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吉田家の行列を体験!
2005年07月27日
食べましたよ。吉田家の牛丼を。
まったく計画外のことだった。昨日、佐賀北部・鎮西町の離島への取材のため、朝からクルマを呼子に走らせた…が、ぜんぜん呼子に着かない。道を間違えて、やっとぜぇはぁ港に着いたら、時すでに遅し。
11:00の船の次はなんと15:00…。途方にくれる。喫茶にこもって原稿書こうかな、だけど呼子にはイカの店ばかり。こうなりゃライター根性、はたと気づき、クルマを唐津まで戻す。しかも浜玉まで戻す。40分かけて戻す。
それで、あの「吉田家」。昼どきではあるが、平日なのに行列。一瞬ためらったが、もうここまでくるとライター執念。並びましたよ。「やっと食べれるね!」「一週間待ったかいがあったよ、店に入って待てるんだもんね」などの言葉が、お客さんから聞こえて来た。スゴイ人気なんだなぁ。
吉田家はスタッフがよろしい。大忙しなのに、みなさん笑顔。丁寧。しかも店内は、SAGAさが~~、の吉田家のくだりがリフレイン。このインプリンティング、刷り込み状態も徹底してる!
その後、夕方無事取材を終わらせ、クルマを再び走らせるが、今度はいつになっても福岡に着かない。道を間違えて、ヨレヨレと事務所にやっと着いて、ボロボロになりながら原稿連打。どうやって、深夜自宅に帰ったかも覚えてない。
すべて、方向オンチが招いたことごと。
牛丼だけじゃ、パワーがもたなかった1日でした……。
●器も面白い870(はなわ)丼(¥870)。他にレギュラー丼(¥470)がある。この400円の差は…佐賀産和牛か、オーストラリアビーフかの差なのだ!もちろん美味しかった。

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神埼そうめん。夏です。
2005年07月25日
今日、うだうだうだうだ。午前中から働くつもりだったが、なぜか、正午のNHKニュウスを自宅ですっぴんで観ていた。
福岡市、城南区別府の郵便局の爆発事件とか、「世の中、ちょっと待てよ~」状態です。そのニュウスに夢中になっていて、事務所にやってきたのが昼過ぎ。そこから、集中力勝負でガツガツ、縦約15センチ・横約40センチのキーボードたたきつけ。ゲッ、もう夜10時だ。
先週、神埼町にそうめんの取材に行った。それは、「さがファン」の8月の特集になるから、また言わない、っていうか、まだ書いていません。8月1日「麺特集オープン」をお楽しみに~~!!
…と私生活でも、ワタシは多分1日3麺状態。夏は、麺に限る!! ツルリンチョとのどに入っていくのも“楽“だが、実は意外と、栄養たっぷりなんですよね。
あんなほっそ~くて、シレーッとしてそうな、「そうめん嬢」の約80%が糖質である、と知っていましたか?? あの、ほっそ~くて、美しい、ナヨナヨとしたナリとは反比例するぐらいのパワー(カロリイ)を持っているとですよ。
麺というのは、米よりカロリイが高くて、スポーツ選手が、試合前にパスタ等、麺類を食べるのは有名な話。ほんと、“イメージ”と反比例するのが、麺類なのだ。
人類は、麺類。。。
●「そうめんのふるさと」神埼町に取材に行ってきました。「さがファン」でおなじみの「伊之助めん」さんです。普段は、部外者禁止の工場見学まで、先日させていただきました!小学生のころ、工場見学をしたような、面白さ、興奮がありました!8月1日に「さがファン」でお知らせするのでお楽しみに~!!
