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2月6日は「海苔の日」!新ノリもそろそろ登場!!
たかが、されど のり。

 2010年01月25日

 1月は行く、2月は逃げる、3月は去る―といいますが、あっという間にもう2月!今回は収穫間近の「海苔」にスポット。佐賀・有明海は言わずとしれた全国最大の海苔産地です。食べ慣れた方もそうでない方も、今一度、海苔の素晴らしさを知ってください!


 冬の風物詩@佐賀、といえば遠浅の有明海にズラ~ッと並ぶノリヒビ。『さがファン』でも何度か紹介してきました。

※「百聞は一食にしかず。佐賀海苔は全国No.1! のりを知り、のりを味わう」
http://blog.sagafan.com/feature/archives/2009/05/no.html

…海苔ってこうやってできるんですね~。
"やわらかい海苔=有明海の特長=病気になりやすい=手間ひまかけてる=美味しい=高品質"の図式がわかります。


 海苔は3月から収穫が始まるので、新ノリにありつけるのももうすぐ。毎月、取材をしていて思いますが、佐賀は肌で四季を感じられる土地。その四季の美しさがありありと見えるのが実は、寒い時期なのでは?と最近感じます。秋になると広大な佐賀平野に黄金の稲穂が実り、初冬になると有明海にノリヒビが一斉に立ち始め、冬になるとカキ小屋の看板が…そうこうしてるうちに春、と。都会に埋もれていたらなかなか感じられないものですよね。やっぱり、いいです!農業国・佐賀。


「グルメ=健康」の図式は可能!?『海苔麺』

海苔麺 今月の『店主訪問記』では大和町に事務所がある『佐嘉の絲』さんにおジャマしてきました。こちらの社長・吉本さんは前回1年強前にインタビューした時と変わらず、カリスマ的!若手が佐賀を盛り上げていくのはもちろんですが、吉本さんのように酸いも甘いも知り尽くした重鎮組が新しい佐賀PRをされてゆく姿はなんとも頼もしいものがありました。今後に乞う、ご期待です!
さて新しい海苔麺ができていましたよ~その名も…今考案中らしいですが、揚げたパリパリ麺。こちらは長崎の皿うどんのように、あんかけでいただく方向で商品化をお考え中らしいです。麺に海苔がギュ―ッツと刷り込まれているので、そのままで食べても美味しい!粗塩をちょいっとかければ、ビールのつまみにもピッタリでした。最初は業務用とのことで、佐賀市内の小・中学校の給食や各施設に登場するそうです。海苔麺が給食に出ている学校に通っているお子さんがいたら、感想を聞いてみてはいかがでしょう?

麺モノに海苔を入れたり、まぶしたり、ということは当たり前なのですが、前回の取材の際にいただいた『海苔パスタ』『海苔そうめん』『海苔うどん』には調理にちょっと四苦八苦してしまいました。
ゆでるだけなのに、四苦八苦ありか?と言われそうですが、同スタッフに聞いたところ同じ答え…。そうなんです、麺に刷り込んだ海苔からだしが結構出るんですよ。そしてモチモチ感があるため、ゆですぎるとべっちゃりしてしまう…。煮込み…不向き。いつもの麺ごとし、鍋の〆になんか入れたら、風味台無しです!
単なる風味出し、ではなく、海苔麺はそれ自体に味がついているのでシンプルもしくあは入念なレシピ作成が必要。普通の麺と思って調理すると、味が全然違う!ということもさも、ありなんです。詳しくは、簡単レシピをどうぞ。

※『佐嘉の絲』海苔麺レシピ
 http://www.saganoito.co.jp/recipe.html

 こちら、上海やシンガポールではグルメ食材として売っているそうですから納得です。海苔の栄養価の高さは以前も書きましたが、ヘルシーフードでもあり、グルメにもウケる『海苔麺』。ぜひ、レストランとかでも活躍してほしいものです。


海苔がチョコなみに注目される2月

 海苔、海苔と言っていますが、海苔を食べる食文化は世界でも日本、韓国、中国ぐらい。欧米では黒い食べ物は好まれないという理由もありますが、そのヘルシーさから世界各国で活躍しています。一番ポピュラーなのが「のり巻き」。
 黒いのがそんなに嫌なのか…海苔をごはんの内側に折り込んで巻いた、アメリカ産「カリフォルニアロール」もメニューとしてすっかり定着しましたね~。外国でSUSHIといっても、日本の寿司とはまったく違うものです。初めて食べた時にはビックリしましたが、それはそれ、と思えば美味しいもので。また100円均一の回転寿司とも違いますしね。生の魚貝を抵抗なく食べられるように工夫したという理由もわかります。

