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2006年12月24日

替え玉をめぐる暴言

私が初めてラーメンの替え玉を食べたのは、高校生の頃であった。
それまでは、ほんと「一休軒本店」のみが、自分の中のラーメンの全てであったのでした。

初めての替え玉経験は、佐賀市の「長浜一番」でのこと。
私が高校生当時、長浜一番では、「男性はラーメン+替え玉9個、女性はラーメン+替え玉4個完食すれば、料金無料」なるサービスをやっていました。土曜の午後(当時は半ドン。なつかしぃ)ともなると、グループで押しかけていたもんです。
で、見事コンプリートすると写真が店内の壁に名前と食べた替え玉の数と共に貼り出されていました。
高校を卒業してから4、5年は当時のクラスメートの写真が、「15玉」との記録と共に貼られていたんですよね。


時は好むと好まざるとしっかりと流れる。


今では替え玉否定派オヤジになってしまいましたw
時々、長浜一番では食べるんですけどね。青春のおもひでとして。

■長浜一番に関するエントリー(なんか、自分内感覚より頻度高いな・・・)
20060602
20060627
20060815
20061004
20061115


嗜好については、寛容なスタンスで、色んなラーメンかがあっていいと思っているのですが、替え玉だけはねぇ・・・。
なんてノリで、馬券の魔術師であり、辛口派ラーメン論客であるtafkapさんのとこに、以下のようなコメント付けたりしてました。


所詮、十人十色二十舌なんすよ。
絶対音感ならぬ絶対味覚なんてありはしないんですよね。文化ひいては食文化の歴史を考えるに、年食って、古いものの素晴らしさに気付き守り続けたいと願うのも真理、若さに任せて古いものをぶち破りたいとパワーをぶつけるのも真理。

人なんて、ただただ、フラクタルなその歴史の流れの傍観者としてしか存在しえないものかも。そういう意味では、自分と違った意見・感覚を持った他者もオールOKという姿勢で許容すべきかもね。

ただ、私自身、出汁の濃度を変えてしまう替え玉は許容しがたい未熟者です。

魁龍の森山さんと話をさせてもらった時に、「お客さん側の希望が多くて小倉本店以外は替え玉出してるんですよね」と寂しげに語ったおられた姿が印象に残っています。


そんな今日この頃。とあるところで「敵は替え玉にあり」なんて想いをスコンとぶっ飛ばすテキストに出くわした。

そいつは、ペンギン・ビート急行というブログの「豚骨スープの湯気に別れの挨拶を」というエントリーである。

このテキスト中に、『俺は九州の佐賀で豚骨ラーメンの替え玉を最高12個食ったことがある。』というエピソードが出てくる。この件は、フィクションなんだろうけど、万一、実話から引用されたならば、そのお店は「長浜一番」ではなかろうかと夢想してみたりして。

このテキストは、なかなかステキです。なんか昭和の匂いがしてきて。
替え玉もいいじゃん、て思ったりして。ポリシーねぇな、ワタクシ。
今日、替え玉食べに行こうかな、長浜一番に。完食すると、半日は喉がガラガラと渇くのも覚悟の上でw


うーん、そういえば、ワタクシのテキスト「探偵ファイナル!?」の続編が、2年間構想中のままで頓挫しているんだよね。今にでも書けそうな感覚だけはあるんですけどねぇ。

Coming Soon !

と告知しておきながら、早半年。

時は勤勉であれ怠惰であれしっかりと流れる。

投稿者 imagine : 2006年12月24日 11:25

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