貯水制限!?
2005年06月29日
暑い…。
梅雨に入った、といって、一体いつ雨が降ったのだろうか?「いやあ、また、貯水制限が出るんじゃないでしょうかねえ」これが、ほぼ、どこでも、会う人同士の合言葉になっている今日このごろ(天気のことで話が持つってすごい…イギリス人みたいだ!)。「また貯水制限が」の「また」が20数年前のことを意味している人もいた。ワタシは、節水宣言の10年ほど前のことを思い出す。それで、この間行き着けの整骨院で、語り合い。中には、生まれてなかったスタッフもいたりして…はははぁ。その後に2回ほど、福岡では大水害が起こった。年々、地球環境はどうなってんだろうと思う。去年は台風に、竜巻、秋まで続く残暑。今年は…なんだ!?
ワタクシが小学校時代をすごした、沖縄県・那覇市。こちらでは台風で断水・停電は日常茶飯事。子どものころは、台風になったらしょっちゅう水を広場に汲みにいっていた。今では、想像もつかない話だ。ただこの春、佐賀郡・富士町のライター先輩のお宅に泊まりにいったら、「夜12時から朝まで、水が出らんけん、うちはタンクやから、寝る前にトイレにいっとき」と言われたとき、実はパニクった。
便利さに慣れすぎているのかな。地震のときも思ったけど。あんまりにも便利さに慣れすぎて、いざとなったときに、どう対応できるかが勝負なんだろうか。
しかし、先日ぼけーとテレビを見ていたら「せっかくの日曜ですが大雨の中、佐賀市内では田植え体験が云々…」なんてやっていた。福岡、カンカン照り。だいたい、天気は西から東に流れてくるんだもん、んじゃあ、福岡も…?梅雨前線福岡無視。
先日、秋田の農家の知人から「こちらも1カ月以上、まとまった雨が降らず、畑も人もバテています」というメールがきていた。農家さんにとって、雨というのは、さぞかし都会に住むワタシタチよりも重要なことだし、ダイレクトに生活に直結してくることだろう。。。
この1週間の天気予報でも雨が降る予定なし。夏に入る前から、夏バテ。もう、明日は6月最後の1日だというに。
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加部島のしずく その1。
2005年06月27日
「あなたは最近いつ泣きましたか…?」
なんて、フレーズをどこかの雑誌で見かけないだろうか。往々にして、映画か本の宣伝の導入文なんだけど。。ワタクシは、大げさではなく、毎日泣いている。喜怒哀楽、すべてに感じて泣いている。一番最近では、昨日、遠方で結婚式を挙げる知人に届ける、電報の文章を書きながら泣いていた…。また怒って泣くことも多いし、お笑い番組を見て、笑い泣きする日もあったりする…。
また、導入文が長いですね。。。すいません。でも、今日、面白い事態に遭遇したのだ。来月(7月)の「さがファン」の取材で、唐津・呼子に赴いた。イカの活き作りで有名な呼子をちょぃ~っと通りすぎて、呼子大橋を渡った小さな島が「加部島」。ここは甘夏の生産が有名で、この甘夏をまるまるぜいたくに使用して作った、甘夏のゼリー「甘夏ジュレー~加部島のしずく」を生産販売している、お店に取材に行ったのだ。 呼子・加部島は前にもブログで延べたが、大変大変好きな場所だ。なんでか、西の果てっていうかね。
今日も、平日に関わらず、デートスポットにもなっている「風の見える丘公園」には、大型バスや、いろんな観光者たちが集まっていた。そして、その駐車場で、とれたての“甘夏”を売ってたおばちゃん。思わず、職業根性で声をかける。
「加部島は、イカで有名な呼子とは違うとよ。甘夏はずっと特産やったし…。」とおばちゃん。この話は長くなりそうだから“その2”に続けるとしよう。そして、甘夏の話。ワタシは、「さがファン」で甘夏を使用したゼリー「甘夏ジュレー~加部島のしずく」を取材しに、今日はやって来た。おばちゃん、「加部島の甘夏を一気に有名にしてくれたのは、この甘夏をゼリーにしてくれた甘夏ジュレーやったとよ」。
甘夏を使ったゼリーに、ドリンク、みかんそのもの…これから夏の贈答にはピッタリだよなぁ。「このゼリーの名前“加部島のしずく”が出たとき、私おばさんやけど、えらいロマンチックやと思って、感動したとよ」…。「甘夏ジュレー」のサブネーミング「加部島のしずく」は、悲恋の伝説で有名な、同島の佐用姫の涙をイメージしたものだと聞いていた。同島、佐用姫を祭っている「田島神社」はひそかに、“縁結びのスポット”として知られていて、ひそかに人が参っているという(もう、“ひそか”じゃないじゃん・笑!…というワタシもよく参ったなぁ…)。
「ワタシは、ずっと甘夏をここで売っとうけど、“加部島のしずく”っていう名前は気にいっとうとうよ。加部島のすべてを表わしてると思ってる。もう10数年前のことやけど…さ。誰が作ってくれたとやろね」。
ワタシの知人です。
今は福岡のN日本新聞、広告関係のお仕事をされているH田S子女史。
ワタクシを、公私共々サポートしてくれる、うるわしき、すばらしきH田S子女史。
あなたが、80年代、憧れた糸井重里、コピーライターの世界に入り、初に近い世界で手がけたコピー、ネーミングが、今でも生き生きと息づいていた。
ワタシは、職業柄、コピーライターや商品ネーミングも手がけるけれど、今日、加部島のおばちゃんの話を聞いていて、ガッツ~ン。ボッカ~ン。「こんなステキな、商品の名前をつける人とあんたは知り合いなの??」。泣けちゃう…こんなこと言われたら、でも作ったのはワタシじゃないです~!「で、あんたはいくつ?え??32才?独身??半年前に、ワタシに話し掛けてくれれれば良かったのに。。。ワタシの、息子を紹介するのにさ!!ちっとまってよ、ワタシの息子、今の彼女と別れさせるけんさ、息子と一緒になってよ、名前もしらんけどさあ、あんたぁ!!」
取材先でのそんな出会いも楽しく、そして、こんな偶然な発見も楽しい。
今日はいやなこともあったが、帰りのクルマの中で、ちょびっと感動して泣いた。
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軽自動車保有率NO.2
