物、って珍しいですよね。漬け物といえば野菜等が多いのですが…。
A・漬け物っていろいろ種類がありますが、大体が塩漬けですよね。だけど当時は塩漬けだと保存できなかったんです。酒粕は発酵食品だったので保存食にもなりました。また酒粕は熟成すると旨みがジワジワと出てきて、元々塩っけがある海産物にマッチするんですよ。現在でも、海産物を漬け物にしているのはここと福岡・柳川ぐらいじゃないでしょうかね。"漬け物でもあり、珍味でもある"というところが大きな特徴です。


Q・創業75年、最初のころと味の違いはありますか?どのように作っているんですか?
A・製法は基本的に当時と変わっていません。「竹八漬」として売り出したのは昭和40年のころで、それ以前は「貝柱漬」として売っていました。戦争時は、祖母がコツコツ作り続けていたようです。現在は職人一人と助手、身内で作っています。一番重要なのは、酒粕の配合具合。これは見て覚える、という感覚しか頼るものはありませんね。だから、今は職人一人が伝統の味を守っていますが、ちょっとした配合の違いで味が変わったりします。また、酒粕は発酵して日々、生きていますから1日1日味は変わっていくんですよ。


Q・漬け物ができあがるまでどれくらい時間をかけるんですか?
A・季節によっても違います。まず酒粕を熟成させるんですが、冬場は約3ヶ月、夏場は温度の都合で約1ヶ月。それから冷蔵庫に保存し約2~3ヶ月おきます。冬場と夏場のものを同じ味にするためには、酒粕の配合やブレンドの仕方を変えたりしています。保存後は、貝柱と酒粕を機械で約30分ほど混ぜ、それから約1~2週間漬け込みます。そしてやっと出荷となるんです。


Q・漬け物の食べごろってあるんですか…?
A・これは好みによりますが…、漬けた最初のころって、あまり塩っけがにじみ出てこないんですよ。粕漬けは1日1日味も変わり、色も変わるんです。賞味期限は常温で90日間ですが、私がお薦めするのは、常温で1ヶ月ぐらいが食べごろのピークですね!


Q・有明海では現在水揚げ量が激減していますが、影響はどの程度ありますか?
A・ここが一番問題ですが…。作る分は簡単なんですが、買い付けが難しいんです。有明海では、現在ではほとんどノリ漁業が主になってしまいました。ノリ漁業の後にウミタケなどの仕入れを行うのですが、仕入れの状態が塩漬けされていたり、されていなかったりとバラバラ。ここ10年で、ノリ漁業もウミタケ漁も後継者が育たなくなってしまい、以前のようにきっちり同じ状態で、安定して仕入れることができなくなってしまったんです。
また、日本酒の酒粕も同じで現在、佐賀はすっかり焼酎派になってしまいました。酒蔵も激減し、酒粕が集まらない…そこで安定供給のために、銘酒を広島や京都から仕入れ、たいらぎにおいては輸入に頼らざるを得ない状況です。


Q・珍味であり、漬け物の「竹八漬」のおいしさはどこにあるんでしょうか?
A・ズバリ、酒粕ですね。もちろん素材も高品質ですが。祖父は何よりも酒粕にこだわったそうです。粕になる酒は吟醸に近い純米銘酒で何種類かブレンドし味を作っていきます。
酒粕は発酵食品だから、日々生きている。だからこそおいしいし、味が変わっていくのも面白いですよね。でもお客様の中にはずっと変わらない味を求める方も多いので、基本は味を変えないように作っています。でも、必ず変わっていきます。酒粕にはクセがなく、味がない食べ物が合います。貝柱はちょっと甘みがあって、適度な塩っけもあって、粕漬けにはピッタリですね。


Q・お客さんの反応はいかがですか…?
A・リピーターで年輩の方が多いです。やはり、食卓には必ず漬け物が置いてあった世代ですからね。また、全国各地で物産展に出品したり、こうやって「さがファン」で通信販売していますが、皆さん最初は「何これ?」から入るようです。珍味なの?漬け物なの?何物なの?って(笑)。でも、一回購入して試していただけるとハマっていただけるようでうれしいですね。私としては、若い方にこそ食べていただきたいです。ほかほかの白ごはんにかけるのもおいしいですが、お酒のつまみには本当にピッタリですから!


Q・漬け物の食べ方、漬け物の日常的な役割って何でしょう?
A・昔は食卓に各家庭で漬けた、漬け物があるのが当たり前でした。今はあまり見られない光景ですね。でもほかほかの白ごはんや、お酒のおつまみに、ひとつ加えるだけで、ごはんやお酒がより美味しくなる。佐賀で今ポピュラーな漬け物といえば、青高菜ですかね。
粕漬けになると、うちと、玄海灘の方で松浦漬、玄海漬というものがあります。有明海の珍味の代表的な漬け物は、うちでも売れ筋No.1の「真がに漬」。唐辛子をブレンドしたピリ辛でごはんにちょっとつけるだけ、お箸でちょっとなめるだけで、ごはんもお酒もいけます。でも人気なのに、クレームも一番多いんですよ。「食べ方がわからない!」って。普通の漬け物感覚でガバッと食べると、口から火吹きますからね(笑)。そこで最近、食べ方の説明書もつけました(笑)。


Q・今後「さがファン」で展開していきたいことってありますか?
A・やはり、まだ知名度が低いので、より多くの皆様に知っていただくようにアプローチしたいですね。物産展のときに、「さがファン」のアドレスを書いたちらしを配ったり…とかですね。また、うちではこれも珍味「わらすぼ」も売ってるんですよ。昔はこの辺りの各家庭の軒下でぶらさがっていたものでしたが、ずいぶん水揚げ量も減ってしまいました。
こちらもビールなどのおつまみにピッタリ。おいしい珍味がたくさんあって、おいしい食べ方がたくさんあるっていうことを、ネットを通じて伝えていきたいと思っています。


Q・これからの「竹八」さんの目標を教えてください。
A・時代は変わっていっていますが、私たちは75年伝統の味を守り続けてきました。昔は「粕漬け=竹八」と呼ばれたものです。先代の祖父が言っていたのは「商いはまごころ」。決して「有名だから買う」のではなく、「おいしいから買ったよ」と言われることを喜んでいました。昔、うちの漬け物を食べた人が「この味だ、変わっていない」と思い出してくれたらうれしいですね。そして、再び、「粕漬けといえば竹八漬」と言われるようになりたいです。そして、全国の人が佐賀に来た時に「佐賀にはこんな味があるんだ!」と発見してもらい、佐賀の特産品として認めていただけるようになれれば…。佐賀に来たから「竹八漬」を買って帰ろう…というように、佐賀のおみやげとして定着させていきたいなと思っています!


看板
ロビーには立派な「竹八漬」の看板が。歴史を感じさせる重厚なシンボル。


外観
佐賀市川副町にある「竹八」。町内には数社漬け物屋さんがある中で一番の老舗。


商品集合
コツコツと職人の手で作り上げた伝統の味の数々。漬け物のある生活が始めたくなった取材だった。

>> 竹八漬けの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 09:30 | コメント (0) | トラックバック

嬉野温泉 旅館 大村屋 北川弘文さん

 2007年09月26日

嬉野温泉 旅館 大村屋 専務・北川弘文さん
嬉野温泉 旅館 大村屋 専務・北川弘文さん

歴史と伝統が息づく嬉野温泉。長い時間をかけて、親しみのある街へ。

 多くの温泉地があふれる佐賀県の中で、全国区の温泉といえば「嬉野温泉」。つるつる、 トロトロの泉質が"日本三大美肌の湯"として某メーカーの研究所に選ばれ、各地からファンが日々訪れる。そのお湯のなめらか具合は入ってみないとわからない、全国でも二つとない感触だ。女優や芸能人がひいきにしているという噂も絶えない佐賀が誇るべき温泉地―嬉野温泉。その温泉街で創業天保元年(1830年)、一番の老舗である「大村屋」に赴いた。老舗でありながら、独自の「大村屋特製 抹茶プリン」を新開発。口コミで人気を呼び、ついに昨年には全国のテレビ放送で放映。爆発的人気商品を生み出した顔も持つ、親しみ深い旅館である。昨秋からちょうど1年ぶり、のれんをくぐると変わらない笑顔で専務の北川弘文さんが私たちを出迎えてくれた。


Q・大人気の「大村屋特製 抹茶プリン」ですが、昨冬テレビ放映された後の反響はいかがでしたか?
A・テレビ放映後の1週間ぐらいは注文がひっきりなしでしたね。電話で、ネットで、日ごろ受けない北海道や東北地方の方からのご注文や、その後に別で関西地方のみでテレビ放映された時は、関西圏内からの注文ばかりで、テレビの反響のすごさを感じました。おかげさまで、佐賀、九州だけではなく、全国のご注文リピーターも増えたんですよ。


Q・その後、全国さまざまな場所で抹茶プリンが登場していたらしいですね!
A・おかげさまで、今年3月には東京都内の東急デパート8店舗の「お菓子まつり」に出店させていただきまして、数千個も売れたんですよ。デパ地下の威力ってすごいんですね。そのほかにも、「うちの店に置きませんか」等、オファーが良く来るようになりました。高速道路のサービス・エリアとかもありましたね。でも、このプリンは大量生産ができず、日持ちも1週間という厳しい条件あっての美味しさですから、なかなか需要に対応することができないのが残念ですね。


Q・大村屋さんとしては、この状態をどう受け止めているんですか?
A・嬉しいことだとは思いますが、私どもは本来は旅館業を営んでいるもので…(笑)、プリンが一人歩きしているかな、と感じてもいます。だから、できるだけ多くの人にプリンを食べていただきたい、というより、本当にこのプリンを「美味しい!」と思っていただける方にずっと食べ続けていただきたいと思っています。ですので、ブレイク前から製造方法も量も料金も、もちろん味も変えていませんよ。


Q・特製温泉湯豆腐は、今からの季節にぴったりですね。
A・温泉湯豆腐といったら、嬉野名物ですからね!嬉野では「嬉野温泉湯豆腐協議会」という団体があって、湯豆腐のPRの仕方を日々練っています。さまざまな旅館が湯豆腐をネット販売していますが、難しいのが日持ち。短すぎてなかなか全国まで回らないのが現状です。ただ、本来名物料理は、その土地に来て、そこの空気に触れていただくのが一番美味しいもの。ネット販売の湯豆腐をきっかけにして、ぜひ嬉野に訪れてほしいですね。


Q・今、さがファンで出しているのはプリンと湯豆腐2点ですが、1年前のインタビューの時は、いろいろ商品開発をされていると聞いていましたが…。
A・いろいろ考えてたんですけど、出てないですよね(笑)。…というより、プリンのブレイクでも思ったんですが、新しいものをどんどん打ち出していくよりも、長く親しまれ、愛される商品だけを出したいな、と考え始めたんです。だから、今でもこのプリンと湯豆腐の2つなんですね。でも、プリンは旅館においては季節モノを出す予定です。10月からご宿泊や、お食事のお客様には、抹茶プリンだけではなく、秋の素材、栗を使ったマロンプリンをいただけるようにしています。


Q・旅館の方では10月から新プランが登場とか。詳しく教えてください。
A・10月からコラーゲンたっぷりの「美肌会席」が登場します。お食事のみ、ご宿泊のお客様どちらにも予約していただけます。佐賀産の鶏を白濁するまで2時間ほど煮出したコラーゲン100%の水炊き料理です。こちらに温泉をセットすれば、本当に翌朝はお肌がプリプリになりますよ。いろんなプランがあるので、お気軽にお電話でお尋ねくださいね。また、今年4月から木、タイル、石…と趣の異なる源泉かけ流しの貸切風呂(1人50分・1500円)がオープンして、好評をいただいております。ご予約してどうぞ。


Q・これは女性が飛びつきそうですね。嬉野は"美肌の湯"として有名ですが、他温泉と比べてどこが違う、というのは大村屋さん的に感じるところはありますか?
A・佐賀県内では一番有名な温泉ではありますが、九州新幹線の完成は脅威ですね。それに向けて対策を練っていかなきゃ、というところはあります。嬉野は車で来る分は高速インター近くで便利ですが、公共交通手段がないですからね。また、温泉街の規模としては大分の湯布院と、黒川と同じぐらい。でもあちら側が同規模の宿が多いならば、嬉野は大規模の宿から、小さな宿までバラエティに富んでいますね。宿選びをする分は楽しいんではないでしょうか。また、温泉湯豆腐がいただけるのも嬉野だけですし…ただですね…。


Q・街自体に活力がない、ということではないですか?
A・そう、そうなんです。嬉野は「温泉」が有名ですが、その周辺の観光地、街に魅力があまりないのが懸念点のひとつ。まず、嬉野は"美肌の湯"として、女性に人気の温泉ですが、街が昔の男性中心の歓楽街の名残のまま。湯布院、黒川なんかは上手いですよね。
女性が好きそうなレストラン、カフェ、お土産やさん…。もう街自体ができあがっています。嬉野もお茶をはじめ、陶器…と女性がお湯以外に好む要素がたくさんあるのですから、小ぎれいなお店がこれから増えていかないかなあ、と考えています。その起爆剤のひとつが2年後にできあがる「古湯(ふるゆ)」なんですよ。


Q・「古湯」ってなんですか?あの古湯温泉と関係ないですよね。
A・いえいえ、もともと嬉野には「新湯」「元湯」「古湯」と3種類ありまして。なんといっても歴史のある温泉地ですから。長崎街道の中継地点ですので、江戸時代の参勤交代などのとき、大名さんやさまざまな旅人が疲れを癒すため、無料で入れる公衆浴場があったんです。それこそ、シーボルトや坂本竜馬も入ったでしょうね。いわゆる、今でいう「温泉センター」みたいなものですね。しかし、市が買い上げた「古湯」がおととし春の福岡沖地震で壊れてしまったんです。そちらを復活させる作業が今、進んでおりまして、2年後には、ずっと昔からあったような、洋館風のモダンな建物ができあがる予定なんです。


Q・それは楽しみですね!今後の目標をぜひ教えてください。
A・改めて思いましたが、嬉野温泉って歴史と伝統のある、すばらしい温泉街なんですよね。長い時間をかけてつくりあげてきたものを、すぐに新しいものばかり投入して変えることはできないな、と思いました。私どもの旅館もあと10年余で200年祭。長い時間をかけて、親しみのある街へ、リニューアルしていきたいですね。そのためには、若い世代たちとのバトンタッチが必要。大村屋という旅館そのものもそうですが、嬉野の町全体の活性化のために、若い人たちが嬉野の地に目を向けてくれればと願っています。今は、残念ながら、外に出て行ってしまう若い人が多くて、だからこそ、2年後の古湯完成が起爆剤になれば、と期待を抱いています。また、今夏「高校総体」がありましたが、全国の高校生アスリートたちを泊めて全館貸し切ったり、その応援団が宿泊してくださったり、年に1度は外務省の行事で、欧米各国の要人がご宿泊することもあります。中国の方、韓国の方も宿泊が多く、いずれはパンフレットやネットも、英語、中国語、韓国語を入れなければな、と思っていますよ。嬉野温泉の老舗旅館、結構グローバルに活動してるんです(笑)。


Q・ではネット…「さがファン」での新展開予定を教えてください。
A・これからゆっくり考えていきますよ(笑)。今のところは、プリンと湯豆腐2本だてで。
でもお約束できるのは、プリンは抹茶以外のものを考えているということですね。一応、ですが、期待しててください。


プリンスプーンですくう
プルンプルンの「大村屋特製 抹茶プリン」。上の抹茶ソースはたっぷり。抹茶自体にほとんど何も入れていないので、シブ~いソースの味が甘~いプリンと絡んで、絶妙の味!


森泉食う
パクッとひとくちで食べてしまわないと、抹茶ソースが口からこぼれ落ちてしまうほど。
さがファンで売っているソースは別袋入りなので、量を調節して食べてもいいかも。


お風呂
今年春、オープンした貸切風呂。木、タイル、石の4種類。「プリンで儲けたお金で作りました。なんちゃって(笑)」と北川専務。本当でしょうか…!?


