トップ ログイン 買い物カゴ お客様情報 ご注文履歴 予約確認 ヘルプ
head.jpg

« 佐嘉の絲 吉本郁雄さん | メイン | 銘菓創園 中島屋 中島勝信さん »

永渕畜産 永渕義信さん

 2008年12月24日

200901 永渕義信さん
(有)永渕畜産 代表取締役 社長
永渕 義信さん

“さがファン”ショップデビューも間近!
美味しい佐賀産豚をみなさんに。

 佐賀県最南端・太良町。見渡す限りの青い有明海に、深い緑の山々のコントラストが美しい。海沿いの国道は通称・ミルクロードと呼ばれ、冬場はカキ焼きの屋台がズラリと並び県内外から観光客が訪れる。まさに今からが太良町が活気づくシーズンだ。今回訪れたのは山の奥深くにある、豚肉畜産農家を営む「永渕畜産」さん。さがファンには未だ店は構えていないが、デビュー間近の可能性あふれるショップと言っていいだろう。オリジナルブランド「金星佐賀豚」は、数々の賞を総なめにした逸品の豚。隠れざる、佐賀産豚の魅力がみなさんの食卓に上る時を期待して、永渕さんにお会いしてきた。



Q・「さがファンブログ」では周知の「永渕畜産」さんですが、その歴史を教えてください。
A・太良町は戦後の開拓地だったんですよ。食うや食わずの時代、多くの人々が裸一貫で太良町にやってきて、山々を開墾したんです。その一人が先代、私の父でした。今では、みかんの産地として有名ですが、戦後当時はほとんどがサツマイモ畑でしたね。開墾地の真ん中に小屋を一軒建て、そこに10人ほどが一緒に住み、農地を平等に区割りし、その農地の真ん中に自身の家を建て、協力し合いながら作物を作っていったんです。

Q・最初はさつまいもを栽培してたんですね。それから豚肉畜産に切り替えたのはなぜですか?
A・戦後の貧しさが落ち着き、さつまいも栽培が軌道に乗り始めた昭和30年代始め頃、太良町の親戚が豚を数匹飼っていたんです。そこに父が目をつけたのが始まりです。さつまいもを収穫すると、葉が大量に余ってしまい、それを捨てなくてはいけなかったんですね。その葉を豚のエサに使用しました。その頃、みかん栽培も活発に行われ始め、みかん栽培も同時に行っていたんですよ。当時は豚10匹程度を飼育していて、月に3頭出荷するのも多いね、といわれていた時代でした。先代が太良町の開拓理事をやっていたこともありまして、豚畜産をやらないか?と仲間に誘いをかけたのが大きなきっかけで、昭和60年代の太良町の山々は豚肉畜産農家ばっかりだったんですよ! 

Q・そんな歴史があったんですね~。しかし、今は豚肉畜産農家は少なくなりましたね。
A・時代が平成になると、世代交代が一気に始まりまして、後継者がいない農家はどんどん手を引いていったんです。今では5~6軒ぐらいになってしまいましたね。私共も豚畜産をやりながら、みかん栽培も続けていました。でも、どちらも中途半端になりがちになってきたので、時代の流れと共に、みかんで行くのか、豚畜産で行くのか決断しなくてはいけない時期でもあったんです。そこで、豚畜産が後継者不足で衰退していく中、うちは豚一本でやろう!と決めました。それからが、本当のスタートでした。

Q・佐賀といえば、佐賀牛、佐賀産和牛…など牛肉が一般的に知られていますよね。豚肉畜産農家は少ないんでしょうか?また豚の飼育は太良町の土壌に合っているんですか?
A・今では豚肉畜産農家はグッと減りましたけど、佐賀県内では太良町は多い方だと思います。現に、私共の永渕畜産は、佐賀県の豚肉出荷の1割を占めているんですよ。豚飼育に土は関係ありませんが、大自然…空気の美しさ、水の豊富さ、冬でも有明海が持つ熱で、温暖な気候にあることから、太良町は豚飼育にはとても適している場ですね。

Q・現在は大きな農場で、従業員さん20名が働いているそうですね。毎日の仕事、豚飼育から、市場に出るまでの流れを教えてください。
A・農場には、豚の種付けをする「交配舎」、子どもを産ませ、1ヶ月間ほど世話をする「分娩舎」、子豚が離乳してから青年になるまで飼育する「子豚育成舎」、出荷まで見守る「肉豚舎」と4つの舎があり、それぞれ数人で毎日全900匹の豚のお世話をしています。子どもが生まれ、出荷するまでが約半年。それを毎日繰り返すので、豚畜産には季節は問いません。出荷は平均月に1600頭ほど。多い時には2000頭出荷することもありますよ。出荷した豚は、各食肉大手メーカーや、福岡市場の豚肉バイヤーと提携しているので、そちら経由で市場に並びます。直接卸しはしてないんですよ。