巻き寿司 最近、日本でも流行ってきているのが韓国の巻き寿司「キンパッ」。ゴツゴツとした粗い目の海苔はお酒のおつまみとして人気ですが、こちらは酢飯ではなく、塩とゴマ油をお米にまぜてのり巻きにしています。主食にも間食にもなり、ハンバーガーやピザよりヘルシーということで、チェーン店がどんどんできるなど、韓国で大人気のファストフード。具はなんでもアリ。韓国だから、やっぱり辛系が多いようですね。キムチ、入ってます!

※韓国のキンパッ(海苔巻き)あれこれ
 http://www.seoulnavi.com/special/5000483


恵方巻き2月3日といえば節分ですが、最近一般家庭でも定着してきた行事が「恵方巻き」。恵方(吉方位)を向いて太巻きを丸かぶりするという関西発祥の行事ですが、1987年(昭和62年)、全国海苔貝類漁業組合連合会がこの2月3日を「のり巻きの日」と制定しました。恵方巻きを食べる風習は江戸後期に生まれたといわれていますが、全国的に広まったのは1977年(昭和52年)、大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で実施したイベント「巻き寿司の早食い競争」がきっかけだそう。
 2010年の恵方は西南西!目をつぶって願い事を思い浮かべながら、無言で丸かじりするといいのだとか?コンビニで予約販売をやっていますが、自分で作っちゃうほうが楽しいかもですよ。要は太巻きならなんでも良いようで…。

※恵方巻き簡単レシピ2010年版
 http://matsuri.enjoytokyo.jp/setsubun/recipe/2010/


 ここでちょっとマメチシキ。なぜ、いつも「○○の日」があるのか?ちなみに同じ2月6日には「フロの日」というのもあります。出てきました、「ふぐの日」「ふとんの日」「ニットの日」「ふきのとうの日」…これら全部2月の第一週に大集合。「ふ」と「ニ」があるところが語呂合わせですね。節分などの歳時ではなく、各企業や組合など団体がPRのために制定する記念日がこれら。こちらをもとにデパートやスーパーではイベントを開催して、需要拡大、消費を促したりしているんです。そして、私たち編集スタッフは記事のネタモトにしてるわけですね。これ、もちろんネタ帳を私たちは持っているのですがなんと365日、休むことなくいろんな記念日があります。2月といえばバレンタインデーですが、こちらはヨーロッパの伝統行事を日本のお菓子業界がお見事にアレンジして変化、そして定着。ホワイトデーは、福岡のお菓子会社が作ったものなのはもうご存知でしょう?
日本人の縁起もの好き、イベント好き、それに対する柔軟性はやっぱりスゴいですね~。最近では、「ネコの日」(2月22日)あたりで全国的にねこイベントが開催されるようになりました。こじつけパワー、おそるべし。しかしインパクトのある記念日にほだされて、暦にある歳時を忘れないようにしたいものです!


朝カレーじゃなく、習慣にしたい「アサノリ」

おにぎり  海苔って、普段は意識しないもの。でも旅行に行ったら朝ご飯で必ず出てくる味海苔…。給食でも出ていましたね。子どものころは味海苔こそが海苔、と思っていたものです。しかし、本場・佐賀のスタッフや知人に聞くと…有明産の高級海苔は必ず自宅にあったとのこと。そして、味海苔なんか味が濃すぎて食べられない!とのこと…。
 なんとぜいたくな。そう、海苔は高級品。ひと昔前まで美しい缶に入れられた海苔の姿をお歳暮などでよく拝見しておりました。本当の海苔を買ったら大変高いのです…。たしかに、なぜ刺身醤油が九州の一般家庭にあるのかこれも最近まで疑問でしたが、青魚文化だからねえ、という知人の一言に納得。では、高級海苔文化が根付いているのが佐賀なんですね。もちろん、お米も美味しい。そこで、思い出しました。こちらの過去記事。

