2007年04月24日
再び「究極の・・・」
佐賀新聞のサイトから引用。
有田焼で「究極の飯わん」 形や技術力強調
有田町の陶磁器商社「ヤマト陶磁器」(山口雅巳社長)などは、使いやすさを追求した飯碗(わん)「有田のごはん屋」を開発した。持ちやすいよう形を工夫するとともに多彩な文様を手描きのみで表現、有田焼の技術力をアピールする。
同社が昨年8月から、「手になじみ、米をおいしく味わえる究極の飯わん」をテーマに同町の草山窯など6窯元と共同で開発してきた。
形状は丸型、反り型、平型の3種類。すしやお茶漬けといった用途ごと、四季の変化などで使い分けてもらう。胴部分と高台の間に突起をつけ、持ち手の指にかかりやすくした。大、中、小の大きさを、それぞれの型にそろえた。
装飾は染付、色絵、色釉(いろゆう)などで計36種類。色呉須によるモダンなはけ目、蛸唐草を描き詰めた染付など得意とする技法を駆使している。1点1680円から1万500円まで。
ヤマト陶磁器が販売を担当し、首都圏の百貨店ですでに販売している。有田陶器市でも有田焼卸団地内の同社で扱う。
飯碗の製造はこれまで長崎県波佐見町が中心で、業務用食器が主流の有田では少なかった。山口社長は「やや高級感のある飯碗は市場に少ない。団塊の世代の需要もあるはず。有田の魅力を伝えたい」と話す。
問い合わせは同社、電話0955(42)6111。
【写真】多彩な絵付け、持ちやすい形状が魅力の飯碗「有田のごはん屋」
04月24日更新
(写真は省略)
うーん、以前のエントリーでは、佐賀人にしては「有田」に辛口だったかとも想い、罪滅ぼしの意味でこんな記事も紹介。
自宅では、焼酎とつまみがメインで、白ご飯はほとんど食べない私であるが、コレにはなんか心惹かれます。
なぜでしょうか?究極のラーメン鉢には全く興味が湧かないのに(笑)
■参考リンク
ヤマト陶磁器
至豊の飯碗「有田のごはん屋」
「究極のラーメン鉢」の人気 ~プロジェクトAritaのチャレンジ~
究極のラーメン鉢
究極のラーメン鉢3周年記念企画「我が家のラーメン自慢」応募要項(ワードファイル)
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2007年04月22日
風物語(舞踊家の福岡加奈子さん死去)
上の娘がバレエを習っている。通っているバレエスクールは、福岡加奈子バレエ研究所である。その福岡加奈子さんが4月18日に亡くなった。以下は佐賀新聞のサイトからの引用である。
舞踊家の福岡加奈子さん死去福岡加奈子さん(ふくおか・かなこ=福岡加奈子バレエ研究所代表、現代舞踊協会会員、本名岩村節子=いわむら・せつこ)。18日午前5時10分、悪性繊維性組織球腫のため、佐賀市内の病院で死去、52歳。自宅は佐賀市。葬儀は20日午後1時から佐賀市鍋島町八戸3064の1、村岡マインドホールで。喪主は夫の岩村雅之(いわむら・まさゆき)さん。
5歳からバレエを始め1984年から創作バレエを発表。85年にバレエ研究所開設。2005年度県芸術文化賞を受賞。
(04月18日更新)
悪性繊維性組織球腫という病気のために左腕を切断した後も精力的に活動を続け、その生き様はテレビでも紹介された。
私が初めてバレエのステージを見たのは2003年の4月26日であった。
「風物語」という作品に心を奪われた。自分の娘の姿を追うのも忘れ、その舞台に視線が釘付けとなった。
振り付けはもちろんのこと、舞台装置・照明・音楽が見事に調和し、風が表現されていた。

2003.04.26 公演直前のリハーサル風景
完全なるそのエンターテーメントは、私が小さい時に見たバレエもののマンガやドラマとは別世界であった。
彼女の壮絶な闘病の記録の一部が、「丹波『山猿塾』だより」というサイトで紹介されています。
彼女と同病のルポライターの青木慧さんが書かれているものです。
彼女は「私のこともぜひ書いてください」といいました。
その言葉に答え、痛々しい左足への転移の模様を伝える写真もあります。
自分をさらけ出してでも、同病に苦しむ方々、難病に苦しむ方々へのエールとしたかったのでしょう。
図らずも追悼公演となってしまった「第10回 福岡加奈子バレエ研究所 発表会」が、4月30日に佐賀市文化会館で行われます。中ホールでの公演で、全席自由・ 昼の部・13:30~16:30、夜の部・18:30~20:30という内容です。

佐賀の地で華やかな芸術を見せてくれた福岡加奈子さんを追悼しつつ、その芸術が爽やかに風に揺れる姿をいつまでも見続けられることを祈らずにはいられません。
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2006年10月25日
ベアナックルは電気熊の夢から覚めるか?
2006佐賀インターナショナルバルーンフェスタが近づいてきました。
で、私的な今年の見所は、FM佐賀主催 「第1回輝やけ!オヤジバンド大賞!!」だったりします。
つーのも、私の友人たちが結成するバンド「Project-R」が演奏するものですからw
で、便乗でオフったりします。詳細はコンナところ。
ゆるーくいこうかと。ほんで、気まぐれに歌うようにしたたかに、打ち上げなぞも企画しています。
ラーメンネタに興味があるアナタも参加して、一線を越えてみませう。
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2006年10月23日
サガマツリとサガントス
トンテントンと佐賀の伊万里でお祭りが開催されているさなか、とある記事を発端として、某巨大掲示板ではサガマツリが開催されていた模様です。
どうりでこのところ、「さがをさがして」というキーワード検索での、このブログへのアクセスが多かったわけですねw
しかし、なんだね。朝から某巨大掲示板を仕事でチェックするっつーのは、ハードワークのような気がします。
で、どうやらそのオマツリは終息・収束しそうなカンジなんですが、あの吉田家は、ロートタムの楽しき人生によると一足早く終わってしまったようです・・・。うむむ、残念。未食でした。
そんなこんなで、昨日の日曜は、娘の幼稚園の「ふれあい学級」で、サッカーマツリを楽しんできました。なんとコーチ役はサガン鳥栖の現役選手とサガン鳥栖のスタッフ、サッカー協会の方々という、豪華版でした。
いやー、しかしなんだね。こういう活動ってステキですね。うちの娘でさえ、「ウィントスくん」「ウィントスくん」と連呼していたし。地域に根ざしたチーム作りというのを、あらためて感じさせられました。うんうん、実にいい。
で、コーチ陣の素晴らしさにも感嘆。コーチの皆さんが一番強調していたのは、「楽しみましょう。そして、お父さんお母さんは、とにかく子供さんを褒めてくださいね」ということ。
なんか単純なんだけど、子供の教育つーのを教えられたような気がした。
親子がペアになった楽しい練習の後に、いよいよ「園児VSサガン鳥栖」の試合がスタート。
試合はサッカーつーよりラクビーみたいなモールも出来ておりましたが、なかなかなナイスゲームでした。
で、サガン鳥栖は幼稚園の5つの組と休みなくゲームを続け、全敗したのでしたw
ほんで、いよいよ11月12日(日)は、以前のエントリーでも取り上げたように、夢プラン21の実現のための試合です。
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2006年10月16日
さがをさがそう@のだめ~のだめカンタービレ・ドラマスタート
昔々のそのむかし。私が中学生の頃の話である。
オールナイトニッポンの二部で、丸山圭子を良く聞いました。
「どうぞこのまま」という曲がヒットする前に番組で聞いてて、なんかこの曲いいなーと青春的にテラテラとセンチになっていたりしました。そしてその後、丸山圭子の「ラプソディー・イン・ブルー」という曲を聞いて、「どうぞこのまま」よりも好きになり、丸山圭子の曲の中で一番のお気に入りになったのでした。
そんなとある日、学校で密かに想いを寄せる同じクラスの女の子と掃除の時間に、なんかのきっかけで「ラプソディー・イン・ブルー」の話をしたのです。私の「こんなタイトルの曲知ってる?」という問いかけに、その女の子が「あー、あの曲いいよね」と頷いたのです。普通なら、「同じ曲」を共有しているということで、狂喜乱舞なのだろうけど、なにやらその子の表情がイマイチ暗くて、尻すぼみで二人の会話は終わってしまったのでした。
「その意味」に気付いたのは、1年後でした。
初めて買ったLPレコード、憂歌団の「セカンド・ハンド」に納められていた、「サマータイム」に出会ったことがきっかけだったのです。「サマータイム」の作曲者であるガーシュインを調べてみると、なんと「ラプソディー・イン・ブルー」という曲があるではないですか。
その時になって、初めて中学の時のあの女のこの会話のトーンを理解しました。その子はピアノを習っていたんで、多分ガーシュインの原曲を知っていたんでしょうね・・・。何故だかつまらなそうに「あー、あの曲いいよね」と呟いたのは、「あの曲を理解してんの??」という疑問符付きだったのでしょうね。(もしや、単に嫌われていただけか・・・)
丸山圭子はその後、佐藤準と結婚して、その佐藤準はCHARのアレンジとかしてましたよね。あー、ナツカシ。
つー、前フリはフリとして、今日から「ラプソディー・イン・ブルー」がエンディング・テーマに使われているドラマがスタートしました。

しっかり、「佐賀」を見つけましたよ、千秋先輩ぃ。
■のだめ関係過去ログ
ぎゃぼ!!プリごろ太、カラオケ・ベトベンでみそ字に「ラーユーレディー~?」
ギャボな世界
千秋の家内です
cantabile,photo session By 裏軒写真倶楽部
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2006年10月09日
SAGA伝説第2章~湯布院で佐賀を考える
別府でラーメンを食べた後に、一般道にて山の風景を楽しみながら由布院へ。
三連休の最終日の祝日であるからか、物凄い人出である。情緒もなんもないような。お土産屋は沢山あるW
で゛、デフォルメして言えば、あるのは「山と川」。これって三瀬のあたりとおなじじぁないか!?
メジャーと2Aぐらいの開きがあるよね、湯布院と三瀬。観光地としての他県的認知度に関しては。
蕎麦屋が多いっていうのは共通項W
なんが違うんだろうね、手法の問題だろうか?
まっ、星の数ほどのお土産屋と怪しげな有料私設美術館が三瀬に出来てもひくけどね・・・。
やはり湯布院は、ステキな癒される田舎ではなかった。ベタな観光地である。
魅力的な田舎になるには、どうすればいいのだろうか。




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2006年10月01日
佐賀のディープを見逃すな!
「やっぱ、とうちゃんはアキラよりイズムだな」と子供に向かって呟きつつ、家族みんなでアキハバラ@DEEPを見ている昨今なのですが、佐賀関連のディープに心魅かれる話題をご紹介。
■その1
いよいよ凱旋門賞が、今日の深夜に発走である。どうやら凱旋門賞は最近、サドラーズウェルズ系が強いみたいです。重厚な馬場向きということか?まっ、ディープインパクトの母系にはノーザンダンサーがいるし、カバーしてくれ!!