※工場には、帽子をかぶって入らなくてはなりません。 だから、注・ワタシの趣味ではありません。
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国道202号線を愛する皆様へ
2005年07月21日
世の中、いろんなシゴトがある。
ワタシは一応「フリイライタア」であるが、型にハマッたシゴトをしているわけではない。このあいだ、お知り
合いの方から「ライターさんは、書くだけではなく、動くお仕事も多いのですね」という言葉を頂いたが、いぇ~っす、ザッツライト。1週間の半分は外回りで、また半分は引きこもりでこざいます。
今日は、ばりばり外回りの日だった。
ワタシは、福岡市内から唐津に行く時は「西九州自動車道&二丈浜玉有料道路」のセッティングで行くが、今日は、福岡の会社の仕事で…しかも福岡の西の果て「二丈町」のシゴトだったので、ひたすら国道202号線をブーブー。
どこもそうかもしれないが、一瞬で、「県」が変わる。国道263号線や、三瀬峠について、このブログで書き連ねてきたが、202号線は、また感覚的に違うものがある。
福岡県・前原市二丈町から、唐津市に変わる時、の感動なんかない。自然にそのままイッちゃっているのだ。そこが国道202号線の魅力だろう。福岡側から行けば、右は「青い海」、左は「深い緑」。真ん中にに「ローカル線」。
この話を、他の土地の人にしてもわからないのである。だいたい、海と山が同居している通りとかエリアは非常に珍しいのだ。年をとるにつれて、大げさだが、体力を要する取材がシンドくなったりする。来月ぞろ目33となる厄年・我はそれでも現場で感動する。今日も、ステキな出会いがたくさんあった。明日は、神埼そうめんにアタックな一日となる予定。。。。
●田んぼの青々とした風景が、ウケている福岡・前原市の喫茶店。四季おりおり、風景を楽しみながら喫茶が楽しめるなんて、大人な楽しみだ。当たり前の風景かもしれない、「田んぼ」は、窓ガラスを通すとオブジェになる。

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夏休み。
2005年07月20日
ごめんなさい。ネタがないんです。
この2~3日、引きこもりでリサーチやら、なんやらしてて、現場にでとりません。
けど、よう考えたら、梅雨も終わってて、明日から学校というものは夏休み。今日、とあるお取引先から「夏休み何日からとりますぅ?」と聞かれて、ありゃ…。んなことも考えていなく、友人からは「いつ海に行こうかね」、とか「バーベキューは今年はやるとかね?」なる、嬉しいお誘いもいただくのですが、私の立場からはまったく、答えが出らず、なんか、申し訳ないっすうぅぅぅぅ…と消えていく……………。
最も、魅力的なお誘いは、秋田の農家の知人より。
>森泉ちゃんは、「大曲の花火」って知ってますか? (知りません)花火競技会で、花火師がお金にいとめを付けずに上げるので凄いですよ(お金にいとめをかけない…どんなすごいことになるのだろうか??)。今年は、8月28日(土)です。秋田に来ませんか?その頃は、農作業も少し落ち着くので、田沢湖、小京都の角館なども案内しますよ。桟敷用意しときます。
>
この誘惑は……ヤバい、ね~(2~3年前のキムタク風にいわば)。
東北ってほんとに、クーラーいらないんですよね。中部の我ルーツ・長野県(といっても佐久市だから東京よりなんですけど…軽井沢の隣)でも、エアコンの存在ないし。
ふう。
明日は、福岡県・最後の楽園志摩半島に縦断取材。明後日は、神埼そうめん取材。
走ります、しゃべります、書きます。
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三瀬峠越え
2005年07月16日
世の中3連休。天気もよろし。ワタシはシゴト。
今日はファイナンシャルプランナーのM嬢と医療保険の新聞記事についての打ち合わせ。昨日、佐賀に行っていたが、頭をズッパシ切り替えて、マネーライター・もり子に変身。最近、ワタシは体調不良により、自分が入っている医療保険の保障内容を再び吟味・内容変更したばかりであるのでさらに勉強になった。勉強、勉強、毎日色々べんきょう。
