2007年04月27日
突然ですが・・・
引越しいたします、このブログ。このエントリーで365個目なんでキリがよいので(爆)
まっ、諸般の事情というか大人の事情というか真昼の情事というか所ジョージというところです。
私としては、ここはそこそこ気にいっているんですが、サーバーがご機嫌斜めのせいか、トラバが打てないとかコメントがカキコできないという苦情もお聞きしていたので、ちょうどいいかもです。
移転先はここです。
さがファンブログという、6月から本格稼動するところなんですが、アルファ試験中の現在もブログの作成が出来ます。
「佐賀の情報が集まる地域密着ブログポータルサイト」というコンセプトには惹かれるものを感じます。
ひびのといい、何気に佐賀はスンゴクないかい?!
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2007年04月23日
ダービーが近づいてきた・・・
今週末は春天。むずむずと競馬心が疼いてきます。
てなことで、競馬への無垢で邪心な心持ちたっぷりの過去ログなど上げておこう。
多分5年ほど前に書いたような気がする・・・・。
EPSODE 1
ゲートが開いた。案の定、江田照男の騎乗した馬は出遅れた。
その馬は、テンジンショウグン。このレース、98年の日経賞(G2・中山)に出走した9歳のこの馬は、障害入りした馬で、すでに障害で2勝をあげていた。普通なら、中山大障害を目指すローテが常識であるが、バンケットが苦手なことと、平地を走っていた頃からの最高の状態であることを考慮し、平地のレースに回ってきたのだ。12頭立ての最低人気だ。
予想していたこととはいえ、江田は出遅れで苦々しい気持ちになった。「8着を狙ってくれ」というレース前の調教師の言葉がよみがえってきた。レースでの本賞金は5着までの馬にしか与えられないが、6、7、8着の馬にも出走奨励金が与えられるのだ。競走馬が経済動物であることは百も承知だ。しかし、90年の新人賞を取った後の低迷、勝ちを望めない馬に騎乗し、着を拾えば儲けものというレースばかりが続く現状と相まって、騎手としての闘争心を萎えさせる。
道中を最後尾近くで周回しながら、江田の頭の中には、あのシーンがまた、フィードバックしてきた。91年の秋の天皇賞、デビュー2年目のあのレースが。江田の騎乗したプレクラスニーは3番人気だったが、東京競馬場のゴール前の長い直線で、当時最強と言われていたメジロマックイーンとの叩き合いは長く続かなかった。ゴール板を通過する時点で6馬身もの差をつけられたのだ。2着に入ったものの実力の差をまざまざと感じさせられて、うなだれる江田に信じられない言葉が耳に入ってきた。メジロマックイーンが1コーナーでの斜向により失格になりプレクラスニーが1着に繰り上がったのだ。「本当に勝ったわけじゃない。恥ずかしい。表彰式が早く終わってほしい」。ひきつった顔のまま、江田はG1の表彰台の上で、逃げ場のない嘲笑の視線にさらされているような気分だった。あのレースが今も、歯車をくるわせたきっかけのような気がする。その思いが、さらに現状を悪化させていることは、江田自身にもわかりきったことではあったが・・・。
レースは4コーナーに差しかかっていた。後方で仕方なく待機策を取っていたテンジンショウグンは、足を余していた。8着どころか掲示板も狙える、そう思うと、過去のトラウマは消え去り、ひとつでも上の着順を狙うという江田の闘争心が瞬時に蘇ってきた。江田は軽い鞭でテンジンショウグンに気合をつけた。前年菊花賞2着の柴田善のダイワオーシュー、G1で実績のある熊沢のステイゴールド、1番人気の横山典のローゼンカバリーと交わし、テンジンショウグンとゴール板の間に馬はいなくなった。そのまま、ゴール板を駆け抜ける。5年ぶりの重賞勝利である。単勝35,570円、馬連213,370円の大穴となったこのレースは、江田の自信を取り戻させるにふさわしく、後年何度となく語られるであろうエピソードとなった。
その後、江田への騎乗依頼は増え、比例して毎年、複数の重賞レースを制覇してきている。2000年にはダイタクヤマトで真の意味のG1勝利も手にしたのだ。(またもや、単賞25,750円の穴男にふさわしいレースだったが・・・・)。
EPSODE 2
ゲートが開いた。案の定、江田照男の騎乗した馬は出遅れた。
電話投票で買った馬券は、障害帰りの2頭の馬連だ。10番人気のアワパラゴンと最下位12番人気のテンジンショウグンという組み合わせだ。スポーツ紙の予想オッズ欄は星印が記されている。10万以上の大穴という意味だ。このレース、98年の日経賞(G2・中山)の当日、私は職場で異動内示を受けたために、残務整理のために休日出勤していたのだった。レースの直前に帰宅したため、十分な馬券検討ができなかった。ぼんやりと、ステイゴールドから流そうかと思っていたが、レベルが下がると好走しない馬だから考え直した。その時ふと思い浮かんだのは、「障害帰りを狙え」という、負け馬券オヤジに語り継がれている定石だ。障害レースでトモがしっかりし平地での競争力も増す、という後付みたいな理論だが・・・。
予想していたこととはいえ、ゲートが開いた瞬間に買った馬券が否定されると、ちょっとブルーがはいる。まっ、8歳と9歳の馬連を買う行為自体が無謀だな、と瞬時にして反省モードになった。
思えば、中央競馬をダービースタリオンをきっかけに買い始めて、最初はそこそこ取れていたんだよね。ところが、グルメフロンティアとメイショウモトナリのフェブラリー・ステークスの万馬券を取って以来、どういう訳かぜんぜん取れなくなった。血統、コース形態、騎手等々、増える知識と反比例して・・・。血統表を見てると、ほんとに馬名の羅列に過ぎないのに時間がつぶれるんだよね。オタッキーになればなるほど、いろんな情報に左右されて、買点数も多くなる。本命を買ってハズレ、ならばと穴に走ると当然ハズレ。悪循環ですな。ハズレがつづくと当たっても元なのに、5頭ボックスなんて買ってしまうんだよね。
レースは4コーナーに差しかかっていた。後方でアワパラゴンもテンジンショウグンももがいている。少なくとも私の目にはそう写った。直線に入り、先頭は1番人気の横山典のローゼンカバリーだ。熊沢のステイゴールドも前々で競馬を進め、連に絡みそうだ。なんだ、やっぱりステイゴールド流しで正解だったか。と思った瞬間、大外から何かが飛んできた。なっ、なっ、なんとテンジンショウグンだ。ウソだろ。ガンバレ穴男江田。その瞬間、馬券を忘れ声援を送った。テンジンショウグンは全ての馬を差しきってしまった。
配当が発表になると、興奮が冷め、どうして単勝を買わなかったのかと後悔が始まった。単勝35,570円なんてめったないよな。よくよく考えると、テンジンショウグンはダビスタ3で安定C・突如爆発のノーアテンション産駒じゃないか・・・。
ダビスタ3でよく使っていた江田のフリークになるぞと、決心したのもつかの間、その年の新潟3歳ステークスで、これは無理だなとあっさり切ったロサードで江田はあっさり勝った。98年の重賞2勝目をあげ、私にとっても穴男ぶりを十分発揮してくれたのでした。おまけに、牡馬なのに体型が小さかったこともあり、牝馬だと思い込み牝馬の装鞍所で待機していたというエピソードを残して。