久々に「ネアルコ」から繋がる「種牡馬系統図」を眺めてみると、なんとも楽しいw
ダビスタをやってた頃は、必須アイテムだったよな・・・。
NHK地上波・総合で23時10分から、NHKスペシャル選 「無敗の三冠馬の軌跡」が放送され、0時2分から凱旋門賞の中継となんともナイスな構成で番組が組まれております。
てなことで、佐賀で競馬と言えば゛「トップガン」である。で、そのHPのマスターの日記をのぞいていると、なんと「江島史織さん」が来店し「左馬」なる作品を書かれているぞ。「不信の時~ウーマンウォーズ~」書道担当として、ますます注目度が上がっている「江島史織さん」であるが、自身のblogにも その時の模様がエントリーされておりました。あー、お会いしたかったな~。
つーか、のり道楽の5周年記念感謝祭の中で「書のパフォーマンス」も開催されていたようで、全く知らずに行けなかった・・・、ぐやし。
某SNSで江島さんとは、ちと絡ませていただいたんで、ますますファンな状態のワタクシですが、今後も佐賀を背負い(w)活躍して欲しいものである。
■その2
むかし、むかしのその昔、サガン鳥栖がまだ蛍光ピンクの鳥栖フューチャーズだった頃に、よく総合グランドに試合を見に行っていました。客がまばらなメインスタンドの最上段に陣取り、手持ちの弁当とビールでピクニック気分で応援していたものです。タタウや松永がいた頃は面白かったんだよね。
結局、鳥栖フューチャーズは、今一歩でJ1に上がれないという状態が続き、メインスポンサーが撤退するなどし冬の時代を迎えることになったのですが・・・。
で、現在。
先日の日本ハムの今期最終戦であり、新庄の引退試合となった札幌ドームでの試合。なんとも観客が熱かったな~。あんな状態にサガン鳥栖もならんのだろうか?
さてさて、小中高生の夢を実現しようという鳥栖市の事業「夢プラン21」に、今年採択された夢のひとつが、「鳥栖スタジアムを満員にしたい」という鳥栖北小学校3年1組の6人グループの夢。「11月12日(日)J2第48節対湘南ベルマーレ戦」をターゲットにし、実現を目指しています。
参考リンク:子供達は夢に向かって動いている(サガン鳥栖と共に::喜鵲派 20060916エントリー)
あー、ほんまに実現するといいなー。つーか、J1で是非応援したいもんですね、サガン鳥栖。
■その3
佐賀ラーメンの源流は久留米ラーメンな訳ですが、その味を見事に佐賀ラーメンへと昇華させた一休軒本店。
一休軒系の歴史はこんなところなんですが、県外の暖簾分け店であった、京都と長崎のお店は既に閉店してしまいました。県外の一休軒系のお店は、横浜の葉隠のみになってしまいました・・・。
(葉隠は、一休軒本店で修行した方から、ラーメンを伝授されたとか。本店とかで修行ということではないらしい。また、最寄り駅の京急・白楽駅により近い場所に移転準備中だそうです)
佐賀の中でも、ネオ豚骨系やら、博多・長浜系のお店が増え、押されがちな純佐賀ラーメンなのですが、とあるブログを見つけて感動してしまいました。
そのブログというのは、「京都ラーメン膝栗毛」というタイトルのもので、京都在住の方のblogである。佐賀出張の際に食べられた一休軒本店のエントリーでは、京都の一休軒について、以下のとおりコメントされています。
京都でラーメンを食べていた人には結構知られた存在。白川通りに暖簾分けの同店がありましたからね。4、5年前になるでしょうか?残念ながら、店主が他界し、後継にゆだねられることなく閉店したお店でしたが、今でも京都で一番純粋な豚骨ラーメンを食べさせてくれたお店として、多くの人の記憶に残っているお店です。
あー、なんかしんみり。佐賀で生まれたラーメンがこんなにも京都の方々に愛されていたとは・・・。今頃、長崎の方々も、一休軒がなくなって悲しまれているんでしょうね。佐賀の地では、一休軒の暖簾が、脈々と引き継がれますようにと、願わずにはいられません。
佐賀ラーメンって、ほんとに旨いんだよな。
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2006年09月16日
くじら意外か失敗か

くじらのうね
二週間前のことである。某所でくじらのうねをいただいた。
うーん、これが最高に旨かった。あいも変わらず「芋焼酎のロック」を飲んでいたのだが、思わず日本酒が飲みたくなるほど。酔いはじめた頭で、小学校の頃に給食で出ていた「くじらの竜田揚げ」やら、地区の子供クラブのイベントがあるごとに食べていた「くじらのオバの入ったインドカレー(ハウスのやつ)」を思い浮かべたりした。
で、思考は巡りに巡り、唐突に「捕鯨反対」のロジックって、どんなだっけとも思ってもみたりした。
捕鯨反対の最先鋒国はオーストラリアらしいのだが、「美味しんぼ」で「反反捕鯨」を取り上げていた原作者の雁屋哲がオーストラリアに移住しているらしく、笑わせてくれる。
「捕鯨反対」の理由の中には、「知能程度が高いくじらを獲るのは許せん」とか「肉牛などのようなと殺技術もなく、捕鯨はより長い痛み・苦しみを与える」とかがあるようです。
「捕鯨の歴史と伝統」というロジックを振り回す前例踏襲主義の日本もなんだかなーなんですが、それ以上に反捕鯨国の上記ロジックにはうんざり。それを人間に置き換え、若干デフォルメすれば、「知能程度の低い人間は冷遇されるべし」「安楽死はオールオッケー、痛みの伴わない殺人もね」なんてことにもなるし・・・。
あー、ラビリンス。メイソウ、メイテイ。
ということで、佐賀県立名護屋城博物館では、10月6日(金)~11月26日(日)の日程で、「くじらといきる-西海捕鯨の歴史と文化-」という常設展が開催されるようである。
日本の「捕鯨の歴史と伝統」の価値や正当性を感じさせてくれる展示会なのだろうか?
なんとも覗いてみたい衝動に駆られます。つーか、展示会期間中の10月14日(土)と翌15日(日)には、「くじらフェスタ」と銘打ったイベントも開催されるようで、両日ともに先着200食限定ではあるものの「鯨料理試食会」も行われるようでソソラレます。
「くじらといきる」展へ行きたいとのモチベーションを上げる事柄が、「くじら文化」への単純な好奇心の他に、ほんとは別にあったりする。
それは、「五風十雨」というラーメン店の存在である。以前から唐津在住の友人から「あっさりタイプの無化調ラーメン」で美味しいと聞いていたお店である。唐津市枝去木という山奥の所在と似つかわしくない(?)無化調ラーメン、「五風十雨」という店名、そして17時開店というのに、なかなかそそられるんですよね。が、やはり唐津行ったら、一竜軒で止まってしまうわけで・・・。
「五風十雨のラーメンは、どんなラーメンだろう?」とネットで探してみたら、なんとマニさんが食べていた!あなおそろしや、そのマニア度w
ハンドル及ブログタイトルに偽りなし。まいりました。
そのエントリーの写真を見てみると、なかなかに私の好みのベクトルのような気が・・・。
さあ、いざ行かん、「くじらとラーメンの旅」へ。
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2006年09月08日
椿食堂とかもめ食堂
8月のとある週末のことである。
仕事がらみの飲み会を二次会で脱出し、一人三次会でなじみのスナツクへ行ってみた。
そのスナックは、もう10年以上通っているところなんですが、前回に続いてママがいないんで、時々外でも一緒に飲みに行く、これまたおなじみのお店の女の子に訪ねてみると、小声になって教えてくれました。
そのママは借金がかさみ街金にまで手を出し、いつのまにか借金総額がウン千万円に膨れ上がり、トンズラしたとのこと。で、店の女の子たちは給料をもらっていないんで、それをペイしてもらう分まで店を開けているんだと。で、そうひっそり教えてくれた子は、自分自身が数百万円の連帯保証人になっているらしい・・・。
そんなこんな展開で、そのお店が捌けたあと別の飲み友達も呼び出し、保証倒れの彼女と共に飲みなおすことに。
「今日オープンのお店がある」らしいのでそちらに行ってみた。「椿食堂」というお店である。あらぁ、ここって、どこぞでオープン告知を見てた「ららら系」のお店じぁないの!!昭和30年代を再現したレトロな内装が売りらしいのですが、「中央本町一丁目食堂」のパクリのような・・・。つーか、同じ中央本町に二店はあるんで、「挑戦状を叩き付けた」てな塩梅なのでしょうかね~。
ほんで、保証倒れの彼女が店員に吼えてました。「ねぇねぇ、ここって中央本町一丁目食堂のパクリでしょ!!そっくりじぁない!!」いやー、店員さんは苦笑してました。大阪のおばちゃんに絡まれたみたいな様子でw
そしてその数日後。佐賀新聞(9月1日付け)を見てたら、「椿食堂」の記事が掲載されていました。「昭和レトロの居酒屋-らららグルーブ-」とリードが冠された記事によれば、その運営会社の「ユニコ」の管理する店舗は28店舗になったとか。
いやー、スンゴイ。佐賀市内の飲食店業界では一人勝ち状態ではないでしょうか。「ららららーめん」は福岡市、北九州市、佐世保市に出店し(現在のららららーめんと系列のかどやらーめんの味は、自分的にはアウトオブバーンズ。好きでかなり食いまくってた時期もあったんだけどね。今は「ららら」と言えばコッチがお気に入り)、東京にも業態はわかんないけどお店があるようで、県外にも進出しているようですね。
って、「ふーん」と佐賀新聞をめくっていたら、なんと1面の囲み記事も「ユニコ」でしたよ、びっくり。佐賀市の中央大通りの「朝日生命佐賀ビル」を買収したんだと。エスプラッツの再開発や自社ビルの話題に続いて、佐賀市の中心街のビルを手に入れたなんて、旧ダイエービルを買収した「ヒートアイランド」の数倍はインパクトがあるなー。
そんなユニコに期待するのは、文化的なお仕事もしてくれねぇか、ってこと。市民活動やサブカルチャーを間接的に支援するような。まっ、分かりやすいのは「単館系の映画館」とか。
良質ながら佐賀では触れることが出来ない映画の、自主上映活動をしているチネチッタが、かつては上映会場としていた佐賀セントラル会館が9月3日で閉館しました。古川知事の日記によれば、
この映画館のオーナーもなんとかこの施設を活用できないのかという気持ちを持っていただいているようでもあるのだ。
ということらしいのだが、あのビルってさぁ、「キャバレー桃太郎」がテナントで入ってたよね、今もそう!?まっ、ぶっちゃけ、TPOにより自分的にはアリなんだけどさ、「自主上映」とか「単館系」とかとそれとは、著しく立ち位置が違うような気がして・・・。
前朝日生命佐賀ビルに単館系が出来れば、イケルと思うんだけどな~。それに、アジアのハリウッド構想には必須アイテムざんしょ!?まっ、それじぁなくてもいいから「飲食店プラスアルファ」のお仕事をキボンヌです。魅力的なコンテンツを提供すれば、駐車場の問題なんて軽くクリアできると思いますですぜ。
てなわけで、チネチッタの9月のプログラム「かもめ食堂」は見逃してしまった・・・。ところが、富士町古湯映画祭で、9月18日に上映される模様。ところがところが、18日は子供のマーチングバンドの大会なんだよな。あーあ、悶絶。
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2006年07月08日
一発やってくるばい~古竹隆幸語録
2005年10月に行われた全国肉用牛枝肉共励会で最高名誉賞を受賞し、牛肉のキングオブキングスとなった古竹隆幸さんが生産した伊万里牛(市場では「ふるたけ牛」の名で、個人名をブランド名として取引されているらしい)が、特選素材として取り上げられた、7月6日に放送された「新どっちの料理ショー」は、かなり面白かった。
7対2で本マグロとの勝負でも完勝し、佐賀県民としては溜飲を下げた思いであったんですが、古竹隆幸さんのインタビューの内容がサイコウでした。
なんかキャラ的にもステキ。以下は番組中での「古竹隆幸語録」。
「うまい!とける。食べた瞬間とける。自然と出るたいね、涙が。食べた瞬間」「おいしいエサを食べる牛がおいしい牛肉になる」
(「牛の鳴き声全然しないですね」と聞かれて)
「鳴くていうことは、やっぱり何らかのストレスがあるけんが鳴くとやけんが、(鳴かないのは)ストレスがないちゅう証拠たいね」(他の生産農家が牛の角を切っているのに対して)
「痛そうじゃなかですか。多分痛いと思います。痛みのあるうちは当然生育が遅れる。角を切ると言うのは人間側の都合で、牛の立場を考えると切りたくない」(「日本一になる自信はあったんですか?」と聞かれて)
「誰も信じらんやろうばってんが、自信はあった。牛の背中が語ったけんね。「一発やって来るばい」と。おいには聞こえた」
いやー、なんかお友達になりたいキャラじぁねぇ。もちろん「職人」的スゴサもカンジさせる一方で、なんかオチャメだし。
で、番組内での古竹さんの長女「明日香さん」の発言がなんとも羨ましく恨めしい・・・。
うちの一番の手抜き料理は、ステーキです。
で、この番組の「ラーメン対決」でお馴染みの「なんつッ亭」の古谷一郎氏が、同日の「嗚呼!花の料理人」にも出演してました。
なんか古竹さんと古谷さんに共通項を感じるんですよね。ひょうきんで頑なな職人みたいなモノ。
人一倍のこだわりを待ちながら、どこかシャイでわざとボケかましているようなところ・・・、なぜか妙にひきつけられます。
ところで、この日の「嗚呼!花の料理人」には、きら星@東京都武蔵野市の星野さんも出演してました。先月うかがったお店だけに、なんか妙に興奮してしまいましたw
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2006年06月29日
佐賀ブランドのコラボで究極のダブルテーストを。
6月の東京ラーメン遠征の際は、品川泊でした。品達というホテルに近いラーメン・コンプレックスに、「なんつッ亭」と「せたが屋」の支店が入っているんで、食べようかなとも思っていたんですが、「支店でまずかったら後悔するな」と思いパスしてしました。
が、その2店が6月末に「新どっちの料理ショー」で対決しているのが放送されたんで食っておけばと激しく後悔。
番組はエンターテーメントとしてかなり面白かった。いい意味で2店の店主の「とんでもキャラ」が大きく取り上げられていて楽しめました。個人的趣味からすれば、あれこれいじらないシンプルかつストレートなラーメンが好きなのですが・・・。
で、新どっちの料理ショーのサイトを眺めていると、次週・7月6日の対決が「マグロ VS. 牛肉」というのを発見。もしやと思いクグッてみると案の定、牛肉は伊万里牛!!
