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宝当神社フィードバック
2005年12月22日
本日自宅に軟禁状態。
さがファンの仕事で肉の味好さん(東脊振)に取材に行く予定だったが、なんなんだね、-1℃って。ここは九州ぞ~。
午前10時段階で福岡都市高速、九州自動車道全面通行止め、三瀬峠&トンネル付近なんて積雪20cm、ずいぶん前から通行止めだそうで、むろん那珂川町から坂本峠も通れるわきゃなし、ノーマルに筑紫野バイバス、と思ったらチェーン規制。遠い!遠い佐賀よ!!って行く手段なし。明日のハタ日に取材は平行移動。
しかし、この恐ろしい寒さの中、驚いたのは冬の風物詩といえるかもしれない昨日見た風景↓。
ヅラヅラヅラヅラ。天神・旧岩田屋前。300mは並んでるであろう行列の先にあるのは「年末ジャンボ宝くじ売り場」。 ワタシ自身が、今までの人生、または今後の人生で多分、絶対しないことは「宝くじを買う」ってことぐらい、宝くじに興味がないので(宝くじは興味の問題なのか?嗜好か?それとも習慣…!?)。もしかして当たるかもしれない、というのと、どうせ当たるわけないし、というそれのみの気持ちの差で、この極寒の中の行列に耐えられるかどうか、なのだろか。
と思い出したのが、今年の春あたりに取材に行った、唐津、唐津城から高速船で10分ほどの高島にある「宝当神社」。ごぞんじ、全国区で特集も組まれて、ツアー客も毎日にようにやってくる、という「宝くじが当たる島」である。
そのころ、佐賀県内の「開運神社特集」の仕事で、あちらこちらと神社を回っていたのだが、神社というのはおごそかな心境になると共に、エネルギーをぶわーっともってかれるような感覚がする。ワタシは決して霊感のある人間ではないが、感受性だけはかなり強いのでそれゆえかもしれない。人に問えば、「それは、神社にいろんな人の念や願いがこもっとうけんやないの?」。
それだったら、宝当神社は…もうこれは行った人じゃないとわからないだろう。人の念というもの、願いというもの、すべてひとつ、一直線。つまりお金。船を下りると、「宝」「金」の文字がドカドカ飛び込んできて、神社に向かう人たちのその熱気とやらむんむんどころではない。人酔いするとかよく言うけど、そんなもんじゃない。見えない人の気に本気でヤラレタ。気とかパワーってすごいのかも。人気って、人の気って書くけど、そのとおり。この時期、多分もっとすごいことになっているんだろうな。それこそ、全国から人の気が、高島に集中するんだろう。いやぁ、そんなこんながフィードバックして書いてたら、外が晴れてきたぞ。なんか…。
神社取材のその後は、発熱して1日中ぐったりと寝込んだ覚えあり。年も暮れ、今年の仕事を振り返ってみてイチバン強烈だったかも。佐賀県取材大賞があったら、それを受賞するなあ。多分。
投稿者 mori : 2005年12月22日 12:07
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コメント
宝くじって並んで買うものなんですね。。
知らなかったです。
福ビルの占いの行列にもびっくりしたことあります。
佐賀で行列なんて見ることないなぁ。
あ、最近のサガントスは行列が!(宣伝カヨww)
投稿者 ひろ : 2005年12月27日 10:10
次なる行列は1月2日の初売りでしょーねー。フクオカは。
開店前の百貨店ヅラヅラですもん…。実家ゴロゴロは1日ももたん…福岡県民だす。
投稿者 もり : 2005年12月27日 21:55