2005年06月24日
佐賀県。
らしい。この話は、ずいぶん前からどこからか知らないけど聞いている。んじゃあ、NO1、は…、鳥取県か島根県らしい(山陰ってだけで、曖昧な情報を書いてすみません…)。 つまり、セカンドカーを買う人口が多いってことを示しているらしい。私が最初に佐賀に行って驚いたのは、(いやマジで)、クルマに乗る人がとても多いってことだ。同時に、公共交通機関が発展していないと宣言しても否めない。非常に驚いたのは、「代行運転」なる職業が発展していることだ。冷静に考えるとよくわかるが、利用をしようと思ったことのない、ワタシにとって、最初は「どんな職業なんだろう?」…だった。
ワタクシが、佐賀のシゴトをさせていただけてる理由のひとつに、多分“クルマが運転できる“というのがあるだろう。ともかく佐賀に行って思うことは、市内でも、語弊があるかもしれんが「クルマ一番」なのだ。
佐賀に嫁して数年の友人は、ともかくクルマの運転が苦手で、佐賀に住んで、再び自動車教習所に通い始めたが、やっぱりダメだった。そして、ワタシは昨夏車を買う時、佐賀の知人の言うことは、大体決まっていた。「どの軽、買うん?」。福岡では、クルマはぜいたく品の一部。職業柄、カメラマンさんとかは車を持つが、まず都心に住むライターがクルマを持つことは、趣味だといっていいのかもしれない。
趣味…。けれど、そのおかげで、佐賀のシゴトを自由にさせていただいている。運転するのも楽しいし、何よりも可愛い。このごろは、暑すぎて、クーラーをがんがん入れるので、リッター5ぐらいの燃費の悪さ。週一の休みには、必ず行き着けのガソリンスタンドか、洗車スタンドにシボシボ行っている。行動から察すれば、ほとんど男性だよな~。最近では、事務所通いを、健康のためチャリにして、3代目の原チャリを売ろうかとも考えている(過去15年で2台走りすぎてつぶした。注・めちゃくちゃ注・ワタシはヤンキーではない)…と、同時期に自宅の扇風機はいきなりギュウウーッという悲鳴をあげておととい壊れ、事務所のCDコンポがムー―ッといいつつ、壊れる。電気歯磨き器もなんか、最近ブウブウキイキイ言い始めた。電化製品は…すぐに壊れるのはなんでだろう。本家本元・茨城県の日立のエンジニアの友達に聞くと、「そうじゃないと僕たち、生きてゆけないしね」なんて過去に、意味深・WORDS。
そして、ガソリンスタンドに行くたびに、「このままだと高速道路の途中で止まっちゃいますよ」と、意味が自身把握できないまま、なんやかんや点検させられ、後に請求書見ておビックリ。今日は通勤途中、携帯電話がものすごい勢いで 道の途中で跳んでって、道路に倒れ泣いていた。でも、全然ゲンキ。逆に壊れてほしかったんだがな~。
先に述べた佐賀の友達が「あんた、なんこれ?男が乗る車やん」といった、ワタシの超愛車「マツダのロード&スター96年式」。男が乗る車!?そういう表現もあるのね…と、今日、またお金をかけながら思った。はい、今日は呼子出張が事情により、ダメになったので、商売上がったり。
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モール・ショッピング。
2005年06月23日
今日は、同業者ブログを網羅する。
……って、ネットってやっぱり面白いけど、怖くもある。知らない人とディスカッションできたりしちゃうんだから。でも、ワタクシの“基本”は人間、会ってからこそ、本来のコミュニケーションが成立する、ということです。“本来”のという1WORDがポイントですので誤解なさらないようにぃ…。
しかし、梅雨ってどこにいってしまったんだろう??梅雨の前から、雨は降らずにジメジメジメジメ、真夏生まれのワタクシとしては、夏ほど好きな季節はなかった(ほんとらしい。人は生まれた季節を体感してて、好きな季節として身体に刻んでるそうだ)。…が、さすがに30代超えるとダメだね~。15年前は、大学のサークルの夏合宿で、なんと呼子の波戸岬で遠泳大会(2キロぐらいかな)を開催し、中学校時代、水泳部だったワタクシは、当たり前のごとく1位になりました…しかしそれが、私と呼子→唐津→佐賀県との最初の出会いだったんだろうと思う。
んで今回のテーマ「ショッピング・モール」って、今では当たり前の姿になっているかもしれない。ひろログさんの短文からでも、ちびっと無念さが伝わってきた。ワタクシは、何度も言うけども、フリーのライターだから、いろんな仕事をします。その中で、とある地方の(まあ福岡地方)ショッピング・モールの広報誌の立ち上げから入ってんだけど、じっつはこの春、そこの近くに、最大手のライバルショッピング・モールができちゃって…そのあおりをうけちゃって、末端のワタクシの仕事もあがったり。。。今まで“ぶっちぎり”だったのに、消費者は…賢い。ショッピング・モールは「ブランド」じゃないもん。百貨店じゃないもん。
それから、今日「ロー●ン」に行った…って毎日行ってるけど。。。ビックリしちゃうんだけど、昔の「ダイエー」の名残なのかわからんけど、わが自宅(福岡市早良区・百道浜)近辺、そう半径500m以内には「ロー●ン」が5件ある…。ちょっと歩いて、事務所のある西新に出れば、セ●ンとかファミ●とかあって、シンセンだ。そのローソン羅列にたまに、頭に来ることがあるけれど…(「なんでローソンばっかりなんだよ!私は、セ○ンイレ○ンの●●が食べたい!とか ファミ○―マー○のこのラインナップが見たいんだよ!とかですね…)。
で、「からつバーガー」。相当気になっているんですよね。なみログでかいてあった「ローソンで売ってるからつバーガー」。ちらりんちょ、と袋の裏見れば、リョーユーパンとかなってるけど。福岡の人にとってはからつバーガーは“伝説”だから、買うだろうな…。あ、ごめんけど、私はこれだけローソンヘビィユーザーだけど、あんまり買ったことない。だって、地元の虹の松原で、買うもん。。。
どうやかなー。なんて、ほんとは一回買ったことあるんだ。でも単価はジャスト リトル エクスペンシブ。感覚としては「フレッシュネスバーガー」に似ているかな??