佐賀にもよく行かれるという、売れっ子FPのM嬢は、毎春、新社会人講習会(佐賀の会社)もされている。毎週、九州圏内を主にあちこち出張されているとのこと、「佐賀は独特だよね~」とのお話……と、そう来たら話が止まらず。隣県である福岡県には佐賀出身の方はたくさんいらっさる。しかし、不思議なことに福岡の人間は佐賀のことをあまりよく知らない。長崎、熊本、大分…等の仕事をしている同業者は多いのだが。
佐賀市、唐津市内から福岡市への会社に通っている方も多い。地理的には、佐賀と福岡は本当に近い。福岡都心・天神まで地下鉄で7分エリア・西新にいるワタシだが、それでもわざわざクルマを使うほど多分“マイペース”。昨日は国道263号線経由、佐賀市中心部まで1時間20分で到達という、最短記録を達成~ひとり喜ぶ(単なる飛ばし屋というウワサもあるが…)。福岡から、佐賀までは高速という手もあるが、結局鳥栖経由・長崎自動車道になるので、お金もかかって遠回り。三瀬峠の山越えの方が賢明だ。
昨日佐賀から、福岡へは263号線(佐賀市→大和町→三瀬村)ではなく、そうめんで有名な神埼町経由、脊振村→三瀬村・峠で戻ってみた。実は初体験。がんがん山深くなっていって、ひと時の“涼”を感じたいい夕方だった(しかし、山の天気は変わりやすく、途中で雨がドッパーと降ってきて、峠越えて福岡市早良区に抜けるまでザッパザッパ…。クルマの幌から車内に雨水が染み込んできたときゃ、ちとパニック)。来週は取材で、神埼町ガッツシ。美味しいそうめんを食べてこよっと。
●脊振にあった「めがねばし」から。思わずクルマを止めて涼む。あちらこちらにはあじさいの枯れた後があった。知らなかった~。唐津の相知町にも十分匹敵するスポットじゃないかしらん。
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佐賀人と唐津人 その2
2005年07月14日
最近のんびりしつつ、体調も復活してきたので、こんなお恥ずかしいことも福岡・天神のド真ん中でヤリマシタ。
↓●ついに明日早朝、博多祗園山笠本番。昨日天神・中洲はふんどし一丁の男衆だらけ。大丸百貨店のエルガーラ広場に、こんな飾り山があったのでビックリ。初めてではなかろうか?この写真を撮ってくれた、お取引先氏によると「だんだん、山笠も観光客向けになってきてるんじゃない?」ということだった。飾り山は年々増えてて、今年は17つ。それも、明日本番日に全部壊される…っていうのもスゴい。

そうしてたら今日になって、急に忙しくなり、またお昼ごはんを食べる時間がアリマセンデシタ。
フリーライターなる者の宿命ではあるが、さきほどヨレヨレと近所のファミリーマートに行ったら、「佐世保バーガー今日から発売!!」と手書きポスターが窓に貼ってあった。最近、最近佐世保バーガーがテレビや新聞で宣伝に力を入れているのは知っていたが、ローソンの「からつバーガー」に真っ向勝負を挑むのであろうか。ハイ、からつ。唐津の話をずっと書きたくて、ここまで引っ張ってシマイマシタ。
佐賀と唐津が、同じ佐賀県でもどうして違うのか。150年あまり前まで違う国だったというのもあるけど、“肌”で感じる違いは、どうもここにあったようだ→「佐賀ときめき大学 足跡を訪ねて・唐津城」参照(このコラムはbyワタシ)。
以前ここで、「佐賀人と唐津人 その1」を書いた時、「佐賀藩・鍋島氏36万石支配外の唐津人は、お殿様(お上)を仰ぐ気質がなく、独立的な性質だったのではないか~等」というコメントをいただいたのだが…。佐賀・鍋島藩が1つの国だとしたら、唐津・唐津藩は全国あちこちの大名がやってきては、変わって、の繰り返し。関西、関東、東海、東北…国が計6つは変わっているのだ(歴史用語で「国替え」という)。佐賀藩で、名君10代藩主・鍋島直正が鍋島氏でピークを迎えた幕末維新時には、唐津藩ではごちゃごちゃあって、東北出身のお殿様が亡くなって、成人した長野県の養子が後継ぎになるなど、とんでもないことになっている。