※「生産高、品質ともに日本一! 有明海は海苔のゆりかご」

http://blog.sagafan.com/feature/archives/2008/12/post_28.html

…海苔ランク評価!ありました!!もう一回、意識し直して、美味しい海苔を選んで食べなくては…。


 こちらの過去記事にあるように、海苔の栄養価にもあらためて驚きます。そういえば、先日福岡市内のコンビニで「アサノリ」として海苔を売っている光景を見かけました。さっそく、ネット検索してみたのですが、流行している気配はなし…。「朝カレー」が流行るぐらいなのだから、「アサノリ」流行らせてもいいのでは!?あまりにも身近すぎますか…。
 以前、『有明の風』さんに『店主訪問記』でインタビューに伺ったところ、「海苔はおにぎりの包装紙じゃない!」とおっしゃっていたのが、大変印象的でした。またコンビニでもいろんな海苔の巻き方のおにぎりが増えてきましたね。それだけ需要と好みがあることなんでしょう。『有明の風』さんでは今年、幻の海苔といわれる『アサクサノリ』の収穫にチャレンジするということですが、はたして『さがファン』で手に入れられることができるのか…?楽しみです。
 たかが、されど海苔。海苔ひとつでここまで書けるとは…いえいえ、最後にはコチラ。

※海苔ジャーナルエクスプレス 
http://www.j-nori.com/

ダメ押しです!海苔の深い世界へようこそ。いやあ、食べ物と文化の話は尽きることがないですね。2月の佐賀といえば、22日(土)から3月31日(水)まで「佐賀城下ひなまつり」が行われますよ。次回はそのへんもからめて。そいぎ~^^!

※佐賀城下ひなまつり公式ホームページ
 http://hina.sagabai.com/index.html


投稿者 さがファン : 16:45 | コメント (0) | トラックバック

SpringColorがおいしさ引き出す
彩り色いろ、美スイーツ。

 2009年01月31日

 街が春一色に染まる「佐賀城下ひなまつり」。今月末からいよいよ開催されますね。春色の看板、茶席には色とりどりのひな菓子…。ダークな色で身を包んでいた冬の心と体も、なんとなくウキウキしてきませんか?さて、なぜ季節のお菓子(和菓子)は時期によって彩りが変わるのでしょう…?皆さんが大好きなスイーツ-美味しいだけじゃないんです。今回は“色”にスポットをあてて、その素晴らしさをちょっとひも解いてみましょう!


色いろいろ…イロが心を癒し元気に!

和菓子 普段、何気なく目にしている色。最近ではカラーセラピーがはやっているなど、色の持つ作用が注目されています。パソコンのディスプレイで再現される色はなんと1700万色以上。日本では古来から、萌葱(もえぎ)色、梔子(くちなし)色、菖蒲(しょうぶ)色…など現在では耳にしない繊細な色を表現してきました。色はその人自身を表現し、そして癒し、元気づけてくれるなど、心にも直接作用する重要なものなのです。
 2月中旬にもなれば、デパートには明るい春色の洋服が並び、心も昂揚してきませんか?同時に梅が咲き、桃、桜…と自然もどんどんカラフルに色づいてきます。そう、お菓子(和菓子)も同じ。四季折々のお菓子は素材、内容、そして味…とさまざま違いがありますが、その造形を見てください。例えば…夏の冷や菓子にはピンク色はあまりありませんよね。 春のひな菓子や和菓子は、ピンク色を中心にしたカラフルなものばかり。見ているだけで心が暖かくなりませんか…?

和菓子はぜいたく品…?いや、芸術品なのです!

お菓子の歴史を遡ると、古代は果物、そして遣隋使が派遣される7~8世紀、飛鳥・奈良時代になると中国の影響を受けて、小麦粉で練った揚げ菓子などがあげられます。でも、そこに“スイーツ”的要素はありませんでした。それもその通り、砂糖が日本にやってきたのは江戸後期。長崎から小倉までの長崎街道…中でも佐賀には相当な物資が宿場にとどまり、佐賀の街道が別名「シュガーロード」と言われているのはあまりにも有名です。だから、佐賀は老舗のお菓子屋さんが多いという理由は以前もご紹介しましたね。
 和菓子の歴史が大きく変化したのは、江戸時代。お茶、という日本独自の文化が確立され、わび・さびの世界には和菓子の存在と表現が不可欠だったからです。しかし、お茶文化はやはり一般庶民にはなじみのないもの……と、もっと遡ってみましょう。

