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変わらない風景が心の原点 佐賀平野が色づく、季節。
2009年02月27日
ほおにあたる風もどことなく柔らか…。川沿いには菜の花の黄色があふれ、山の緑も日に日に濃く色づき始めた今日この頃。春の到来を肌で感じられるのは、美しい自然に囲まれた空間ならでは、ですね。都会に身を置いていると、季節感はカレンダーでしか認識できないもの。ずっと変わらない季節の移り変わりを告げる佐賀は、九州でも珍しい土地性を持つ場所。佐賀平野を筆頭に、自然が生み出す素晴らしさをあらためて考えてみませんか。
佐賀県総面積の3分の1!広大な平野
佐賀で生まれ、ずっとお住まいの方には佐賀平野のある景色は当たり前のように見えるかもしれませんが、他県から来た人にとってどこまでも広がる平野は圧倒される存在。佐賀平野は、県庁所在地がある佐賀市を中心に、佐賀県南部の鹿島市から、北部の鳥栖市、そして東部にかけて広がり、南部の筑後川より西の地域を指して呼ぶ名前です。九州北部の大動脈である、筑後川周辺は筑後平野と呼ばれていて、佐賀平野は佐賀県の総面積の3分の1!約700k㎡をも占め、今でも拡大を続けているのです。
佐賀平野の地域に住む人々は、佐賀県の人口の約半数(約40万人)で、いかに平野が身近な存在かがわかるでしょう。それにしても、今でも広がっているという佐賀平野。何が影響しているかというと、川です。河川の運搬によって土砂が堆積して、平野は拡大していきました。脊振山系に囲まれた平野には、嘉瀬川や六角川、塩田川、そして筑後川と一級河川が脈々と流れ、山や川から流れ出る美しい清流が平野を作り上げてきたのです。
佐賀平野が悠々と広がる風景は、昔から全然変わっていません。同じ九州でも隣県・福岡は同じ時をして、すごい勢いで都市化が進み発展と衰退の変化を繰り返し、姿かたちの変貌を経ています。九州の大都心、福岡から約70kmという近い場所に存在する佐賀でありながら、その姿は変わりません。特急で約40分という近さで佐賀から福岡に通勤・通学している人々も多数いますよね。近年ではUターンも多いという佐賀。ふるさとをこよなす愛す佐賀の人々には、いつ帰っても変わらない自然という原風景が強く心に刻まれているからではないでしょうか…?
一年中フル稼働!米に麦にバルーンフェスタ
春になり、佐賀平野も段々色づきはじめ、これから美しい色の変貌を見せ始めます。なぜ、佐賀平野が継続しているのか、いわずもがな、稲作、ですよね。米どころ・佐賀。稲作は1920年代後半から大きく発展しました。昔から稲作は盛んだったのですが、その理由の大きなひとつに「クリーク」といわれる灌漑用水の発展があります。水田に水を引くための水路で、佐賀にお住まいの方なら誰もが知っているものでしょう。しかし、これは佐賀平野の特徴的なものなんですよ。1930年代前半には、クリークから電動ポンプで水をくみ上げるようになり、稲作の効率はますますアップしました。
稲作だけではありません。佐賀平野は米と小麦・大麦の二毛作を行なっているので休むヒマがありません。二毛作のため、佐賀の田植えは全国と比べて遅く、6月に行い、10月ごろに稲刈りを行ないます。その後、野焼きを行い、麦植えの準備をします。そして11月下旬に麦が植えられ。5月ごろ収穫を行ないます。そして、またその後野焼きして、田植えを待つのです。佐賀平野が空く期間は、稲刈りと麦植えの間。その間に何が行なわれるかご存知ですか…?そう、「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」です!世界的な熱気球の大会であり、イベントも充実していて、他県から多くの観光客が訪れにぎわう秋の風物詩。この期間は、熱気球が佐賀平野に離着陸します。高い空にカラフルな熱気球がふわふわ浮かぶ幻想的な光景がテレビや雑誌に取り上げられ始めると、秋の到来を感じますよね。…というわけで、佐賀平野は1年中フル稼働!!