もちろん、2000年のスプリンターズステークスで最下位16番人気で勝って記録した、単賞25,750円のダイタクヤマトの馬券も、とうぜん買っておりませんです。ハイ。
http://www.jra.go.jp/index.html
JRAのホームページ。flash版はくどすぎ。こんなとこに金かけるんなら、控除率下げろよ。と言いたいが、多分競馬法かなんかでシバリがあるんでしょうね。データファイル⇒騎手名鑑で「エダテル」の成績チェックしてください。
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2007年04月22日
風物語(舞踊家の福岡加奈子さん死去)
上の娘がバレエを習っている。通っているバレエスクールは、福岡加奈子バレエ研究所である。その福岡加奈子さんが4月18日に亡くなった。以下は佐賀新聞のサイトからの引用である。
舞踊家の福岡加奈子さん死去福岡加奈子さん(ふくおか・かなこ=福岡加奈子バレエ研究所代表、現代舞踊協会会員、本名岩村節子=いわむら・せつこ)。18日午前5時10分、悪性繊維性組織球腫のため、佐賀市内の病院で死去、52歳。自宅は佐賀市。葬儀は20日午後1時から佐賀市鍋島町八戸3064の1、村岡マインドホールで。喪主は夫の岩村雅之(いわむら・まさゆき)さん。
5歳からバレエを始め1984年から創作バレエを発表。85年にバレエ研究所開設。2005年度県芸術文化賞を受賞。
(04月18日更新)
悪性繊維性組織球腫という病気のために左腕を切断した後も精力的に活動を続け、その生き様はテレビでも紹介された。
私が初めてバレエのステージを見たのは2003年の4月26日であった。
「風物語」という作品に心を奪われた。自分の娘の姿を追うのも忘れ、その舞台に視線が釘付けとなった。
振り付けはもちろんのこと、舞台装置・照明・音楽が見事に調和し、風が表現されていた。

2003.04.26 公演直前のリハーサル風景
完全なるそのエンターテーメントは、私が小さい時に見たバレエもののマンガやドラマとは別世界であった。
彼女の壮絶な闘病の記録の一部が、「丹波『山猿塾』だより」というサイトで紹介されています。
彼女と同病のルポライターの青木慧さんが書かれているものです。
彼女は「私のこともぜひ書いてください」といいました。
その言葉に答え、痛々しい左足への転移の模様を伝える写真もあります。
自分をさらけ出してでも、同病に苦しむ方々、難病に苦しむ方々へのエールとしたかったのでしょう。
図らずも追悼公演となってしまった「第10回 福岡加奈子バレエ研究所 発表会」が、4月30日に佐賀市文化会館で行われます。中ホールでの公演で、全席自由・ 昼の部・13:30~16:30、夜の部・18:30~20:30という内容です。

佐賀の地で華やかな芸術を見せてくれた福岡加奈子さんを追悼しつつ、その芸術が爽やかに風に揺れる姿をいつまでも見続けられることを祈らずにはいられません。
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2006年12月24日
替え玉をめぐる暴言
私が初めてラーメンの替え玉を食べたのは、高校生の頃であった。
それまでは、ほんと「一休軒本店」のみが、自分の中のラーメンの全てであったのでした。
初めての替え玉経験は、佐賀市の「長浜一番」でのこと。
私が高校生当時、長浜一番では、「男性はラーメン+替え玉9個、女性はラーメン+替え玉4個完食すれば、料金無料」なるサービスをやっていました。土曜の午後(当時は半ドン。なつかしぃ)ともなると、グループで押しかけていたもんです。
で、見事コンプリートすると写真が店内の壁に名前と食べた替え玉の数と共に貼り出されていました。
高校を卒業してから4、5年は当時のクラスメートの写真が、「15玉」との記録と共に貼られていたんですよね。
時は好むと好まざるとしっかりと流れる。
今では替え玉否定派オヤジになってしまいましたw
時々、長浜一番では食べるんですけどね。青春のおもひでとして。
■長浜一番に関するエントリー(なんか、自分内感覚より頻度高いな・・・)
20060602
20060627
20060815
20061004
20061115
嗜好については、寛容なスタンスで、色んなラーメンかがあっていいと思っているのですが、替え玉だけはねぇ・・・。
なんてノリで、馬券の魔術師であり、辛口派ラーメン論客であるtafkapさんのとこに、以下のようなコメント付けたりしてました。
所詮、十人十色二十舌なんすよ。
絶対音感ならぬ絶対味覚なんてありはしないんですよね。文化ひいては食文化の歴史を考えるに、年食って、古いものの素晴らしさに気付き守り続けたいと願うのも真理、若さに任せて古いものをぶち破りたいとパワーをぶつけるのも真理。人なんて、ただただ、フラクタルなその歴史の流れの傍観者としてしか存在しえないものかも。そういう意味では、自分と違った意見・感覚を持った他者もオールOKという姿勢で許容すべきかもね。
ただ、私自身、出汁の濃度を変えてしまう替え玉は許容しがたい未熟者です。
魁龍の森山さんと話をさせてもらった時に、「お客さん側の希望が多くて小倉本店以外は替え玉出してるんですよね」と寂しげに語ったおられた姿が印象に残っています。
そんな今日この頃。とあるところで「敵は替え玉にあり」なんて想いをスコンとぶっ飛ばすテキストに出くわした。
そいつは、ペンギン・ビート急行というブログの「豚骨スープの湯気に別れの挨拶を」というエントリーである。
このテキスト中に、『俺は九州の佐賀で豚骨ラーメンの替え玉を最高12個食ったことがある。』というエピソードが出てくる。この件は、フィクションなんだろうけど、万一、実話から引用されたならば、そのお店は「長浜一番」ではなかろうかと夢想してみたりして。
このテキストは、なかなかステキです。なんか昭和の匂いがしてきて。
替え玉もいいじゃん、て思ったりして。ポリシーねぇな、ワタクシ。
今日、替え玉食べに行こうかな、長浜一番に。完食すると、半日は喉がガラガラと渇くのも覚悟の上でw
うーん、そういえば、ワタクシのテキスト「探偵ファイナル!?」の続編が、2年間構想中のままで頓挫しているんだよね。今にでも書けそうな感覚だけはあるんですけどねぇ。
と告知しておきながら、早半年。
時は勤勉であれ怠惰であれしっかりと流れる。
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2006年12月08日
1208
you may say I'm a dreamer
but I'm not the only one
I hope someday you'll join us
and the world will be as one
僕は夢見てるのかな
君は違うの?