この根無し草大国!?唐津藩。佐賀・鍋島藩と違って、江戸幕府直轄だったから仕方ないといっても、なんとなく、現代の転勤族のような一抹の寂しさ、そして混乱を感じた。東京本社で就職して、あちこちの支店長になるのに近いものがあったんじゃなかろうか…などと考える。
自分のこといわば、「モリさん、ご出身は?」と聞かれたら、ただし書きが左記のプロフィルのようにもれなくついてくる。でももう福岡に住んで約20年。あの「佐賀県」を歌ったはなわさんは、佐賀に来たのは小学生だったというのだから(はなわさんは生まれは埼玉県。弟さんは千葉県)、 “出身”なんて、“ふるさと”なんて、どうにでも言えるワイな。。。特に年をとれば。ただ、多分、ワタシの一見、開放的な性格は、転勤族だった影響がかなり強いとは思っている。フリーライターという職業も、それだからやれてるのかな、と思ったりもする。
しかしながら、自分の根底にある閉鎖性や保守性は、佐賀に通じるものがあると“肌”では感じている。で、結局、唐津藩に話を戻すと…オモシロイですよ。本当に。佐賀と気質も違けりゃ、言葉も違う。そりゃそうでしょうよ。「でもみんなおんなじ日本やろ~。なんで、そんな深く考えるん?」とは、同じ境遇をたどり、昨年、福岡市内に嫁いだ姉談。
シゴト、シゴト。こだわりがあるからこそ、オモシロイ。最近、佐賀から「福岡に戻る」という言い方をするようになってきました。以前は「家に帰る」とかだったような気がする。
今のところ、ワタシはまだ、さが“ファン”なのだろう。
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有田ポーセリンパーク。
2005年07月12日
忘れた。
先週末、さがファンの売れ筋、「マッシュピザ」をもらって帰るつもりだった。が。多分ワタシは酔っ払っていた。無念。マッシュマンさんのブログとか見ると、悔しさがこみあげる。ワタシにもピザを食べさせてくれ…。
…とピザ。ワタシが高校時代、サンフランシスコに超短期留学していたころは、週末のたんびに出た。しかも、日本のLサイズよりももっとBiggestなやつ。クリスピーなんて、うすっぺらくて、おんなこどもが食べるようなピザはナシ。ゴツゴツのピザ。こんなに食べられんよぅ!!(だがアメリカ人は食べる食べる。そして、結局端の分厚い部分を残す…)…そのトラウマがあって、友達が自宅に遊びに来ててもピザとかのたぐいは頼んだことがない。なので、余計、マッシュピザについては興味がそそられるのであった。。。
最近、のんびりしているフリーライターのワタクシ。「あなたは、お酒について書いている時が一番楽しそう」という知人の個人的コメントを受け、調子に乗ってまた書くことにする。
昨日、宗政酒造さんの頁がさがファンでオープンしたと書いたが、そのメインキャッチ「有田ポーセリンパーク」は、実は取材旅行で数年前に一度行ったきり、忘却の彼方…というワタクシにとっては悲しい結末。
以前にも「もりログ」で書き連ねているが、ワタシには懇意の有田出身の知人がいて、ともかくも彼女の宅の器という器が“ステキ”であり、かつ“しっくり”くるのだ。最近還暦を迎えられた、彼女のお父様が有田焼の絵付師で、おじさまが窯元さんだとか。そんな彼女のお母様がまた、パワフルで、そりゃあ、30数年前、有田という独特な町に嫁いでくる際は、苦労もあったらしいが、今では絵付師のお父様をサポートしつつ、趣味が高じて手作りパン屋さんを始めたとのこと!!その元気さを見ならわなければ~~。
最近、わが姉宅を訪ねたら、クロジョカセットを何故か発見(姉はワタシを上回る酒党。だが飲み方が異常にカッコいい)。知人のデザイン事務所を訪ねたら、「美味いスコッチを…コレで飲むのが夢なんだよ…」と見せてくれたカタログは、バカラのグラス(約2万円)。
美味しいアルコールは、美しい器で、飲むからこそ、味わいが深まるのか。
●で↓これはどうなる?一応有田焼(もり作)の究極のおちょこたち。※ともかく、唇が触れるところが、厚すぎても、薄すぎても、ダメ…が基本らしいです。これで、酒を飲むことは絶対ないので、そうですね、事務所の盛り塩の器にでも使います…(泣)