ショッピング・モール。土地があればできること。でも福岡にほしい。忙しい日々の中、ぜんぶここでそろえられたら、楽しいだろうな…それこそ、車で行って家族で……。
16年前ぐらいだと思うが、ワタクシが高校の時、サンフランシスコに短期留学してたんだけど、アメリカは「ショッピング・モール」が主流。それが本当に楽しかった。だから、福岡に最初「トリアス久山」なるモールが出来たときは狂気乱舞。
やっぱり、しちゃいました。ショッピング・モールってそんな、なんか 魅力あります。
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佐賀県・唐津市。
2005年06月22日
今日は、「さがファン」の取材で、呼子に行く予定だったけど、なんでかしらんがドタキャンになったので、1日じゅう事務処理…。しかも、そういうときに限ってメールや、お電話を多くいただいたりする。「このブログさあ…さがファンのもりログ!、実はモリちゃんが書いてないよね?」「へ~、森泉さんって、ライターさんだったんだ」「ちょっと真面目すぎるんじゃない、見るほうも気合入るし、疲れる時もあるよ」。。。
うるせ~。
私は、一ライターで、真面目に佐賀のことを考え、ちゃんと自分で書いてます。
そりゃあ、生きていくために、コピーライターもプランナーもエディターもする。プレゼンテーション…、スーツ着て代理店に乗り込むこともありますよ…。でも、愛すべき、わが知人、同業者よ、直接コメントありがとうございます。彼女たちは、私の大先輩であり、今、この「もりログ」で話題にしてる(強引に)している、“唐津“のシゴトなんて百戦錬磨。まー、私の文章はいつもちと固めだから、今日はヤワく、愛する唐津を伝えてみたい。以下、この週末の会話である。ゴロゴロと読んでいただきたい。
●IT関係営業・来月30歳・男性「この2年、唐津に営業行ってますけど、どうしても崩せないんですよ。なんなんですかね、あれは。あの唐津っていう会社の全体的な気質はさあ!頑固とかいうレベルじゃない。伝統??途中で投げ出したくなることもあります…実は」
●フリー・イラストレーター・30代後半・女性「唐津って、すっごいステキな土地だよね。でもさあ、観光地として、売って行きたいってのはわかるんだけど、なんで、日曜日はレストランとか、観光地がみんな閉まってんのさ??」
●フリー・エディター・40代前半・女性「4月に市町村合併しても、なんにもかわんないよね。みんな唐津好きなんだけどね、特に福岡の人たちは。宣伝がいまいちだから行こうって気がしないんだよねえ」
●IT関係営業・来月30歳・男性「いいものをスッゴいもってるエリアなのに、どうして、外に開こうとしないんでしょうか。もどかしいっすよ、僕としては」
●フリー・エディター・40代前半・女性「しょうがないんじゃないんの、それが伝統だとしたら」。
●フリー・イラストレーター・30代後半・女性「しかし、そういうのって、つまんないんじゃないんでしょうか」
●IT関係営業・来月30歳・男性「つまんないっていうか、結局、唐津の地元の方もなにかしら危機感を感じているわけですよ。でもその危機感がなんなんだかわからないんですよね」
●フリーライター・30代前半・女性(それワタクシ)「じゃあさ、仕事でもやりたくないとこは、手抜きすりゃあいいことやろう…」
注・以上の愛する人物たち、みんな佐賀県・唐津を愛しています。そんな、3人+1人(ワタクシ)です。
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有田八窯元・香酒盃
2005年06月20日
私は焼酎が飲めない。日本酒は多分死んでも飲むほど好きだが。佐賀は日本有数の米どころであるので、もちろん酒どころでもある。以前、仕事で鹿児島の焼酎蔵に行ったが、難しかった…しかし!昨年、佐賀の日本酒蔵めぐりを仕事でしたのだが、あれはシアワセだったな~。幕末時代には蔵元の数が200数を超えてたそうだ。それは、名君佐賀・鍋島藩10代藩主・鍋島直正が財政難においての改革のひとつとしたから、っていう理由もあるそうなんだけど(米を加工して酒にして、収益を上げる)……。いかん、話がまた脱線する。まったくもって、一つのことに関して語ることがありすぎるよ、世の中。あらためて読んでくだすっている皆さま、お付き合いありがとうございます。。。
そう、先日いただいた「うまか陶」の編集部の方からのコメントにもあり、そして同日偶然に、なみログにもあったけど、有田の若手八窯元が、焼酎の個性(香りと味わい)をそれぞれ楽しむための、それこそ“究極のラーメン鉢”ならぬ“究極の焼酎用盃”を創って展示した「有田・八窯元陶“楽座(どうらくざ)」が今福岡のイムズ地下2Fでイベントをやっているそうだ。(8月21日・日まで)。人気の佐賀焼酎や、焼酎のつまみ等も販売しているらしいから、焼酎好きは行くしかないっしょぅ。
そうでなくても、焼き物というのは見るだけでも魅力的である。ただ、独特の世界なので、軽い気持ちで触れられない(なんというか、感覚はアートに近い)感じがして、私にはプライベートではちょっと遠い世界…。しかし、昨日ひさしぶりに知人宅に遊びに行ったら、机の上に、真っ白だけど、ぶかっこうな、なんなんコレ?湯のみ?ぐい呑み…?意味不明。。。な器が、「相当久しぶり!元気してた?俺のこと覚えてて…くれたら嬉しいなぁ?」みたいな顔で並んでた。「こないだの地震のあとで片付けてたらさあ、出てきたんよ、あんたがろくろ回したやつよ、覚えてる?」とあるじの彼女。はぁ!!なんと、なつかしい。一瞬にして記憶がよみがえってきた。
今ほど焼き物が全国的にフューチャーされていなかった、もう7~8年前になるだろう、陶器市のころ(GW)も私は彼女と有田のとある窯元さんの別荘に泊まって、ろくろを回すわ、絵付けはするわ、なんてことを1日中やって、あまりにも自分の不器用さに情けなく、もう二度と携わらん、と決めたのだった!!