和菓子 やはり、平安時代の貴族文化にたどりつきます。もともと芸術的文化は高貴な身分、貴族たちが生み出し、育んできたものでした。お花見を始めたのも貴族ですし、今も根強く残る五節句に穀物ではなく、お菓子を備えたのも貴族です。つまり、日本の移り変わる美しい季節を楽しもう、と貴族たちはさまざまな趣向を凝らし、美しいものを愛で、それに見合うものを創り出してきました。それが、後々の日本の芸術文化につながるのです。
 確かに、当時の庶民からしてみては、毎日生きていくだけで必死なのに、自然のうつろいを楽しむ…なんて、ぜいたく極まりない世界だったに違いありません。しかし、「おいしいもの」だけではなく、「見て楽しむもの」という貴族が創った和菓子文化は、今現在にずっと受け継がれています。
 現在では世界各地でお菓子創作コンテストなどが多く開かれていますよね。近年ではお菓子職人=パテシエの存在も芸術的域に入ってきました。コンテストで入賞するのは、ヨーロッパや日本がほとんど。日本と同じく王族文化を育んできたヨーロッパと日本の芸術的センスはよく似ていますよね。比べて大国アメリカはどうでしょう…?私見ですが、アメリカに行く度にそのお菓子の造形の大ざっぱさには驚かされます。食べれば甘くて美味しいのですが、お祝い事などで出てくるケーキ(真っ白な四角い形のケーキに、原色で文字がいっぱい書いてあるスタンダードなケーキ)には、思わず食欲をなくしてしまいました……。こう考えると、お菓子(和菓子)がおいしい、甘い、だけではなく、見て楽しむもの=芸術品だ、ということがよくわかりますね。
 つまり、食べるもの、という存在だけじゃない…創作品=クリエイティブなもの。こちらは今回の「店主訪問記」の「中島屋」さんのインタビューでも感じとれます。

して、その心は…?色が表現する、和菓子の世界

和菓子 和菓子に限っていうと、おおよその和菓子には「銘(名前)」がつけられています。「銘菓●●」…よく見る言葉ですよね。そのネーミングは、花鳥風月、四季、和歌、俳句、歴史、郷土などに基づいた菓銘がほとんど。もうおわかりのように、和菓子という小さな形の中に、自然の風物を映しとって表現しているのです。和菓子は、季節の移ろいに一足早く美しい装いをみせてくれるものなのです。和菓子独自の技法を使った上生菓子、煉り切りなど、さまざまな季節を表現した和菓子が、季節の訪れを伝えてくれます。
 春はもちろん、花が咲き始め、緑が色づく季節。淡いピンクやグリーンを使った和菓子が多いことに気付きませんか?私たちは、無意識にそれらを見て「あ、もうすぐ春が来るな」と感じながら生活しているのです。もちろん、夏になればブルーなどクリアで涼しげな色を使った和菓子が登場します。秋には紅葉を意識した、茶色やオレンジ色…など。冬なら気にも止めないですが、春真っ盛りの時期に黒づくめの洋服を着ている人がいたら、なんとなく威圧感を感じますよね。和菓子も洋服と同じ。生活を表現するもののひとつであり、自分の生活を楽しむもののひとつなんです。

好きな色は、自分を映し出す鏡?

私たちは毎日いろんな色に囲まれて生きています。折角美しく彩られた春色の和菓子を、またどこで食べるかによっても、気分が変わってきますよね。ちなみに、北欧に住む人たちは、年間通して寒く、日もあまり当たらないため、短い夏には家中のインテリアを変え、短い季節の移り変わりを生活レベルで楽しむそうです。だから、北欧には世界的インテリアデザイナーが多く存在し、インテリアといえば北欧、といわれるゆえんなんです(これは本当の話ですよ)。色が心や生活に随分影響を与える、という話は上記に述べたとおりですが、最後にちょっとオマケ。好きな色ってありますか?各色には、秘められた意味があるみたいですよ。思い当たる節は…ありますか?

●赤…暖色の代表で、外向的な性質。アドレナリンを生み出し、体中に活力を与える情熱色。情の深いアネゴ・アニキ肌。何事も積極派。

●黒…光のない闇の色は、包容力のある色。無言の圧力色であるため、感情の抑制には向いていて自立心が強く、自信家で大胆な性格。

●黄…暖かさと親近感を抱かせる元気色。心を開かせ、奮い立たせてくれる色で好奇心旺盛、情報通で流行にも敏感な明朗快活さん。

●青…地球のように、すべての生命がやどる、大気や水の色。混じりけのない澄んだ色で、理想を追いかける、ロマンチスト。

●緑…自然の色そのもので緊張をほぐし、血圧を下げる効果がある色。自然体で生き、人間関係が良好な優等生。優柔不断なところも。

 これを機会に、色をいろいろ楽しんでみてくださいね。もちろん、春の和菓子・洋菓子をチェックするのも忘れずに!

投稿者 さがファン : 11:13 | コメント (0) | トラックバック

佐賀の賢人は、日本の偉人なり―。
SAGA History
初心者入門!