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宗政酒造頁 祝・オープン。
2005年07月11日
プ、、、
プロレスラー“破壊王”こと、橋本真也氏が亡くなった。今日午前中、脳内出血のため、40歳。
今、ネットで知って大ビックリ。プロレスには、明るくないが、身内の影響により普通の人よりは知識があるワタクシ、ともかく若い、才能ある死にビックリだ。そして、ネットの情報の速さに、はては驚く…。
…と今日は、さがファンでオープンした「宗政酒造」さんについて書こうとパソ子に向かっていたのであった。やっと、さがファンでも、お酒コーナーがオープン!祝!!左党のワタクシは嬉しい限りだ。将来的には、さがファンで、佐賀の全蔵出せるといいのに…など、無責任な希望を抱いている。
宗政酒造さんはもちろん、焼酎も出されている。九州といえば焼酎。この2~3年、焼酎バーなるものが福岡にもたくさん出没し、我が横浜在住の従兄が、福岡に“焼酎を飲みに”やって来たときは、その詳しさに驚いた(彼は鹿児島まで行ってしまった)。
日本酒命の私だが、どうしても焼酎はダメ。それを人に話すと「君はまだまだガキだね」と言われるが…。しかし、チューハイは大好き。でも、あれって、焼酎じゃないんですよね。ベースはウォッカかスピリッツっていうフォーリンカンツリー(ロシアン系)のお酒なのである。“チュー”ぢゃないのだ~。
無類の日本酒好きな私は、たまに人への贈り物に「日本酒」を選ぶ。むろん地酒。米どころ佐賀、は酒どころ佐賀。ただ、福岡のデパートでは種類が少ない。自分の好みもあるが、そういう時はどうしても「ネット」に頼ることになる。ちゃんと、リボンをつけ、のしをつけ、メッセージカードをつけてくれる、日本酒専門のオンラインサイトもあるのだ。そして、注文をするとご丁寧にもハガキが来て、店主のメッセージが書いてある。
やめられん。
さがファンもそういう『お客様が喜ぶサービス』というのがこれからできていけばいいと思う。
私の本名は「森泉/敦子」で。「森泉」(もりいずみ)が苗字。初めて会った人から、なんか日本酒みたいな名前ですよねえ」と言われることも多々。しかし確かに、あるのだ。「森泉」という日本酒が。
ワタクシの本家・ルーツは「長野県」であり、なぜならば、長野県に「森泉」という山があるらしい。西日本では、まず、居ない苗字ではあるから、ワタシのアイデンティティーにもなっているのは確かだ。だが、この「森泉」という日本酒は、なぜか「宮城県産」なのである。何度か取り寄せ、父の日のプレゼントなどで贈ったりしたが、味は…古酒等うたっているので、濃い。ゴツい。本醸造~~って感じ。
ワタシとしては、大吟醸辛口、あのキレ味を口に含む時の至福に勝るものはないと思っているので、いろいろ全国の日本酒を飲み比べてみることも多いが…。佐賀の日本酒は、どっちかというとやわらかく、女性向きだなあと思う。。。と全蔵飲み比べたことがないので、なんとも言えないのだけど。。。意外だったりする。先週末、佐賀で宗政酒造のお酒を飲んだが、意外なことに口当たりがソフトなんで、驚いた。
蔵によっちゃ、冬の2週間~1カ月しか、市場に出さないところもある、幻の酒というのも多い。今はもうなくなったようだが、数年前まで、1年に1ぺん福岡市・天神、西日本新聞会館最上階(大丸の上)で、「全国の日本酒めぐり」などというイベントがあり、欠かさず行っていた。「静岡・島田の“女泣かせ”」なんて、ネーミングそのもの、美酒で泣かされ、先日そんな幻酒を福岡・中洲の小さな小料理屋で発見…1杯1000円、でもキミに決定。
九州で飲んだ高知の「土佐鶴」は、ま、濃いぃな~程度にしか感じなかったが、先日、高知・桂浜で独り飲んだ同酒は、別のお酒かと思うほど、ゴツい、という印象を受けた。
お酒がネットで手に入り、また、いろんなシチュエーションで飲める…そして味もまた変わる。うれしいなあ。なんだか、熱くなってますね。ワタクシ。酒が本当に好きなんだと思います。では、また。