外観
激動の歴史を江戸時代から見つめてきた、大村屋旅館。名前の由来は、長崎の「大村藩」からとったもの。当時、長崎と佐賀の関係は深く、参勤交代の時は、宿先の瑞光寺を本陣として、大村屋さんを脇本陣としていた。


>> 大村屋の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 19:43 | コメント (0) | トラックバック

菓子処村岡屋 江頭絹代さん

 2007年08月30日

菓子処村岡屋・本店・店長 江頭絹代さん

菓子処村岡屋本店
店長 江頭絹代さん


人とのコミュニケーションや芸術性…人を豊かにする "お菓子の世界" は無限大です!

 お菓子の国・佐賀。数々の老舗店舗がのれんを守る中、昭和初期に産声をあげ、一躍佐賀の顔となるお菓子を作りあげた店がある。「さが錦」-国際食品コンクール「モンドセレクション」で3年連続金賞を受賞。洋、和、生菓子すべての技術を取り入れ、佐賀の伝統織物・佐賀錦をイメージした斬新な作品は、お菓子に芸術性が宿ることを世界に知らしめた。前回、工場に取材した時は、徹底した品質管理のもと、お菓子作りに励む皆さんの情熱と技術の素晴らしさを見たが、そのお菓子に対する情熱とこだわりは、お店にも溢れていた―。「村岡屋」さんである。



Q・今、村岡屋さんは県外含めて33店舗あるんですよね!それにしても、この本店の大きさ…すごいですね。
A・お客様の中には「お菓子のデパート」とか「お菓子のお土産処」思っていらっしゃった方も多くて、よそ様の商品をリクエストされることも多いんですよ(笑)。その時は、よそ様のお店の案内や、観光に来られた方には観光どころの案内もさせていただいています。


Q・ライバル店を紹介したりもするんですね!ここ10年で佐賀でもお菓子処がずいぶん減ったと聞きますが…。
A・本当にお菓子処は減りましたね。この間新しいものが求められ、種類が増えていきました。でも、ベースは和菓子のあずきですから、お客様のニーズに応えた商品菓子を作るのはたやすいことではありません。そこで、ライバル店とも情報交換として、お話合いをすることも多いんですよ。佐賀のお菓子の世界を守るという意味でですね。


Q・元々、羊羹1本だった「村岡屋」さんですが、次々に商品開発をされていきますよね。その1発目がもなかの「鍋島さま」。なぜ、丸ぼうろじゃなかったのですか?
A・故・先代社長が本当の商売人、ビジネスマンだったんですね。人脈もあって、お菓子界の兄貴分のような人でした。発想も豊かで、「商売やるなら、他と同じことやったらつまらん」と一番最初から創作和菓子を始め、ネーミングも佐賀の歴史にちなんだものに徹底したんです。また、技術だけにこだわらず、私たち店舗に立つ者には「口紅は絶対つけて、笑顔で!」と細やかな指導をしてくださいました。先代社長の"大きなスケールで、細やかな気遣い"は、今でも受け継がれています。


Q・昭和30年代から今まで、すごい勢いで店舗数が増えていくのですが、まず県内ではなく、福岡へ飛ぶんですが…それは何故?
A・まず、九州の玄関口を抑えれば、県内でも必ず成功する、という先代社長のお考えですね。見事に当たって、その後好景気に乗って、佐賀県内にも店舗を一気に増やしました。


Q・他の老舗店舗と「村岡屋」さんが違うところは、店舗数にあるのですね。
A・そうです。より多くのお客さんが家の近くでお菓子を買えるように、と店舗を広げました。工場直送で新鮮ですし。お菓子を怒って食べる人っていないでしょう。お菓子を食べればホッと落ち着く。より幸せな気分になれる。そんな時間を身近に提供できたら…皆さんの近くのお店にぜひ行ってみてください。


Q・また、店内での無料ドリンクサービスやギャラリーも好評ですね。
A・お菓子に付随する人とのコミュニケーションや芸術性、お菓子を選ぶというゆったりとした空間…そこに現社長が着目して、無料でコーヒーやお茶を味わいながら、ギャラリーで美しいものを目で楽しんでいただく。お菓子だけじゃなく、お菓子の世界が作り上げる文化の世界を楽しんでいただきたいんです。


Q・お菓子はただの美味しいお菓子、じゃないんですね…。接客で気をつけていることはありますか?
A・まず"笑顔"ですね。私どもスタッフは"一期一会"を思って日々仕事に携わっています。声かけを率先して行い、お客様がどんな商品を探しているのかを引き出します。商品説明だけではダメ、販売員である自分たちの意見も会話に織り交ぜると親近感が湧き、気持ちよく購入していただけるんですよ。


Q・「村岡屋」さん本店のお菓子は進物が多いと思いますが、スタッフは風習などの知識を得るのも大変でしょう?
A・知識というより、本来は常識なんですよ。現代では希薄になっていますが、お中元やお歳暮に使われるお菓子は=気持ち。その気持ちを伝えるために、のし一つでも印象が変わるんです。ただの「お中元」や「御礼」よりも、私たちが時々お薦めするのは「松の葉」とのしに書くんですね。松は一年中色が変わらない、そういったところから"いつまでも変わらないお付き合いを…"という意味を込めているんです。日本の風習っていいですよ。


Q・「松の葉」ですか!いいお話ですね。丸ぼうろが全国菓子博覧会で名誉総裁賞を受賞したり、天皇陛下に「さが錦」を献上したり、素晴らしい対外活動もされている「村岡屋」さんですが、今後の展開を教えてください。
A・現状維持、です。これが基本だと思っています。変わらないことを続けることですね。お客様を大事にする、という当たり前のことを当たり前にやることが大切。これは佐賀にも言えることです。都市化が望まれる中ですが、佐賀のいいところはゆったりとして、純粋、人情味があるところ。派手じゃないけど、芯はしっかりしているところ。田舎のよさを変わらずずっと残していってほしいですね。変わらないものを守り、残すということはとても大切で、とても大変なこと。甲子園で優勝して、昨日帰ってきた佐賀北の球児たちも、もう浮かれることなく勉強していますよ!そんな素朴で変わらない佐賀で、佐賀の歴史をうたったお菓子と共に、皆さんとコミュニケーションができることをとても嬉しく思います。また、ネットの方はネット限定セットを作ってみたいですね。顔がみえない分、画面から温かさが想像できるようなページを作っていけたらな、と思います。お菓子は人々を幸せにしてくれるもの。そして、日本人のコミュニケーションとしての大切な役割を果たすもの。ぜひ、お菓子のある生活を楽しんでください。


店内
本店はスタッフ8人。常時4人で対応中。店内が広いため、常に気配りやアイコンタクトが欠かせないそう。一番大事なのは「いらっしゃいませ」の一言。


外観
佐賀市内のメインストリート、中央本通りにドーンと構える本店。店内は、まるでお菓子の宝探しができそうなぐらい!


飲み物
佐賀のお菓子処で初めて作ったという、無料飲み物コーナー。くつろぎながらお菓子を選べるうれしいサービス。


ギャラリー
本店にはギャラリーが併設。取材時(8月下旬)には盆栽展が開催。緑が涼を誘うステキな催し物。


ばんこ
佐賀市役所から支給された、誰でも座ってもいいという和風ベンチ「さがんばんこ」。本店には2台あり、佐賀銀行本店にもあるそう。


玄関
取材時は佐賀北高校、甲子園優勝の翌々日。「村岡屋」さんも玄関で応援。佐賀が全国区に!


ほとめき
佐賀弁で"ほとめく=もてなす"、という意から「ほとめきマーク」を商工会議所が製作。もてなし処の「村岡屋」さんにピッタリと旗を贈呈。


>> 村岡屋の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 18:15 | コメント (0) | トラックバック

理研農産化工株式会社 鬼木幸秀さん

 2007年07月27日

理研農産化工株式会社 常務取締役・社長補佐・業務部長 鬼木幸秀さん
理研農産化工株式会社 福岡工場
常務取締役・社長補佐・業務部長 鬼木幸秀さん

"油は生きていく上で欠かせないもの。" 90周年の今、新たな挑戦がスタート!!

 創立90周年。佐賀市内の一角でお米の卸、精米から始まったある会社は、製油・製粉2手を一挙に引き受けるという、全国でも2社しか存在しない、稀有な大会社に発展した。しかも製粉業務では、佐賀産小麦を使った「佐賀麦うどん」を開発し、全国ならぬ世界進出、製油業務では、どこも扱っていない素材を使っての「家庭用ヘルシーオイル」を研究の末、発表。守りに入らず、常に前に進むことをやめない、"発展しつづける老舗"―「理研農産化工株式会社」。今回は、冬の佐賀本社に続いて、製油業務を扱う福岡工場に赴いた。



Q・理研さんは、佐賀本社が製粉、福岡工場が製油とわけられていますよね。それはなぜですか?
A・ご存知の通り、製油工場のみ、製粉工場のみ、という独立したライバル会社は全国にたくさんあります。私共は、その2業務を一手に引き受けることで、油と小麦粉のセット販売等をしたり、ユーザーの要望をくみ取って営業展開をしたり…と相乗効果を得ているんですよ。そういった意味で、製粉・製油業務を同時に行っているんです。だけど、事業を拡大したので、工場を分けたんですね。


Q・なぜ、佐賀にもう一つの工場を作るのではなく、福岡の箱崎ふ頭に作ったのですか?
A・最初…戦後まもなくぐらいでしょうか。佐賀本社の工場でなたねをしぼって油にしていたんですね。当時は佐賀平野の農家もなたね栽培を行っていました。しかし、まもなく政府の農業政策で、佐賀はカリフォルニア米に対抗して、稲作推進に移行したんです。今、現在佐賀が米どころなのは、この農業政策があってからこそなんですよね。だから、なたね農家がいなくなってしまったんです。そこで、なたねや大豆など油の原料はほぼ99%輸入に頼ることになりました。輸入ですから、船で原料が運ばれてきますよね。大体、製油工場は全国でも、港に工場があるところがほとんどです。そこで、私共は昭和56年(1981年)、海に近い、福岡・箱崎ふ頭に最新鋭の製油工場を建てたんですよ。


Q・なるほど~。しっかり、役割が分担されているんですね。しかし、佐賀が本社ですが、福岡工場のスタンスはどんな感じですか?
A・私共は佐賀の会社というより、日本の会社、と思っています。地域密着型で、まず九州から固めていこうという姿勢で業務に取り組んでいます。今年、40年ぶりに関東の駐在所である、東京営業所を再開したんですよ。


Q・さがファンでもおなじみの家庭用オイルですが、販売は最近のことと聞きました。
A・製油工場はほとんどが、業務用を取り扱っています。私共では、現在業務用55%、家庭用30%、あとは加工油脂として、マヨネーズなどの各メーカーさんに提供しています。
家庭用オイルを販売し始めたのは、10年ぐらい前。最初はチェーンス―パーに、"プライベートブランド"で置いてもらっていました。それが好評になり、「理研」の名前で売るようになったんです。その他、業務用で分かりやすく言うと、某とんかつ屋チェーン店で揚げるとんかつの油は私共の油なんですよ! しかも全国数十店舗すべてです。今度、行かれる時はちょっと意識して食べてください(笑)。


Q・私たちの知らないところで、理研さんの油が出回っているんですね~。製油会社はたくさんありますが、ズバリ、"理研さんの油"の魅力って…?
A・まず、海の近くに工場があること。船からダイレクトに原料が入ってきて、そのまま触らず、工場に流れ、製品になります。しぼりたての新鮮な油をすぐに、九州の市場に出すことができるので、お客さんはできたてホヤホヤの油を味わうことができるんです。


Q・家庭用オイルに業務が移行しつつある理由を教えてください。
A・業務用はもちろん続けていきますが、そちらに傾くと、必ず輸入もの(中国産)に負けます。ヘルシー志向の世の中、数年前から健康をうたったオイルが大売れしていますよね。あれを研究してみて、「うちの方がいいものを作れる」と確信したからです。そして、さがファンでも売っている、「とうふの大豆で作った油」「へるしーダブル」「胡麻仁のドレスオイル」「亜麻仁の健康かけ油」と研究班が開発の上、作りあげたんです。特に「とうふ」、「亜麻仁」を原料にしたヘルシー油はほかにはありませんよ。


Q・今年は90周年ですね。どんなキャンペーンが行われたんでしょうか?
A・90周年は「広告元年」としています。あの巨大看板を佐賀市内、福岡市内に出したことから始まり、佐賀城下ひなまつり、博多港祭りどんたくで企業アピールを行い、秋には取引お客様にヨーロッパ旅行をプレゼント…条件つきですが。また福岡工場に創始者の銅像を建てる予定もあります。冬には盛大な祝賀パーティーもあり、盛りだくさんですよ!


Q・しかし、世界的に石油価格の沸騰で油業界も打撃を受けているんじゃないですか?
A・はい。もう既に、業務用油は5割増しという驚くべき数字になっています。家庭用オイルも徐々に値段が上がっていくのは否めません。アメリカでは「人間が食べる油を、車が食いだした!」といって、石油の代わりになたねなど穀物系油を燃料に使う方向性でどんどん動いています。日本もいずれそうなっていくでしょうね。私共も地球レベルで対策を立てなくてはなりません。その中でも、家庭用の新製品オイルの研究は続いています。市場に出るのは来年になりそうですね。


Q・油って深い世界なんですね~…。今後の目標を教えてください。
A・ズバリ、生き残り! これが目標ですよ。夢がないかもしれないけど(笑)。油は人間が生きていく上で欠かせない3大栄養素のひとつ。それ1本で、この危機的情勢の中で勝負していくのですからまさにサバイバルです。でも、新しい挑戦は90周年の今年、もう始まっています。今後は家庭用オイルを3割から5割へ増やしていくつもりです。佐賀本社の方は、佐賀産小麦を使っていかに何ができるか、地産地消をうたって頑張っているようですから、こちらも負けずに協力し合って、理研の名前を広めていこうと思います!!


集合
左から管理栄養士の浦田亜紀さん。研究開発部の南里裕子さん。鬼木幸秀さん。研究開発部・主任の西濱正範さん。みなさんに油について熱く語っていただいた。


オイル
できたてホヤホヤの油。透き通った美しい色に、なめたらサラサラで無味無臭!その後、別の油を試してみるとねばっとしてベタベタで油臭い…。説得性抜群の「聞き油」を体験。

亜麻仁
青魚と同じ役割を果たす、αリノレン酸が豊富に含まれている「亜麻仁」。原産国カナダでは、日本のゴマのように親しまれているそう。


工場看板

佐賀本社工場にある巨大看板。もうすっかりおなじみで、福岡都心・天神でもその存在感を知らしめている。


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投稿者 さがファン : 09:50

(有)前田畜産 南波多ミート 前田陽子さん

 2007年06月29日

(有)前田畜産 南波多ミート 前田陽子さん
(有)前田畜産 南波多ミート
前田陽子さん

"間違いない美味しさ"がここに―。 一度食べたら忘れられない味が伊万里牛!