彼女のお父様は有田焼の絵付け師。7~8年前は全国から有田の窯業大学に修業に来る若者達はそれはそれは多かったそうだ。残念ながら、お父様のお仕事は一代限りになるかもしれないとのことだが、幼い頃から焼き物の町に生きてきた彼女にすれば「この時代、もう焼き物の価値を分かる人間がなかなかいないんだよ」。ウソみたいだけど、それは100円ショップの影響も少なからずあるらしい。
彼女の自宅にはやはりステキな器がいっぱい。コーヒー一杯出されても、いつも驚いてしまう。私は、彼女の家で飲むお茶やお酒が大好きだ。もちろん料理も。違う味に感じてくる。そう、もちろん、めちゃくちゃ美味しく感じるのだ。
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佐賀県福岡情報センター
2005年06月18日
本当に梅雨に入ったの…?というぐらい、おだやかな土曜の午後である。一応、週休1日(日曜)であるワタクシではあるが、土曜の午後は世間様もユルユルなので、こちらもユルユルと事務処理をしたり、ネットで情報をリサーチしたり…という感じ(まさに「ハンドン」…古い!? 年がバレる!?)。
さて、“食”の大切さを身をもって体験し、一応、昨日で自分自身の食問題にピリオドを打ったつもりではあるが、昨日はちゃんと別の仕事もしていた。私は、福岡・天神の某インター・メディア・ステーションの広報の仕事等もさせて頂いていて(「イムズ」です!!!)。編集会議等で、某イムズさんの事務所に月1回はうかがわせていただいている。それが、昨夕。で、あれやこれや、意見を言い合うのだが、(もう私の中では、10月までイッちゃっている。「さがファン」のようなネットだと、タイムリーに動けるが…(それは嬉しく感じる)、広報誌等、紙媒体の仕事となると、常に3か月先を見ておかなくてはならない。クリスマス時期には、バレンタインデーのことを考えとかなきゃいけない。そして、年とるの早いなあ~なんて、本気で感じるのである…う~~)。
で、この黄金に輝くビルはいろんなテナントさんが集まっているのであるが、もちろん、入れ替わりも多い……かもしれない。そこの7階に“でで~ん”とずっと構えているのが「佐賀県福岡情報センター」。隣接していた、福岡市民情報プラザは春に消えてしまっていた。その後、少しだけリニューアルした「佐賀県福岡情報センター」は…毎度行くたびに思うが、スゴい。何がスゴいかっていうと…「佐賀の情報」がここで
全部手に入るぜ! ぐらいの情報量であふれているのだ。パンフレットしかり、参考文献、映像…もちろん、ネット検索とかの設備も整っている。受け付けの方たちも優しく、くだらない質問にも答えてくれる。
結局、パンフレットというパンフレット(多分700gはあっただろう)をバッグに詰め込み「重い~~」とひぃひぃ言いながら帰事務所。。。そしてその後、「佐賀県福岡情報センター」では、数々の佐賀についてのイベントが月々催されていたことに気づいた。自分が書いた広報誌に…載っていた…………。。。
7月は魅力的なイベントがあるらしい。福岡の「さがファン」はイムズの7階にまずは行っていただいてほしい(日本語じゃないですね、これ)。長くなるんで、この情報詳細は来週書きます。
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食は命なり。
2005年06月17日
「病は気から」、「食は命なり」…まあ、いろいろ表現はありますが、“食”が日々の生活にどれだけ大事なのか、っていうのは、ヨレヨレになると、本気でよくわかる。私は職業上、いろんなテーマにおいて仕事をするが、実は、一番ニガテな分野があった。、“食”である。
ライター仲間にはグルメライターさんは多いが、私はダメだった。しかし立場上、過去いろいろやった。「福岡県うどん食べ歩き」(1日うどんのみ5食取材とか…人間として良くないと思う…)。スカイパーフェクトTVの「ラーメン食べ歩き…云々番組」には映像で出演したこともあり(東北や関東在住の友達が偶然、番組を観てて、「おまえなんの仕事やってんだよ、ライターじゃねえのかよ」と突っ込み電話をいただくこともあった)。そりゃ、若いころはいい。1日何食食べても、食べなくても元気だったから。。。。しかしいくら“仕事といえど”、30代前半、もともと食がホソいワタクシには、“食”に関連した仕事を請けるということは…しばしの間、考えさせられた――「さがファン」。
世の中の女性すべてが、ダイエットをしたがっているわけでもない。甘いものが好きなわけではない。
私は一応女性ですが、無類の酒のみで、辛いもの命で、甘いものはデェ嫌いだった。しかし、今年2月に10年来の習慣である、喫煙を止めた。理由は、休みの日に急に“臓器”が痛くなり、自宅でひっくり返り、動けなくなってしまったからだ。すぐに、自宅隣の救急病院に一人でズルズル行き、栄養剤が入った点滴を打ってもらった。ぼーーーっと、横たわりながら、涙が出た。
そして、4月には、だらだら飲むお酒を止めた。。。理由は、お酒を飲むと若いころになかった二日酔いどころか、三日酔いまでするということがわかったから。カラダは正直である…。すると、面白いことに…特に禁煙についてのカラダの反応は、おビックリ。ワタクシのおカラダは根底からひっくり返るほどの、変化を発生させた。まず、匂いに敏感になり、あれほど“モクモク”な人間だったのに、煙という煙が生理的にダメになる。味に敏感になる。特にコーヒーの香りに敏感になった。アンド頭が冴える。。。それから、もっとスゴイのは、あれほど嫌いだった甘いものが美味しくてたまらくなる。味覚が一変するのだ。まあいろいろ。個人によるかもしれないけど、やっぱり、何様、じゃないけど、煙草は止めたほうがいい。です。はい。スッパリ辞めれなかったら、節煙ぐらいした方がいいと思います。
さてじゃあ、この感動をたれに伝えん!?と やたら琵琶法師のように、会う人すべてに健康診断を促していた私であった。まわりは、ほぼフリーな連中なので、機会がなかったら健康診断なんて行かないような人間ばかり。余談だが、昨秋結婚した、ワタクシの姉の旦那、つまり義兄も、自営業であるので、初めて健康診断に行って…家族としては、それだけでも安心………。