●“自分の名前が「お酒」となっているのって、とてもうらやましいと思います”とは某ネット通販先の店主のメッセージにアリ。しかり。
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福岡市、最高気温32度
2005年07月07日
32度なんて…梅雨前で。真夏はひどけりゃ37度近くまで行く。しかも湿度が高いもんだから、あまりにも暑いと、日本の夏なんて風情もひったくれもなくなったなぁ、とか思ってしまう。でも、それは都会に住んでいるからだろうか。。。
最近、周りが早期ナツバテでがばがば倒れ、昨昼も体調を悪くした友人がゲッソリとやって来た。友達と会っても、お取引先に行っても、最近、健康とかの話ばかり。どんなに暑くても、夏は一生続いていいよ~と思うぐらい、夏命だった私だが、本年後厄・ちょっとダメダメ人間。梅雨明け前から、はよ夏終わっちゃれと思っている。
ワタシは小学生時代、沖縄県那覇市で過ごしたが、その話を人にすると決まって「いやあ、暑かったでしょう、沖縄は…」と言われる。答えはノン。それは、イメージっていうもの。沖縄は年間の平均気温が地球の緯度的に見ても“暖かい地域”だけで、夏は福岡より“暑く”ない。ハワイの夏が“暑すぎない”のと一緒(ちょっと強引)。冬は寒くないし、実に過ごしやすい土地なのだ、沖縄は。だが、ごきぶりちゃん(方言で「ヒーラー」…なんであんなのが「ヒーラー」という単語になるのか意味不明)が、本土とはシャレにならないぐらいデカい。。。そのおかげで、ワタシはもうあすこには住めないと思っている。しかもヒーラーは、実に躍動的に跳ぶ。ありえない…(トラウマに近くなってきてるかも…)。
ちょっとだけ、幼少のころから全国をぽつぽつ渡り歩いていると、そういう土地なりの発見があったなあ、と思い出したりする。ワタシの北海道の友人はヒーラーを一生で一度も見たことがないという。うちの本家の長野県では、エアコンを使ったことがないという。
ただ、島国日本、変わらないのは“都会”だ。暑さも、寒さも、気質も、時間の流れも、変わらない。ワタシは東京にはすぐになじめるだろう。だけど、佐賀にはまだまだ時間をかけてなじまなくてはならないだろう。今日は、また、事務所にこもって、佐賀・玄界灘に浮かぶ島々のことを勉強していた。島がゆえにたどった運命とか歴史とか。沖縄と、北海道はどこか共通点があるとよく言われているが、それは、本島と海を隔てていたからだという。沖縄と北海道の先住民の方の顔つきが似ているのは、島がゆえ、南から同時に人間が移住してきたからだという。また、開放的な性格も。
この2日間、机上で佐賀の歴史を勉強、リサーチしていたが、ちょっと混乱する。同時に、福岡地区のドライブガイドの取材先のリサーチをしていたので、またもや混乱する。考える前に、感じた方がいいかもしれない。んで、明日は、久しぶりの佐賀市内出張。うれしい。
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筑豊と佐賀の不思議な関係
2005年07月06日
おっと気づけばもう夕方。今日は、あっづ~い事務所にこもって、幕末の唐津藩についてのコラムを書いていた…。1日中書いていた。
私は歴史が好きである。っていうかほぼ幕末オタク。今からでも大学に入り直し、日本史を徹底的に勉強したいぐらい好きである。よく趣味が男っぽい(行動も……)と言われるが、ワタシが通っていた福岡市内・某F大学は、歴史学科があった。パーセンテージの問題ではあろうが、日本史は男性が、世界史は女性が人口の多くを占めていた。ワタシは高校時代まで、世界史をちんたら勉強していたが、大学に入ったとたん、日本史しか目に入らなくなる。日本史は強引に言い換えれば、男の歴史だ。たぶん1945年まで。オオヤケには。なんででしょうね~…。“一国一城の主”に憧れて止まず。自分もそうなっちゃった。幕末の唐津藩については、もう面白くて泣きそうなので、また別で書かせていただくことにする。