いつかはみんなが分かりあえて
うまくやれるさ
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2006年10月30日
ミスキャスト
竹中ミルヒーは自分的には、ありなんですよ。
原作とドラマや映画やアニメとは、別もんなんだから、楽しめばいいじゃんというスタンスなんですよね。
ここんところは、有名ラーメン店の名前を冠したカップ麺が販売され、まるっきりお店の味と違っていても、旨く食えればいいよなという感覚と似ている。過去に、いくらなんでもコレはないだろうという某有名店のむかし系カップラーメンも例外的にあったりしたけど・・・・。
そんなカンカクの私でも拒絶反応がおきたのは、美咲響子さん。
なんだろうねー、これだけは許せません。理論も詭弁も思いつく間もなく直感的に。
そういやー、ぢつは、出来の悪い博多・長浜ラーメンへの想いも、その許せさな具合にも通じたりする。
散々旨く感じて、食い倒しているけど、深層心理の奥底に澱のように積もる不信感があるんですよ、博多・長浜に。
替え玉って、麺の水分が丼内に足されて出汁が薄く不味くなるから、テーブルに元ダレとかあるんだよね、ホンマ。つーか、デフォではそれを予想して元ダレきつすぎるんで、その後半日は喉がカラカラなったりするし。それに辛子高菜って、なんなんだよ一体。そんなん食ってたら、出汁の旨みもクソも一緒じゃんかよ。バリ硬・ハリガネって、一体全体どこの国の語彙なんだよ、まったく。
どうして、一丼入魂のラーメンを楽しむという発想にならないの。出されたスープと麺の融合が完成品のラーメンだろうに、客がアレンジ加えたらまずいっすよ、ホンマ。
久留米・北九州・佐賀の古くからのラーメン店が、飛びぬけていなくても「そこそこ」食えるのは、そんなことにあがなう、見落としがちなコアな原点があるんじぁないんだろうか。(この際、魔法の白い粉の存在は不問にしとこう、形勢不利になりそうなんでw)
と、なんやかんや能書き垂れても、「のりのりまつり」なんてキャッチコピーをテレビで聞いたら、いそいそとほっかほっか亭に230円の「のり弁」買いに行くほど、「残りの人生で、食い物が一品のみと限定されたら、のり弁を選ぶかなぁ、やっぱ」な私なんで、あんまり説得力はない。つーか、酔いにマカセタ言葉遊びのエントリーでしたよ、コレ。多分。
読んだ刹那に忘れてください。
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2006年08月08日
ブルーにこんがらがって

誰もが暑さを楽しんでいたんだね
ブルーにこんがらがって
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2006年08月02日
さまーの歌

さまー、さまー、
さまー、暑いか苦しいか。
そが中で濡れた想いをしたたらせて
さまーを遊ぶはいづこの里のならひぞや。
あわれ
げにこそはアイスクリンのなるとをかし。
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2006年08月01日
センコウハナビ

か細き輝きが
無限の時限をつなぐ
刹那のせつなさをこえて
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2006年07月23日
ぼくの好きな・・・
ほんでね、それは8トラックテープつーヤツなんですよ、若者諸君。カラオケの黎明期にそれは存在していたんです。
その後に現れるレーザーディスクみたいに、画像・歌詞なんて映し出すモニターは存在しなかったんです。
VHSテープを一回り小さくしたような、そのテープから流れる「純カラオケ」の音に合せ、歌詞カードを見ながら歌うんですわ。
で、事件はとある夜に起こったのよ。私は「オハコ」の「悲しい色やね@上田正樹」の番号を、飲みすぎてろれつがあやしくなった状態でお店の方に告げ、自分で歌詞カードの当該ページを広げ気持ちよく熱唱したんだよね、グダグダと。
で、気持ちよく歌い終わり自己陶酔してると、つれが言うのよ、「歌詞が違ったぞ」と。
当時の歌詞カードっーのは、見開きの状態に製本された物で、左ページと右ページにそれぞれの曲の歌詞が印刷されているのです。ほんで私は、左ページの「大阪で生まれた女@BORO」の番号を告げ、そのオケで右ページの「悲しい・・・」の歌詞を歌い上げたわけです。なんの自分内違和感もなく・・・・。妙にマッチしてたんだよね、なぜかしら。
それ以来、私のオハコは、そのハイブリッドバージョンになったのですよw
ほんでもって私のもひとつのオハコは、「望郷じょんがら@細川たかし」だったりしますが、先々週の「オーラの泉」のゲストが細川たかしでした。
細川たかしの前世は、東北に住む盲目の民謡歌手だそうで、不遇のうちに一生を終えたらしい。例外的なスビードで「細川たかし」として今生にうまれ、「歌うたい」という人生の青写真を背負っているとのこと。
そんな理由から、50歳を超えてもキーが下がらず、決して喉の疾患も患わないと、美輪明宏が語っておりました。
オーラの泉は、最近の私のお気に入りの番組で、あれがたとえ「トリック」であったとしても、十分エンターテーメントなんだからいいんじぁない、という斜な視点で見ている。まっ、マリックの超魔術を見る視点と似ているようで似ていないようで・・・。
ふむふむと、細川たかしの宿命と喉の話を聞いていたのだが、するってーと忌野清志郎の場合はどうなんの、つー疑問が噴出。喉頭がんで療養中の彼は真の「歌うたい」ではないということか!?
まっ、何かと反体制なスタンスの彼のことだから、人生の「青写真」にもあがない、戦っているということでしょうか??
一日も早い復活をとげてもらい、清志郎の人生のシャウトを聞きたいものだ。
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2006年07月21日
酔いノムコウ

あれからボクたちは 何杯飲んだのかなぁ
夜明けの外には 仕事がもう待っている
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2006年07月19日
オンナハミナト

辿り着いたらいつもコイツ そんなことの繰り返し
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2006年07月18日
アウマドキ

何もかもが、うまくいきそうな、一日の終わりに思えた。
何もかもが、うまくいかなくても諦められそうな、夜の始まりに思えた。
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2006年07月17日
ワカレザケ

鶏皮を塩でお願い 芋ロックも
時を摘んで 飲み急ぐ君
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2006年07月16日
スローバラード

積乱雲に見下ろされ 君は無言でオワリを語る
今はセツナイ 二人で聞くラストバラード
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2006年07月11日
どうぞなにゆえ、ぶっかけください
この間の日曜の夜、翌明け方のWC決勝を見るために早くに寝ようと思いながら、つけっ放しのテレビで流れていた田村正和主演のドラマをついつい見てしまったわけだか、うー内田有紀はやはりいいよなーと思っていると、安部サダヲがオママ役で出てきて惹かれまくりになってしまったんだけど、やはり安部サダヲは下妻物語の一角獣だよなとあらためて反芻してみたりした。
下妻物語の中島哲也監督の新作「嫌われ松子の一生」のヒロイン・松子は福岡県大川市大野島の出身という設定であり、大野島といえば筑後川の中州の島で、島の北半分が「大野島」で福岡県、島の南半分が「大詫間」で佐賀県であるんで、なかなかに松子には、シンパシー燃え上がりな状態になるわけですが、下妻物語には佐賀出身の荒川良々も出ていて、軽トラの八百屋のオヤジを熱演していて「ジャスコ」のシーンはやはり抜群だつたなーと思ったりもしたが、荒川良々が卓球部のキャプテン役で出てた「ピンポン」の脚本を書いてた宮藤官九郎 の初監督作品である「真夜中の弥次さん喜多さん」には、安部サダヲも荒川良々も出てるんで、昔レンタル屋で借りて見ようとしたんだが、冒頭の10分に耐えられず見ないで返却したのが今となってはもったいなかったなと反省しきりな状態だったりする。
その「真夜中の弥次さん喜多さん」は、お伊勢さんを目指す弥次さんと喜多さんの東海道のt旅な展開の映画なんですが、一向に信仰心がない私でも、なぜか「お伊勢さん」と「四国八十八ヶ所」にはなぜか激しく行ってみたいと思うこともあり、こんなに暑い日が続くと、「讃岐うどん」のひやひやぶっかけをつるんと食ってしまいたいと激しく思う日々であったりするんだが、8月の26日から、ユースケ・サンタマリア主演のうどん映画「UDON」が公開されるんで、なんかワクワクしながらも、ラーメン映画が見たいなと思ってしまう自分がいたりする。
http://www.udon.vc/movie/index.html
「UDON」公式サイト
そんな訳で、BINGO BONGOの時代からユースケ・サンタマリアのファンだった方や、この映画に出演しているトータス松本とユースケ・サンタマリアがやってた2時間の生放送番組「夕陽のドラゴン」を見てた方や、室井慎次よりは真下正義方がタイプだわという方や、うどんが三度のラーメンより好きな方は見てみたらいかがでは。
あとラーメンズの片桐仁も出てるんで、「千葉・佐賀・滋賀」のフラッシュでしかラーメンズを知らない方とか。
参考リンク
http://udon.cocolog-nifty.com/kagawa/2006/02/post_5f73.html
さぬきっこブログ
http://www.shikoku-np.co.jp/udon/
讃岐うどん遍路
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2006年06月24日
探偵ファイナル!? #2
■参考リンク
前作・探偵ファイナル!?