なんとその情報は、「さがファン」の「前田畜産さん」のトップページに書かれていました。
引用させていただくと、
新着情報(6/10更新)
2005年10月28日に行われた、全国肉用牛枝肉共励会におきまして、伊万里牛生産者の古竹隆幸さんが名誉賞を受賞され、晴れて伊万里牛が日本一となりました!
また、7/6(放送予定)には、日本テレビ系の「新・どっちの料理ショー」の特選素材で出演されることになり、当社でもこれを記念いたしまして全国の皆様に「ふるたけ牛」を食べていただこうと、期間限定・数量限定で販売したいと思っております。伊万里牛を販売している当社も、これを機に伊万里牛の名前を多くの方に知っていただきたいと考えております。 販売数量等の詳しい情報は、近日中にこちらでお知らせいたします
とのこと。
ぐえー、なんか敢然と郷土愛が湧き上がりやがりませんか??
7月6日の放送は必見ですぜ。つーか、やっぱ「ふるたけ牛」食いてぇ!!
てな展開で、一人で佐賀ブランド熱にうなされていると、ビミョウな塩梅のニュースを発見。
それは、ちゃんぽんバーガーの記事。字のごとく、ちゃんぽんとハンバーガーの融合商品が話題になっているとのこと。
リンクが切れるかも知れないんで、以下はアサヒ・コムの「MY TOWN 長崎」の記事の全文引用。
新食感 ちゃんぽんバーガー
2006年06月23日
長崎名物のちゃんぽんをハンバーガーの具にした「ちゃんぽんバーガー」が、長崎市で話題を呼んでいる。めんや具、スープに衣をつけて油で揚げたものをパンにはさんだ、開発期間約半年の力作だ。
口に含むと、キャベツのシャキシャキとした食感と、衣のサクサク感のあいだにスープの味が広がる。開発したのは、同市鍛冶屋町で3月にハンバーガーショップ「MIX」を開いた鍋島和裕さん(45)だ。鍋島さんは長崎バイオパークの社員だったが、同社が04年に民事再生法を申請したのをきっかけに、夢だった飲食店開業を思い立ち、昨年11月に退社した。
「勝負するなら地元のもので」と、ちゃんぽんをハンバーガーの具にすることを発案。最初はお好み焼きや天ぷら風にちゃんぽんを調理してみたが、食感に納得がいかず、とろみをつけたちゃんぽんに衣をつけて揚げることを思いついた。
だが、パン粉をつけて揚げてみると、衣がパンクして中身が飛び出すなど失敗の連続。100個の試作品を経て成功した衣のつけ方は、今や立派な「企業秘密」だ。
「早く一人前の店にしたい」という鍋島さん。将来の目標は「県内でチェーン店にする」ことだ。さらに「新しい長崎の食文化になれば」と夢は広がる。
コラボなりダブルテーストつーのは、食にまつわる業界にとっては、アップデートなアイテムなんでしょうが、「ちゃんぽんバーガーと言われてもねぇ」的感覚もふつふつと湧き上がってこないでもない・・・。想像力が乏しいんで、私にとってその旨さは想像のアウトオブバーズですぜ。
とか言いつつ、佐賀にも似たような商品があるんですよねぇ。いくつかご紹介いたしますが皆さんご存知ざんすか??
■海苔イチゴアイス
以前から海苔アイスというのはあったんですが、そこにもう1テースト「いちご」を足した商品です。
海苔は「佐賀のり」の一番摘みのものを使用しています。贈答用や首都圏などの高級寿司店用としてしか流通しない逸品を惜しげもなく使用しています。イチゴは、人気品種「大錦」と「とよのか」を佐賀県が交配して開発した「さがほのか」です。人気2品種のいいとこ取りしたこの品種は、イチゴ界のスーパールーキー的存在です。
想像しただけでは、「海苔とイチゴのハイブリット゜」というのは、理解不能な事例ですが、食べたみると、誰もがその美味しさに驚くはずです。まー、このへんの味の感覚は、「アボガド+醤油=トロの刺身」の意外性にも相通じるかも。
■豚骨羊羹
豚肉特有の臭みがない、あっさりしたおいしさが特徴の肥前さくらポークからじっくりと取った出汁エキスと、県内消費量が全国1位の羊羹とのコラボ商品です。
動物性の甘味と植物性の甘味が、絶妙に融合した逸品です。渋みが少なく香りがいい嬉野茶の緑茶と一緒にいただくと、日本人で良かった、いや佐賀県人で良かった、と思わずにはいられません。
■伊万里牛そうめんのつけ麺
フォンドボーの手法で抽出した伊万里牛の旨み成分を、神埼そうめんに練りこんだ麺を開発。その麺を、つけダレでなくつけ麺タイプの「スープ」に浸し食べる商品です。
粉末と液体からなる「インスタントスープ」なんですが、前述のフォンドボーや有明海の干しウミタケから抽出された出汁が使われていて、首都圏で旨いと評判のつけ麺のそれと比べても、十分対抗できる出来になっています。
以上の各商品の問い合わせ・注文等は下のリンク先でご確認ください。
是非、佐賀ブランドの実力・コラボの妙味を味わってみてください。
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2006年04月16日
VIVA SAGA ~ 「がばい佐賀」
いやー、大変なことになりましたね、今年の紅白。視聴率がジリ貧、受信料未納に対する罰則を設けるという法律改正が目前、という現況にあってイメージアップを目論んだ逆転満塁ホームランを狙ってという意図なんでしょうが、異例のこの時期に出場者を内定した模様です。
なんと紅組みのおおとりは、あのエロかっこカワイイ歌姫・倖田來未らしいです。
でで、なんとなんと白組のおおとりは、わが佐賀県のスター☆「ヒーマン」です。メジャーデビュー第一弾「がばい佐賀」が、はなわの「佐賀県」を超えるメガヒットとなったんで、紅白出場は当然かと思っていましたが、まさかのおおとりです。映画「佐賀のがばいばあちゃん」との相乗効果もあってのヒットとあって、島田洋七もゲストとしてステージ上に登場するとか。おまけに、はなわもヒーマンの高校の後輩ということからゲスト参加する方向で調整中らしい。なお、はなわの「佐賀県」のプロモクリップにも登場していた古川佐賀県知事は、数ヵ月後に知事選を控えていることもあって、出演の話が確定状態寸前まで行ったのですが「自重」という方向となったようです。
あー、久々に楽しみな「紅白」だ。二十数年ぶりに生で最初から終わりまで見てみようかな。
・
・
・
なんて夢想を、脳内でぐるぐるとこんがらせている最近のワタクシです。
というのも、20060310のエントリーにトラバしていた、「ヒーマンさん」と「で~ぶさん」にコメントいただいたもんで、ドーパミン大放出状態ですねん。
ほんとに「がばい佐賀」、ヒットしてほしいものです。
で、佐賀ブームが起こり、ラーメン本等のご当地ラーメンの紹介に「博多」「久留米」と並んで「佐賀」が掲載される時が来ないかと切望しています・・・・w
■トラバ先
島田洋七のがばいようちゃんブログ の 20060329エントリー
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2006年04月09日
さくら、滅びの美学
この間食べたラーメンは、どうにも頭をかしげるシナモノであった。なんか複雑な味わいがあるんだけど、目指すベクトルが違うような・・・。
侘び・寂び・幽玄に代表される日本の古来の美意識とは相反する、コテコテした味なんですよね(まっ、究極のコテコテ、「バサラカ」というアソビも日本の伝統には存在するんですけどね)。デフォルメして言えば、重要なエッセンスのみに特化した「マイナスの美学」を感じさせるラーメンを食いたいんだよね。
てなわけで、日本の美意識の象徴というべき「さくら」を昨日の土曜日に見に行ってきました。
「花見」でなくてただ単に見に行ったのですよ、ノンアルコール・・・。
行ったのは、佐賀市の多布施川。工業高校の南あたりから堤防道路を北上。既に散り始めたさくらの花びらが、開け放しの車の窓から入ってきます。先週の週末より、今日が「花見」のベスト日だったのでしょう。「滅びの美学」を感じさせる「さくら」の花の散りゆく様は、日本人の感性に「ビクンっっ」と響いてくるんだよね。
で、多布施川の「蛍橋」あたりまで北上してみると、多くのグループが「花見」の真っ只中。うー、激しく参加したいぞ・・・。つーか、バーベキューの香ばしいにほいがタマラン。
うっん??バーベキュー??この辺の堤防沿いの遊歩道周辺は「火気厳禁」なはずですが、ほとんどのグループが、「火器」使用中ですわ。うーん、「日本の美意識」も「滅びの美学」も微塵も感じさせない、「イケイケどんどん」な「傍若無人」ぶりが炸裂しています。素面だと、なんか強烈に感じます、日本人の厚顔無恥さ。
てな、カンジで違和感を覚えつつ、春の陽射しの中を桜吹雪を浴びながら歩いていると、ぶっ飛びモノを発見。とあるグループが花見の場所取りをしているんだけど、その手法がエゲツナイ。一番と思えるビューポイントを、20メートル四方にわたって占拠しています。ビニールシートなどのブツで直接的に場所を占有しているなら納得がいくけど、ビニール紐をさくらの木に張り巡らすという強引さ・・・。
で、ここまでなら、なんとかご愛嬌のラインなんだろうけど、わざわざビニール紐に貼られた紙の文字に、あまりの節操のなさに唖然とさせられました。その文字は「岩坂村役場」。多分、こんな村がほんとに存在し、場所取りしているわけはないだろう。うーん、なんなんだろう。
「役場」という文字に、権威を感じさせたいなら時代錯誤。単なるシャレのノリなら、極悪センス。
あー、あれもこれもと欲張らない侘び・寂びの効いた、シンプルラーメンを食べたいな。
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2006年03月20日
佐賀発ブログ&佐賀のラーメン
最近見つけたblogで自分内大ヒットなのを二つご紹介。
まずは佐賀県内にお住まいの笹丸さんの「ららら・赤裸々」というblog。イラストつきのblogなんですが、そのイラストといいテキストいい、なんか私のツボど真ん中です。
「わきが風呂」なんかは大爆笑!!その「イッチャッテル感」がなんとも心地よいんですわ。
我が妻との闘争 や 実録鬼嫁日記と味わい的には似ているけど、笹丸さんのblogのほうに、より惹かれます。
yahooブログの重さにめげず更新期待しています!!