もうひとつの歴史ネタ。さがファンにお菓子のページが新しく加わったのでぜひ見ていただきたい。丸ボーロで有名な「北島」さん。早速お菓子好きな友達から連絡もいただいた。これからもっと、お菓子のページが増えるのが楽しみだ。
折りしも昨夕、とあるお取引先の制作・出版会社を訪ねたのだが、打ち合わせそっちのけでディレクターさんと大お喋り大会。ディレクター&デザイナーK女史は、「えっ、今佐賀の仕事やってんですか、げ~」。
げ~ってなんですか、げ~って。「うちの地元はですね、佐賀をちょっとよく思ってないところが多い」。地元ってどこだったですかね…?「飯塚です。筑豊です」。おおお~筑豊の女!! 出身地を聞いただけでひれ伏してしまう、恐ろしき筑豊(福岡では、筑豊ナンバーの車の後ろは絶対に車間距離を空けろと言われている)。よく考えたら、私の福岡での取引先ご担当者や、大学時代からの仲間は筑豊出身だらけだった…。で、げ~っの理由。「筑豊はお菓子の町として有名です。でもその半分を佐賀がとっていってしまったとか、噂があります」。噂…。筑豊地区は全国的にもお菓子の町として有名。千鳥屋やさかえ屋…他いろいろ。「ケーキロード」なる単語も発見(初)。 歴史上…長崎から小倉をつないだ“長崎街道”。当時鎖国制度をとっていた日本にとって、長崎は唯一の開国エリアだった。そこから、いろんな文化が運ばれた。南蛮のお菓子文化も有名。素材としての砂糖が長崎街道で運ばれ、美味しいお菓子が作られるにいたった。『シュガーロード』と一般的に呼ばれている(折りしも、佐賀県観光連盟のHP「あそぼーさが」の「今月のココイコ!」コラムで特集されているからぜひ見ていただきたい)。
筑豊・飯塚地区は長崎街道・シュガーロード最終地点である、小倉の直前の地区。ウラははっきりとれていないが、ここに原因があるのでは…?と思い始めた。どうして、「佐賀のシュガーロード」ではなく、「筑豊のケーキロード」なのか。歴史はナゾだらけ。調べ始めるとキリがない。でもそのナゾのギモンにちょっと答えてくれるこういった発見が楽しい。面白い。
だけど、追求はしない。ワタシは大の左党のため、お菓子はほとんどといって興味がないのである(多分前世は男だね…)。
投稿者 mori : 16:55 | コメント (4) | トラックバック
博多十番山笠
2005年07月04日
7月である。この週末は、福岡もザパパンと雨が降って、ちょっと安心、といったところかな。
毎年驚くけれど、7月になると福岡都心のあのへんそのへんが、ふんどし一丁姿の御男体であふれるところである。そう、「博多祗園山笠」。全国的にも有名な男の祭り。男すぎて、女にゃようわからんというぐらいナゾな祭りでもある(ワタシだけかいな)。
7月15日早朝が本番なのだが、その前に“飾り山”なるものが、街のあちこちに登場する。地元の人形師による、そりゃぁ美しい、精巧な飾り山で、記念撮影する観光客はもちろん、地元人間もいっぱい。そこで、日曜日、近所の「ホークスタウン」(中央区地行浜・ヤフードームの前)に散歩に出かけてみた。
あった、あった、「博多十番山笠」。昨年、通りに面した飾り山はエースの斉藤、主砲の松中、要の城島、抑えの三瀬に、ルーキーの域に入る和田、川崎…と人形師による夢のような飾り山があったのさ。
だけど、今年はなんか、いつものような、歴史物。きっと裏に…と回ってみると、ソフトバンクになった“新生ハリーホーク”に、地球儀を(“儀”っていうのもなんだがね…)くわえる黄金の鷹…。そして、なぜか黒田節な人物に、羽織が「黄色のホークスカラー」の土佐藩・坂本竜馬。そして、彼ら海援隊の拠点となった船…。
絶句。
ワタシはですね。ワタシは絶句しましたよ。説明文見てやっとわかったくらいだから。きっとソフトバンクの孫社長の思いっていうのはわかっています。だけど…、センスとか…ああ、なんていうかな、美意識というかな。えらい驚いちゃったっていうか。。。
山笠はいつも、朝が早すぎて、観にいこうと友人と言うのではあるが、行ったためしは16年前の高校時代。写真を初めてアップしてみるけど…反転してるのは…責めないで(笑)。