没シノプシス・吐き出そうではないか。
関連テキスト・らせん
Coming Soon !
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2006年06月13日
グラス・グラス・グラス
傾けたグラスの数だけ
きのうの記憶がフィードバック
あの頃があんなに良かったということは
今がこんなに悪い裏返し



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2006年06月11日
東京余話&佐賀夜話
あなたは もう 忘れたのかしら♪
いえいえ覚えてます「お江戸ラ・ツアー」。
今回の収穫は「我流旨味そば地雷源」の近所で神田川を見れたことだったりしてw
で、「お江戸ラ・ツアー」の番外編ということで。
1軒目であり、メインターゲットである川越の頑者が臨時休業だったのには、かなりヘコミましたが、「旅のふれあいも」もあったりしてそこそこオモヒデになりました。
まずは、駅から頑者へ行く途中で方向を見失いかけた時のこと。
通りを散歩してた人の良さそうなおじさんに「頑者ってラーメン屋さんは、このあたりですか?」とお尋ねしたら、なんとお店まで案内してくれたんですよ。
で、その道すがら話していると、そのおじさんはリタイヤ前は東京で働いていて、つけ麺の発案者のお店である池袋大勝軒を「昼食として普通に」食べていたとのこと。「つけ麺」の人気店に行くナビゲーターがそんな人とは、何たる奇遇、嬉しいじぁないですか。
って、頑者を食えたらもっと良かったんだけどね。
あまりの無念さに携帯写真を撮ってる「アヤシゲ」な三人。つーか、そんな三人の写真を撮ってる私がmostか!?
で、川越では結局「頑者」の店主の実弟のお店「ラーメン ひかり」に行ったんですが、食べた後に乗ったタクシーの運転手さんは佐世保の出身でした。九州弁を久々に聞いたせいなのか、妙に饒舌。「里帰りしたら、よく嬉野温泉泊っているよ。ストリップ劇場は、まだあるかな~」等々・・・。
旅のおもしろさは、こんな人との「ふれあい」でもあるんですよね。
ところで、今回のお江戸ツアーで、一番私の琴線に触れたのは・・・・。
「ジャンボフーズ本店」 というお店。場所は高田馬場。
なんと、あの「俺の空」の隣!!
なんとも言えん哀愁がありんすよ。 店頭のカルピスの自販機は100円っすよ。
ラーメン、おでんライス、きしめん♪
なんでもあります、チンコロリ♪
で、思わず「本店と言うくらいなら、ほんとに支店もあるんだろうな」と突っ込みたくなりますw
特製ラーメン・450円食いたかったな・・・ 。俺の空の麺重量300グラムはあろうかという、つけそばを食べた後だったので自重しましたんですわ。
なんか高田馬場の駅周辺の、この線路沿いは妙にレトロ感があったな~。
そんなこんなで東京周辺で狂喜乱舞・魍魎跋扈な時間を過ごしていた間に、佐賀でもニュースがあった模様。
全曲が佐賀弁のCD「がばい佐賀」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)が、ついに6月7日に全国発売されたのですね。
ヒーマンさんのblogによれば、
全国のタワーレコード、今週のCD売り上げランキングで『がばい佐賀』91位(6月9日現在)
とのこと。それってもしや、オリコンベスト100・チャートインより凄いのか!?
ようわからんが、頑張って「紅白」を目指して欲しいものである。
もうひとつのニュースは、ちと私的にはへこむもの。例の「冷し麺キャンペーン」が、またぞろ今年も始まったらしい・・・。
「何故に冷や麺なの?????」と、小一時間小突きたい気分w
佐賀はラーメンだろ!!
こんなページもあるんだぜ。
株式会社 アズ クリエーションのサイトの1コンテンツである「スタッフ・レター」の中で、「ディレクターのナリちゃん」は、こう言い放つのよ。
九州といえばとんこつラーメン。博多ラーメンに代表される、白濁のスープとあの強力な動物のにおい。実は九州のとんこつラーメンはあまり好きではなかった。においはさほど問題ではないが、あのスープの味と細い麺は、インスタントの「サッポロ一番塩ラーメン」の味に酷似していると感じる。とても手間をかけてスープを抽出していることは知っているが、安っぽさを感じてしまうのも事実だった。中略(一休軒本店と幸陽軒を食べられた後で)
兎に角、九州ラーメンをひとくくりに「とんこつラーメン」というのは、間違いなんだなぁと気付かされた旅になった。博多ラーメンには相変わらず興味が湧かないが、佐賀ラーメンはお気に入りである。(博多の皆さん、ごめんなさい)
どうだマイッタカ、この野郎。
確か、このキャンペーンの基本コンセプトは「福岡のラーメン、長崎のちゃんぽんに負けない名物麺」を作ろうみたいなノリだったと思うのだが、既にある「自身のアドバンテージ」に気付かないテイタラクでは、勝ち目はおまへんな、ぷんぷん。
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2006年02月04日
ワルツ・フォー・デビイ
金曜の夜11時。今にも雪に変わりそうな雨が降っている。
車のスピーカーから流れてくるのは「ワルツ・フォー・デビイ」。ビル・エバンスのピアノが心を和らげる。このアルバムはビレッジ・バンガードでのライブ録音なので、ときおり客の会話やグラスの触れ合う音が聞こえてくる。いつもは耳障りに感じていたその音が、今は心地よく感じる。
次の信号を右折し、300メートルほど行けば、そこが彼女のマンションだ。出張に行くと聞いて、そこならアレを買ってきてと言われ、買ってきたお土産が無造作に助手席に乗っかっている。同じ包装のものがふたつ。
マンションの前で車を停め、お土産をひとつだけ持ち、雨の中を走った。エントランスのインターホンで彼女の部屋番号を押し、応答を待つ。
「はい」
無機質な抑揚のない声で彼女がでた。
「俺だけど・・・」
日曜の夜のような気分で答える。
「おかえり」
彼女の声は変わりない。
そこで待ってて、という彼女に従い待つ。
彼女はパジャマにGジャンを羽織って出てきた。
「おみやげ」
「今日友達が来ているの」
俺は感づいている。彼女は感づかれているのを承知している。
「オトコノトモダチ?」と聞いて全てを終わりにしたいのに、その言葉を呑み込む。
やはり付き合った10年という年月は重過ぎる。
つい先月までは、彼女が三十路になる来年には結婚しようと、話していたのに。
「じゃ、また」
「うん」
二人でまるで符号のような言葉を交わす。
お互いに、これが最後かもと思いながら。
車に乗り待ち合わせの場所へ向かう。
会社の同僚の女の子に、もうひとつの包みを渡すために。
10歳も年下の子だ。恋愛感情はないといったらウソになるが、それほど期待もしていない。
その子にとっては、ただ、待ち合わせ場所のジャズ・バーに一度いってみたかったというだけなのだろう。
駐車場に車を停め、雪の結晶が混じりだした雨の中を、また走る。
バーの扉を開ける。