もひとつのblogは佐賀発というか佐賀ネタというか、「GO!GO!バモ乃助!」というバモ乃助さんのblog。
テーマは、観光、温泉、ラーメンだけど、 47都道府県共通して出来る事はないか? と考えた結果、47都道府県の都道府県庁前で 記念撮影をしながら旅をしていく事にしました。
というバモ乃助さん。結構ラーメン食べられてますねー。大分から始められていますが、佐賀ではラーメンを9軒も食べられています。いいなー、こんな旅。私もやってみたいぞ激しく。
ボンボヤージ。これからも楽しい旅レポ・ラーメンレポ期待しています!!
つーわけで、バモ乃助さんに感化され「佐賀県縦断・私的佐賀のラーメンBEST3」です。
3月20日に、かなりのお気に入りのラーメン店を3軒食べてみました。
まずは唐津の一竜軒を目指す。
開店直後のお店に到着すると、もう店頭に漂う豚骨の匂いだけでノックダウン。
くーっっ、すんばらしいニオイだ。
大牟田のお店で修行した後、65年に南小倉駅前で開店。超人気店となりながら諸般の事情で89年に閉店。
92年に唐津市で再開業し今日に至るお店。
四人がけのテーブル四席だけの店内に相席でラーメンを待つ。
その間に、トウマメと紅ショウガが別皿で供される。
今日の一杯は、かなり濃厚な出汁。もー、タマラン状態です、恍惚。
鶏ガラも入っているようで、純久留米系なラーメンと言えるのでしょうか。
古臭くて旨い、このカンジがタマリマセン。
■一竜軒参考リンク
源淵・魁龍
故魚神さんの一竜軒物語(HENO HENO内コンテンツ)
な、カンジでお次は武雄の味納喜知。
佐賀の博多系・長浜系のお店は、元ダレが強すぎて、しょっぱい店が多いんだけど、ここはしっかりと豚骨出汁の旨みを感じさせてくれます。
休みは不定休なんで、来店時は要注意です。
ぐーっっと、南下して佐賀郡川副町のいちげんへ。
今日の出来はなかな。ライトだけど豚骨出汁濃厚という、他では味わえない味を感じさせてくれます。
■一竜軒
住所:唐津市菜畑4070-2
電話:0955-75-3455
営業時間:11:30~15:00(売り切れ閉店に要注意)
定休日:日曜・水曜
駐車場:店舗前少々
■博多らーめん 味納喜知
住所:武雄市橘町大字大日6784-3
電話:0954-22-6303
営業時間:11:00~20:00(15:00~17:00は中休み)
定休日:不定
駐車場:あり
■いちげん
住所:佐賀郡川副町大字西古賀925-1
電話:0952-45-7865
営業時間:11:00~21:00(15時~17時中休み)
定休日:水曜
駐車場:12台
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2006年03月10日
佐賀弁「がばい・きゃー・すーすーすー」
■トラバ先
がばい「で~ぶ」です! の 20060308エントリー
ヒーマンお笑い研究所! の 20060306エントリー
3月10日の日テレ系の「ズームイン!!SUPER」をたまたま見ていると、「佐賀弁」が出現。FBS放送のサイトの「中継日記」は以下のとおり。
06/3/10(金)の中継地 【 佐賀市 佐賀城公園 】 担当:奥田 シリーズ方言遺産。青森、富山に続いて第3弾は佐賀でした。「がばい」「どがしこでん」「きゃー」「くー」、これ全部「すごい」「とても」という意味。おもしろいですねー。映画「佐賀のがばいばあちゃん」も楽しみです。
島田洋七、はなわ、古川知事と超豪華キャスト。つーか、「再現フィルム!?」にはメジャーデビュー間近の「ヒーマンさん」も出演してましたね@中央本町一丁目食堂。
で、番組で紹介されていた佐賀弁ベスト3は、 「がばい・きゃー・すーすーすー(がばいが3位、すーすーすーが1位)」。
それらの佐賀弁の意味は、シカトして、私が気になったポイントはふたつ。
まずは、生出演の知事のファッション。淡いビンクのボタンダウンシャツにレジメンのタイ。くーっっ、趣味が同じw
新幹線とかプルサーマルとか政治的な問題は門外漢だけど、その点だけ切り取れば、シンパシーを感じます、古川知事に。
もひとつは、知事の背景に写りこんでいた桜らしき花。
あまりにも気になったので、昼休みに車を飛ばして「現場」に確認に行ってきました。
「コフクサクラ」と「十月サクラ」というプレートの掲げられた木に、まさにサクラが咲いておりました。(佐賀城公園=県庁東)
というわけで、サクラの写真をアップしようと思ったら、デジカメを職場に忘れてきた・・・・。
画像は明日!!
てなわけで、以下にサクラ画像を。
ヤエザクラはまだまだ蕾でした。
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2006年02月20日
ららら
トラバ先
■-J’EYE- の うふふ本店がリニューアルし、飲食店テナントビルに☆(2006/02/16エントリー)
■麺が好きィ~!ブログ えぬ(N) の 楊柳亭@佐賀市松原 佐賀オフ宴 (2006/02/13エントリー)
■たけひこのラーメン全国食べ歩き の いちげん@川副町(2006/02/06エントリー)
日曜の夕方、家族で外食でもしようと相成る。で、5歳の娘が雄たけびをあげる。
「ららららーめん食べたい!!」
いきなりだなー。「味は忘れたけど、おいしかったのは覚えてる」とのたまうわけです。
らららは結構味の変遷が激しいですね。魚介系などの複数テーストでおされな若者向けの良く出来たラーメンだけど、今日はシンプルな出汁が感じられるタイプがいいなと思ってしまう、ワタクシ。
うーん、気分は前回のエントリーもあって、池田屋の変え麺モードなんだけどなー。しかし、テレビ放送の影響で客多そうだしなー。それならと、いちげんへ行こうと説得を試みる姑息な手段にでるw
ところで、「ららららーめん」を経営している株式会社ユニコは、rbmjq179 さんのブログによると、経営する「うふふ本店」の敷地で現地改築し、飲食店テナントビルを建設するそうである。
ユニコといえば、なかなかに魅力的な飲食店を数多く展開しつつ、去年の夏にはエスプラッツをめぐる「ゴタゴタ」(国の補助を受け、抜け殻になったエスプラッツに飲食店街をと計画したが、国の補助率が低くてボツに)に手を上げたり、わさびという無料宅配広告誌を発行したり、わさびと連動した、「ワサビシャスTV」というサイトをサガテレビと共同企画(?)したりと、佐賀の飲食業界では、一人勝ち状態ですなー。そう言えば、先日の「あまちゃん&よーこちゃん佐賀披露宴」の際に、北九州の友人に聞いたところによると、北九州市八幡西区黒崎にららららーめんが昨年末に出店したというし、すんごいね。
確かに、各店の店内ディスプレーつーかコンセプトはなかなか良く、それ以上に店員の応対がバツグンという、飲食店のツボを良く把握しているなー、と感心させられます。
ガチンコ・ラーメン道で有名な“支那そば”佐野稔氏が「計算されつくした旨さだ!」と絶賛した、ららら・ラーメン。
とのコメントが・・・。おいおい、稔でなくて実ざんすよ。佐野稔といえばフィギュアスケートの選手ですよ。これはちとまずくねぇ、うんうん。と思い、自分の過去日記とかブログを検索していたら、ワタクシも「稔」表記が1箇所ありました・・・(爆)。
まっ、痛み分けつーことでw
南国ラサンビルがゴースト状態だし、愛敬・大財という佐賀の飲み屋街のスポットは南下して中央本町界隈が中心になりそうな予感ですね。モラージュ佐賀にシネコン増設、ゆめタウン佐賀の開業というファクターを考えると、一消費者の感覚としては、佐賀市の中心商店街は「飲食店街」としての道しか残されていないような気がしてきますね、寂しいけれど。「まちおん」は激しく応援したいんだけど・・・。
つーわけで、日曜の夕食はいちげんでした。
18時30分ごろに来店。店内はほぼ満席。しばらくして入店した団体の後客には、「麺が終了しました」とのエクスキューズが・・・。ふーっ、ギリギリセーフだった模様。何杯ぐらい捌けてんのかと、店主の懐具合をしばし黙考w
今日のラーメンは、この繁盛具合を考慮すればなかなかのもの。若干「脂」を感じさせられるということは、出汁の旨みが弱くなっているからだろうけど、トラバ先のたけひこさんのおっしゃる「開店直後が狙い目」とは言い切れないような気がします。確かに、豚骨ラーメンの評価基準が「24時間煮込んだ濃厚出汁、うんぬん」というのとは違い、フレッシュな乳化しすぎないソレが魅力なんですが・・・。
幾度となく、いちげんのラーメンを「一人時間差」で二杯食べてみるという、超リピーターの魂をくすぐる魅力があるラーメンなんですよね。
と、上記のとおりエントリーしたあとで、郵便受けにわさび3月号が入ってました。
ペラペラとめくってみると、ラーメン店の開店広告が・・・。
すわっと、詳細を眺めてみた。
「かどやラーメン」なる屋号で2月27日オープンとのこと。場所は佐賀市駅南本町6-1(佐賀銀行本店北・不二家の南隣)。
つーか、「かどやラーメン 福地さん」と写真で紹介されているのは、ららららーめんの店長(?)だった方では・・・。
恐るべし、ユニコ。次々と店舗展開していくなー。
ところでやはり、ユニコのお店のファンとしては心配になるなー、うふふ本店の跡に建てる「テナントビル」。直営店も入るんだろうけど、不動産業にまで手を広げてと心配するのは杞憂なんでしょうかね。
Na_Kitchen_Stores (N.A.K.S.)というブログのこのエントリーに書かれているように、スタッフの教育はずば抜けているんだからね。
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2005年12月30日
さが探し
今年も後1日。9月に立ち上げたこのブログだけど、なんか中途半端で消化不良気味。
てなわけで、今年最後のエントリーは、ちとマジに「佐賀」を考えてみたりして・・・。
今日30日の佐賀新聞の1面に「年次企画 新・田舎主義-さが未来探し」なるコラム(?)が掲載されています。
「地域再生の旗印の下、資源磨こう」というヘッドコピーが冠されたそれは、「報道局長 寺崎 宗俊」というクレジットが大きく記されています。
来年から始められるらしい「新・田舎主義」というキャンペーン記事のPRも兼ねているようです。
で、曰く
もう一度、自らの地域に目を向け、地域再生の旗印を掲げ地域資源に磨きをかけることが必要です。どこでもある定食メニューではなく、佐賀ならではの一品料理を開発するべきでしょう。目指すのは自律、自立的な田舎の創造です。
ふーん、「創造」か・・・。
この記事の全体に流れているのは、都市の要望に田舎がいかにして応えるかという、上下のシステムの構築のように思えます。古くからの「定食メニュー」を頑なに守り続ける素晴らしさを否定し、「自律、自立」と言いつつ田舎を卑下したうえで、都会に迎合する術を探れと言っているようです。
このブログの初回エントリーで、「必死に探し当てようと努力しなくても佐賀には、昔から脈々と生き続ける「良さ」があるのです。そう、ふと立ち止まり、「気付き」さえすればいいのです。」というフレーズを書いた私には、今の佐賀、ひいては田舎に必要なのは「創造」ではなく「再認識・再発見」ではないのかと思う次第です。さらに必要なのは、その対外的情報リリースの手法であるわけですが・・・。
ある意味、行政のトップのプロバガンダより、県民のコンセンサス形成に影響力が大きいと思われる地元メディアのトップの提言がこれでは、情けない気がします。
このコラムが引用している、「オーライ・ニッポン会議」と「NPOふるさと回帰支援センター」という二つの団体の活動趣旨も、「田舎ルネッサンス」であり「都市と田舎の共生」であると思うんですがね。
佐賀新聞については、過去にこんな不満のテキストを書いてたりします。
まっ、いずれにせよ、あまたの大きな組織には「動脈硬化となるトップの存在」が頑なに生き残っているということなのでしょう。
佐賀の明日はどっちだ。
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2005年12月10日
サガ英雄伝説、あるいは武勇デンデンデデンデン
ネット上でぶつかった「佐賀ネタ」のご紹介です。
■恐るべし佐賀
岡崎弘明氏が熊本日々新聞の夕刊に月一回で連載されていたらしい大江戸ばってん日記。
その第6回の記事が「恐るべし佐賀」。
同じ九州なのに「熊本人」にとっても「佐賀人」は驚異なのか!?
