世界が誇る陶都・有田―。
器あるところに、食あり、ロマンあり。
2007年12月22日
日々の食卓を彩るのに欠かせないのが器。器によって料理が映え、目で楽しみ、口で味わい、より美味しくいただけるものです。いわずもがな、佐賀、いや全国、いえ、世界が誇る「有田焼」は約400年の歴史を持ち、変わらず伝統を継承し続ける稀有な焼き物。 透き通るような純白な磁器の肌合いと、華麗で繊細、美しい絵付けはどんな人をも魅了する有田焼。その格調高い伝統美の背景にはどんなロマンがあったのでしょうか-?
日本の"磁器"の発祥の地、ここにあり
有田は日本で始めて、磁器の生成に成功した土地です。えっ、焼き物はわかるけど、磁器?陶器?…陶器は土を成形して焼き上げるもので手触りはゴツゴツとしたいわゆる"土モノ"。
これは日本では縄文時代から各地で作られ、有田の山里でも陶器をつくっていた窯跡が多く見つかっています。では磁器とは-?磁器は石を砕き、その粉と磁土を混ぜ、陶器よりはるかに高い温度で焼き上げるもの。見た目は薄く、軽く、陶器より壊れそうなイメージですが、実は逆。器を指で弾くとキーンと透き通った美しい金属音が響くほど強度に優れているのです。
有田焼の歴史は戦国時代、豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592年~1598年)のおり、同行した佐賀・鍋島藩藩主、鍋島直茂が帰国する歳に朝鮮から多くの陶工たちを連れて帰ったことにさかのぼります。その中の李参平(り さんぺい)が江戸時代初期の1616年、有田の泉山にて日本初の磁器生成に成功しました。そして、有田焼の特徴のひとつ、白磁の肌に映える美しい絵柄はその後、中国人から"赤絵"の技法を陶工たちが学び、日本人陶工酒井田柿右衛門がその技法を取得、成功。1640年代から絢爛たる赤絵文化が華開きました。こう見ると「有田焼」が完成するまで約40年もの時間がかかっているんですね。
先に海を渡った有田焼-王様もトリコに!
日本初の磁器文化。その素晴らしい技法によって作られた美しい器たちは庶民の食卓を飾ることはなく、先に海外輸出がなされました。
海外では「IMARI」と呼ばれていた有田焼。生産された焼き物は、伊万里の港から船積みされました。そのため古い有田焼のことを「古伊万里(こいまり)」と呼んでいるのです。鎖国体制の中、長崎・出島に近いことから大きく発展した焼き物貿易。これは約250年続いたといわれています。遠くヨーロッパの王族や貴族の審美眼にかなった有田焼は、価値の高いものになると純金と同じ価値で取引されたといいます。中でも有名なのはドイツのザクセン選定候・オーガスタ王。有田焼に魅せられた熱狂的なコレクターで、自領内に「日本宮」と名づけた陶磁器美術館を建設し、他国から陶工や絵付け師を連れてきて、自領内で焼かせることもされました。それがのちに、有名なマイセンの製陶工場を築くこととなり、ヨーロッパの磁器文化に大きな影響を与えたのです。マイセンの絵柄は有田焼の絵柄の影響をずいぶん受けており、逆に有田焼も出島にやってきた商人たちから、ヨーロッパ独自の美術やデザインを教わりました。
有田町は1979年、ドイツのマイセン市と姉妹都市の提携を行い、現在でも相互交流を盛んに行っています。
佐賀・鍋島藩も隠したがった、たぐいまれな技法

江戸時代の動乱の世、有田焼の技法を外部にもれることを恐れた佐賀・鍋島藩は有田地区に藩窯を築き、有田だけで生産を行い、職人、陶器商人の出入りを厳しく取り締まりました。その徹底した管理体制のもと、有田焼は着実に確固たる技法のもと、開発を続け、藩窯で作られた焼き物は藩御用のものや、幕府献上用に作られました。藩窯は江戸末期に現在の大川内山に移動し、現在でも大川内山は秘窯の里として多くの観光客が訪れます。 「古伊万里」と呼ばれる、古い有田焼は現在でも非常に価値の高いものとされ、中国の影響を受けた大胆な絵柄、そしてヨーロッパの美術をも融合した豪華絢爛なデザインはコレクターを魅了してやみません。古伊万里を基調として続く、「柿右衛門」系は控えめで格調高い絵柄がドイツのマイセン窯でコピーが作られるほど支持されました。そして、藩窯御用達の「色鍋島」はインドやペルシャなどの影響を受けた流麗で、気品ある絵柄が特徴で、それぞれの背景には一つの絵皿に込められたロマンを感じられます。
器が先か、食が先か。400年のロマンが語りかけてくるもの
有田焼はこのように、見て楽しむもの、審美眼の高いヨーロッパの王族・貴族に愛された高価なものというイメージが強いですが、元々は"器"。美術品でありながら、用途は食器です。薄くても丈夫、手触りもやわらかく、口当たりの優しい有田焼は日常用の食器には最適な器です。昨今では、「究極のラーメン鉢」や焼酎ブームに目をつけた「究極の焼酎盃」などが全国的にも話題になっています。残念ながら、それに便乗し、偽有田焼が出回るなど悲しいニュースも聞きますが、約400年の歴史と技法はずっと継承され続け、そして、何よりもその歴史の背景に息づいたロマンは消えることはありません。
今月の「店主訪問記」にて、「宗政酒造」の和田さんがおっしゃっていたように、有田焼は別の陶器のように"食あるところに器あり"ではなく、最初は美術品としてスタートしたもの。しかし、その美しい器に料理を、飲み物を盛り付けたらどんなに美味しいことでしょうか。どんなに、日常が潤うでしょうか…?