暖房が効いた店内に入ると、その子が振り返る。
お土産を渡し、カウンターの隣の席に座る。
「これ、おいしいんですよね」
室温に比例した笑顔でその子が微笑む。
ラガヴリンのストレートを喉に流し込んだ時、「ワルツ・フォー・デビイ」の最初の曲マイ・フーリッシュ・ハートが流れ出した。酒と音楽が同時に心に染みていく。
その子は、ジリ・リッキーを飲みながら、出張の成果を聞いてよこす。ぼちぼち、と言葉を濁す。
次の曲、アルバム・タイトル曲でもある、ワルツ・フォー・デビイが流れ出す。今日はこれで、二度目だ。
悲しげな、それでいて力強いメロディーを頭の中で追いかけてみる。昂ぶった心がクールダウンしていく。
何もかもが、うまくいきそうな、一日の終わりに思えた。
何もかもが、うまくいかなくても諦められそうな、夜の始まりに思えた。
とりあえず今すべきことは、目の前に置かれた、マルガリータを飲み干すことだけだ。
その後、その女の子とわずか3ケ月後に結婚し、今は二人の子供がいる。二人とも女の子だ。
この子たちと出会えたことを、ワルツ・フォー・デビイという曲に感謝しよう。
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2006年02月02日
らせん
一月のその週は、シベリアからのマイナス50度の寒気団がジェット気流の蛇行に導かれ、日本列島の上空に到達していた。
金曜日の朝のテレビでは、女性アナウンサーが平地でも積雪の可能性があることを告げていた。
その女性アナウンサーは、つい最近、自虐ネタで人気のピン芸人との交際をスクープされていた。
日常と非日常をうまくこなすような素振りで、天気に関するニュース原稿を淡々としたトーンで読みつづけていた。
その金曜日、午後はずっと会議だった。
結論の出ない、ただ顔を会わせて会議をしたという自己満足のためだけの会議だ。
そういうやつだから、時間の際限がない。
おまけにやっと終わったと思ったら、同じメンバーで懇親を図ろうという飲み会が続く。
酒の席では仕事の話だけでもうんざりなのに、上司や同僚の悪口が混ざると酒のまずさは頂点に達する。
一次会が終わる前に一人で抜け出し、その店のある狭い通りからタクシーの拾える大きな通りへ向かい歩いた。
このあたりは、再開発事業にかからなかったので昔からの飲食店が数多く残っていたが、いつしか飲み屋街の中心がその事業の区画内に移動し、最近では閉める店も多くなっている。
事実、私もこのあたりを歩くのは数年ぶりだ。
ふと、開店から間もないような外装の店が目に付いた。
「カクテルバー・らせん」という看板を掲げている。
なにか惹かれるものを感じ、そのドアを開けた。
甘すぎる日本酒の熱燗ばかり飲んだので、ロングドリンクの美味しいのを飲みたいという気分もあった。
中に入ると、店内は10席ほどのカウンターだけのこじんまりしたつくりだった。
カウンターの中には若い女性が一人きり。他に客はいない。スピーカーからは、よくありがちなジャズではなく、ザ・バンドのラスト・ワルツが流れていた。
席に座るとその女性のバーテンダーが「お久しぶりです」と言葉をかけてきた。
一瞬、顔見知りかと思いもしたが、いちげんの客にもそう挨拶する店があると聞いたことがあるので、多分その類なのだろう。
そのバーテンダーは「何になさいますか」と言いながら、メニュー表を渡した。
座った席の正面に、今では珍しくなったオールド・トム・ジンが置かれていたので、メニューを見ずにトム・コリンズをオーダーした。
ふと、数年前にビルの最上階のカクテルバーでトム・コリンズをオーダーした時に、「ベースは何でしたっけ」と聞かれた後、目の前でカクテルブックをめくられたことを思い出し嫌な予感がした。
が、女性バーテンダーは「かしこまりました」と確信のこもった声で応え作り出した。
目の前に置かれた、トム・コリンズを一口飲み、ふと視線を上げると正面にバーテンダーが立っていて、見つめあう形になった。
そして、私はフリーズした。
目の前にいるバーテンダーは、高校生の時に一緒のクラスにいた女の子だった。
化粧をしていても、日本人とは思えないようなスラブ系がかった顔は隠せない。
その女の子は転校生で、親類の叔母の家に同居しているという話だった。
しかし、三年生の夏休みにその叔母は他殺体で発見され、それ以後女の子は行方不明になったのだった。
いや、とその考えを否定する。
あの事件はもう四半世紀も前の話だ。
目の前の女性はどう見ても二十歳そこそこにしか見えない。
私の半分の年齢だ。他人の空似以外に考えようがない。
「どうかいたしましたか」と聞いてくるので、
「いえいえ、あまりにカクテルが美味しかったのでびっくりして」と答え、平静を取り戻す。
いや実際、カクテルは飛び切りの味だった。
それから、ジン・リッキー、ホワイト・レディー、バラライカ、XYZと飲み続けた。
そうするうちに緊張が解けて、高校の同級生に瓜ふたつだということ、あの事件のこと、その女の子が学校で際立った存在で人気が高く、私も密かに思いを寄せていたことなどを話すと、バーテンダーは心地よい相槌を打ちつつ、微笑みながら聞いてくれていた。
「もしかしたら君はその同級生で、魔女やドラキュラの類で年をとらないというオチだったりして」
酔いに任せ軽口を叩くと、その女性バーテンダーは急に神妙な顔つきになり言った。
「そうかもしれませんよ。老化はDNAの末端のテロメアが細胞分裂のたびに短くなり、ついには新たな分裂が止まり細胞が死滅するからと言われています。もし、テロメアが短くならない突然変異を手に入れれば、不老不死とまでは行かなくても、通常の人類の数倍の寿命を手に入れられる可能性があります」
「でも、それでは活性酸素により傷ついた人体に有害なDNAまで残してしまうことになる。多くの癌細胞は、テロメアを効率よく複製するテロメアーゼという酵素の働きで、人体に有害な増殖を続けると言われているし・・・」
「よくご存知ですね。しかし、メッセンジャーRNAの真の働きなど何一つとして完全には、人類はゲノムを解析してはいないんです。本当のセントラル・ドグマは永遠に見つけられないと思います。そういった意味では、老化と無縁な、あるいは老化が著しく遅い人類の中のグループがいても不思議ではありません」
自分の中で一度否定した「同級生?」という考えを反芻していると、
「すみません、冗談が過ぎましたね」と、女性バーテンダーは笑顔を見せた。
「本気にされました?」
「いやいや、一瞬は」
それからは、好きな音楽の話とかカクテルの話とかで終始し、心地よい時間が過ぎていった。
勘定を払おうとした段階になって、一次会の会場にコートを忘れていることに気付いた。
コートのポケットに財布を入れていたのだった。
今の時間ならまだ一次会の店は開いているので、すぐ取りに行って戻って来ると言うと、バーテンダーは、
「次にお見えになった時でいいですよ」と言ってくれた。
「○○さん、今日は楽しかったです。また、いらしてください」
その言葉に送られて、「カクテルバー・らせん」を後にした。
