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福岡から見る佐賀県と駒大苫小牧高校
2005年08月20日
長いタイトルで失礼。
夏の高校野球が終わると、もう明日から秋がやってくるんだなぁ…と思う。
本日は、決勝戦をテレビ観戦するため自宅でダラダラシゴト(西新の仕事場にはテレビもラジオもにゃい)。今時分、百道浜周辺は大渋滞。福岡ヤフードームのホークスVSライオンズ戦の方も盛り上がってたみたいだ(ここんとこの、斉藤と杉内はすごいね。素人目から見ても“なんか超えちゃった感”がある顔をしてる)。
…と先ほど知ったのが、今日優勝した駒大苫小牧の監督は佐賀商出身と。ワタシは野球にそこまで明るくないし、スポーツも水泳しかやったことがない。全然わからない世界だからこそ、ひかれるのがスポーツ。ここんとこ、世界水泳、世界陸上、と続いたので寝不足だったが、何よりもそこにある“ドラマ性”にひかれる。人間独りの、周りの人々とかの。なので、ファンという心理では多分、観戦してない。
期間中、朝日新聞の朝刊に各界の著名人が高校野球についてを語る、というコラムがあった。方々で活躍してる、精神科医の香山リカさんが「私は高校野球の世界が嫌いでした。郷土出身の高校を応援しなくちゃいけないという、刷り込まれたナショナリズム的なファン心理についてゆけなかった」。別にどこ応援したってええやん、っていうか応援せないかんの?いろんな観方があるやん、、、ということだろうか。
面白いね~こういうことをハッキリ言える人もなかなかいない。確かにワタシは佐賀代表高校のことは昨年はちらとも気にしてもなかった。「北海道の真っ白などさんこ球児たちの顔が、真っ赤になっています!」とわけわからん絶叫アナウンスが流れたときは、道内の知人をうすら思い浮かべた。けしてファンまでは行き着いてはないけれど、その第一歩である、興味を持つ、というのは確実に、自分とどこか繋がっているところから始まっている。 じゃあ、福岡にいる人たちがみんな柳川高校を応援していたか、と問われれば否、だろう。福岡はずっと地元に住まう人と同じぐらい、県外から人々が集まっているからだ。香山先生の言う“否定することができない郷土ナショナリズム”もよくわかる。最たるものがオリンピックとかだろうけど。。シンプルに考えると 好きとかファンとかに理由はいらないんじゃないの?なんて、気がした。 …と、一応まじめに引き続き、さがファンのこととか、自分のシゴトについて考えたりしてますけども。
ではっ、こまだいとまこまい、と3回唱えて、おわり(1回目で挫折)。
投稿者 mori : 2005年08月20日 17:22
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コメント
こまだいとまこまい。こまだいとまこまい。こまだいとまこまい。
3回言えた。・・・イランこと書いてすんません。
マッシュマンでした。
投稿者 マッシュマン : 2005年08月20日 21:28
こんばんわ。
おいらはいま東京に棲息してるけどのだけれどいろんな機会に福岡の話題を耳にするとやはり気になってしまう。これがもしかしたら郷土ラブ(聞いたことねぇす!)?なのかもしれんね。
遠くにいるから余計に故郷を想うのか。
最近しばらく帰ってない
ので想いはつのるばかり
である。
今年は帰りたいなあ。
投稿者 ドノカモ : 2005年08月20日 22:06
タイトルとは、関係ないことですが、
見過ごしてしまいそうな、日常の出来事を、よくもまぁ
見事に興味をわかせてくれるものかと、感心しきりです。
お陰で、パソコン好きになりました。
投稿者 ち見よう : 2005年08月21日 23:12
>マッシュマン氏
ほんとにいえました??絶叫アナウンサーをちょっと尊敬した1日でした。。。
>ドノカモ氏
東京って棲息っていう言葉合いますねぇ~なんか。たまに、無性に東京に行きたくなる時がありますが、そん時は決まって人間関係で面倒ごとがあった時とか。ともかく1人になりたい時とか。でも、福岡空港に降り立つとやたら安心するんですね。郷土ラブの始まりかも。。故郷を想う…って鉄矢武田の境地ですなぁ!
>ち見よう氏
ありがとうございます…。
これからも、がんばって書こうという気にあらためてなりました。アンテナを常に立ててないと、なにも浮かんでこないのが正直なところですが、立ててるといらないものまで入ってくることもある世の中です。ここでは、少しでも何かプラスになるものを書き生んでいきたいと思っていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします!
投稿者 もり : 2005年08月22日 18:45
実は同じような話をしたばかりなんですよ。四国で、
手がこわった。といったら、何ですか、と言われたそうです。
手が、こる。だそうです。所変われば、品変わる。ではありませんが、所変われば、言い方までもが、こうも変わるものかと
実感した事でした。
投稿者 ち見よう : 2005年08月24日 23:34