 "伊万里"。この地名から連想されるものは何だろうか。伊万里焼、古伊万里…。さがファンの「店主訪問記」の記念すべき第一回目がちょうど2年前。(有)前田畜産 南波多ミートさん―伊万里牛を仕入れ、解体し、直販する…伊万里地区の中でも、伊万里牛を全国に発信する中心的な存在の会社だ。
 そう、伊万里牛…。この単語はここ2年で伊万里から連想される言葉のトップに上がった。テレビの影響も大きいが、その効果はやはり地元でコツコツと美味しいものをお客様に提供したいという一心で、発信し続けた前田畜産さんのような会社の努力の賜物だろう。
今回は、この2年の変遷とあらためて伊万里牛の魅力を聞きに、南波多へ車を走らせた。


Q・事業拡張をなされたとお聞きしましたが…?
A・はい。昨夏の水害の機会もあり、工場と直販店を大きくしました。以前の規模の時は、週末はもちろん、お盆、お正月ともなると、お店の前にズラーッとお客様が並び、車も遠くまで待っている状態なんですね。そこで、お客様が快くお買い物ができるよう、直販店のスペースを広くして、イスとテレビを置いてアットホームな空間にしました。

Q・卸の方も広く進出されているそうですね。
A・福岡からの卸の問合せがグッと増えましたね。うちにも営業マンを1人入れて、その問合せに応えられるよう頑張っています。現在、福岡では焼肉屋さんに卸すことが多いですね。また、唐津本店の「ステーキハウス蜂」さんの福岡支店(博多区中州川端・イニミニマニモ内)でもうちの肉を食べていただけます。福岡在住のお客さんの中には「福岡で食べて美味しかったから、今度から直接買いに来ることにした」とお店に通ってくださる方もいらっしゃるんですよ。

Q・昨年の話になりますが、某テレビ番組で「伊万里ふるたけ牛」が全国一になりましたね。当時の反応はいかがでしたか?
A・すごかったですね。注文の殺到の嵐でした。また、お店の方にも、今まで来たことのないようないろいろな方が買いに来られました。問合せの電話も鳴りっぱなしで、とにかく対応が追いつかず大変だったのを覚えています。あれで「伊万里牛」の名前が全国区になったのは喜ばしいことだと思いますが、それなら、伊万里地区全域が全国一の牛肉の名前に恥じないよう、生産し、提供していかなければという厳しさも感じています。

Q・最近ブームになっている「伊万里牛ハンバーグ」ですが、こちらはいかがですか?
A・すごい人気ですね。手作りでは追いつかずに、最近ハンバーグをこねるマシーンを導入したばかりなんですよ。うちでは、一度に100個買っていったりするお客様がいるぐらいですから(笑)。普通、ハンバーグというとお店に出せない、スネ肉など余りの肉などを集めて作るんですが、うちの伊万里牛ハンバーグはモモやネックなど、上質で新鮮な伊万里牛100%を使っています。もう一度食べたらほかのハンバーグは食べられませんよ。

Q・伊万里ふるたけ牛、伊万里牛ハンバーグ…など全国でも最高クラスの伊万里牛、ということを改めて踏まえた上で、他牛ブランドとはどう違いがあると思われますか?
A・「佐賀産和牛」という名前のピラミッドがあるとしたら、その頂点が伊万里牛です。佐賀牛とはどう違うの?と言われたら、それは単なる"呼び名"ですね。佐賀牛はJA佐賀経済連が認める佐賀産和牛のブランド名ですので、もちろん伊万里にもJA伊万里産佐賀牛というブランド牛があります。ですので、伊万里牛は総体的な呼び名です。伊万里牛は最高級のA5ランクが占める割合が佐賀産和牛の中でトップなんですね。もともと、佐賀牛というブランドの始まりは、ここ伊万里・南波多地区なんですよ。肥育農家が多いので、ここを発端にどんどん佐賀県域に卸していき、のちに、佐賀牛というブランドをJA佐賀経済連が作るに至ったというわけです。

Q・なるほど。それは初めて知りました。さて、前回は専務に仕入れから販売までのお話をお聞きしましたが、奥様の陽子さんは毎日どんなお仕事をされているんですか?
A・店頭でお客様に販売したり、インターネット注文の地方発送をしたり…と、女性チームで一緒にやっています。また、毎日お店にやってくるお客様とおしゃべりしたり…(笑)。
週末は、福岡など県外から来店するお客さんが多いので忙しいですよ。毎週、クーラーボックス片手に通われるお客様もいらっしゃって、手土産をいただくこともあるんです。お客さんが言うには、「ここの肉は"間違いない"から」と。光栄なことですね。また具体的には「ここの肉以外の肉を食卓に出すと、子供が食べないんですよ」という意見も。ぜいたくですけど、本当にうれしいですね。

Q・前田畜産さんは伊万里地区の中でも中心的な存在ですよね。伊万里牛の発信者という立場から、今後の展開を教えてください。
A・"伊万里牛=高い"というイメージが定着しすぎているので、私どもとしては安い値段で、一般のお客様に伊万里牛を食べてほしいと思っています。お肉って2つに分かれるんですね。伊万里牛の場合は、高級肉だからごほうびに、ギフトに。そしてもう一つは、安くてもおいしいハンバーグのような肉もあるから、毎日の食卓に。伊万里牛=ギフトと思っていらっしゃる方は、あくまでも贈る側だから、買っていただいてもご自分のお口に入ることはないと思うんです。それでは、ちょっと切ないですよね。だから、安いものでも上質な伊万里牛をそういう方に一度食べていただきたいんです。ギフトセットなど高いものが売れるのは嬉しいですが、お客様が喜んでくれる方がもっと嬉しいですから。

Q・さがファンでの展開はいかがでしょうか?
A・商品に変化をつけていきたいですね。キャンペーンとか組んで売り方なども考えていかなくてはと思っています。また美味しい食べ方や調理の仕方の提案を商品と一緒に発送したり…などいろいろ考えています。ネットでの売れ筋は、ギフト用のサーロインステーキなどで、お店での売れ筋は牛丼や肉じゃが用の切り落としなんですよ。まったく正反対なんです。私どもとしては、さがファンでは"ギフト"という扱いで進んでいこうと思っています。でも切り落としなど安いお肉がもし気になる場合がありましたら、直接お電話ください。価格表などを送りますので!

Q・これからも楽しみですね!最後にさがファン読者へメッセージをお願いします。
A・伊万里牛の一番美味しい食べ方は、やっぱり焼肉!手を加えない方が素材の味が生きます。シンプルな食べ方がおすすめですね。うちの伊万里牛は安心していただけ、間違いなく美味しいです!常に最高のものをご提供し続けています。1度食べたら忘れられない本物の味を、まず1度、食べてみて下さい!

店内 店内2
広々とした清潔な店内。週末は人であふれるが、平日の昼間などはゆったりとした時間の中、社交場となることも。

工場内
お店に隣接された工場では、肉の解体から商品づくりまで行っている。

肉
工場で作りたてのステーキ。この見事な紅色に美しいサシ!

外観
大自然の中に建つ、前田畜産 南波多ミート。バーベキューのシーズン、一度訪ねてみては?またはネットで注文を!


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御菓子司 鶴屋 堤 光昌さん

 2007年05月31日

御菓子司 鶴屋 堤 光昌さん
御菓子司 鶴屋
14代 堤 光昌さん

ささやかな日常の中の贅沢-お菓子。 大隈重信侯も愛した味をどうぞ!

 お菓子の王国・佐賀。その中で代表的な菓子といえば、やはり丸ぼうろだ。今でこそ、佐賀の銘菓としてどの店でも取扱われ、知名度も高いが、この丸ぼうろを日本で初めて作った"元祖"が佐賀市内に存在する。それが創業370年「御菓子司 鶴屋」さんだ。
 寛永16年(1639年)徳川三代将軍家光公のころ、佐賀・鍋島藩36万石の城下町に創業。佐賀藩から御用御菓子司を仰せつかり、歴史は流れ、現在では最後の鍋島藩主と同じ14代目が、伝統を守りつつ、常に新しいお菓子づくりにチャレンジ中だ。かの佐賀の七賢人の一人で幕末維新期のヒーロー、大隈重信侯も愛したという、鶴屋の味。話を伺った。


Q・日本で丸ぼうろを初めて作られたのが「鶴屋」さんだとか?
A・二代目の太兵衛が、わざわざ長崎街道を下って、出島まで新しいお菓子づくりを学びに行ったんですね。そこで出合ったのが、オランダの丸ぼうろ。太兵衛はオランダ語もわかりませんでしたが、情熱とプライドは人一倍持っていた人のようです。そこで、オランダ人に頼み込んで丸ぼうろの作り方を学び、佐賀へ持ち帰ったと聞いています。

Q・太兵衛さんは、佐賀では丸ぼうろのパイオニアなんですね。
A・そうですね。彼が丸ぼうろの作り方を佐賀に持ち帰らなかったら、丸ぼうろ作りの歴史の始まりはもう少し遅くなっていたかもしれません。当時は、特許などなかったものですから、他のお菓子屋さんもすぐに丸ぼうろ作りに着手したようで…ちょっと考えるとズルいですね(笑)。

Q・初代のころは、佐賀藩から御用御菓子司を仰せつかっていたそうですね。
A・そのころは、お菓子屋さんもほとんどなかったですからね。それどころか、一般庶民には砂糖は手に入らず、お菓子は贅沢品というより珍しいものでした。当時は、そんな理由から「御用屋」と呼ばれていたんですよ。

Q・長い歴史と共に歩まれてきたんですね。さぞいろいろとエピソードがあるでしょう。
A・伝統を守りながら、新しいもの作りにチャレンジして参りました。戦時中は、砂糖の配給が少なく、職人も戦争にかりだされたり…と紆余曲折がありながら、細々と営業を続け、戦後はいち早く洋菓子づくりに取り組みました。職人たちを東京にある洋菓子屋さんに派遣して、貪欲にお菓子作りにいそしんできましたね。私共の後に創業した、老舗である北島さんや村岡屋さん…、その他にも明治、大正時代はたくさんお菓子処が軒を連ねていたんですよ。しかし、戦争の影がしのびよってきた昭和初期でお菓子処はだいぶん消え、その後淘汰され、昭和40年代にはほとんどなくなってしまいました。お菓子の世界というのはそこまで厳しいんですよ。

Q・お菓子作りの職人さんが育たない、という理由もあるんでしょうか?
A・最近では、職人が少なくなりました。私共のところでは3人でやっていますので、伝統の味を守るので、現在は精一杯。新しいお菓子作りにチャレンジするには、まだ時間がかかりますが、新しい風や刺激、お客さまの声などを職人たちには毎日伝えるように努力はしています。店に出せる丸ぼうろを作れるようになるまで、5年はかかります。毎日失敗ばかりで、1割近くロスが出ることもありますが、料理の世界と一緒で、"残ったもの=失敗にヒントがある"と教えています。職人の世界は狭く、昔はスポーツの世界と同じで下が上がってきたら、上は危機意識を持つ、という修業的世界で、根性のある人しかできない職業でした。今現在では、逆にベテランが新人に手取り足取り教えてあげる、という世界ですね。でも、プライドと謙虚さだけは強く持っていますので、職人気質は健在です。

Q・かの大隈重信侯も「鶴屋」さんの丸ぼうろをごひいきにされたそうですね。
A・1896年(明治29年)、大隈侯が総理大臣2度目の就任時、母・三井子さんの一周忌に帰佐した折、茶菓として献上されたんです。「ほかに類例少なき風味」とその味に大変感動されたと聞いています。また東京に戻った大隈侯が、丸ぼうろの味を懐かしんでいると聞き、「鶴屋」11代目の善吉は職人を伴い上京。大隈侯の邸内でかまを焚き、作った丸ぼうろを献上しました。その流れかと想像しますが、大正15年(1926年)、宮内省から御菓子御用達を命じられているんですよ。

Q・「鶴屋」さんの伝統の丸ぼうろの味は、他の御菓子処とどう違いがあるんですか?
A・お客様の言葉によると、独特のやわらかさと風味があるということだそうですが…。牛乳と水は一切入れていません。二代目太兵衛の時代から、作り方は一切変わっていないんですよ。今あるカステラ、丸ぼうろはオランダのものをアレンジしたもの。まだ丸ぼうろはカステラのように全国区ではありません。だからこそ、逆に「佐賀でなきゃ食べられない」存在にしていきたいですね。

Q・「鶴屋」さんの今後の展開予定を教えてください。
A・あんこをベースにした創作菓子を作っていきたいですね。現代人に合わせて、今あるものをマイナーチェンジしたり…、そして職人を増やして、中身をより充実させたいです。女性スタッフに企画から参加させようかとも考えています。やはり、お菓子といえば女性の味覚は大きな力になりますからね。またネットでの展開は、まず、買ってくださる中高年のお客様が簡単にパソコンからアプローチできるように改善すること。楽に買えるんですよ、とアピールしていきたいですね。

Q・では最後に、「鶴屋」さんにとって、御菓子とは…?
A・"ささやかな日常の中の贅沢"ですね。好きな器に盛って、お茶と共に時間と空間を楽しむ…毎日頑張っている自分をちょっと休ませて、癒してあげる。そんな存在だと思っていますし、信じています。


鶴屋外観
城下町を思い起こさせるような、門構えが印象的な外観

鶴屋店内
カステラの切り売りもしている。これからの季節はくずまんじゅうやわらび餅など、水菓子が人気

御用
佐賀藩の「御用屋」だったことがわかる、木桶ぶたがさりげなく飾られている

昔のタンス
歴史を感じさせるタンスなど、店内には時代物がオブジェとしてセンスよく並べられている

鳥居
「鶴屋」さんに行くためには、必ず通らなければならない鳥居。真っ黒で、近くに神社もない…!?その存在は謎だそう。誰か知っている人はいませんか…?


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投稿者 さがファン : 19:55 | コメント (0) | トラックバック

(株)サガンドリームス 碇 秀樹さん

 2007年04月30日

(株)サガンドリームス 碇 秀樹さん
(株)サガンドリームス 
碇 秀樹さん

グッズを持てば、応援したくなる! 応援すれば、サッカーが好きになります!!

 九州の交通の拠点・鳥栖市。JR鳥栖駅そばに圧倒的な存在感でたたずむ「鳥栖スタジアム」は、我らが「サガントス」の本拠地だ。今年3月から始まったシーズンでは、2勝1分5敗(4月17日現在)、J2、13チーム中11位とまだエンジンがかかっていない様子だが、ケガをした主力選手が続々と回復中で、今後、多いに期待がかかる。さがファンではスタジアムのショップとほぼ同数のグッズを取り扱っており、昨夏ネットショップオープンと同時期にインタビューを行った。あれから半年強、チームの縁の下の力持ち、「サガンドリームス」がどう変化したのか、再訪問してきた。



Q・前回はネットショップオープンと同時期にお話をお聞きしましたが、あれからグッズの種類や売上はどう変わりましたか?
A・グッズは新商品がどんどんスタンバイ中です。5月はキーホルダーやリングストラップなど、小物系が6種類増える予定です。売上は、試合の勝ち負けに影響しますね。もちろん、勝った日の方が売れる、ということですけど。だから、チームにはずっと調子がいいままでいてもらいたいですね(笑)。また、昨年は選手仕様のユニフォームがモデルチェンジしてとても売れたのですが、現在衣服系の売上は落ち着いています。グッズは着るものから入る方が多いですからね。

Q・新商品開発をどんどんされているそうですが、商品化の基準はあるんでしょうか?
A・お客様の声、要望がすべての基準ですね。今、具体化しているのはポンチョです。梅雨時期前に商品化する予定です。これも、もちろんサポーターの方から意見をいただいて、企画会議にかけて、商品化に向けて動いたものなんですよ。また、他に意見をいただいているものは、応援の時だけじゃなく、普段、日常時でも着られるようなカジュアル仕様のTシャツ。こんなグッズがあったらいいな、とか、このグッズをリニューアルしてほしい、などご意見、ご要望がありましたら、メールやファクスでどしどし応募ください!!お待ちしています!