翌日は飲みすぎのために、目が覚めたのは10時を回った頃だった。仕事は休みだ。
目は覚めても体の方は活動する段階になく、また眠るということを繰り返した。
その間に不思議な夢を見た。
昨日行った「カクテルバー・らせん」の夢だ。
私がその店に入った瞬間に、「お久しぶりです」と女性バーテンダーが声をかけるシーンから始まる。
そして、その女性バーテンダーの親類と称する同居人が、なにがしかの秘密を守るために、いかにも怪しげな男たちに殺害されるシーン。
さらには、バーテンダーが、私は名前を名乗っていないのに、名前を呼びながら次の来店を促す言葉をかけるシーン。
フラツシュバックしながら、何度も三つのシーンが繰り返される。
昼過ぎに起き出し、ぼーっとしながら夜を待ち、「カクテルバー・らせん」のあった場所に行ってみた。
財布を忘れ、飲み代も払っていなかったし・・・。
しかし、その場所には昨日の夜にあった看板はなかった。
ドアも開かない。
外装は昨日のままだ。
酔って、このあたりの路肩に寝て夢でも見たのだろうか。
素面の状態でよく観察すると、この小路には閉店したいくつもの飲食店の残骸があるだけで、現在営業している店はない。
近所の店に「カクテルバー・らせん」という店が営業していたのかどうか、確認することも出来ない。
強く吹き出した冬の風を受けながら、昨日コートを忘れた店に向かって歩き出すこと以外、私のなす術はなかった。
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2006年01月19日
こもえすた「しゅん」
で、来月に開催する「結婚披露ぱーちー」でテンパッテいたりします。
幹事役なんですが、ミーティングといいながら「幹事会」が毎回ただ単なる「飲み会」になったりするわけで・・・。
新郎はモチロンに「麺系」な友。で、前回の幹事会で秀逸な案が出たのですよ、マジ。
乾杯を「ラーメンのしゅん」でやろうというもの。
さてはて、皆さんは「しゅん」ってお分かり??
佐賀の方言だと思うのだけど「スープ」という意味。「汁」が語源なんでしょうね。
前回のエントリーで書いた北九州オフ会では、うどんのスープを「すめ」と呼ぶ地域があるつーので盛り上がりましたが、「しゅん」が私は好きだな。程よいダササと純粋さを持ち合わせているようで。
「しゅんで乾杯」と言い出したのは、イケメンなのに演歌好きという妙なヤツ。そんな微妙に心地よいピュアな田舎者がいる佐賀は捨てたものじゃない。都会人に負けない全方位のアンテナを持ちながら田舎者でいられる資質は見習う所があるとおもた、ホンマ。
それ以来「しゅん」が頭の中で、ヘビーローテーションw
佐賀 ×○ (さが ばってん、まる) つー私のblogタイトルも、佐賀弁らぶなんですよね、やはり。
それをただ単に、「佐賀 ×○」 とかって紹介されるとチトひくのですわ。佐賀 ×○ (さが ばってん、まる) つーのがコピーな作品なわけだからね。と、言いつつ人のは平気で間違えたりしてる罰当たりなよっぱーなんだけどね。
ところで、この間ココ「さがファン」は、サーバーが1日ほど落ちていたよね。
このまま復旧しないのではと危惧したところで復旧。
やれやれと安心したのだけど、なんもそれに関してのエクスキューズなりリリースはなかったような・・・。
もしかしてどこかに、小さいフォントで書かれていたのかな??
そうだとしても明らかに分かりづらいものだったのかな・・
ガンバッテネ、「さがファン」。
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2005年11月07日
うつせみ

お昼ごはんを終え、とある公園を横切り職場へと向かう。
すると突然、
季節外れのクマゼミの鳴き声が聞こえてきた。
「立冬という、この季節に??」
と疑ってみても、確かに聞こえてくる、間違いではない。
「アウトローなセミもいるもんだ」と妙に感心し歩き続けていると、植木の傍らにイチブツを発見。
「うつせみ」である。
夏の名残がそのまま残っているはずもなく、最近脱皮したのだろう。
先ほどの鳴き声の主のものなのだろうか・・・。
うつせみ=空蝉は、もともと、うつしおみ=現人が転じたもので、元来は「この世の人、生きている人間」を意味するという。
稀有な経験をした午後。
「わが道を行く」クマゼミに、自分に向いてない仕事を日々の糧を得るために続け、「この世を生き続ける自分」を重ねてみる。
がらにもなくセンチになったのは、今日、季節外れの黄砂が観測されたせいかもしれない。
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2005年10月29日
奥さん、今はいてるパンティーください!!
2005年10月29日(土)脳内新聞13頁より(多分だれかの真似の真似)
過去ログシリーズ第2弾!? auっっ、手抜きは続くよ、どこまでも・・・。
結婚する前の話だから、もう10年ぐらい前の古い話。サンタからもらった、めったに出来ない「経験」のプレゼント。
クリスマス・イブのその日、何の予定もなく一人寂しく仕事場からパチ屋に直行して、コテンパンに負けた夜の話である。
突然の電話のコール音で、コタツから出てしぶしぶ受話器をとった。
はい、と応答しても返事がない。
イタズラかと不審がりながら、今度は「もしもし、○○ですが」苗字を言ってみる。
すると返事があった。若い女性の声だ。
「もしもし、わたしです」
んっ、誰だ?
「ああっ」
と返事しながら考えをめぐらす。
昔付き合った事のある誰かからのデートの誘い?かと思いもしたが誰だか分からない。
「知らないなんて言わせませんよ」
えっ、マジで分からない。
間違い電話かと思いもしたが、苗字を名乗ったしなー、全神経を脳に集中し記憶をたどるがギブアップ。
「○○ですが、間違いじゃないですか」と言ってみた。
「○○さんでしょ、下の名前は△△△」
ありぁー、フルネームで知っていやがる。
おまけに口調は、昔の職場の同僚や飲み屋のおねーちゃんとは明らかに違う。
たとえて言うなら、3年半付き合って別れて久しぶりの会話ってな具合。
その間、三井グリーンランドとハウステンボスとスペースワールドに2回づつ、一緒に遊びに行ったみたいな。
映画館で10本映画を見て、泊まりの旅行に3回出かけ、焼肉屋に25回は行ったみたいな。
延べにすると100回ヤッテ(うち車中3回)、一度は堕したみたいな。
フルネームを知っているのは不思議だが、こんな女は知らないと確信し言ってみた。
「どなたですか、間違いだと思うんですが」
「○○さん、ちゃんと分かってるんですからね」
何が分かってんだよ、こっちは全然分からないぞ。
おまけに、向こうの受話器からは、赤ん坊が火が付いたように泣く声が聞こえだした。
「あなた毎日電話してくるじゃないですか。そのたび今はいてるパンティーくれって言うじゃないですか。あなた×××で働いてる○○でしょ。」
げっっ、パンティーてなんだ。
職場も知ってて、おまけに苗字呼び捨てにしやがった。
ひょっとして俺、そんな電話したっけ?