 2008年01月30日

 "歴史"という言葉を辞書で調べてみると、「人類社会の過去における変遷・興亡のありさま、また物事の現在にいたる来歴」とあります。そう、歴史はたゆまなく流れる時空世界で、その時間だけ切り取ることはできないもの。今、ここ、佐賀に食や観光、伝統が産んだ工芸品など素晴らしいものが息づいているのはその"歴史"がつないできたものなのです。
 佐賀は、近代日本を作る上で大きな役割を果たした地でした。佐賀・鍋島藩36万石が築いてきた道、近代日本の礎を築いた人材と業績を産んだ背景をここで簡単にたどってみることにしましょう!


佐賀・鍋島藩11代のはじまり、はじまり。

 時代には節目となる大きな戦いがあります。戦国の世を平定し、日本を一つにまとめ江戸幕府270年余の安泰を築くに至った1600年の「関ヶ原の合戦」がそのひとつ。
戦国時代以前、佐賀(肥前)地方は西九州を席捲し"五州ニ島の太守"と呼ばれた、龍造寺家が強大な力を持っていました。戦国時代の真っ只中、"肥前の熊"と呼ばれ史実でも冷酷な人物と語られている(本当のところはどうだかわかりませんが…よっぽど怖い人ではあったのでしょうね)龍造寺隆信が亡くなった後、龍造寺家の家来で重鎮家老であった、鍋島家の鍋島直茂が隆信の後継ぎの子をサポートするという形で国政を担当したのが鍋島家台頭の始まり。後に朝鮮出兵で太閤秀吉の目にかなったのもあり、直茂は実質、肥前の支配権を握ることになるのです。つまり、鍋島家はかつての主君・龍造寺を家来とすることになり…成り行きとはいえ下克上の世の中ですね…。
 それから、関ヶ原の合戦で徳川家康率いる東軍に参戦、勝利しそれから270年余。佐賀・鍋島藩は小城、蓮池、鹿島の3藩支配に、龍造寺家一門を抱える、全国300諸藩でも上位の雄藩へ大躍進。幕末・維新時には36万石にも及ぶ大藩になり、近代日本を揺るがす重要な存在に成り上がったのです。


佐賀はもともと2つの国だった…!?

上から 唐津城、本丸、アームストロング砲 佐賀にはご存知、2つの海~外界につながる荒い玄界灘と、干拓が広がる独特で穏やかな有明海があります。その真ん中に山々や佐賀平野が広がり、全国でも珍しい作りの地柄。海側と山側の言葉も風習も気質も違う、とは今でもちらほら耳に入るもの。それもそのはず、佐賀は近代になって「県」になるまで、まったく政治統括が違う2つの国によって成り立っていたのです。

 佐賀・鍋島藩36万石は厳しい教育のもと、藩政、ゆくゆくは日本を統治する人材を生み出し、アームストロング砲など軍事力も薩摩藩77万石と並ぶほど強大で、日本初の蒸気船を研究の末、完成させるなど、その活躍のめざましさは一言で語れません。そこまで強大な藩になった大きな理由が、その土地性にありました。当時、佐賀藩の大きなお役目は「長崎警備」。唯一開国していた長崎からは砂糖や情報が長崎街道を流れてきたり、逆に有田焼など伝統文化の焼き物を輸出したり、と文化面で大きな影響を受け合いましたが、やはり異国がいつ攻撃してくるかわからない、という切迫した緊張感が軍事力強化に結びついていったのでしょう。
 佐賀を語るのに、佐賀・鍋島藩だけがクローズアップされがちですが、唐津藩も忘れてはなりません。なぜ、佐賀県には現在お城跡が2つもあるのか!?それは、佐賀が2つの国に分かれていたから。佐賀藩と唐津藩はまったく政治を異にするもので、外様大名(関ヶ原の戦い前後に徳川氏の支配体型に組み込まれた大名で、主家の家政には関わらず、軍事動員などにだけ応じる場合が多い)であった佐賀・鍋島藩に対し、唐津藩は譜代大名(数代にわたり主家に使え、家政にも関わってきた家臣のこと。主家との君臣関係が強く、徳川氏の直轄軍に編成される)。ゆえに、鍋島藩が直系で幕末・維新時まで11代続いたのに対し、唐津藩のお殿様は江戸や別の土地からやってきた人間がころころと変わりました。つまり、江戸幕府直轄の地であったため、お殿様も地の人間ではなく(最初は地の人でしたが)、佐賀(肥前)と縁もゆかりもない人間が徳川幕府の監視のもと、政権を握っていたわけですね。今の会社組織でいえば、本社が徳川幕府で、支社の支店長に飛ばされる、という感じでしょうか。対して、佐賀藩は地場大手企業…。ちょっと強引ですが…。
 そんな唐津藩も土地柄、目の前は朝鮮や中国大陸だったので、よく戦いの場に選ばれました。また、同じく朝鮮や大陸との文化面の交流、交易も盛んでした。唐津人の気質として、開放的でお殿様崇拝度少なし、気が強し、とありますが、主君が別の土地の人間、自らふんばって生きていかなければならない、と想像すると、玄海灘の荒波のイメージも手伝って、現在でも出身地を尋ねると「私は唐津人です」と言う人が少なくないのも何となくわかるような…!?