Q・スタジアムショップのグッズとネットショップのグッズは一緒ですが、売れ筋は違うんでしょうか?
A・それは、今後の商品開発の課題でもあるところなんです。ネットショップでグッズを買う方は、しょっちゅうスタジアムに足を運べない方々ですので、試合で応援するグッズのほかに、日常生活でさりげなく使えるグッズを増やしていきたいですね。現在では、やはり携帯電話のストラップが根強い人気です。

Q・現在の売れ筋商品を教えてください。
A・1位は「オフィシャルイヤーブック」。いわゆる選手名鑑ですね。1冊で選手、クラブ、歴史等がすべてわかるというものです。そして2位は、2007年バージョンで3種類新しくなった「タオルマフラー」。そして3位は、キーホルダーなどの小物関連です。小物系はどんどん新しくなっていきますので、楽しみにしていてください。

Q・試合を応援するグッズ~"三種の神器"はなんですか?
A・まずは、「選手仕様ユニフォーム」。これは好きな選手のユニフォームを着る方が多いのですが、サポーターズナンバーといって17番の背番号がついたユニフォームもあります。チームのマスコット「ウィントス君」も17番をつけています。これは、スターティングメンバー11名とベンチ入りメンバー5名、合わせて16名、プラスサポーター1ということで「17番」という意味があるんですよ。また、チームの産みの親である、坂田先生の命日、1月7日にもかけた番号なんです。

Q・さて、念願のウィントス君のぬいぐるみは、昨夏10回修正して出来上がり間近、と聞いていましたが……居ませんね!?
A・そうなんですよ…。あれからまた修正を繰り返しているんですが、どうしても納得いく表情に仕上がってこなくって。ぬいぐるみは表情が命。判断基準はかわいいか、かわいくないか。簡単のようで難しいんですよ。でも今、最終調整中で夏休みの8月あたりに発売する予定です。こだわりにこだわったウィントス君のぬいぐるみを楽しみに待っててくださいね!!

Q・今年のサガントス(4月17日現在)の調子はいかがでしょうか?
A・ご存知の通り、まだまだ調子が上がっていません。大味の試合が多く、昨年培った守備力がまだ戻ってきていませんね。原因の一つは、選手のケガが多いこと。しかし、ケガが回復し、続々と選手が戻ってきている段階なので、これから攻撃力が出てくるでしょう。新しい選手も入りましたし、サガントスは走り負けしない、最後まであきらめないチームです。華麗なパス回しからシュートに結び付け、ゴールを決めるシーンを一度見れば、絶対にファンになりますよ!

Q・ずばり、サッカー観戦の面白さってなんでしょうか?
A・ゴールを決めるまでの長いプロセスと、ゴールが決まった一瞬ですね。サッカーは野球と違ってなかなか点が入らないスポーツです。だからこそ、点を入れるための技術やかけひきがあり、プロだとそれらが高度なんですよね。入りにくい点が入る瞬間っていうのは、一言でいうと"ファンタスティック"。その瞬間をスタジアムのお客さん全員が経験し、一喜一憂する、というカタルシスと一体感を味わう…それが、サッカー観戦の醍醐味じゃないでしょうか。グッズを見たら、きっと応援したくなりますよ。応援するには、ぜひ、スタジアムに足を運んでください。きっと、サッカーが好きになるはずです!!

鳥栖スタジアム
鳥栖スタジアム
電車の中からも見える「鳥栖スタジアム」。駅から徒歩3分という、全国有数のアクセスの良さ。

ショップ店内
チームカラーである、サガンブルーとサガンピンクが鮮やかな、スタジアムのショップ。

パンチング
オフィスのデスクに置いておきたい!?ウィントス君の「パンチング」。軽く殴って日ごろのストレス解消に!

文房具
勉強にも精が出そうな、ウィントス君ノート&クリアファイルボールペンなども新商品が続々登場予定。

マグカップ
佐賀ならでは、有田焼のカップ類。ちょっと高めだけど、プレゼントに喜ばれそう。

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銘菓創園 中島屋 中島勝信さん

 2007年02月28日

銘菓創園 中島屋 中島勝信さん
銘菓創園 中島屋
代表取締役 中島勝信さん

ネットショップの可能性は無限大。 和菓子の美味しさをより多くの人へ-。

 神埼市にある、年に9日間しか公開されない紅葉の名所「九年庵」はご存知だろうか。
毎年シーズンになると、美しく燃えるような紅葉をひと目観ようと、県内外から観光客がドッと押し寄せる。
その九年庵の期間中、1日で約1万個が売れるという名物の「麩餅(ふもち)」。
会場には茶席が用意してあり、バスガイドがわざわざ説明するほどの人気さだ。
その「麩餅」を作っているのが、『銘菓創園 中島屋』。
お菓子の老舗処が多い佐賀の中でも比較的若い会社である。社長に話を伺ってみた。


Q・老舗のお菓子処が多い佐賀という土地のなか、中島屋さんの歴史を教えてください。
A・確かに、佐賀はお菓子屋さんが多いですが、特別に老舗だから、とかライバル意識は持っていませんね。
私どもは昭和48年(1973年)創業ですので、30数年の歴史になります。
その中でも、数々のヒット商品を生み出してきました。小倉かすてらの「佐賀慕情」、焼きまんじゅうの「さが平」、そして栗まんじゅうの「くり」は当時からある人気商品です。

Q・社長がお菓子会社を作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?
A・昭和30年代、私が中学生だった時、知り合いが長崎で開催された菓子博覧会に連れて行ってくれたんです。この知り合いが大のお菓子好きで、私に将来、お菓子の携わる仕事をしてほしいと言うんです。
当時は中学生ですからね、お菓子の世界は面白いなあぐらいしか思っていませんでした。
でも、彼は私が成人したら、わざわざ京都から佐賀に迎えにきたんですよ。
そして京都で和菓子の真髄を学ばせてもらったんです。

Q・何者なのですか?その知り合いさんという人は・・・。
A・おいしいお菓子を求めて全国転々としている人でしたね(笑)。
たまたま佐賀にいる時に仲良くなったんですが・・・、彼がいなかったらお菓子会社は作ってなかったでしょうね。

Q・販売するお菓子の発明はどのように行われていたんですか?
A・中島屋をオープンする前に、いくつか商品は準備していました。
昭和48年前にはいろんなお菓子作りのグループがありまして、私もあるグループに入り、定期的に品評会を行うんです。
そこで評判が良かったお菓子がいろんなお菓子屋さんの店頭に並ぶわけですね。「佐賀慕情」もそうでした。

Q・名物「麩餅(ふもち)」の誕生秘話を教えてください。
A・実は、神埼の紅葉の名所「九年庵」のために開発されたお菓子なんです。
会場には、いろんな出店が出ておりまして、茶席もあり、くつろげるようになっています。
そこで、ピッタリな商品はないかと開発したのが「麩餅」です。九年庵公開とほぼ同時に世に出たので10数年ほどの歴史がありますかね。
紅葉に茶席・・・和の世界にマッチしてるんでしょう。
おかげさまで期間中は1日約1万個売れるんですよ。バスガイドさんもお客さんに「名物の麩餅です」と説明してくれるんです。

Q・なぜ、中島屋さんの「麩餅」が好評なのですか?
A・麩餅は全国にあるんですよ。
だけど、私どもの「麩餅」が美味しいのは、やはり水によるものが大きいと思っています。佐賀の清流はおいしいですからね。
また、こしあんは小豆の皮をむいてから湯がく皮むきあんで、とても時間をかけているんです。甘さひかえめで、あっさりとした優しい食感、口の中でとろけていくような独特な食感をぜひ試していただきたいですね。

Q・和菓子をネット販売するきっかけは何だったんですか?
A・九年庵で「麩餅」を食べたという北九州の方から店に注文が来たんです。
でも、最初は生ものを送る気にはなりませんでした。
しかし、実験的に冷凍で送ってみたんですね。
すると、味はまったく変わっておらずおいしいままだった、という報告を受けてネット販売に踏み切ったんです。

Q・実際にさがファンに載せて、反響はいかがですか?
A・驚いたことに、問合せがたくさんきていることですね。
佐賀という限定された地域だけではなく、全国から電話が来ています。
ネットの可能性は無限大ですね。どこでも物が売れるという可能性に今更ながらビックリしています。
個人のお客様ではなく、先日は岡山のお店から、大量に卸してもらえないか?という嬉しい問合せもきました。そういった卸し系の話もいくつかきているんですよ。

Q・すごいですね、麩餅ネット効果!今後、どんなお菓子を増やしていかれる予定ですか?
A・今は麩餅生どら焼きの2つですが、また生菓子を増やしていきたいですね。
どら焼きは季節商品なので、夏になったら中身が旬のものに変わります。
そちらもお楽しみに。和菓子は美味しいのはもちろん、とってもヘルシーなお菓子です。
一度食べたら止まらなくなりますよ!ぜひ、お試しください!!

麩餅
麩餅の食感は「軽い」!冷たくもっちりとしながら、口の中で溶けていく感覚。
甘さが控えめで、和菓子の苦手な人にもパクパクいける。

店外観
神埼の本店。洋菓子も置いてある。隣接の工場で日々お菓子が作られている。

お菓子
創業時からのヒット商品。「さが平」「佐賀慕情」「くり」。ばら売りがあるのもうれしい。

>> 銘菓創園 中島屋の商品はこちらからご購入いただけます。

<店舗情報>
銘菓創園 中島屋

尼寺本店
佐賀市大和町尼寺802-2 TEL:0952-62-5016

城南店
佐賀市本庄町袋280-2 TEL:0952-23-0585

神埼店
神埼市神埼町大字姉川1347-2 TEL:0952-53-2752

投稿者 さがファン : 09:37 | コメント (0) | トラックバック

ありたどり 池田憲正さん

 2007年01月31日

店主:池田さん
ありた株式会社
取締役 専務 池田憲正さん


地元から全国へ-日本一おいしい若鶏です!
一度食べて、味の差を試してみてください。

佐賀県と長崎県の県境、西松浦郡の有田町。
“有田”といえば焼き物が有名である。しかし、有名なのはそれだけではない。そう、地元の人で知らない人はいない、「ありたどり」ブランドが生まれた場所なのである。町中では「美容と健康の青い鳥、幸せをお届けします」とキャッチコピーが書かれたトラックが走っているのをよく見かける。トラックの出発場所は、ありた株式会社。“日本一の若鶏”を作っている会社だ。今回はそのおいしさの秘密を伺ってきた。

Q・「ありたどり」が誕生した理由を教えてください。
A・当社は昭和44年(1969年)、現会長が開業しました。食鳥処理場として営業し、若鶏のお肉を作っていました。月日が流れ、交通網の発達により、近所のお肉屋さんに宮崎県や鹿児島県から鶏が卸されてくるようになったんですよ。そこで思ったのは「他県の大量生産の鶏肉ではなく、地元でおいしい鶏が作れるんじゃないか?」。そこで平成4年(1992年)の秋、10戸の生産農家と協力し「ありたどり」づくりが始まったんです。

Q・まず、どこから手をつけていったのですか?
A・餌ですね。飼料の品質をどんどん上げていったんです。まず動物性の魚粉を減らし、とうもろこしや大豆などの畑の栄養、植物性のものを増やしました。さらに、ハーブの1種:ケルプ(北海で取れる特種な昆布)をエキスにして発酵させた飼料を加えました。飼料によって、肉の味や風味、食感は全然変わるんですよ。

Q・では、飼料を変えるたびに試食会などを行うんですか?
A・今の「ありたどり」の味に落ち着いたのは平成12年(2000年)ですね。試食会は当社で関係者10人ほどが集まって行ないます。今では、「ありたどり」の味もしっかり定着していますので、試食会の回数は少なくなっています。しかし、現在でも、18の生産農家が月に1回集まって研究会を行って品質の向上と維持に努めています。飼料メーカーは1社に統一して間違いのない品質管理をおこなっています。

Q・「ありたどり」の味の特徴を教えてください。
A・食べていただいたら、すぐにわかると思うのですが、まず、植物性のえさを食べていますから、肉特有の臭みがありません。そして何よりも柔らかい。さっくり感があってヘルシーでもあります。
昔はもちもちしていて脂が多めだったんですが、改良しあっさり、ヘルシーにしました。

Q・鶏肉は固くてコリコリしているのがおいしい、とかよく言われますよね。
A・地鶏は特に硬く感じますよね。旨味もたくさんあって美味しいと思います。
しかし、最近では「やわらかい」イコール「おいしい」と感じる人が増えているようです。
うちの「炭火焼」を食べて欲しいのですが、若鶏なのですごくやわらかいんです。炭火焼って普通固いですよね。それは親鶏を使っているからなんです。うちの「炭火焼」をぜひ食べていただきたいですね。きっと炭火焼の概念が変わると思いますよ。調味料を極力控えめにして、肉の持つ味を最大減に引き出しています。

Q・2005年度食肉産業展 地鶏・銘柄鶏食味コンテストで優秀賞をとられたそうですね。
A・これは、全国の地鶏や銘柄鶏を集め東京ビックサイトで行われたコンテストです。銘柄を隠し、ホットプレートで焼いた鶏肉を来場者約300人に試食してもらい、人気投票で順位を決ました。最優秀賞は鹿児島県の「さつま地鶏」、優秀賞はうちの「ありたどり」と岡山県の「おかやま地どり」。この3つの中で、地鶏ではなく、若鶏なのはうちだけなんですよ。だから、事実、日本一おいしい若鶏なんです!

Q・それはすごいですね。地鶏と若鶏の違いを教えてください。
A・先にお話したとおり、地鶏の特徴は固い、というところです。また、旨味も多いと感じます。農業JIS規格で地鶏の定義が決められています。それは、飼育面積を広くすること、長期間飼うこと、日本のニワトリであることです。つまり、放し飼いにして良く運動させるんです。そして生まれて80日以降に出荷するので、身がギュッと締まった状態になっているんですね。また、明治時代からの血統付き鶏の50%の血を受け継いでいるという条件も付いています。
若鶏は、50日から55日の若い時期で出荷します。やわらかいジューシーなお肉が出来上がります。この短期間で旨味を作り、味わい深いお肉を作るのは大変な努力が必要です。森の中の鶏舎でのびのびと育つよう、細心の注意が必要です。それを18の生産農家がローテーションで出荷するんです。だから常に気が抜けません。

Q・「ありたどり」は地元では有名ですが、地元以外の人はどこで食べられますか?
A・もちろん、さがファンで注文していただくこともお薦めですが、各スーパーにも置いてもらっていますよ。また、福岡にはチェーンの焼き鳥屋さんや、焼肉屋さんにも卸しています。有田町にお越しの際は、町内の直営店「から揚げドンドン」へぜひ寄ってください。また、平成18年(2006年)12月に佐賀市内に出来た大型ショッピングモール「ゆめTOWN佐賀」の精肉売り場の前にも、「から揚げドンドン」を出店していますので、佐賀市内の方もぜひ、寄ってみてください!

Q・今後が楽しみですね。目標を聞かせてください。
A・やはり「ありたどり」というブランド名をいろんな人に知ってもらうことですね。
それに、いい食品が日本中で生産され、日本の畜産業界が栄えれば…と思っています。価格だけで評価されるのではなく、少々高くてもいいものが評価される時がくればいいなと思っています。そのためには一度「ありたどり」を食べていただきたいです!


ありたどりパック
熟成加工により、うまみをギュ-ッと閉じ込めた「熟成ムネ肉」。パサパサ感がなく、肉がプリップリ。

工場
即日加工、即日出荷、店頭販売…と新鮮。配送トラックがどんどん出発していく。

から揚げドンドン
地元にある直営店「から揚げドンドン」。行列ができるほどの人気だ。

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投稿者 さがファン : 10:45 | コメント (0) | トラックバック

理研農産化工株式会社 牛島治義さん

 2006年12月28日

店主:牛島さん
理研農産化工株式会社
取締役製粉事業部長 牛島治義さん


今年は90周年!“佐賀ブランド”を全国に、そして世界に発信していきます!!