しかし、そんな感動もつかの間、最近、入院事態も想像できるほどワタクシは体調不良に陥ってしまった。理由不明。きっかけは夏風邪&ギックリ腰。それも「さがファン」のオープン時に重なり、『佐賀の和牛』に、心ときめかせながらも、カラダが肉を受け付けん、という、最低な状況になっていた。もともと“食”がニガテな自分に、敢えて課した「さがファン」という仕事。“食”、“食育”とかっていう分野は非常に興味があり、公私活動していたが、どうも、リアリティーがなかった。食品、特産品を売る前に、自分が食べなきゃどうしようもないじゃん…とはわかっていたが、食べれんものは食べれない…。と、最終手段に出たのが、病院ではなく「東洋医学」。知り合いの針きゅうに通いはじめた。気のせいかもしれないけど、今日、なんかいい気分になってきた。んで、それこそ国道263号線沿いの荒江地区に行ったついでに、沖縄料理屋のランチタイムに飛び込んでみた。
食べた。食った。召し上がった。お食べになった。グルメった。。。
沖縄は、私がほぼ小学校の時代を過ごした場所である。幼きころ、こんぶやらなんやら、健康食ばかり出てきた給食。泣きながら、もずくをすすっていた覚えがある…(沖縄の小学校は3日に1ぺんは、今、話題のもずくが出る!!)。それを喚起させるような、沖縄料理屋のランチ。店内はユルユルな雰囲気。。。美味しい…。やった。固形物解禁や。食欲を抑えきれなくて困ってる、やせたい、という人は多いだろう。。。が、食べたい、食べれるっていうことは、健康な証だと思う。それが、ファストフードであろうと。なんであろうと。なんと言われようと、“食は命なり”(by江北町 世界の「スローフードアワード」を受賞した武富勝彦さん)。食べられない、というのはツライですよ~。
“食”には、生命維持の機能を持っているものだけじゃないってのはわかっている。そうじゃないと、街中のレストランも経営できないし、それこそ「さがファン」も本末転倒だ。けれど、この2週間、生命維持という、基本的で、根底でもある“食”に関しても、ツラく、もどかしい思いをしていた私としては、やっぱり自分を育てた“原点”かもしれない、「オキナワリョウリ」にありがとう、と言いたくなった。今日は。
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国道263号線
2005年06月15日
好きな土地があれば、好きな通りもある。それは国道263号線。福岡から佐賀へどうやって行こうか…となった時に、まずJR。(博多駅から佐賀駅まで特急かもめで最短34分。通っている知人も多い)。そして高速バス(天神バスセンターから佐賀駅バスセンターまで約1時間10分。1000円で行けるのでラクチンだ)。実は近いのである。福岡都心から佐賀中心部まで。しかし、イメージがどうしても“近くて遠い県”。私は、このイメージに関しては、相当苦しんだような気が…。いやぁ、今でも考えることは多いかも…。佐賀と唐津が過去、別の国だってことは、前回書いた。福岡県民にとっては、実は唐津の方が身近に感じている。地下鉄1号線から、JR筑肥線に直結しているからだ。
と、私は本日佐賀市内へ出た。さがファンを経営している会社の担当者に会うため。私は福岡市・早良区に居しているので、佐賀に出るには国道263号線一直線なのである。右折も左折もなし、ひたすらまっすぐ。こんな潔い(?)道もない。一体、何回通っただろう、何度、「三瀬トンネル」の回数券を買っただろう。もちろん、真冬は凍結して通れないっていう事態にも遭遇したことがある。このごろ、三瀬峠を抜けた後の風景がずいぶん変わり始めていることに気づく。いつのまにか、美味しそうなおそばやさんが出来ているし、“農家レストラン”がオープンしていることにも気づいてはいる。富士町のダム建設の影響もあるとは思うが、数年前とは顔が違う。明らかに違う…国道263号線沿い。
私はフリーのライターであるので、北九州地区とかにもたまに行く。北に行く時は、国道3号線。同じ国道でも、全然顔が違う。ちなみに3号線はちと恐い。なんでか263号線は、ホゥ…と落ち着くのである。しかしながら、少し騒がしくなっているかな?と感じた本日。日に寄るとは思うが、普段なら福岡・早良区西新から、佐賀市内まで1時間半で行けるところを、今日は2時間弱かかった(オープンカーで苛つくサングラス姿の女の姿を想像してほしい…。多分、「どんぐり村」あたりの263号線では相当浮きまくっている…そりゃ~ワタクシだ)。えぇ、三瀬あたりでやたら工事が多く、渋滞していたのである。
ちなみに、早朝の三瀬峠あたりの風景は素晴らしい。文章で表わせないほど。空気がシンと澄んでいて、恥ずかしながら、あぁ、自然と共に人間って生きているんだなって思わせるほどの、“自然の原動力”を持っている。263号線沿いの農家レストランに行きたい、あわよくば、取材したい、と思うのだが…どうしてこんなに時間に追われているんだろう。
国道263号線は、私と佐賀を繋ぐ通り、だが、それ以上の価値はまだ発生していない。でも、長い目で行くさ
…。
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佐賀人と唐津人 その1
2005年06月14日
明日は ひさびさ、佐賀市内出張だ!…ともう多分目をつぶっても、運転できる国道263号線。わが福岡・西新事務所から、佐賀市内まで、約1時間30分。佐賀は佐賀でも、このごろ、唐津方面に行くことがほとんどで、佐賀市内に出るのはだいたい約1カ月に1ぺんぐらいだったりする。
先日、次月の「さがファン」のテーマの取材のためにお伺いした店(福岡市・中央区清川)の板さんの一人が、唐津出身だった。とつとつと、さがファンについて、取材前に熱い思いをオーナーに語ったわたくし。横で聞いているその板さん。いざ、写真を撮らせてください、となった時に、絶対入らない。「写真は絶対いやです」。ハイ、そこでお仲間の料理人さんが、つぶやく。「こいつは、唐津人だから、超頑固なんっすよね~~」。その彼…話はニコニコして聞いてくれる。「福岡に来て仕事していると、みんな唐津出身の人は頑固って言うんですよぉ」。。。
佐賀と唐津は“違う”。もともと国が違う。それは勉強してわかったことだ。昨年の「佐賀ときめき大学」の講演会で、よーーーーく把握できた(「スクーリング再録」のコーナー講演No4、佐賀城本丸歴史館学芸員補・横田氏の講演参照)。しかし、もちろん、今現在、生活している方々にとってもやはり“違う”ものであるらしい。私事だが、私は、生まれこそ神奈川・横浜市だが、そこから、父の仕事の都合で全国を転々としてきた。ので、地域に対する順応性、とか、生活へのサバイバル性というのは、身をもって経験している。だからこそ、同じぐらい、ふるさととか、郷土とかへの思いが強い。