日本近代の礎を築いた、偉大なる賢人たち

 「佐賀に七賢人あり」と言われ始めたのは第二次世界大戦後。実際には7人どころか何十賢人も存在しました。佐賀城本丸歴史館では現在、「佐賀の百賢人」をピックアップ中だそう。時代が幕末の混乱から、明治という新時代に変わる時、佐賀・鍋島藩36万石なくてはなし得なかったといいます。その中でも幕末・維新時に大活躍した七賢人を簡単にご紹介します。


1、 鍋島直正・なべしまなおまさ(1814~1871)
佐賀藩10代藩主。閑叟(かんそう)さんの愛称で親しまれています。財政難だった佐賀藩をさまざまな方向性から建て直した賢公。

佐賀城本丸歴史館
住所 佐賀市城内2-18-1
TEL 0952-41-7550
開館時間 9:30~20:00 ※入場無料



2、 大隈重信・おおくましげのぶ(1838~1922)
長崎でフルベッキに英語、蘭学を学び、明治政府では大蔵卿などの要職に就き、二度の総理大臣を歴任。現在の早稲田大学の創始者。

大隈記念館
住所 佐賀市水ヶ江2丁目
TEL 0952-23-2891
開館時間 9:00~17:00
料金 大人300円、小人150円



3、 佐野常民・さのつねたみ(1822~1902)
全国一流の蘭学塾で学び、精煉方の責任者として科学技術に取り組む一方、人道主義思想も紹介し、日本赤十字社を創設したことでも有名です。

体験学習施設 佐野常民記念館
住所 佐賀市川副町大字早津江津地内
TEL 0952-34-9455
開館時間 9:00~20:00
料金 大人(18歳以上)300円、小人100円
休館日 月曜(祝祭日の場合は翌日)



4、 江藤新平・えとうしんぺい(1834~1874)
明治政府では参議・司法卿となりますが、進歩的な思想により急進的な立場をとって下野。「佐賀の乱」で首領にかつがれ、処刑、無念の死を遂げました。

5、 島義勇・しまよしたけ(1822~1874)
幕末から北海道を探査、明治政府では北海道開拓使判官となって、札幌の街づくりの基礎を築きました。
後に「佐賀の乱」で、江藤と共に無念の処刑。

6、 副島種臣・そえじまたねおみ(1828~1905)
長崎のフルベッキから英語や蘭学を学び、明治政府内では外交政策を担当、難事件を解決し、外交官として世界的な評価をあびます。書家としても有名。

7、 大木喬任・おおきたかとう(1832~1899)
江藤新平と共に「東京遷都論」を唱え実現。後に、東京府知事、民部卿などを歴任。初代文部卿として明治の教育制度の基礎を作り、長く政界で活躍。

 さて、入門編楽しんでいただけたでしょうか。こちらでご紹介しているのは永~い歴史の中のほんのちょっとの断片…。これをきっかけにして、どんどん佐賀の歴史の面白さに触れていってくださいね。きっと、今、住んでいる佐賀という土地が、佐賀人であるということが誇りに思えてくるはずです!


投稿者 さがファン : 17:35 | コメント (0) | トラックバック

お世話になったあの人へ-。
HAPPY VALENTINE!!

 2007年01月31日

 暦の上では立春を迎えても、一段と寒さが厳しくなる2月。だけどHOTなイベントがやってきますよ。そう、バレンタイン・デー。
 ご存知、女性から男性へチョコレートを添えて愛を伝える一日ですが、現在では、日ごろお世話になっている人々へ、性別問わず感謝の気持ちを伝える日としても広まっています。さがファンでも甘~いお菓子、たくさん用意していますよ!