 天ぷらの入った皿を持った、コックの格好をした外国人らしき男性がニコッと笑っている…そんな巨大看板を見たことがないだろうか?工場にはもちろん、佐賀駅前、福岡の天神、赤坂、平尾…でも巨大外国人コックは微笑んでいる…。そんなインパクトのある看板を作ったのは、今年90周年を迎える理研農産化工株式会社。製粉、製油、配合肥料工場として、業界では老舗の会社だ。ほとんどの製品が業務用対象になっている理研さんが「さがファン」に出店…!?しかもうどんを販売!?その意図は如何?さっそく尋ねてみた。


Q・理研さんといえば、小麦粉に油というイメージが強いのですが、本来は何屋だったんですか?
A・90年前の設立当初は、お米の卸と精米工場をやっていたんですよ。製油も米ぬか油などありましたのでやっていました。そして、戦後、小麦を使った製品が急激に増えはじめたんですね。これはパン食の影響があります。外国からパン用の小麦が輸入されたりして、製粉業を始めたんです。今現在は、製粉、製油、配合肥料の3本柱でやっています。

Q・以前はほとんどが業務用として製品が流通していましたよね。「さがファン」のページを開くと、「佐賀麦うどん」がトップに出てきますが、家庭用向けに商品を作るようになったのはいつごろですか?
A・実はここ2~3年なんですよ。主におこのみ焼き粉、ホットケーキ、天ぷら粉などがあります。そして今、前面に押し出している「佐賀麦うどん」。これは一昨年前、95年の夏にできあがりました。

Q・「佐賀麦うどん」を作られた理由を教えてください。
A・佐賀は小麦の生産で全国でも有数な土地(北海道に次いで2位)なのに、外に知られていないんですね。そこで、製粉業である我々が、なんとか佐賀産の小麦を使って商品を作れないか、というところから始まったんです。

Q・佐賀産小麦で作ったうどんはどんな特徴があるんでしょうか?
A・ニシノカオリとチクゴイズミという2種類を使っているんですが、どちらもうどんにはとても適しているんですね。半年ほど試作段階をふみましたが、味わいはのどごしが良く、キュッと歯切れも良く、もちもち感があります。ただ、普通のうどんと比べてコストがかかるのも特徴でして…「さがファン」ではギフト商品として出しています。

Q・では、「さがファン」に出店したのも「佐賀麦うどん」の認知度を広めるために…?
A・その通りです。今では商品を買う方法も多様化していますよね。「佐賀麦うどん」をアピールするには、スーパーに置いておくだけじゃ人々に知られない、と思ったんですよ。ネットやいろんな手段を通じて、全国へ発信していきたいと思っているんですが、実は今、世界に発信している真っ最中なんですよ。

Q・「佐賀麦うどん」が、世界に発信中?ですか…?
A・JETRO(ジェトロ:日本貿易振興機構)が主催で、日本食の普及を1年間かけて行っていく活動があるのですが、そのために全国から自慢の食の商品を募集していたんです。そこに佐賀麦うどんをエントリーしましたら、なんと採用されまして、九州からたった1商品ですよ!これから欧米各地を他の商品と一緒にフェアとしてスーパーなどを回っていき、試食会などが行われるそうです。

Q・それはすごいですね!逆輸入の可能性もあるかもしれませんよ。また、「さがファン」で売っているオイルですが、こちらはヘルシーというイメージがありますね。
A・それは原料に亜麻仁(あまに)という植物を使っているからです。亜麻仁は血流を促す作用のあるα-リノレン酸が約50%も豊富に含まれているんです。この亜麻仁、昔の日本では番傘の油としても使われていたんですよ。あとは大豆やなたね、ゴマ…と皆、原料が植物なのでヘルシーなイメージがあるんでしょうね。

Q・いよいよ今年90周年ですが、何かサプライズはあるのでしょうか?
A・90周年事業やキャンペーンをやる予定です。毎月何かしらやろうと計画しています。実は、製粉と製油を一緒にやっている工場は日本で2つしかないんですよ。そして、「佐賀麦うどん」…これだけ大きな老舗の会社が地元の麦を使って製品開発、販売することについてよく珍しがられます。それもこれも佐賀をアピールしたいがためです。今年は“佐賀ブランド”を全国に、そして世界に発信していきますよ!!

Q・「さがファン」をご覧の方々にメッセージをお願いします。
A・今年は、佐賀麦うどんの種類をもっと増やしていく予定です。できれば佐賀の素材を使ったものでカレーうどんセットとか…何かないかな(笑)。とにかく、おいしいものを作りますので楽しみにしててくださいね。


工場写真
佐賀本社工場では製粉、製油、配合肥料を。福岡の箱崎工場では、毎日家庭用オイルが5万本も作られている。

ショーケース写真
まだ数は少ないが、家庭用商品もスーパーなどに陳列されるようになった。

巨大看板写真
本社工場にバーンと掲げられた、おなじみの巨大看板。インパクトは抜群だ。


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投稿者 さがファン : 17:34 | コメント (0) | トラックバック

焼肉 炎壽 吉武 裕幸さん

 2006年11月29日

店主:吉武さん
焼肉 炎壽
吉武 裕幸さん


感動しながら食べられるのがうちの焼肉!
いいものを地元の人に食べてもらいたい。

 澄み切った空気にきらめくイルミネーション。冬の佐賀中心部はとても美しい街に変身する。JR佐賀駅から県庁のある南方面に向けてまっすぐ通っているのがメインストリートである中央大通り。11月初旬のバルーンフェスタを皮切りに、冬期は通りに輝くライトが点灯、ライトファンタジーの名称で親しまれている。その通りを5分ほど歩くと見えてくるのが、大きな牛の看板。毎日満員御礼という、「焼肉 炎壽(えんじゅ)」だ。さがファンでもオープンしたばかり、ALL佐賀牛の炎壽。そのこだわりをさっそく聞いてきた。

Q・炎壽で扱っている肉は全部「佐賀牛」なんですか?
A・95%は佐賀牛を取り扱っています。その中でも最高級の佐賀牛なんですよ。佐賀牛の等級は4等級以上BMS(サシの美しさの基準)7以上なのですが、うちの肉は5等級以上BMS10以上のものしか出さないんです。等級でいえば5は最高ランクで、BMSの最高は12なんですよ。

Q・すごいですね!そんな高級肉をどうやって仕入れてくるんですか?
A・この焼肉店は昨年秋オープンしましたが、うちはもともと食肉販売業を昭和40年代からやっていました。そこの社長と私と2人でせり場へ行って、直接見て枝買いします。その食肉販売店で卸したものを、この焼肉店やネットショップで出しているんですよ。

Q・気になるのがズバリ、金額なんですが…。
A・それが、お客さんには高いとは言われないですね。むしろ安いと言う方も…。ただ、現在ネット(さがファン)で売っている肉は、都心部向けに設定しているので、最高級肉の中でも少しだけしかとれない場所の肉を出しています。ですので金額は当然高くなってしまうんですが…さがファンに出さない分の肉はすべてカットするぐらいのぜいたくな“選ばれし肉”を出しているのでご容赦ください!
 
Q・それにしても、お店のお客さん多いですね~!お客さんの反応はいかがですか?
A・佐賀の地元の方には、「佐賀牛は安い」と思われているんですよ。スーパーに行けば、ギリギリの金額で出しているでしょう。でも先ほども申しましたが、佐賀牛のランクもこんなに広いんです。だから、地元の方にうちの最高級佐賀牛をぜひ食べていただきたいですね!!お客さんには「こんな肉、食べたことがない!」と言われたこともありますよ。

Q・佐賀だけにお店があるのはもったいないですよ(笑)!焼肉の素晴らしさって何だと思われますか?
A・“感動しながら、食べられる”っていうことじゃないでしょうか。実際に食べた方に聞くのが一番じゃないでしょうか…?
(さがファンスタッフ)
 食べた時は感動しましたよ!とても柔らかく、とろける舌触りに甘さがありました。脂味が全然しつこくないし味と風味がたっぷりで、ペロッと食べてしまいましたよ。お店も個室形式になっていて、ゆっくりとくつろげることができました。

Q・へえ~うらやましい。「炎壽」という名前にはどんな意味があるんですか?
A・焼肉という食を通して幸せをもたらしていく、という思いが込められています。うちでは妥協は絶対しません。肉を見て、これはこのメニューに今日はそわない、と思ったら必要な部分だけ残して、あとは全部カットします。1は味、2は見た目(色)、この2つがそろって初めて感動を呼ぶんです。

Q・今後のネット(さがファン)店への抱負を教えてください。
A・うちの肉の良さをどれだけわかっていただけるか、そしてその良さが人に伝わりファンが増えていく…、が最初の目標ですね。もちろん、商品数も増やしていきたいと思っています。ほかのところでは食べられない肉のアレンジを出していきたいですね。

Q・最後に「さがファン」のファンへメッセージをお願いします。
A・1人でも多くのお客様に本物の「佐賀牛」のおいしさを味わっていただくために、常に質へのこだわりを持ち続けています。ぜひ、一度ご賞味ください!!


焼肉 炎壽 外観
焼肉 炎壽
佐賀市唐人2-1-11 (地図) Tel0952-23-0223
営業時間/17:00~23:00OS、無休(正月別)

焼肉 炎壽 個室
店内は全部が個室になっていて、思いおもいに焼肉を楽しむことができる。

佐賀牛 最高級 極上サーロインステーキ
流れるようなサシが入った美しい肉。これが「5等級以上BMS10以上」の最高級肉だ。

肉イメージ2
みなさまにお届けする時は、化粧箱に入っている。贈られた人の喜ぶ顔が目に浮かぶよう。


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投稿者 さがファン : 18:37 | コメント (0) | トラックバック

嬉野温泉 旅館 大村屋 専務・北川弘文さん

 2006年10月31日

店主:馬場さん
嬉野温泉 旅館 大村屋 
専務・北川弘文さん


商品開発は随時行っています!
嬉野発、次に何が発信されるかはお楽しみ。

 全国有数の温泉地である佐賀。その中でも女優など芸能人がお忍びで訪れるほどの温泉が、“美肌の湯”として知られる嬉野温泉だ。日本テレビ系の人気番組「どっちの料理ショー」の後続新番組、「ニッポン旅・旅ショー」の温泉対決に11月16日(木)、嬉野温泉が登場する。なんと、その番組中に登場する予定なのが、さがファンでもおなじみ、大村屋の「大村屋特製 抹茶プリン」。これは、オンエアが楽しみだ。今回は、その大村屋さんののれんをくぐってきた。
 
Q・大村屋さんは、嬉野温泉の中でも歴史は大変古いそうですね。
A・一番の老舗だと思いますよ。創業が天保元年(1830年)で、屋号の大村屋は、長崎の大村藩からとったものだといわれています。参勤交代の時では、その先の瑞光寺を本陣として、こちらを脇本陣としていたんですよ。

Q・へえ~、それは知りませんでした。そこで抹茶プリンはいつから登場したんですか?
A・約11年前の平成7年(1995年)ごろからですかね。夕食のデザートとしてご宿泊のお客様にお出ししていたんです。そして、数年前ほどから、このプリンをおみやげに持ち帰りたいというご要望がお客様の方から多くありまして、容器やソース入れなどの思案を始めたんです。

Q・持ち返り用はソースが別になっていますよね。
A・夕食の後にお出しする時は、抹茶ソースを上からたっぷりかけた状態でお出しするのですが、持ち返り用はコストのことも十分考えて、ソースは別袋にして添えました。すると、これが好評で、お客様から「量が自分で調節できるので、自分の好みの甘さにできる」という意見を多くいただいたんですよ。

Q・特製抹茶プリンができたきっかけを教えてください。
A・当時、郷土・嬉野の素材をつかった料理を宿の名物にしよう、といろいろと考えていたんですね。「これがあるから大村屋」というような。嬉野お茶しゃぶ(嬉野茶のしゃぶしゃぶ)もすっかり嬉野温泉の名物になりましたが、あれは、私どもが一番最初に始めたんですよ。あと、開発段階では小城羊羹をあげた、あげ羊羹なんていうものもありました。すぐになくなってしまいましたけど(笑)。お茶しゃぶと一緒に残ったのが、抹茶プリンですね。商品開発は随時行っていますよ。

Q・嬉野温泉の魅力はどういうところですか?
A・やっぱり、温泉の泉質ですね。やわらかく無色透明で、美肌の湯といわれるだけあって、入った後はツヤツヤすべすべになりますよ。湯をつかって化粧水などの商品を開発されたり、温泉の素も先日、全国的に発売されましたし。あと、なんといっても温泉湯豆腐という名物ができるぐらいのやわらかく、トロトロのお湯は嬉野にしかない、っていうことですかね。昔は、歓楽街的要素が強かった嬉野温泉ですが、現在では女性客がずいぶん増え、健康志向になってきています。私どももこのブームに乗って、健康的な商品を開発していこうと考えているんですよ。

Q・これからが楽しみですね。どんな商品が宿に、さがファンに並ぶ予定なのでしょうか?
A・それは企業秘密です(笑)。でも、これからできたらいいなと思っているものを2つ。どらやきをベースにしたものを作っていきたいですね。あと豆腐!今、アメリカでは豆腐シェイクがはやってるんですってね。フルーツとミックスさせて。健康的だし、豆腐を使ったデザートは何か開発したいな~と思っています。…とアイデアはたくさんあるんですけどね、商品開発となると難しいんですよ。

Q・老舗の大村屋さんですが、さがファンなどでのネット展開はどのように考えていらっしゃいますか?
A・時代に乗る、というのは大切ですね。ホームページを作った以上、常にリニューアルしていかなくてはいけないし、お年寄りも簡単に見られるようにしなくてはいけない。ただ、画面を開けば、女将の顔や料理が載っている…ということで、お客様が親近感を持ってくださるんですよ。画面を見ながら電話をしてくださるお客様もいらっしゃいます。ネットはどんどん活用していきたいですね。いずれは中国語、韓国語バージョンも作らなきゃ!って考えているんですよ。

Q・時代をリードする老舗の大村屋さんとして、今後の目標を教えてください。
A・代々続いた温泉宿ですから、うまくバトンタッチし続けていかなくてはなりません。また、よそ様の旅館と違うものを常に開発して出していかないと、という挑戦の気持ちを持ち続けていくつもりです。嬉野温泉街そのものも盛り上げていきたいですね。温泉街が盛り上がれば、大村屋も盛り上がります。さがファンも、もっと盛り上がれば、大村屋ももっと大きくなります!今後を期待しててくださいね!


抹茶プリン
「旅館ありきの抹茶プリン」と北川専務。手作り感が特徴だ。添加物が入っていないので賞味期限は1週間。早めにいただこう。

屋号
江戸時代からのれんを守る老舗宿。サービスも行き届いている。

ロビー
落ち着いた感じのロビー。ロビー内喫茶でも、抹茶プリン(200円)をいただくことができる。


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投稿者 さがファン : 16:53 | コメント (0) | トラックバック

さが風土館 季楽 馬場和之さん(JA佐賀経済連)

 2006年09月29日

店主:馬場さん
JA佐賀経済連 直販店舗課 課長兼直販本店長兼神野店長
馬場和之さん


ふるさと佐賀のアンテナショップ。
見て、さわって、食べて実感してください!