佐賀と唐津。どっちも佐賀県じゃんよ!!といいたくなることしばしば。福岡と博多、どっちも福岡市じゃんよ!と言われたら、おぃ、ちょっと待て、となるぐらい、私も福岡県民に“なってきた”。上記の「佐賀ときめき大学」において、以前取材で出会った佐賀県立図書館の方が、「日本を世界各国に例えるとしたら……、佐賀は“日本”そのものです」という一言を言われていたのが、非常に印象に残っている。
取材でいろんな土地に行く。いろんな土地の人間に会う。ただ、“頑固さ”で群を抜いているのは、佐賀県民。どうして?なんで!?と思うほど、頑固。牙城をもはや崩す余裕さえも与えないほどの頑固さ。私自身には、頑固である、という形容詞を与えられず、「強引だ」という、似たようで、全然違う特徴的形容詞をよく人に与えられる。私は、頑固な人間が好きだ。自分が、結局持っていないからだとは思うけど。
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玄海灘と有明海 番外編
2005年06月13日
今日の九州地方は暑かった。めちゃくちゃ暑かった。わが事務所、わが自宅でもクーラーをかけている。えぇ、わが車でも、クーラーがんがんで、恐ろしい勢いで、ガソリンが減っていく…。
気象庁は「梅雨に入った模様…」などと曖昧な表現で公表していたが…、予想するに、この1ヶ月はこの気まぐれな天気にじぃ~っと我慢しなくてはならない。うちら「フリーライター」と呼ばれる連中は、“取材半分・執筆半分”な生活をしている方々が多い、と想像するが、天気によってそれこそ、効率とか、モチベーションとかが、変化したりする。仕事とはいえど、取材先の、そして自分の…気持ちの調整の難しさ――。それが、このいわゆる“梅雨の季節”かもしれない(梅雨は「自律神経系」の動きが乱されるんですよ~)。
…と、本日は、公私ともども、福岡都心・天神界隈を…ブラブラ、ダラダラ、テレテレ、ボテボテ散歩。散歩してるだけで、情報が飛び交っている、、、、いわゆる“都心”というものは、ちょっと、えぇ…、少しだけ、恐いものがある。。。“ちなみに”であるが、先週末「親不知(おやしらず)」という歯を1本抜いた。たまたま別件で伺った、親富孝通り近辺に開業した女性専科の歯科なんでありますが。しかし、答えは、「どうして、ここまでほうっといたのですか。歯や歯ぐきは健康のバロメーターなんですよ!!」。
すみません…。抜歯し、恐怖と痛みで、涙。泣くほどの痛みとプレッシャー、それが親不知。
「さがファン」の仕事で取材をしながら、私は、2週間足らずで体重が4キロ落ち、親不知を抜いてゲッソリし、胃カメラを飲み、軽度の胃炎で胃薬で補い…。だからこそ、“食”の持つ力とか、可能性とか、必然性とか、理想とか…経験できなくとも、別の次元の“リアリティー”を今、私は、感じている。
世の中「当たり前」と思っていることほど、コワいものはないですよ。。。
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玄海灘と有明海 その3
2005年06月10日
“素材”から“料理”になるまで、わずか数分。素材であるイカ君と、料理人さんとの闘いはお客さんから見ることはできない。“食関係”の取材で毎度のごとく頭に浮かぶ「1フレーズ」があるのだが…、この原稿をファミリーマートのおむソバを食べながら書いている私にとってはそれは、“哲学の分野”に近い。当たり前の「1フレーズ」なのに。
『常に、生き物を殺生して、私たち人間が生かされていることを自覚しておきたいですね』。同じ日に東京・渋谷で、有明料理を出すお店を取材したライター・キムラ女史のメールの一文。コレです。1フレーズ。彼女も、やっぱり同じことを感じていた。
キムラ女史のこぼれ話だと、「店主さんが言ってたんですけどね、魚も釣り上げられる時に、強いストレスを感じたものとそうでないものでは、味覚に違いが出るそうなんですよ。だから、底引き網のように、魚の意思なんかまったく無視の状態で、ほかの魚たちとごっちゃになって水揚げされる魚はストレスを感じています。逆に1本釣りの魚は、漁師さんとの知恵比べですので、いつの間にか、“あれっ、ボク、陸に上がっちゃってるよ?”ってな具合に、ストレスを感じずに水揚げされるそうです。当然!ストレスを感じずに水揚げされた魚の方が旨い!!そうなんですよ(ほぼ原文)」。
佐賀の食が優秀であることは、私は知っているが、全国的にはあまり知られていない。それもあり、さがファンには多いに期待したいところ(おぉ、何を他人行儀なことを言っている!?)。過去、グリーンツーリズムなどの活動に公私熱心に携わっていたのだが(今のところ多忙でお休み中)、最近、関連してスローフードについても勉強して、先日は江北町に取材に行ってきた。それから、LOHASも目についてきましたね。だが、私にとっては、常に勉強なのだ。哲学なのだ。仕事でいえば仲介役なのだ。リアリティーとして、語れないのだ。いつも、そこでもどかしく思う。せめて、自炊をしたいとは思うのだが…(低レベル~~!)。
多忙さにかまけて、コンビニ食やファストフードに走っている今日このごろ。そして、抵抗力をなくし胃薬が手放せず、栄養足らずで歯周病になるというありさま。このごろ、各病院とすっかり仲良し。言われることはただひとつ「とにかく食べて、良く寝なさい」。あ、唐津出身の料理人さんのお話をしたかったのだが、本日字足らず。。。
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玄海灘と有明海 その2
2005年06月09日
さがファン取材日記・福岡編。…っというわけで、昨日、私の愛する唐津市・呼子町のイカ君を毎朝仕入れ、お客様にお出ししている、というお店を取材した。お店については7月から紹介となるので、ここでは言えない(別にもったいぶっているわけではないス)。
そのお店は、福岡でも若者が集まる大名地区や、大人が集まる呉服町地区等、店舗があるお洒落な創作料理屋さんで、私が取材に行ったのは、福岡市中央区清川エリアにあるお店。
和風の面構えののれんをくぐると、いけすがしつらえてあり、落ち着いた木の温もり。なんでも、江戸時代の“遊郭”をイメージした店内は、場所がらもあり隠れ家的で、オープン前に入ってもドキドキするような雰囲気。なんでもやはり、大人のカップル等の来店が多いらしい。取材をさせていただいたオーナーも、どど~んと存在感があふれていて、やはり緊張。取材中、オーナーを訪ねてくる、職人の方々もほんと昔ながらの“博多の方”というオーラがあふれ、32歳・独身・女、本気で汗かきかき逃げ出したくなった。