このハナシに出てくる佐賀人みたいな人は、周りに結構いるような気が・・・
つーか、俺か??
■番随院長兵衛
NAOTO'S BLOG(気ままなひとり言)というブログの「おらが街・・・」 というエントリーで、番随院長兵衛が佐賀出身だとはじめて知りました。
江戸の侠客であり、小説や芝居でいろいろと題材とされているこの人物が佐賀人だったとは・・・。
同様にアングラ&サブカル(??)的な知る人ぞ知る「佐賀人」の一人をこのブログでも取り上げましたが(真崎照郷です)、もう一人気になる人物がいます。
それは江副廉蔵なる人物。幕末・明治の肥前 こぼれ話という゛ログで初めて出会った佐賀人なんですが、なんとも魅力的。その経歴からしてそそられます。
同ブログの筆者さんの今後の地道なフィールドワークの成果に期待しまくりです。
■おらが知事の「麺をめぐる話三題」
佐賀県知事古川康氏の個人HPの週刊yasushiというコラムで、興味ある「麺ネタ」を発見。
その三題目は、佐賀ラーメンに関するもの。
「ラーメンスープの作り方の聞き方」というタイトルを冠されたテキストは、
僕の好きなラーメン屋さんのご主人とたまたま会合で一緒になった。僕はもともととんこつ系ではなく、鶏ガラのようなあっさり系のラーメンのほうがどちらかといえば好きなのだが、そこのラーメンはとんこつ系だけど僕の口にとてもあってうまい。
「なぜ、あんなにおいしいのですか?」失礼を承知で聞いてみた。「そんなにむずかしいことじゃないと思うんですけどね。きちんとすればきちんと結果が出るってことじゃないかと思います」みたいな答えが返ってきた。
「スープを作るには何時間くらい煮込むものなんですか?」とさらに聞いてみたところ、その返事がおもしろかった。
「何時間かっていうのはあまり問題だとは思わないんですよね。問題は火加減なんです。きっちりとしただしをとるためには火加減をきっちりしないといけない、ということなんです。」ははー。そうなんですか。心から脱帽した。
また、聞いていて思った。スープの作り方は子どもの育て方にも通じるものがあるのかもしれないと。「子どもと何時間接したらいいこどもに育ちますか?」という問いに答えはない。それもまた、火加減というか、育て方の問題なのだ。
というもの。
ははーん、もしやあのお店でしょうか!?
うんうん、やはり旨いもんねアソコ。今から食べに行こうかな・・・。
このラーメン店店主も、俺にとっては、ある意味「英雄」です。
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2005年11月03日
第3回 プレス9九州沖縄音楽祭・佐賀大会
11月3日にモラージュで行われた、プレス9九州沖縄音楽祭・佐賀大会に行ってきました。
主目的は、Project-Rの応援です。
テープ審査により7組が選ばれ行われた佐賀大会。
Project-Rは、見事一等賞をゲット!!
って、演奏時間が一等賞なんだけど・・・。
一等賞の河口愛より1分も長い、7分の大作だったのに、残念ながら三等賞の「敢闘賞」でした。
演奏された「UOZA」は、聞きなれたアレンジ・構成を一新し、なかなかに心魅かれるモノでした。
以下はエントリー7組の登場順の画像です。
こちらで当日の演奏動画が見れます。
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2005年11月01日
おいで皆さん聞いとくれ。私は儚い「佐賀ラーメン研究家」。
11月1日に、「じゃらん九州発12月号」が発売されました。
「楽しい出張&一人旅シリーズ第6回~佐賀出張編~」というシリーズ企画の、私がラーメンに関するページの取材を受けた成果が活字になっております。私の肩書きは「佐賀ラーメン研究家」。こそばゆいな~。
ラーメンと居酒屋系と日本酒を飲めるお店の4ページの企画ものですが、「佐賀ラブ」が感じられて、いい記事になっているんではないでしょうか。
取り上げているラーメン店は、「一休軒鍋島店」「三九中華そば専門店」「大幸軒」の3軒。
企画の趣旨からして、佐賀駅から近くのお店ということと博多・長浜系のラーメンではなく佐賀ラーメンのお店という条件でじゃらん側がお店の選定をされたんですが、「取材お断り」も多々あったようで、佐賀駅から徒歩で行くには遠いお店も加えたという顛末のようです。
駅北口に、「佐賀ラーメン」の権化みたいな店もあったんだけどね・・・。
つーわけで、1日の朝に通勤途上にコンビニで、現物をゲットし眺めたわけですが、よくよく考えたら取材時に現物を送ってくれるという話をしていたのに、本名・住所を伝えてなかったので、手出しで購入した次第。(笑)
1日の残業の合間に、三九中華そば専門店を食おうとお店に向かっていたら、2日からの佐賀インターナショナルバルーンフェスタの前夜祭として中央大通りでパレードが開催されていました。
よくこの手のイベントで見かける「ハーレーダビッドソンのサイドカー軍団」も、しっかり確認できました。
で、三九中華そば専門店。なにやら、店頭の看板?(何ていうのかな、塩ビ系っぽいテント状のやつ、分かる?!)が新調されていて、「久留米拉麺発祥店」という表示が新たに足されていました。
オーダーしたのは、初めて食べる卵入りラーメン・550円。
店主四ケ所さんは、なにやら雑用してて、奥さんが作ってくれました。
うーん、相変らずの染み入るような深い味わいのスープ。ほんと、脂コッテリとは対極の味わい。なんか、表現できんのよね、コレは。
もったいないので、卵は潰さず食べ進め、スープのみとなったところで、スープに溶かしてみました。
これがまた良い塩梅。うーん、鍋島一休軒やいちげんの卵入りのパターンとは又違う味わいの差に感動しました。
ところで、店内には「じゃらん九州発・12月号」が既に置かれていて、「51ページ」と掲載されているページが表紙にマジックで書かれていました。
51ページを眺めていると、なにやら添削の跡が・・・。
「手打ち麺」の表記が消され、「自家製麺」に訂正されていました。私がゲラ原稿を確認した時にはなかった表記である「手打ち麺」。一般的には、自家製→手打ち、つう先入観があるんでしょうね。自家製の機械打ちが実際は一般的なんだろうけどね。
そういえば、こんなケースもあったし・・・。
なにはともあれ、このラーメンを一日でも長く食べさせて欲しいものである。
(営業時間がいつのまにか長くなってました。詳しくはコチラ)
食べ終えて、中央大通りに出ると、バルーンフェスタのパレードが真最中。
街路樹の電飾も点灯され、なんとも美しいロケーションが展開されていました。
前回エントリーのバルーンよりラーメンフェスタ@久留米だろうという発言は、完全撤回します。(爆)
バルーンのコックピットがバーナーを点火しながら車に乗せられ進んでいく様は、なかなか幻想的でしたわ。
佐賀バルーンフェスタに行くぜ!
つーか、唐津くんちで酔いつぶれたい気もする・・・。
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2005年10月30日
「さがファン」ファン
さぁ、11月もまじか。
イベントもいろいろとあるデスね。
私にとっては佐賀インターナショナルバルーンフェスタよりは、ラーメンフェスタin久留米なんであるが・・・。
さがファンとしては、あるまじき背信行為ではあろうが・・・。(爆)
で、そのラーメンフェスタin久留米の記事が掲載されている、「くるめすたいる」なる広告誌をさる筋からゲット。
タブロイド版の新聞スタイルが妙に新鮮。「夕刊フジ」を想起してしまうのは私だけか??
こんなのが佐賀に欲しいなと、しばし羨望タイム。
「くるめすたいる」には、ラーメンフェスタin久留米のコアなメンバー香月氏@大砲ラーメンの「ラーメン今昔物語」というエッセイ(??)も載っていたりする。
今年のラーメンフェスタin久留米は、どうも外部からの招待ラーメン店が少なくて、ちと意外。
うーん、どうしたんでしょうね。イベントとしての疲労が溜まっているんでしょうか?