有田地区には伊万里牛やありた鶏、焼酎、日本酒…などたくさん地元の"美味しいもの"があります。
今後は食と器のコラボレーションがきっと大きく展開されていくことでしょう。400年のロマンと共に-。
投稿者 さがファン : 13:02 | コメント (0) | トラックバック
あけまして、おめでとうございます!
1年の計は“食”にあり!
2006年12月28日
家族が一緒に迎える新年―。
その中心には必ずごちそうがあります。大切な人々と囲む祝いの膳は、地方・各家庭によって内容はさまざまですが、それぞれ面白い意味があるんですよ。
1年の計は元旦にあり!食にあり!めでたいお正月を、食とともに祝いましょう。
おせち料理で良い年のはじまり。
日本の1年間の行事には、中国から伝わった行事を簡素化した5つの節句があります。1月7日、七草かゆを食べる「人日の節句」、3月の「上巳の節句」(通称・桃の節句、ひな祭り)、5月の端午(菖蒲)の節句、7月の「七夕の節句」、9月の「重陽(菊)の節句」…など。お正月はこの5つの中には入っていませんが、神に供える供物を意味する「お節供」から来て、短くなった言葉が「おせち」というんです。節句は元々、宮中の行事で行われていたものですが、一般に広まったのは江戸時代。田畑でとれたものを神様にお供えし、感謝しながら一緒にいただくのがおせち料理といわれています。また1年間休みなしに、毎日食事を作る主婦が、年末の間に保存食として作り、せめてお正月だけは休めるようにという意味もあるんですよ、知っていましたか?
おせちってこんな意味があるんです!
- こぶ巻き…喜ばしい1年になりますように!…“よろコブ”
- 黒豆…“マメマメ”しく(コツコツと)働けますように!
- 数の子…子宝に恵まれ、子孫が繁栄しますように!
- 栗きんとん…お金が集まりますように!…“金とん”
- えび…腰が曲がるまで仲良く暮らせるように…!長寿の願いから。
~などなど、ダジャレみたいですが、昔から人々はこのような思いをこめて、1年のはじまりを家族で祝ってきたんですね。
ご当地テイスト?九州のお雑煮。
元旦の朝食は、年越しの夜に神に供えたお餅や野菜などを一つの鍋で煮たもの=お雑煮。これは、おせち料理と違って、地方や家庭によって大きな違いがあるようですね。大きく2つにわけると…「江戸雑煮」は焼いた切り餅。具には鶏肉、青菜。ゆずを散らしたシンプルなもの。「博多雑煮」は丸餅にぶり、椎茸、里芋、にんじん、大根、かつお菜、焼き豆腐、するめと昆布の短冊など具だくさんなものが多いといわれています。関西では白味噌仕立てのものが多く、関東ではかつお節のだしであっさりとしたもの、九州では魚のあごをだしに使った、すまし仕立てのものが多いよう。そして、佐賀ではかもの骨でだしをとったこくのある雑煮が郷土の味だそうですが、みなさんのご家庭ではいかがですか…?
しかし、現代社会においては、しきたりを重視する家も少なくなり、転勤等、お雑煮に関しては、本当に多種多様なようですよ。
七草粥でお正月のおなかを締める!
お正月の“食”をしめるのは「七草粥」。せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ…。元々は、平安時代に中国から伝来したもので、無病息災を祈り、1月7日の「人日(じんじつ)の節句」に食べるのが習慣でした。中国では7日を折り目にしていたため、由来は「魔よけ」だったようです。現在日本では、「おせち料理でいっぱいになったおなかを休める」という意味が一般的になった、七草粥。正月太りを気にする方も多いようですが…、お正月は七草粥でしっかりと締めましょう!!