…と、緊張して汗をかくというのはあんまりないこと。どうもこうも福岡では“福博”地区の“博多”に行くと私は焦る。“あきない”の下町・博多。歴史が根付く博多。 そんな、汗ダラダラの私の緊張を和らげてくれたのが、お店の料理人さんたち。ニコニコと取材に対応してくださった、若いお兄さんたち。しかし。厨房に入ると表情が一変。調理にかかると別人のような顔になる。いけすからイカを1本あげて、活き作りの料理作品にするまで、約数分。もう格闘技だ。真剣勝負だ。こんなに長い数分は初めて感じたかもしれない。さっきまで、いけすで赤い顔して(イカが赤い時は怒っている時らしい、なぜか…昨日は、みんなアングリ~・シュリンプだった)、泳いでいたイカ君。数分後は、まっ透明になって、お客様にどうぞ~。「いけすから上げ、お客さんに出すまでラス3分狙ってますね!」と料理人さん。なんか、中学の時の水泳部時代を思い出す私。。。
しかし、その一連を見ると…おぉ、すごい。いつもただの客か、取材だけか、どっちかの自分であったが、昨日はどっちも体験。生き物がという“素材”が、料理人の手を通して調理され、“料理”となってお客さんに並ぶ。うひょ~~。
料理人のみなさんの写真を撮らせてもらったのだが、お一人だけ「俺はヤダよ」とカメラを避けられる方がいらっしゃった。しかし、彼はまぎれもなく唐津出身の、佐賀人料理人。次はこの料理人の方のお話を“ちょっと”させていただくとしよう。
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玄界灘と有明海 その1
2005年06月08日
どうしても好きな地域がある。ライターなので、取材で各地に出かけることが多いのだが、目的が“仕事”と“プライベート”では、まったく感じ方が違う。だけども、自分の中でその双方を超えた地というのがやっぱりある。そのひとつが、唐津市・呼子町。 呼子には仕事でも良く行くし、プライベートでも良く行く。来福した知人は福岡都心より、先に連れて行く地。なんで、呼子がそんなに好きなのか?と聞かれたら……1・福岡から呼子までの海岸線ドライブルートが好きだ(日本三大松原・虹の松原を含む) 2・イカの活き作りが美味しい 3・加部島から見る玄界灘の風景が素晴らしい……ともかく、海が好きな私ではあるので、呼子がしっくりきつつも、憧れに近いものもあるのだろう(呼子には、こんな変わったHPがある。ああ、誘惑するのはやめてください…)。
「さがファン」もオ―プンから約1週間。個人的にもいろいろご意見・ご感想をいただいていてうれしく、ありがたく、きびしく。先日まで、頭の中は「6月の特集・魅惑の佐賀和牛」ばかりだったが、本日から、来月の特集取材の取り組みが始動。来月のテーマは“海のもの(仮)”。海~~。佐賀県には、ご存知2種類の海がある。以上に述べた、呼子町がある「玄界灘」と、干潟で有名な南の「有明海」。『福岡&東京 次に行くならSAGA味の店』というコラムで、東京のライター・キムラ女史とほぼ同時にお店の取材を開始。偶然なことに、東京は「有明料理の伝統の店」、福岡は「玄界灘のイカを使ったお店」となった。どういう店かは、7月からのご紹介になるが、取材に立ち会ったうえでのいわゆる“裏話”が、なんでかキムラ女史と私では共通すべくものがあった。2つの海…。先日のブログで、ネットサイト上の大学『佐賀ときめき大学』のことを少し触れたが、その3年次のテーマが「二つの海が織りなす佐賀の魅力」というもので、特性の異なるこの玄界灘と有明海の2つの海について、ともかく勉強したのを覚えている。さて、この2つの店取材の“裏話”をちょっと書いていこうと思う(“ちょっと”じゃないなー。だから、次回に続けます)。
その“土地”が好きな理由は…?て聞かれても、漠然としか答えが出ない。土地を好きになるのって、恋愛に似ているかもぜ、なんて思ったりする。その土地が、呼子。次回に続かせてください…。
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佐賀の百賢人について
2005年06月06日
本日は、ネットサイト上で佐賀について学ぶという、「佐賀ときめき大学」という大学のサイトのコラム原稿を、こもって書いていた。ネットサイト上での大学というが、普通の大学のように4年の修学期間がある。そして、年度が始まる時には、スクーリングといって佐賀の地に全国から受講生が集まり、実際に講師の講演を聞き、年次のテーマに沿った体験ツアーをして、受講生同士交流をする。それ以外の362日は、ネット上で学ぶというわけだ。いわば、通信教育のようなものといおうか。こちらは現在、最終の4年次の半ばを過ぎたところ。テーマは「幕末・維新期の佐賀」。
私は3年次から、この仕事に参加させていただいており、スクーリングにて実際、全国の受講生のみなさんとお会いしたこともあるのだが、ほんと、みなさん「さがファン」。佐賀の大きな魅力のひとつに、“歴史”がある。昨年夏には佐賀城本丸歴史館がオープンし、NHK大河ドラマ「新撰組!」の影響もあって、幕末・維新期はにわかにブームとなった。昔から、歴史好き、幕末好きの私としては願ったりの仕事ではあったが、二重鎖国の制度をずっと保ってきた、佐賀・鍋島藩のことは、実は全然知らなかった。「薩長土肥」の“肥”。勉強も、まだまだ足りない。しかし、この仕事に携わって9カ月だか、そこに“佐賀県人”とはなんなのか、ということが少しづつ分かり始めてきた(だがまだ語れない~~)。
佐賀には近代日本の礎を築いた“賢人”たちがたくさんいる。佐賀城本丸歴史館がこの佐賀の賢人100人をピックアップしているそうだ。さて、どんなラインナップとなるのだろう。おおやけでは“七賢人”という人物がよく知られている。名君・10代藩主鍋島直正、希代の大政治家・大隈重信、佐賀戦争で非情の死を遂げた江藤新平、札幌の父とも呼ばれる島義勇(しまよしたけ)、名外交官で書家としても名高い副島種臣(そえじまたねおみ)、東京遷都論を掲げ、東京府知事ともなった大木喬任(おおきたかとう)、そしてもう一人、日本赤十字の生みの親・佐野常民(さのつねたみ)。
折りしも、先週NHKの人気ドキュメンタリー番組「その時、歴史は動いた」でこの佐野常民が特集されていた。医者でもあり、武士(藩士)でもあり、官僚でもあり、政治家でもあり、スカウトマンでもあり、技術者でもあり…、そして、日本に“博愛精神”を執念と熱意で根付かせた人間だが、あらためてこの御方の“志”は素晴らしい、を超えて、スゴいと思った。100余年経っても全国区、いや世界区(区!?)