久留米のお店と全国のお店を一箇所で楽しめるというのが、最大の魅力だろうに。
「ラーメンピック」と称し地元の学生グループが創作ラーメンで金メダルを争う「市民参加型」と言われても・・・。
ところで、佐賀のフリーペーパー・広告誌ってのも貴重な情報源なのであるが、先発のP誌といい、後発のW誌といい「エステ系」の広告が山ほど掲載されていると、何故かどん引きするんだよね。
かといって有料タウン誌T誌は、なんかデザイン的に御意となれんし・・・。
「さがファン」ファンとしては、「そのあたりをさがファンが攻めてくれんかの」と思ってもみたりして。
(ノーアイディアの夜明け前の独り言でした)
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2005年10月16日
on & off
私がラーメンサイトもどきを始めて3年ほどの年月が過ぎました。
それ以前から、いろんなサイトのロムラーであり、ラーメンサイトでは、掲示板にカキコなどもしていたわけですが。
そんな展開から、「オフ会」などに参加するようになり、大きく自分の世界が変わったように思います。
実は、先週も北九州で行われたオフ会に参加してきたんですが、ネットを介してしか知り合えなかっただろうと思える方々と酒を酌み交わしていたりすると、摩訶不思議な心持ちになったりもします。
で実は、ネット内のオンから抜け出てオフでもお付き合いさせていただいている方々と、来春に写真展なぞをやることになりました。うーん、自分だけでは到底実現できなかったであろうイベント。ネットの功罪がとかくマスメディアにのっかる昨今、「ピュアな出会い」もあるんですよ、実は。まっ、いわゆる出会い系も「セフレを求めて三千里」てなカンジで、ピュアな出会いを求めてるとも言えなくもない。(笑)
で、主にその写真展の活動は、mixiでやってますんで、mixiに入っている方はのぞいてくだされ。mixi内のコミュ名は、cantabile,photo session(仮)です。(ちなみに、リンクを貼っていますが、mixi内のコミュニティーも、もちろん登録してないと見れません。あしからず。mixiの詳細はコチラ)
ところでmixiのコミュニティーの一覧を表示し、「バックスクリーン三連発」と「女房酔わせてどうしよう?」のGIF動画をぼけーっと眺めながら芋焼酎を飲んでると、物凄くシアワセ・・・・。
なこんなで、mixi三昧でHPやブログの更新が滞りがちなワタクシです。
つーか、連邦と探偵ファイルを見てた時間が、mixiにシフトしたというのが正解か!?
で、探偵ファイルが新宿二丁目で経営するホストクラブ(?)のコミュニティーもmixiにはあったりします。
でさでさ、写真展の立ち上げのメンツつーのはワタクシを含めて4人なんですが、ワタクシをのぞく3人はproject-rというバンドのメンバーでもあるわけです。今回のエントリーの写真は、佐賀市のRAG.Gというライブスポットでのproject-rの演奏の模様です。去年の12月25日のライブだったんですが、この時は、佐賀県芸術祭演劇フェスティバルのハナを切って先月に公演を行ったバビロニアカンフーマンとのコラボだったんで、なかなかにオモロイパフォーマンスでした。
で、そのproject-rが、第3回プレス9九州沖縄音楽祭の佐賀大会に出演するという。11月3日(木)午後2時から、佐賀市巨勢町の「モラージュ佐賀」1F、モラージュプラザで開催される模様。テープ審査で7バンドが選ばれたというからアッパレじゃん!!
てな展開で、そのチラシかポスター用にメンバーの写真を撮ってくれと依頼を受けたので、先日メンバーのお宅にお邪魔したのだが、そこでなにやら微妙な発見が・・・。
撮影した写真をPCで見ていて、何の拍子か「デフラグ」のハナシになったのだが、私も含めた3人が「デフラグの画面」を何故かぼーっと眺めてしまうという共通点があったのですぜ、マジ。上述の「バックスクリーン三連発」と「女房酔わせてどうしよう?」のGIF動画をぼけーっと眺めてしまうというのと似てますね。
そんなことするのは、自分だけだと確信していたのに。(爆)
うーん、オンからオフとつきあいが広がったというのは、やはり気づかぬところに「共通点」つーか「共通項」があったということなのでしょうね。
とかなんとかグダグタ書いてしまいましたが、九州沖縄音楽祭の佐賀大会を勝ち抜けて、本選に出場するproject-rを見てみたいものだ。
(実は本選が熊本なんで、付いて行って熊本ラーメン食べたし!!)
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2005年10月15日
カクテルバー・らせん
今でこそ自宅で飲む酒は、芋焼酎オンリーな私ですが、以前はシェーカーを振って自作カクテルなどを作っていました。
そこまでに私を駆り立てたのは、ジャズバー・ロンド(佐賀市水ヶ江)の存在。
昭和30年代の早くに開店し、今でも現役バリバリで営業されているという、驚嘆すべきお店です。
お酒の美味しさ、ジャズの魅力をこの店で私は教えられました。
シングル・モルトの饒舌さ、気取らないカクテルのいとおしさ、コルトレーンの華麗さ、などなど。
そんなロンドでは、ラーメンについても教わった。
ロンドが開業当時は、よく近くの一休軒本店を食べられたそうで、昭和30年開業の本店の味は、今より濃厚な無骨な豚骨臭さを残していたそうです。想像するに、源流である「久留米ラーメン」のカラーを残していたということでしょうか・・・。
とある時ロンドのマスターから「当時の一休軒本店の味に近いのは、元店員の人が開いてる成竜軒ですね」という言葉を聴きました。
成竜軒といえば、佐賀市高木瀬のパチ屋の駐車場内にあるラーメン店です。
存在は承知していましたが、そんなロケーションの店に良店はないだろうという先入観から未食でした。
で、行ってみてビックリ。激うまでしたのよ、コレが。獣臭と言ってもいいような、荒々しい豚骨出汁にノックアウト状態でした。
実は店主のおじいちゃんは、一休軒本店に勤務後、駅前ラーメン・ビッグワンを切り盛りし、さらにその後成竜軒を開業されたようで、「一休軒系」の首領的存在らしい。
ロンドでは酒や食や音楽を通じて、「生き様」を教えられてきたような気がしています。
インスパイヤされて、こんな駄文も書いたりしたし・・・。
あと、最近のお気に入りのバーは、BLUE・VELVETというお店。なんか、すんごく店内の雰囲気がよく、心地よく酔えます。
ロンドのケースと同様に、これまた「カクテルバー・らせん」というテキストを、このお店をイメージしながら書いたりもしました。
てなわけで、ロンド、BLUE・VELVETが加入されている、(社)日本バーテンダー協会九州地区本部佐賀支部主催の「チャリティー・カクテル・パーティー2005」が、明日10月16日にホテルニューオータニで開催されます。
うー、行きたい・逝きたい。が、前売り券が7千円なんで、躊躇した結果パスいたしました。
だってさ、7千円あればラーメンが何杯食べられることか・・・・。(笑)
金銭的に余裕がある人は、是非参加すべし。カクテルの魅力を感じられるはずですから。
木原慶吾&スピリッツのライブのあるようです。
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2005年10月08日
がばい、しーとっ (大好き、は~と)
■トラバ先
HENO HENO~麺と山とポタリングな日々~ 20051001エントリー
島田洋七のがばいようちゃんブログ 20050922エントリー
先日エントリーした、「じゃらん九州発」の取材の顛末です。
ライターの方に熱く「佐賀ラーメン」について語ってきたわけですが、そのインタビューを加味したゲラ刷りの原稿が校正用として送られてきました。
その内容をみてビックリ。私の佐賀ラーメンへの愛が大きすぎたのか、はたまた他の記事でも、こんなデフォルメがされるのかは定かではありませんが、最上級の「佐賀ラーメン賛美」の記事になっています。
曰く、
ラーメン好きの間では「今、一番注目すべきは佐賀ラーメン」と言われているのだ!
うーん、ちとこそばゆい・・・。つーか、褒め殺し??
何事も度が過ぎると逆効果ではという疑問が噴出しだしたのだか、それを一蹴するブログのエントリーを発見。
それは我が麺友「へのさん」のブログ。佐賀市嘉瀬町のなか原と佐賀市天神の平和食堂を連食されているのだが、なか原のエントリータイトルが、「なか原 ~こりゃ上出来!麺都・佐賀のソコジカラを実感~」である。豚骨の聖地にして、うどんの発祥の地とも言われている福岡にお住まいのへのさんに「麺都・佐賀」と言われると、鼻高々です。
平和食堂も「一竜軒@唐津の「原型」か。ぐわんぐわんと感動しつつ、ずず、ず~、ずずっ。 コリャなんともエエ感じ。しかも、店を切り盛りするご夫婦の愛想もイイ!」と高評価をくだすへのさん。
うーん、やっぱ「今、一番注目すべきは佐賀ラーメン」でいいのかな!?
平和食堂は外観からして「アヤシナツカシ食堂系」のお店。ラーメンが370円というのもレトロでよいな~。
こんなお店が一日でも長く営業できる佐賀であって欲しいものだ。
古くからの食堂やラーメン店が、まだまだ残っている佐賀ではあるが、やはり閉店してしまった「惜しい・美味しい店」はたくさんある。
その中でかなり記憶に残っているお店が2軒ある。
その1軒が、今年2月で閉店してしまった再来軒である。道路拡張のために閉店してしまったのが、なんとも惜しまれる。
「滋味哀愁系ラーメンの総本山」と思えるほどのラーメンで、すごく旨かった。80歳を迎えようかというあばちゃんが一人で営業していたから、後継者もいなかった。あのラーメンを思い浮かべると涙がぽろり状態です。
で、もう1軒が屋台の「まこと」である。佐嘉神社の交番のとこの変形交差点に店を出していました。
ご夫婦で切り盛りされていたのだが、お父さんが病気がちで最後の数年は休みがちで幻の店化していたんですが、そのお父さんが亡くなって閉店という展開でした。
おでんがメインだったのだけど、ラーメン・うどんもあった。しこたま飲んだ〆に「まこと」に突入し、ラーメンを食らうというのが、ゴールデンコースだったなー。
実は、1度だけ飲み始めに寄ってラーメンを食ったことがあるのだが、イマイチなお味だったのはご愛嬌。やはり、店主夫婦の人柄で食べさせるラーメンだったのだ。それも充分ありだと思うんだけど・・・。
「まこと」では、有名人と遭遇する事もあった。印象深いのは筒井ガンコ堂さん 。食に関する数多くのコラムを書いている筒井氏の、オキニの店が「まこと」であるということに、なんか妙な親しみを感じたものです。
そして一番多くお見かけしていたのが、島田洋七さんである。今は佐賀に在住されているわけだが、お見かけしてた当時は、もちろん違ったわけなのに、何度も同級生と来店されているシーンに遭遇した。どうやら、盆・正月に行われる小学校や中学校の同窓会に出席のために来佐されていたようだ。広島出身の島田氏は小学校から中学校まで、佐賀で生活されていたので、忙しい仕事の合間を縫って同窓生との「ひと時」を持つために「里がえり」されていたんですよね~。
一次の漫才ブームは終わっていた頃でしたが、それでもあまりにお会いする頻度が高いので、当時から並々ならぬ島田氏の「佐賀愛」を感じていました。
一時期私は上述の再来軒と共に、いちげん・池田屋の3店をヘビーローテンションしていたんですが、そのいちげん・池田屋に島田氏はちょくちょく来店されているようである。
いちげんには、島田氏が自ら作詞をし沖縄の新人男性歌手RYOEIが作曲した、来春東映で公開される映画「佐賀のがばいばあちゃん」のエンディング曲「ばあちゃん」が販売されているし、池田屋には来店時の写真を添えたサイン色紙が飾ってある。
島田氏は、なかなかの麺好きのようである。
そういえば、一時期ラーメン店も経営されていたようだし。
そんなこんなで、島田氏の著書「佐賀のがばいばあちゃん」はベストセラーになって、佐賀のPRに大きく役立ったわけである。ビジネスジャンプで漫画化され連載も始まっているようだし、アジア各国でも翻訳されて発売予定のようである。
来春の映画公開で、はなわの「佐賀県」以上の「佐賀ブレーク」が起こってくれることを、切にキボンヌですわ!!