 農業大国・佐賀。佐賀牛をはじめ、佐賀米、みかん、なし、いちご…など全国に誇れる数々の農畜産物が一堂に会するのが、「さが風土館 季楽」だ。佐賀県内に6店舗を構えるJA経済連の「季楽」は、東京・銀座にも出店し、その名は全国区。テレビでも大きくとりあげられ、話題に上っている。さがファンでも売上を伸ばす「季楽」さんに今回はオジャマし、その人気の秘密を伺ってきた。
 
Q・「季楽」というブランドは定着していますね。できるまでを教えてください。
A・本店は平成5年(1993年)の11月にオープンしました。私どもJA佐賀経済連が自信を持って取り集めた、佐賀の農畜産物を外に発信しよう、店を通じて人につなげていこうと、地元のアンテナショップとして開店いたしました。農産物直売所では生産者と消費者を結ぶ場であったり、“地産地消”運動を行う場という意味も含まれています。

Q・「季楽」のネーミングの意味を教えてください。
A・こちらは佐賀県民のみなさんに公募して生まれた名前です。まず「さが風土館」の“風土”は太陽と緑のあふれる自然豊かなフード=食糧を表しています。そして“季楽”は、季節ごとの楽しさと話題があって、いつもキラキラと輝いている、という意味がこもっています。

Q・へえ〜そんな意味があったんですね。今、どれくらいの商品を扱ってるんですか?
A・インターネットのさがファンですと、佐賀牛をメインに32点ですね。店舗だと100点は超えるんじゃないでしょうか。佐賀牛がメインで、次はですね。大体農産物が多いです。お酒も売っていますよ。

Q・自慢の商品、売れ筋の商品を教えてください。
A・やはり、ズバリ佐賀牛でしょう!お店、インターネットだと、少しはお安く買えますよ。あと、これからの季節だと伊万里巨峰などのフルーツがよく出ますね。夏には、呼子の甘夏を使った、夢甘夏ゼリーが大人気で売り切れになるほどだったんですよ。

Q・レストランの「季楽」としては東京・銀座に出店していますが、とても好評だと聞いています。
A・銀座店はちょうど1年前の平成17年(2005年)9月にオープンしました。場所が場所だけに、値段も佐賀より断然はりますから、高級レストランのような扱いになっているようですね。おかげさまで、テレビによく出演させていただき、季楽の名前と佐賀牛の存在が全国的に広まり、うれしい限りですね。今後の店舗進出も、考えている段階です。

Q・佐賀を代表して、佐賀の食材についてどう思われますか?
A・佐賀の食材はまずは、鮮度。そして味ですね。また安全で安心であること。生産者の顔が見える食材として、私どもの店ではリピーターの皆さんなど固定客が増えています。消費者が、見てさわって、食べて実感できる「ふるさと佐賀」の食文化と商品をお届けできるように、日々頑張っております。

Q・今後、インターネットで展開していきたいことはありますか?
A・インターネットでは商品点数をどんどん増やしていきたいですね。お店に置いてあるカタログ内の商品…いかしゅうまいや佐賀のり、ハム、しょうゆ、呼子朝市詰め合わせなど、全部載せていきたいと思っています。

Q・さがファンをご覧のみなさんにメッセージをお願いできますか。
A・お店もインターネットも同様に、最高の素材と、お客様の満足度を引き上げる、最高のサービスでおもてなしします。ぜひ、季楽をご利用ください!!


季楽外観
佐賀の旬の食材がそろっている季楽本店

店内
充実した佐賀牛コーナーは注目だ

街かど畑
農産物直売所「街かど畑」は本店の横にある

レストラン
昼時には行列もできるレストラン。ランチは1050円〜と手ごろな値段。佐賀牛コースでは電話で予約した方がベター

≫ 季楽の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 19:38 | コメント (0) | トラックバック

サガントスオンラインショップ 井上裕康さん((株)サガンドリームス)

 2006年08月28日

店主:井上さん
(株)サガンドリームス
井上裕康さん


ライブで観戦するのが、一番の魅力!
グッズを買ってぜひ興奮を味わって下さい。

 全国屈指の工業都市であり、九州の交通の拠点、鳥栖市。そして、街の顔といえば、JR鳥栖駅から徒歩すぐの「鳥栖スタジアム」。サッカーJ2のリーグチーム「サガントス」のホームスタジアムだ。ホームゲームには、佐賀をはじめ、九州全般からファンやサポーターが押しかけるという。その待望のオンラインショップが7月にオープンした。チームカラーのブルーとピンクがまぶしい、グッズがたくさん。ファンには嬉しいページに仕上がっている。今回は、サガントスの縁の下の力持ち、運営会社の(株)サガンドリームス、企画担当の井上さんを訪ね、裏話を伺った。
 
Q・オンラインショップでは、スタジアムのショップと同じ全種類が揃うらしいですね。
A・オンラインショップはずっと作りたかったので、念願かなって嬉しい限りです。今は全部で62種類の商品があるのですが、随時商品開発を行っているので、これからも増えていく予定です。

Q・商品開発はどのようにして行っているのですか?
A・社員数名で月に一回ほど会議を行って決めています。現在はサガントスのキャラクター、ウィントス君のぬいぐるみの制作真っ最中。ぬいぐるみは表情が命ですので、サンプルがあがっては、修正の繰り返しで、もう10回修正してるんですよ!でももうすぐ、出来上がりそうなので、楽しみにしていて下さい。

Q・売れ筋のグッズ商品を教えてください。
A・1位は「選手仕様ユニフォーム」ですね。2位は「タオルマフラー」。3位はTシャツ関連の商品です。9月2日にはタオルマフラーの新しいデザインが発売されるんですよ。好きな選手の番号が入れられるようになっていて、実際、ゲームがある日にミシンでアップリケを作って実演販売をするイベントも予定しています。

Q・サガントスのチームカラー、キャラクターやロゴの由来は何でしょうか?
A・これが結構こだわりがあるんですよ!チームカラーは社長の構想で、空の深く透明感のある青と、佐賀・筑後平野に広がる大地の緑が重なり合う色を融合させた、世界でたった一つのサガンブルー、そして、このサガンの地に生きる人たちの情熱を優しく包み、内に秘めた熱い心を蛍光色のピンクで表して、サガンピンクとしました。ロゴはシャープなイメージで強さを感じさせるデザインにしました。エンブレム全体はVICTORY(勝利)のVがモチーフになっていて、真ん中にあるのは佐賀・筑後地区に生息している天然記念物のカチガラスです。ウィントス君はこのカチガラスのリーダーで、強い者、大きい者に対しても決してひるまず勇敢に立ち向う気性のキャラクターなんですよ。

Q・へぇ~。それではあらためてサガントスのチーム名の意味を教えてください。
A・サガントスの“サガン”は、長い年月をかけて砂粒が固まって砂岩(サガン)となるように、一人ひとり、小さな力を集結して立ち向うことを意味しています。また「佐賀の」という意味にも通じています。

Q・1995年市民クラブとして創部し、後にサガントスとなり、(株)サガンドリームスへ2005年に営業譲渡して2年目ですが、どういった仕事をされているのですか?
A・私もサッカーの仕事がしたくて、応募して入社したのですが、社員はほとんどサッカー好きが多くて、全員で20人います。チーム運営会社で20人は結構多い方ですね。だけど、ゲ-ムを観ることはほとんどできないですね…。約半数が営業で、あとは企画や運営の仕事をしています。そうはいっても、全員が営業の気持ちを持って仕事をしています。私の仕事は鳥栖や久留米地域の大学や専門学校などを廻って、ボランティアを呼びかけ、試合当日に担当割り振り、統率をしてます。また、サッカー試合日以外でもイベントの手伝いをしたり、とやりがいがあって面白いですよ。
 
Q・ホームタウン鳥栖についてどう思われますか?またサガントスはどんなチーム…?
A・鳥栖は立地条件が抜群にいいですね。気軽に観戦に来られますし。佐賀圏内からの観戦者だけではなく、九州全般から訪れるのが特徴です。他のチームと比べて、遠くからやって来る観戦者が多いのは嬉しいですね。サガントス自体はオールラウンドなチーム。対戦チームによってカラーを変えていくのが特徴です。FW(フォワード)の得点王・新居選手はぜひチェックしてください。

Q・今後、ショップではどんな展開をしていきたいですか?
A・今後はネット限定の商品を出していきたいですね。また会員様から「こういうグッズがあったらいいな」という意見を集って、新商品を開発したいなと思います。あと、実はお米「サガントス応援米」が売れているんですよ。これはスポンサーのライセンス商品で、100%佐賀米。これからは、酒販の免許をとってショップはもちろんネットでもお酒を売りたいですね。これもスポンサーのライセンス商品で「佐賀の翼」というサッカーをモチーフにした日本酒があるんです。そのほかの商品も開発中です。

Q・サガントスをまだよく知らない方たちへ、また、サポーターの皆さんへ、メッセージをお願いします。
A・実際にスタジアムに観に来てもらうのが一番ですね!ぜひライブの独特な雰囲気、スタジアムならではの興奮を味わってください。きっとファンになりますよ!サポーターの皆さん、これからも新しい商品を出していくので、ぜひ両ショップでお気にいりのグッズを買って、応援よろしくお願いします!!

スタジアムスタジアム裏
JR鳥栖駅から徒歩3分のスタジアム。(株)サガンドリームスはスタジアム内にある

ショップ店内
ズラリとグッズが並ぶスタジアム内ショップの店内。ホームゲームのある日は人でごったがえすそう。試合開始前には入場規制がはいるほどの人気です。

ショップ外観
営業時間は11:00~19:00、月曜定休。ホーム、アウェイ問わず、サガントスのゲームがある翌日は休みのショップ

ロゴマーク
サガントスのロゴ・エンブレム。真ん中上部にあるのが、天然記念物のカチガラス

選手仕様ユニフォーム
スタジアム、ネット、両ショップで一番売れ筋なのが選手仕様ユニフォーム

タオルマフラー
応援の必需品タオルマフラーも人気No.2。9月から新デザインに!

Tシャツ類
さまざまな種類が人気のTシャツ類。ハングル文字が書かれたものもある

エナメルバッグ
井上さんのイチオシは、エナメルバッグ。雨に濡れても丈夫なバッグに、グッズをいれて応援に出かけよう!

≫ サガントスの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 17:05 | コメント (0) | トラックバック

佐賀和牛 肉の味好 木村英喜さん(東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ 理事事務局長)

 2006年07月31日

店主:木村さん
東脊振ショッピングセンター協同組合マルシェ
理事事務局長
木村 英喜さん


ひとくち食べれば、すぐに“元気”!
それが、佐賀産黒毛和牛の魅力です!!

 美しく豊かな自然に、深い歴史を持つ神埼郡・東脊振村が三田川町と合併し、「吉野ヶ里町」となったのは、今年の3月。約5900人だった東脊振村の人口も、吉野ヶ里町となって約1万6000人に。夏のある日、旧・東脊振村の顔ともいえる情報交換地で、唯一のショッピングセンター「マルシェ」を再び訪ねたが、変わらずにぎわっていた。「マルシェ」内の精肉部が、さがファンの「肉の味好」店の発信地。今回は、「マルシェの怪人ブログ」も好評の木村さんにお話を伺った。

Q・夏本番ですが、さがファンでもお肉が飛ぶように売れていますよ。
A・肉はやはり夏がよく出ますね。お中元や、お盆の帰省時期のお土産など贈り物が多く、ステーキなど大きなものが売れ筋です。あとバーベキューも多くなる季節なので、焼肉用の肉も多く置いています。

Q・贈り物にお肉はこの時期、うれしいですね。自分ではなかなか買えませんから…。
A・そんなことはありませんよ〜。私どもで扱っている佐賀産黒毛和牛は、等級としてA4〜A5と上質の肉ですが、ネットで見ていただいてもおわかりのように、お気軽にお買い上げいただける価格になっています。これが福岡などのスーパーに行くと、確実に1.5倍の値段で売っていますよ。

Q・ビックリ価格ですね!家が近所なら毎日でも買いに行くんですが(笑)
A・いいものを、より多くの人たちに食べてもらいたい、との一心で価格をギリギリまで下げています。また、問屋を通さず、中間マージンがないのでここまでの金額にできるんですよ。「食べてもらわないとわからない」が信条ですから。佐賀産黒毛和牛は確かに高級肉ですが…だから高いし、食べるのをためらうっていう方も多いですよね。でも、私どもの商品を購入されて、リピーターになられる方たちがとても多いんです。

Q・私も、とろとろの佐賀和牛をいただいた時は感激しました。しかも、こんな安価で…。
A・そうでしょう!でも、質は一切落ちたものは出していませんから!黒毛和牛は食べないと、別の肉と別物っていうことがわかりません。だから、ぜひ食べていただきたいんです。その機会やきっかけを、さがファンやこちらの店で作らせていただいています。

Q・佐賀産黒毛和牛の魅力はズバリ…?
A・“味がしっかりしていること”ですね。一度食べれば、ほかの肉が食べられなくなるぐらい美味しい!! 夏のイチオシはヒレステーキです。脂たっぷりのサーロインに比べて、サシが細かく入った適度な脂量が、口の中でしっかりと旨みを出してくれます。あと、焼肉用のカルビですね!噛んでいくごとに肉の身がトロリと小さくなっていくんですよ。同時に肉汁が口の中でふわ〜っと広がって…バーべキューにはピッタリですよ。

Q・聞いてるだけで喉が鳴りますね(笑)。おすすめの食べ方ってありますか?
A・肉、本当に大好きなんですよ(笑)。付け合わせや、合うお酒などを考えていくと、どんどんグルメになっていくんです。グルメになるとこだわりも出てきて、肉やお酒、メニューを考えたり、選ぶのが楽しくなってくるんですよね。黒毛和牛は肉そのものに旨みや甘みが詰まっていますから、まずは塩・こしょう程度で食べていただくのが一番です。あとは、柑橘系をしぼってたらしたり、ゆずごしょう、わさびなど、好みはありますがシンプルな食べ方をオススメします。

Q・最近ではブランド豚も好評だそうですね。
A・「肥前さくらポーク」は好評をいただいています。金額的には牛肉より安く、特有の臭みがない、きめの細かい肉でこちらもオススメですよ。また、お店では日々、新商品も開発中で、時々夕方にメンチカツや春巻きを出すことがあります。ブログで報告していた黒毛和牛ハンバーグは現在まだ試行中なんですよ。商品化を楽しみにしていてください!

Q・毎日更新の「マルシェの怪人ブログ」、楽しみに読んでいます。いつも情報満載で感心します。毎日、書かれるのは大変でしょう?
A・何事も“継続が一番難しい”っていいますよね。今は仕事の後に書くのを習慣にしています。ブログは商品の宣伝も兼ねているので、ネタづくりが一番難しいですね。でも、ブログにアクセスしていただく方も多く、ブログからお店のページに入って、商品を注文していただく方も増えてこられているんですよ。うれしいですね。やる気が出ます。これからも、肉のよさをアピールしていきますので、ぜひ参考にしてくださいね。たまにはつぶやきブログも入ってきますけど…(笑)。これからは夏バテの季節。でも、黒毛和牛をひと口食べればすぐに元気になりますよ!元気がない時は、絶対黒毛和牛。ぜひお試しを!!

マルシェ売り場
ズラリとならぶお肉。朝10:00開店から、夜10:00閉店まで、お客様のことを考え商品が途切れないようにしている。

マルシェ売り場2
売り場は指定農家の写真が並び、肉の顔が見えるように。さがファンの「肉の味好」ネット上でも、指定農家の名前を出している。

マルシェ牛肉アップ
実際、お肉をいただいたが口の中ですぐに、トロッととろける柔らかさに感動!!しかも、値段が安価なので、ファンが多いのも納得だ。

マルシェ加工場
売り場から見えるように、加工場が裏手にある。

マルシェ肉パックづめ
加工場では肉のカット、パック詰めと大忙し。

マルシェ肉カット
鮮やかな手つきで、肉をカットしていく姿に釘づけに。

マルシェ外観
東脊振の顔、ショッピングセンター『マルシェ』。ここから、美味しい佐賀和牛が全国発信されていくのだ。

≫ 肉の味好の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 15:05 | コメント (0) | トラックバック

佐賀のすりごま 井上雄二さん(大幸食品株式会社)

 2006年06月30日

店主:井上さん
大幸食品株式会社
取締役工場長 井上 雄二さん


今までも、これからも“すりごま”一筋!
ゴマブームの中、味には自信があります!!