Q・オリジナルブランド豚「金星佐賀豚」は食肉業界で様々な賞をとっていらっしゃいますよね。「金星佐賀豚」はいつ生まれたんですか?
A・もともと、サシの入った美しい豚肉を作りたい、と考えていたんです。15年ほど前ですね。そのためには、エサに麦を入れなくてはいけなかったんですが、麦を入れると経費がグッとアップするんです。でも一度作ってみたら、とても肉質がよかったんですね。そこで、提携している大手ハムメーカーが興味を持ってくださり、協力していただいて、そのメーカーから「味わい麦豚」として関西地方の市場で出回り始めました。その後、今から10年前、お世話になっている福岡食肉市場から「おたくの豚、ブランド名つけたら?」と提案があったんです。今まで、「佐賀の豚」として売ってましたからね。当時、ブランド名が流行していたこともあり、わかりやすい方がいいだろう、と考えあぐねてつけた名前が「金星佐賀豚」です。つまり、金星佐賀豚は15年前からうちの定番豚だったんですが、名前をつけることで、知名度があがったのは今から5年前、商標登録してからですね。

Q・名前にインパクトがありますね。このブランド名の由来は…?
A・この農場が「黒金地区」っていうんですよ。夜は美しい星が輝き、昔は山林を利用した木炭生産が盛んで、黒い炭がお金を産むことから「黒金」と呼ばれるようになったんです。その一文字をいただきました。この名前のおかげで、同じ金や銀、という言葉を使った店名の福岡の焼肉屋さんが、金星佐賀豚を使ってくれたりしたんですよ。また、昨年の大相撲九州場所では、懸賞幕も出させていただいたんです。目立ってましたね(笑)!

Q・直売はしていないということでしたが、「金星佐賀豚」はどこで手に入るの?という質問が多くないですか…?
A・そこが、今からの一番課題です。間にメーカーを入れ、市場(スーパー等)に並ぶため、必ずしも「金星佐賀豚」の名前でスーパーに並んでいるわけじゃないんですよ。メーカーや、スーパーが諸事情により、名前を変えて売っていることも多いし、実は佐賀県内、福岡近郊だけではなく、香港でも売っていたりするんです。別の会社がネット販売をしているという話も聞いています。私共、生産者は、出荷したら手が離れますので、消費現場の把握が正直できていないんですよね。でも、もし商品を購入された方に何か問題が起きた場合、必ず生産者に責任追及が及びます。肉は一緒なのに、名前が違う…でも生産者も一緒。確かに、消費者にとってはややこしいですよね…。

Q・せっかくオリジナルのブランド名があるのに、違う名前で市場に出ているなんてもったいないですね。消費者の方には伝わってきませんし…。同名統一で、市場に出せないんですか?
A・できればそうしたいのは山々ですが、いろいろ今までのシステムがありますので、今後、熟考していかなければなりません。私共のホームページをご覧になったり、さがファンブログを見られた方から、「どこで買えるの?」「直売はないの?」という質問を多く受けたりしていますので、「金星佐賀豚」の名前を前面に出して売れるシステム、場所を現在模索中です。

Q・それこそ「さがファン」ならピッタリじゃないですか!
A・もちろん、さがファンショップデビューのやる気はありますよ!今、どういう風にして売るかイメージを考えたりしているんです。ネット販売は自分も利用しますからね。周りに相談しながら、ネット通販への道をこれから実現していきたいと思っています。

Q・これから「さがファン」ショップオープンの可能性がある大金星…といったところでしょうか。今後の展開予定を聞かせてください。
A・現状では、生産だけでは行きづまっているところがあります。新たにすることがないんですね。規模は今のままで充分ですし。ですので、別方向にシフトしていかなくては、と思っています。“食べる方”に持っていきたいですね。ネット販売や飲食業など、「商売」になっていく可能性が高いと思っています。いつになるかまだハッキリしていませんが、ドリップが出にくく、脂身がギュッと締まった高品質の「金星佐賀豚」がみなさんのお口に届くことを楽しみにして、これからも頑張っていきたいと思っています!


肉
さがファンでの販売を意識した、化粧箱入りの贈答用豚肉イメージ

トロフィー
事務所内には、キラキラ目もくらむばかりのトロフィーがズラリ

賞状
賞状の多さから、肉の高品質が伺える。手前は昨年の大相撲九州場所での懸賞幕が並んだ写真

自然
多良岳山系の中腹、黒金地区。広がる畑を有明海が見守るように囲んでいる


投稿者 さがファン : 2008年12月24日 17:37

 トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

 コメント

 コメントしてください




保存しますか?