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2005年10月02日
阪神の星
■トラバ先
新谷博氏のblog 20050922エントリー
徒然なるままにMの戯言 20050918エントリー
niigata-boro.net dairy-r 20050915エントリー
えー、9月29日に、我が愛する阪神タイガースが、球団創設70周年・セパ交流戦元年という記念すべき2005シーズンのペナントを手中にしました。
子供の頃は、ごたぶんにもれず巨人ファン。V9の頃だったし、「巨人の星」なんてアニメもあったし。
それが成長と共にアンチ巨人に。西鉄ライオンズの魅力を遡及して知ったりしたからかな。(オヤジになっても、巨人の星というパチスロは大好きだったし、嵌まったが・・・w)
そんな変遷で、もともとライオンズファンだった私が阪神タイガースファンになったのは、ライオンズがクラウンライターから西武になる際に、タイガースの田淵・古沢とライオンズの真弓・若菜・竹之内・竹田のトレードが成立して以来なのである。
そのおかげで1985年4月17日巨人戦でのランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布による奇跡のバックスクリーン3連発の歓喜をファンとして経験することが出来ました。
その頃に一番好きだった選手は、真弓明信です。阪神が日本一になった1985年には1番打者ながら34本の本塁打を放つ稀有な1番打者でした。
そんなこんなで、今度は2年ぶりの優勝。阪神ファンとしては、あまりに前回の優勝から間がないんで、次の優勝を生きている間に見れるんだろうかと不安になったりします。(笑)
ところで、真弓たち以前に、ライオンズからタイガースへ移籍した選手がいました。
その選手は佐賀県出身の加藤博一です。
そこそこ佐賀出身のプロ野球選手はいるんですが、その中の一人の名前を、新聞各紙でこの間見かけました。佐賀商業出身の新谷選手が呼びかけ、「欽ちゃん球団」に負けるなと、佐賀に社会人硬式野球クラブ創設するという記事です。
ノンフランチャイズというべき、読売ジャイアンツの凋落(?)が目立つ昨今、Jリーグに負けないような地方のクラブチームが活発に活動し、野球と地方の「再生」に一役買ってくれればと願って止みません。
で、その社会人硬式野球クラブ創設のための事務局長が船津丸大成さん。
船津丸さんも佐賀商業OBで新谷選手とは同級生なのだが、佐賀市松原で「焼鳥 大成」を経営されています。
そんな船津丸さんの焼鳥の修行先は、私の大好きな「串焼・焼鳥 だいやす」なんで応援したい気分50%増しである。(笑)(ところで、だいやすはちゃんぽんも激ウマです。)
さらに、船津丸さんの実弟は佐賀市西与賀町のラーメン店「大連らーめん」の店主なんで、応援したい度さらに50%増しである。
大連らーめんの店主は、山小屋白石店で店長をしたあと独立されたようで、ラーメンの基本的ベクトルは山小屋系。だが、元ダレがいい感じに抑えられて、豚骨出汁の旨みを感じられて好きです。
が、最近は脂が多すぎて出汁を邪魔してるように感じるんだよね、実は。
ある時、大連らーめんを食べた時のこと。
店内は、ほぼ満席でカウンター席で食べました。
「うーん、やっぱり脂が・・・」と思って食べていて、ふと店内を見回すと客のほとんどは20代の若者。
ははっん、私も若い頃はこんな脂こってりが好きで食べてたんだろうなと、しんみり。
この味が、結果的には売り上げが伸びるのかもと感心するオヤジの図になってしまいました・・・。
難しいなラーメンって。まっ、自分の好みのまま突っ走ればいいという簡単なことでもあるんだが。
で、最近行っていないんで、大連ラーメン食いに行こう。
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2005年09月28日
八人目の佐賀賢人#2
ラーメンの世界では、飽くことなく繰り返される「議論」がある。
それは、「旨み調味料は是か非か」というものである。
美味くて安いなら「是」じゃないか、食べたあと舌が痺れるような過多な量では「非」だろう、とかとか。
絶対音感ならぬ絶対味覚なんてのは存在しないんだから、なおさら結論は出ず、予定調和にもならない。
しかしまぁ、目の前で丼に堂々とドッチャリ投入されると、ひくのは事実。
何事においても「表と裏」が存在する。
視点のベクトルを変えれば、アウトプットされる評価なり見出される価値観が180度変わる。
歴史的な事実とされていることでも、新しい史実の発掘や評価のやり直しで昨日まで善とされていたものが悪となったり。
てなわけで、前回のエントリーを下書きしたあとに、少々確認の意味でネット上をうろうろしていると新しい事実が・・・。
製麺機は真崎照郷の発明と書いていますが、鶴沢栄吉という真崎とは同郷である人物がからんでいるらしい。
でいろいろ調べていると、「日本の技術者-江戸・明治時代- 中山秀太郎著 2004年・社団法人 雇用問題研究会」なる本にぶち当たる。
28人の技術者を取り上げているが、その中の一人が鶴沢栄吉を岳父とする大隈栄一である。
28人のうち4人だけが他の技術者より倍のページを費やされているのだが、その一人が大隈栄一であり、「日本の発明王は、東は豊田佐吉、西は真崎照郷」の豊田佐吉なのである。
三田川村目達原生まれの大隈栄一は、佐賀で鶴沢と共に佐賀麺機製造合資会社を経営していたが、その後袂を分かち、大隈麺機商会を明治39年に名古屋で起こした。それが、巨大な工作機械メーカー・オークマ株式会社の前身となっている。豊田佐吉と大隈栄一は共に名古屋の地で、機械工業の礎を築いたのである。
前述の「日本の技術者」によると、大隈栄一は製麺機発明に関し、以下のような手記を残しているらしい。(なかなか長いんで要約です)
ロールで麺帯をつくり次にロールで麺線をつくる製麺機を発明したのは、真崎、鶴沢と同郷で親しかった蒲原末次郎である。蒲原は元鍋島藩の士族で、一種のうどん機械を発明し博多で機械うどん屋を始めた。機械自体は完璧ではなかったが、元祖に違いない。その後、真崎と鶴沢が製麺機の完成に取り組んだ。
鶴沢は明治27年に素麺のできる機械を特許申請に持ち込んだが、真崎はそれをねたみ鶴沢と疎遠になっていった。
まっ、大隈の手記なんで、全て信じ込むわけにもいきませんが、なんとも微妙。
私の中の真崎への「思い」がストップ安。(笑)歴史の裏には女ならぬ怨念ありということか。
しかしながら、大隈栄一という「八人目の賢人」が見つかったというわけで、良しとしよう。
進化論をめぐるダーウインとウォーレスの関係を想像させ、蒲原末次郎には興味が湧くなー。
もしや、てろてろ博多うどんに何がしかの影響を与えたりしていて・・・。
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2005年09月24日
八人目の佐賀賢人
■トラバ先
なみログの20050910エントリー
先日、雑誌の取材を受けました。
「じゃらん九州発」という雑誌です。
ゲラ刷り原稿を拝見したのですが、どうやら「○○に旅行・出張ならココに行っとけ!」てなカンジの連載記事のようで、佐賀駅から近い、ラーヘメン店や居酒屋などが紹介されるようです。
で、ラーメン店は3軒を紹介されるようで、(その選定は雑誌側ですが)私は佐賀ラーメンの「傾向と対策」を熱く語ってきました。(笑)
11月1日発売とのこと。
ところで、その取材時にライターの方が言われた言葉に、ちと考え込みました。
「佐賀ラーメンをはじめて食べましたが、なかなかおいしいですね。今住んでる福岡市内でもラーメンを食べることはあるんですが、今回のようにスープを全部飲み干してしまうことは、めったにありません。佐賀ラーメンって、なかなか話題にならないんですが宣伝下手なんでしょうか・・・」
うーん、これってラーメンに限らず、佐賀全般にわたりよく言われる言葉ですね。
佐賀人って佐賀が田舎ということを必要以上に卑下しているのか、あるいは地元マスメディアや行政規模が人口に比例して小さいから情報発信が少ないからなのか、はたまたただ単にシャイなだけなのだろうか・・・。
そんななかで、ある本が出版されました。
「佐賀の幕末維新 八賢伝 福岡博著」がその本です。
幕末維新に活躍し「佐賀の七賢人」と呼ばれている七人に、枝吉神陽を加えた「八賢人」の「生き様」を記した本です。
グロバールスタンダードなその活躍・業績を知り、佐賀に誇りをもとうと著者は語りかけています。
「七」ではなく「八」として、八人の人をとりあげたのは、幕末維新期の佐賀からは、七賢人に数えられた人たちのほかにも、たくさんのすぐれた人物がでているのだということを知って欲しいからなのです。「八」という数字は、たんに「八つ」ということだけではなく、「八百八町」などということばもあるように、数が多いことを意味します。
という、著者の言葉にのせられて、私の「八番目の賢人」を紹介します。
その人物とは、真崎照郷です。八賢伝の中で一番後年に生まれたのが、1838年生まれの大隈重信ですが、真崎照郷はさらに時代をくだり、1851年の生まれです。
真崎照郷は佐賀郡巨勢村牛島(現佐賀市巨勢町)に生まれています。
明治18年に日本ではじめての製麺機を作り、特許を出願します。
その当時、特許に関する法律は未整備で、仮受け付けの状態のまま時間が推移し、明治21年にようやく法が整備され特許が認められたようです。
神埼・小城の熟練が必要な手延べそうめんの製法を見て、もどかしく感じたことが発明の動機でもあったようです。
明治40年には、佐賀県ではじめての藍綬褒章を受けたりしています。
大正9年には、帝国海軍の軍艦「巖手」に真崎製麺機が搭載されています。
真崎の発明した製麺機は、発明当初は高価だったため普及は緩やかで、大正になってぼつぼつ、昭和に入ってから、その動力が電動モーターになってから爆発的に普及し、佐賀の地から日本全国といわず全世界にその製麺機は広まっていったようです。
そういえば、佐賀県の広報誌「Zanza」の最新号の特集は「噂の麺王国」でしたが、そのなかでも真崎の紹介がされていました。
真崎照郷が起こした会社が昭和24年に出した製麺機の広告用小冊子が佐賀県立図書館に所蔵されていました。
その「真崎製麺機械御案内」には、四季ごとの製麺の際の塩水の濃度及びその塩水と混合する小麦粉の量が記載されています。また、生うどん・乾燥麺・蕎麦・支那蕎麦・玉うどんという麺種ごとの製造方法も。
現在のラーメンである支那蕎麦の製法では、使用する切刃のサイズ、かん水の量などを指定した上で、「普通ノ如ク製造スレバ苦モナク出来マス」と、自家製麺で苦労している、現在のあまたのラーメン店主が聞けば卒倒しそうな言葉が!!まっ、戦後直後の味よりは、まずは腹を満たしてという状況ならではなんでしょうか。
ラーメン・エンスーな私にとって、製麺機発祥の地が佐賀だということは、トンデモナイ自慢ネタです。(笑)
出典は定かではありませんが、「日本の発明王は、東は豊田佐吉、西は真崎照郷」といわれた時代があったそうです。
豊田佐吉は、トヨタ自動車工業の礎となった、豊田自動織機製作所の創始者です。
その人物と並べて論じられる真崎照郷の偉大さは、容易に想像が出来ます。
さてさて、あなたの八人目の「佐賀賢人」は誰ですか?