 昔から胡麻(ゴマ)は健康に効果的な食材として親しまれてきた。日本の歴史をさかのぼると、なんと縄文時代。しかし、当時はその栄養価の高さゆえ、身分の高い者しか口にすることはできず、ゴマが一般庶民の食卓に登場したのは江戸時代だという。
 昨年、健康系のテレビ番組でゴマの健康パワーを紹介されて以来、問合せや注文の電話がひっきりなしという、「佐賀のすりごま」を提供している大幸食品株式会社。ゴマの健康的な効果に早くから着目し、徹底した研究のもと独自の“すりごま”を作り上げ、現在は“すりごま一筋”!! お話を工場のある諸富町山領へおもむいて伺った。


Q・全国的な健康志向ブームの中で「佐賀のすりごま」は大人気ですね!もともと佐賀はゴマの産地なのですか?
A・実はそういうわけではないんですよ(笑)。でも佐賀という土地は豊穣で、いろんな農産物がたくさんとれますよね。今ではずいぶんと数が減ったと言われていますが、佐賀にも「ゴマ農家」が多くあったと言われています。しかし、ゴマっていうのはあの小さな一粒にすごい威力があるわけで、土地の栄養分をすごい勢いで吸ってしまうんです!ですのでゴマ畑を確保する土地が少なくなり、畑の土地を移す手間もかかってくるんですね。

Q・では、「佐賀のすりごま」の原材料はどこのものなのでしょうか?
A・現在、日本全国のゴマは99.9%が外国産によるものといわれています。以上のような理由で、ゴマを栽培でき得る、豊穣であり広い土地が、日本にはほとんどないんですね。私どもの「佐賀のすりごま」の原材料はゴマの発祥地であるアフリカ産で、無農薬の最高品質のものを使っています。

Q・「佐賀のすりごま」が誕生した話を教えてください。
A・平成7年(1995年)、健康食品としてのゴマにずっと携わってきた創業者が、ゴマの栄養成分をより吸収しやすい“すりごま”に着目して、作り始めたのが「佐賀のすりごま」です。世界各地で栽培されているゴマ約3000種類をみずから試し、ゴマは擦り具合、煎り具合でもだいぶ味が変わりますから、独自の機械を作って、研究、研究、試行錯誤の繰り返しの上、出来上がったのが、今の商品です。
 
Q・ゴマ一筋!というわけですね。ネーミングの「佐賀のすりごま」も佐賀のファン獲得に一役買っていると思われますが…。
A・インパクトがあって、みなさんに覚えてくださるのが嬉しいです。最近ではお中元、お歳暮などに、お菓子等ではなく、健康に良いといってすりごまを贈られるお客様も多いんですよ。ゴマは昔から日本の家庭の食卓にある調味料。健康食品というのは、知られていましたが、肝心の味…“美味しさ”には実はあまり触れられてなかったんです。

Q・では「佐賀のすりごま」が人気の理由は…!?
A・そう、ズバリ“味”なんですよ。ゴマは擦り方、煎り方で味や風味が全然変わってきますから…、とにかく一度食べていただけるとおわかりになると思います。すりごまは栄養分が高く、人気ですが、味に関して言えば、“ただの粉”だけになる場合もあり得ます。
「佐賀のすりごま」はゴマ独自の持つ油分を大切にし、巧くミックスさせていますので、食感のよさ、口触りの良さには自信があります!今まで、口コミでお客様にご愛顧いただきましたが、本当に、「まずは一回食べてください!」と皆様に言いたいです。栄養があるのはもちろん、ゴマの“美味しさ”をたっぷり感じていただけるはずです!

Q・ズバリ、「すりごま」の魅力とはなんでしょうか?
A・すりごまは、ゴマの栄養分をより吸収しやすくしたものです。ゴマの歴史は古く、紀元前の世界。あの絶世の美女と伝えられている、エジプトのクレオパトラや、中国の楊貴妃もゴマを好んで食べていたそうですよ。ゴマは保存食としても貴重とされ、当時は、あの小さなゴマ一粒が、牛一頭に値するぐらいの高級食材とされていたそうですよ。

Q・さがファンをご覧の皆様にメッセージをお願いします!
A・発注がありましたら、擦り立ての新鮮なものを直送しております。ゴマは保存食で、賞味期限は6カ月と長いですが、何といっても香りが魅力。皆さんにお送りする袋も空気を通さない、酸化しにくいものを使っております。どうぞ、擦り立ての味をお楽しみください!

黒ごま
関西以北は黒ゴマ、以南は白ゴマと人気が分かれるそう。味や健康効果は黒ゴマ白ゴマも変わらない

白ごま
ゴマの殻をつぶし、擦ることによって体内に栄養が吸収されやすいという「すりごま」。スプーン大さじ山盛り1杯(10g)で牛乳の1・2本分のカルシウムが補える

すりごまミルク
黒ゴマは甘いデザ−トに人気。かけることでより旨みやコクが増すという。牛乳に一杯かけるだけで、健康ドリンクのできあがり

すりごまヨーグルト
白ゴマはサッと振りかけるだけで、見た目も変わらず料理に人気。ハンバーグの種に入れるだけで、驚くほどふわっと仕上がるそう


大幸食品株式会社の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 09:42 | コメント (0) | トラックバック

高級六田蒲鉾: 石井健太さん(六田竹輪蒲鉾企業組合)

 2006年05月31日

店主:石井さん
六田竹輪蒲鉾企業組合
専務理事 石井 健太さん


健康食品・かまぼこに愛情を注いで約120年。
変わらない信頼の味をずっと伝えていきたい。

 佐賀県三養基郡みやき町の六田地区には六田川という小さな川が流れている。やがて川は筑後川に合流し、大海・有明海へ注がれる。
 六田蒲鉾は創業明治20年。江戸時代、六田地区は宿場町として栄え、代官所を構える町であった。当時は、水上交通が盛んで、有明海から新鮮な魚がどんどん運び込まれた時代。六田蒲鉾さんを訪ねると、工場の裏手にすぐ六田川が流れていた。魚を運び込み、練り物として加工、近場の宿場町に届けていた時代から約120年。変わらない味を追求し続ける姿勢が、現在も変わらずそこにあった。今回は5代目にお話を伺った。


Q・約120年、変わらぬ味を保ってこられた理由は何だと思われますか?
A・「お客様があったから」の一言ですね。昔からのファンの方が、変わらない味を求めて全国から注文をしてくださいます。地元のお客様は直接モニターになって、意見を言いに来てくださるんですよ。そのニーズに応えるよう、長年受け継がれてきた“商品に合わせたものづくり”に日々励んでいます。

Q・“商品に合わせたものづくり”-かまぼこ作りで一番大変なのは…?
A・確かな原料と、かまぼこへの愛情の注ぎ方ですね! 商品を自分に合わせるのはなく、時間を商品に合わせる…お客様を商品に合わせるのではなく、お客様の目線に合わせて商品をつくる―。かまぼこ作りは一方通行の思いじゃダメなんです。時間はかかりますが、かまぼこがもう少し常温でゆっくりしていたいなあ…と感じたら、時間はかかるけどそうしてあげる。そうやって作り手、かまぼこ、お客様…への愛情の注ぎ方の調整をとって初めておいしい商品ができるんですよ(笑)!

Q・愛情の注ぎ方…とは人生の教訓みたいですね(笑)。原料へのこだわりについては?
A・同じ味を保ち続けるということは、大変難しいことです。何に関しても継続が一番難しいことですから!味を変えようと思ったら簡単に変えられますからね。同じ原料を使い、同じ製法をしても味は変わってしまうんですよ。それは日々の天候、温度、湿度などが影響してきます。また、原料は生の魚ですから、シーズンによって、選ぶものも大きく変わります。地元産から外国産までさまざまです。

Q・では朝起きた時、すぐ天候を気にされるんですか?
A・そうですね。これは長年の勘で、すり身をすりあげた手の感覚などで、今日はこの原料を使ってこの塩梅で作ろう…と見極めますね。うちは従業員が8人いますが、職人によって感覚や考えは違います。でも最後は同じ考えにまとまります。それは小さな個人企業ならではの強みですね。味にばらつきが出ず、信頼のある変わらない味につながるんです。

Q・原料へのこだわりのひとつに、“全品保存料無添加”とありますが…。
A・食品は腐るのが当たり前です。近年ではスーパーに並ぶ練り物は長く持つと思われがちで、こだわりのあるかまぼこ屋さんも減ってきたのが残念です。原料は生の魚ですから、私たちは昔と変わらず新鮮なものをお客様に食べていただきたいという思いで、保存料無添加にこだわっています。

Q・現在でも機械作業より手作りの方が多いそうですね!
A・保存料無添加というのもありますが、作り置きをせず、“1日で作ったものは1日で売る”と決めています。すると機械よりも手作り、になってしまうんですよ~(笑)。だから時間はかかりますけど、お客様へ対する責任や、信頼を保つことはできていると思っています。この姿勢は今後も続けていきます。

Q・実に頼もしいですね! 今後の展開を教えていただけますか?
A・かまぼこ業界のパイオニアになりたいですね! 練り物は昔からある伝統的な“健康食品”なんですよ。豆腐やこんにゃくと一緒。しかし、かまぼこ業界では後継者不足や、買い手の認識不足など、低迷の一途をたどっています。でも現在では、練り物が健康に良いということは研究され続け、発表されているんですよ。健康食品としてのかまぼこを、佐賀の地域ブランドとして今後、全国に発展させていきたいですね。

Q・最後にさがファンへひとことお願いします!
A・オススメはやはり手作りもの。作り手の顔が見える、佐賀産の玉ねぎやアスパラを使った「ちぎり天」や「なんこつ天」は人気です。モノがあふれかえっている世の中、本物の味を追求し、日々、かまぼこへの愛情の注ぎ方を思案して従業員8人で頑張っています。ぜひ、一度食べてみてください!!

石臼練り
材料は石うすで念入りに“本ずり”される

温度調節
温度調節のため、氷と温度計を片手にすり身の状況を見て加水する

蒸し作業すり身ちぎりカット作業
かまぼこになる前のすり身が望んでいる状況を見極めるのは長年の勘。それに、愛情の注ぎ具合と思いやり-。約120年の看板を守る基本であり、秘訣だ

てんぷら1天ぷら2
かまぼこ&天ぷらは生で食べるのが一番おいしいそう。しょう油、ワサビにゆずごしょうもオススメだ

社長外観
4代目社長・石井武俊さんは「健康食品としての練り物を、子どもたちにも広めていきたいですね。それが私たちの使命とも思っています」と語る


高級六田蒲鉾の商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 17:35 | コメント (0) | トラックバック

伊之助めん:川原 正広さん(伊之助製麺株式会社)

 2006年05月01日

店主:川原さん
伊之助製麺株式会社
取締役工場長
川原 正広さん

シンプルだからこそ、おいしく、美しいと
言われる麺を作り続けていきます!

 深い緑の山々に、きよらかに流れる美しい清流…。先日、市となったばかりの神埼市は“そうめんのふるさと”としても有名で、自然にあふれた町だ。江戸時代初期、約370年ほど前に“伊之助”という人物が神埼の町にそうめん作りの製法を広め、現在、神埼町役場裏の櫛田宮境内には「神埼そうめん発祥地」の石碑が建つ。今回は歴史をさかのぼること約200年前-江戸後期時代から製麺を行い、伝統の味を保ち続けている「伊之助めん」さんの門をたたいた。

Q・神埼町の麺祖ともいわれる“伊之助”の名前を名乗られたのはなぜでしょうか?
A・私どもは文久元年(1800年)に「川原製麺」という屋号でスタートしました。農家から麦を仕入れ、製粉し、山の手の水車で麦をひいて粉にして手延べ麺を作り…それは小さな麺屋だったんですよ。「伊之助」の名前を会社名にしたのは約70年前です。神埼町にそうめん作りを広めた伊之助さんに、あらためて感謝と敬意を込め、お名前を借りさせていただきました。町には子孫の方もいらっしゃいますので、工場前には伊之助さんを祭る石碑も建てさせていただき、毎日、麺祖の名に恥じない麺づくりにいそしんでいます。

Q・とても大きな工場ですが、1日どれくらいの麺を製造しているんですか?
A・大型機械化したのは大体戦後ぐらいで、麺の製造量が増えると同時に、全国へ卸すようになりました。それで、「神埼そうめん」の名前が一躍有名になったんですよ。現在では1日約10トン、袋にして約4万袋、箱詰めして約1200ケースを製造、出荷しています。乾麺は関東地方ぐらいまで卸し、生麺は日持ちの関係もあり、九州圏内のみ卸しています。

Q・麺はシンプルな食べ物ですが、製法は難しいのでしょうか?
A・麺の原料は“粉・水・塩”といたってシンプル。粉をこねるミキシングの時間、塩を溶かす濃度はそうめんだと5%、うどんだと4%と微妙に違うんです。そうめんの製造は約半日ですが、うどんだと丸1日かかるんです。シンプルがゆえに細かいところに気を配らなくてはならないですね。一番大事なのは“乾燥”。すべての麺は“乾燥”で7割は味が決まるんですよ。

Q・「伊之助製麺」さん独自の“5段階乾燥”ですね!
A・そうです。まず粉をこねるミキシングの後、うすく伸ばし麺体にして1時間熟成させます。その後、5つの乾燥室に入っていくわけですが、急激に乾かすと外側だけ乾き内側がしめってヒビ割れを起こすんですね。コシのある、じっくり時間をかけて、内側から水分を抜いていくんです。まず1、2段階の乾燥室では熟成乾燥をして、3、4、5の乾燥室で徹底的に外からも乾燥させます。すると見た目にも美しい麺ができあがるんですよ。

Q・これからはおいしい冷やしそうめんの季節がやってきますね。
A・ここぞかきいれ時です!(笑)そうめんは4月からがお盆時期までがシーズン。オススメは1年間寝かした、いわゆる“蔵出し”の「極細和紙巻きそうめん」に、冬に作った「極寒そうめん」ですね。寒い時期に作る麺は良く締まってコシが出るんです。また、そうめんは寝かせるのが一番いいんですよ。

Q・寝かせる…ってなんだかワインみたいですが…?
A・2年間ぐらい寝かせるのがベストです。そうするとより堅くなり、コシが出やすく、のどごしが良くなるんですよ。だからそうめんは賞味期限も長いんです。うどんは逆で新しい方がいいですね。堅くなるとうどんはまずくなる。“堅い=のどごしが良い”と思えば、納得していただけるでしょう?

Q・なるほど~。今後の展開や目標があったら教えていただけますか?
A・神埼町はそうめんの製造が盛んではありますが、実際に食べられるお店が少ないんですよ。将来はこの工場の横に店を作って、お客様にその場で伊之助めんのおいしさを味わってもらいたいですね。

Q・その日が早く実現してほしいですね!最後にさがファンへメッセージをお願いします。
A・これからも真心込めて、おいしい麺を作り続けていきますので、ぜひ一度ご注文されてみてください!また、佐賀県内を主にスーパーなどで試食販売も多くやっておりますので、そちらも機会があったらぜひお試しくださいね。

商品 そうめん:うどん:そば:ラーメン
そうめんをはじめ、うどん、そば、ラーメンとあらゆる麺を製造している。生麺も好評だ

伊之助石碑
工場前に建つ、神埼町麺祖“伊之助”を祭る石碑。感謝を込めて会社が私費を投じて建立。時々、子孫の方が拝みにいらっしゃるという

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2階建ての大きな工場。ここで、1日平均そうめんで言えば、約10トンの麺が造られている

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まずは、粉をこねることから始まる。工場には約10数人のスタッフの方が常勤している

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工場の2階でこねた粉は1階に下り、麺用に薄く伸ばされる

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麺用にカットされた生地は、また2階に上がってゆく

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1階から上がってきた麺は、5段階に分けて乾燥させられる

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まるで“麺のカーテン”が5部屋続く。部屋ごとに温度、湿度が違う。1時間に1度、乾燥状態の抜き打ち検査があるほど厳しい

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乾ききった麺は1階に戻ってきて商品用にカットされ、一定量の束にされる

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最後は袋詰め。そうめんだとここまでの作業が約10時間ほどだが、うどんなど太い麺の作業は24時間に及び、徹夜作業になるそう

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袋詰めされた商品に、不備がないかチェックして終了。その先には、数々の商品名が書かれたダンボールがいっぱい。市場に出るのをまっている麺たちが居た。


伊之助めんの商品はこちらからご購入いただけます。

投稿者 さがファン : 14:42 | コメント (0) | トラックバック

諸富とうふ:吉田 和義さん((株)諸富食品)