まだまだある!九州のごちそう。
お正月に家族が集まった時にテーブルにどんと出てくるのが、がめ煮。鶏肉、れんこん、里芋、人参、大根、しいたけ、こんにゃく、ごぼうを煮たもので、似たものに筑前煮もあります。筑前煮は地域によって多少食材が変わり、干ししいたけと里芋が入らない場合もあるそう。がめ煮や筑前煮は大皿料理でもあり、昔からハレの料理として九州の家庭のテーブルを飾ってきました。また、佐賀ではハレの日の郷土料理として特徴的なのは、「ふなんこぐい」。佐賀平野には、幾重にも水路が張り巡らされたくさんのフナが繁殖しています。
そのフナを生きたまま昆布で巻き、大根といっしょに一昼夜煮込んだもの。 何時間もかけて骨まで食べられるほどやわらかく煮込みます。佐賀の冬の名物だそうですが、今、どれくらいの家庭が作っているんでしょうね。
投稿者 さがファン : 18:08 | コメント (0) | トラックバック
新年、あけましておめでとうございます。
今年も「さがファン」をよろしくお願いいたします。
九州の、お正月。
2006年01月01日
1年の計は元旦にあり!食にあり!いよいよ2006年の幕開けです。
家族が一緒に迎えるお正月―。その中心には必ずごちそうがあります。大切な人々と囲む祝いの膳は、地方・各家庭によって内容はさまざま。里帰りした家族や、遠くの親戚から贈られたおみやげも、めでたい一日に彩りを添えたことでしょう。
今回は、きっとみなさんのお正月に一役買ったと思われる、九州のネットショッピングモールをあらためてご紹介いたします。
特産品の宝庫・九州より自慢の逸品をお届け
2005年6月、「さがファン」がオープンして半年。全国のみなさんに佐賀の美味しい食材・食品をオンラインで紹介し、販売すると同時に、“多くの方に佐賀のことを知って好きになってもらい、そして佐賀のファンになってもらいたい”という志から始まりました。半年前に9店舗でスタートしたショッピングモールも、現在では倍近い17店舗に。商品のバラエティーもますます豊富になってきていますので、今年もなにとぞ、「さがファン」をよろしくお願いしますね!…と、自モールの宣伝はこれくらいにしておいて、みなさんは「さがファン」トップページから、アクセスできるようになっている、他2県のショッピングモールの存在をご存知ですか?お隣、長崎県の「長崎ぶらぶら特産館」と、鹿児島県の「鹿児島晴天街」さんです。どちらも、地域密着型のモールとしては、九州では「さがファン」より先輩。2005年末には、3モールで強力タッグを組んで、『九州3大ショッピングモール 歳末大売出し!』と題して、合同キャンペーンを実施、好評をいただきました。
長崎も鹿児島も、佐賀に負けないぐらいの特産品の宝庫。観光地としても全国区で大人気の県です。今後も、九州の3つの地域が連携して、“九州の旨いもの”を全国へ発信し、それぞれの県のファンが増えていってほしいですね。今、こちらを読んでいらっしゃる、さが“ファン”のあなたも、ちょっと長崎と鹿児島のモールに立ち寄ってみませんか?
全国送料無料!「長崎ぶらぶら特産館」
長崎特産のカステラや、かまぼこ、その他工芸品なども取り扱う「長崎ぶらぶら特産館」。2005年、5月31日。さがファングランドオープンを控えた前日、日本経済新聞(全国版)に、“全国の「うまい!」ネットで注文”という見出しの記事が出ました。そちらで、さがファン開設の存在を知り、「地域密着型モールという同じ志を持つ者同士、情報交流をしませんか」とさがファン事務局に電話で声をかけてくださったのが、交流のきっかけです。また、「長崎ぶらぶら特産館」の発案で、長崎、佐賀、鹿児島の3県の地域モールで、2005年11月には第1回目の会議を福岡市内で開催。積極的に、九州の旨いものをPRしていく姿勢が「さがファン」にとっても心強い、先輩ショッピングモールです!
「長崎ぶらぶら特産館」は全商品、全国どこでも送料無料というのが、大きな特徴。ぶらぶらと、お買い物を楽しんでみてはいかがですか?
<DATA>
開設年月:2001年6月
現在の店舗数:61軒
取り扱い商品数:約700
主な取り扱い商品:カステラ、和洋中華菓子、ちゃんぽん、皿うどん、かまぼこ、からすみ、うに、干物、焼酎、地ビール、日本酒、波佐見焼き、蚊焼包丁 その他長崎の特産品
運営:十八ソフトフェア株式会社
旅行も、ファッションも!「鹿児島晴天街」
同上の日本経済新聞で、大きく取り上げられていたのが鹿児島県の「鹿児島晴天街」。焼酎やさつま揚げなど、鹿児島の特産品はもとより、旅行やファッション、インテリアまで取り扱う、九州でも最大のショッピングモールです。ショップ数はなんと150軒。
2004年の九州新幹線開通、全国的な焼酎ブームにも乗って、人気がヒートアップ中の鹿児島県。旅行を考えている鹿児島ファンも、行く前にぜひ「鹿児島晴天街」をチェックしてみてください!
<DATA>
開設年月:2001年11月
現在の店舗数:150軒
取り扱い商品数:約2300
主な取り扱い商品:焼酎、さつま揚げ、黒豚、かつお節、かるかん等鹿児島の特産品
運営:株式会社 晴天街

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