命をかけて愛の大切さを訴えた 聖人バレンタイン

01.jpg さて、このバレンタイン・デーというイベントはどのように定着したのでしょう? バレンタイン・デーの正式名称は「St. Valentine Day(聖バレンタインの日)」。イタリアが発祥地で、その由来は3世紀にまでさかのぼります。その頃のローマでは戦争が盛んで、ローマ皇帝は兵士達の士気を落とすまいと、若者同士の結婚を禁止していました。そんな若者をあわれに思った、キリスト教の司教バレンタインは、愛し合う恋人同士を内密に結婚させていたのです。
 それを知ったローマ皇帝は怒り、当時異教とされていたキリスト教から、ローマ国教への改宗をバレンタインに迫りました。しかし、彼は拒否し、とうとう投獄され、西暦270年、2月14日に処刑されてしまうのです。彼は、死の直前まで愛の大切さを訴え、彼自身もある女性に「あなたのバレンタインより」と書いた手紙を渡しました。それが、バレンタイン・カードの始まりで、現在欧米では「From Your Valentine (あなたのバレンタインより)」や「To Be My Valentine(私のバレンタインになって)」など、愛のメッセ―ジを書いたカードや花束を、恋人同士で贈り合う行事となって定着したのです。

甘~いチョコレートを贈るのは、 日本独特のイベント!?

02.jpg バレンタインといえばチョコレート。でもチョコレートを贈るというイベントは、実は日本だけのものなんです。でも司教バレンタインの生誕地、イタリアでもこの日がイベントになった理由があります。3世紀のローマではちょうど、2月15日に縁結びの祭りが行われていました。そしてのちに14日に殉教した、司教バレンタインの話と結びつき、次第に2月14日は恋人たちの記念日として定着していったのです。
 では、なんで日本ではチョコレート?と思われるかもしれません。これは、日本独特の習慣的イベント。1936年(昭和11年)に神戸の老舗洋菓子店が消費拡大のために始めたキャンペーンで、一般的に広まったのは1970年代。また、“女性から男性に愛を告白する日”という提案も日本独自の提案です。実際、バレンタイン・デーは世界各国に広まっていますが、欧米では恋人同士で、または男性から女性へプレゼントや花束を贈るという一日だそうですよ。

それならホワイトデーも もちろん日本だけのもの!?

03.jpg それならば3月14日のホワイト・デーは…?これももちろん、日本独自のイベント。1977年に福岡の菓子処「石村萬成堂」がマシュマロ・デーとして提案したのがきっかけです。男性の気持ちに例えたチョコレートをふわっと白いマシュマロでくるみ、女性にお返しをしましょう、というもの。のちに全国飴菓子工業協同組合によって、純潔を表した白の色を使って、ホワイト・デーとしたのです。

 女性から男性へ愛を伝える日、義理チョコなど、お世話になった人へ感謝の気持ちを贈る日という、私たちが知っているバレンタイン・デーは、日本の製菓会社が販売促進のために、広めたものだったのですね。しかし、そのおかげで、すっかり日本的な一大行事として定着し、女性に勇気を与え、恋人たちに幸せを与え、人間関係が円滑に行くきっかけを与えてくれる、ステキな一日となりました。
 現在では、女性が男性に、とは限らなく、お世話になった会社の上司や友達、性別問わず日ごろの感謝の気持ちを伝えるために、チョコレートが役立っているそうですよ。
 元々は純粋な“恋人たちの記念日”だった、というバレンタイン・デー。命をかけて、愛の大切さを訴えた、聖バレンタインの信念を忘れず、大切な人に愛や感謝の気持ちを伝える素晴らしい一日にしたいものですね。

のんのこショコラもち >> のんのこショコラもち
ラ シャンス >> ラ シャンス 12個入(季節限定)
フルーツ更紗 >> フルーツ更紗【10個/箱入り】

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投稿者 さがファン : 13:29 | コメント (1) | トラックバック

米&麦どころは、酒の聖地。
“さがのおさけ”

 2006年01月31日

 美しい水があるところに、旨い酒あり―。2月から3月にかけては、酒蔵が蔵開きを行い、いよいよ新酒がお目見えします。
 近年、焼酎ブームで沸く九州ですが、佐賀では焼酎はもちろん、日本でも有数の“日本酒どころ”。農業大国・佐賀の代表的な作物が米であり、麦。天山、脊振、多良岳山系の水・佐賀平野の米・麦とくれば、お酒文化が発達しないわけがありませんよね!今回は、“さがのおさけ”の魅力をご紹介します。

