佐賀和牛 肉の味好(みよし)
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 2006年11月14日

最近思うこと

今年の流行語大賞は「自殺」になるんじゃあないかと思えるほど、この言葉が新聞を賑さない日はない。
今年もそうなんだろうけど、去年までの自殺の大半は中高年者であった。2万人以上亡くなっていたと思う。現に、新聞紙上を賑している校長の自殺なんかもその部類かもしれない。
今朝のテレビだったか、「校長の自殺は現実逃避だ」と言っていた。確かにそうだと思う。
教育委員会が、「校長の仕事は大変ですから」などと言っていたが、それがわかって校長になったんだろう。それがまっとうできないのなら、最初から断ればいいんじゃあないか。「私にはできません」って。

福岡の学校だったか、大人たちの対応が遅すぎて、校長からの説明も謝罪以外まだ何もないことから、生徒自らが立ち上がって、声かけを行い、イジメをなくしていこうとする活動を始めた。
学校も教育委員会も、大人たちの立場でものを解釈し、子供たちがこんなに警笛を鳴らしているのに対応策をとるすべさえ知らない。
教育委員会や学校や先生たちが病んできているのに、子供たちにまっとうな教育ができるわけがないじゃあないか。
もちろん、教育の基本や根底が家庭にあることを、親全員がしっかり認識しなければならない。躾や生活習慣、物事の善悪などはしっかりと親が自らの責任で子供に対して教育すべきことである。
そういったことまで学校に押し付けるのは、それは親の無責任であって、お門違いと言うことだ。
子供の躾がなっていないのは、親自らが恥ずべきことなのである。
先生たちが生徒を殴れないことはある意味.、間違いのような気がするが、
そんな中で子供たちを殴れるのは唯一、親だけじゃあないか。もちろん暴力を推奨しているわけではない。逆に頬ずりできるのも抱きしめられるのも親じゃあないか。
そしていろいろ悩んで学校に行きたくないと思っている子供たちに対し「学校、行かなくてもいいんだよ」と言ってあげられるのも親じゃあないか。学校だけがすべてじゃあない。学校行かないことが恥ずかしいことじゃあない。選択の一つだ。

どっちにしろ、親が先に死ぬ。
そのときに子が生活に困らないよう、道に外れないよう、先先を見通して考えてやるのが親の務めだろうと思う。学校はそこまで対応はしてくれない。卒業したらそこまでだ。

子供たちは誰もが無限の可能性を秘めている。

食っていくために仕事が忙しいから…なんて子供の話を聞かないのは親として、逃げじゃないのか。
子供のそばにいつもいるのは親なんだよ。

投稿者 miyoshi : 2006年11月14日 23:56

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