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涼を求めて、夏の麺。ツルリとしたのどごし―涼しさが駆け抜ける、美味瞬間。

 2005年07月30日

00.jpg 夏になると、食べたくなるのが麺類!ツルリとしたのどごし、サッパリとした食感がたまりませんよね。佐賀では神埼町のそうめんが全国的に知られています。夏の風物詩でもある、細く乳白色をたたえた美しいそうめん―。今月は夏の麺についてご紹介します。

 うどんといえば、福岡・博多が発祥地であることが有名。うどんや、そば、そうめんなどの麺類が一般的に庶民に親しまれるようになったのは、江戸時代初期。麺類の歴史をさかのぼると、ほとんどが中国大陸からの伝来で、留学僧などが日本に持ち込み、全国的に製法技術が広がっていったといわれています。

昔は高貴な人々の食だったそうめん

01.jpg そうめんが中国に派遣された、遣唐使が日本に持ち帰った奈良時代末期には、「索餅(いちもち)」と呼ばれていました。その後、鎌倉時代に留学僧によって完成したそうめんの技術がふたたび伝来し、全国的に広がっていったのです。
 当時そうめんは、宮中の食膳や宴会で食されていた高貴な食べ物でした。おもに貴族階級の食品で、見た目の美しさ、栄養価の高さ、保存性の良さなどが理由として想像できます。江戸時代に一般庶民に普及した段階でも、そうめんはお祝い事などの日にいただく“ハレ”の食事だったのです。見た目や盛り付けなどが美しいそうめん、なるほど、と納得する部分がありますね。

“神埼麺祖”伊之助の伝説

02.jpg 神埼そうめんの発祥は1635年(江戸初期)。若い頃に罪をおかして小豆島に流されていた、雲水という人物が、労役中小豆島にてそうめんづくりの製法技術を取得。赦免後、仏門に入った雲水は全国行脚の旅に出ます。その行脚の途中に立ち寄ったのが佐賀・神埼。しかし、雲水は神埼で病気になり、城原川のほとりで苦しんでいました。そこに手を差し伸べたのが一人の地元行商人。それが“伊之助”です。
 伊之助は思いやりのある、信心深い人柄で、病に苦しむ雲水を手厚く看護しました。その伊之助の心に感動した雲水は、お礼に手延べそうめんの製法技術を伊之助に伝授するのです。

03.jpg 神埼の自然環境の良さも影響しています。山、清流…素材である麦を育てる条件も良く、水車を利用して麺作りを行ったのです。神埼町の水車は、現在では観光スポットにもなっていますね。

実は栄養たっぷり!80%が糖質のそうめん

 見た目からそうめんはダイエットによさそう…と思う人も少なくないのでは? 実は反対。そうめんは栄養価がとても高い食品です。
 食事においては、5つの栄養素(糖質・タンパク質・脂質・ビタミン・無機質)をバランスよく含むものが理想ですが、そうめんに含まれる栄養素のうち、なんと約80%が糖質。
そうめんばかり食べていると、糖質ばかり食べている、ということになるのです! そうめんを食べる時には、豆腐などほかに何か付け合わせをしていただきましょう。

※取材協力 神埼そうめん協同組合 事務局長 幸山富士男さん

投稿者 さがファン : 2005年07月30日 17:05

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