いやいや、あなたこそが八人目の「佐賀賢人」になれるはず・・・。
(で、何故かこのネタ続きます)
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2005年09月22日
ぎゃぼ!!プリごろ太、カラオケ・ベトベンでみそ字に「ラーユーレディー~?」
■トラバ先
折田裕blog B 20050815及び20050827エントリー
のだめカンタービレからのクラシック入門 20050923エントリー
おがりんのお気に入り~★ 20050715エントリー

土佐屋 塩ラーメン・ photo by (-。- たかまさ
初めて東京に一人で行った時のことである。
東京駅の構内で入ったラーメン店で、「チャーシュー麺」をオーダーした。
出てきたのは、醤油色が濃いなんとも不気味な麺料理。
「??オーダーミスか??」
私は疑心暗鬼ながら、クレームを付けるのも気恥ずかしいんで、そのまま食したのである。
今思えばバカみたいな話であるが、ラーメンといえば「豚骨」しか頭になかったので、目の前に出てきた否豚骨ラーメンが、ラーメンだとはまるっきり思い至らなかったのである。(醤油ラーメンだったのだろう)
確かに、「出前一丁」や「サッポロ一番」などの袋物の否豚骨インスタント麺は食べていたのだが、ラーメン店で出てくるラーメンは、全国どこに行っても豚骨オンリーだと頑なに(あるいは無意識に)思い込んでいたのである。
多分私以外の九州人の多くが、ラーメン=豚骨という認識が強く、ある意味「否豚骨」に対しては排他的なのではなかろうか。
東京の出来事から、十数年が経過した頃である。
豚骨ラーメンを意識して食べ歩くようになった私にも、すんなりと受け入れられる否豚骨ラーメンの店に出くわした。
その店の屋号は「土佐屋」。国道208号線沿いで諸富町にあった。
知るきっかけとなったのは、あまおじさんのらーめん紀行というサイト。
そのなかなか良さげなコメントに惹かれ食べに行ったのである。
なかなかのお気に入りだったんですが、3年ほど前に閉店してしまいかなり残念でした。
貴重な店だったのになー。
閉店後しばらくして、カラオケパプに変わっていたのでした・・・。
ところで、のだめカンタービレである。
なかなかオモシロそうだなと思っていたが、なにせ少女マンガであるので踏み出せずにいた。
実際読んでみようと突き動かされたのは、オン上で少々絡ませていただいている、折田裕さんのブログで紹介されていたのを読んだから。
折田裕さんは、ミステリー小説「死んでもいい」で九州さが大衆文学賞受賞された方である。
こんな方が絶賛されているのなら、間違いはないだろうという考えであった。
どうやら折田さんは私より年上のようである。
なら、私が読んでもおかしくはない(!?)と書店の少女コミックコーナーに滑り込み、コミック全12巻を大人買。
少女コミック作家にはまったのは、くらもちふさこ以来かなー。
とにかく秀逸なギャグは、ツボにグサグサ刺さる。
まっ、見事なメインストーリーあってのことなんだが・・・。
で、コミックの9巻では、主人公の「のだめ」こと、野田恵を追って恋人役(?)の千秋真一が、大川市(のだめの実家)へ行くシーンがある。
博多駅からタクシーで千秋真一が大川へ向かうシーンでは、いったん佐賀に入り大川へ向かおうとする運転手が「大川ってほとんど佐賀だからー」と発言。
よく言われる「基山はほとんど福岡だから」の逆バージョンである。(笑)
「ようこそ佐賀へ☆ 佐賀のりの里」 という看板を眺めつつ、千秋真一はのだめの実家へ。
のだめの父に観光へと連れまわされる千秋真一。
その途上に、出現するのは、「カラオケ ベトベン」の看板。
おー、これは「土佐屋」のあとに出来た「カラオケパブ ベートーベン」ではないか!!
スンゴイ感激。
で、千秋達が着いた所は東与賀町の干潟公園。
「面白し 沖へはるかに汐ひきて 鳥も蟹も見ゆる 有明の海」
という、昭和天皇の歌が刻まれた行幸記念碑のある展望台で、のだめ父と共に望遠鏡を覗き込む千秋真一の図には、仰天歓喜でした。
主人公のだめには「リアルのだめ」と呼ばれているモデルがいるのですが、リアルのだめの実家が大川なんで、ロケハンが大川、佐賀で行われたようです。
やっぱ、有明の干潟は初めて見る人にはインパクと与えるでしょうね。
吉野ヶ里は行ったのかなー。絵的に干潟が取り込みやすかったからかなー。
某潟方面出身の私は、潟が卑弥呼に勝ったと信じたい。(爆)
のだめカンタービレの作者である二ノ宮知子さんの目に、佐賀はどう映ったんでしょうか。
ちなみに最近買った、コミック13巻についてた栞は、街の中華屋「裏軒」の息子・峰龍太郎でした。
ラーメン好きには、たまらんとです。(爆)
トラバ先のおがりんのお気に入り~★によるとヤマハ銀座店では、「のだめカンタービレSelection CDブック」購入時にチラシを持参すると、 「佐賀のり」がプレゼントされるという。
うーん、佐賀のり素敵だっ!!
てな、展開で冬季限定の「のりラーメン@いちげん」が激しく食いたい・・・・。
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2005年09月17日
佐賀スタイルは滋味哀愁系
てなわけで、「佐賀ブログ」の始まりです。
佐賀のラーメンについての日記やblogをシコシコと書いてきたワタクシですが、どーも飽きてきたもので路線変更です。
まっ、PRIDEの高田統括本部長がハッスルの高田総裁に変身するようなものである。(違うか?)
と言いつつ、ファースト・エントリーの今回は、いままでの私の「ネット活動」を振り返りつつ、佐賀ラーメン、ひいては佐賀の魅力を語ろうかなと思い至っている次第である。
決して、過去のテキストの使い回しではありません。(多分・・・)
佐賀で初めてのラーメン店は、昭和28年に佐賀市呉服元町(?)に開店した、「北京千両」とされています。
「北京千両」はその後、現在の南国ビル@佐賀市大財町の西側の水路沿いに移転し、さらに現在は、巨勢町にて「シャローム」と屋号を変えて営業されています。
九州で初めてのラーメン店は、久留米の「南京千両」という屋台でしたが、「北京千両」の開店以前に、佐賀市内には久留米から来る屋台のラーメン店があったようです。
日本陸軍の「南京占領」をもじって命名されたと言う「南京千両」を、さらにもじった「北京千両」という屋号は、ちと微妙な心持ちにさせられます。
ちなみに、ラジオパーソナリティー「ヒーマン」さん の、つれあいさんの実家であるラーメン店「北京ラーメン@大和町」とは、無関係のようです。
昭和30年には一休軒本店が開業しています。
どうやら一休軒の手本となったのは、白濁豚骨スープの発祥店とされている「久留米の三九」らしいのですが、「三九」の創業者の杉野兄弟の弟さんとその杉野兄弟から三九の営業権の譲渡を受けた四ケ所さんが、相次いで昭和31年に佐賀市内にラーメン店を開業されています。
杉野弟さんのお店は「三九軒」という屋号でした。(柳柳亭の近くでしたが、平成13年に閉店しています)
四ケ所さんのお店は、「三九中華そば専門店」で、現在も玉屋西で営業されています。
四ケ所さんは、「三九」を引き継ぎつつ、熊本県玉名に支店を開き営業されたようです。
その味が、あっという間に熊本・宮崎・大分に伝播し、「白濁豚骨」が九州ラーメンのデフォルトとなったのです。
それに、出前の時に丼にビニールを被せ輪ゴムで留めるというアイデアも四ケ所さんの発案らしく、まさに、四ケ所さんの人生そのものが、「白濁豚骨ラーメン」の歴史そのものだと言えそうです。
福岡のラーメン、長崎のちゃんぽんに対抗しようと、「冷し麺キャンペーン」なるものが佐賀市のお店を中心として、昨年から展開されています。
佐賀の食材を活かし、従来の「冷し中華」にこだわらず、中華やフレンチのテイストをハイブリッドさせ、二大麺王国に伍しようという意図なのでしょう。
それはそれで、素晴らしい「戦略」なのですが、どーも何かひっかかるものがあるのも事実。
以前、「佐賀を探そう」という観光キャンペーン用のコピーがありましたが、必死に探し当てようと努力しなくても佐賀には、昔から脈々と生き続ける「良さ」があるのです。
そう、ふと立ち止まり、「気付き」さえすればいいのです。
一休軒系や古くからの佐賀のラーメン店のラーメンは、概してファーストインパクトは弱いようです。しかしながら食べ進むほどに、じんわりと豚骨の出汁の旨みが体内に浸潤していく様は、博多・長浜ラーメンのどちらかと言えば、醤油系の元ダレの味を大きく感じるラーメンに劣ることは決してないと確信させてくれます。
中細のストレート麺が軟目に麺揚げされる佐賀ラーメンの傾向は、「バリ硬」や「針金」と呼ばれ、もてはやされる長浜ラーメンなどの極細麺との対比からも、哀愁度ワンランクアップです。(笑)
「滋味哀愁系」と、私は勝手に呼んでいますが、シンプルなのに奥深く、古いのに飽きを感じさせることのない佐賀ラーメンの持ち味は、ラーメンのカテゴリーを超えて、マクロな「佐賀の顔」と言えるでしょう。
佐賀のラーメン店は、昔ながらの「軒」の屋号を持つ店が他地域に比べ多いようです。
経済的には小さなマーケットゆえに、チェーン店等の外部資本に淘汰されてしまう確率も低かったのかもしれません。
が、それゆえに昔ながらのやり方に頑なにこだわり、時代の趨勢に左右されない姿勢を貫くことが出来たというのは、不幸中の幸いということでは片付けることの出来ない、佐賀人の佐賀への愛着のような気がします。
「佐賀を探そう」というコピーの前に「人情産地佐賀」というコピーもありました。
当時は、ことさら「人情」を取り上げるのはおかしい。人情は、あって当たり前だろうという批判が多かったようです。
下記は、ラーメン評論家の武内伸氏が、ガチンコラーメン道でブレイクしたカリスマ・ラーメン職人(笑)佐野実氏と佐賀ラーメンを食べ歩いた時のことを書いたテキストの抜粋です。
私たちが地方に行くと、どこでも歓迎してくれるが、人によっては裏心が見え隠れしているのを感じる時もある。しかし、佐賀の人たちからは、心から歓迎してくれる気持ちがひしひしと伝わってくる。これまで佐野さんと2人であちこちの地方に行ったが、人の良さでは佐賀がいちばんではないか、というのが2人の一致した見解である。
「人情産地佐賀」というのは、あながち見当違いではなかったのではないでしょうか?
強要された「郷土愛」やアジテートされた「町おこし」というベクトルとは捩れの位置の、単純に暮らしていて「心地よい佐賀」が、私は好きなのです。




















