いや、してない。明日が誕生日のキリストに誓って・・・。
でも、どうして名前から職場から知ってんだ?
誰かが、俺の名前をかたっているのか?
「それに洗濯して干してる下着も泥棒したでしょ。
ブラとパンティーを合わせて10枚はなくなってるから。
この電話は録音してるし、近所の交番にも届けてるんですからね」
体が震えてきた。廊下においてある電話で話していたので寒さもあるが、それ以上にこの展開のために。
赤ん坊は泣き止まない。いくら犯人じゃないと言っても、女はとりあわない。
だんだん、ヒステリックになってきてまくし立てる。
しばらくは、俺も興奮して言葉を返していたが、ふと気付いた。
犯人が名刺交換よろしく、自分から職場や名前を名乗って事に及ぶ訳がない。
この女の理論は破綻している、あるいはカマをかけている。
そう気付くと安心して、こちらから一方的に電話を切った。
しかし、録音と交番の話は気になる。
女が言った交番に折り返し電話を入れてみた。
事情を話すと、警官は苦笑いしながら「ああ、あの奥さんですね」と言った。
「心配ないと思いますけど、本人に確認してこちらから電話しますよ」
警官は災難でしたね、と言いたげにこちらの電話番号を聞いた。
とてつもなく長く感じた20分が過ぎ、警官からの電話がかかってきた。
事の顛末は要約するとこんなカンジ。
結婚と同時に妊娠・出産したその女は、出産直後にダンナの勤務する会社のかなり大きな社宅に引越しした。
近所づきあいと育児で疲れ果てている時に、イタズラ電話がかかりだし、まもなく下着泥棒の被害も受けるようになった。
ダンナに相談しても「警察に被害届けを出せ」と言うだけで無関心状態。
逆に仕事で疲れているんだから、そんなことぐらい自分で解決しろ、と怒り出す。
警察に届けたもののイタズラは毎日続く。
神経をすり減らして限界に近づきつつあったクリスマス・イブの日に、グチでも聞いてもらおうと友達に電話した。
しかし、間違ってダイヤルしてしまい俺の会社にかけてしまった。
すみませんと謝り切ったが、電話に出た男(俺じゃない)の声が、イタズラ電話をしてくる主に似ていた。
時間の経過とともにそれは確信に変わっていった。
リダイヤルして俺の会社にかけなおし、イタズラの主が時々名乗る苗字を使い呼び出しをかける。
たまたま、偶然にその苗字が俺の苗字と一緒だった。
もう帰りましたよ、と言われたが、ひるまず自宅の電話を聞きだしたらしい。
(不用意に自宅の電話番号を教えた奴は、分からなかった)
こうして、その女の中では俺が犯人だという図式が完成した。
犯人が本名を名乗る訳はないという、単純な公理を忘れて・・・。
当時は、あんなノイローゼのバカ女にぶち当たって、スゲェー災難だったと思っていました。
しかし、二人の子供の親となった今、冷静に振り返ってみると、哀しくなって同情すら覚えます。
家庭を犠牲にしてまでも、男は仕事だと思い込んでるダンナ、それを当然と受け止めながら、家庭という社会から閉じた系の中で、育児・近所づきあいの重苦しさに耐えられなくなりつつある自分の状態に悩む、その女。
法や制度が整えられ、男女平等・女性の社会進出が声高に叫ばれて久しいのに、現在と当時の状態は、さほど変わっているとも思えない今は・・・。
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2005年10月21日
探偵ファイナル!?
がははっ・・・なんか酔ってます。仕事がバガづらいと酒に溺れる、弱い人間ですにぁ。
なんで、過去の遺産でお茶濁しときます。そのうち、新作を・・・。

東洋軒・いちげん・池田屋
「2004年6月1日、12時20分。バイクで勤務先から外出。尾行開始」
ICレコーダーに記録を残し、私もバイクで対象者の後を追う。
私は探偵である。地味で低収入な、しがない探偵である。
マーロウやスペンサーのように、ハードボイルドでもなければ、工藤ちゃんや濱マイクのようにストイックでもない。
目の前の仕事を単純にこなし、日々の糧を得るだけだ。
仕事の主なものは浮気調査や家出人の捜索。最近では、ストーカーや結婚詐欺師と思われる人物の身元調査も増えてきた。長い張り込み時間の地味さに比例して、収入も地味だ。
宝くじやトトで大金をゲットすれば、今にでも辞めてしまいたい職業である。
今回の依頼人はごく普通の専業主婦。「自宅で食事を全く摂らない」と依頼人の夫である、対象者の挙動不審を疑っていた。口には出さないが浮気を心配しているようだ。
「直接ご主人に聞いたらどうですか?」という言葉を飲み込み、依頼を受けた。不景気な昨今、ばかばかしい小さな仕事でもこなして行かなければ、明日にでも餓死しそうな経済状態なのだから・・・。
対象者は程なく、ラーメン屋に入っていった。「東洋軒」という屋号のその店に私も入る。対象者はカウンターの一番奥に座っている。私はカウンターの一番手前に。対象者はラーメンと小ごはんを注文。私はラーメンのみ。数分後に出来てきたラーメンを目前にしても、対象者はすぐには食べなかった。携帯とデジカメで何枚も写真を撮っている。
中年のオヤジが、ラーメン店でバチバチとラーメン画像を撮る。なんとも滑稽な絵面である。
ラーメンはさほど好きではない私は、出されたラーメンを見ながら、ちゃんぽんにした方が良かったかなと後悔した。
というのも、なんとも薄味でガツンと来るものがない、凡庸なラーメンだったからである。スープの色も、豚骨なら茶褐色系だろうという私の概念を覆すような、乳白色である。麺も軟麺でなんとも表現しがたい食感である。
佐賀ラーメンと言うのだろうか??この味は私には許容しがたい。
これならシコシコと2DKの事務所兼自宅のマンションで、「うまかっちゃん」でも食っていたほうがマシだと心底思った。
私がラーメンを半分ほど食べた頃に、対象者はラーメンと小ごはんをたいらげ、勘定をしだした。
おいおい、なんという早食いだ。これでは依頼人は、対象者の浮気より食生活を心配すべきではないか?