 2006年03月31日

店主:吉さん
(株)諸富食品
代表取締役
吉田 和義さん

“心”は手作り。佐賀ならではの「笹雪とうふ」の素晴らしさをぜひ知ってほしい。

笹雪豆腐

 佐賀は豆腐ブランドが確立されていることでも全国的に有名な土地柄だ。嬉野の温泉湯豆腐、有田の呉豆腐…。ヘルシーで滋味深い味わい、深い歴史を持つ日本の伝統食・豆腐。また全国有数の農業県である佐賀は、豆腐の原料“畑の肉=大豆”についてもしかり。生産量は北海道に次ぎ全国第2位で、近年では豆腐の原料となる大豆はほぼ輸入産によるところ、佐賀の各豆腐産地では国産大豆を使った豆腐づくりにこだわっている。
 今回の訪問は、佐賀エリアを中心に10数種類の豆腐を製造販売している「諸富食品」さん。さがファンではごま豆腐笹雪とうふなど独特な食感が好評だ。“シンプルだからこそデリケート”という豆腐の世界をのぞいてみよう。
 
Q・創業53年、昔ながらの味と食感を大切にしているとのことですが、“諸富とうふ”さんの歴史を教えてください。
A・昭和28年に諸富町の諸富津で「吉田とうふ屋」としてスタートしました。当時はすべてが手作業で、昭和43年に山領に工場を開設。製造の一部が機械化したのは昭和52年です。現在の巨勢町に新工場と本店を移したのは平成4年のことですね。現在では機械作業が主ですが、昔ながらの手作業や勘も大切にしています。

Q・創業当時と現在ではどんな変化がありましたか?
A・豆腐は日本の家庭の食卓には欠かせない食べ物ですよね。創業当時は、いわゆる“豆腐やさん”が町に一軒はあったものです。昭和30年代では、豆腐やさんが全国には5万軒はあったといわれています。私どもが所属する佐賀県豆腐商工組合の登録が、昭和30年代は500件ありましたが、現在では50件と激減しました。

Q・現代の健康ブームで、豆腐業界は安泰と思っていましたが…。
A・今ではスーパーで豆腐も手軽にたくさん買えるようになりましたが、意外と豆腐づくりは手間がかかるんですよ。じっくり手間をかけると、今度はコストがかかってくるので、昔ながらの手作業と機械化との兼ね合いが大事になってきますね。

Q・豆腐づくりで一番気を使うのはどんなところですか?
A・豆腐はシンプルですが、デリケートな食物。菌が繁殖しないように温度管理にはとても気を使いますね。おいしいものを作るのはもちろんですが、それ以前に“安心・安全”であるということが大切です。

Q・人気の「ごま豆腐」や「笹雪とうふ」は、普通の豆腐より品質管理が大変ですか?
A・プルンとした食感はでんぷんによるものです。でんぷんが劣化…私どもでは老化、と呼んでいるのですが…。老化すると固くなり、あの独特な食感が保てなくなるんですよ。温度が-5度から+5度の間が老化が進みやすく、出荷しても5日以内に食べていただかないと固くなってしまうので、日持ちがしないというのが一番難点ですね。

Q・諸富さんで人気の「ごま豆腐」の魅力を教えてください。
A・うちのごま豆腐は既成の練りゴマを使わず、手間をかけてゴマを炒るのが特徴です。そうするとより、風味が豊かになるんですよ。それに2種類のでんぷんや砂糖、塩を混ぜて、加熱しながらじっくりと一時間半ほど練りこんで作り上げます。このツヤのある茶色は焙煎ゴマを練って出した色です。関西などのごま豆腐は白っぽいものが主流ですが、佐賀は茶色。私どもでは佐賀のごま豆腐にこだわっています。そのままでもおいしいですが、酢みそや酢じょうゆを付けていただくのもおすすめですよ。おやつにもピッタリなので、きなこもぜひ試してみてください。

Q・「笹雪とうふ」は独特ですね。どんな特徴があるのですか?
A・こちらはゴマのかわりに豆乳を入れるだけなのですが、製法は有田の呉豆腐とほぼ同じです。「笹雪とうふ」は佐賀の東部で精進料理として親しまれてきました。県外の方にはなじみが薄いと思いますが、一度食べたら忘れられない味わいですよ。そのまま食べてもおいしいし、酢みそ、酢じょうゆも合います。お酒のおつまみにも、冷やしてデザートにもおすすめです。

Q・こんなにおいしい豆腐を県外の人がなかなか食べられないのが残念です。
A・ネーミングも素晴らしい「笹雪とうふ」をどんどんアピールしていきたいですね。やはり、そのためには日持ちの問題をクリアしないと…と日々思案中です。レトルトパックにする製法の研究も予定中なので、今後はたくさんの方に食べていただけるようになればいいなと思っています。

Q・さがファンで全国の方にぜひ、もっと知っていただけたらいいですね。
A・「笹雪どうふ」や「ごま豆腐」は出荷して1日たったころが一番食べごろ。もし、時間がたちそうでしたら、そのまま冷凍し、食べる時にパックごとボイルしてください。そうすると風味は損なわれません。原料には九州産の大豆にこだわり、地元に親しまれてきた、“佐賀の豆腐”を全国に発信していくのが目標です。手間ひまとこだわり、手作りの心を大切にしていますので、ぜひ、一度味わってみてください!


胡麻1
右が炒る前のゴマ。30分ほどかけて焙煎したものが左。香ばしさが広がる

胡麻2
焙煎したゴマを練ると濃い茶色に。これが独特のごま豆腐の色をつくり出す

笹雪豆腐
プルンともちもちした食感は「笹雪とうふ」だけの魅力。常温でも冷やしてもおいしい

工場外観
工場では1日約一万丁が製造され、出荷されている。売上は冷奴が楽しめる夏と、鍋物がおいしい冬が一番多いそう
笹雪&胡麻
一丁でおなかいっぱい!甘くてデザートにも合うごま豆腐&笹雪とうふ。100キロカロリー以下でヘルシー


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投稿者 さがファン : 10:53 | コメント (0) | トラックバック

餃子屋食通:本村 惠裕さん(餃子製造卸(有)食通)

 2006年02月28日

店主:本村さん
餃子製造卸
(有)食通
代表取締役
本村 惠裕さん

“お母さんの焼いた餃子が美味しい!”と言われるように、家庭に発信していきたい。

 味に歴史あり、定評もあり、ファンもあり―。1月に、さがファンに開店した「餃子屋食通」は、知る人ぞ知る、こだわりの餃子屋さんだ。
 かつて、名だたる佐賀のラーメン店に餃子を卸していたという「食通」さん。地元産のキャベツ、ニラ、タマネギ…素材そのものの旨味を引き出し、佐賀県上場産の和豚もちぶたを加えたこだわりあんを、パリパリの薄皮で包んだ独自の餃子…職人の確かな目と技で作る、防腐剤等一切使用していない自信の逸品。ここまでたどりつくまで長い時間がかかったという、伝説の餃子ストーリーを伺ってきた。
 
Q・大人気の餃子ですね。商品に添付されてある焼き方レシピも好評です。

A・こだわりの餃子を家庭に届けるのは長年の夢でしたので、さがファン開店はうれしいですね。焼き餃子は焼き加減が命。うちの餃子は薄皮なので、焼き方はとにかく慣れていただくしかないですが(笑)、ラーメン店で出す餃子と同じレベルのものを提供しています。ラーメンは2分半でゆでるので、餃子も同じ短い時間でパリッと焼き上げられるようにこだわりました。

Q・「食通」さんの餃子はいつどんな形で生まれたんですか?

A・そもそも、私がコックとしてずっとラーメン店や料理店を渡り歩いていまして、昭和53年(1978年)に、佐賀市内に中華料理店をオープン、メニューの餃子を手作りしたのが始まりです。最初は一つひとつ手でつまんでいたので、1日700個程、夜遅くまで手作りしていたんですよ。途中から半自動の機械を導入し、餃子の卸業も始めたんです。

Q・お店と餃子の卸業を併行するのは、大変だったのではないでしょうか?

A・店が終わって、家に帰って餃子を作り、睡眠時間は毎日2~3時間、という日々が3~4年続きました。3日間で1万個ぐらい作っていましたかね。半分は手作業ですから、とにかく時間がかかりました。そして、昭和59年(1984年)に中華料理店をたたみ、餃子卸業に専念することになったんです。

Q・餃子1本に絞ったわけは…?

A・出来た餃子に、自信があったということでしょうか。防腐剤や保存料を使用していない、素材にもこだわったうちの薄皮の餃子を多くの人に知ってほしいと思ったからです。おかげさまで好評となり、1日3万個、年末など多い時は1日10万個、注文を受けるようになりました。

Q・自信の餃子のこだわりを教えてください。

A・刺身をそのまま1週間は置きませんよね。私は“食べ物は腐って初めて食べ物だ”、と思います。長く腐らない食物は添加物などを使用して加工をしているから。新鮮なものほど美味しいと言いますが、うちの餃子もその原点と一緒です。餃子を焼いていると、素材のタマネギが持つポリフェノール化合物のひとつが変化して、皮がピンク色に色づくことがありますが、防腐剤・保存料等は一切使用していない証でもあります。また、素材の持つ旨味を引き出すよう、使う調味料は塩としょうゆだけとシンプル。とにかく早く腐らないように、と思って、肉と野菜の配合量も気を遣っています。

Q・餃子を直接、お客さんに届ける小売業を始めたのは最近とお聞きしました。

A・そうなんです。平成15年(2003年)、“やっと”という感じですよ。卸だとラーメン店などを通じてお客さんに味が届きますが、直接うちの餃子ということは知られないわけです。どこでわかったのか、いろんな店の餃子を食べ、うちで作っていると知ったお客さんが直接工場に来て、餃子を売ってくれと言われたこともありました。しかし、卸業の立場でそれは出来ず、小売の需要に応えたいという願いの中、板挟みになって葛藤し続けた時期もありました。やっと念願の小売業を始めてしばらくたっても、卸専業というイメージが抜けず、売れない時期も…。今、やっと町の人に認められたという感じですね。

Q・ファンはうれしい限りですね。

A・表に出れた、という感じですね(笑)。ファンがいるというのもありがたい話です。お客さんは、直接私たちが餃子を作るところを見ていないので、余計手を抜けないと思っています。長年、苦労してでも本物を作り続けてきたのが、お客さんに伝わっているんだな、とうれしく思います。

Q・まさに夫婦二人三脚ですね。今後の目標を教えてください。

A・“お母さんの焼いた餃子が美味しい!”と言われるように、家庭に発信していきたいですね。ちょっとの時間でもいいんです。ラーメン屋さんの餃子を買って帰るのではなく、うちの餃子を焼く手間ひまが一家団らんのためになれば…。うちも餃子製造で忙しい時期には、子供たちには構ってやれなかったぶん、家庭の食卓の餃子には思い入れがあります。料理を作った人の思いは、食べる人へ伝わると思っています。さがファンのネット通販や、店での餃子の販売を通じて、その思いを伝えていきたいです!


焼き餃子
カリッと焼いた焼き餃子。こだわりの薄皮は、職人・本村さんたちの手作り

餃子2
地元産のキャベツ、ニラ、白石産のタマネギ、佐賀県上場産の和豚もちぶたが絶妙に絡み合うあんはほのかに甘い

店外観店内観
佐賀市内、鍋島にある店を訪れた人たちは、ついつい長居をしてしまうとか。店主夫婦の人柄の良さが伝わってくる

工場
店の裏にある工場。現在は3人体制で餃子を製造している

工場2
この麺延ばし機で、“コンマ4”という独特の薄皮を作っていく

工場3
温度調節が大事な工場内。冬は暖房を入れず、大理石の調理台で豚まん等を作る

白石産玉ね
全国的にも有名な、佐賀県白石町産のタマネギ。細かく刻んで自然な甘さを出す

いらない玉ねぎ
美味しく、早く腐らないものを作るために、素材のいらない部分のカットは厳しいチェックが入る

素材個室
素材一つひとつ、餃子の種類など、すべて別々に冷蔵室、冷凍室の個室が用意と徹底されている


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投稿者 さがファン : 18:38 | コメント (0) | トラックバック

有田観光酒造のんのこの郷:和田 真司さん(宗政酒造(株))

 2006年01月31日

店主:和田さん
有田観光酒造のんのこの郷
宗政酒造(株)
取締役工場長兼企画開発部長
和田 真司さん

日本一の原料が育てた地元伝統の味を、誇りを持って伝え続けていきたい。

 約400年の深い歴史を持つ、焼き物の里・有田。器あるところに料理あり。自然あるところにお酒あり。器と料理・酒が生み出す陶都ならではの、美味しさのハーモニーは全国のファンの目と舌をうならせてきた。
 全国的な焼酎ブームの中、佐賀・有田の焼酎といえば「のんのこ」である。有田黒髪山系の清流を生かし、100%佐賀県産の原料を使って作り上げた本格の逸品。麦焼酎「のんのこ・黒」は昨年秋、福岡国税局で開催された「平成17年酒類鑑評会本格焼酎の部」で優等賞を受賞し、3年連続受賞の快挙を果たした。今回は、その“のんのこの郷”「宗政酒造」さんを訪ねた。

Q・「のんのこ・黒」の3年連続受賞、おめでとうございます。

A・ありがとうございます。杜氏や蔵人たちが日々、頑張って酒造りをしてくれているのはもちろん、「のんのこ」の最大の魅力は原料だと考えています。「のんのこ」は佐賀県産原料100%。仕込み方も、現在主流の白麹仕込みではなく、昔ながらの黒麹(くろこうじ)仕込みにこだわり、竹炭を利用した独自の熟成とろ過の方法で、すっきりとまろやかな味わいに仕上げ、人気をいただいております。

Q・地元産の原料へのこだわりとは、どのようなものですか?

A・佐賀は全国でも有数の農業大国ですが、自然がある場所にお酒文化が育つのは、ある意味当然なことです。現在の焼酎ブームの中で、多くの九州の麦焼酎が外国産の原料が主流の中、「のんのこ」は佐賀県産二条大麦100%。こちらは胸をはって自慢できます。二条大麦の産地では日本一なんですよ。黒髪山系の清流に、地元産・日本一の二条大麦と、美味しい焼酎を造れないわけがありません!

Q・二条大麦の生産が日本一とは知りませんでした!佐賀では米の産地として有名なので、どちらかというと日本酒の方が知名度が高いですよね。

A・佐賀の麦の素晴らしさについては、認知度が低いのが残念なところです。私どもでは「原産地呼称管理制度」も取り入れておりますので、地元のものに誇りを持って、今後も“地焼酎”をアピールしていきたいと思っています。

Q・宗政酒造さんと「のんのこ」の歩みを教えてください。

A・宗政酒造は昭和60年(1985年)、伊万里で創業し、当時は焼酎しか造っておりませんで、それが「のんのこ」の始まりです。それから約20年。平成2年(1990年)に「清酒 宗政」、平成10年(1998年)に地ビール「有田麦酒」がデビューしました。有田へ移ってきたのは、近年の話で平成14年(2002年)。観光の一環として週末では多くのお客様でにぎわうテーマパーク「有田ポーセリンパーク」を管理し、工場の方も見学できるようにいたしました。今年も3月に大々的に蔵開き祭りを開催する予定ですので、ぜひみなさんおいでください。

Q・今後、清酒や地ビールの方の展開はいかがですか?

A・「清酒 宗政」は、西有田産の「山田錦」という米が原料で、水もまた黒髪山系の清流を使って作りあげた純米酒です。元々、焼酎蔵として始まり、現在でも「のんのこ」がメインですが、「清酒 宗政」のファンもおかげさまで増え、今後、どんどん日本酒の製造も増やしていこうと思っています。もちろん、こだわりは“地酒”です。

Q・夏は、ポーセリンパーク内で飲む地ビールも美味しいんでしょうね!最後に「のんのこ」というネーミングの意味を教えていただけませんか?

A・昔、この地方は「肥前の国」と呼ばれていたのをご存知ですか?今の、長崎県・諫早のお殿様が参勤交代で行列を組んで、江戸へ上る際、箱根の山(静岡~神奈川県間)を超えたあたりで一行は長い道中、「やっと江戸への道が見えた」とホッとしたそうです。そんな道中の晩、喜びの歌として踊り子さんに歌われた民謡が“のんの