昨年、彼の出身である川副町(かわそえまち・佐賀市内から車で20分ほどの有明海近く、佐賀空港も近い)に「佐野常民記念館」がオープンした。立派な施設で、資料もかなり豊富。センスもよろし。しかも、町内の子どもたちがボランティアで館内を案内してくれる。私は仕事で2回ほど行ったのだが、彼の博愛精神に触れたのか、観終わった後、心がホンワ~と温かくなった。ホントです。幕末時、三重津海軍所が存在した、早津江川沿いにあるのだが、この川も一体どこまで続くんだよ、っていうぐらいどっか~んと広がっている。ぜひ、一度は観にいってみていただければ、と思う。天気のいい日は、福岡の大川市まで見渡せる。
“博愛”―それを仁という、“仁”とは人を慈しむこと―。子どもができたら、この施設には絶対通わせるな。いやぁ、佐賀出身の素晴らしい人材については、なかなかひとことでは語れない。って、これも長文、失敬。今週は半ばから、再び佐賀県内を車で縦断取材だ。食べるぞ~。
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タフなEAST副都心計画。
2005年06月04日
いやぁ、知らなかった。ここ2か月は目がずっと西南地方を向いていたので、地元福岡の情報が頭からぶっ飛んでいた。福岡の都心はもちろん天神であるが、副都心と呼ばれる都市のひとつが、すごいことになっていた。西の西新、東の香椎、南の大橋。その“東の香椎”で「香椎副都心土地区画整備事業」なるものが、ガンガン進んでいたことに、同じ福岡市民でありながら全く気づいていなかった。独立行政法人都市再生機構(漢字が多いな)が19年の歳月と704億円の予算をかけて、新都市をつくるという超特大プロジェクト。
“西の西新”に居する私としては、東区は縁もゆかりもない街。多分一生で3回ぐらいしか行ったことがない(佐賀の方がよっぽど近く感じる。実際、三瀬峠や唐津市の位置関係でいくと、早良区・西区の住民には佐賀県は身近なのである)。昨日、別件で、その副都心計画とやらを取材しに、東の香椎・千早・名島あたりを1人でひたすら歩いた。
すごい…。たとえは良くないかもしれないが、まるで雨後のタケノコのようにマンションというマンションが、地面からゴンゴン生えている。以前、宮崎駿氏の都市構想(後に頓挫)で全国的に有名になったものの、長い間、ほっとかれたように思われた「アイランドシティ」も、福岡ドーム周辺の百道浜のように美しく整備され始めていた。商業施設は既設のままだが、いつのまにやら、駅もできてるし、それにしてもマンションの数、数、数。いったい、どこから、誰が引っ越してくるんだろぅ…!?
転勤したい都市No.1、福岡シティ。かつて、全国からやって来た人たちが居を構えるのは、だいたい県下有数の学校区でもある、副都心“西の西新”だった(転勤族で子供の時分やってきた私もそのクチだ)。西新・大橋は、もう“できあがった街”ではあるが、香椎・千早地区の街ができあがっていくさまは、すごかった。ある意味、都心よりタフな姿を見た。街が“つくられていく”というゴッツいエネルギー&カンカン照りの日差しに魂を奪われ、ヨレヨレ、ボロボロ。ライター稼業は体力勝負…。ちょっと佐賀のことを忘れる。
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東京の胃袋は地方が支えてる。
2005年06月02日
さがファンでは今のところライターが2人いる。私と東京在住のキムラ女史。『
キムラ女史は福岡県・北九州市出身。この仕事に携わるまで、隣県・佐賀のことは全然知識がなかったらしい。このごろ、スーパーに行くと九州産の食材が多い、ということに気づいたそうだ。しかも、「佐賀産っていうのが多いんですよ。なんだか嬉しくなりますよ」。お~あなたももう、さがファン。彼女は今、「牛にやさしくしている牛乳」という、岩手産の牛乳を飲んでいるとのこと。なんでも、乳牛をストレスフリー環境で育て、その牛から搾乳するらしく、こういう○○産…という商品が、静かなブームを呼んでいるらい。へぇ~。 「良い食材って、農家の方々が素材にストレスを与えないように、気を遣っているからなんですよね」。…って、言ってることが、『生産者列伝』でインタビューした、伊万里牛販売の前田さんと同じだ。
「農家にもいろいろあるけど、ポリシーあるなしでも食材は違う」。ほぉ、『次に行くならSAGA味のお店』で取材した、「ホテル日航福岡」の中橋総料理長が、「我々が佐賀産の食材を使う理由は、佐賀の農家の方々が本当に真面目だから」とおっしゃっていたのに似ている。「東京に来て、1年ぐらいたちますけど、こうして見ると、東京の胃袋は地方が支えているんだな、ってつくづく思いますよ。そんなこと、九州にいるころは思いもしなかった。東京人は地方に感謝しなきゃいけないですよ」とキムラ女史。
食…。最近、胃が破壊されて、胃カメラを飲んだばかりの私であるが、2週間ほど流動食ばかり食べていた(あの有名スターが「やっぱ朝はコレでしょ」云々CMで言っている商品)。さすがに、すさんだ。
身を持って、“食”のありがたみがわかるって、まさにこのこと…。
話は“食育”まで大発展しそうになり、そうなると何時間かかるかわからないので、途中で打ち止め。
そんな、キムラ女史と私は面識がない。このご時世、仕事もメール1本ですべてが済むことが可能な、
顔の見えない世界。顔が見えなくても、声が聞けるのはやっぱりいい。
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あなたは佐賀が好きですか…?
2005年06月01日
ついにさがファンがオープン!!
思えば、この準備期間の2ヶ月は心も頭も体も佐賀漬けだった。
この仕事を始めるときに、担当の方から開口一番言われたのが冒頭タイトルの言葉。なんとダイレクトなクエスチョン。
そして間髪要れずの二口目が「福岡県民に何ができるのかなぁ…」。なんと胸を射抜かれるオピニオン。
縁あって、福岡市在住だが佐賀の仕事は、今までも観光情報の取材等でやらせていただいているフリーのライターの私だ。だが、この「さがファン」というプロジェクトはハンパじゃなかった。
民間の一会社が、佐賀をまるごと引き受けて、県産品・特産品をインターネットで売る。
こんな、行く先々大きな冒険が待ってる可能性大な、大船に乗ってしまった。港は佐賀市内だが、目的地は大海原。その「さがファン船」の出航がまさに本日。
昨秋、別件で佐賀ツアーに東京からやってきた若い女性2人にインタビューしたことがある。
「あなたは、佐賀が好きですか…?」。
2人は嬉々として答えた。
「大好きです。自然があり、食べ物も美味しい。そして、人が温かい」。
「でも、あなたの住んでいる地区周辺にも、栃木、長野、山梨…と自然があり、食べ物も美味しいところがあるでしょう?」
と聞き返すと、
「まだ、私たちは佐賀のことを何も知りません。好きだから、知りたいと純粋に思って、だから参加しました。これから佐賀のこといっぱい勉強します」。
…この恋愛にも似た境地!?
こんな“さがファン”の皆さんが全国には絶対いるはずだ。ちなみに、私もこのプロジェクトに入る前は、こんな感じだった。
しかし、この「さがファン」という仕事を通して、勉強、取材を繰り返していると、私の佐賀への恋心は、そろそろ愛情へ変化しているようだ。
目指すは“さがファン”第1号ならぬ、“さがグルーピー”。
これから、編集取材でこぼれて、はみだしたお話をこちらで、余話として楽しく書かせいただけたら、と思う。
こぼれた写真などもこれから、たくさん載せていきたい。
これからもどうぞ、「さがファン」をなにとぞ、よろしくお願いいたします。
“さがファン”第1号・もりでした。