という疑問がふつふつと湧き上がる。塩分過多のスープまで全て飲み干しているようなので、間違いなく三大成人病予備軍である。
「いい大人が・・・」と突っ込んでやりたい心境だ。
仕方なく私も、食べかけのラーメンを残し店を出る。対象者は全く私の方には視線をよこさない。
ラーメンに取り付かれているかのように、ラーメン店を目指し走り、ラーメン画像を撮り、ラーメンを早食いする。
まさに一心不乱である。
ここまで来ると探偵失格であるが、少しは尾行に気づけと言いたくなる。
対象者はバイクで職場に戻った。
これから夕方の退社時間まで、長い退屈な張り込みを戸外で続けることになる。
依頼者からの情報によると、今日は上の娘がバレエの発表会の練習のために、依頼者が下の娘も連れて、送迎をする予定らしい。それで対象者は今晩一人で、フリーな時間が持てるとのこと。
今晩は「しっぽ」を捕まえる、絶好のチャンスなのである。
18時過ぎに対象者が職場から出てきて、帰途についた。どうやら、寄り道をせずに自宅へ帰る模様である。こじんまりとした社宅の通路で部屋の様子をうかがっていると、対象者がすぐに着替えて出てきた。今度はバイクではなく自動車で移動するようだ。いよいよかと思い、私は心を引き締めた。
追跡中の信号待ちの間に、証拠写真をとるためのデジカメのスタンバイを確認する。よく、記録用のデバイスをパソコンのスロットに挿入したままで、出かけてしまうことがあるからだ。大丈夫だ。
対象者の車は西部環状線から南部バイパスに入ったあと、空港道路入り口交差点で右折し南下した。佐賀空港へ続くこの道路は両サイドが田んぼで、なんとものどかな風景である。ちょうど沈みかけた太陽が西の空にぽつねんと浮かび、雲を茜色に染めている。
対象者の車は、高架を渡りきったところに位置する交差店を左折した。バイクでかなりの距離を取って追跡しているが、決して見失うことがないくらい、交通量は少ない。かえって、少なすぎて追跡を悟られないかと心配な程である。
しばらくして対象者の車が、とある建物の駐車場に停まった。なにやらプレハブの建物のようである。怪しげにパトライトが回転している。その下には、「スナック・ハッピー」と「ラーメン・いちげん」と書かれた看板がある。問題はその看板である。
ピンクとブルーという配色といいデザインといい、ダサうまの極地のような看板である。ダサイのかクールなのか判断しかねるようなブツである。
私は思わず、今朝のテレビで見た、あの庵野監督が作るキューティーハニーでのサトエリの変身シーンを思い出してしまった。どちらもなかなかのサイケデリック具合である。
私は道路の対面にあるコンビニにバイクを停めた。対象者は多分、スナックのほうに入るんだろう。昼食もラーメンだったのだから、またラーメンを食べるなんてことは到底考えられない。もしそうなら人間失格である。
少なくても分別のある大人のとる行動ではない。
スナックで女性と待ち合わせか?だとすれば少々困った展開だ。こんな田舎のスナックである。特に今の時間には、客が何人もいるわけがない。私もスナックに客を装い潜入し、証拠写真を撮るというのはかなり難儀だ。
となれば、一緒に出て来るところをツーショットでいうことになるが、フラツシュを焚かなければならない時間帯になるだろうし・・・。
今日は暗視撮影用の準備がないのだ。
しかし、私の心配は苦慮に終わった。なんと対象者はラーメン店の暖簾をくぐったのだ。「そな、あほな」と一人ツッコミをしている場合ではない。バイクをコンビニに置いたまま、メッツのキャップと度なしメガネという安直な変装で、ラーメン店に入ることにする。道路を渡っている時点で、豚骨の獣臭が漂ってきた。
「オーマイガッッ!」私はひとり愚痴る。どうせラーメンなら、「塩」か「醤油」という嗜好の私には、この匂いだけで、意識が南回帰線あたりまでひいてしまう。
対象者はL字型のカウンターの長辺側の中ほどに座っていた。私は短辺側の一番奥、壁際に座る。
「ラーメンね」対象者がオーダーする。
ビールでも飲みながら待ち合わせかと、一縷の望みを抱いていたが、その望みは、海辺の砂の城のように跡形もなく消え去った。仕方なく私もラーメンをオーダー。
本当はコーラあたりにしたいのだが、怪しまれないためにはこうするしかない。
ラーメンが出来上がると、またぞろ対象者は例の「儀式」を始めた。携帯とデジカメでの写真撮影だ。
アングルが気に入らないのか、途中で椅子から立ちあがり、俯瞰の構図で収めている。私はいたたまれない心持ちになってしまう。
こんな奴と同じ場所で同じ時間を共有するなんて反吐が出そうだ。
私のラーメンも出来てくる。昼間の店と違って、私のイメージどおりの豚骨ラーメンの色をしている。店外に漂っていた、妙に鼻を突く獣臭もそれほど気にならない。スープを飲むと、旨みが凝縮された味の奥行きが感じられる。
豚骨もいいのでは、と一瞬考えてしまった。
対象者は「今日もなかなかだね」と、茶髪の店主に話しかけている。どうやら常連のようである。
尾行そのものは簡単すぎるくらい簡単なのだが、なんとも精神的なストレスの溜まる尾行である。
対象者のような人種を「ラーメンオタク」とでも言うのだろうか・・・。はたから眺めていると、爽やかなものではない。
対象者の車は、そのラーメン店から出た後、自宅を通り越して行った。「いよいよか」と期待が膨らむ。
佐賀大学の交差点を右折してすぐの、「マンガ倉庫」という中古コミックを主に販売している店の、駐車場に車は停まった。
対象者は「マンガ倉庫」の入り口には向かわずに、駐車場のフェンスを飛び越えて敷地外に出た。
「今度こそ、近所の居酒屋あたりで待ち合わせか?」
と思った刹那、対象者は「池田屋」と書かれた幟が掲げられた店に消えた。
おいおい、ここは「ちゃんぽん屋」だぞ。さっきラーメンを食ったばかりではないか。見るからに狭そうなその店内に、意を決して入ることにする。
対象者は三席ほどの小さいカウンター席に、私は入り口に一番近いテープル席に陣取った。
「蒸し麺でちゃんぽん」。
ここでも本当に食べるつもりらしい。メニューを眺めると、カレーがある。心底助かったという心境である。もう麺は御免だ。私はカレーをオーダーする。このカレーが意に反して旨かった。甘味と辛味が微妙なユニゾンを奏でる。
こんなところにこんな店があるとは。ささやかな今日の収穫である。
対象者はその後、コンビニに立ち寄り「白波」と「ピスタチオ」を買い込んだ。そして、自宅へ戻ってしまう。
いやはや、今日の一日は何だったんだ。これが対象者の日常であろうか。ただの「麺馬鹿」というだけではないか。依頼者に追加調査を提案するのは、全く馬鹿げている。それは、私がどんなファクターを考慮してもダービーを獲れないというのと同じくらい確かだ。
今日の救いは、調査に要した必要経費がラーメン二杯とカレーという小額で済んで、依頼者から感謝されるくらいのものだ。
「逆ハードボイルド」な探偵業務は、なんともツライ。
東洋軒
住所:佐賀市水ケ江1丁目5-7
電話:0952-23-4859
営業時間:11:00~21:00
定休日:日曜
駐車場:店舗北二軒目の路地を西に突き当たったところに2台
いちげん
住所:佐賀郡川副町大字西古賀925-1
電話:0952-45-7865
営業時間:11:00~21:00(15時~17時中休み)
定休日:水曜
駐車場:12台

池田屋
住所:佐賀市赤松町6-11
電話:0952-22-7508
営業時間:11:30~21:00(15:30~18:00中休み)
定休日:木曜
駐車場:店舗北2台・お店のステッカーがあれば、北側のマンガ倉庫に駐車可