空から眺める佐賀平野は一体どんな光景なんでしょうか……。
当たり前のことを守る―佐賀平野が語る大切なこと
こう書いているだけでも、佐賀平野、佐賀県という存在が九州内でも特殊な場ということがわかってきます。中でも、麦の生産高は北海道に次いで第2位。大豆も第2位です。現在、輸入小麦の高騰で国産麦を求める動きは強まっていて、佐賀産麦に注目が当然ながら集まっています。今月の「店主訪問記」にて、「伊之助めん」の吉岡さんがおっしゃっていましたが、昨年から、佐賀産小麦「チクゴイズミ」「ニシノカオリ」を100%使った生うどん、生ちゃんぽん、にゅうめん等を販売し始めたそう。佐賀産小麦は独特のモチモチ感が持ち味で、本物志向を求める方や県外から熱い視線が送られています。
また、大麦も二条大麦「ニシノチカラ」「ニシノホシ」などの生産が盛んで、こちらは主に焼酎の原料に使われます。米どころ=佐賀=日本酒の図式は江戸時代から堅実ですが、焼酎ブームも影響して、二条大麦を使った佐賀産地焼酎の製造も盛んになり、全国のお酒好きさんには、佐賀が酒の聖地と認められるのもそう時間はかからないでしょう。
佐賀といえば、有明海。古来は、かなり広い範囲で海は広がっていて、段々自然陸化され、江戸時代に有明海は大規模な干拓が行なわれて、佐賀平野が広がっていきました。なので、元をたどれば海、佐賀平野の土は粘土質で、軟弱な地盤となっています。そのため地盤沈下地帯でもあるって知っていましたか?特に佐賀県南部、有明海周辺でかやぶきの三角屋根で、独特の棟造りをしている「くど造り民家」(くど=かまど)を観ることができますが、こちらは有明海の軟弱な地盤、地盤沈下を意識して江戸時代に主に造られた建築。しかし、この粘土質は水持ちがよい土壌なため、有明海から吹く温暖な風とあいまって、たまねぎやれんこん、いちご、みかんの生産も盛んに行なわれています。
おいしいお米、お酒、新鮮な野菜、果物…。佐賀の人はグルメが多いと聞きます。特にお米の美味しさにはうるさいとか?それもそのはず、生まれた時から、新鮮で美味しい食物に囲まれて育ってきているからでしょう。お隣、福岡も同じ、美味しいのが当たり前と思って食べているお刺身などは、関東から来た人にはその美味しさと値段の安さにビックリ…なんて話をよく聞きますよね。
他県に出た人のUターン率が高いのは、もしかして胃袋にアリ?そんな思考も想像できます。昨今、食の問題がクローズアップされ、素材の大切さがようやく脚光を浴びてきました。その中でも古くから「地産地消」を行なってきたのは、まぎれもなく佐賀県であり、それが当たり前ではなく、稀有なことというのは、全国と比べてみないとわからないものです。そう、言ってしまえば、食、に対し、佐賀はとても誠実で、他県の人から見たら、とてもぜいたくなことなんですよね。
佐賀平野を一部開拓して、住宅地に、大型施設に…そんな動きが少しあるのも知っています。でも実際に、実行されないのはなぜでしょうか。ずっと変わらない風景を保つ方がこの御時世、難しいんではないか、そう思います。当たり前のように見えていることは、佐賀の農家の人たちが、しっかり変わらないように守っているから、当たり前のように、変わらない風景が残っているのです。
私たちが、いつまでも美味しく、新鮮で安全な食べ物を味わえるように、健康でいれるように、肌で季節を感じられるように…佐賀平野はずっと見守りながら無言でそう語っているのかもしれませんね。