鎌倉時代は幕府の“献上物”だった高級酒

さがのおさけチェイサー 酒蔵というとどういうイメージが浮かびますか? 厳しい世界…、敷居が高い…、女性立ち入り禁止…!?現在では、冬の風物詩である酒蔵開きも、振る舞い酒や利き酒、抽選会などのイベントなどが、にぎやかに開催されるようになりました。また、普段から蔵を開放し、見学ができるようになっている酒蔵も多々あり、私たちにとっても親しみ深い存在になっています。佐賀の酒蔵開きは2月から3月にかけて一斉に行われ、今年度の新酒が初顔見せ。各地からファンが訪れます。
 
 現在、佐賀の酒蔵は鳥栖地区2、佐賀地区10、唐津地区2、伊万里地区7、杵藤地区13の34蔵。全国でも有数の酒どころです。さかのぼること、鎌倉時代には「肥前酒」として幕府の献上物とされていたほどの高級酒。幕末から明治時代にかけては、佐賀・鍋島藩10代藩主、名君と誉れ高い鍋島直正が財政改革のため、倹約をうたう一方で産業開発を推し進めました。その開発の一つが“酒作りの奨励”。 その当時は、酒蔵が700以上はあり、米を酒に加工することで、収益をあげ、財政難を克服したといわれています。
 
 お酒の命、といえば“水”。佐賀は全国でも有数の米の産地でもありますが、最高で700あった酒蔵が、100数十年ほどで34蔵ほどに残っても、変わらない味を提供し続け得ることができる原因は、やはり水にあります。上記の地区別に見てもわかるように、基本になる水の出どころは天山山系、脊振山系、多良岳山系の3つの伏流水にわかれています。 
 佐賀のお酒は“濃醇甘口”が特徴。脊振山系、多良岳山系が軟水であることから、口当たりが柔らかく、優しく甘い飲み心地。キレのある辛口が多い東北などのお酒とは対照的です。お酒の甘辛(日本酒度)は、+と-で表されますが、佐賀のお酒は-のものが多く、-度が高いほど、水と比べての糖分の比重が高く、甘口となります。佐賀の日本酒に女性ファンが多いのもその理由があるかもしれませんね。
 また、日本酒を飲むと次の日に残る、という話をよく聞きますが、それはお酒自体が純粋でアルコール度数が高いため。別に同じ量の水をチェイサーとして置き、一緒に飲めば、日本酒本来の味も損なうことなく、悪酔いすることもなく楽しむことができますよ。

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焼酎の命・二条大麦の生産は日本一

田んぼ 九州といえば焼酎。ここ数年では、全国からわざわざ焼酎ファンが訪れるほどになりましたが、その原料である“麦”は外国産のものがほとんどといわれています。さがファンでもおなじみの、「宗政酒造」の焼酎『のんのこ』の原料は佐賀産二条大麦100%。メイン商品である『のんのこ・黒』はお酒の鑑評会である福岡国税局主催本格焼酎の部にて、3年連続受賞しました。『のんのこ』は、消費者の佐賀県産品に対する評価と認知度を向上させるために平成16年(2004年)11月に制定された「原産地呼称制度」の対象商品にも認定。まさに、地元・佐賀の顔が見えるお酒ですね。

 麦は四麦といって、小麦・六条大麦・二条大麦・はだか麦の主に4種類にわかれていますが、焼酎製造に適した「二条大麦」は、作付面積、収穫量、産出額ともに佐賀は日本一!「ニシノチカラ」「ニシノホシ」などの品種があります。晩秋11月下旬ごろに種まきを行い、今時分の2月ごろ、麦踏みと土入れを繰り返し、成長を促します。そして5月の下旬ごろに収穫となります。まるで米の生産時期とは逆ですね。
 佐賀の日本酒の原料となる“米”も主に3種類にわかれており、高級なもので「山田錦」、そして「西海134」、「佐賀の華」。こちらは“酒造好適米”と呼ばれており、お酒専門のお米。「レイホウ」など、普通米を使ったお酒もあります。

 素材がすべて、というお酒。“美味しい料理は器を選ぶ”といいますが、もちろん、ここまで旨いお酒文化の発展と並行して、古い酒器文化の歴史を持つのも佐賀という土地がらならでは、です。有田焼をはじめ、唐津焼、伊万里焼、白石焼…。
 深~い世界、“さがのおさけ”。お土産、酒蔵めぐり、器見学…気になるところから、触れてみてはいかがでしょうか? いつのまにか、ハマってしまっているかも…。

投稿者 さがファン : 18:31 | コメント (0) | トラックバック